デジタル・リテラシーと図書館 〜スイスの公立図書館最新事情
2015-11-26
日本でも公立図書館のあり方をめぐり昨今いろいろな議論がでているようですが、ヨーロッパでも、公立図書館の今後の在り方をめぐって議論が重ねられています。インターネットで多種多様なコンテンツがどこからも簡単に入手できる今日、図書館の意味が根幹から問われているといえます。
一方、厳しい図書館をめぐる状況を逆手にとって、自己改造に邁進する図書館もみられます。スイスのヴィンタートゥアの市立図書館もそのひとつで、去る11月14日には、デジタル時代の図書館の可能性を提示するスイスで初の大型イベント「メイカーデイ Makerday」を開催しました。
もともとヴィンタートゥア市立図書館は、変化する時代の需要にスイスのなかでもいち早く対応して、先駆的な地域の図書館づくりを行ってきた図書館の一つです。これまで開架図書棚を減らしながら、従来なかったいろいろなスペースを作り、多様な需要に対応できるようにしてきました。
例えば、入り口付近にと地下2階に多目的スペースやホールを作り、そこでは地域の様々な人や団体と連携しながら、ミニレクチャーやコンサート、展示、ワークショップ、ゲーム大会など、書籍に直接関係しない様々な文化的なイベントを、年間を通じて行っています。これによって、本の貸借り業務では図書館に来訪しないような人たちにも、図書館に立ち寄る機会をつくり、様々な出会いやコミュニケーション機能を担う地域の公共施設としての役割を果たそうとしてきました。
また、一人世帯が増えると同時に地元に根付いた伝統的なカフェやパブのような飲食店がチェーン店にどんどんとって代わってきている時代に呼応し、公共の図書館にこれまでなかったような社会的な機能、一人でも気軽に立ち寄ることができる、家でも職場でもない新たな「第三の場所」の機能を果たすべく、 ゆったりくつろげる閲覧コーナーや飲食可能なスペースを館内に複数設けました。
小学生以下の子供、ティーンエイジャー、青年向けなど細かい年代に合わせた閲覧スペースや、多言語の図書も積極的に配置するなど、どの世代や社会層にも立ち寄りやすい場所となるよう工夫も重ねてきました。フランスでは、テロリストの温床として国内の移民出身者の問題が改めてクローズアップされてきていますが、そのフランスでは、1996年から2013年までに70もの図書館が放火されたといいます。放火の背景として、移民出身者たちの間で、エリート学校などと同様に、図書館に対し疎外感や敵意が広がっていたことを指摘する専門家もいます。いずれにせよ、門戸を大きく広げ、疎外感をもつ住民をむしろ積極的に取り込んで、社会全体の融和・統合の一端となり、言語や学力向上にも寄与することが、ヨーロッパの公立図書館にとって今日、重大な任務のひとつとなっています。
ここ数年は、デジタル時代に対応したサービスの多様化や最適化にも力をいれてきました。DVDやブルーレイ、プレイステーションやWiiなどの様々なメディアやゲームを増強するのと並行して、家からインターネットを通じて借りるこ電子図書館 サービスを導入しました。文字コンテンツだけではなく、映画や音楽などのマルチメディアのコンテンツも借りることができる東スイスの図書館ネットワークの電子図書館は、 書籍の貸出が年々減るのと対照的に、利用数が急増しています。
そして今回のヴィンタートゥアでの全館あげてのイベントでは、さらに先をゆく図書館のサービスの方向が提示されました。それを一言で言えば、新しいデジタル技術を住民が利用するための支援サービスです。せっかくデジタル化された便利なコンテンツが世の中にでてきても、使いこなすことができなければ 意味がなく、時代から取り残されてしまうことにもなりかねません。そのため、図書館を、住民が新しい日常や仕事で必要な様々な技術や能力、「デジタル・リテラシー」を習得し、実際にそれを駆使して作業できる場にもしていこう、というのです。
当日は、地下2階から地上5階までの全館会場で、インターネットで公開されている公的資料の閲覧の仕方やE-book の扱い方、クリエイティブ・コモンズの紹介、ビデオの編集・制作、スライドやレコードなどのアナログ・データのデジタル化方法の説明、また人気ゲームやレゴなどの人気のツールを用いたワークショップなど、デジタル世界を体験できる多種多様な催しが行われました。
さて実際のイベント会場での反響はというと、スイス初のメイカーデイという話題性もてつだってか、開場と同時に大勢の人が訪れ、どの階もかなりの賑わいでした。 子連れや若者も多かったですが、とりわけ、これまでの伝統的な図書館の利用者である年配の方もかなり多かったのが印象的でした。図書館館長がドイツのオンラインマガジンの取材インタビューで語っているように、年配の方も含めて図書館利用者が、図書館の新しいサービスに対して前向きで意欲的なことが、今回の訪問者の多さにあらわれているように思われます。当図書館では、デジタル時代の新しい図書館の需要を改めて確信して、今後もデジタル技術を実際に習得・利用できるメイカースペース(メイカースペースについて の詳細は、別のコラム「古くて新しいDIY ブーム」をご参照ください)をさらに来年3月までに拡充する予定です。
19世紀以来ヨーロッパ において地域のリテラシー(読み書き能力)の向上に大きく貢献してきた公立図書館は、今後、デジタル・リテラシーの普及や向上にも関与・ 寄与していくのことができるのでしょうか。図書館の新たな挑戦がはじまろうとしています。
参考文献とウェッブサイト
Die Zunkunft des Papierverleihs. Von Kathrin Passig, Die Zeit. Online. 4.11.2013.
Makerday in der Stadtbibliothek
Bruder gegen Bruder. von Christian Jungen. In: NZZ am Sonntag, Hintergrunde, 15.11.2015. S.25.
Virtuelle Ausleihe. Bibliotheken rüsten digital auf. von Yannick Wiget, St. Gallen, 4.2.2013,
Bibliothekenstatistik. Die Renaissance der Lesestuben. Von Alice Kohli, 1. 9. 2014.
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
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