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伝統と街祭りをたばねた住民参加型の卒業祭 〜ヴィンタートゥアのフラックヴォッヘ

初夏と言えば、ヨーロッパでは卒業シーズンですが、スイスでは、大学卒業という学生たちのクライマックスが、ユニークな伝統となって街のイベントとして親しまれている例があります。ヴィンタートゥアWinterthur市の中心部にあるチューリヒ応用科学大学(ZHAW)で開催される「フラックヴォッヘFrackwoche(テールコート・ウィーク)」と呼ばれる行事です。

今回は、この伝統行事をとりあげ、普段はあまり考えをめぐらすことがない、しかし世界のどこの地域社会でも共通するテーマ、〜伝統行事の今日の意味や意義、ローカルな祭やイベントの在り方・可能性、大学と周辺地域の関係、大学などの研究機関の地域における役割や貢献といったテーマ〜 について、少し考えをめぐらしてみたいと思います。

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歴史的な発達と現在の形
まず、この「フラックヴォッヘ」という行事について簡単にご紹介します(「フラックヴォッヘ」は、正確には一連の行事の一部ですが、中心的な行事であるという理由で行事全体を指す言葉としても使われます。今回も一連の行事全般を指す言葉として使っていきます)。

もともと、この行事は、今のチューリヒ応用科学大学の前身である「テヒクニクムTechnikum」ではじまりました。「テヒクニクム」とは、19世紀後半以降スイスの産業化を支える実践的な知識やノウハウを専門的に学ぶ場として、総合大学とは別にスイス各地に設置されてきた、工学・技術分野の高等教育機関です。スイス国内で、産業化がはやくから進み、スイス有数の工業地帯として発展してきたヴィンタートゥアでは、機械、化学、建設などの工学や技術の専門分野としてテヒニクムが1874年に設置されました。テヒニクムとしてはスイスで最も古いものです。

フラックヴォッヘのはじまりは、1925年にさがのぼります。現在、応用科学大学へ入学する人は、職業経験や資格をもつ18歳以上の成人ですが、当時のテヒクニクムに入学したのは、中学を卒業したばかりのこどもたち(当時はほとんどすべてが男子学生)でした。つまり学生たちが卒業するころは、ちょうど19歳前後となり、成人の祝いと重ったため、卒業する生徒たちは、成人の祝いも兼ねて、髭をはやして、燕尾服(ドイツ語で「フラック」)を着て、街をねり歩きました。それが、卒業を祝う伝統行事として、代々受け継がれるようになっていきました。

第二次世界大戦中は中止されましたが1950年からまた復活し、その後も、ヨーロッパの大学制度の統一により日程が変更されたり、学校自体が応用科学大学の一部に統合されるなど変化もありましたが(現在は26学科1万3000人の学生を抱えるチューリヒ応用科学大学の工学系学科として統合されています)、この慣行は以後も廃れず、しかもいくつかの新しい習慣を加えながら、代々卒業生たちに受け継がれて、今日にいたっています。

現在のフラックヴォッヘは、まず、3月末、男性生徒は、街のある噴水前で一斉に髭を剃り、その後100日間髭をそらないことを誓う誓約書に署名するところからはじまります。

2ヶ月後の卒業前の最後の春学期(年間2学期制で二学期にあたる)の最終週(5月末)に、たくわえた髭面で燕尾服、シルクハットにスティックというかっこうで(最近少しずつ増えている女子学生は、その男性の服装に時代的にマッチするようなビクトリア朝風のドレスを着用します)3日から4日間かけてキャンパス内で卒業祝いのイベントを行います。その際、服装だけでなく、大学正面口を大がかりな装置を作成して、特定の行為を行わないと中に入ることができないようにすることで、学生や教員に強制的に参加してもらう、という独特の恒例行事も並行して行われます(人工雪で前をかためてスキーで滑走させたり、池をつくって反対側の岸からボートをこいで到着させるなど、毎年演出は異なります)。

ここまでの行事は主に学生たちだけで行われるものですが、7月初旬の金曜日に、クライマックスを飾るイベントが街をあげて開催されます。まず、再び燕尾服で勢揃いした学生たちが、自分たちが独自に改造した(工学系の学生たちの腕のみせどころでもあります)車やトラクターなどの乗り物に乗り込み、街中を夕方パレードします。

次に、パレード同日の夕方から夜にかけて、大学構内では「テクノロジーの夜」と呼ばれる卒業生の研究成果の展示や最新技術に関するテーマの展示が行われます(これは応用科学大学に統合されてから追加された、新しい恒例行事です)。同じ敷地内では、それに平行してライブコンサートや学生たちの飲食店が軒を並べ、同時に子供向けの工学・物理・物理分野にまたがる様々な実験や工作コーナーが設けられ、文字通り夜遅くまで祭りがつづきます。

そして、祭りの後に髭をまた学生たちが一斉に剃り、100日にわたる「フラックヴォッヘFrackwoche」期間は幕を閉じます。

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伝統の歴史的な意味と今日の意義
ここからは、この一連のイベントの意義や可能性について考えていきたいと思います。まず、伝統行事の歴史的役割や今日の意義について考えてみます。

ここでの伝統とは、若い工学系学生たちが自発的にはじめた行為であり、多少乱暴な言い方をすれば、卒業や成人の祝いを理由にかこつけて、特別になにかを記念にしてみたい、残したいという卒業生の高揚心が、代々共感して受け継いできた慣行であり、その示威運動といえるでしょう。

つまり、ひとつひとつの行為に深いあるいは神聖な意味があるわけではなく、高い地位のある人や社会機関によって奨励・権威付けされたものでもありません。そういう意味で、伝統とはいっても、上から演出されたり、宗教性が強かったり、ほかの地域の模倣をして取り入れたものとは性格的に大きく異なり、ローカルな文脈から発祥したものだといえます。

なんらの権威づけも、外からの支援もないのに、一過性のものに終わらず、毎年入れ替わる学生たちの間で継承され、それが100年近くも続いているということは、逆に言えば、人々の間にそれに対する需要や受け皿が変わらずにあったのだ、と解釈できますが、需要や受け皿とはなんだったのでしょう。

第二次世界対戦後まもない時期に、ビールBielというほかの街のテヒニクムを卒業した方の話を聞いたことがあります。当時の学生たちはみんな貧しく、祝いの行事などは一切なく、同僚たちと家庭で卒業を祝っただけだったということでした。ヴィンタートゥアでも、フラックヴォッヘがはじまった戦前から戦争をはさんでしばらくの間の学生の経済状況は、多かれすくなかれ同じようなものだったのだと想像します。そうだとすれば、燕尾服でねりあるくという行為は、経済的な負担を最小限にして、ハレの気分は最大限に満喫できる、すぐれた演出手法だったといえるかもしれません。

また、現在においてもスイスでは大学へ進学するの割合がほかのOECD 諸国に比べかなり低いですが、かつては今の大学以上に、テヒニクムを卒業するということがめずらしいことであったため、卒業の際のほこらしい気持ちもひときわ強いものだったと想像されます。

これらを考慮すると、テヒニクム卒業という一世一代のハレの舞台に、コストをあまりかけずに人目をひきつけ、自分たちの高揚感や連帯感を満喫したいという需要が、この一風変わった伝統を生み出し、長続きさせることになったのだと思われます。

また、学生に高く支持されても、住民に支持されないような形であったのならば、このような町と一体になった拡大版卒業セレモニーのイベントは成立しない、しばらくあっても長くは存続しなかったのでしょうから、街全体をまきこむこの祭りが、在籍する学生に卒業というクライマックスの演出にふさわしいだけでなく、住民たちにとっても、好感がもてる行事として受け入れられてきたともいえます。確かに、現代の街に、時代劇のような古風な衣装の人が大勢街に忽然と現れ、奇妙な乗り物でパレードしたり、闊歩する姿は、何度みても華やかでスペクタクルで、真夏の金曜日の午後の街を、はなやがせるものに違いありません。

ちなみに現在、「地元に伝わる伝統」とされるもののなかには、観光収益をめあてに開催されてようにみえるものも少なからずありますが、フラックヴォッヘについては、これをわざわざ見学するために、海外からはおろか、ほかの国内地域からもわざわざ観光客が訪れるという話はまず聞いたことがありません。そもそも、スイスのなかでも、ほかの地域や大学ではほとんど知られていないというのが実情です。このため(少なくとも現在までは)、純粋に地元の学生や人が所望し、もりあげ、持続してきた伝統行事だといえます。

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複数のイベントとリンクし、毎年刷新されるイベント
フラックヴォッヘは、ユニークな伝統がある卒業イベントであるというだけでなく、それが、ほかの催しと一体になることで、街の一大イベント(夏祭り)の様相を帯びているという点でも、独特です。

パレードや、ライブ演奏、露店が並ぶ夏祭りや、科学の展示、ワークショップといったイベントは、それぞれ単独で開催されても十分楽しめる充実した内容であるといえるかもしれませんが、それが同じ空間で一斉に開催されることで、多種多様な人が行き交い集まり、活気のダイナミズムが生じている気がします。

とはいえ、毎年同様のイベントを開催すると、新鮮さがうすれ、集客もふるわなくなり、開催が困難になる場合もたびたびあります。フラックヴォッヘにももちろんそのような危険性はありますが、むしろそうなりにくい(祭りとしてすたれにくい)と思われる理由が二つあるように思われます。

ひとつは、トートロジー(同語反復)のように聞こえるかもしれませんが、毎年卒業を祝うというイベントの意義そのものです。とりたてて理由がなく開催される祭りは長続きしないかもしれませんが、大学の卒業を祝わないことは、今日まずないでしょう。つまり、少なくとも大学が存続し、卒業生を輩出する限りは、祝いの行事もまた存続することになるでしょう。

もうひとつは「テクノロジーの夜」という、応用科学大学になってから加えられた新たな催しです。毎年、展示場所やそのスケールこそ、ほぼ同じですが、そこで発表される卒業研究の内容は、毎年刷新、進歩、変化したものです。単に目新しいというのでなく、社会での実用化にとりわけ重きを置く応用科学大学ならではの最先端の応用科学やIT分野にまたがる質実剛健な内容であり、それが一般向けにわかりやすい形で展示され、訪問者は自分の目や手で確かめることができます。実際に手がけた学生や研究者たちがその場にいるので、直接話を聞いたり、質問することもできます。しかもこれらの展示やすべてのイベントは無料で観覧、参加できるようになっています。

このような機会が、専門家に限らず一般の人に与えられこと自体多くはありませんし、大学構内といっても、この日は、祭りのノリで、一般の人でも気軽に立ち寄りやすいのも魅力です。実際、例年展示会場は大勢の人でにぎわっており、それを楽しみにしている人が多いことがわかります。


大学が地域やその住民に還元するものや機会
訪問客や卒業生にとってだけでなく、大学側にとっても貴重で意義深いイベントです。大学は、街中にあるとはいえ、普段は一般住民とほとんど接点がありませんが、年に一度、大学で成された成果をこのように紹介することで、大学研究の役割や具体的な社会への貢献について一般住民が理解を深める機会となっているとも考えられるためです(ちなみにチューリヒ応用科学大学はチューリヒ州立大学のひとつです)。

なかでも、最近特に、家族づれに人気が高く、大学の地域への貢献として評価されているのが、こどものための実験および工作コーナーです。

近年スイスでも、こどもたちの理工学分野離れが危惧されており、こどもたちにいかに理工学分野への関心をもたせるかが、社会で大きな関心ごとになっています。とはいえ特別な特効薬があるわけでもありませんので、学校教育の現場や、図書館、科学博物館などが、それぞれの施設や機会を利用して、こどもたちを対象にした色々な企画をしています(学校や図書館での取り組みについては「小学生に適切な情報授業の内容とは? 〜20年以上続いてきた情報授業の失敗を繰り返さないために」、「デジタル・リテラシーと図書館 〜スイスの公立図書館最新事情」、女子生徒の理工学分野進出問題については「謎多き「ジェンダー・パラドクス」 〜女性の理工学分野進出と男女同権の複雑な関係」をご参照ください)。

チューリヒ応用科学大学でも、複合的な卒業祭の一環として、年に一度、化学、物理、電気工学といった様々な理工学分野の簡単な実験や工作の体験を無料でできるこどものためのコーナーを設けるようになり、こどもたちの理工系への関心を高めるのに一役買っています。昨年は電気や物理、化学分野の実験や工作ワークショップが計16種類用意され、こどもたちは、工作したものや実験結果を抱えこみながら、次々まわっていました。

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おわりに
世の中には、音楽フェスティバル、クリスマス市、フリーマーケットなど多種多様なものがありますが、どんな祭りやイベントでも根っこにとても大切な可視化できない価値があります。それは、そこに集う人々を楽しませること、あるいは人々が楽しむことです。利潤を求めて企画される祭りやイベントでも、集う人が、楽しめるようなものでなければ、長く続く恒例の行事にはなりませんから、それが根っこにあることは共通するといえるでしょう。

フラックヴォッヘは、大学卒業という人生でも特別な最高のハレの舞台を、祭りの題材の中心に置くことで祝祭的な雰囲気をつくりだし、それに参加することで、周辺地域の住民たちも、卒業生といっしょに、祭りをもりあげて楽しみます。この祭りを通して、大学や地域などへの帰属意識や愛着など、ゆるいローカルなアイデンティティーを感じさせる機会にもなっているのかもしれません。

今年も、フラックヴォッの市内パレードと「テクノロジーの夜」が7月6日午後4時から夜11時ごろまで開催されます。ちょうどそのころスイスに立ち寄られる機会がいつかありましたら、ヴィンタートゥアで、世界に類のない卒業祭りの夜を卒業生や住民たちと堪能してみてはいかがでしょうか。


<参考サイト>
フラックヴォッヘについて(英語)

「テクノロジーの夜」




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