ドイツとスイスの難民 〜支援ではなく労働対策の対象として

ドイツとスイスの難民 〜支援ではなく労働対策の対象として

2015-10-09

ヨーロッパでは毎日のように難民のニュースが報道されています。特に夏以降、ドイツをめざして押し寄せる難民たちが増加し、今年1年でドイツ一国に80万人が難民申請すると推定されています。このような状況下の10月6日、ドイツ労働・社会省系の研究所(IBA)は、9月までの労働市場における難民の状況と今後の難民のドイツ経済に与える影響について発表をしました。

この報告によると、現在ドイツ内で50万人の難民を雇用することが可能であり、将来は93万4千人にまで増やせると見込んでいます。過去5年では110万人の難民が就業しており、今後も入国して1年以内に就業できる難民は、言葉などの問題で8パーセントにすぎないが、5 年間で50パーセントまで上がる見通しです。一方、難民は過半数以上が25歳以下の若者で、ドイツ人やドイツ在住の外国人に比べて教育水準が全体的に低いため、就労は、ホテル、飲食業界、クリーニング業務など、もともと人員不足であった分野に当面限られるため、一 般のドイツ人就業者の脅威となるようなことはない、と強調します。

経済に強いスイスの主要ドイツ語日刊新聞「ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング」日曜版の看板コラムでも9月、「ドイツは移民政策ではなく、むしろ(将来の労働力確保のための)人口政策に取り組んでいる」と書かれていました。将来の就労人口低下に対する危機感は先進国全般にみられますが、実際に、100万人に近い規模で移民を短期で受け入れる、という急激な社会転換を、ドイツが想定していることにおどろきます。移民の受け入れ議論は低調で、移民を受け入れる代わりに、「短期移民」として観光客を呼び込むことを積極的にうながすイギリス人経済アナリストの本が、今年話題になった日本と、あまりに対照的な印象を受けます。

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※ スイスでもっとも読まれている新聞(とはいってもフリーペイパー)で一面に難民の写真と記事がのっているもの



ドイツの人口(約8千2百万人)の約10分の1しかないスイスでは、ドイツに流れ込んだような規模の難民はとうてい受け入れられませんが、 それでも今年、来年各年でそれぞれ3万人前後の難民が入国すると見込んでおり、一度に1万人規模の難民が押し寄せることも想定して、各地の軍事施設や避難用施設なども利用し、準備をすすめているところです。

難民として入国した人々は、暫定滞在許可をもらい、難民申請に入ります。申請にかかる時間は人や出身国によって大きく異なりますが、スイスでは通常数年かかります。難民申請中に知り合ったアフガニスタン人とスリランカ人は、難民申請から滞在許可をもらうまでに5年近い歳月を要していました。 難民申請中の就労はスイスではほとんどできないか、厳しく制限されています。また、滞在許可が下りる前の段階では、生活費は支給されますが、語学講座の受講費まで出してもらえることはまれです。このため、ボランティア団体や救済関連組織が主催する、無料で受講可能な語学講座には参加できますが、それ以外の一週間のほとんどの時間を無為にすごすことになります。

就労も語学の習得もできないとなると、長期滞在許可が下りたあとも社会にすぐに順応することは難しくなります。しかし、このような問題がよくわかっていても、スイスのような小国では、難民への待遇が他国に比べてよくなることで、難民がいっぺんに自国に押し寄せることが危惧されるため、他国の動向をみながら、状況改善に慎重にならざるをえないというのが現状のようです。

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※ 救済組織カリタスが開いている難民やほかの移民のためのドイツ語やコンピューター講座の案内のパンフレット



他方、 スイスをはじめヨーロッパ諸国には、日本同様に、恒常的に人手不足が深刻な分野があります。その典型的な例である介護分野では、少しでも人手不足を緩和するため、政治や制度の改善をたのみにするだけでなく、現場でも独自の対策に取り組みをしていますが、ここで大き く期待が寄せられているのが難民です。

通年介護資格取得のための研修を実施している赤十字社では、外国人のコース受講を奨励しており、受講者はほとんどが外国人というクラスもあるといいます。上述のアフガニスタンとスリランカからの難民もスイス在住許可がおりる とすぐに、介護資格の取得をすすめられており、研修を受けることに前向きでした。実際に介護資格を取得するには、授業もさることなが ら、介護の対象となるスイスの老人の言葉を理解し、適切に判断しなくてはならず、外国人にとって決して容易なことではありませんが、 それをまた支援する人たちがいます。介護の対象者である老人たち自身です。いくつかの老人ホームでは居住者が、ボランティアに来る外国人に言葉を教えているといいます。

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※ ドイツ語講座が行われている部屋の一例



ドイツやスイスなどの主に西ヨーロッパ各国は、大規模な難民を受け入れる道をもはや選択するという段階ではなく、多かれ少なかれ容認し、覚 悟をすえて、すでに歩みだしたといえるでしょう。様々な国や文化の人々の社会の統合は、いろいろな要素が入り混じり、簡単に予測でき ません。短期で結果が出るものでもありません。そうではありますが、前述の老人ホームの話のなかに、未来の道すじが少しみえるようなきがします。人手が足りない介護の仕事を難民が補おうとし、その難民にとって言葉の取得という困難な問題を、介護の対象者である老人ホームの住民が助ける。それぞれができることをし合い、支え合うという関係は、どんな時代・状況になっても今後も社会の原則として存続していくことは、変わりがないように思われます。

参考サ イトと文献

Aktueller Bericht „Flüchtlinge und andere Migranten am deutschen Arbeitsmarkt: Der Stand im September 2015″

Presseinformation des Instituts für Arbeitsmarkt- und Berufsforschung vom 6.10.2015

Beat Kappeler, Ohne Zuwanderung fällt Deutschlang weit hinter Frankreich zurück, NZZ am Sonntag, 13. September 2015.

デービッド・アトキンソン『新・観光立国論』、東洋経済新報社、 2015年
Wir müssen Deutschkurse vom ersten Tag an anbieten” 4. Sept. 2015, Süddeutsche Zeitung

Asyl-Politik der Union Arbeitskräfte rufen, Flüchtlinge willkommen heißen , 3. Sept. 2015, FZZ

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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