中古の建設材料でつくる新築物件 〜ブリコラージュとしての建築

中古の建設材料でつくる新築物件 〜ブリコラージュとしての建築

2019-03-22

車、洋服、家具、本、雑貨。今日、多様なジャンルの中古品が、市場にでまわっています。とはいえ、中古物件がまだ市場としてほとんど成立していない分野もあります。中古建築材料の市場がそのひとつです(ここでは、室内インテリア備品を含め、建築物内に使われている建築資源や部品全般を、建築材料と表記していきます)。

建築材料は、先進国でもほとんど再利用がすすんでおらず、すでに資源や材料の枯渇が世界的に深刻な問題となっています。とりわけ、枯渇する資源として近年とりあげられることが多いのは砂です。コンクリートを製造するのに不可欠な砂を求め、いたるところで海岸や海底から砂を採掘する乱開発が歯止めなく進んでおり、このままでは海面上昇を待たずに、貧しい島々が続々と(文字通り、すくいとられて)消失するのでははないかと言われるほどです。

今後、世界的に人口増加が予測される中、現在のように、有限でかつ多大なエネルギーを使って材料を消耗するスタイルの建設を世界中で続けていけば、環境面の被害がより深刻になるだけでなく、増えていく人口に見合う住居を供給することもできなくなります。

さて、ではどうすればいいのでしょう。わかりやすい答えは、すでにでています。建築材料を再利用することです。すべての再利用が無理でも、再利用の割合を高めていけば、問題は概ね解決の方向に向かうはずです。

今回と次回の2回にわたり、建築材料の再利用をめぐる最新の取り組みについて、スイスからレポートします。建築業界と研究分野でみられる動き、また再利用を促進するためのルールづくりの構想をみていきながら、近い将来、建築の常識やスタンダードがどのように変わり可能性があるのか、あるいはどんな風に変わるべきなのかを、考えてみたいと思います。

中古の建築材料を使いやすくするしくみ

今回は、建築業界での具体的な材料の再利用状況にスポットをあてます。スイスでは、1990年ごろから、建築材料の再利用の取り組みがはじまりました。この取り組みのはじめから現在にいたるまで、中心となっている一人の建築家の歩みにそって、以下、その動きを概観してみます。

その建築家は、ブーザーBarbara Buser というスイス、バーゼル出身の現在60代半ばになる女性建築家です。彼女は、10年間アフリカでの仕事をおえて、1991年に、スイスに戻ってきた時、大きな違和感を覚えたといいます。アフリカで建設する際ほとんど破棄されるものがなかったのに、10年後にもどってきたスイスの建設現場では、以前と変わりなく、大量にゴミがでていたためです。

早速、彼女は、中古建築材料を利用しやすくする、しくみづくりに着手します。中古建築材料の販売を促進する協会を設立し、売買をバーゼルで開始し、その後、売買促進をスイス全国規模に拡大するため、公益団体、建築パーツネット・スイスBauteilnetz Schweizも設立しました。

それから20年以上たった今日、建築パーツネット・スイスは、中古建築材料の全国的オンラインショップBauteilclick.chを運営し、スイス国内に10箇所の拠点で、建築材料を管理、売買しています。それらを通じて売買される中古建築材料は、年間約3万5000点にのぼり、CO2排出量に換算すると4000トンが再利用により削減されている計算になるといいます。

ちなみに、この団体は、高価な建築部品の寿命の延命や、建築費用の節約、エネルギー消費の削減といった環境負荷を減らすことを目的としているだけでなく、当初から地域の雇用創出にも力をいれています。現在、失業者を中心に350人が、この公益団体で保管や管理、販売などの仕事に従事しています。


中古建築材料の例(展示「Baubüro in situ ag, Bauteilrecycling. Re: Kopfbau Halle 118, ZHAW, 19. Feb. bis 9. März, 2019」の一部)


中古材料でつくる新築物件

建築家であるブーザーは、自らも中古の建築材料を積極的に使い建設してきましたが、とりわけ現在建設中のものは、建設に必要な材料の大部分(8割)に中古にするという非常に冒険的な試みであるため、脚光を浴びています。

この前代未聞の新築の「中古」物件は、スイスの中都市ヴィンタートゥア市に計画されています。すでに建っている工場建物の上に、住宅や職場、共同スペースなどの12戸が増築という形で予定されています。

外壁には、近隣のレンガづくりの工場跡となじむように、赤く塗られたアルミニウムの板が貼られる予定ですが、そのアルミニウムや窓のすべては、かつてのヴィンタートゥアの印刷工場にあったものです。


チューリヒ応用大学建築学科内で今年開催された、この建設プロジェクトに関する展示
「Baubüro in situ ag, Bauteilrecycling. Re: Kopfbau Halle 118, ZHAW, 19. Feb. bis 9. März, 2019」の一部


内壁は、シンプルで自然、同時に高価ではない、藁や中古レンガなどを利用します。これらは環境負荷が少ないだけでなく、室内環境にも最適な温度や湿度を保つのに適切と考えられています。

室内インテリアにも中古材料が利用される予定です。展示場には、上下水道や空調などにつかわれると思われる管類や、洗面台など様々な材料が、設置される予定日を記した工程表とともに展示されていました。


展示「Baubüro in situ ag, Bauteilrecycling.
Re: Kopfbau Halle 118, ZHAW, 19. Feb. bis 9. März, 2019」の一部


利用する建設材料は、単に中古であるだけでなく、ほかにも、運搬が100km以内ですむもの、美的かつ高品質で、エネルギー効率や建築文化的にも適切であること、という厳しい条件を満たすものだそうです。起工の段階ではすべての必要な材料が集まっておらず、建築家みずから取り壊される予定の現場を訪ねて交渉を重ねるなど、手間ひまをかけながら、材料の収集作業は、建設と同時進行ですすめられたようです。

ブーザーの考える未来の建築のありかた

ブーザーの目指す建築について、建設材料の再利用に関するテーマからまとめてみると以下のようになると思われます。

ブリコラージュとしての建築
ブーザーの建築事務所インシトゥ Baubüro in situが作成した、この建築に関する展示資料には、この建設の構想が、フランス人人類学者がレヴィ=ストロース Claude Lévi-Straussが唱えた「ブリコラージュ」に沿うものであるとされています。ブリコレージュとは、「選択の余地が限られている時、近くで手にできるものをもちいて、なんとかやっていく」やり方(進め方)のことです(Baubüro in situ, 2019)。

ブリコラージュ的な建設とは、どんな材料を使いたいかを最初に考えるのではなく、限られた(中古の)材料の選択肢にあるものを、うまくやりくりして建物に作りあげることです。ブーザーたち
ブーザーは、そのような建築の仕方にこそ、建築の持続可能性や未来があると考えています。

古色蒼然
ブーザーは、中古だからといって価値が劣るということはないと強調します。中古であっても建設材料としての寿命が新品とほとんど変わらない場合は多いし、古いものには古いものの良さがあることを意味する「古色蒼然Patina」という言葉の語源が古代ギリシアにあるように、古いものに高い価値を見出すことも、とくに新しいことではないといいます。

なにが良い、あるいは美しいと判断するかは究極的に主観的な問題であるという見方もできますが、建築関係者や社会全体の間に、古いものを良しとする価値がどのくらい定着・普及するかが、中古材料の利用率を大きく左右することも事実です。

このため、少なくとも中古の建築素材だからといって抱かれがちな、古かろう悪かろう、というネガティブな先入観をもたず、そのものの価値を、ほかの特徴(形状や材質など)で判断したり、使い方や配置の仕方で材料や部品の価値をさらに高めるなど、建築を評価や利用の新しい作法が必要なのだ、とブーザーはいっているようです。

完成させず、未来や社会の人々にゆだねる
ブーザーは、スイスの人は最初から完璧なものを求める傾向が強いが、自分自身は10年間アフリカで働いたことをきっかけに、そのようなスイス人の傾向に疑問をもつようになったと言います。そして彼女が目指すようになったのは、完全に完成した形を最初から求めず、実際にその建築を利用していく人々に(その最終的な形や機能を)委ねる建築です。利用機能や価値が、静態的なものでなく常にダイナミックに変わっていく建築ともいえます(Barbara Buser, 2017)。

そのような建築においては、もはや、新築と中古の境ははっきりしませんし、そのような区分自体が重要なことでもなくなるのでしょう。このような視点から作られる建築だからこそ、中古のパーツもまた「中古」であることにとらわれず、それのより自由な活用法が見出されやすいのかもしれません。

次回は

次回は、材料の再利用の最新技術をもりこんで実験的につくられた住居に注目し、建築における再利用の問題に、さらに踏み込んでみたいと思います。
※参考文献やサイトは次回のサイトの下部に一括して掲載します。

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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