カーボンニュートラルに空を飛ぶ 〜水と大気と太陽光で燃料が量産される未来

カーボンニュートラルに空を飛ぶ 〜水と大気と太陽光で燃料が量産される未来

2019-09-12

悩める航空業界に希望の光?

多くの人にとって飛行機は、出張や旅行をする際、切り離して考えられない乗り物です。しかしこの便利で速い乗り物は、大量の二酸化炭素(CO2)を排出し、地球の温暖化を加速させてしまうという悩ましい問題をかかえており、さらに悪いことに年々フライトの数は世界的に増加していることで負の影響が一層深刻になっています。このような状況を憂慮し、ヨーロッパでは昨年から「フライトシェイムFlight shame」という言葉(飛行機に乗ることは恥さらしだ、という意味)が使われはじめ、若者たちを中心とする環境デモでも、飛行機の利用の抑制を訴える声も強まっています(ちなみにフライトシェイムは、スウェーデンで昨年新語として使われるようになった「Flygskam」の英語訳です)。

そんななか、今年6月、スイスを中心とするドイツ語圏であるニュースが流れ、注目を集めました。スイスのチューリヒ工科大学が100%カーボンニュートラルの燃料を開発したというものです(カーボンニュートラルとは、二酸化炭素の排出量と吸収量が同じ量であることを意味します)。

そしてその3ヶ月後の今年9月初旬、この画期的な燃料開発を飛躍的に進展させるため、すべてのフライトに課徴金を課し、2050年には飛行機の燃料をすべてカーボンニュートラル化するという国会議員や工科大学の教授らが提案する野心的な案が、スイスの主要な日刊紙『ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング』の日曜版(NZZ am Sonntag)の一面で発表されました(Benini, 2019)。

技術的な革新に(過剰に)期待をすることで、複雑な環境問題を単純化してとらえようとしたり、現実を直視することから目をそらすのは問題です。しかし、現実が複雑さと困難さであたかも八方塞がりかのようにみえる時、めざましい技術が開発され、それが新たな展望を切り開いてくれるのではと希望をもつことは、(たとえ現実にそうはならなくても)新しい原動力につながる可能性があり、貴重でしょう。

少なくとも今回スイスにおいては、この画期的な技術の話を聞いて、次のステップへの希望を感じ、自らも協力的に動く姿勢をみせた人たちがいました。それは航空業界です。航空業界は、この提案が、長距離、短距離を問わずすべてのフライトに課徴金を課すという(一見、航空業界から不満がでてきそうな)案であるにもかかわらず、歓迎の姿勢を示しました。

ただし、まだ発表されたばかりで、今後この提案が国会にもちこまれ、実際に通過するかは全く不明です。とはいえ、とりあえず、来月の10月20日の連邦議会総選挙に向けて選挙戦が終盤を迎えつつあるスイスでは、選挙戦の重要なテーマである環境問題を政党や政治家がとらえているかを計る具体的な材料のひとつとして、この斬新な提案が、世間で注目され、議論の引き合いにだされることは確かではないかと思われます。

今回は、このスイスの最新のホットな技術について紹介してみたいと思います。

大気と太陽光でつくる液体燃料という6月のセンセーション

今年6月、チューリヒ工科大学のシュタインフェルト教授Aldo Steinfeldとそのチームが、カーボンニュートラルの画期的な燃料を開発したというニュースがスイスのメディアをかけぬけ、人々をうならせました。しかもこれをつくるのにはたった二つの材料、太陽光と大気だけだといいます。

大学側の概要説明によると、しくみは以下のようなものです。

●太陽光をパラボラ反射鏡で3000倍に強化し、パラボラ反射鏡の焦点部分にある化学反応器内部を1500度の高温にする。その太陽光化学反応器に、大気からとりこんだ水と二酸化炭素を入れる。

●化学反応器の中心部分には、特殊な構造をもつ酸化セリウム(CeO2)のセラミックが入っており、これが触媒となって、高熱によって水と二酸化炭素が分化され、水素と一酸化炭素の混合物である合成ガスが精製される。


出典:
チューリヒ工科大学サイトのビデオ”Carbon-neutral fuel made from sunlight and air”


●これを液化すると、ガソリン、ジェット燃料(航空用のジェットエンジンに使用する燃料)、メタノールなどの炭化水素(炭素原子と水素原子だけでできた化合物)の燃料になる。燃料は、通常の燃料と同じように、直接車や飛行機に利用できる。

通常の燃料と同様にこの燃料を燃焼する際にも二酸化炭素が発生しますが、もともと大気からとった分の二酸化炭素しか排出されないため、カーボンニュートラルな燃料ということになります。

電池にはない液体燃料のすごさ

ところで、ここで不思議に思われる方がいるかもしれません。飛行のエネルギー供給源として、ソーラーパネルやそれを蓄電する電池という、もともとカーボンニュートラルな方向に求めず、なぜわざわざ液体燃料化にこだわるのだろう、と。

確かに、現在、太陽光パネルのエネルギーで飛行することも不可能ではありません。実際に、2015年から16年にかけて、ローザンヌ工科大学のソーラー・インパルスSolar Impulseという飛行機は、太陽光だけで飛行し、世界一周を果たしました(ちなみにソーラー・インパルスは不天候の際に日本の名古屋にも立ち寄りました)。

しかし、このソーラー燃料精製技術の事業化を目指すスピンオフ会社Synhelion のCTOであるフーラーPhilipp Furlerは、「液体燃料は、依然として、エネルギーが最も豊かな物質である。バッテリーに比べ20から60倍多くのエネルギーを含んでいるためだ」といい、このため、いくつかの用途では、今後も不可欠なのだとします。例えば長距離飛行では、必要なエネルギーをすべてバッテリーでまかなおうとすれは、飛行機は重くなりすぎ飛べないため、将来も液体燃料を使う可能性がきわめて高いといいます(ETH, CO2, 2019)。

ちなみに酸化セリウム(CeO2)のセラミック触媒は、特許を取得している特別なものですが、それ以外の構想や技術、つまり太陽光と二酸化炭素は利用し液体燃料をつくるという研究や開発は、世界各地でも試みられおり、近年実現された事例がいくつも報告されています。

それでも、今回のスイスの技術が注目に値するとすれば、国際的(ヨーロッパ内)な研究協力体制のもと事業化の道を着実に進んでおり、現在はまだ非常に高価ですが、具体的な実現可能目標がみえてきた点でしょう。2010年以降、二酸化炭素を大気からとりだす技術の商業化や、液体燃料化技術を市場に参入させるためのスピンオフの会社がつくられ、2016年からはじまったヨーロッパ共同プロジェクトSUN-to-LIQUIDの一環として、マドリッド近郊の太陽光化学反応器での大規模な実験もスタートしています。2025年までに、大規模な商業的燃料精製施設を建設することも計画されており、その施設が完成すれば、年間1000万リットルの液体燃料メタノールが精製できると見込まれています。

2050年までの壮大なプロジェクト

9月上旬にだされた提案は、現在国会で導入が検討されているジェット燃料関連税(環境税の一種)で有力視されている還流案(課徴金を国民にもどす案)の対抗案として出されました。

自由緑の党(緑の党よりも経済分野を重視する環境政党)の国会議員で化学者ボイムレMartin Bäumleと環境政策の専門家でチューリヒ工科大学教授パットAnthony Patt、また自由民主党政治家で物理学者のメッツィンガーPeter Metzingerが、細かい試算を重ねた結果具体的なモデルとして提示したのは以下のようなものです。

全フライトに課徴金を課し、その税収をすべて、大規模な太陽光施設を世界の好条件の場所に設置するなど膨大にかかる開発研究費用に直接あてる。これによって、現状では通常の石油や燃料にくらべ3〜4倍高い合成燃料の精製コストを大幅に下げて大量に精製していく。フライトでは徐々に通常の燃料の分量を減らしていき、2050年には飛行機を100%カーボンニュートラルの燃料だけで飛ばす。

三人の試算によると、合成燃料の開発に必要な課徴金の金額は、比較的低額におさえられるといいます。例えばチューリヒとニューヨークの往復フライトでは、当面70スイスフラン、ヨーロッパ内のフライトではそれより低い額で採算がとれるとします。

航空関連業界の反応

航空業界の温暖化対策として新しいモデルを提示したこの提案に対し、航空関連企業はそろって肯定的な反応を示しました(Benini, 2019)。

例えば、チューリヒ空港のスポークスパーソンのビルヒャーPhilipp Bircherは、「航空業界が徐々にカーボンニュートラルになるために、中期的には合成燃料がもっとも現実的で、それゆえもっとも望ましい手段であるという見解に同意」する、と今回の提案の歓迎の意を表明しています。スイスのフラッグキャリアSWISS(通称名。正式名称はスイス・インターナショナル・エアラインズ)のスポークスパーソンのミュラーKarin Müllerも、将来の航空業界において、カーボンニュートラルに飛行するというのが唯一のオプションだという認識を示し、直接開発のための課徴金という提案に賛成しています(Benini, 2019)。

おわりに

航空業界からのエールは、この提案を国会で通過させる追い風となるでしょうか。また、今後この提案が仮にスイスの国会で認可されたとして、膨大な太陽光を集めるための大規模施設を国外(スイスよりも太陽光が豊富な国や地域)に設置するための、国際的な協力体制は順調に構築されていくでしょうか。そして、飛べば飛ぶほど地球温暖化させてしまうという飛行機の宿命は、いつか変わることができるのでしょうか。

この果敢なチェレンジが、航空業界だけでなく飛行機を利用する裾野の広い多くの人たちの関心をひきつけて、この先順調にすすんでいくことができるのか、固唾を飲んで見守りたいと思います。

参考文献

Benini, Francesco, Subares Fliegen: Neue Abgabe soll Durchbruch ermöglichen. und Neuer Vorschlag für eine tiefe Flugkicket-Abgabe. In: NZZ am Sonntag, 8.9.2019, S.1 und 11.

ETH Zürich, CO2-neutraler Treibstoff aus Luft und Sonnenlicht, Medienmitteilung, 13.06.2019

ETH, «CO2-neutraler Treibstoff aus Luft und Sonnenlicht»(ビデオ)In: ETH Zürich, CO2-neutraler Treibstoff aus Luft und Sonnenlicht, Medienmitteilung, 13.06.2019

ソーラー・インパルス、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』(2019年9月10日閲覧)

Zeroual, Omar/ Muri, Fitz, ETH zündet Energierevolution - Aus Sonnenlicht und Luft entsteht Benzin, SRF, News, Aus 10vor10 vom 13.06.2019.

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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