未来都市には木造高層ビルがそびえる? 〜ヨーロッパにおける木造建築最新事情

未来都市には木造高層ビルがそびえる? 〜ヨーロッパにおける木造建築最新事情

2018-09-11

近年、木造建築が、ヨーロッパ、とくにドイツ語圏で熱い注目を浴びています。ヨーロッパで最も影響力が大きいトレンドや未来研究のシンクタンクの一つとされる「未来研究所」の2017年のレポートでも、「樹木が都市空間の建設を革命する」(Zukuntsinstitut Österreich, S.56)と記されています。

一体、何が起こっているのでしょうか。今回は、ヨーロッパの静かな木造建築ブームについて、オーストリアとスイスを中心に、レポートしてみます。

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増える木造建築

近年、ヨーロッパでは、木材が建築資材として改めて注目され、また木造建築の需要が高まっています。一戸建てだけではなく(ちなみにスイスでは現在新築一戸建ての新築の5戸に一戸は木造建築)、大規模な建造物が木造で建設される場合が増えてきました。

例えば、スイスでは、2005年と比べ、現在、木材を主に使った共同住宅の建設申請件数は、2倍以上になっており、集合住宅や、オフィス、学校、共同住宅(多世帯用住宅)の増築と改築においては、すでに3分の1を占めています(Zulliger, 2018)。

大型建造物に木材を使うという発想は、数十年前までは皆無であったのに(防災など技術的な問題のため禁止されていました)、なぜ急に変化したのでしょう。

木造建築業界の新星「クロス・ラミネーティッド・ティンバー(CTL)」

最も直接的で大きな理由は、クロス・ラミネーティッド・ティンバー Cross laminated timber と呼ばれる、新しい建築素材が開発されたことにあります(クロス・ラミネーティッド・ティンバーは、ドイツ語ではBrettsperrholz、日本語で「直交集成材」と訳されますが、世界的によく使われている「CLT」という英語名(頭文字をとった略名)を今回は使うことにします)。

CLTとは、針葉樹を使った強固な板状の建築資材を、少なくとも3層、直角に交差させ、それらを接着剤で固定しパネル状にしたもので、軽量なのに強度が高く、しかも柔軟性も合わせもつ画期的な建築素材です(成分は、木材は99.4%以上、接着剤は0.6%の割合です)。1990年代、主にオーストリアとドイツで試作や調査が始まり、90年代半ばからとりわけ、オーストリアなどで本格的に産学協同の研究が進められたことで、今日のヨーロッパのスタンダードになる品質が開発、確立されました。

1998年以降、実際にドイツ、オーストリア、スイスの三つのドイツ語圏で、CLTを使った建築が許可されるようになり、その後次第に、この新しい資材への関心が、このドイツ語圏3国を中心に、広がっていきます。

その結果、特に2000年代後半から、生産量も飛躍的に増え始めました。2008年から2011年までの3年間で、ドイツ、オーストリア、スイスでは、CLTの生産が倍以上になり、その後毎年、生産量は5〜10%増えています(Plackner, 2014)。

生産の中心は当初から現在まで変わらずオーストリアとドイツですが、ヨーロッパ各地でもCLTの生産拠点が作られるようになってきました。2016年には、全ヨーロッパで670,000 m³のCTLが生産されており、今後も2020年まで生産量が年間15%増加すると仮定すると、2020年のヨーロッパ全体のCLTの生産量は、120万 m³になると概算されています(Ebner, 2017)。

しかし、木材を接着剤でつけただけの資材が、なぜそれほど、すごいのだろう、とピンとこない方もいらっしゃるかもしれません。このCLTの何がどう画期的で優秀なのかは、コンクリートやレンガなどの建築資材でに比べるとよくわかります。以下、具体的にその優れた点をまとめてみます(Vorteile von CLT, CLT - das Massivholzbausystem)。

・時間も騒音も最低限ですむ建設現場
CTLを使った建設とは、事前に工場などで必要な形のパネルに仕上げたものを、現場に運び込み、それを現場で組み立てるという工程になります。このため、建設時間が大幅に短縮されるだけでなく、現場での貯蔵スペースも、時間も騒音もホコリも大幅に減少されます。このため、人が集住している都市での建設様式としても理想的です。

・優れてエコロジカル
資材として将来利用するために育てられる樹木は、森に生えている間は光合成で二酸化炭素を吸収し、炭素として木の内部に固定します。建築資材として伐採されても、燃やされない限りは、樹木の中にある炭素は、大気中に放出されません。つまり、木造建造物を建てること(そしてそのために樹木を育てていくことは)大気中の二酸化炭素を減らすことになります。

CLTは生産工程でも、省エネです。CLT生産に要するエネルギーは、コンクリートと比べると半分、鋼材(スティール)と比べると1%にすぎません(Ravenscroft, 2017)。

しかし、木造建築がさかんになれば、樹木を大量に伐採し森を破壊することになるのでは、と危惧される方もおられるかもしれません。しかしそれは今のところ、ヨーロッパでは杞憂のようです。オーストリアを例にとってみると国土の48%以上が森林で、その木々の成長を概算すると、40秒ごとに、一件の木造の家が建てられる計算となり、森を維持しながら建材を十分確保できる見込みです。また、CTLの資材に使う木材も、森の木で圧倒的に多い(6割)を占めるトウヒ(エゾマツやハリモミなど)のような針葉樹林のみで、しかも持続可能な森の樹木であるという認定を受けた木材だけが利用されるよう厳重に管理されています。

また、木材という建設資材は、非常に耐久性があるだけでなく、解体した後にリサイクルしやすいのも大きなメリットです。

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・快適に広がる室内空間
木目の木材の表面は、見た目がいいというだけでなく、室内が木に囲まれることで、室内の快適さも格段アップします。木材は湿気が高くなると吸収し、低くなると室内にまた水分を放出するという性格があるため、室内気候を自然に理想に近づけてくれます。(冷んやりしたコンクリートと異なり)、触れるといつでも、ほんのり暖かいのも、室内空間の魅力です。

さらに、軽くて気密性が高い木材を使うことで壁が薄くなり、レンガなどを使用する従来の建設方法に比べて、床面積も増加させることができます。100㎡の居住面積の家で、6%から最大で10%居住面積が広くなります。

・空間設計の自由度を高める
CLTのパネルは、生産する工場にもよりますが、現在、3.5 m × 16mまで製造可能になっており、このようなパネルを使うと、これまでなかったような、様々な建築の可能性が広がると言われます。

具体的な例については、後であげることにして、要点だけをおさえると、従来の木造建築では木材を梁や柱として利用する建築であったのに対し、CLTでは、面として構造を支えることが可能になり建築の幅が広がったということになります。同時に、CLTは、コンクリートやレンガに比べ軽量であるため、建物を高層化したり、屋根部分としても使うのに適していると言います。

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・いくつかの危惧される点も解決
これまで木造建築というと、火災が危惧され倦厭されがちでしたが、CLTは、この問題も解決しました。まず、CLTは約12%の湿度を有しているため、火災が生じても、まずその水分を蒸発させる防火効果があります。それでも火災が発生した際には、表面に施された炭化加工などが、火災による内部の構造を守る役割を果たします。

このような防・耐火構造は、オーストリア木材研究所でも検証・証明されており、木造だから火災が危険という偏見も減ってきました。スイスでも、2015年以降スイスでは、火災予防規定が新しくなり、全ての建造物カテゴリーで、木材を建築資材とすることが可能となりました。

優れた静力学的な安定性と柔軟性のおかげで、地震の多い地域にも適しており、コンクリートよりも軽いことで、建物の重さによる崩壊も起こりにくいと言われます。

・地域社会の新たな雇用の創出
これはCTLに限りませんが、地域の木材を使った木造建築が広がることは、持続可能的な環境に貢献することだけでなく、地域に林業や CLTの生産拠点といった、新たな雇用を地方の地域社会に創出することにもなります。

実際に、スイスでは、木造建設が増えるに従い、木造建設に関連する雇用が、20年間で5千人増加し、現在、1万8千人が木造建築業界で働いています(Der Holzbau liegt, 2018)。

スイス最大の木造集合住宅

ここからは、いくつかの最新のヨーロッパの木造建造物を紹介しながら、広がってきている木造建築の可能性について具体的に見ていきましょう。

今年、小都市ヴィンタートゥアで、スイス最大の木造の集合住宅が完成しました。5〜6階建ての20棟で、全部合わせると17800㎡、265戸の住居となります。この集合住宅は、25万の木材パーツから建設されました。25万種類ものパーツを首尾よく設計(3Dモデルを使っての設計)、製作、組み立てていくために、すべてのパーツには番号が振られ、それぞれのパーツが現場で組み立てられるまでの作業が、デジタルに統括されていたと言います。

建築に必要とした資材の8割が木材ということで、室内全体に(床はもちろん、天井、壁)、木に囲まれているという実感と快適さがありそうです。

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チューリヒ動物園のゾウの館

2014年に完成にチューリヒ動物園内に開園した巨大なゾウの館は、現代木造建築のモニュメント的な作品です(Markus Schietsch Architekten GmbH建築事務所の作品で、記事の冒頭にある写真がその室内部分で、他のアングルからの写真もご覧になりたい方は、参考サイトをご参照ください)。

ゾウの館(6800 m2)の屋根部分(6500 m²)が、1000以上の木材を主材料とするパーツからできており、パーツに挟まれる形で自然光を取り入れる天窓(ルーフ・ウィンドウ)も271箇所つけられています。一番高い地点での屋根の高さは18メートルあり、内部に柱は一切ありません(天井部分が自らを支えている構造)室内でありながら、自然の中にいるような感覚が楽しめる(少なくともそのようにゾウが感じて快適に過ごせるよう意図した)室内空間です。

「木造高層ビル」

「木造高層ビル」構想も、近年、ヨーロッパのあちこちで始まっています。スイスでは、すでに10階建の木造建築物が竣工し、15階建が現在建設中です。

オーストリアのウィーンで現在建設中の「HoHo(ホホ)」は、ホテル、サービス付きの住居、オフィル、他飲食サービスなどが入居する24階建の複合施設で、完成すれば、世界で最も高い木造高層ビルとなる予定です。建物の核となる部分はコンクリートですが、それ以外の部分(地上階から上の建築部分の75%)は木材で作られ、84mの高さが予定されています。

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おわりに

ただし、CLTを中心に始まった新たな木造建築ブームにも、まだいくつかの課題があります。コストが比較的高いことや、建築家自身で木造建築のノウハウを知っている人がいまだ少ないこと、また施主の、木造イコール火災に弱いといった偏見をどう減らすかがとりわけ重要な課題とされます(Zukuntsinstitut Österreich, S.104-108)。

木材工学の専門家ペトゥシュニックAlexander Petutschniggは、木造にこだわるのではなく、木材という優れた資材を、いかにコンクリートや金属など他の資材と組み合わせ、新たな可能性を探っていくことが大切だと強調します(ebd., S.66)。

都会でも建設しやすく、エコロジカルな観点でも申し分なく、人にとっても自然を感じる快適なアンビエント(環境)を提供する木造建築。ただの一過性のブームに終わらず、これからさらにヨーロッパや世界の各地で、他の資材との最適化をへながらスタンダードな建築資材をして認められるようになってくると、と都会の風景や生活環境もずいぶん変わってくるかもしれません。

参考文献・リンク

Bauen mit Brettsperrholz, holzbau handbuch, Reihe4 Teil6 Folge1, Erschienen: 04/2010, 4. inhaltlich unveränderte Auflage 08/2016.

BSP: Wachstum ist abgeflaut. 2015 wird nur um 3% mehr BSP erzeugt. In: Holzbauaustria, 30.09.2015

CAMERON STAUDER, CROSS-LAMINATED TIMBER. An analysis of the Austrian industry and ideas for fostering its development in America, 27 SEPTEMBER 2013.

CLT - das Massivholzbausystem, A. Maicher (2018年8月27日閲覧)

Der Holzbau liegt wieder im Trend. In: 10 vor 10, SRF,13.02.2018, 21:52 Uhr

Die Lokstadt baut auf Holz. In: Lokstadt Magazin, erscheint begleitend zum Bau der Lokstadt. 2. A(2018年8月28日閲覧)

Ebner, Gerd, CLT production is expected to double until 2020. This means a production volume of 1.2 million m³ for Europe In: Timber-Online.net, translated by Susanne Höfler | 13.06.2017 - 17:15

Elefant House Zoo Zürich /Markus Schietsch Architekten (ゾウの館の建築家のサイトで、複数の写真が見られます)

5. Grazer Holzbau-Fachtagung, Graz, am 29. September 2006

Gurtner, Christian, Zu teuer? In Neuhegi stehen Neubausiedlungen teils zur Hälfte leer. In: Landbote, 12.07.2018, 17:38 Uhr

Implenia: FeierteAufrichte bei„sue&til”, der grössten Holzbauwohnsiedlung der Schweiz(2018年8月27日閲覧)

Kübler, Wolfram, Eine Holzschale für Dickhäuter. hbs (holz Baumarkt schweiz), 01/2014, S.22-25.

Nachhaltige Wirtschaft bringt Arbeitsplätze. In: Trend, SRF, Samstag, 25. August 2018, 8:13 Uhr, Moderation: Marcel Jegge, Redaktion: Marcel Jegge

Plackner, Hannes, CLT: Growth coonitues. Walls fitted with insulation and plaster bases just around the corner?, translated by Robert Spannlang, Timber-Online.net, 21.04.2014 - 09:15

Ravenscroft, Tom, What is Cross Laminated Timber (CLT)? In: The B1M | 5:23, 26 April 2017

Stora Ensoのホームページ(2018年8月27日閲覧)

Vorteile von CLT, Stora Enso (2018年8月27日閲覧)

Zukuntsinstitut Österreich, Holzbau CLT -Cross Laminted Timber, Eine studie über Veränderungen, Trends und Technologien von Morgen, Eine studie des Zukunftsinstitutes in Zusammenarbeit mit Stora Enso, Wien 2017.

Zulliger, Jürg, Holzbau: Häuser aus Schweizer Holz, newhome.ch, 15.3.2018.

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。



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