折り紙のグローバリゼーションと新たなフロンティア
2015-10-24
突然ですが問題です。折り紙はドイツ語で何というでしょう?
正解は Origami です。スイスにきてまもないころ、日本では紙を折っていろいろな形を作る文化があり、それを「Origami」と言う、 ということを大抵のスイス人が知ってるという事実に、びっくりしました。
紙を折る文化は、多かれ少なかれ、紙がある国ならどこでもみかけられる、ごく普通のことだと日本では思われがちですが(私もそう思っていましたが)、スイスでは一般の人たちはおろか、幼稚園や小学校の教師でもほとんど折らず、折る場合もいくつかのごく 簡単な折り方しか知りません。当然、子供達も教えてもらうことができません。日本の折り紙のような複雑で多様な折り方がないのです。
歴史的にはヨーロッパでも幼稚園を世界で初めて作ったフリードリヒ・フレーベルのように、折り紙を教育的な観点などから評価する動きや、折り方を色々考案した人もいたにはいたのですが、大衆に広く支持される身近なものにはならず、日常で今日も残っている折る文化と言えば、食卓を飾るテーブルナプキンを折るくらいです。このような、折り紙の伝統が乏しいスイスをはじめとする欧米の国々では、日本の折り紙文化が、「Origami」という言葉ごと紹介・輸入されることになったのでしょう。
Kreative Bastelideen aus Papier nach Friedrich Fröbel, Stuttgart 2012
その輸入文化「Origami」が、現在DIYブーム(DIYについてはコラム記事 「古くて新しいDIYブーム」を参照ください)を追い風にして、スイスで子供だけでなく大人も楽しむ手作業として静かなブームになっているように思います。
地元の公立図書館の所蔵する本を調べると、Origami というキーワードの検索で出て くる本は59冊あり、 1965年に出されたものが最初で、80・90年代以降、折り紙の本が増えていきます。このころから次第に折り紙という言葉と折り紙工作が少しずつスイスでも知られるようになっていったのでしょう。近年は、子供向け、大人向け、また動物折り紙やデコレーション用など、折り紙のなかでもテーマを特化したものが多くなっており、様々な人が異なる関心から、折り紙に興味をもっていることが想像されます。
店頭でも、 折り紙の本と並んで、両面折り紙や、大型で折り目がついて子供でも簡単に作れる折り紙などを目にします。スイスではあっても高価な日本製の折り紙は、日本からのおみやげにスイスの子供や学校の先生にプレゼントすると大変喜ばれるアイテムの一つです。
ただし、今までやったことのない人が、いきなり本を見ながら折り紙に挑戦するのはかなり難しいことのようです。このため、折り紙の基本を手ほどきする折り紙学習講座やワークショップが、各地で開催されています。わたしもこれまで何度か折り紙ワークショップに参加したり、折り紙を教える機会があったのですが、どの回も盛況でした。仕事帰りと思われる男女が悪戦苦闘しながらも、楽しそうに小さな紙を慣れない手つきで折っていたり、子どもたちが真剣な表情で夢中になって作品を作り上げていく姿は、見慣れたスイスの光景と違って、なんだかとても新鮮で、印象的でした。
はさみやのりを一切使わず、3次元の立体的な形を自在に作り出すことができる折り紙の構造は、単に作ったり、飾ったりして楽しむ対象としてでなく、 産業、工学、医学、教育、セラピーなど多様な分野で利用、応用できるものとしても、世界的に注目を集めています。
飛行機の機体に折り紙構造を応用すると、軽量でありながら頑丈な機体となり、機体の重量を30−40パーセント減らすことができます。一瞬で全体が広がるエアーバッグの折りたたみの技術を工夫すれば、性能は同じでもこれまでよりずっと小さいエアーバックを作ることができます。宇宙工学分野で開発が進められている、 組み立て不要で軽量の折りたたみ型の直径34メートルの大型軽量のスターシェイドが実現すれば、これまで不可能だった星の観測が可能だといいます。植物の葉や昆虫の羽など、自然界で見られる折りたたみの構造は、生物の機能を模倣・応用した技術や構造を開発するビオニーク Bionik という分野でも重要なテーマとなっています。
教育学や医学分野では、幾何学への理解や、 集中力、運動能力の向上に、折り紙が役立つとされ、2006年以来、折り紙を使った教育やセラピー方法について意見交換をする国際会議も毎年開かれています。
最後にもう一度、問題を出します。他国との対立問題を起こすこともなく、 平和裏に世界で愛好されるようになり、同時に、目下、最先端の様々な産業・学問分野で評価されたりインスピレーションの源泉となっている、日本の伝統的な文化とはなんでしょう。この記事を読んでくださった方以外は、多分答えられないのではないでしょうか。
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
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