シェアリング・エコノミーを支持する人とその社会的背景 〜ドイツの調査結果からみえるもの

シェアリング・エコノミーを支持する人とその社会的背景 〜ドイツの調査結果からみえるもの

2017-09-03

ここ数年、シェアリング・エコノミーという言葉を耳にする機会が増えました。デジタル時代の新しいサービスの在り方として注目されるだけでなく、新しい時代を象徴するキーワードの一つのように扱われることも増えてきました。他方、ドイツ語圏では、シェアリング・エコノミーについて、これまでになかった新たな可能性をみる肯定的な議論が一巡し、就労者や社会全般に及ぼす様々な影響や問題について指摘する、批判的な議論が近年、増えてきています。

実際に、シェアリング・エコノミーは、どのくらい社会に広がってきており、具体的に社会にどのような影響を与えつつあるのでしょうか。またどのような課題があると、現在取り沙汰されているのでしょうか。これらシェアリング・エコノミーについてドイツ語圏で取り上げられてきた話題を、今回から3回にわたり、まとめてみたいと思います。

最初の回である今回は、シェアリング・エコノミーが現代社会でどのように受け入れられているのかを、ドイツでの最近の調査結果を手がかりにみていきます。次回は、現在までに様々な角度から指摘されている問題点や課題とされているものについて紹介してみます。第三回目の最後の回では、今後定着していくとすれば、どのような形が望ましいのか、指摘されている問題や課題はどう克服できそうなのか、その見通しについて、いくつかのドイツ語圏の具体例や構想を取り上げながら、考えてみたいと思います。

※平成27年の総務省情報通信白書で、シェアリング・エコノミーを、「ソーシャルメディアの特性である情報交換に基づく緩やかなコミュニティの機能を活用」した「個人が保有する遊休資産(スキルのような無形のものも含む)の貸出しを仲介するサービス)」をその典型とし、「貸主は遊休資産の活用による収入、借主は所有することなく利用ができるというメリットがある」と説明しています。3回の記事でも、シェアリング・エコノミーという語を同様の語義において理解し、使用していきます。

シェアリング・エコノミーを牽引する若者

2012年に「シェアリング・エコノミー」という興味深い調査報告書が、ドイツのリューネブルク大学教授ハインリヒス氏らにより発表されました。これは、シェアビジネスの大手Airbnbの依頼を受けて、ドイツで最初のシェアリング・エコノミーに関連する理解や行動様式について調査したもので、1000人以上のアトランダムに選ばれたドイツ人が調査対象とされました。これにより、シェアリング・エコノミーに関わる人の具体的な実像がはじめて明らかになりました。

この調査結果で興味深いと思われた点を、かいつまんでご紹介してみます(調査報告の全文に興味のある方あ、記事の下の「参考サイト」に掲載したリンクからご参照ください)。まず調査当時、すでに調査対象者の55%、つまり過半数以上の人がシェアリング・エコノミーの経験(消費や住宅も含めた賃貸行動)があると回答しています。その内訳をみると、55%がフリーマーケット、52%がインターネットを通じて、個人から個人への物品の売買を経験したことがあり、29%の人は、車や自転車を賃貸したことがありました。民泊を利用あるいは提供したことがある人は全体の28%おり、庭や日曜大工で使う作業用具など普段はほとんど使わないものを必要がある時に賃借したことがある人は25%でした。全体の12%がこれらの貸し借りや売買をインターネットを介して行っていました。

これらの利用者層で目をひくのが、14歳から29歳の若い世代が多いことです。デジタル世代と呼ばれるこの世代は、とりわけインターネットを介した売買や賃借行為に積極的で、25%がインターネットを介したシェアや利用をしたことがあると回答しています。同じようにインターネットを介した利用者の割合が、40〜49歳の人の間では13%、60歳以上においてはたった1%に留まることと比較すると、若い世代の利用の割合が突出しているのがわかります。

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学歴や収入、価値観との関わり

年齢だけでなく、教育(学歴)と収入や価値観(世界観)などの社会的な所属や背景も、利用頻度と強い相関関係にありました。若者でかつ高歴、高収入な人ほど、賃貸システムやインターネットでの売買の利用頻度が多く、また創造性や変化に富む生活を高く評価する人ほど、従来の所有や消費のあり方にこだわらず、シェアや賃借を頻繁に行う傾向がみられました。

民泊を利用あるいは自身が提供する人においても同様の傾向がみられました。高学歴で、変化に富む生活に興味をもつ人ほど、利用頻度が高いという結果です。その人たちは、ほかの人に対して必ずしも社交的というわけではないものの、他人に対しての信頼は、比較的高いという結果もでました。

利用者の圧倒的多数が、持続可能性や環境負荷を配慮するという回答結果もでていることから、ハインリヒス教授らは、シェアリング・エコノミーがもたらした新しい「協力的な消費kollaborativer Konsum」は一過性のものではなく、従来の個人の占有を前提とする経済市場を補充するものとして発達し、一つの流れとして定着するのではないかと推測しています。(Heinrichs, et al, S.19.)

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現在の状況

この調査報告が発表された時から、さらに5年の歳月が流れましたが、現在のドイツやドイツ語圏での状況はどうなったでしょうか。ここからは、スイス(ドイツ語圏)在住の自分自身の印象や経験をもとにした憶測になりますが、シェアリング・エコノミーは、様々な分野に広がり、利用は増え、生活に確実に定着してきているように思われます。同様の調査を仮に繰り返したとすれば、利用経験をもつ人の割合が増えているのでは、と想像します。

卑近な例ですが、ちょうど10年前から私が勤めているスイスの遊具レンタル施設でも、5年ほど前までは、利用者が減る一方でしたが、その後小さい子どもをもつ若い親たちを中心に利用者が増えてきており、貸し出し総額も、毎年約1000スイスフランほど増加する、という状況がここ数年続いています(ちなみに遊具のほとんどは、2ないし3スイスフランで貸し出されています)。自分の勤めるところだけが例外的なわけではないようで、同じ都市にあるほかの地区の遊具レンタル施設でも、貸し出し総額が毎年増加しているといいます。この現象が、シェアリング・エコノミーのメインストリームと直結している保証はありませんが、少なくとも施設で顧客と話をすると、自分たちの子どもたちにおもちゃを買い与えるのではなく、借りて済むものは借りようというはっきりしたスタンスが、特に若い親たちにおいて、特別のことではなくライフスタイルして定着しているように感じられます (スイスの遊具レンタル施設については、「スイスの遊具レンタル施設」をご参照ください。)

単なる流行?それとも新しい社会のスタンダード?

他方、シェアリング・エコノミーのサービスが広い分野で全般に拡大しているということは、一時の流行にすぎないのかもしれない、という気もしないでもありません。時と地域によって、ブランドの服やバックに身を包んで自分のステイタスを顕示するファッションが流行ってきたように、今日のドイツ語圏では、自分のライフスタイルや人生哲学を、身をもって表したり、行動に反映させたりすることが、ひとつのトレンドになっていると言われます(このようなトレンドの傾向ついては、「デラックスなキッチンにエコな食べ物 〜ドイツの最新の食文化事情と社会の深層心理」もご参照ください)。

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シェアリングからは話がずれますが、環境重視の志向のライススタイルが、端的に表出したかのように思われる出来事が、つい先月、スイスでもありました。今年の8月21日から、ファストフードとしての昆虫食が大手スーパー店頭で売り出された時のことです(スイスでは、ヨーロッパでもはじめて昆虫食が合法的に認められました。スイスで合法化された昆虫食の詳細については、「前途有望な未来の食材?」をご高覧ください)。ハンバーガーやミートボールのように丸めた形のチルドの昆虫食食品( 自分で火を通して食べるタイプで、それぞれ1パック辺り170g)が、約9スイスフラン(日本円で千円余り)で売り出されたのですが、高額であるにも関わらず、チューリヒの繁華街の支店では、用意されていた1千食が、すぐ完売になりました。

たしかに昆虫食が、環境負荷の少ない食文化として社会的に期待されていることを受けて、このような大きな反響に至ったことは間違いありませんが、流行に敏感な人たちが、高値でさらに決して連想すると食欲がそそられるものでないにも関わらず、好奇心も手伝ってトレンディな食材としてこぞって購入した、という意味合いも強いように思われます。

ひるがえってシェアリング・エコノミーの潮流をみると、現在、高級車でもなんでも自ら所有するのではなく、他人とできる限りシェアすることが、都会的な洗練されたライフスタイルに映ったり、ひとつの「クールな」行為と思われたりして、流行に敏感な特に若い人たちをひきつけているだけなのかもしれません。そうだとすれば、何かを他人とシェアする行為も、いずれ、ほかの流行にすげかえられて、今の活気が下降していくのかもしれません。

シェアリングが、トレンディな消費や利用よりももっと深く根付き今後さらに定着していくのか、はたまた単なるトレンドにすぎず数年後にはまた忘れ去られてしまうのか、それを現在見極めるのは難しく、その検証は、引き続き観察した数年先の課題とすることにします。そうとはいえ、シェアリングにしても、昆虫食にしても、これらライフスタイルとつながるトレンドは、それが持続可能な社会を目指すという志向がひとつの重要なモチーフとなって盛り上がってきていることは(少なくともドイツ語圏においては)確かなようですし、好奇心から試してみようとする人の絶対数がさらに加わることで、将来も継続して利用・消費する人が一定数維持されれば、将来の社会の変化につながる可能性は十分あるのかなと思います。

次回はシェアリング・エコノミーの問題点をクローズアップ

次回は、現在シェアリング・エコノミーについての議論で、近年頻繁に指摘されるようになってきた、問題点のほうに目をむけて、論点をまとめてご紹介してみたいと思います。

参考リンク

総務省『平成27年版情報通信白書 特集テーマ「ICTの過去・現在・未来」』第2部 ICTが拓く未来社会、第2節 ソーシャルメディアの普及がもたらす変化、1。シェアリング・エコノミー―ソーシャルメディアを活用した新たな経済

Heinrichs, Harald; Grunenberg, Heiko, Sharing Economy : Auf dem Weg in eine neue Konsumkultur? Lüneburg 2012.

Hennig Zühlsdorff, Sharing Economy - „Deutschland teilt”,In: Leuphana, Universität Lüneberg, 11.02.2016.

Alexander Kühn, Und auf einmal essen die Zürcher Insekten. In: Tagesanzeiger, 23.8.2017.

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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