生活の質を高めるヒアラブル機器 〜日常、スポーツ、健康分野での新たな可能性

生活の質を高めるヒアラブル機器 〜日常、スポーツ、健康分野での新たな可能性

2016-07-20

ヒアラブル機器の時代
ウェアラブル・コンピューターの専門家Nick Hunnは、2014年に耳に装着する電子機器製品を総称して新たに「ヒアラブル」と名付けました。そして、ヒアラブル市場(ヒアラブル機器とその周辺産業)はウェアラブル製品のなかでも特に成長が見込まれるとし、50億USドルもの産業になるだろうと予測しました。今年3月に出た最新のレポートではさらに、2020年にはヒアラブル機器は、13億個が市場にでまわり、180億US ドル近い市場になると想定しています。
今日、利用されているデジタル・メディアは圧倒的に視覚を介したものが多く、聴覚だけによるものは用途がいまだに限られています。また、コンピューターを搭載した腕時計などのウェアラブル製品は、市場にでたり話題にはのぼるものの、スマホの地位を揺るがすほど、社会に広く浸透しているようには、少なくとも現状では思えません。このため、冒頭のような予想を聞いても、本当に「ヒアラブル」 がそれほどこれから急展開するのか、と疑わしく思われる方も少なくないと思います。
しかし、ヒアラブル機器を、ただのハイテクを駆使したガジェットのトレンドとみるのではなく、これまでハイテク機器に縁がないと思われていた高齢者や障害者を含めて、生活する人々全員を様々な側面で支援しする可能性をその中にみると、確かに大きな需要が見込まれ、巨大な市場が潜んでいるようにも見えます。今回は、このようなヒアラブル機器の今後の可能性について、ドイツで今年初めに発売されたヒアラブル機器の機能を具体的にみていきながら、考えてみたいと思います。
耳装着型のコンピューター
ドイツのミュンヘンの会社ブラギBragi から今年販売されはじめたイヤホン「ダッシュDash 」は、イヤホンの常識を壊す画期的なものとして、メディアで注目を浴びています。それが、左右のイヤホンもブルートゥースでつながった完全なワイヤレス型のイヤホンであるだけでなく、耳装着型のコンピューターともいえる、多機能を搭載しているためです。
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出典:ブラギのダッシュの公式サイト http://www.bragi.com/

耳に装着するわずか13グラムの小さな本体には、4ギガバイトの容量があり、23のセンサーやマイク( ほかの周囲の音をとりのぞいて自分の声だけを拾えるマイク)も内蔵されているため、スマホなどを介さず、それだけで音楽を聞いたり、通話をすることができます。
イヤホンはシリコンで防水加工をした4バージョンがあり、きわめて装着性が高く、実際に装着したユーザーの間でも、ジョギングや水泳(水深1メートルまでの潜水が可能な防水加工つき)などの激しい運動をしても落ちる心配がほとんどない、と高く評価されています。さらに外の音を中に取り込むトランスパレンシー機能もついています。これによって、操作中も周囲の音に気づくことができ、音楽を聴きながら自転車に乗っていても、外の音に注意を払うことができます。
また心拍数やテンポ、エネルギー消費量、活動の時間などスポーツ活動の集計や健康管理機能も有しており、それらの報告を直接自動音声で聞いたり、記録に残すことができます。
これらの操作はすべてイヤホンへのタッチ(タップやスワイプなど)ででき、機能によっては、首を振るなどのほかの動作でも可能です。
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生活を手助けする機器
このような画期的なヒアラブル機器は、人々がケーブルに縛られずに完全に自由にしただけでなく、生活の様々な局面で人々をサポートする新しい可能性を開いたと、 ウェアラブル機器専門家たちの間で評価されています。
まず、視覚や細かな手作業を必要とせず、聴覚と簡単な動作だけで、通話や情報入手・交換などの様々なサービスを享受するツールとなることができるため、健常者だけでなく、病気や障害、高齢などの身体的な制限で、ほかのハイテク器具を使いこなすことができなかった人にも、オータナティブのツールとして使ってもらうことが可能です。ダッシュを考案したブラキのデンマーク人CEO、Nikolaj Hviid も、デジタル製品が、人を生活の色々な場面でサポートできることが多々あるはずだと確信し、「人に対する控えめな手助け」を作ることを、スタッフ全員の共通の目標として開発を進めてきたとインタビューで言っています。
また、健康や医療に関する機能としても、これまでのウェラブル機器以上のことが期待されます。聴力は、室内で人と話している間に、外から誰かがドアをノックする音にすぐ気づくといったように、複数のものに同時に反応・注意が向けられる特徴をもちます。また耳はほとんど動かない部位であり、圧迫感少なく長く安定して装着できるため、装着する場所として理想的だと考えられます。現在のダッシュには簡単な医療数値やスポーツ管理機能しかありませんが、将来、ヒアラブル機器が多様な需要に応えて、健康管理機能を拡充していけば、市場は大きく拡大するでしょう。
例えば、今後社会の高齢化に伴い、補聴器を必要とする人は格段に増えていくことが見込まれますが、このような人たちの間でも、従来の補聴器の役割を補完、代替するものとして、様々な機能やサービスを付随させたヒアラブル機器の需要が増えることが考えられます。長い伝統と技術をもつ補聴器と新しいヒアラブル機器が技術的に競合しながら、製品の質やバラエティーが飛躍的に今後向上していくことは十分ありえます。
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さらに、ハイテク・イヤホン型コンピューターは、アメリカのテクノロジー雑誌Wiredでブラウン氏が展望するように、調子が悪い時や問題があった時に、家族や病院に自動的にあるいは簡単にそれを知らせることができるといった、新たな機能を加えることによって、高齢者やなんらかの疾患や身体的な制限がある人たちが、できる限り自律的な生活をするための決定的な支援ツールともなる可能性があり、 社会の多様な人々や様々な局面で生活の質(クォリティ・オブ・ライフQOL)の向上に役立つ幅広い可能性があります。
人々の期待と市場の反応
このような多くの可能性を秘めたヒアラブル機器は、商品として出来上がる前から、社会において強い関心や期待がよせられたようです。それを端的に物語ることの一つが、ダッシュの開発資金調達の経緯です。会社は、当初、金融機関からの資金調達が難航し、結局、アメリカのクラウドファンディングでキャンペーンを行うことにしたのですが、クリエイティブなプロジェクトの資金調達の代表格であるキックスターターでキャンペーンを始めると、当初の目標だった26万ドルは、わずか48時間以内に達成しました。そしてたった七日間で、1万6人から3400万ドルを獲得するのに成功しました。これは、キックスターターのキャンペーンで、史上12番目に多い資金額であり、ハードウェアー商品として史上3番目に高い額、アメリカ以外の場所のファンディングとして最高額だったといいます。金融界の慎重な姿勢とは対照的に、画期的な発想のイヤホンに対して、いかに一般の人の間の期待や関心が高かったのかがわかります。
商品化される前年に、2015年のCEA(Consumer Electronics Associationの略。アメリカに本部を置く、消費者技術産業界2200企業からなる連盟)のベスト・イノべーション賞も受賞したのも、人々の強い期待を反映したものといえるでしょう。
さて実際の売れ行きはどうなったでしょう。販売開始からのこれまでの市場の反応は、少なくとも上々のようです。今年終わりまでに、60万セットを発送する予定で、販売初年から採算がとれる見通しだそうです。(1セット299ユーロの定価で大手通販でも販売されています。)これに伴い、会社従業員の数も6月は140人でしたが、年内さらに100人増やす見込みとのことです。
ソシアル・イノベーション企業として
最後に、この機器を手がけた会社ブラギについて少しご紹介します。
ダッシュの考案者でブラギの創立者Nikolaj Hviid は、ドイツの「Business Punkt」誌のインタビュー記事で、商品のマーケティングの手段に利用したくないし、陳腐な記事に仕立てあげるのもいやなので、ほとんど公の場で語ることはないそうですが、難病で自分の姉妹を失ったことが、製品を考案する背景にあったことを打ち明けています。生前に体の自由がどんどん失われていく姿を目の当たりにして、自分はオーディオ産業で成功したものの、それが人の本当の役にたっていたのかと考えさせられ、人々を手助けできるようなデジタル機器の開発という新たな目標を掲げ、未知の分野にたった15人のチームで、新しく飛び込んだのだといいます。
また、最新のものを最短で作るにはシリコンバレーにいくのが最上の策であるとはわかっていても、家族のためにミュンヘンに居続けることを選び、今も本拠地をミュンヘン市内に置いています。そして、これからも単に利潤の最大化を目指すのではなく、社会への貢献や会社のスタッフのワークライフバランスを最適化する会社の在り方を追求しようとしています。そんな会社で働くスタッフたちも、創業以来の「社会の役にたつ仕事をしている」という連帯的な目標意識や雰囲気が気に入っているようで、他でもっと高給が稼げるかもしれない様々な分野からの専門性の高い人が会社に集積しており、仕事のあとも会社の同僚たちがともに時間を過ごすことが多いのも、ドイツの会社としてはめずらしい特徴だといいます。
構想から3年半で市場に出たイヤホン型コンピューターの質は目をみはるものですが、その開発をした会社が、ソーシャルイノベーション企業らしい、社会への貢献やスタッフや家族の絆を大切にする会社であったからこそ、短い期間で画期的な商品を世界市場に出すことができたのかもしれない、と思いました。
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参考サイト
—-Nick Hunn のヒアラブル機器についての予測について
Nick Hunn, WiFore Consulting, The Expanding Market for Hearable Devices, London March 2016.
Nick Hunn, Hearables - the new Wearables, April 4, 2014,
—-ブラギ社の商品「ダッシュ」について
Bragi 社の公式サイト
Revolutionäre Erfindung aus München, ARD, 31.01.2016 | 6 Min. |
Bragi Dash: Jetzt kommt der Computer ins Ohr, Spiegel Online, 6.1.2016.
Bragi Dash Receives CES Best Innovation Award 2015, Croudfund Insider, Nov.12 2014.
スティーヴン・ブラウン、「ヒアラブル・デヴァイス時代の到来 〜高度なユーザー体験には「耳」こそが最適だ」、Wired(日本版)、2015年5月21日(原文 STEPHEN BROWN, MOBILE STRATEGY DIRECTOR of MUTUAL MOBILE)
Christian Träger, Kopfhörer-Test: The Dash - die Revolution im Ohr?, Computer Bild, 2.5.2016.
Geoffrey A. Fowler 、「ワイヤレスイヤホンが拓く『ヒアラブル』時代。超小型ワイヤレスイヤホン『イヤーイン』と『ダッシュ』を徹底比較」、「Wall Street Journal(日本語版)、2016 年 1 月 15 日
—-ブラギ創設者Nikolaj Hviidへのインタビュー
DAS OHR DIESES TYPEN IST SCHLAUER ALS DU, WORK: Bragi, Business Punk, 2.6.2016.(Blendle から閲覧)
Fragen an den Visionär Nikolaj Hviid - Gründer von BRAGI, Resulting. Ergebnisorientierte Beratung für visionäre Unternehmer (2016年6月24日閲覧)
Chuong Nguyen, Bragi CEO: The ears are the right place for wearable tech, Wereable Tech for your conneceted self 22. March 2016,

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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