こどもたちにとって理想的なデジタル機器やメディアの使い方とは(2)〜これまでのガイドラインとその盲点をつく最新の研究

こどもたちにとって理想的なデジタル機器やメディアの使い方とは(2) 〜これまでのガイドラインとその盲点をつく最新の研究

2018-07-05

前回、スイスにおいて、こどものデジタル機器やメディアの使い方をめぐって、学校だけでなく家庭にも役割が期待されていることに触れました(「こどもにとって理想的なデジタル機器やメディアの使い方とは(1)〜スイスのこどもたちのデジタル環境・トラブル・学校の役割」をご参照ください)。

今回は、親向けのガイドラインや、最新の研究データを参考にしながら、家庭でのこどもたちのメディア機器やメディアの使い方がどうあるべき、と現在のスイスではとらえられており、今後は、どのようなことが重視されるのかについて、考えていきたいと思います。

親のための講演会

前回触れましたが、めまぐるしく新しいものがでまわるこどもたちのデジタル環境において、どんな機器やメディアをどれくらいどのように使用するようにこどもたちに進めるのがいいのやら、戸惑う親は少なくありません。そんな親たちのために、スイスでは、講習会やワークショップや、ウェッブでの情報開示や、パンフレットの配布などを通して、サポートする活動が活発になってきました。

それらの活動をスイス全国で展開しているのは、主に、教育や青少年、犯罪の予防などに関わる非営利組織です。主要団体名とサイトは、本文下の参考サイトに掲載してありますのでご興味がある方は直接ご覧ください。(なお、メディア・リテラシー向上のための活動は、EU内でも現在さかんです。その概要については「「情報は速いが、真実には時間が必要」 〜メディア・情報リテラシーでフェイクニュースへの免疫力を高める」をご参照ください)。

先日、わたしもある講演会に参加しました。ドイツ語圏で年間約1万5000人のこどもや1万2000人の大人を対象にワークショップや講演会を開催している非営利組織 Zischtig の、小学生の子をもつ親を対象にした講演会です。2時間弱におよぶ講演会では、現在こどもたちに人気があるアプリケーションやコンテンツ、クリエイティブな利用の仕方の紹介から、実際に起こった問題や犯罪、デジタルメディアに依存しないための工夫のアイデアまで、親自身が判断するのに参考になりそうなトピックが多く扱われ、講演会後、こどもの置かれた現状や身近にある危険が一望できた気がします。

現在、同様の問題を抱えていると思われる日本の親世代にとっても、比較や参考の観点から有用と思われる事項もあると思われるため、まず、これについて、ご紹介してみます。

●クラスメートがみんな参加するSNSのチャットは、こどもたちにとって重要な社交の一部とすでになっている。そのためそれを過少評価すべきでないし、ある年齢に達し、周囲がしている場合は、それを自分の子がすることを阻止することものぞましくない。

●こどもが思春期(反抗期)に入ってから、はじめてデジタルメディアの使い方についてお親子で話し合ったり、ルールをつくるのでは遅すぎる。それでは、ルールに従わない可能性が高い。思春期に入る前に使い方について少しずつ親子で話し合っていることがのぞましい。

●デジタルメディアで自分の個人情報をまもることの大切さを伝え、それを徹底させる。写真などプライベートな情報はできるだけプロフィールにのせない。とくに年齢が低いこどもたちは要注意。

●こどものデジタルメディアの問題で最近、新しく深刻な問題なってきたのが、有料コンテンツを配信する大手ネットメディア業者のネットフリックスの利用。シリーズもののドラマなどが豊富に揃っており、広告も入らず連続して長時間みられてしまうため、続きがみたいという衝動にかられ、視聴をやめるのが難しい。それを自制するのは大人でも難しいことであり、こどもたちには大きな試練となっている。

●WhatsappやほかのSNSでモビングやポルノを含む内容を発信、あるいは拡散すると、10歳から処罰の対象となる

●ある州で中学校で男子のスマートフォンを調べたところ、大半の男子学生の間で、大人でも禁止されているたぐいのポルノコンテンツ(未成年がでてくるものや暴力シーンがあるものなど)が保存されていた。それらは発信はもちろん所持することも全般に禁止されているため、処罰の対象となる。

●デジタルメディア(特に文字媒体)でのコミュニケーションでは、誤解が生じることが非常に多い。声のトーンや顔の表情などがわからずに、文字や絵文字のみでやりとりするため、目の前のコミュニケーションでは簡単に伝わることが、伝わりにくい(冗談のつもりで送ったのが、受信者には冗談に伝わらないなど)。このため、簡単なやりとりはいいが、込み入った話、とくに怒りや文句などネガティブな感情を誰かに伝える時には、それを使用をさけるべき。直接本人を前にして話すのが理想で、それができなければ電話かスカイプにする。

●デジタルメディア(ただし音声のみのメディアをのぞく。テレビやスマートフォンなど画面を使用するメディアを主にさす)の利用時間は、6〜9歳で週に5時間、10〜12歳は10時間ぐらいが目安。

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ガイドラインにあらわれている特徴

この講演会に限らず、親向けの講演会やワークショップを開催するの組織の一連の活動内容やサイトの公開されている情報は、それぞれ母体となる組織の性質によって、強調・重視される点には若干ずれがありますが、大きく2種類に分かれます。ひとつは、こどもたちのめまぐるしく変わるメディア環境の概要、そしてもう一つは、こどもたちの好ましい利用方法や危険を防ぐための知識や具体的なノウハウ、いわばガイドラインです。

どこの組織が提示するガイドラインも、スイスの最新の学問や、見識者の多数の意見をとりいれた偏りの少ない中立的な内容として評価できますが、同時にそこには、いくつかの特徴がみられます。例えば、

●コンテンツによっては非常にクリエイティブで楽しめるものもあり、一定年齢からはチャットなど同世代の社交性に不可欠な様子があることも認めるが、全般的には、デジタル機器やメディアの使用を大いに奨励・肯定する、というよりは、むしろ慎重な姿勢が強い。特に小学生の使用には抑制的。

●具体的な使用については、使用できる時間数を(おおまかに)決め、親がコントロールできる居間などでの使用に限り、子どもの寝室には決して持ち込ませない、といった規制や制限を一般的に推奨。

●そのような抑制的な使い方を、家庭のルールとして親子で保持、継続することを賢明とし、それができる家庭や親を、模範的とする。

●これらのルールを守ることで、こどもたちは分別あるデジタルメディアの利用の仕方を身につけることができ、依存症になるのを防ぐ。このような利用法が習慣化することは、こどもたちの将来にとってもよいという展望(希望的観測)。

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メディア消費に関する推論と研究

一方、興味深いことに、至極まっとうにみえるこのようなガイドラインの盲点を突くような調査結果が、講習会参加後1週間もたたないある日、スイスのメディアで大きく報道されました。

チューリヒ大学のコミュニケーション学およびメディア研究研究所の教授ホーギトイEszter Hargittai教授らが発表した研究の調査結果で、学生の大学1年の成績とその社会背景、また学生が覚えている家庭でのスマートフォンなどのデジタルメディアについての規則、またそれを現在ふりかえって評価したものを分析・調査したものです。調査は、スイスではなく、アメリカのシカゴにあるイリノイ大学の平均18歳の1100人の大学1年生を対象にしたものですが、この調査がチューリヒ大学の先鋭の研究者によって行われたものであったため、スイスのメディアでも大きく注目をあびたようです。

調査で、親がはっきりとした理由でデジタルメディアの使用にルールを作っていた家庭で育った学生とそうでなかった(ルールがなかった)学生の成績を比べた結果、学力的な差は見当たりませんでした。はっきり違いがあったのは、スマートフォンの利用を、学校や宿題をすることを理由に禁止していた家庭で育った学生と、そうでない学生とを比較した場合です。調査研究者も驚いたことに、前者のほうが、後者よりも成績が悪いという結果になりました。

ホーギトイは、親はこどもによかれと思って宿題のためにスマートフォンの使用を制限していても、こどもたちにはそのルールがネガティブに感じられ、宿題をしっかりやらないのかもしれないし、もしかしたら一部のテクノロジー、例えばなにかを調べるなど、宿題にとても役にたっているからかもしれない、と推測します。

いずれにせよ、これまで、親はルールをつくってそれに従う習慣をつけさせるほうが、子供達の学力向上につながる、勉強する時間がなくならないようにデジタルメディアの利用時間を制限するのは当然とする考え方が、あまり疑われることなく多くの人に受け入れられてきましたが、話はそれほど単純ではないことを、この研究は指摘しているといえます。少し強く言えば、この調査は、デジタルメディア使用の暗黙の前提であった、「ルール信仰」(ルールを作りそれを守られせるのはいいものだ)に疑問を投げかけ、検証の余地があることを示したといえるでしょう。

ちなみに、健康を理由にデジタルメディアの利用の制限が決められていた学生の場合には、比較的よい学業成績になっていたそうです。健康を心配する親は、たんにメディアを規制するのではなく、ほかのこどもにとってもよいいろいろな活動にこどもたちを向けるからではないかと、教授は推測しています。

ホーギトイ教授は、この研究結果をふまえて、以下のような指摘もしています。
「メディアの消費についてわたしたちは多くの推測をしますが、実際にわかっていることはあまりありません。誤った推論を避けるために、学問がこのような問いに対して体系的に調査することが重要です。」
「人々は新しいメディアをあまりにもよくなにかこどもたちに悪いものだとみがちで、それを規制(制限)しようとします。もちろん問題となる側面もありますが、単に規制するだけというやり方は、わたしの意見ではまちがいです。話し合うことが大切です」(Kündig, 2018)

ただし、この調査結果には、今後参考にする際に、留意すべき点があるでしょう。
それは、この調査がアトランダムに成人した世代を対象にしたものではなく、イリノイ大学という名門大学に入学できた学生たちを対象にしたものであることです。つまり、こどもたちの中には、デジタルメディアのを無制限に利用してこの大学に入るような学力に到達しなかった人も少なからずいたと考えられますが、それらのこどもたちのケースが、この調査ではまったく対象とされていないことです。逆に、非常に厳しい利用制限がある家庭に育ち最終的に学力が低調で、この大学に入らなかった人もいるかもしれません。ここでの調査対象は、イリノイ大学への入学という学力的なフィルターを通過した人たちのなかの傾向、差異を観察したにすぎないということになります。

つまり、この研究は、デジタルメディアを制限なく利用することが誰にとっても全般に学力を向上させることにつながる、といった飛躍した解釈を許すものではないということになります。

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おわりに

タブレットやスマートフォンといったデジタルメディアが当たり前のように身近にある生活環境で育っていくこどもたちが、これから次々に成人していきます。それに伴い、今回の大学生を対象にした研究のように、これまで調べようがなかったデジタルメディアが与えるこどもたちへの(大人になるまで、あるいはなってからの)長期的な影響といったテーマの研究が、飛躍的に進展する可能性があります。

そうなってくると、それまで「よかれと思った措置が意図せずにネガティブな結果になる可能性が」(Schlecht, 2018)これからいくつもでてくるのかもしれません。

一方で、現在の時点で「デジタル世代」の子をもつ親として、最善の策をとりたいとすれば、これからは、なににとりわけ留意することが必要なのでしょう。

これまでみてきたことを総合して考えると、例えば、使い方のルールを決めるだけで安心しないのはもちろん、ルールを作るという行為自体にも、クリティカルなまなざしを向けてみること。もっと基本的なところでは、こどもたちのデジタルメディアとの接し方について、それぞれのこどもの関心や個性や能力、環境、生活のリズムにあわせて柔軟に考えていくこと。そんなことになるのでしょうか。

こどものデジタル機器やメディアの扱い方というテーマにおいては、なにより、「子ども」が主役で子どもの問題と思いがちですが、このテーマについてみていけばみていくほど、実は、それをどうまかせるか、という親にゆだねられる部分が大きく、影の主役は大人(親)たちなのかもしれない、という気がしてきます。

参考サイト

・スイスでこどものメディア利用について講習会やワークショップ、リーフレットを発行している組織
Action innocence
eltern bildung.ch
Mediencoaching für Eltern
Pro Jugentute, Medienprofis
Swisscom, Bildungsagebote: Kurse, Materialien, Internet und Services
Schweizerische Kriminalprävention
zischtig.ch

Drew P. Cingel and Eszter Hargittai. The relationship between childhood rules about technology use and later-life academic achievement among young adults. The Communication Review. May 15, 2018. (ただし私が、参考にしたのはこの論文そのものではなく、研究者がチューリヒ大学のサイトで発表した論文の要旨や研究者へのインタビュー記事など)

Fassbind, Tina, «Kinder surfen mit Sprachbefehlen durchs Netz». In: Tagesanzeiger, 8.6.2018

Genner, S., Suter, L., Waller, G., Schoch, P., Willemse, I. & Süss, D. (2017). MIKE - Medien, Interak-tion, Kinder, Eltern: Ergebnisbericht zur MIKE-Studie 2017. Zürich: Zürcher Hochschule für Angewandte Wissenschaften. (2018年6月11日閲覧)

Häuptli, Lukas, Sex-Filme im Klassen-Chat. In: NZZ am Sonntag, 8.1.2017, 12:08 Uhr

Jugend und Medien. Nationale Plattform zur Förderung von Medienkompetenzen

Kündig, Camille, Schlechtere Noten wegen Handyregeln: «Wenn Papa Snapchat verbietet, trötzeln die Kinder». In: Watson.ch, 6.06.18, 08:12 06.06.18, 16:57

Scharrer, Matthias, Die Lehrkräfte haben noch Nachholbedarf. In: Der Landbote, 13.6.2018, S.23.

Oller, Katrin,Medien und Informatik: Für das neue Schulfach fehlen die Lehrer, Lehrplan 21. In: az Limmattaler Zeitung, Zuletzt aktualisiert am 6.2.2018 um 10:16 Uhr

Regeln beim Medienkonsum können Schulleistungen schwächen, Universität Zürich, Medienmitteilung vom 05.06.2018

Regeln für den Medienkonsum von Teenagern: auf die Begründung kommt es an, Kultur Kompakt, SRF, 6.6.2018.

Rules about Technology Use Can Undermine Academic Achievement, Media, News, University of Zurich, News release, 5 June 2018.

Schlecht in der Schule wegen Handy-Verbot. In: 20 Minuten, 05. Juni 2018 13:18; Akt: 05.06.2018 13:18

Schweizerische Eidgenossenschaft, Jugend und Medien. Zufünftige Ausgestaltung des Kinder- und Jugendmedienschutzes der Schweiz, 13. Mai 2015.

Schweizerische Kriminalprävention, Broschüren + Faltblätter

Umgang mit sozialen Medien - Hoher Medienkonsum macht Jugendliche nicht zwangsläufig dumm, SRF, Kultur, 6.6.2018, 16:56 Uhr (Sendung: Kultur kompakt, 6.6.2018, 11.29 Uhr)

Zahn, Joachim, Internet-Sicherheit: Welche Themen sind zu beachten?, zischtig.ch, 22 Jun, 2016

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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