ヨーロッパ都市のモビリティの近未来(2) 〜自転車、モビリティ・プライシング、全国年間定期制度

ヨーロッパ都市のモビリティの近未来(2) 〜自転車、モビリティ・プライシング、全国年間定期制度

2020-11-01

前回、コロナ危機以降のヨーロッパでみられる自動車交通への依存を減らそうという機運とその背景について、ご報告しました(「ヨーロッパ都市のモビリティの近未来(1) 〜コロナ危機以降のヨーロッパの交通手段の地殻変動」)。

その一方、これまで交通手段として、道路空間の4分の3にあたる部分の利用を認められており、交通手段としても格別の優遇措置を受けていたともいえる自動車ユーザーにとって、このような方針が気に入るはずがなく、新たな対立の火種ともなっています。

しかし大局的にみると、ヨーロッパの主要な都市ではおおむね、反対意見に対峙しても、自転車専用レーンをはじめ、自動車以外のモビリティを奨励する基本方針を変える様子もみられません。なぜでしょう。

今回は、その具体的な理由や根拠についてみていきながら、近い将来の都市のモビリティについて展望してみたいと思います。

地方自治体の理解と自信

まず、少し話をもどして、そもそも、なぜ、今、地方自治体や国が、自転車交通推進の対策にのりだしたのかと考えてみます。端的に言えば、自動車の優先順位を下げ、かわりに自転車を優先する政策が、長期的に望ましいと単に確信しているからだけでなく、現実に今、多くの都市の住民からも支持されるという自負があるからでしょう。

人々の生活に密着する都市自治体のレベルでは、それがわかりやすく読み取れます。ヨーロッパの主要な都市では現在、公平なモビリティや環境負荷の少ない交通政策の路線を掲げる環境重視政党や左派勢力が、市政の中枢を握っているケースが多くなっており、すでに、持続可能な都市の交通政策を進めていくことのお墨付きを、都市住民からかなりの程度、得ているといえます。その一環として、コロナ禍を機に、自転車走行を奨励する対策を強化することに対しても、住民の多数の支持を得られると見込んでいると考えられます。

長期的な自家用車保有率の推移も、直接的な理由と考えられます。都市部では車の保有率は、若者を中心に、年々低下してきました。現在のドイツ語圏の主要な都市の車保有率は、2世帯に1台かそれ以下です。確かに現在は、一時的に自動車利用が増えていますが、ドイツ交通研究所が4月上旬行われたアンケート調査では現在車を保有しない人で、コロナ禍を機に車を買う予定があると答えた人は6%しかいませんでした(DLR, Wie verändert)。つまり中期的な展望(自家用車保有世代が高齢化し、逆に保有しない世代が増えていくという展望)にたつと、自動車保有者が今後増える見込みは少なく、自動車を優遇する政策に変換したところで、支持者層が増える可能性は希薄だといえます(反対に、政策転換すれば、支持者が減る危険の方が大きいかもしれません)。それよりもむしろ車依存を脱却する路線を続行し、そこでの支持層への恩恵を増やすほうが、現在市政で実権をにぎる政党や市長にとっては、政策としても、明らかに有利で妥当な選択でしょう。

今年の秋の、スイス(チューリヒ)とオーストリア(ウィーン)の投票結果をみると、コロナ危機以後も依然、自治体のグリーン路線(自転車交通を推進する政策)が住民に評価されていることがわかります。今年9月末のチューリヒ市の自転車専用レーンの設置を問う住民投票では、70.5%という圧倒的多数の住民が、10年以内に50kmの自転車専用レーンを整備する案に賛成し、可決されました。10月はじめのウィーンの市議会選挙では、これまで社民党と連立を組んで、自転車走行など環境負荷を減らす市の交通政策を積極的に推進してきた緑の党が、前回(2015年)に比べ得票率を2.7%伸ばし、14.6%となりました。このような住民からの(投票結果という)直接的なフィードバックを得ながら、自治体レベルでは、今後も、着実に、車依存を減らす政策をすすめていくと思われます。


Photo by Karo Pernegger/Grüne Wien. : Hasnerstraße


ウィーンでは、コロナ危機直後に、密をさけて歩行者が移動できるように、暫時的な「シェアードストリート」(英語では「シェアードスペース」、ドイツ語では「出会いゾーン Begegnungszone」ともよばれる)が設置されました。

持続可能な都市のモビリティを求めて

また、そもそも、車利用者や、産業界、運輸業界と、市政が対極的な位置に立ち、まったく歩みよりが不可能、という二項対立に現状を把握すること自体が、現実とずれた偏った理解といけるかもしれません。モータリゼーションは、コロナ危機以前から、渋滞や大気汚染、CO2排出量など、様々な問題を生み出し、未解決のままでした。このため今後、モータリゼーションが加速すれば、当然の帰結として、問題が一層深刻になるであろうことは、誰の目にも明らかです。実際に日々、車のハンドルを握っている人なら、それをいっそう強く感じているかもしれません。そう考えると、誰にとっても、モータリゼーションへの依存を減らすことは、最終的な目標であるといえ、現在、対立する問題があっても、中期的・長期的な視点から、同じ目標のもと、互いに譲歩・協働できる余地も少なくないように思われます。

そうとはいえ、もしも、目下、モータリゼーションに依存する以外に、都市のモビリティを確保するのに、選択肢がなければ、現実問題として、車依存体質を変えるのは、難しいでしょう。しかし、今日、それを回避するのに有望とされる具体的な手段がすでにいくつかあります。オーストリアとスイスでは、実際に、これらを導入する具体的な計画案が、今年の夏に発表されました。実際にこれらがどのくらいの有効性を発揮し定着するかはわかりませんが、このように少なくとも現在、モータリゼーション依存への代替案と期待されるものがあること。それ自体が、モータリゼーション依存に容易に揺り戻されないアンカーのひとつになっていると思われます。

スイスのモビリティ・プライシング計画

具体的にみてみましょう。スイスでは、今年7月、モビリティ・プライシングとよばれるものを、いくつかの小都市で試験的に導入することを決めました。モビリティ・プライシングは、時間帯や需要に応じて通行料金や交通料金を変えるというしくみ全般を指し、ダイナミックプライシングという名称でも呼ばれることもあります。現在までに明らかになっている計画によると、都市に入ってくる車と、公共交通を対象にし、時間帯やルートによって異なる通行料金や交通料金を課される予定です。

時間帯やルートによって異なる課金制度を導入することで、車や人が一定の時間の集中するのが緩和されることが期待されています。自転車専用レーンに反対する人の最も大きな理由は、自転車専用レーンをつくることで自動車のレーンが減り、車の交通が混雑することですので、この制度によって自動車の混雑自体が減れば、自動的に、自転車専用レーンの確保もしやすくなるかもしれません。スイスでは、今年末、この試験的な導入に必要な法改正や整備をはじめる計画です。

オーストリアの公共交通全般を対象にした全国年間定期券制度の導入

オーストリアでは、今年6月、政府は、全国共通の公共交通(鉄道だけでなく公共のバスや路面電車を含む)全てに使える安価な年間定期券(通常「1-2-3-Ticket」)を、来年以降導入することが発表されました。一つの州内部のすべての公共交通の1日の利用代金を、1ユーロとし、2州にまたがる移動には2ユーロ、3州以上はすべて3ユーロにするというもので、全国の公共交通が年間1095ユーロで乗車できるようにするというものです。

公共交通をこのようなしくみを導入して全国的に使いやすいしていくことは、車の量や混雑緩和に直接的に関与するものではありませんが、公共交通と自動車の利用がシーソーのような強い相関関係があることを考えると、間接的に、自動車の利用削減につながると期待されます。

ちなみに、この計画は、これまで全く前例がないところから生まれたわけではありません。例えば、ウィーン市では、2012年以降、市の公共交通がすべてに乗ることができる格安年間定期券(365ユーロ。1日1ユーロの計算)を販売してきました。この結果、都市住民の二人に一人が定期券を所持するほど定着し、その後、公共交通を最重要な移動手段とする人が、1割近く増えました。住民を車から公共交通に移行させる重要なインセンティブになったといえます(「公共交通の共通運賃・運行システム 〜市民の二人に一人が市内公共交通の年間定期券をもつウィーンの交通事情」)。オーストリアのいくつかの州でも、同様の地域の公共交通全般を対象にした年間定期券制度がすでに導入されており、これらの市や州レベルの実績から、公共交通が魅力的になると公共交通に乗り換える人が増えるという強い確信が生まれ、今回、全国的な規模の年間定期券制度に踏み切ったといえます。

まだ、州間や国家と州の間に未解決の問題が残っており、全国共通定期券の導入が、予定通り、すぐ来年に実施されるかはわかりませんが(365-Euro-Ticket)、この構想は、今年1月から政権入りしている緑の党が、長くあたためてきた重要なモビリティ構想のひとつでもあり(「保守政党と環境政党がさぐる新たなヨーロッパ・モデル 〜オーストリアの新政権に注目するヨーロッパの現状と心理」)、近い将来、このような定期券が実現される確実はかなり高いと思われます。

ちなみに、スイスでは、すでに、オーストリアの設定ほど安価ではないものの公共交通すべてを対象にする年間定期券制度がすでに導入されているのですが、現在は、全国定期券への批判的な声も少なくありません。定期券があるゆえ、必要以上の移動が増えることになり、結局、環境負荷を増やし、また公共交通が過密になりやすくなるというのがその理由です。このため、公共交通にもモビリティ・プライシング導入することで、現行の全国の公共交通の年間定期制度を撤廃すべきだとする意見もあります(Ledebur, Gerechtigkeit)。

おわりに

スイスとオーストリアで導入が予定されているこれらの案は、持続可能な都市のモビリティ構想の手段として、コロナ禍になる前から政治家や都市交通学者、経済学者などの間で、有望視され、導入が検討されてきたものであり、コロナ危機によってはじめて生まれたものではありません。他方、コロナ禍で、都市のモビリティ問題が(公共交通の利用が減り、車の利用が増えるという)窮地に陥ったことが、実施(スイスでは試験的な実施)が決定されるまでの検討時間を、決定的に短縮させたのは間違いないでしょう。

コロナ禍は、モビリティの優等生だった公共交通を、突如「不安な」(正確には人々を不安に感じさせる)乗り物に変えてしまいました。将来においてもモビリティとしての公共交通の不動の地位を確信し、その拡充に力を入れてきたヨーロッパの都市にとっては、青天の霹靂であったと思います。交通専門家も、公共交通を中心に置いて未来の都市交通を議論してきました(「交通の未来は自動走行のライドシェアそれとも公共交通? 〜これまでの研究結果をくつがえす新たな未来予想図」)。

とはいえ、その後の半年間に、モビリティをめぐってヨーロッパで起きてきたことは目をみはるものがあります。これまで理想としてかかげられてきても、なかなか実現にはこぎつけなかった、自転車の専用レーンや、歩行者専用道路、シェアードストリートなどが、コロナ危機を理由に、次々と日の目を見ることになりました。モビリティ・プライシングや格安の全国年間定期券も、未来の物語ではなく、突如、現実味を帯びてきました。

ヨーロッパの都市は、コロナ危機をきっかけに、新たな対応や臨時の実践を積み重ねながら、これから、モビリティの質を飛躍的に変容させていくのかもしれません。

参考文献

穂鷹知美「「密」回避を目的とするヨーロッパ都市での暫定的なシェアード・ストリートの設定」『ソトノバ 』2020年8月11日

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Fenazzi, Sonia, (翻訳)、憲法改正でスイスの自転車利用者は増えるか、シスインフォ、2018/08/28 09:00

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Stadler, Helmut, Die Schweiz schaltet einen Gang höher. Der Veloboom hat die Städte erfasst - jetzt soll auch der Bund mehr Geld zur Verfügung stellen. In: NZZ, 19.9.2020, S.17.

Die Stadt stellt sich klar hinter das neue Fussballstadion, der Kanton wird mit über 200 Millionen Franken mehr belastet – darüber hat Zürich abgestimmt. In: NZZ, 28.09.2020, 07.51 Uhr

Weik, Regula, Umweltfreisinnige fordern: St. Galler Städte sollen Mobility Pricing testen. In: Tagblatt, 13.07.2020, 09.55 Uhr

Weißenborn, Stefan, “Wir stellen jetzt Flächengerechtigkeit her”, Spiegel, 27.05.2020, 20.41 Uhr

Wolf, Jörg, Auf dem Land ohne Auto – Wie geht das?, Das Erste, W wie Wissen, Stand: 08.10.2020 21:45 Uhr

Wolf, Jörg, Städte fordern: Weniger Autos, mehr Platz, Das Erste, W wie wissen, Stand: 10.10.2020 17:34 Uhr

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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