ヨーロッパのタトゥーにみえる社会心理(2)〜社会との相互作用で変わっていくタトゥー「感覚」
2018-09-23
前回、ヨーロッパで近年、タトゥーが広く流行していることについて、ご紹介しました(「ヨーロッパのタトゥーにみえる社会心理(1) 〜高まる人気と社会の反応」)が、今回は、社会心理的な側面から、ヨーロッパの現在のタトゥー文化やその将来について、考えてみたいと思います。
北米タトゥー保持者のタトゥー心理
まず、昨年発表された北米の人を対象にして、タトゥーをする人の心境を調べた、数少ない貴重な調査から、前回から解けない素朴な疑問、なぜタトゥーが人気なのか、ついての解答をさぐってみます(Breuner, et Al., 2017)。
ヨーロッパ同様、北米でもタトゥーは高い人気を現在ほこっています。2012年は大人の2割であったのに対し、4年後の2016年の統計では、大人の3割が、少なくともタトゥーをしており、そのほとんどの人が二つ以上を有しているとされます。Pew Research Centerの推定では18歳から29歳の若者においては、38%がタトゥーを有しているとされます。
これらタトゥーを有する人たちの圧倒的多数、86%の人が、これまでタトゥーをしたことを一度も後悔したことがないとしています。同時に、タトゥーをしたことにより自分をより肯定的に捉えるようになる人がかなりいます。3割の人は、自分が、タトゥーをしていなかった以前より自分がセクシィになったように感じ、21%が全般に魅力的あるいは強くなったように感じるといいます。ほかにもスピリチュアルな感性が高まった感じ(16%)、健康になった感じ(9%)、賢くなった感じ(8%)、スポーツマン(スポーツウーマン)になった感じ(5%)が高まったとする人も1割前後いました。
自分がスポーツをよくしている人のような気になったり、魅力的になったように思えるるのは、タトゥーをしているスポーツ選手やポップスターなどのイメージが強く反映されているからだろうと、比較的容易に因果関係が想像できますが、スピリチュアルだったり、健康的だったり、賢くなったように感じる人も、1割前後いるというのは、(わたしにとって)かなり意外な感じがします。
それと同時に、反対に、そこにこそ、タトゥーをする人たちがタトゥーにこめたもの、期待しているものの核の部分がみえているようにも思われます。客観的にみて正しいか、正しくないか、といった議論とは全く無関係に、(現在のタトゥー保持者にとって)、自分をポジティブに肯定したり、自信をもつための強い後押しをする役割を、タトゥーが担っているということなのかもしれません。つまり、それらの人たちにとってタトゥーは、ある種の「お守り」を(体内に)身につけるというような感じなのかもしれません。
タトゥーの「長所」とみなされているもの
次に、ドイツ語圏の雑誌『フォークスFocus』で、タトゥーの長所を、5項目にまとめている (Tattoo stechen,Focus, 2014)ものに注目してみます。これは、調査や研究に基づくものではなく、一般論として雑誌編集者がまとめたものにすぎませんが、一般的にどのようなことが、ドイツではタトゥーの利点として考えられているのかを知る手がかりになるように思うので、補足・推測を加えながらご紹介します。
1。とにかく、かっこいい
2。個性をだせる。
3。人生の思い出を記す
4。夏季の自慢となる
5。自分を守るのに役立つ
1は、もちろんモチーフにもよりますが、一般的にタトゥーをする人たちにこのようなポジティブな見解があることは確かでしょう(そうでなければ露出する体の部分にタトウーを施しそれを街中で晒す人が多い理由が見つかりません)。2に関しては、自分の意向や個性を文字どおり身を以て示すことができる、ということのようです。3であげられている思い出とは、嬉しいことだけでなく、自分にとって大切で忘れたくない思い出をなんらかの形で体に刻みつけておくことで、いつも思い出せる、離れないでいられるということのようです。4は、自分の自慢のタトゥーを人にみせることが、たのしみであることも多いというということのようで、その人たちにとっては、肌の露出度が高い夏季がとりわけかけがえのない季節のようです。5は、社会の一般的な反応と関係してきます。タトゥーから危険を連想し、ひるむ人がいまでも少なくないため、その意味で単にクールなだけでなく、(タトゥーをしている人は)自分が少し強くなったように感じるということのようです。
サブカルチャーという魅力
ここまでの話をまとめると、まず、タトゥーのモチベーションやそれへの自身の評価は、一言では言えず、タトゥーにいろいろな種類があるのと同様に、非常に様々であるということでしょう。自分自身の信念や思いを反映した結果であることもあれば、周囲の他の人に対しアピールするあるいは魅力的になるひとつの手段として用いられる場合、あるいは単に美的あるいは、ファッション的な嗜好ゆえのこともあるということのようです。
そのような観点からみると、服装や所持品、ライフスタイルなどと同じようなモチベーションといえそうですが、タトゥーについてはいまだ欧米社会で一定の根強い嫌悪や恐怖心があり、それがサブカルチャー的な性格をいまも残っています。タトゥーをすることで北米人の25%が「反社会的になった」気がすると回答していることからも端的にうかがわれるように、本人たちもそのサブカルチャー性についてある程度自覚しているようです。
ヘアフルターは、このタトゥーのサブカルチャー的な要素自体もまた、人気(魅力となる心理)と関連している、と指摘します。タトゥーに限らず、サブカルチャーからメジャーなトレンドになる事象は非常によくあり(例えば、ジャズ、ロック、ラップなどはすべて最初はサブカルチャーでした)、むしろ、逆に言えば、今のタトゥーが醸し出しているサブカルチャー的な感じが、人気のひとつの理由となっているということのようです。
タトゥーについて増えている医学的見地をあつかう報道
ところでここ数年、メディアでは、ファッションや文化などではなく、医学的なテーマとしても、頻繁にタトゥーがとりあげられるようになりました。タトゥー彩色材料の体に及ぼす影響についての研究が近年進んできたことを受け、憂慮される事項が、注目されるようになったためです。
これらの報道内容の要点をかいつまむと、体に入ってくるタトゥー彩色材料が内臓器官への負担や血流トラブルなどを引き起こしたり、発がん性物質を含んでいる疑いがあること。しかし、長年体に入っていることの影響は、長期的な調査が必要で、どのくらい実際に危険なのかの全貌はつかめていないこと。それらを考慮すると、彩色材料の選択や品質の確認はもちろん、タトゥーという行為そのものについても、さまざまな危険もよく考慮にいれてから決断すべき。というようなことになります。
ただし、このような医学的な見地の警鐘をならす報道が増えているにもかかわらず、タトゥー人気は衰える気配はありません。タトゥー・スタジオはどの都市においても、雨後のたけのこのように、街中に増えており、タトゥーをする人の数も増加の一途をたどっています。
今日、健康ブームが、食べ物からライフスタイルまで広い分野で全盛期にあるように見られるのに(健康ブームについては以下の別稿でも扱っています「便利な化学調味料から料理ブームへ 〜スイスの食に対する要望の歴史的変化」「ウェルネス ヨーロッパの健康志向の現状と将来」)、タトゥーに警鐘をならす医学的な言説が、タトゥー人気の大きな打撃になっていないという事実は、どう解釈することができるでしょう。ここからは推測の域を出ませんが、タトゥーに強い関心をもつ人たちは、自分を自分の肌の上でどう表現したいか、どんな風にみられたいか、といった自分の嗜好に、健康言説より大きな比重を置いているということであり、その意味で、たばこやアルコールといった体に取り入れる嗜好品と類似しているといえるかもしれません。
おわりにかえて タトゥーをめぐる未来のシナリオ
現在のタトゥーの流行とその社会心理をおおまかにつかめたので、最後に、今後タトゥーの流行はどうなっていくのか、ありそうなシナリオをいくつか考えてみたいと思います。
・タトゥーは、ピアスや髪を染めることのように、単なるファッションやライフスタイルの一部として、ますます、社会に受け入れられるようになっていく。
・一般的な流行現象となることで、サブカルチャー的なオーラは一層薄まっていく。かっこつけのためためにやろうという人や減り(実際多くの人がやっていれば、特に「かっこいい」と思わなくなる)、新しい「反社会的な」士気の高い若者たちの間では、むしろタトゥーという「メジャーな文化」に対抗するという形で、タトゥーの人気が落ちていく。
・現在の若者たちからそれ以上の年齢の人たちでタトゥーをしている人は、基本的にそれを一生もちつづけるため、そのような「タトゥー全盛時代の世代」は、当然、時間とともに加齢、高齢化していくことになる。この結果、タトゥーが相対的に「年齢が高い人たちの」習慣、ライフスタイルとみられ、次にでてくる若い世代からは「古い時代を感じさせる習慣」「(悪く言えば)時代遅れ」というように見えるようになる。
・将来、タトゥーの原材料など、医学的な見地からみたタトゥーの健康被害の全貌がおり明らかになり、同時にそれが広範に知れ渡るようになる。タトゥーのいまのようなあまり健康を配慮せずにはいられず、ためらう人が増える。
あるいは、はたまた、タトゥーが大きく進化をとげ(これまでの「タトゥー」の理解の枠組みを超えるものに変化していき)、全く違う展開があるのかもしれません。例えば、
・現在、体の不調を色の変化などで知らせるタトゥーを研究している人がいるますが、健康を害するのではなく、むしろ寄与する「健康的な」タトゥーというものが一般的になり、従来のタトゥー文化を凌駕していく。
さらにもっと先の未来を考えて見ると、他の新たなシナリオも浮かびます。将来は、自分の体のあちこちに何かを埋め込んで、自己機能を拡張させたり社会生活の最適化を図る、そんなことが当たり前の時代が到来すれば、そもそも、体の表面に若干のタトゥーをしているか否かという事実の重み、それについての関心自体が相対的に減る、ということになるかもしれません。
参考文献・リンク
Fassbind, Tina, Polizei führt Knigge für Tattoos ein. In: Tagesanzeiger, 18.6.2015.
Frei, Martina, Nach dem Stechen schwer gezeichnet. In: Tagesanzeiger, 18.8.2018.
Helg, Martin, Fürs Leben gezeichnet. In: NZZ am Sonntag, 8.7.2018, S.12-15.
Krüger, Sasch, »Wer zu viel seift, stinkt.« In: Galore, Mittwoch, 4. Oktober 2017.
Müller, Monica, Tattoos ohne Grenzen - jeder darf mal. In: Migors Magazin, 27. April 2015
Tattoo-Fans erklären ihr Motiv. In: Migros Magazin,29. August 2016.
Tattoo stechen lassenAcht Gründe für und gegen ein Tattoo. In: Focus, 17.3.2014.
Uhlmann, Berit, Pädiatrie Partout ein Tattoo. In: Süddeutsche Zeitung, 19. September 2017, 18:54 Uhr
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。