自転車が担うアフリカのモビリティ 〜支援する側とされる側の両方が歓迎する社会事業モデル

自転車が担うアフリカのモビリティ 〜支援する側とされる側の両方が歓迎する社会事業モデル

2017-04-01

前回までの二つの記事で、ヨーロッパを例にした交通・輸送の現在と未来についてみていきましたが、 ヨーロッパから視線を少しずらすと、「移動」が容易にできることが当然でも簡単でもない国や地域がいまだに多くあります。
昨年キューバで、延々と続く日陰の一切ない一本道を炎天下歩行する人や、 トラックの荷台に立ち乗りするして移動する人々、また大人二人とこども二人の4人が (こどもの一人は背負われ、もう一人は大人の間にはさんだ格好で)1台のバイクで走行するのを目の当たりにして、わたしも、モビリティ(移動性)の重要性を強く感じました。(キューバのモビリティとインターネット事情についての詳細は「キューバの今 〜 型破りなこれまでの歩みとはじまったデジタル時代」をご覧ください)。適切な移動手段があれば、 快適に移動できますが、それがなければ移動は、時間も労力も膨大にかかり、危険なものにもなります。
スイスでは、アフリカでのモビリティを確保・推進するため、中古の自転車をアフリカに送るという民間主導のプロジェクト「ヴェラフリカ Velafrica」が1990年代からはじまりました(当初の名称は「アフリカのための自転車」で、2014年11月に現名に変更 )。その後、年々プロジェクトの規模が大きくなり、スイス全域を網羅するプロジェクト支援体制もできて、現在では、毎年約2万台の自転車が集められ、アフリカに送られています。このプロジェクトは同時に、スイス国内において失業者や障害者などを社会から疎外せず、融合・統合(インテグレーション)させるための社会福祉事業としても定着しており、支援国と支援される国が相互にウィンウィンの状況となる新しい事業モデルとしても評価されています。
今回はこのプロジェクトについて取り上げてみます。通常、 海外への支援と国内の社会福祉は別個に扱われますが、長期的に国内外で成功しているこの社会事業が、具体的にアフリカとスイスでなにをもたらし、社会や生活にどのような変化を与えたのかをみていくことで、社会事業の在り方や、自転車によるモビリティの意義について、 考察してみたいと思います。
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プロジェクトのきっかけはスイスの失業問題
ところで、このプロジェクトが立ち上がった当初は、アフリカへの支援は想定されていませんでした。スイスでは1990年代、好景気から一転して経済が停滞し、失業者が急増しましたが、その最中の1993年、失業者への雇用を促進する目的で、自治体や社会福祉基金の支援をうけて、中古自転車を修理する作業場がつくられたのがそもそものはじまりです。失業中に、中古自転車修理の技術を学ぶことで、新しい雇用先をみつけやすくすることがねらいでしたが、すぐに倉庫は自転車でいっぱいになってしまいます。窮余の策として、プロジェクトを立ち上げた自転車修理工のリヒターPaolo Richter氏 が思いついたのが、直した自転車をアフリカにおくるというものでした。早速同年、最初の自転車が、コンテーナーでガーナに送られました。
その後、アフリカでの自転車の高い需要を受けて、プロジェクトはスイス全土に展開していきます。これまでアフリカに送られた自転車は合計で15万台以上になり、送る国も、ガーナ、タンザニア、エリトリア、ブルキナファソ、ガンビア、コートジボワール、マダガスカルと拡大していきました。2005年に一度だけ、中国産の新品の自転車が、スイスの中古自転車とほぼ同額でアフリカの市場にでまわって、スイスの中古自転車の需要が一時的に若干減ったことがありましたが、スイスの中古自転車の性能が中国産の新品に勝るという理解が現地で広がり、すぐに需要も回復します。
ヴェラフリカのプロジェクトがスタートしてから20年以上がたちましたが、この間に、スイス国内のプロジェクトの協力体制も確立されてきました。パートナー企業や社会事業組織が、自転車の持ち込み先からアフリカに届けられるまでの作業の一部をそれぞれ担当し、支援する体制です。自転車は国鉄の駅とスイス全国500ヶ所の収集場所が常時、無料で受け入れ、修理作業所に輸送されます。修理作業場は、スイス全国にある、失業者や難民、障害をもつ人の就業を推進する社会福祉組織内にあり、自転車の修理のほか、一部の自転車を解体して、使える部品を調達するなどの作業も行います。それでも不足する自転車の部品は、大手生協の「コープ」が無償で提供しています。走行可能な状態にまで修理された自転車は、スイスのプロテスタント教会救済組織HEKSによって、海路と陸路でアフリカに輸送されます。
アフリカの経済活動を支援する
中古自転車はアフリカに着くと、 現地の販売先や社会福祉組織で 、50〜100スイスフランで売られます(推進プログラムとして譲渡される場合も一部あります)。自転車販売の収益は、社会プログラム(学校、職業訓練、女性助成)や新しい販売拠点や修理工場などにあてられ、プロジェクトを長期的かつ効果的に続けるのに役立てます。自転車は、アフリカの人々の2〜3ヶ月分の収入に相当し、決して安いものではありませんが、 簡単に手に入らない貴重なものであるから余計に、自転車は大切に利用されるという利点もあるといいます。
自転車を手にすることで、実際に、アフリカの人の生活はどう変わるのでしょう。プロジェクトの担当マネージャーであるドゥコムンMichel Ducommun氏は、自転車は、「非常にシンプルな乗り物」でありながら、決定的に「生活条件を改善する」ものだ(moneta, 2016)と言います。
具体的にどういうことか、昨年公表されたタンザニアとブルキナファソの調査結果をもとにまとめてみますと、まず、物理的に移動が非常に容易になるので、経済(就業)や教育の機会を増やし、健康や生活を向上させるのに直接役立ちます。例えば、遠方の職場にも通勤できるようになるなど、より柔軟に雇用・労働市場に対応することができます。子供たちは通学できる範囲が広がり、通学時間が短縮されることで、学習の機会や時間が全般に増えます。医療機関へのアクセスも容易になりますし、重いものの輸送も非常に楽になります。毎日数時間かかることもめずらしくない、薪や水くみなどの重労働をこなす女性にとっても、大きな労力の削減につながり、余剰となった時間と労力を別の仕事をするのにあてて、収入を増やすことも可能になります。
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新たな雇用も生まれます。ヴェラフリカでは、自転車の販売だけでなく、自転車を修理・維持するための自転車修理工の職業訓練(研修)プログラムにも力をいれており、アフリア各地で開催しています。ここで学んだ修理工たちは、自分たちで店を出すなど、次々新たな就業の場を作り出しています。今後さらに自転車が普及することで、仕事の種類や数も増え、地域の経済全体がより活性化されることも期待できます。
ちなみに、アフリカに輸出された古着が現地の服飾産業を破滅においやったという指摘がありますが、ヴェラフリカによると、自転車産業は少なくともプロジェクトを行っているアフリカの国々ではほとんどなく、中古自転車販売や修理作業場の存在自体が、地元の産業を圧迫しているという事実はないといいます。ブルキナファソにプジョーの自転車工場が一時期設置され、2013年に閉鎖されたことはありますが、これについても中古自転車が増えたためではなく、単に企業にとって現地で十分な利益があげられなかったためという見解を示しています(moneta, 2016)。
スイスでの社会福祉事業としての展開
このプロジェクトが全国的な展開となるまで規模を拡大させ、20年以上の間成功をおさめてきたのは、アフリカにとってだけではなく、スイス社会にも大きな貢献をしているためでしょう。
前述のように、もともとこのプロジェクトは失業者の雇用推進を目的にスタートしました。その後、スイス各地の社会福祉組織が、それぞれの地域の自転車受け入れや修理作業で協力をするようになり、現在社30ヶ所がこのプロジェクトと連携しています。これらの組織では、アフリカに送るための点検と修理をするかたわら、一部の自転車(アフリカで需要が少ないビンテージものなどが主流で、最大で全体の15%まで)を修理し販売することが許されており、組織の運営の資金や就業者への賃金にすることができます。このため、失業者は新たな雇用先をみつけるまでの経済的にも精神的にも不安定な時期に、報酬を得ながら、自転車修理工としての技術を学ぶことができます。また、身体的な障害などが理由で一般の会社で就労ができない人々にとっても、貴重な雇用の場を生み出しています。
途上国の持続可能な開発支援と国内のインテグレーションへの貢献をうまく組み合わせ、両者にとって得となるモデルをつくりあげたことが高く評価され、2009年には、政府監督下にあるNPO法人シュヴァーブ基金Schwab Stiftung から 「スイスソーシャル企業 Swiss Social Entrepreneur」賞を受賞しました。
今後の展開と可能性
さて、このプロジェクトは今後どう展開していくのでしょう。スイス側もアフリカ側もすでに協力・支援する社会的組織や企業のネットワーク体制が20年来構築されてきて、軌道にのっているため、今後もアフリカで高品質の中古自転車の需要があれば、長期的な運営の見通しは悪くありません。
むしろ、今後の展開の鍵となるのは 、国内で十分な自転車の調達できるかにあるかもしれません。スイスでは毎年38万台の新しい自転車が購入されており、ガレージなどには、350万台の自転車が使われずに置かれていると推計され、まだ潜在的なアフリカに送ることができる自転車は多いと考えられています。ヴェラフリカは、年間を通じて様々なイベントやキャンペーンをほかの企業や組織と共同で行いながら、人々の注意をひき、これら使われずに放置されている中古自転車の寄付を訴える予定です。
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自転車の商品パンフレットに掲載されたヴェラフリカの広告
「いらなくなった自転車を寄付すると、電動自転車を購買するときに割引があります 」

ヨーロッパのほかの国にもプロジェクトを広げる計画もでてきています。目下候補地として検討されているのは、オーストリアとフィンランドです。アフリカの地形や道路の状態を考慮すると、頑丈で軽いマウンテンバイクが最適ですが、この二国では、マウンテンバイクがスイスと同様に多く乗られているのだそうです。ちなみに、自転車の台数から言えばヨーロッパでダントツ一番のオランダは、 比較的重くギアが3段しかない自転車が多いため、現在、プロジェクトの対象にはなっていません。
おわりに
前回と今回、連続して自転車に注目してみましたが、先進国でも途上国でも使い勝手がよく、依然として有望な移動手段として、自転車が高く評価されているのがおもしろいなと思います。日本でも寒さもぐっとやわらぐこの季節、これを読んでくださったみなさんのなかで、風を切って自転車を走らせたくなった方もいらっしゃるかもしれません。
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<参考文献>
プロジェクト「ヴァラフリカ Velafrica 」について
Velafrica. Mobilität mit Perspektiven 公式サイト(英語)(2017年3月22日閲覧)
Seit über zwanzig Jahren eine Erfolgsgeschichte, Drahtesel (2017年3月22日閲覧)
Velos für Afrika, Lokaltermin, SRF, 17.6.2016.
Brühlgutstifung, 99`999 und 1 Velo für Afrika
Ein Velo hilft, die Lebens¬ bedingungen zu verbessern», moneta : Zeitung für Geld und Geist, 4/2016.
Recycling: Schweizer Velos für Afrika, Coopzeitung, 8.10.2012.
Mit dem Velo auf den Markt und in die Schule, Coopzeitung, 8.10.2012.
Brühlgut Stiftung(2017年3月22日閲覧)
タンザニアとブルキナファソの調査報告について
Velafrica (hg), MOBILITÄT. EINKOMMEN. BILDUNG. Zusammenfassung der Wirkungsstudien in Tansania & Burkina Faso, 2016 (Text: Adliano Aebli). (2017年3月22日閲覧)

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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