便利な化学調味料から料理ブームへ 〜スイスの食に対する要望の歴史的変化

便利な化学調味料から料理ブームへ 〜スイスの食に対する要望の歴史的変化

2018-01-17

前回、早く簡単にできて安価なスープの素や液体調味料が、労働者の栄養状態を改善するために19世紀末以降スイスで開発されたという話をご紹介しましたが(「世界中で消費される元祖インスタント食品 〜19世紀の労働者の食生活を改善するためのマギー(魔法?!)のスープ」)、今回は、20世紀後半のヨーロッパの戦後社会で、さらにインスタント食品が豊かになっていく一方、それらを忌避する傾向も広がっていき、食文化が新たな展開を迎える様子を、スイスを例にみていきたいと思います。
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化学調味料が愛された時代
第二次世界大戦が終結して復興とともに好景気がやってくると、ヨーロッパの食卓も明るく、豊かになっていきます。そんななか、スイスでは、19世紀以降の一連の画期的な商品開発で1950年代初頭においても調味料業界の市場の9割を占めていたマギー社の地位に迫る、新しい万能調味料が発明されます。
それは、アロマット Aromat とよばれる、ふりかけるタイプの顆粒や粉末(販売国の好みによって形状が異なっています)の化学調味料で、クノール社のスイス支社に勤めていたコックのオブリスト氏Walter Obristによって1952年に開発されました。クノール社は、ドイツでマギー社同様に、19世紀に設立された老舗の食品メーカーです(現在はイギリスとオランダの合弁大手食品メーカーの傘下に入っています)。
アロマットでとりわけ特徴なのは、従来の固形ブイヨンや液体調味料とは違う調理法を提示したことです。固形ブイヨンは調理時に加えてさらに煮込む必要がありますが、アロマットはすぐに食材に溶けるため煮込む必要がありません。また、ふりかけタイプとしては液体調味料と使い方が同じですが、液体調味料は食材に茶色の色が残るという制約があるのに対し、アロマットは溶けると食品に色がつかないため、広い用途で利用が可能になりました。
早速どんな料理でも最後の一振りで味を格段よくすることをウリにして販売したものの当初は、すでに固形ブイヨンや液体調味料が生活に定着・普及していたため、苦戦します。しかしアロマットの3万缶をスイスのレストランに無料で配布するという奇策を試みると状況は一転し、配布がはじまりわずか9ヶ月後にはすでにスイスの人々の8割が知る存在となります。
その後現在まで、スイスの台所に広く普及し、現在も消費者調査機関によると、スイスの住民の96%がアロマットについて知っており、90g入りの700万缶以上が販売されるほどの人気定番食品となっています。スイスの人口は約840万人ですから、数だけでみると乳幼児をのぞき、ほぼ一人で一缶年間に消費している計算になります。
蛇足ですが、日本では湿気で顆粒や粉末の調味料の出が悪くなりやすいですが、比較的乾燥しているヨーロッパでは年間を通じて問題なく顆粒や粉末を振りかけることができます。鮮やかな黄色は、塩や砂糖と間違えにくするための開発者の工夫だそうでで、 サフランによるものです。
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「中華料理店症候群」をきっかけにした1970年代からの反動
アロマットの普及は、なにより、その時代の家庭の要望を物語っているようにみえます。換言すれば、スイスで固形ブイヨンや液体調味料にあきたらず、さらに料理をおいしく、しかも便利で調理が少なくてすむようにしたいという単純明快で強い要望が、食品の選択や人気に決定的な影響を与えていた時期といえるでしょう。
しかし、そのような、食卓でのインスタント食品への手放しの歓迎ムードは、1970年ごろから少しずつ変化していきます。環境破壊や環境汚染が問題になるのと同時に、食品や食文化においても「自然」が重視される風潮が強まり、インスタント食品や化学調味料が「人工的」な食品として批判の矢面に立つようになっていったためです。
そのような時代の批判的な風潮を象徴するのが、「中華料理店症候群Chinese restaurant syndrome」とよばれるものです。1968年に中華料理を食べたアメリカ人数人が頭痛や動悸などの症状を訴えたものが、「中華料理店症候群」として権威ある医学雑誌に掲載されました。それがヨーロッパでも知られるようになり、それ以降、中華料理店のできあいのソースに多用されていたうまみ成分であるグルタミン酸ナトリウム(化学調味料)の摂取過多が体に悪いという理解が定着していきます。
新たに定義される「健康的な」食品の指標
中華料理だけでなく、うまみを強化するいわゆる「うまみ調味料」である一連のスープの素や液体調味料、またそれらが投入されたインスタント食品への風当たりも強くなっていきます。現在では、学術的にグルタミン酸ナトリウム自体の健康被害は否定されていますが(中尾、2016年)、人々に一旦根付いた「不健康的」な食品イメージは払拭されるのが難しく、他方、冷凍食品など新しい食品が続々とでてくる状況にあって、インスタント食品や化学調味料の食文化における立ち位置は、以前とは異ってきます。
依然として固形ブイヨンやアロマットなどへの高い需要はある一方、これらを手放しで歓迎する風潮はそれ以後なくなり、すこし平たく言うと、インスタント食品群を批判することは、社会が「良識ある人」に期待する態度の一部となり、消費する時には、どうしても後ろめたさを感じる、という状況が一般的になったように思われます。
違う角度からみると、「人工的(化学的)なうまみ成分」がどれだけ含まれないかが、人工着色料や人工甘味料同様に、食品の「健康」を測る新な指標として、評価されるようになったともいえるでしょう。この点で、とりわけ興味深いのは、19世紀に健康という食品の新な指標に合わせて開発されたはずのスープの素が、20世紀後半のこの新たな健康の指標では、むしろ健康を害する方に分類されるようになったことでしょう。
自ら料理をするという食文化の展開
スイスにおいて簡単即席でおいしいものを手にいれようとする流れに批判的な時代の潮流は、一方でインスタント食品や化学調味料の批判、そして他方では(怪しいできあいのものを口にする代わりに)自分みずから料理を作ろうという動き、そして空前の料理ブームへとつながっていきます。
スイスで料理への関心が広がるこの時期に、重要や役割を果たした一人の女性がいました。1956年から、某食品会社が小売店舗の配布用の無料チラシに自社商品の商品紹介と合わせて料理レシピを掲載した「ベティ・ボシィ」という人物です。実は架空の人物なのですが、彼女の名を名乗るレシピが簡明でわかりやすく、身近な食材だけで調理できたため、料理の素人にも好評を博し、次第に料理の本が出版されたり、レシピが様々な雑誌に掲載されるようになります。
そしてこの女性名で量産された料理レシピが国民的な人気となり、戦後のスイスにおいてスタンダードな料理文化を形成していきます。その人気ぶりは、1977年にパーティ用の豚肉の料理方法が掲載された時に、スイスのどこの肉屋でもその料理に必要なヒレ肉が品薄になったという逸話からもうかがわれます。2000年代に入っても毎年料理本は100万部売れており、年間3〜5冊の新しい本が出され、2013年現在販売された100種類以上の本を総計冊すると、3200万部になります。ちなみに、過去一番売れた本は、ケーキに関する本で、17刷りで140万部売れています。近年は料理本に代わって、ホームページに掲載されたレシピに人気が集まっており、毎月50万人がベティ・ボシィ料理方法のウェッブサイトをみています。
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料理本や料理レシピの掲載に平行して、テレビでの料理番組の放映や料理教室が開講し、15年前からは大手スーパー「コープ」によって、調理済みあるいは半調理済みの高品質を売りにした幅広い食品が「ベティ・ボシィ」という名前で売り出されるようにもなりました。このようにスイスの様々な食文化の文脈に出没してきた「ベティ・ボシィ」のブランド力は今も健在のようで、今でもスイスの住民の9割以上がなんらかの形で「ベティ・ボシィ」の名前を知っていると回答しています。
「ベティ・ボシィ」の料理レシピは、半世紀以上にわたってスイス人の料理技術やレパートリーを大幅に押し上げ、同時に、自ら料理をつくる楽しみや健康的で多様な食生活をスイスに定着させるのに重要な役割を担ってきたといえます。
ますます増える食への要望はどこまで満たせる?
今日の食品類をみわたすと、便利なもの、安価なもの、健康的なものだけではなく、さらに、地産地消を謳った食品や有機農業食品(「デラックスなキッチンにエコな食べ物 〜ドイツの最新の食文化事情と社会の深層心理」)、菜食主義者やヴィーガン向け食品(「肉なしソーセージ 〜ヴィーガン向け食品とヨーロッパの菜食ブーム」)、あるいは生産者の就労状況を配慮したフェアートレード(バナナでつながっている世界 〜フェアートレードとバナナ危機)など、環境負荷や動物保護、また生産者の生活環境に配慮した食品も多くなってきています。
「健康的」な食品に関しては、一定の規格があるわけではなく、上述のような、化学的添加物の含有量を単に少なくするあるいはなくするという観点だけでなく、ビタミンが豊富、塩分や砂糖控えめ、脂肪分の少ないもの、アレルギーを引き起こしにくいなど、健康を計る細かな指標が増えており、それに平行して新たな「健康」さをアピールする食品の種類も増えてきました。19世紀において栄養価の高い健康的な食べ物といえば豆類を材料とするスープの素ですみましたが、現代社会で「健康的な食品」だとみなされるためのハードルはぐっと高くなったといえるかもしれません。
一方、自分で料理することへの情熱はいまだ根強くみられますが、現実に実際の料理時間をみると、女性の社会進出が顕著に進んだここ数十年で、短くなってきています。このため、買い物や準備する時間がはないけれど料理をしたい人のための新しいアウトソーシングのサービスもでてきましたが、人々がこれらのサービスを利用する頻度が多くなれば、社会や環境に新たな問題が引き起こすという新たなジレンマにもつきあたります(「人出が不足するアウトソーシング産業とグローバル・ケア・チェーン」)。
料理を作る時間が実際にはあまりない、しかしおいしいもので、しかも現代的な意味での「健康的なもの」で、環境や生産者にも良心が咎めることがないものを食べたい。しかも日々の食費として支出できる範囲のもの。そんな多くの理想を食品に求めるようになった現代において、どんな食事がメジャーになっていくのでしょうか。
現代的な食をめぐるこのような基本的な問いの答えを探して、次回はドイツの外食産業の最新事情をさらにみていきたいと思います。
<参考文献とリンク>
Betty Bossi. In: NZZ, 20.6.20016.
Betty Bossi-Erfinderin gestorben. In: Swissinfo, 3. Oktober 2006 11:54
Brunner, Christoph, Damit würzt die Schweiz. In: SRF, News, 11.7.2014, , 16:18 Uhr
マイケル・モス『フードトラップ 食品に仕掛けられた至福の罠』日経BP社、2014年。
中尾篤典「第26回 中華料理店症候群」(『レジデントノート』羊土社2016年11月号からの転載)
Von der Erfindung der helvetischen Landeswürze. In: NZZ, 26.1.2003
Wirthlin, Annette, Gelb würzt die ganze Nation. In: Berner Zeitung, 12.04.2013.
Zech, Monika, Das typisch schweizerische Erfolgsrezept.In: Tageswoche, 8.8.2013.

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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