持続可能性を追求した究極の建築 〜スイスではじまった野心的プロジェクト「Urban Mining and Recycling(Umar)」

持続可能性を追求した究極の建築 〜スイスではじまった野心的プロジェクト「Urban Mining and Recycling(Umar)」

2019-03-25

前回、スイスの建築家ブーザーの取り組みを中心に、建設現場での中古建設材料の利用状況やその可能性についてみていきました(「中古材料でつくる新築物件 〜ブリコラージュとしての建築」)。今回は、中古建築材料だけでなく、従来ゴミとして扱われているようなものにまで建築材料の対象をひろげ、それらで作った実験的な住居をみていき、その特徴(イノベーション)をまとめます。最後に、再利用全般を後押しするためのルールづくりの構想についても触れ、建築材料の再利用の今後を展望してみたいと思います。

Urban Mining and Recycling(Umar) 〜再利用の最新技術を結集させた実験的な住居

スイスの研究機関においても、持続可能な建築を目指す一環として、建築材料の再利用に関する研究が精力的に進められていますが、そのなかでも、現在、ひときわ目をひき、多くの人の関心を集めているのが、Urban Mining and Recycling (略名Umar) です。

これは、今日利用可能な建築材料の再利用の技術やアイデアを集大成して住居をつくるというプロジェクトで、2018年にスイスのデュベンスドルフDübendorf の研究開発用の建物の一部(中間部分)に、実際に建設されました(建設されたのはスイスですが、プロジェクトはドイツとスイス共同ですすめられました)。

それ以来、住居には学生二人が住みこんでおり、定期的に見学ツアーも開催されています。住み込んで問題が一切起きていないことで、リサイクル材料からモダンな建物を建設することが可能であることを証明し、また、その事実を、見学ツアーなどを通し人々に広く知ってもらう。このように実績を積みかさえ、それを公示することで、実用化に向けて大きく前進していくことが、プロジェクトのねらいです

このプロジェクトの立役者の一人でドイツとシンガポールで持続可能な都市や建築の研究をするヘイゼルFelix Heiselは、このプロジェクトの「イノベーションは、パーツの接合(の仕方)と材料の適切な利用にある」(Urban Mining & Recycling )と言います。ヘイゼルは、従来の建設方法ではみられない、画期的な建築材料の利用の仕方や視点が、この住居の特徴であると言っているのですが、具体的にそれが、どういうことなのか、以下、2点からまとめてみます(参考文献に掲載したこのプロジェクトのサイトから、その住居の写真やビデオがご覧になれます)。

接合の仕方がキー

ここでいう「接合」とは、建築材料を接合させることです。この住居では、接着剤のような粘着性のあるもので結合させるのではなく、詰め込んだり(圧縮)、折りこんだり、ねじなどで重ねあわせて固定する、といった方法で接合しており、これが非常に画期的なことということになります。

それがイノベーションと呼べるほど決定的に重要だというのは、逆に従来のやり方と比較するとわかりやすくなります。従来、建設では、固定させる手法として簡単なため、粘着性のあるもので結合する方法がよくとられます。しかし、粘着したもので接合してしまうと、その部分や一部が不要になったり、ほかのものと交換しなくてはいけなくなった時に、それが容易にはできません。

一方、粘着性のあるもので接着せずに、上記のような違う形で、簡単に破棄したり交換できるような接合しておくとどうでしょう。粘着のものより簡単にはずせ、工事の工程が早いだけでなく、代替する部分も最小限ですみます。不要になったパーツを、破損させることなく簡単に取り出すことも容易となり、それを別の機会に利用できる可能性も高まり、最終的にゴミも減ります。つまり時間と費用、資源の3点で節約ができます。

例として、サイトには、住居内の給排水管や空調の換気管が載っています。詳細の技術的な処置については記載されていませんが、その配置や固定の仕方が工夫されていて、全体や部分の交換がしやすくなっているということのようです。

再利用を促進するための技術やノウハウ

ブーザーの取り組みは、建設現場での中古建築材料の使用率をあげることに中心が置かれていましたが、このプロジェクトでは、建築材料のライフサイクル全体で、再利用を円滑に進めるための技術開発や手法の確立に、より重点が置かれています(ここでいう「ライフサイクル」とは、建築などの材料の生産から破棄されるまでの流れを指します。環境アセスメント(環境影響評価)の評価で、材料の環境負荷を総合的に把握するためによく使われる概念です)。

このため、屋根だった銅を溶かしたものをファサードにするなど、中古材料の再利用もみられますが、それ以外に、材料が次のライフステージ(再利用、再再利用など)に移行しやすくするための技術や処置がいたるところでみられます。これを、もっと具体的にいうと、建築材料として使われなくなった場合に、新しい付加価値や機能に変換しやすくなるように配慮したり、あるいは完全に破棄する場合にも環境への負荷がないものにする配慮です。

例をあげてみましょう。この住宅にある、食卓や椅子などに使われている木材にも化学的なコーティング(皮膜)をつけるなどの処置が一切ほどこされていません。家具として不要になった場合に、木材そのものの状態であれば、別の用途で利用がしやすくなりますし、壊れるなど利用ができなくなってしまった場合でも、簡単に土にもどせる(肥料にする)ためです。


前回紹介した展示「Baubüro in situ ag, Bauteilrecycling. Re: Kopfbau Halle 118, ZHAW, 19. Feb. bis 9. März, 2019」の一部


建築でごみをださない、土にもどせる、という観点から、有機的な生物の技術や特性を活用することにも積極的です。アメリカで発見された真菌類がからみあうこと強固で安定した建築資材をつくる技術や、室内の湿度調節に最適な真菌類を付着させた壁などが、住居で利用されています。

建築材料の枯渇を防ぎ再利用を促進するルールづくり

これまで建築現場での実際の取り組みや、最先端の研究で蓄積されてきている技術やノウハウについてみてきましたが、ここで改めて、現実をみわたしてみます。専門家の概算では、いまでもスイス全体で年間、建設現場で廃棄されているもののなかで、75000トンが、再利用可能なものであるとされますが、実際に再利用されているのは、そのうち1割にすぎません(Re-using houses, 2019)。

中古建築材料の市場は上述のように、すでに20年以上前からスイスに存在していますが、まだ建築の圧倒的多数は新しい材料を使ったものです。中古建築材料の再利用率をもっと高めるにはどうしたらいいのでしょうか。これまで、公的支援を一切受けず民間主導でやってきましたが、それでは限界があるとし、国や世界的な規模で、建設材料の再利用を促進するしくみやルールを共通して作り、後押ししていくべきだという意見があります。以下、具体的な二つの構想を紹介してみます。


前回紹介した展示「Baubüro in situ ag, Bauteilrecycling. Re: Kopfbau Halle 118, ZHAW, 19. Feb. bis 9. März, 2019」の一部


建築材料にもリサイクル料金を課す
建設において中古材料の再利用が滞るもっとも大きな理由は、再利用するより廃棄する方が、手間が少なく、安くつくためと考えられます。このため、建築材料購入の際にリサイクル料金を徴収するという案が、スイスの国会で提案されたことがありました (Wiederverwendung im Bundeshaus)。

2017年6月この「リサイクルのかわりに再利用」案を提案した、緑リベラル党議員ベルトシーKathrin Bertschyは、建築材料のリサイクルの国内市場が活性化させるため、新しい法律を作るのではなく、現在すでにスイスにある家電などを対象にした存在するリサイクル法の対象枠を、フローリングや窓、床Bodenplattenや洗面台にも拡大するというやり方を提案しました。そうすれば貴重な資源を有効に活用するということにつながるだけでなく、国内や地域経済の振興にもなる、と国会議員の説得につとめました。

彼女の概算では、スイスに入ってくる中国産の洗面台が、中古の洗面台の約半額で買えるが、100フランの洗面台に対し40ラッペン(約50円)のリサイクル料金を徴収することができれば、リサイクルが経済的に成り立つといいます。

しかし、大統領から、現状で建築材料のリサイクルは技術的に難しい点が多く、あと数年待つ必要があるだろうという意見が出され、結局、賛成71、反対111票で、この案は否決されました(ただし今回は否決されましたが、大統領も基本的な方針は正しいと認めていますので、将来また同じような提案が出され、いずれ、制度化される可能性はあると思われます)。

製造者の責任を明確に規定する
Urban Mining and Recyclingの共同設計者ヘイゼルFelix Heiselは、建築材料の再利用が進まない大きな理由として、責任の所在が(法的に)はっきりしていない欠落箇所があることをあげます。

建築材料には、製造者と使用者(ここで言われる「使用者」とは建造物を作る人なのか、その建造物のオーナーなのかはっきりしませんが)がいますが、建築材料に対する責任を誰がどういう形でとらなくてはいけないかは、現状では、はっきりしていません。このことが最大の問題だと指摘します。

そして、ヘイゼルは、今後、建築材料の製造者にしっかりとした責任をもたせるしくみ(措置)を世界的につくっていくことが理想だとします。逆に「それができれば、ずいぶん多くがなしとげられたことになる」と楽観的な見方を示しています(Umwelt Schweiz)。

おわりに 〜ゴミと蓄えの区別がなくなる時

「未来の都市は、ゴミと蓄え(供給品)を区別しない」(Mitchell, 2013)というアメリカのアーバンデザイナー、ミッチェルJoachim Mitchellの一文を、Urban Mining and Recyclingプロジェクト・チームはよく引用します。

世界的な建設資源の枯渇や乱開発、そして今後もつづくと思われる世界的な人口増加状況に対応した住居の供給など、世界的に建設をめぐり直面している状況は非常に厳しいですが、大量の「ごみ」が「蓄え」の宝庫になるほど再利用が進む時代、そんな理想的な時代が、本当に来るのでしょうか。

現状とミッチェルの一文とはあまりにかけ離れていて、今の段階では悲観も楽観もできませんが、今回の調査を通じて、これからの建築が目指すべきゴールとそれへの道筋は、これまでよりはっきりみえてきた気がします。

参考文献・サイト

Aus Abbruchhäusern entstehen neue Gebäude, Abfallwahnsinn – wie weiter?, Einstein, SRF, Donnerstag, 14. Februar 2019, 22:25 Uhr

Barbara Buser, S AM Schweiyerisches Architekturmuseum, 2017/08/09

Baubüro in situ ag, Bauteilrecycling. Re: Kopfbau Halle 118, ZHAW, 19. Feb. bis 9. März, 2019

Bauen mit Abfall und Recyclingmaterial, Science-World (2019年3月18日閲覧)

Bauteilclick.chのホームページ

Bauteilnetz Schweiz (建築部品ネットスイス)ホームページ(2019年3月18日閲覧)

Der Verband, der die Wiederverwendung von Bauteilen fördert, GESCHÄFTSBERICHT 2012 (2019年3月18日閲覧)

Die Wiederverwendung im Bundeshaus, Bauteilclick.ch (2019年3月18日閲覧)

K 118 Winterthur laufend, Gruppe: Wiederverwendung, bazbüro in situ (ヴィンタートゥア市で現在建設中の建設について)

Mitchell, Joachim, Turning waste into building blocks of the future city, BBC Online News, 28 May 2013

Retour de l’amiante. On en produit encore 1,4 milliards de kilos par an, 20.12.2018, 19h30 (建築部品の保存倉庫の様子のビデオ)

Re-using houses The recyclable building site of the futureJan 31, 2019 - 15:00

Umwelt Schweiz 2018: Bauen mit recycelten Materialien (2019年3月18日閲覧)

Urban Mining & Recycling, empa.ch (住居のビデオや写真がみられます。2019年3月18日閲覧)

Zukunftstrend: Trendig Wohnen im Müll? (2019年3月18日)

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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