民泊ブームがもたらす新しい旅行スタイル? 〜スイスのエアビーアンドビーの展開を例に
2016-07-14
最近、民泊を斡旋する大手会社エアビーアンドビーについて、スイスでもよく聞くようになりました 。市場の急速な拡大に伴い、社会の様々な側面で波紋を呼んでいることが原因のようです。他方、これまでなかったこのような民泊のポータルサイトが普及してきたことで、既存の宿泊施設にとって代わるのにとどまらない、新しいツーリズムやライフスタイルが現れ始めているようにも見えます。今回は、世界的に注目されるシェアビジネス(主に個人が所有する「遊休資産」を必要な人と場所に有償で提供するビジネスの仕組み)の代表格であるこのエアビーアンドビーのヨーロッパでの現状を、スイスを中心に追いながら、民泊ブームのもたらしたものと今後の展開について考えてみたいと思います。
エアビーアンドビーの概要
まずエアビーアンドビーの簡単な概要と、スイスの状況について、近年のメディアの記事を参考にして、まとめてみます。
エアビーアンドビーは2008年にカルフォルニアで当初、Air bed and breakfastというその名の通り、空気を入れた簡易ベッドと朝食だけを提供するだけの個人の部屋や住居を賃借する簡素な宿泊施設を斡旋する会社として始まりましたが、その後特に2012年以降、市場が飛躍的に世界中に拡大しました。今年6月現在で、190ヶ国、3万4千の都市や地域で2百万以上の宿泊オファー (部屋や住居全体)があるといいます。これは、マリオネットとヒルトンホテルグループを合わせたものよりはるかに大きな宿泊者収容力ですが、自分たちでは部屋を一つも持っていないため、従業員は1600人と、両ホテルグループの100分の1にすぎません。予約が成立すると、宿泊施設提供者から3%、利用者からは12パーセントの手数料をもらうしくみで、2015年の売り上げは約9億USドルにまで達したと言われます。
スイスでも急速に普及しており、今年5月現在のオファーは前年比で約2割増の全部で1万7千件あり、スイスすべての全宿泊ベッド数(24万)の4分の1(23パーセント)に相当する5万5千人分を占めるほどの宿泊者収容力をもっています。ヨーロッパのほかの国と比較するとオファーの割合はまだ少なめですが、稼働率は高いといいます。スイスの大手日曜新聞Schweiz am Sonntagによると、2015年にエアビーアンドビーを通して宿泊したのはのべ30万人以上で、前年のほぼ2倍に達したといいます。特に、チューリッヒ、バーゼル、ローザンヌやベルンなどの都会での宿泊が人気です。スイスのホストの平均年齢は39歳、女性の割は65%で、宿泊施設をオファーしている人の87%は、一つの物件しか出しておらず、ほとんどの人が自分の住居を提供していると考えられます。ちなみに、オファー数の6割以上は賃貸アパートの物件です。
社会や行政側の反応
さて、このように急展開している新しいシェアビジネスについて、社会ではどのように反応しているのでしょうか。3年前までは、エアビーアンドビーは、オファーも2000件ほどで、ほとんどその動向に気をとめる人はいませんでした。しかしその後、急成長していく中、ホテル業界からの反発が強くなりました。スイスはここ数年、強いスイスフランの影響下で、ホテルだけでなくベッドアンドブレックファーストもキャンピング場もユースホステルなどホテル業界全般が停滞しているため、エアビーアンドビーという新興シェアビジネスに余計、神経質になっているようです。ホテル業界が不当だと特に抗議しているのは、ホテル業界が宿泊者数に応じて支払わなければならない宿泊料(保養滞在税)をエアビーアンドビーが払っていない点です。
ホテル業界と同じくらい、スイスでエアビーアンドビーに強い危機意識を抱いているのが、スイスの賃借人組合です。長期で賃貸するよりも旅行者などの短期の滞在者に賃借する方が儲かるからといって、家主が長期の賃借を渋るようになれば、ただでさえ都市部を中心にスイス全体で深刻な住宅難であるのに、その傾向が加速され、家賃がつり上がる傾向にもなると強く危惧します。そしてチューリッヒなど都市での法的規制を強く求めています。
実際に、ベルリンでは今年の5月から、特別の許可がない限り、住居全部を貸すことが禁止されており、10万ユーロまでの罰金が科せられることになりました。ベルリンはパリ、ロンドンに次ぐ人気の都市観光拠点ですが、人口も年間4万人増加しており、住宅供給がそれに追いついていません。このため、このような厳しい法的措置が下されました。ドイツの他の大都市ハンブルクやミュンヘンでも賃借への規制はありますが、ベルリンほど厳しいものはドイツでは初めてであり、ベルリンという都市の住宅難の深刻さが表れているといえます。
ただしスイスではまだ、ベルリンのような賃借禁止措置にでた自治体は今のところはありません。スイス政府も遊休資産を分配あるいは効率的に利用するものとして全般に肯定する立場であり、当面状況を見守る姿勢です。ただし必要によっては(つまり、既存の業界が大きな打撃を受けるようならば)、法的枠組みをつくっていくと見通しについても言及しています。
EUもシェアビジネス全般を禁止や規制などから守ることを、少なくとも今のところは原則としており、禁止は公共の利益が一定の規制阻止でも甚だしく損なわれる恐れがあるときの最後の手段に過ぎないとしています。
急成長に伴う混乱、対立を超えて、自治体と エアビーアンドビー両者からの歩みよりの動きもでてきています 。イギリスでは、ロンドンで自分のフラットや家を貸せるように法的に整備されました。これにより7000ポンド以下の収入の人は、民泊で得た収入が非課税となることが決まりました。エアビーアンドビー側も宿泊税を払う用意があることを全面的に示しており、個々の国や自治体との交渉を進めているといいます。例えば、スイスではすでにベルンやバーゼルでは宿泊料を支払うことで決着しています。今年6月には、アメリカを中心とした世界の190都市との協定を結び、ユーザーから徴収した税を支払うことに合意したとのエアビーアンドビー側の発表もありました。
新しい旅行スタイルの興隆?
さて、このように波紋を広げながらも着実に社会に根付いてきている民泊という宿泊形態ですが、これは単なる既存の宿泊業者からパイを奪う新興宿泊形態ということにとどまらず、新たな旅行パターンあるいはライフスタイルの興隆にもつながっているように思われる節があります。端的にそれを予感させるのは、エアビーアンドビーの利用者層と利用のされ方です。エアビーアンドビーによる情報とその分析内容を以下、整理してみます。
—-スイスのエアビーアンドビー利用する人は、アメリカ、ドイツ、フランス、イギリス人が全体の83パーセントを占め、スイス人は17パーセントです。これは、 アジアやアラビア諸国などの新興国からの観光客が多数を占める従来のホテルの客層とは、基本的に異なっています。
—-平均的な利用者は35歳で、多くの利用者は経済的な状況も悪くなく、単に安価の宿泊先を求める学生などが主流ではないと言います。家族との旅行で利用する人も多いそうです。
—-通常のスイスのホテルの平均宿泊日数は 2泊であるのに対し、エアビーアンドビーの利用者の平均宿泊日数はその2倍以上の4.5泊です。
—-スイスだけでなくヨーロッパ全体の傾向として、ビジネスで使う人も増加傾向にあります。利用者全体が急増しているためわかりにくいですが、出張でエアビーアンドビーを利用している人は現在、全体の1割を占めているといいます。
—-同様に、ヨーロッパあるいは世界全体の傾向として、エアビーアンドビーを利用する人たちは、仕事とレジャーの間にまたがった(どちらか片方だけではない)用途で利用している人が多いのが特徴です。このような傾向を、エアビーアンドビー=ヨーロッパでは近年新しく作り出されたbleisure と呼ばれるカテゴリーで捉えています。bleisureは近年、仕事の出張などで訪れる場所で、数日休暇をとるなど公私がはっきり区別しない旅行形態を示す造語(business とleisure を合わせた造語)で、特にアメリカ人の、若年世代(ミレニアル世代)で増えている旅行形態と捉えられます。
これらの新しい傾向をみると、一概に一般化するのは難しいものの、仕事の旅行と休暇の旅行を明確に分けるのではなく、時間と予算も効率良く兼ねた旅行にして、時には家族も連れて、従来より長めの滞在をするといった、従来の国内・海外旅行とは異なる新しい旅行スタイルがみえ隠れしているように思えます。もしそのような旅行形態が一つの新しいトレンドになりつつあるのだったら、複数の要因に基づく結果だとは思いますが、民泊という新しい宿泊形態がそのトレンドを後押ししたのは確かでしょう。
このような民泊をベースにした新しいスタイルの旅行が将来定着したとすれば、旅行業界や地域社会にどのような影響を及ぼすと予想できるでしょうか。上述のように、アジアやアラブからの観光客が多く宿泊する宿泊施設の客層とは、もともとあまり重なっていないため、従来のホテル業界への打撃は、ホテル業界が考えるほど大きなものにはならないかもしれません。ただしそれも当面の話であり、エアビーアンドビー=ヨーロッパでは、今後5年の間にさらに、休暇中のサービスや活動など宿泊以外のものも提供することに意欲的であり、今後の展開によっては、既存の旅行業界との新たな対立が生まれる可能性はあるでしょう。
宿泊先がある地域全体への影響はどうでしょうか。宿泊税を徴収するしくみが徐々に整ってくれば、そのお金が地域全体に還元されるでしょう。また旅行者の絶対数が増加することで、飲食・サービス業などの分野で新たな経済効果が生まれてくることも期待されます。そして民泊旅行客も取り込んだ新たな観光地構想やビジネスが、次第に生まれてくるかもしれません。ただし、住宅難が深刻な場所では弊害のほうが大きく、これまでのような民泊の攻勢は、全面禁止にこそならなくても、一定の規制を受けることは免れないかもしれません。
旅行者にとっては、宿泊の選択の幅が増えることは、大きな利点であることは、もちろんいうまでもありません。テロなどの標的になりやすい都心や大手ホテル付近から離れた場所で宿泊できることのメリットも、今後はますます重要になるかもしれません。
さて、夏季の本格的な休暇シーズンを前に、みなさんにとって、旅情をかきたてられるのは、どんな宿泊形態や旅行スタイルでしょうか。
参考文献・サイト
——エアービーアンドビーについてのメディアの記事と会社が公開した情報
Die Wohnung zu vermieten liegt einfach im Trend, Swissquote, März 2016, S.34-39.
Danise Schmutz, Uber und Airbnb in der Schweiz im Gegenwind, SRF, 2.6.2016.
Widerstand gegen das grösste Hotel der Schweiz, Schweiz am Sonntag, 14.5.2016.
Airbnb erobert die Schweiz -doppelt so viele Gäste und harsche Kritik, Watson Schweiz, 17.5.2016.
Daniel Hügli, Airbnb bettet sich gut in der Schweiz, Cash, 19.04.2016.
Mieterverband: Airbnb verschärft Wohnungsnot, NZZ am Sonntag, 8.5.2016.
Wo Berlin uncool ist, NZZ, 16.4.2016.
Schutz für Sharing Economy EU warnt vor Verbot von Airbnb und Uber, 1.6.2016.
„AirBnb und Uber brauchen Konkurenz!”, Bilanz, 1.7.2016 (Blendle からの閲覧)
Nachbarn können bei Airbnb reklamieren, Tagesanzeiger, 2.6.2016.
Pascal Ritter, Studenten kassieren mit Airbnb ab, Schweizer am Sonntag, 18.6.2016.
—-bleisure について
Tiffany Misrahi, Are you a ‘bleisure’ traveller?, World Economic Forum, Feb. 11, 2016.
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
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