キューバの今 〜 型破りなこれまでの歩みとはじまったデジタル時代

キューバの今 〜 型破りなこれまでの歩みとはじまったデジタル時代

2016-06-06

4月末から2週間キューバに滞在する機会がありました。キューバは昨年アメリカとの国交が正常化し、 今年はオバマ大統領も訪問したことに象徴されるように、目下、政治や経済体制・構造上で大きな改革や転換を遂げている真っ只中で、人々の社会や生活は急激に変化しています。今回は今のキューバの状況を報告してみたいと思います。
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<経済・医療・教育>
まず、今日のキューバの経済、医療、教育分野の状況を簡単に紹介しましょう。
キューバの主要産業は、サトウキビを主とする農業です。しかし石油や化学肥料を不可欠とする近代的農業は、90年代のソビエトと東欧ブロックの崩壊によって支援も交易も大幅に減ったことで大きな打撃を受け、その後もハリケーンや経済危機が重なり2000年代も停滞が続きました。やっと2010年代以降回復してきましたが、生産性や効率的な農業とはほど遠い状態が続いています。2015年においてもトラクターは15人の農業従事者に1台しかなく、馬や牛がいまだに農耕労力として使われている、という事実からも停滞状況が容易に想像されます。
人口1100万人のカリブの島国キューバの就業者の9割は国に雇用されている公務員で、給料は職種にほとんど差異はなく、月に20から40USドル(2015年現在)です。しかし生活必需品をまかなうには給料の約2倍の費用が実際にはかかるため、外国に家族がいる人は、そこから仕送りを受けている人は多く(革命以降キューバから外国へわたったキューバ人は100万人を超えます)、総額25億USドルになる海外からキューバへの送金は、サービス業、観光業に次ぐ国の第三の主要収入源となっています。
一方、 バイオテクノロジーを駆使した製薬産業が近年、大きく伸長しています。キューバはB型肝炎や肺がんのための医薬品を初めて開発した国の一つであり、世界的にも多くの特許を取得しています。医療関連商品は、2007年において3億5千アメリカドルに達し、砂糖につぐ第二の輸出品となっています。
医療制度は「家族医」という地域医療体制をとっており、国内診療はすべて無料です。医者の数は、2010年現在国民1000人当たり6.7人と世界トップレベルです(ちなみにOECD加盟国の平均が3.2人で、ラテンアメリカ諸国の平均は1.8人です。)医療の質は世界的にも定評があり、 2013年新生児死亡率は1000人に3人で北米(4人)よりも少なく、2012年のWHOのレポートによると、結核感染率も世界的に最低の国です。充実した医療のおかげで平均寿命も79歳と アメリカ南北大陸すべてあわせたなかで最長寿国であり、世界的にみても先進国並みの長寿国です。
教育は9年間の義務教育から大学などの高等教育まですべて無料で、就学率と識字率は共に100%です。キューバの国民全体の教育水準は、ユネスコの2010年度の調査では、対象120カ国の中でニュージーランドとデンマークにはさまれて16位に位置し、ラテンアメリカで最高峰にあるだけでなく、世界的にも最高レベルの水準にあります。
これらを総じてみると、主要産業である農業の現状からは「貧しい国」「途上国」のように思えますが、医療と教育面では世界でもトップの位置にあり、医療分野のハイテク産業が発達しているという事実には、国の生活水準が高いという印象を受けます。換言すれば、わたしたちは通常経済性を計る尺度として使っているGDPのような経済指標や、「途上国」、「先進国」といったカテゴリーではうまく言い表せないこと自体が、キューバの大きな特徴だといえるほどです。
<デジタル時代>
このように通常わたしたちが用いている一般的な尺度や規格から幾重にも外れるキューバですが、今日のデジタル時代の潮流においては、どのような状況下にあるのでしょう。
もともと社会主義を掲げるお国柄であり、長いあいだメディアは政府に厳しく統制されてきました。それに加え1993年の経済危機以降は、資源を節約するため出版物や映画の配給も制限されてきました。 一方、近年では、新しいデジタルメディアである携帯電話とインターネットの利用が少しずつですが可能になってきています。2008年以降携帯電話の所有手続きが簡素化され、個々人宅でのインターネット接続は未だ認められていませんが、2015年からはWLAN のホットスポットが主要都市で整備されるなど、公共空間のインターネットへのアクセスも急速に整備されつつあります。しかしインターネット接続料金は2015年にそれまでの半額になったとはいえ、2016年現在も1時間で2USドルほどかかり、現地の人たちにとっては非常に高価な代物です。このため、インターネットを使っている人の割合は、いまだ全国民の5%にすぎず、国民全体の利用者の割合はラテンアメリカでも最下位です。
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メディア分野同様に発達が非常に遅れているものに、モビリティー(移動性・移動手段)分野があります。公共交通は不十分のようでたまにみかける旧式のバスが走っていますが、車内はいつも超満員で、トラックを改造した輸送手段や幌馬車風の馬車、自転車タクシーが未だ健在です。高速道路ではヒッチハイクを求める人を大勢みかけました。新車や中古車の新規個人購入は2010年代から解禁となりましたが、いまだ多くの人には自家用車は高嶺の花です。国内を旅行中、大都市を除くと街中に看板がほとんどありませんでしたが、これは、商店を訪れる人がみな地元の人のためどれが何の店かわかっており、わざわざ看板を作る必要がないためではないかと思われます。
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日本やスイスの今日の状況では、物理的な移動が楽にできるだけでなく、インターネットによって壮大なバーチャルな世界と常時つながることができ、さらには移動中も常にオンラインでいることも当たり前となりつつあります。これに対し、非常に限られた情報とモビリティー条件下の大半のキューバ人 にとっては、バーチャルの世界は存在しておらず、身近に移動できる領域内の、24時間リアル(現実)の 物理的環境がすべてです。そのような場所での暮らしが、一体どのようなもので、そのような状況下では生活や世界観がどれだけ変わりうるのか、それを想像するのも難しいほど、同時代に生きているにも関わらず、キューバとわたしたちの状況には大きな隔たりがあります。
キューバとわたしたちの世界、一概にどちらが優れていると言えるものではありませんし、まして制度が異なる国々を国民が勝手に選べるわけでもありません。しかし一つ確かなことは、今後、キューバでも経済改革とともに、デジタルメディアへのアクセスや交通手段は大幅に自由化・多様化され、今日わたしたちが享受している環境に遅かれ早かれ近づいていくことです。医療や教育を充実させてきたものの、半世紀にわたって世界との自由な交流から閉ざされ、デジタルメディア革命からも取り残されてきたキューバの人たちは、今後どのようにデジタル時代を迎えていくのでしょう。これからのキューバの歩みは、これまでの半世紀の型破りな独自の道同様、前人未踏の実験性に富んだものとなることでしょう。それを考えると、これからもキューバから目が離せなくなりそうです。
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主要参考サイト
Wenn Kuba sich öffnet, Kontext, SRF, 21.3.2016.
Kubas Geldträume. Vom Kommunismus zur Marktwirtschaft?, Makro, 21.11.2014, 3sat
Kuba, Wikipedia (2016年5月30日閲覧)
Medizin für alle. Das kubanische Gesundheitssystem, Makro, 21.11.2014, 3sat
Kuba: Ärzte pro 1000 Einwohner, Fact Fish (2016年6月3日閲覧)
Anna Jikhareva, Ausgerechnet Kuba, Tagesanzeiger, 24.10.2014.
Michael Stürzenhofecker, Reich werden nur einige, die Zeit, 13.4.2016.
MEDIZIN Bioboom in der Karibik, Der Spiegel, 05.07.1999.
Education for all Development Index (EDI), UNESCO, 2012

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。



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