想像の翼が広がる幼児向けアナログゲーム 〜スイスの保育士たちが選ぶ遊具
2016-06-09
先月、スイスの遊具レンタル施設(ルドテーク)で、プレイグループで働く保育士を対象にしたワークショップを開きました。スイスのプレイグループ(Spielgruppe)とは、 3、4歳児を週に1、2回数時間預かる保育施設のことで、全日制の保育園に通っていない子供達は、幼稚園入園前の準備として、1、2年通うのが一般的となっています。今回、プレイグループで遊べるゲームというテーマの、2時間のワークショップを担当することになり、ゲームを実際に手にとりながら、色々なことを話し合いました。
以前「スイスの遊具レンタル施設」で紹介したように「ルドテーク」という名でスイスにおいて広く知られている半民半官の遊具レンタル施設は、図書館同様、全国各地に設置されていますが、世界的には珍しい施設です。
1970年代から設置されはじめたこの施設が、半世紀たった今も存続している背景には、ボードゲームなどアナログゲームが今も高い人気を保っていることが大きいですが(詳細に興味のある方は、「デジタルゲームの背後で起こっているテーブルゲーム・ルネサンス」をご覧ください)、それらで遊ぶのは家庭内に限ったものではありません。保育士や学校教員など、こどもの教育に関わる人たちの間でもこれらの関心は高く、幼稚園や学校の教室にはたいていボードゲームやカードゲームが各種並んでいます。ゲーム製造者・小売業者、家庭、教育関係者、ルドテークといった複数のアクターが相互にリンクしながら、世界的にもまれで高品質なアナログゲームを数多く輩出する状況を維持しているといえます。教育施設のなかでも特にプレイグループは、住宅や複合ビルの一角を用いた施設であることが多く、子供達は午前中の2、3時間の大半をプレイグループ室内だけで過ごすため、遊ぶ用具としてゲームへの関心が高いようで、今回のワークショップは夜遅かったにも関わらず、市内の現役プレイグループ保育士14人が参加しました。
ワークショップ中に現場の声を色々聞かせてもらったり、話し合いをしたことで、わたし自身、スイスの幼児教育の現場でゲームがどのように理解され、どのような点が高く評価されているのを、改めて総合的に確認できたように思います。日本でも幼児のいる家庭はもちろん、おもちゃの製造者や小売業者、教育機関の方など、幼児教育に関わる方々すべてにとって、参考になる点も多いかと思いますので、今回、紹介してみたいと思います。
<なぜゲームか?>
現代の子どものまわりには多様なおもちゃがあふれています。しかしまた子どもがいいおもちゃに出会う確率を高くしているとは限りません。むしろ多すぎるおもちゃに埋もれて、じっくり一つのおもちゃと遊ぶのがかえって難しくなったかもしれません。そんな中プレイグループでは、意識的に年齢にふさわしいおもちゃや遊びを厳選して、子どもたちの遊ぶ環境を整えています。そのなかで一つのことに集中する、グループで遊ぶ、手先を上手に使うなど様々なことを学ぶためにゲーム性のあるおもちゃ(この年齢のゲームとは、ボードゲームとは限りません)が愛用されるようです。
<ゲームの素材>
この時期の子どものおもちゃとして、ゲームの素材はとりわけ重要と考えます。自然のあたたかみを感じるものやクオリティーの高いもの(きれいな絵や高い材質のゲーム部品など)が、こどもの情操の健全な発達を促進させるとするという考えが、ヨーロッパでは広く普及しているためと思われます。
クオリティーを誇る玩具としてドイツの木製のおもちゃは世界的にも有名ですが、就学前の子どもを対象としたゲームで圧倒的なシェアをほこる老舗ハーバHABAもこの伝統を受け継いで、ゲーム部品はほとんどが木製です。確かにこれら木製を基調とするゲームは幼児用ゲームの「スタンダード」として、今も圧倒的な支持を集めていますが、今回保育士の間ではその真価を認めつつも、そればかりでは単調であるとして、独特の肌触りをもつ竹を使ったものにも注目が集まっていました。やはり素朴で自然な素材である布やひもなどもゲームの部品として好まれる定番素材です。一方、プラスチックやダンボールをゲームの部品としたゲームは、幼少期の子どものゲームではほとんど見当たりません。
<形>
素材だけでなく、ゲームの部品の形もこだわりがみられます。口にいれる危険がなくなったこの時期の年齢の子どもは、はじめて小さいものにもてで触ることが許されるようになりますが、基本的にゲームの部品は、複雑な形よりもシンプルなものが好まれます。簡単に壊れないためもあるでしょうが、手先で触れることで、視覚に頼らずに感じたり、理解する楽しさを、なにより重視しているためと考えられます。
<色>
素材や形だけでなく、色の選択にも、幼少期のゲームには特徴があります。ゲームの部品は原色を中心にした、鮮やかな単色が用いられます。この時期の子どもたちにとって、形同様色が、物を区別したり、分類する時の重要な手がかりとなる場合が多いためです。
<ゲームのテーマ>
大きな子どもたちのゲームには、ただ数が書かれたカードやサイコロだけを使って遊ぶゲームもありますが、幼少期の子どもを対象としたゲームは、一つ一つテーマ(モチーフ)を持っています。ゲームの説明書には、お話風にそのテーマが描かれていて、言って見れば、ゲームとは立体あるいは平面的に設定されたお話の舞台の中にはいって、それぞれの役を演じるといった進行になります。テーマやお話は、子どもたちのゲームへの関心を惹きつけ、またルールを理解するのを容易にします。例えば、病気の鳥を元気にするために大好きな木の実を集める、というゲームのルールは、お話の延長として考えると、課題が簡単に理解できるだけでなく、やりたくなる気もぐっと湧いてきます。
このため、ゲームのテーマが幼少の子どもたちの年齢や関心に合うものであることは不可欠です。亀やかたつむりなど、身近な生き物や人気のあるが出てくるゲームは、今も昔も幼少の子どもたちに高い人気があります。
<手作業の楽しさ>
近年、ヨーロッパでも幼少期から手先を使って色々な動作をすることが重要だと指摘されることが多くなりました。就学で必要な作業を容易にこなせるようにそれ以前から練習という意味だけでなく、神経医学的な見地からも、手作業が脳や身体の成長を促進させると提唱されるようになってきたためです。
しかし、そんなことを大人が考える以前に、子どもは(本能的に自己能力を発達させようとするためと解釈できるかもしれませんが)手先を使うことが大好きです。上にのせる、袋に入れる、差し込む、はめる、的に当てる、さいころなどを投げるなど、様々な手作業をゲームの要素にいれることで、ゲームは断然子どもにとっておもしろくなり、自然に手先を使う多様な練習もできることになります。
これにゲーム独自の子どもが楽しくなるような意味(例えば、虫にえさを食べさせるなど)を付加すると、さらにその課題をすることが楽しくなり、作業を終えた時は強い充足感を得られます。
<ゲームとして遊ぶことの意味>
ゲームには、ほかの遊びと大きく異なる特徴があります。ゲームとして成り立たせるために、共通のルールを守らなくてはならないということです(ルール自体は、紙に書かれた製造者のルールにこだわらず、子どもの理解力や人数によって臨機応変に変えてもいいですが、プレイヤー全員が共通して従うルールが必要です)。それは、順番を守ったり、ごまかさないことだったり、「負ける(そしてその悔しさを耐える)」ことから逃げない、ということでもあります。自分勝手にできない分、複数の人数で遊ぶ醍醐味を味わうこともできます。特に協力型のゲームは、みんなでいっしょに目標をもって作業することの楽しさや、それがうまくいった時に喜びを共有することの嬉しさといった、チームプレーの味わいを体験することができるため、保育士たちの間でも近年、高く評価されているようです。
<想像の翼を広げる>
ゲームのルールには書かれていませんが、ルドテークやプレイグループでいつも実感している、ゲームの大切な作用があります。それはゲームが、子どもたちの想像力をひろげさせ、子どもたちが新しく遊び方を考えるのを鼓舞することです。一見、ゲームは、大人が考案したもので、部品も決まっていて、印刷したルールに従わなくてはいけないので、 想像性と無縁のマニュアル的な遊びかたのように思われがちです。しかし、考えようによっては、新しい想像力の宝庫です。単純な形の黄色や赤の部品が、ゲームのなかでは、突然船やりんごになりますし、子どもたちはゲームを終えたあと、さらに続きの新しいお話やゲームを思いつき、遊びがどんどん広がることがよくあります。紙に書かれたルールの枠からはずれて、好きなように遊びはじめる子どもたちのわくわくしている様子はすごくいい、とワークショップでも語り合いました。
ところで、ワークショップでは、コーディネーターがせっかく日本出身なので、折り紙工作などを紹介しながら、日本の幼児教育の話にも少し触れてみました。以前「折り紙のグローバリゼーションと新たなフロンティア」でも紹介しましたが、スイスでは近年折り紙への関心が高く、例として用いた折り紙工作は好評で、ワークショップ終了後に本に載っている折り紙の折り方を、写真で撮っていく熱心な保育士の方もいらっしゃいました。日本とスイスの子どもをめぐる環境や事情は違うことも多いですが、幼児教育や早期教育への関心が全般に高いというところは、共通しているように思います。幼児教育におけるスイスと日本の相違を、折に応じて、今後も色々な角度から紹介していければと思います。
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
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