古くて新しいDIYブーム
2015-09-17
最近会ったスイスの首都で大学都市でもあるベルンの大学生は、DIYがブームで、街のいたるところでこのごろみかけると言っていました。DIYとは、英語Do it yourself の略で、既成の商品ではなく自分で日常必要な物品や家具、家電を作る行為やその流行を指します。ルーツは1950年代のイギリスと言われ、特に60・70年代、 短いサイクルで生産・消費・廃棄される商品の量産が日常化してくるようになると、世界各地で、自分の手でを使ってものを作りだすことが、 再び高く評価されるようなり、幅広く支持者層が広がるようになっていきました。
このような動きは、英語の頭文字をとった「DIY」という名前で、世界的に知られ、ドイツ語圏でも広く定着しています。流行の当初は社会批判的な意識合いが強かったようですが、自分で何かを作ることは、クリエイティブであり、なにより楽しいもの!それに改めて気づいて、そこに仕事の対極に位置するやすらぎや喜びを見い出す人が続出していったというのが、人気がおとろえないDIYの実情なのではないかのではないかと思います。
冒頭で紹介したように、ここ数年さらに人気が高まっているようです。ドイツでは、2014年のDIY部門の売上が、前年比で13パーセント伸びて13億ユーロに達し、アンケート調査では若者の3人に一人が何らかのDIYをしていると答えています。DIYが若者の間でも注目され、新たに人気を得るようになったのには、二つの画期的な発明品(技術開発)が関連していると、専門家は言います。それは、インターネットと3Dプリンタです。
まず、インターネットは、編み物や料理など、従来日常生活で培われていた知恵や技術を、共有したり発展させるのを可能にしただけでなく、これまでプロと素人との間の隔たりが広かった家具やインダストリアル・デザインなどの分野でも大きな変化を生みました。
例えば、デザイナーたちによって考案された詳細な設計情報を、一部インターネットで簡単に入手できるようになりました。今春開催された、チューリッヒ造形美術館の「Do it yourself」展で展示された家具類も、その好例です。複数のカップケーキ用の紙カップをクリップでとめただけのシェードランプや、 金網を筒状にして上部を軽くつぶしただけの「5分椅子」、あるいは家具販売の大手IKEAの安価な椅子を分解・改良してつくったコートハンガーなど、展示された家具類はどれも、素人でも手に入れやすい材料で、簡単に作れることが強く意識されたものでしたが、インターネット上で設計図を入手できることにより、DIY作業がさらに決定的に便利で楽になりました。
DIYのデザイナーの中にはさらに、トーマス・ロメーのように、素人がデザイナーの設計図を模倣するだけでなく、モジュール化したパーツを使い、それを組み合わせるという新しいDIYの可能性を考えている人もいます。パーツをモジュール化することで、素人でも、レゴのように、いろいろなものを組み合わせて、使い勝手に合わせたオリジナルのものを作ることが簡単にできるというわけです。実際に、モジュール化した様々なパーツのデザインは、すでにオープンソースとしてインターネットでデータベース化されて公開されており、誰もが提供・利用できるしくみとして、日々進化しています。
このように、インターネットという情報入手や交換が大幅に簡略される環境が整ったところで、次にキーとなるのが、3Dプリンタです。3Dプリンタのおかげで必要なパーツをすぐに作ることができ、自由自在に作品を作ることが可能になっただけでなく、故障したパーツを作って代替することで、古いものを使いつづけることも可能となります。つまり、家具や家電の機能や形だけでなく、それらの寿命までも変えることができるようになります。
ただし、高質の3Dプリンタは自宅に置くにはまだ高価な代物です。そこで3Dプリンタやレーザーカッターなどの最新の電子機器を共同で利用する、アメリカ発祥のFabLab (Fabrication Laboratory)とよばれる共同作業場が、ここ数年でスイス各地でも、工学系の大学の協力を得ながら設置されてきました。しかしながら、このようなスペースを、さらに工学・技術系の会員だけの作業場にとどまらせておいては、また新技術をめぐり、専門家と素人の間に新たな隔たりを生むことになってしまいます。
公共性の高い場所という性質を活かして、広く一般の人に新しい電子機器を気軽に知って、使ってもらえる機会を提供しようと、独自に取り組みはじめた公立図書館もあります。取材したスイスの地域図書館では、「メイカースペイス」とよばれるスペースを、今年の初めから、技術系の本棚が並ぶ一角に設置しています。年内の本格的な始動を目指し、現在はまだ試験的な段階ということでしたが、レコードなどの音源をデジタル化する機器や、ビデオ編集機器が現在一般に利用可能になっていました。
DIYは、時間的にも経済的にも非効率的で、豊かになった国のぜいたく行為にすぎないと一蹴する見方が、今でも社会には一定程度みられますし、そ の意見が一概に間違いだとは言えませんが、そんな机上の議論と異なる次元で、インターネットと3Dプリンタという追い風を受けて、消費市場では数的にみえにくい形とスケールで、DIYの可能性が広がっているのかもしれません。もしそうだとしたら、近い将来、家具・家電・雑貨全般の生産・流通・消費のサイクルや、市場そのものの在り方にも少なからぬ影響が及ぶことでしょう。またDIY自体も、今後新たなネットワークをつくり、新規のイノベーションをもたらすのかもしれません。
どんな技術やシステムを取り入れ、あるいは既存の部門と連携しながら、DIYがさら にどんな風に展開していくのでしょうか。今後が楽しみです。
参考サイト
Selbstgebaute Designer-Möbel als Gesellschaftskritk
チューリッヒ造形美術館の「Do it yourself」展について(英語)
Frosta: Ikea Hack von Andreas Bhend(IKEAの簡易椅子を材料にした3種類の家具の設計図 英語)
Die Welt ist mir zu viel(ZEITmagazin Nr. 1/2015 8. Januar 2015)
Thomas Lommee - Open Structures(英語の講演)
Absrakt. No 8 - MACHEN IST MACHT - Zum Aufstieg der Do-it-yourself-Kultur.
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
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