ミッション「若手情報専門家を育てよ」 〜開校20年周年のスイスの情報高等学校

ミッション「若手情報専門家を育てよ」 〜開校20年周年のスイスの情報高等学校

2020-06-20

世界的な情報専門家不足と国内事情

スイスでは、情報高等学校Informatikmittelschuleという中等教育課程が、若手の情報専門家の養成の場として、存在感を増しつつあります。今回はその学校についてレポートします(この記事で「情報」とはICT(英語のInformation and Communication Technologyの略)、つまり情報処理や通信技術全般を指すものとします)。

近年、情報関連の専門家の不足に悩む国は多いですが、足りないからといっても、国外から獲得するのは簡単ではありません。主要国はどこも慢性的に情報専門家が足りないので、国際的な争奪戦が激しさを増していますし、たとえマッチする人材が国外にみつかっても、国内で排外的なムードが高まって、国外からの人材の就労が制限されてしまうこともままあります(スイスの例は「スイスのイノベーション環境 〜グローバル・イノベーション・インデックス (GII)一位の国の実像」)。排外的な動きが強まり、そのような国にあえていこうと思う人が減ることも考えられます(排他主義的な行動がたびたび起こるドイツでは、そのことが国外からの人材獲得の際の懸念材料のひとつと考えられいます「ドイツの介護現場のホープ 〜ベトナム人を対象としたドイツの介護人材採用モデ」)。

このため、国外の人材に依存しすぎることがないように、自国で人材を育てていくことが、どこの国でも重要な課題となっており、実際に、若い世代に幅広く情報分野に興味をもってもらう機会をつくろうと、様々な取り組みをしている国も多くなってきました。

例えば、現在、21万5000人の情報専門家がいますが、2024年までにさらに7万5000人が新たに必要になるといわれているスイスでは(ICT Berufsausbildung)、小学校から情報の授業が導入され(「教師は情報授業の生命線 〜 良質の教師を大量に養成するというスイスの焦眉の課題」)、博物館、図書館、高等教育機関などの公的教育機関でも、子供達にプログラミングのおもしろさを教えるイベントや、プログラミングの授業を行うといった、積極的な子供たちへの働きかけが定期的に行われています(「デジタル・リテラシーと図書館 〜スイスの公立図書館最新事情」、「伝統と街祭りをたばねた住民参加型の卒業祭 〜ヴィンタートゥアのフラックヴォッヘ」)。ただし、情報分野の能力は、単に情報専門家人材を育てるという目的だけでなく、情報が理論的思考を促進する効果があると見込まれるため、今後の時代のどんな分野においてもエッセンシャルな能力として、今日の教育現場で位置付けられていることも、情報が重視される理由となっています(「小学生に適切な情報授業の内容とは? 〜20年以上続いてきた情報授業の失敗を繰り返さないために」)。

情報専門家の勉強を本格的にしたい人に対しては、職業教育課程や、高等教育、リカレント教育など(スイスの職業教育(2) 〜継続教育(リカレント教育)ブームと新たに広がる格差)、様々なキャリアの地点やコースで情報分野が学べる機会が提供されています。

今回は、このようなスイスの情報専門家の人材拡充・確保のためのさまざまな取り組みのなかでも、中卒者を対象にした、情報専門家の養成のためにつくられた、スイス独特の中等教育課程を紹介します。

「情報高校 Informatikmittelschule」の概観

この学校は、「情報高等学校」(ドイツ語でInformatikmittelschule で、略名IMS)と呼ばれるスイスで公認されている学校の種類のひとつです(以下、略称として「情報高校」と表記します)。

「学校」といっても、4年間の全課程で学校に通うのは、最初の3年間だけです。最後の1年間は、研修(Praktikum)という形で事業体で働き、それが無事に終了した時点で全課程が修了することになります。

また、最初の3年間の「学校」も、ひとつの学校に通い続けるのでなく、異なる種類の二つの学校(キャンパス)に、並行して通学するという形をとります。週の4日は普通の全日制の学校に通い、残りの1日は、職業専門の学校に通うという具合です。

ここまでの説明だけでは、ぴんとこないかもしれませんが、学校のあり方について、とりあえずここでは、普通の学校と職業教育(情報関連の)を二つ混ぜ合わせたような情報専門家の養成教育機関だと理解していただき、先にすすみたいと思います。

二つの学校とそこでの授業内容

二つの学校に通学しなければならない理由は、それぞれの学校で、違う科目を教えられるためです。まず、全日制の普通の学校キャンパスでは、一般的な科目(言語、数学、自然科学)と、職業に関連する科目として会計学、法律、経済、経営などを主に学びます。授業の内訳は、ヴィンタートゥーアの情報高校の場合、29% 語学(英語、ドイツ語、フランス語)、26% 情報、17%経済と法律、12% 数学と自然科学、9%スポーツ、7% 歴史と国家・社会(Staatskunde)となっています(スイスのほかの情報高校もほとんど同じ割合です)。

これに対し、情報に関する授業の大部分を学ぶところが、もうひとつの学校となります。この学校は、「職業学校」と呼ばれています。職業学校が何かを説明するのに、スイスの職業教育を知る必要があるので、少しだけ情報高校の話からそれて、スイスの中学卒業からはじまる職業教育の概要を説明しておきます。

スイスでは、スイスでは中学を卒業して三人に二人は、日本の高校に相当するような進学校に進まず、具体的な職種に分かれ職業教育をスタートさせます。通常3年から4年の歳月を要する職業訓練課程という課程です(詳細は「スイスの職業教育(1) 〜中卒ではじまり大学に続く一貫した職業教育体系」)。

職業訓練課程では、週のうちの3から4日、(企業や工房などの)事業で実際に働き実業を学び、1から2日その専門の職業に必要な専門知識や基礎学問を学校で学ぶという実業と論理を並行して学ぶ「デュアルシステム(英語ではDual Education)」という形です。週の数日は働きにいき、残りは学校にいって学ぶのですが、そのような職業訓練生が通う学校のことを、職業学校といいます。職業学校は、職業訓練の分野によって(例えば建築分野、看護、流通など)いくつものキャンパスがあります。

さて、再び、情報高等学校に話をもどしましょう。情報高等学校の学生が、週に1日通い、情報関連のことを学ぶ学校というのが、この職業学校です。つまり、情報分野の職業訓練生が通常通う職業学校に、情報高校の生徒も1日通学することで、ほかの情報専門家を目指す職業訓練生たちが学ぶのと同様の内容を(情報分野に特化された職業学校のキャンパスで)学ぶ、ということになります。

習得できる資格と卒業後の進路

4年間の情報高校で学ぶ内容は、上記のように、理論と実業両方にわたっており、盛りだくさんです。3年目には、卒業制作として、上記のような授業のほかに、具体的なアプリケーション開発の課題も課せられます。このため、中学3年の時に入学試験をパスしてこの学校に入学しても、卒業できるのは、(年度によって違いがありますが)クラスの半数かそれを少し上回るほどしかいないという時もあります。ちなみに、情報高校では、ほかのスイスの公立中等教育課程と同じように、この学校でも、学期末の成績が基準に達しないと、二度目で留年、三度目で退学になるシステムがとられています。ギムナジウムとよばれる大学進学を前提とするエリート校での退学者は、3割程度にとどまるため、退学者の割合だけをみると、情報高校のほうが高くなっています。

しかし、逆に言うと、この難関を突破し情報高校の4年間の課程を無事に修了すると、前途が大きく開かれます。まず、アプリケーション開発の情報専門家としての職業基礎教育の修了を認定する連邦認定能力証(Eidgenössisches Fähigkeitszeugnis Informatiker/in)を与えられます(ちなみに、スイス連邦が、連邦認定能力証を発行して、正式に認定している情報専門能力は、アプリケーション開発以外に、システム技術、事業情報科学Betriebsinformatikがあります)。

また、情報高校を卒業すると、高等教育に進むためにスイスで必要な専門大学入学資格(商業(ビジネス)大学入学資格)が付与されます。これにより、高度な技術や能力を身につけたい人にも理想的な就業環境になっています(ちなみに、通常の職業訓練生は、大学入学資格は、別の学校に改めて1年通うか、職業訓練課程に並行してコースに通い、試験をパスしなければ取得できません)。実際、スイスでは、現在、情報専門家の65%が専門大学入学資格を習得しており、キャリアやライフステージに応じて高等教育を修める人が、増える傾向にあります。

学校が設立された経緯と学校のモデル

情報高校は、ちょうど今から20年前の2000年にはじめてつくられました。当時、アプリケーション開発の専門家で、経済や法律にもある程度通じる人材というのがスイス全般に不足しており、そのような人材を養成するための新たな学校が、経済界から強く要望されたことを受け、スイス各地の5箇所に、当初、5年間の限定的な試験的なプロジェクトとして設置されました。

当時から今にいたるまで残っている学校はそのうち2校しかありませんが、そのひとつである、チューリヒ州のヴィンタートゥーア市にあるビュールライン情報高校(IMS, Kantonschule Büelrain Winterthur)は、2007年に正式に恒常的な教育施設として認可され、その後、スイス各地で、情報高校のモデルとして参考にされてきました。

この学校モデルには、二つの以下のような特色があります。

まず、経済や商業の中等教育のキャンパスに付随させる形で設置されていることです。情報学校は、経済・法律系の中等教育である経済ギムナジウムと商業高校のキャンパスに付設されており、情報高校の生徒たちは、同キャンパスで働く専門分野の教師から、経済・法律に関する理論体系を学んでいます(スイスの後期中等教育機関はどこも、商業、経済・法律、理数、言語、芸術、スポーツのなかのいずれかの分野を重点分野としています)。

また情報専門の職業学校を利用することも、大きな特色です。3年間の通学期間の5分の1の時間は、実践的な職業に必要な能力を身に受けるため、職業学校で、通常のデュアルシステムの職業訓練課程の学生と同じ内容を学びます。

全く新しい学校体系をつくり、そのための専門の教師陣を配置する、というのではなく、全日制の経済商業専門の学校と情報の職業学校という異なる二つの学校が、それぞれもつ教育資源を提供しあい、協力しあう体制をしいたことで、生徒たちが、専門性の高い実業と理論の授業をそれぞれの専門の教師から効率よく受けることが可能になったいえるでしょう。

ヴィンタートゥーアのモデルを踏襲した情報学校は、現在、チューリヒ州以外にも、バーセル、ベルリン、ザンクト・ガレン、ルツェルン、バーデンにも設置されており、チューリヒ州で働くアプリケーション開発者の3分の1は、チューリヒ州に現在二つあるこのような情報高校の出身者となっています(Die IMS, S.5)。設立から20年たち、情報高校は、スイスの情報分野に必要な人材を輩出する重要な存在となってきているといえるでしょう。

これからの課題 女性にこそ情報専門分野へ!

教育を職業と直結して考えることが、いちがいにいいとはいえませんし、これからの時代の仕事の仕方はもっと柔軟で、生活とのバランスや個々人の意向が反映されるものになることでしょうから、一概にどれが最良と一般化できるものではありません(このことに関しては、最近も、改めて近年の動向を総括しながら議論しました「女性は、職業選択についていまだ十分真剣に認識していない」? 〜職業選択と学問専攻の過去・現在・未来)。

他方、情報高校が、経済・産業界に要望された人材を養成する学校として立ち上げられ、実際、事業体の即戦力となる人材を輩出してきたこれまでのあゆみを振り返ると、機能する職業教育の真骨頂がわかり、そのような職業教育の、社会で果たす役割の大きさもまた実感されます。

ただ、今回調べてきて、非常に気になったことも、ひとつありました。それは、情報関連全般の専門家に女性がとても少なく(たとえば2017年、スイス統計局の調査Schweizerische Arbeitskräfteerhebung (SAKE)結果によると、情報関係の就労者20万人のうち女性が占める割合は15%にとどまっています)、情報高校も例外でないことです。昨年、ヴィンタートゥーアのビュールライン情報学校に通う生徒数(最後の1年間事業体で働いている生徒を除く3学年の総数)は全部で75人でしたが、そのうち女子生徒は4人しかいませんでした。学年によっては全く女性がいない学年もあります。

しかし、視点を未来に向けると、情報分野こそ、女性が飛躍的に活躍・進出していく可能性を秘め、多いに期待できる職種だと思います。

これまで、「女性に典型的な仕事」と呼ばれてきた、ケア部門などの女性の進出が非常に進んでいる職業には、特徴が二つありました。一つはパートタイムの仕事がしやすいこと、もうひとつは全般に低賃金なことです(「男性が「女性の仕事」へ進出する時 〜みえない垣根のはずし方(2)」)。換言すれば、パートタイムという就業の仕方が、子育てや家事などと両立しやすかったため、女性の職場が進めたのだともいえますが、現在まで、業界全体が低い賃金体系から脱却できず、全般に低い収入に甘んじています。

これに対し、情報関連の仕事はどうでしょう。パートタイムや、フレキシブルな働き方、さらにテレワークもしやすい仕事です。職場にいかなくても仕事のかなりの部分が効率的に処理できることは、コロナ危機下、改めて世界的に証明されました。

パートタイムやフレキシブルな働き方、あるいはテレワークなどが、女性の将来の仕事の可能性をさらに押し広げていく大事なファクターに今後一層なっていくのだとすれば、情報関連の仕事は、まさに、理想的な就労機会のひとつといえるでしょう。さらに、収入の上でも、平均的な職業訓練課程を修了した人たちの収入より情報関連の就業者の収入は、全般に高くなっています。

女性にとって、すぐ目の前にこのような、情報分野の就労のチャンスが現在、広がっているといえますが、このような就労のチャンスを、女性たちは、今後、どのように認知し、実際行動に移していくのでしょうか。男性だけでなく、女性たちの情報分野への今後の、進出や活躍を今後大いに期待したいと思います(もちろん男性たちの活躍もこれまで同様期待しています!)。

参考文献

Ambit group, Die Ambit Group bildet IMS Praktikanten aus (2020年6月12日閲覧)

Bildungsdirektion Kanton Zürich, Informatikmittelschule (Projektabschluss und Umsetzung gemäss Einführungsgesetz zum Bundesgesetz über die Berufsbildung, EG BBG), 27. Aug. 2010.

«Die IMS setzt eine tolle Dynamik in Gang» Das Interview fürten Leander Schickling und Benjamin Pelzmann. In: 4 Blatt, Kantonschule Büelrain Winterthur, Schuljahr 19/20, 4. Quartal, Nr.80, S.4-5.

Erste Abschlüsse an der Informatikmittelschule16.09.2004

ICT Berufsausbildung Schweiz, Die vielfältigen ICT-Berufe im Überblick(2020年6月15日閲覧)

Informatik-Mittelschule geht in Verlängerung. In: NZZ, 30.06.2004

Kanton Zürich Bildungsdirektion Mittelschul- und Berufsbildungsamt, Handelsmittelschule &Informatikmittelschule, Zürich 2018.

Kantonschule Büelrain Winterthur, Portrait Informatikmittelschule(2020年6月15日閲覧)

Lehrplan2017 Vom Erziehungsrat des Kantons St.Gallen erlassen am 21. Juni 2017.Von der Regierung genehmigt am 4. Juli 2017Anpassungen vom Erziehungsrat des Kantons St.Gallen erlassen am 11. September 2019; von der Regierung genehmigt am 24. September 2019

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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