ヨーロッパの自転車最前線 〜進む自転車のサブスクリプション化
2020-06-16
前回「コロナ危機を契機に登場したポップアップ自転車専用レーン 〜自転車人気を追い風に「自転車都市」に転換なるか?」)に引き続き、今回も、コロナ危機とともにヨーロッパにやってきた空前の自転車ブームについて扱っていきます。
電動自転車の人気
空前のヨーロッパでの自転車ブームは、自転車特需を生み出しているようです。現在進行形の自転車販売状況が一望できるデータがまだ手元にありませんが、現状についての報道(ドイツ語圏のニュース報道)をまとめると、以下のようになります。
・ロックダウン下は、自転車販売店はオンラインショップをのぞき、基本的に修理や必要なパーツの販売に限られており、自転車販売数は不振だったものの、自転車のパーツや関連商品の売り上げ額は、例年の同じ時期よりも数割多くなった。
・ロックダウン緩和後に営業再開した自転車店舗はどこも注文が殺到。ただし、中国を中心とする自転車部品の工場の生産量が減り、出荷にも遅れが生じたため、全般に品薄状態が続いている
・総じて、ロックダウン期間、通常、(春のサイクリングのはじまる時期と重なるため)もっとも繁忙期であったため、営業停止は大きな痛手であったものの、営業再開と同時に、その時期の損失をとりもどして余りあるほど自転車販売が好調。
スイスで販売が特に伸びているのは、電動自転車です。コロナ危機以前から、新規購入自転車の3台に1台は電動自転車というほど、静かなブームとなっていましたが、コロナ危機以降、さらにその人気に拍車がかかっているといいます。なぜ電動自転車なのかについてスイスのトレンド分析番組では、以下のように分析しています(Trend, 2020)。今年は、コロナの影響で国外での夏季休暇が難しいと言われ、国内で休暇を過ごそうという考えている人が多いと考えられる。そのような人たちのなかで、スイスの休暇でも、これまでやってきたハイキングや登山とは少し違う趣向で、(長距離もアップダウンもらくに走行できる)電動自転車でのツーリングを試してみようという人が結構いるのではないか(ちなみに補足ですが、一応6月15日以降シェンゲン協定で結ばれたヨーロッパ圏は国境が開かれ、移動に制約はなくなりました。ただし、国境がオープンになったからといって人々はすぐに国外に積極的にでかけるようになるかは、まだ全くわからない状況です)。
定額長期レンタル自転車 〜マイ自転車でもわずらわしい作業がない
ところで、今日のヨーロッパで自転車を利用したい際、必ずしも購入する必要はありません。レンタルという利用方法が、購入に対する代案として登場したためです。
レンタルときいて今日、真っ先に思い浮かぶのは、シェアリング自転車ではないでしょうか。街中のいたるところにあらかじめ設置されている自転車を、好きなところで乗り捨て、そこまでの走行距離か走行時間の分だけ料金を払うというシステムです。
例えばドイツでは、2017年以降、中国やシンガポールのシェアリング型のレンタル自転車会社が相次いで進出してきたことで、シェアリング自転車のサービスがスタートしました。しかし、シェアリング・エコノミーの一環として導入当初大きく注目された割には、これまで、それほど普及していません。使い方(駐輪が不適切で交通や美観をさまたげたるなど)や自転車の品質(故障が多い)にトラブルが少なからず生じ、また、すぐにシェアリング型の電動キックボードという競合相手もでてきたため、苦戦を強いられています。いくつかの都市では、今も一定の量のレンタル自転車が走行中ですが、すでに撤退したシェアリング自転車会社もあります。
一方、近年、自転車のレンタルの別のタイプで、堅調に市場をひろげているものがあります。サブスクリプション制の長期レンタル型の自転車です。
このサービスは、2014年に設立されたオランダのSwapfietsというスタートアップ企業がはじめました。オランダは世界的にも自転車愛好で知られますが、当時学生だった創業者Steven Uitentuisらは、自分たちで自転車を保有することの便利さだけでもなく不便さも感じていたといいます。自分の自転車は当然ですが壊れれば修理にもっていくか、自分で修理する必要がありますし、鍵をつけていても盗まれることも少なくありません。そして、こういうことが不便だと感じる人たちがほかにもいるのでは、というとこに着目し、定額の自転車の長期のレンタルサービスをスタートしました。
その5年後の現在、Swapfietsは、オランダだけでなく、ドイツ、ベルギーと、デンマークでもサービスを展開しており、2019年11月現在、それら4か国で、17万人以上が利用しています。
Swapfietsの自転車レンタルの概要は以下のような特徴があります(ドイツ、2019年11月現在)(Mast, 2019)。
・定額料金で、保持・利用する。月ごとの契約で、解約はいつでも可能。月額は、ドイツでは毎月20ユーロ弱。都市によっては値段や割引があり、例えば、年間契約で、学生割引があるところでは、17。5ユーロで提供されているところもある。
・オンラインで契約が成立すると48時間以内に自宅前にとどけられる。
・修理が必要な場合は、日中の営業時間にアプリで連絡しその場に来てもらうか、あるいは町のショップに直接持ち込む。市内であれば、基本的に24時間以内に修理をすませてもらうか、代替の自転車と無料で交換してもらうことができる。修理や代替は一切無料。盗まれた場合は、60ユーロを支払うと、新しいものを入手できる。
・自転車の種類は基本的に1種類(ただし現在は、電動自転車も取り扱っている)。一般的な男女兼用の、28インチの機能的なタイプ。前にカゴがつき、電気もついている。前輪だけが青く、独特のデザイン(詳細は参考文献にあるSwapfietsのHPをご参照ください)ギアは7段階で、鍵は二つ。
ドイツでのサービスは、2018年からはじまりましたが、すでに昨年末の時点で4万人以上がこのサービスを利用しています。自転車店舗と違い、オンラインで契約し家の前まで届けるサービスのため、ロックダウン期間も営業を続けることができ、今年3月、4月は、「劇的なブーム」(ドイツのSwapfiets チーフのイルマーAndré Illmerの言、Benecke, 2020)だったといいます。
ちなみに、Swapfietsで、コロナ危機以後ドイツで新規顧客741人を対象にしたアンケート調査をしています。これによると、42%の人は、コロナ危機が自転車にのる転機になったと回答し、45%の人は、自転車が現在、ほかの交通移動手段に比べ、よりよい手段だと回答したといいます(Benecke, 2020)。
定額の長期レンタル自転車が伸長している背景
Swapfietsは、創業からわずか5年で、順調に、利用者数を増やすことができたのは、前輪だけを青くした斬新なデザインの採用やサービスの充実など、マーケティングの手腕ももちろん大きいですが、長期レンタルという利用法の自転車に、潜在的に大きな需要があったことも重要でしょう。Swapfietsの長期レンタルという利用モデルは、ほかの自転車の利用モデルに比べ、どのような特徴があるのか、改めて以下、整理してみます。
1)メンテナンスなどの面倒な手間がいっさいかからない
自転車は、空気やライト、ブレーキなど、定期的にメンテナンスが必要なものがあるほか、パンクなどの思わぬハプニングもつきものです。また、ベルリンでは17分に一台自転車がぬすまれているとも言われ、盗難もめずらしくありません。
基本的に自転車に乗りたいが、これらのトラブルにまきこまれるのがめんどくさい、わずらわしい、と思っている人にとって、長期レンタルは、それらの問題を一気に解消して自転車を利用できる全く新しい可能性を提示しました。
2)自転車は移動手段にすぎず、特にこだわりがないという人にはオッケー
この会社で通常の自転車として扱っているのは、1種類のみです(最近はそれとは別に電動自転車も扱いはじめました)。このため、自転車へのこだわりが強い人、あるいはこの自転車の種類が気に入らない人には不適でしょうが、自転車の種類などにこだわりはない、とりあえず移動のための自転車がほしい、という人には抵抗がなく受け入れられそうです。
3)毎月、定額の支払い
毎月、約20ユーロ弱(年間約240ユーロ)という定額を支払いますが、この額が高いと思うか、安いと思うかは、その人がどう利用したいかによって、かなり違ってくるでしょう。
長期レンタルは定額で、一定の安心感がありますが、使用しなくても常に支払いが生じることはもったいないと感じる人もいるでしょう。これに対し、シェアリング型レンタルは、利用時間や距離数で課金されるため、あまり使わないなら割安といえるかもしれません。自転車を自分で購入する場合は、初期投資にまとまった費用がかかり、故障がでれば、そのたびに出費があります。盗難も多いので保険をかける人も多いでしょう。つまり、不定期で上限が定まらない出費を覚悟しなくてはいけませんが、長年乗り続けるなら、これが一番割安だとする人もいるでしょう。
4)一応「自分の自転車」であることの利便性
自分で自転車を保持することには、ゆるがない大きな利点があります。いつでもすぐに利用できることです。シェアリング型の自転車は、まずアプリでまず、利用可能なものをさがし、そこにとりにいかなくてはなりません。すぐにみつからない場合ももちろんあります。時間と労力がかかります。
長期レンタルの自転車は、自分の自転車ではありませんが、契約期間中はそれに近く、いつでも、即刻で確実に利用できます。自分専用なので利用前に、コロナ感染予防に、念の為消毒するといったケアの心配も必要ありません。
また、シェアリング型の自転車は、匿名性が高い利用の宿命として、使われ方がずさんで、いざ利用しようと思うと、よごれたり壊れたりしたものも少なくありませんが、長期レンタルの場合、契約期間は、保有者はその自転車の管理者です。無料で修理はしてもらえますが、故障が多ければ、自分自身も、サービスセンターに連絡するなど手間ひまがかかるので、結果として、大事に利用しやすく、故障などのトラブルも結果として少なくなると考えられます。
つまり、長期レンタルの方が、シェアリング型のものより、快適に自転車が使いやすい環境が整いやすく、それは、結果として、個人やレンタル会社だけでなく、社会全体においても、資源の無駄遣いを減らすことにも貢献するといえるかもしれません。
自分の自転車とシェアリング自転車のちょうど間に位置する自転車
このように3種類の自転車の利用の仕方の長短を比較してみてみると、定額の長期レンタル自転車は、自分の自転車をもつといろいろめんどくさいことがあるが、自分の手元にいつも自分専用で乗ることができる自転車があるのは便利、という、ちょうど、所有とシェアリングの中間にあるような特徴をもち、自転車所有支持派と、ほとんど利用しない人との間に位置する人々をターゲットにしたサービスであるといえそうです。
総じて、社会全般に、サブスクリプションが大流行りの時代です。面倒なことはなるべくさけ、一括して、サービスだけを享受したい、この傾向が、現在のゆるがないトレンドだとすると、自転車においても例外でなく、このような定額サービスを契約する人たちは、今後も一定程度まで増加するのかもしれません。
おわりに
二回にわたって現在のコロナ危機を契機にしたヨーロッパの自転車ブームについてみてみましたが、このブーム、果たしてどこらへんに着地するのでしょう。社会や生活にどれだけの変化をもたらすのでしょうか。
例えば、自転車交通がメジャー交通として認知され、アムステルダムやコペンハーゲンのように、いたるところに専用レーンがあって当たり前という時代になるでしょうか。あるいは、暫時的な自転車専用レーンは、コロナ収束以降は、もとの車道や車両駐車スペースにもどっていくのでしょうか。はたまた、「自転車に乗ること」が誰にとっても移動手段として当然の選択肢のひとつとして定着し、自転車所有の執着や愛着は全般にうすれていくのでしょうか。また、このようなヨーロッパの動向は、世界のほかの国に、なんらかの影響を及ぼすでしょうか。
コロナの収束がまだみえない現地点では、まだ予測不可能ですが、とりあえず、コロナ危機が続く限り、自転車ブームもすぎ去らないのでしょうから、しばらくブームの着地点ではなく、どこまでブームが進み、社会も一緒に変容していくのか、という進行経過をまずは、引き続き追っていきたいと思います。
参考文献
Balmer, Dominik, Corona sorgt für Velo-Boom. In: Tages-Anzeiger, 25.4.2020, S.5.
Benecke, Mirjam, Corona-Krise sorgt für Ansturm auf Fahrrad-Läden, DW, 21.5.2020.
Corona regelt den Verkehr neu, DW, 22.4.2020.
Coronavirus und Verkehrswende Pop-up-Radweg wird zur Farce. In: Tagesspiegel, 22.05.2020, 12:33 Uhr
Fahrrad-Boom im Autoland Italien. In: Südkurier, Rom 29. Mai 2020, 10:30 Uhr
Frist für Pop-up-Radwege wird bis zum Jahresende verlängert, rbb, Abendschau, 29.05.2020,
Pop-up-Radweg, Wikipedia (ドイツ語)(2020年6月9日閲覧)
Weißenborn, Stefan, “Wir stellen jetzt Flächengerechtigkeit her”, Spiegel, 27.05.2020, 20.41 Uhr
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
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