こどもにとって理想的なデジタル機器やメディアの使い方とは(1)〜スイスのこどもたちのデジタル環境・トラブル・学校の役割

こどもにとって理想的なデジタル機器やメディアの使い方とは(1)  〜スイスのこどもたちのデジタル環境・トラブル・学校の役割

2018-06-26

こどもたちは、デジタル機器やメディアとどのように、またどれくらいの時間、接するのが理想的なのか。これは、現在世界中で「デジタルネイティブ」最年少世代を相手に子育てしている親たちが、共通して頭を悩ましている問題ではないかと思います。

今回と次回の記事で、現代の子育ての最大の難問のひとつといえる(!)このテーマについて、スイスの最新事情をふまえて、せまってみたいと思います。

とはいえ、ほかの国同様、スイスでも、それに対する明快な答えをもっているわけではありません。常に変化するデジタル機器やメディアの中身や、教育や心理学、脳科学、メディア分野の研究などからの新しい知見をふまえて、一般的なガイドライン(利用の指針)も移り変ってきているというのが現状です。そのように変化している現状を含め、学校、親、専門家それぞれの立場でこの問題がどう捉えられ、また将来どのようなことが重要になるのかに注目しながら、今のスイスのこどもたちのデジタル機器とメディアをめぐる状況を一望してみたいと思います。

今回はまず、現在のスイスでのこどもたちのデジタル機器やメディアの使用状況やそこでのトラブル、また教育現場(学校)でのこの問題への扱いについて概観してみます。次回は、これらをふまえながら、冒頭の質問、デジタル機器やメディアのどのような使い方が望ましいのか、という問いの答えを、最新の研究結果も参考にしながら、さらに追求していきたいとおもいます。

スイスのこどもたちのデジタル機器やメディアの利用状況

ここ数年の間に、スイスでもこどもをめぐるデジタルメディアの状況は大きく変化しました。利用頻度や時間、用途(メディアの内容)が変化しているだけでなく、利用者の年齢層にも大きな変化がみられます。

2010年から2014年の間で12歳から19歳までの年齢の携帯電話の利用率は16%から87%に急増しました。2014年の調査では、98%が携帯電話をもっており、そのうち97%がスマートフォンを所有しています。インターネットを日常的に使用する人の割合は全体の95%を占め、毎日の利用時間はおおよそ2時間とされます(週末や休暇中は3時間)。利用コンテンツとしてもっとも多いのがソーシャルネットワーク(SNS)で、若年層の89%は、少なくともひとつのSNSに登録しています (Schweizerische Eidgenossenschaft,2015, S.18)。

2017年の調査では、スイスの15歳から24歳の年齢層の98%が、SNSのひとつであるWhatsAppを利用しており、圧倒的な人気を占めています。ただし、2018年にWhatsAppは最低年齢を13歳から16歳に引き上げたことから、今後、利用状況や年齢層の分布が若干変わるかもしれません。ちなみにフェイスブックの利用者は2017年の時点で6割を切り、毎日利用する人は4割未満です。

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2017年スイスの15歳から24歳のデジタルメディアの使用状況
出典: digiMONITOR - Studie zur Mediennutzung in der Schweiz
(赤が毎日使う人の割合で、薄い赤が週に一度くらい利用する人の割合。)



一方、2017年の6歳から13歳のこども1000人以上と600人以上の親をを対象にした調査(Genner, 2017)では、6歳から9歳の4人に一人が携帯電話を所持しています。10歳から11歳においては3人に二人、12歳から13歳は5人に4人の割合です。その使われ方をみると、小さいこどもたちは、エンターテイメントに利用することが多く、年齢が高くなってくると、それでコミュニケーション・ツールとしての機能が重要になっていきます。10歳から11歳の間が大きなターニングポイントのようで、利用頻度や時間がその前後で大きく変化(その後急増)しています。

こどもたちたちの間に生じる危険やトラブルの種類

こどものデジタルメディア環境や利用状況が大きく変わり、デジタル機器やメディアへの依存が高まってくるにつれ、残念ながらそこでのトラブルの数や種類も増えてきました。

こどもたちにとって、分別ある判断や、自分の行動を制御することは、大人以上に難しいため、ただでさえ問題に巻き込まれやすいものですが(それゆえ、未成年者をターゲットにした犯罪も横行しているわけですが)、年々、デジタルメディアやツールを使いはじめる年齢が低年齢化し、使う頻度や依存度が全般に高くなっていることで、問題の種類や被害者・加害者となる年齢が、数年前まで想定されなかった範囲にまで広がってきています。また、一旦問題が起きても、適切な情報や相談相手にアクセスできずに状況が悪化したり、精神的に強い打撃を受けたり、意図せず犯罪に加担してしまう事例も増えています。

現在、スイスのこどもたちの間で、デジタルメディアを利用することで頻繁に起きているトラブルとしてまとめられているものは以下のようなものです(Zahn, 2016)。

1。意図せず料金が発生する
2。画像やテキストが悪用される、転送・拡散される
3。チャット(ネット上の対話)で、誤解が生じ、結果として大きな衝突がおこり、何人かが激しく罵倒される
4。こどもたちが突然見知らぬ人物に「チャットされる(ネット上で話しかけられる)」
5。こどもたちが見知らぬ人物と関わりをもつようになり、見知らぬ人物が突然なにかを要求されて、恐ろしい時間や数日間をすごすことになる
6。チャットやソーシャルメディアサービスが(友人によって)ハッキングされる
7。パソコンやスマートフォンにウィルスをインスタールしてしまう
8。「冗談」(自称「冗談」でもひとを傷つけたり不快にするような内容をここでは指すものと思われます。 筆者註)や脅し、ポルノの拡散などのあとの法律的な問題
9。フィッシング(ネット上の詐欺)
10。利用者データの流出

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こどもたちのための学校での授業という取り組み

こどもたちが、デジタルメディアのトラブルに巻き込まれないようにするためには、どこでなにをするのが有効でしょうか。

まず、多くの人が最初に思いつくのが、こどもたちが毎日通う学校での対応でしょう。事実、スイス社会でも学校に一定の期待が寄せられています。なんでも学校に任せるのは、(聞こえはいいが、実際はほとんど丸投げに近く)無責任な親の法外な要求だとする批判もたびたびありますが、その一方、どんな家庭環境に育っているかに関係なく、すべてのこどもたちがトラブルに巻き込まれないようにしていくためには、学校で全面的に指導することがのぞましい、という考え方もまた強いためです。

ただし、これまでは、スイスで一律の必須科目になっていなかったため、メディアの利用の仕方についてテーマとしてとりあげられるケースがあっても特別授業枠であり、その内容は地域や学校、教師の判断や対処に大きく委ねられており、学校やクラスによって、大きな質と量の差がありました。必須科目でないため、内容をこどもが習得しているかが細かく問われることもありませんでした。

しかし、今年8月から、メディア機器の使い方についてのノウハウや知識の授受が、大きく進展すると期待されています。夏休み以後の新年度から、ドイツ語圏の21州で導入される予定の「 学習計画21(Lernplan21)」(これまで州によって異なった学校の授業や制度を統合し、新たに体系的にまとめたもので、内容的には日本の学習指導要領に近い)で、「情報・メディア」という授業科目が新しく加わるためです。(この授業科目の導入の背景や、教師の養成については「教師は情報授業の生命線 〜 良質の教師を大量に養成するというスイスの焦眉の課題」)。

学習計画21の実際の導入年度や時間配分は、州や学校によって若干異なりますが、例えば、チューリヒ州では小学校5年から、一週間に1から2時間(コマ)の授業が行われる予定です。また、算数や言語など別の科目のなかでも同様のテーマを取り込むなど、ほかの授業と統合した形で情報やメディアリテラシーについて学習される予定です。

授業がどのようにすすめられていくのかは、実際に実施されていかないとよくはわかりませんが、先日完成した、この新しい科目向けの小学校5年生向けの教科書(紙媒体)「コネクテッド Connected」の構成を聞くと、大まかな内容をうかがい知ることができます。

教科書を発行した出版会社の説明によると、この教科書では、主に、テクノロジー(どう機能しているのか)、社会文化(どう使うのか)、利用(どう利用するか)という、三つの観点から情報テクノロジーやメディアについて扱っています。全般に、実践的な内容や詳細にこだわるのではなく、情報のテクノロジーの基本的なコンセプトを理解することに主意が置かれており、急速にテクノロジーが変化する現代でも向こう10年間有効でいられるような内容になっています。この小学5年生用教材を皮切りに、2021年までに6年から中学3年までの残りの教科書も完成させ、これとは別に教師用のデジタル版の教本が3ヶ月ごとに更新され、配布される予定です。

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家庭での親の役割

一方、学校でデジタル機器やメディアについて教えるのとは別に、こどもたちが主にデジタル機器やメディアを使う場所である、家庭でも、親がこどものデジタルメディアの利用について注意し、子どもたちが危険にまきこまれないようにすべきという意見が強くあります。学校側も、直接・間接的に、機会があるごとにそのことを親にアピールしています。

とくに、近年、小学校低学年ごろから、日常的にタブレットやスマートフォンに触れるこどもたちの数が増えてきたことを背景に、数年前までは中学生ごろで十分と考えられていた自分の身をまもるための知識や技術を、すでに小学校低学年、あるいは就学以前から、ある程度身につけることを望ましいとする意見が専門家の間で強まっており、正式に情報・メディアの授業がはじまる小学5年生以前のこどもに対する家庭の役割への期待が、相対的に高まっているように思われます。

しかし、親としては、ことはそれほど簡単ではないようです。そもそも、現在のこどもたちのデジタルメディア環境について、十分に把握している親は意外に多くありません。

親は、自分がこどもたちがすごす時間にデジタル機器を使わない傾向が強く(例えば、屋外でスポーツなどのアクティビティをしたり、家庭にいてもボードゲームなどデジタルツールでないものを使っていっしょにあそぶなど)、換言すれば、こどもたちがデジタル機器やメディアを利用するのは、親がこどもに時間がとることができない、あるいはとらない時である場合が多いように思われます。

そうであると、こどものデジタルツールやメディアの使い方を把握するには、別個に時間をつくらなくてはいけません。しかし、そのような時間がとれなかったり、あえて時間をとるほど、こどものデジタルメディアに関心がもてない親も少なくありません。また、こどもの状況をしっかり把握しようとしても、ネット上にはゲームのアプリケーションもメディアのコンテンツも無数にある現状において、好奇心が強いこどもたちが使うものや内容も日々変化する可能性も高く、こどもが利用するものを常にアップデートして把握するのは、親にとっても楽なことではありません。

また、そもそも親自身が、スマートフォンを四六時中利用したり、メディアコンテンツを長時間利用している場合もあり、こどもの利用を規制しようとしても、(こどものよい手本にはなりえず)説得力に欠けていたり、逆にこどもがデジタル機器を利用していてくれたほうが、自分がこどもの世話をする負担が減るので、それを容認したいという気持ちを内心もっている親もいるでしょう。

このような、時間や関心が不足したり、矛盾する心境を抱えている親たちでも、こどもたちの家庭でのデジタルメディア環境をつくるサポートができるよう、親を対象にした、講習会やワークショップが近年、スイス各地で増えてきました。

次回につづく

次回では、そのような親を対象にした講習会などで提案されているガイドラインや最新の研究結果をみていきながら、こどものデジタル機器やメディアの使い方において、さらに掘り下げて考えていきたいと思います。
※記事に関連するサイトは次回の記事の最後尾の「参考サイト」の項ででまとめて提示します。

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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