仏独共同の文化放送局アルテと「ヨーロッパ」という視点 〜 EU共通の未来の文化基盤を考える - 一般社団法人 日本ネット輸出入協会

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仏独共同の文化放送局アルテと「ヨーロッパ」という視点 〜 EU共通の未来の文化基盤を考える


EU諸国における EUへの帰属意識と愛着の薄さ
2012年にEU がノーベル平和賞を受賞した際、EU諸国の現地の反応が印象的でした。自国の誰かがノーベル賞を受賞すると、出身国の人たちは自分や身内のことのように誇ったり、喜びに沸くという光景がよくみられますが、EUが受賞したと聞いても、当のEU諸国の人々の反応は、冷ややかで、他人事のようですらあり、 喜びに満たされたお祭りムードにはほど遠いものでした 。

もちろん、ブリュッセルを中心に喜びの声を表明する政治家はいましたが、そのころEUの深刻な財政危機問題が話題になっていたこともあり、メディアでも、受賞を素直に喜ぶというよりは、EUが直面する状況を改めて総括・直視する機会として使う以上の盛り上がりはなく、概して批判的であったと記憶しています。EUのノーベル賞受賞のニュースに対するこのような全般に冷ややかな反応は、理由はどうであれ、EU内の人々のEUに対する帰属意識や愛着の希薄さを端的に示しているようにみえました。

さて、それから数年たった現在はどうでしょう。昨年10月ドイツで行われたアンケート結果をみると、6割のドイツ人がEUは正しい方向に進んでいないと不満を抱いており、ヨーロッパ人というよりドイツ人としての意識が強い人は、ドイツ人よりヨーロッパ人だと感じる人の割合(27%)の2倍以上の62%でした。EU の中心的な存在で、EUの経済圏からの恩恵を最も受けているはずのドイツでこうなのですから、ほかのEU の国ではさらにEUへの帰属意識も愛着も薄いことが容易に想像されます。

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パリのグレヴァン蝋人形館


確かにEU内の政治や経済的な統合は進んでいますが、その歴史はまだ浅く、加盟国28ヵ国のゆるい連帯の形にすぎないため、政治・社会・文化・経済的にも非常に異なる背景の国々を一方向に束ねるような帰属意識や求心力が生まれてくることは、たやすくはないでしょう。公用語だけでも24言語(話されている少数言語を含めると60言語以上)という複雑な言語分布のため、隣国どうしのコミュニケーションすら簡単ではありません。


ヨーロッパの共通文化基盤になるものは?
今後も共通する文化が希薄で、政治・経済・制度上の枠組みとして存続することも考えられますが、共通の文化基盤が、年月を重ねながらすこしずつ、醸成されていくことも考えられます。もしもそうであるとすれば、共通する文化基盤とはどのような形でしょう。

多様な文化的背景をもつ中間層が今後も社会の中核を占めるのであれば、それは、これまでの歴史上でみられたような、排外的な政治イデオロギーでも、まして植民地を世界に拡大化しようとする帝国主義的な思考でももはやないことは、確かでしょう。ヨーロッパの精神的な支柱としての役割をある程度果たしてきたキリスト教も、ここ数十年、西側諸国を中心に顕著に進む脱キリスト教化を考慮すると、求心力を今度再び高める可能性は低いように思われます。(ヨーロッパ、特に西欧での脱キリスト教化と、新たな連帯や精神性を求める最近の動きについては、「スイスのなかのチベット 〜スイスとチベットの半世紀の交流が育んできたもの」もご参照ください)

むしろ、EU内の共通する文化基盤が将来できてくるのだとすれば、EU内のお互いについての見聞やEU全体についての理解が、少しずつ多様な形で折重なり、塗り替えられながら集積されて、何世代かを経たのちに、それが総体としてなんらかの「ヨーロッパ」らしさを形成していくというシナリオが、もっとも現実的である気がします。

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「ヨーロッパ」という視点をもった放送局
ところでヨーロッパには、一国の視聴者だけを対象にするのではなく、ヨーロッパ全体を射程にいれた放送局がすでにいくつかあります。フランスとドイツによって共同で設立され、ヨーロッパ全体を見渡す、また政治でも経済でもない独自の文化的な視点を重視し、四半世紀コンテンツを産出・放映してきた放送局アルテArteはその一つです。

これまでの時代では国のなかの求心力を高めるのに国営放送が果たしてきた役割は非常に大きいものでしたが、多種多様な国々の集合体であるヨーロッパで、しかもデジタルメディアが一斉を風靡し、メディアの地平線が限りなく広がる現代や将来において、このような「ヨーロッパ」を志向する放送局の番組は、どのくらいヨーロッパ社会で影響力をもちうるのでしょうか。


アルテについて
そもそもなぜ、ヨーロッパ志向の放送局が設立され、そこでは実際にどんな放送がなされているのかを、アルテを例にみていきながら、放送メディアの現在、将来のヨーロッパ(EU)への影響力について少し思い巡らしてみたいと思います。

フランスとドイツが共同して文化専門の放送局を設立するという構想は、1980年代からフランスに隣接するドイツのバーデン=ビュルテンベルク州の州首相やミッテランフランス大統領らよって提唱されはじめ、1990年10月に、ドイツのコール首相とフランスのミッテラン大統領の間で正式に決定されました。

決定した1990年10月には、東ドイツが西ドイツに再統一されるという歴史的な出来事があり、ドイツにとってだけでなく、ヨーロッパ連合にとっても新しい時代の幕開けを感じさせる時でした。期を同じくして共同の放送局を設立が決まったことは、二カ国が、EUの進展のためにより強く結束しあうことを確認しあう意味合いが、設立において大きかったと思われます。その後、ヨーロッパの放送局の間の協力関係が広がり、現在は、オーストリア、ベルギー、イギリス、スウェーデン、フィンランドの国営放送との間で番組制作やコンテンツの共有化もすすんでいます。ちなみに放送局アルテ自体は、フランスとドイツのそれぞれの国営(公共)放送受信料の収入の一部で95%がまかなわれています。


番組の特徴と番組「Re:」
具体的な番組内容については、ご興味がある方はぜひ下記の参考サイトからご自身でご確認いただきたいのですが、一言でまとめると、一国の利害や関心にとどまらない、より高次の問題意識や共通理解、また解決への糸口をさぐる姿勢が目立ちます。多数の国で同時にそれぞれの母語で視聴されるという性質上、扱う対象は広範で、偏った報道を自制する体質であることも特徴です。特にドキュメント部門においては定評があり、2カ国共同放送局がスタートした当初は放送局の存在意義を疑う声が強かったのとは打って変わって、現在では、放送局としての独自の地位が確立されているといえます。

今年3月からスタートした、アルテらしいと呼べる新番組について具体的に紹介してみましょう。「Re:」という番組で、週日月曜から金曜の週日夜7時45分から30分という、視聴者が比較的多い時間帯に放映されています。

この番組は、「新聞の見出しの後ろの隠れている」もの、つまりセンセーショナルな話題ではなく、ヨーロッパの現実にいる様々な人や職業や状況に焦点をあてることを主眼にしています。今年からこの番組がスタートした背景には、世界やヨーロッパが置かれている現在の状況が大きく関係しているようです。世界やヨーロッパで蔓延している「ポピュリズム的な反対意見に」ジャーナリズム的な視点から対峙することを目指していることが番組紹介にも書かれており、 安直で刹那な解答や感動より、むしろ視聴者に考えさせたり、「ヨーロッパを個人的に感じられるよう」にさせ、長く持続する解答を提示したり、問題を提起することを目標と掲げています 。

フランスの初めてのゲイのイスラム指導者、コソボで少数民族ロマが経営するホテル、オランダのコーペアリング(複数の親による子供の共同保育)、ヨーロッパのユーチューバー、イギリスの漁師など、これまで取り上げられてきたものに相関性はありません。ヨーロッパの今を、違う場所と角度から断片的に切り取ったようなそれぞれの回の番組内容が、全体として、ヨーロッパの今を浮かび上がらせているような構図です。


フランスとドイツでのテレビ放映
番組の視聴方法は、従来のテレビ放映とネット経由の二つがあります。テレビ放映は、1992年5月30日の放送開始当初から、ドイツ語とフランス語の完全 2カ国放送です(正確にはフランス語放送とドイツ語放送の2放送局があり、ゴールデンアワーの番組は生活風習の違いのため、フランスではドイツより30分遅れて放映されていまうが、それ以外はほとんどすべて同じ内容を同時に放送しています)。

フランスでの視聴者市場占有率(全テレビ視聴時間におけるそれぞれの放送局の視聴割合)は、2014年から2015年にかけて、2%から、2.2%に増え、現在約1200万人以上が視聴しています。ドイツ語圏では文化放送局の競争が激しいため、ドイツでの視聴者市場占有率は、1%にすぎませんが、ドイツ内で9百万人が視聴している計算になります。この数字は、ドイツのほかの公共放送局の市場占有率12−13%と比べるとはるかに低いですが、近年も変わらず安定しています。チェルノブイリやミツバチ死滅の危機などの個々の特番では、ドイツとフランス合わせて200万人以上の視聴があったこともあります。

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ネット経由での視聴
アルテでは、1996年から公式サイトを立ち上げて以降、ケーブル、アンテナ、衛星放送によるテレビ放送に並行して、テレビの放送とインターネットを相互補完できる環境の充実化にも力をいれてきました。放送される番組の85%は、ヨーロッパ全域でインターネット上で最低1週間いつでも視聴できる体制がとられており、2012年からは、ライブストリーミングもスタートしました。

ネット経由の視聴は近年、顕著に増えています。2015年公式サイトからのビデオコンテンツの視聴回数はトータルで2億1900万回あり、前年比で、34%増でした。これまでテレビ放送の市場占有率では変化のないドイツでも、ネット経由で視聴者数は増加しています。若者の視聴もネット経由で増えました。アルテではライブストリーミングやビデオ配信でだけでなく、視聴者とのネット上でのインターアクティブな議論のプラットフォームも重視しており、最新コンテンツと議論のプラットフォーム両者へのアクセスが容易なフェイスブック上のフォロワーは、現在約184万人います。

アルテの番組のネット配信の恩恵を特に受けているのは、ドイツやフランス以外の国に住むヨーロッパの人々です。特に、仏独以外でもケーブルを通じてテレビ放映がみられる国が以前からありましたが、2015年から、オンラインの放送番組の一部がヨーロッパ全域で、スペイン語と英語の字幕がつけて配信されるようになると、ヨーロッパ在住の人の55%までが母語で、アルテの番組を視聴できることになりました。2016年11月からはポーランド語の字幕の配信もはじまりました。


これから改めて問われるアルテの実力
この番組も含めアルテの番組はすべて、文化という切り口からのアプローチであり、直接的に社会や政治を動かしたり、影響を与えるものではありません。その一方、放送以来一貫した「ヨーロッパ」としての視点自体が、ヨーロッパという広大で複雑で把握しにくい超国家機構を、感覚的あるいは身近にとらえる、少なくともそのきっかけにはなっていく可能性は十分あると思われます。

特にインターネット経由で、むしろアルテのコンテンツがこれまで以上に簡単にヨーロッパ中で入手できるようになったことで、一層広範にインパクトを与えたりメッセージが届く可能性が高くなったといえるかもしれません。その意味では、アルテは、これまでヨーロッパ統合への寄与を評価する賞を多数受賞してきましたが、 これからが影響力が試される正念場なのかもしれません。


付記 〜カルチュラル・セキュリティという観点から
以前、「カルチュラル・セキュリティ 〜グローバル時代のソフトな安全保障」という記事で、渡辺靖氏が唱えている「カルチュラル・セキュリティ」という概念に触れました。それぞれの社会のもつ文化の価値を創出、活用、発信し、海外の市民との対話や交流が促進され、最終的に国内と海外が一緒になってコミュニティを形成することが、ついには自国のセーフティーネットになるという意味で、文化が安全保障の一部になりうるという考え方でした。

EU圏内の人々にとっても、国単位でなく、「ヨーロッパ(あるいはEU)」という視点をもつこと、そしてヨーロッパ内の経済や政治的な次元だけでない、別の形のつながりを意識したり、実際にお互いを知る機会を増やしていくうちに、ゆるやかな連帯の形がつくられていくのだとすれば、それは、どんな扇動的な政治プロパガンダや急進的な改革運動よりも、ヨーロッパの治安や安定に寄与する「カルチュラル・セキュリティ」の一翼を担うのかもしれません。


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<参考サイト・文献>
------ドイツ人の EUについての理解(アンケート調査)について
Thorsten Spengler und Christiane Scholz, Die Sicht der Deutschen auf Europa und die Außenpolitik. Eine Studie der TNS Infratest Politikforschung im Auftrag der Körber Stiftung, Oktober 2016

EU-Skepsis: Deutsche sehen Europäische Union auf falschem Weg, Die Zeit, 29. November 2016.

------放送局アルテについて
アルテ公式サイト

20 Jahre Arte: Qualitätsprogramm in der Nische, news.de, 29.05.2012

Arte, Wikipedia (ドイツ語)(2017年5月14日閲覧)

Arte produziert Flüchtlingsserie «The House», Solothurner Zeitung, 23.2.2016.

------番組「Re:」について
Re: Was dich bewegt. Reportagen aus Europa. (公式サイト)



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