スイスのお年寄りの元気の秘訣?

スイスのお年寄りの元気の秘訣?

2016-01-13

スイス在住の日本の人と話していると、スイスのお年寄りは元気だ、という話題になることがたびたびあります。スイスでは、普通の自転車の後ろに人力車(?)のようなものをつけて、こどもや荷物を運ぶ自転車を街中でよくみかけますが、 この労力を要する代物にこどもをのせて、涼しい顔で自転車をこいでいるのが、若者ではなく、おばあさんだったりするのを初めて見た時は、そのタフさに本当にびっくりしました。そんなスポーティーな颯爽さだけでなく、きびきびした動きや、握手の握力の強さなど、普通の日常生活 で、高齢者の体力やスタミナを感じることがよくあるので、お年寄りが元気、という印象が強くなるのかもしれません。

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スイスの高齢者の食べっぷりも、見事です。こちらのレストランではどこでもある(日本のカレーやラーメンといった定番料理の一つである)カツレツにフレンチポテト添え、というボリュームたっぷりの料理を、高齢者がぺろりと一皿平らげる姿には、あっぱれ!、と感嘆詞つきでコメントしたくなります。

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スイスの高齢者は男女共によく食べ、よく動いて元気いっぱい、こんな個人的な印象が、あながちでたらめではない、と思えるような調査結果が あります。スイスの65歳以上の人の二人に一人は、ボディマス指数(BMI)が 25以上の「肥満」の枠に入り、ほかのヨーロッパ諸国同様に、高い肥満率です。それにも関わらず、2000年代のWorld Values Rearchの高齢者の国際比較調査を丁寧に紹介した「データえっせい」の記事によると、 調査対象国40カ国の中で、スイスは、高い自己健康評価をした高齢者の割合が一番高く、自分の健康状態について「よい」または「非常によい」と答えた人は、 65 歳以上では77.1%でした。75歳以上の人でも65%が自分を健康と評価しています。さらに、65歳以上の人の95.5%が「非常に幸せ」あるいは「幸せ」と回答しており、調査国全体 の幸福度平均値76.7%に比べても、 スイスは幸福感を享受している人がかなり多いという結果でした。(ちなみ日本は、自己の健康を良好と評価する人は42.3%とかなり少ないものの、幸福感を感じている人は9割以上ということで、健康と幸福感の相関性の少ないユニークな傾向を示しています。)

こんなスイスの高齢者とは、具体的にどんな条件や環境で生活している人たちなのでしょうか。「ヘルプ・エイジ・インターナショナル」という国際団体は、毎年、国連加盟国194カ国の中でデータが入手できる国を対象にして、高齢者が暮らしやすい国のランキングを出しています。昨年2015年も96カ国を対象に、収入の安定性、健康、雇用・生涯学習、社会参加支援の四つの分野において13の指数値で、高齢者の暮らしやすさを比較したものを公表しました。これによると、スイスは社会参加支援の分野においてトップに位置付けられており、最終的なトータルのランキングでも北欧の国を抜いて首位の地位についています。 (ちなみに日本は健康分野で世界ランキング1位で、社会保障や年金、累進課税などの制度も評価され、総合ランキングも8位で、アジアでトップとなっています。)スイスで首位となった「社会参加支援 Enabling environment 」という言葉は、少しわかりにくいですが、高齢者の他者との交流や、地域的コ ミュニティーへの関わりや貢献、またそれを維持・保障するような生活基盤や環境ということのようで、社会的な結びつき、治安、市民的な自由、公共交通手段へのアクセスという四つの指数から計測されています。

スイスが強いとされる高齢者の社会参加について、生活のあちこちで目にする高齢者のボランティア活動を思い浮かべると、納得がいく気がします。もともとスイスは、二人集まれ ば結社(クラブ)をつくる、と言われるほど、結社に入って趣味やスポーツなどの活動をする人が多い国です。そして、それらの結社やネットワークを母体としたボランティア活動は、以前「学校のしくみから考えるスイスの社会とスイス人の考え方」の記事でも触れましたが、地域社会の文化事業や社会福祉に伝統的に大きく貢献してきました。いまでも、スイスで15歳以上の人でボランティアをしている人の割合は、40%にものぼると言 われ、EU加盟国の15歳以上のボランティア活動の割合が平均23%であるのと比べても、スイスでボランティア活動がさかんです。

少し前になりますが、2011年、EUではボラン ティア活動を公に高く認知し、奨励、支援するため、ヨーロッパ・ボランティア年と定め、年間を通しキャンペーンを行いました。超高齢化社会を目前にして「社会的連帯」を強めなくてはならない、とヨーロッパでもよく言われますが、ほころびがでてきた地域の社会保障制度や、衰退するキリスト教的な伝統的地域扶助組織にかわって、ボランティア活動の潜在的な可能性が高く評価されるようになってきたことが背景にあったと考えられます。スイスはEU加盟国ではありませんが、同年以降、様々な地域のボランティア活動がメディアで取り上げられることも多くなり、 今日、その重要性が社会的に広く認知されているように思います。

しかし、今回の高齢者が暮らしやすい国のランキングでおもしろいのは、 ボランティアのような社会参加が、「社会のため」という尺度からではなく、高齢者自身の暮らしやすい環境を図るための尺度として注目され、評価されているところです。高齢者が社会参加や社会への寄与する・できることは、その価値を経済的に換算できるかという近年の議論とは別に、老後の人生の豊かさや意味を考える上で、確かに大きな価値と意義があるのだ、ということを、このランキングは改めて示しているといえるでしょう。

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ただし、既存の結社で、近年、会員とくに執行部や若い世代の人数が減っているという話もよく聞きますし、新たに退職する人のなかには、改めてボランティア活動を希望する人も少なくないでしょう。このため、これまでのボランティアの形にこだわらず、今後社会の変化や個々人の人生のステージにあわせて、柔軟な受け皿を用意することが大切です。またボランティアの人材が、働きがいや充足感をもてるように十分考慮すること も、長期的なボランティアの運営には不可欠です。スイスでは、これらの点を重視して、官民一体でボランティア団体の活動のあり方や構造を改革に着手し、功を奏してきました。

ボランティア活動を支援する新しい取り組みの具体例をいくつかあげてみましょう。まず、新しいボランティアの獲得に関しては、ボランティア団体を統括する上部機構である「ベネフォール」が、開設したボランティアの仕事の募集一覧サイトの開設があります。少し詳しく紹介しますと、まず ボランティアで働きたい地域について、地域か郵便番号を入れ、さらにそこを中心にして、どれくらい離れた仕事場までを対象範囲とするか、0キロから50キ ロまでの細かな選択肢から選びます。仕事分野は17に分かれており、教育、事務、環境、運搬、サービス、文化など様々なジャンルから希望のものを選びます。さらに、ボランティアで対象としたい年齢や社会グループ(子供、老人、障害者、外国人など)を選択することもできます。これらの条件を選んで検索すれば、すぐに結果が一覧でき、その中に気に入った仕事があれば、直接応募者に連絡するというしくみです。(応募要項をサイトに掲載できるのは、ベネフォールがボランティア団体として公式に認可した団体や組織に限られます。)

このサイト開設のおかげで、多様で常に変動しているボランティアの需要と供給のなかで、高い透明性を保ちつつ、迅速で円滑なマッチングが可能となり、潜在的なボランティア希望者が、どこかに改まって出向く必要もなく、ネットで気軽に、細かな条件で自分に合いそうな仕事を簡単に探すことができるようになりました。実際に、300人のボランティアを抱える市営老人ホームのボランティア支援部門の担当職員の話でも、近年はこのマッチング・サイト経由で応募してくる人が一番多いとのことでした。

また、「ベネフォール」は、ほかにもボランティアを活用する団体とボランティアが相互にいい関係を保って長期的に活動するため、ボランティア活動の大枠を規定し、ボランティア団体の規範を提案しています。例えば、ボランティア活動は週に6時間を限度とすること(それ以上に課せられた仕事は、ボランティア本来の善意を損なったり、団体に都合のいいように、ボランティアが「利用される」危険があるため)、ボランティアを評価し、その労をねぎらう機会を定期的に設けること、年に数回の研修 の機会を設け、ボランティアをしている人がボランティア活動を通じて個人的にも知識や技術の向上、成長する支援をすること、などが奨励されています。ベネフォールのサイトを通じてボランティアを応募する組織は、このような規範を順守しなくてはいけません。

ボランティアの人材を重視する姿勢の一環として、近年、受講した一連の研修についても、おもしろいシステムが導入されています。受けた研修内容について、スイスで共通するパスポートのような体裁の手帳に、研修主催者が記入していく制度であり、受けた研修が公的に証明されることで、ほかの取得資格などど同様に、将来、ほかの分野の活動や新しい業務に就く際に、活用することが可能です。これまでスイスで90万部が販売されたというこの研修手帳のシステムは、ボランティア活動が、同時に自身の生涯学習や専門性を高める機会ともなることを明確にしたとも言え、今後ボランティアや社会参加をさらに魅力的にし、自主的に参加する人の量の増加や質の向上につながることが期待されます。

これからの将来、スイスに負けず劣らず、多少太り気味でもハッピーで元気なお年寄りが街を闊歩し、地域活動に積極的に参加する人もどんどん増えてくるような地域や国が世界中にあふれてくる、そんな世の中を想像すると、超高齢化の時代とよばれる近い未来が、少し違ってみえるような気がします。

参考サイト

-スイスの高齢者の自己健康評価、幸福感、肥満度について
「高齢者の国際比較 」データえっせい、2013年9月16日(2016年1月11日閲覧)

world values research, relief and development

Schweizer sind zu dick - und glücklich damit. 87 Prozent der Schweizer Bevölkerung fühlen sich gesund bis sehr gesund - obwohl über ein Drittel übergewichtig ist. In: Tages-Anzeiger, 12.9.2008

-「ヘルプ・エイジ・インターナショナル」の2015年の国別ランキングとスイスの結果について
Global Age Watch Index 2105

大野瑠衣子「『シニアの楽園』スイスが見据える高齢化社会のこれから」スイスインフォ。2015年11月5日

http://www.sankei.com/life/news/150909/lif1509090016-n1.html

2011 年ヨーロッパ・ボランティア年についての特集記事

-スイスのボランティア団体を統括する上部機構である「ベネフォール」とそれが提案するボランティア規範
http://benevol.ch/home/

http://benevol.ch/fileadmin/pdf/BENEVOL_Standards_01.13_n.pdf

スイス国家統計資料 ボランティア活動者数

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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