ドイツ人の今夏の休暇予定が気になる観光業界 〜ヨーロッパのコロナ危機と観光(1)

ドイツ人の今夏の休暇予定が気になる観光業界 〜ヨーロッパのコロナ危機と観光(1)

2020-06-25

国境再開とヨーロッパ人の夏季休暇

ヨーロッパではコロナ危機によるロックダウン以来ヨーロッパの各国間の国境が閉鎖されていましたが、6月15日月曜から、ほとんどのEU加盟国とスイスなどの周辺国の間の国境が再び開かれました。3ヶ月ぶりに、人々が制限なく国家間を移動できるようになったことになります。

国境が開かれた最初の週末となる、6月20・21日、わたしも、コロナ危機以来はじめて在住するスイスから国境をまたぎ、隣国オーストリアのフォアアールベルク州を訪ねました。フォアアールベルク州は、スイスやドイツと国境を接しているオーストリアの最西端にある州で、この時期、通常であればヨーロッパ各地からの観光客でにぎわっています。

フォアアールベルク州のような、ヨーロッパ各地の観光・保養地は、今、どんな状況にあるのでしょう。夏の行楽シーズンがこれから本格化しますが、コロナ危機下で、どんな変化があったのでしょう。

今回と次回(「コロナ危機を転機に観光が変わる? 〜ヨーロッパのコロナ危機と観光(2)」)の記事で、コロナ危機下のヨーロッパの観光産業の現状について、その背景や今後の展望をふまえつつ、レポートしてみたいと思います。今回は、ヨーロッパ観光業界の最近の事情をフォアアールベルクを例にして考え、次回は、具体的ないくつかの観光分野の新しい動きに注目していきます。

国境周辺の住民の目の高さからみた国境再開

本題に入る前に、先日まで続いていたヨーロッパの国境閉鎖という緊急事態について振り返って少しふれておきます。

1985年にシェンゲン協定が結ばれて以来、西側を中心とするヨーロッパの国々は、国境検査がなく、自由に人やモノが移動ができるようになりました。それから35年の歳月がたち、自由な行き来は、これらの国々のなかで、「当たり前」のこととなり、実際に、それを前提にした上で、ヨーロッパでは経済活動や生活が成り立っていました。それが、突然、コロナ危機に伴う各地のロックダウン措置として停止させられたのですが、それは、人々にとってどんなことを意味したのでしょう(正確には、生活必需品をはじめとする物資の輸送はトラックや鉄道を使って限定的に継続していましたが、人の移動は全面禁止となりました)。

島国でどこの国との国境も海が境になっている日本からみると、地続きのヨーロッパで国境が全面閉鎖されたという事実がイメージしにくいかもしれませんので、ヨーロッパの国境付近の人々にとって、それがどんなことであったのかを、ロックダウン期のいくつかのエピソードを通し、ラフ・スケッチしてみます(以下のエピソードはいずれもわたしが直接見聞したのではなく、ニュースで報道されていたものです)。

・スイス、ドイツ、フランスの国境の街バーゼルで、国をまたいで敷設されている路面電車は、通常停車するいくつかの駅でドアがあかない、あるいは停車しないようにして、電車をつうじて人が越境できないようにした。

・スイスとドイツの街がつながっているボーデン湖のほとりの小都市コンスタンツ(スイス側の都市名は「クロイツリンゲン」)では、当初、一枚のフェンスで街中の国境が仕切られていたが、それだけでは人と人の距離が十分保てないという理由で、のちに、数メートル間をあけたフェンス二つを設け、街を分断した。

・オーストリアにありながら、オーストリアのほかの地域と行き来できる道路がなく、唯一ある道路がドイツにつながっているという、独特の地形的な特徴をもつオーストリアのフォアアールベルク州のクラインヴァルザータールKleinwalsertalという地域は、ドイツとの国境が閉鎖されたロックダウン時期中、外界と接触できない孤島のような状態になった。

・フランスの国境沿いの町のパン屋に、フランスパンをいつも越境して買いにくる隣町(ドイツ)の常連の客のために、パン屋店主が、国境までパンをもっていき、引き渡すサービスを行なっていた。

これらの大小のエピソードをきくと、逆にいつもはいかにヨーロッパでは、国境に関係なく国境周辺の地域が密接に結びついているのか。そして、その分、コロナ危機の国境閉鎖が、それらの住民にとって、どれほど生活を大きく変化させ、不便を強いるものであったか。そして3ヶ月経てやっと再び開かれた国境が改めて、どんなに感慨深いものとなったか、が少しご想像できるかと思います。

夏季休暇が大問題

このように、国境の閉鎖とその再開は、国境周辺の人々にとって、生活に直結する大事件でしたが、そのような国境付近の人たちの話とは全く別の次元で、目下、ヨーロッパ中で国境再開が話題になっています。

それは、国外への旅行にいつから(国境が開かれ)いけるようになるか、どこにいけるのか、といった夏の休暇にまつわる事項です。これらのテーマが、(少なくともドイツ語圏では)メディアに載らない日はないというほど、現在、よく話題にされます。

コロナ禍の収束の見通しがいまだにたたず、その経済的、社会的な打撃がどれほどになるかも全くわからない状況で、なぜ、今、夏の休暇の話がこれおほどでてくるのか。休暇の話をするとは、いささかのんきすぎはしないか、と、一見、いぶかしく思われる方もおられるかもしれません。少なくともわたしは当初、そのような違和感を感じました。しかし、ヨーロッパ全体を大局的にみると、のんきな話どころではなく、多くのヨーロッパの国にとって、観光は、むしろ、コロナ危機で陥った経済危機を再稼働させる重要なエンジンとしてみられ、重要な政治的な関心のひとつであることがわかります。

というのも、ヨーロッパは多かれ少なかれどこも、観光に非常に依存する産業構造に現在なっているためです。例えば、EU圏で観光関連の就業者は1360万人おり、企業は240万社であり、ヨーロッパ全体の経済規模の約1割が観光観光関連とされます(2016年現在)。ただし国によって観光産業の比重は若干違い、2018年のGDP全体で観光関連産業が占める割合をみると、オーストリアで15.4、スペインで14.6、イタリアで13.2、トルコで12.1、フランスで9.5%となっています。



観光業に依存している国々をみると、ヨーロッパでも特に、今回コロナ禍の被害が多かった国が、偶然にも多く、それゆえ、とりわけ経済立て直しのきっかけとして、今年の夏の観光業界に強い期待をするという構図があるようにみえます。逆に言えば、この夏の観光産業がふるわなければ、さらに経済危機からの脱却の道が困難になるというシナリオがまっているということなのかもしれません。

今年はヨーロッパ人に大きな期待

ところで、ヨーロッパ圏内ではやっと状況が少し落ち着いてきて、夏季休暇シーズン直前のぎりぎりのタイミングで互いの国境を開けられるにいたりましたが、世界に目をむけるとどうでしょう。コロナ感染が深刻に広がりつつある国や、現状は比較的安定していても、収束の見通しより感染の第二、第三波が危惧され、目下、ヨーロッパ旅行を計画するような状況でないようにみえる国が多々あります。

EUとしても(この記事を書いている6月末現在)、7月1日から感染が広がっていないと判断される中国や韓国、日本などの十数ヶ国からの観光を認める予定ですが、これまでヨーロッパ観光の主力の客層であった、ロシアやアメリカなどはまだEU入国を認めない予定です。

このような状況を考えると、遠方からヨーロッパに観光客は例年のように大挙しておとずれるということは、今年の夏はまずないと考えられます。このため、例年にもまして、ヨーロッパ国内の人たちの旅行・観光に期待が集まります。今年は、ヨーロッパ在住者にとっても、遠く余暇にいくのが物理的に難しいため(飛行機のフライト予定に変更やキャンセルが多く事前の計画が難しく、また、長い時、閉め切った機内にとどまることに不安を感じる人も多いこともあり)、代わりに、ヨーロッパ各地の観光地・保養地に多くやってくるのではないか、という希望的観測です。このため各地で、国内や、ほかのヨーロッパの国向けに大々的な観光アピールが展開しています。

ドイツ人のドイツ人のためだけでない今年の夏季休暇

しかし、観光広告合戦がヨーロッパ中で繰り広げられるとはいっても、ヨーロッパ中の人々が今年の夏季休暇を国外でできるわけではないでしょう。コロナ危機以来経済的な打撃が多い国、経済力がもともと低い国の人たちにとっては(もちろん個人差が大きいですが)、国外での夏季休暇は高嶺の花ではないかと思います。

一方、夏季休暇を予定している経済力のある国の人々にとっても、今年は、国外での休暇については、複雑な心境であるように思われます。コロナ感染の動向が今後不安定なのももちろん大きな要因ですが、それだけでなく、コロナ危機が、生活や休暇のあり方が見直すような機運を盛り上げたと思われるためです。

ドイツ人を例に具体的に考えてみます。昨今、ヨーロッパ諸国では、若者たちに間に環境デモがさかんに行われ、環境への意識が、大きく高まっていますが、ドイツはなかでもその動きの中心的な国のひとつです(「ドイツの若者は今世界をどのように見、どんな行動をしているのか 〜ユーチューブのビデオとその波紋から考える」)。このような環境危機への意識の高まりを背景に、飛行機を介すなどする遠距離旅行に対する抵抗感も強まっており、昨年(2019年)の調査では、ドイツ人の4人に1人が、次回はドイツ国内で旅行すると回答していました(Statista, 2019)。

このような土壌の上に、今年はコロナ危機がおき、ロックダウン下で、自宅にとじこもる生活のなかで、健康意識の高まりや地元の農業の重要性への認識から、地域の農家から生鮮食品を買う人が増えました(「非常事態下の自宅での過ごし方とそこにあらわれた人々の行動や価値観の変化 〜ヨーロッパのコロナ危機と社会の変化(5)」)。5月中旬から続くドイツの食肉処理場で起きた大規模な集団感染のスキャンダルは、安い肉に依存する食のあり方をみなおし、持続可能や食文化を問い直す機会になったでしょうし、コロナ禍を契機に、自転車が公共交通や自動車交通に代わるエコな交通手段として改めて評価され、そのための自転車専門レーンを増やするなどして、自転車走行を推進する動きも活発になっています(「コロナ危機を契機に登場したポップアップ自転車専用レーン 〜自転車人気を追い風に「自転車都市」に転換なるか?」)。

つまり、ドイツでは、環境危機意識の昨年からの高まりに加え、コロナ危機を通じて、これまでの生活を改めて見直す風潮が社会全体に、現在、広がっているのではないかと思われます。そうした流れで、今年は、大きな移動をせず、近場でゆったり休暇をすごそう、それが持続可能な生活スタイルとしても好ましいと考える人が、かなりいるのではないかと想像します。

しかし、そんなドイツ人をそっとしておいてはくれない(自国でひっそり休暇を過ごすのでは困るという)ヨーロッパのほかの国の事情というのが、もう一方であります。経済力があってほかの国に旅行にいく余裕のあるドイツ人たちは、こんな危機にこそ、国に閉じこもらず、困窮しているヨーロッパの国にいって、お金を落としてもらいたい、というのが、ドイツ以外の国々の観光業界の本音であり切なる願いであるためです。

実際、ドイツ人の、ヨーロッパの観光業界での存在感は、過小評価できない、かなり大きなものです。ドイツは、人口が8300万人(EU27カ国の総人口4億4700万人の18.5%)と、ほかのヨーロッパの国に比べ圧倒的に大きい国であり、またヨーロッパ随一の経済大国です。しかも、ドイツ人(ドイツ在住の外国籍の人も含むすべての在住者を、以下「ドイツ人」と表記)は、毎年国外で長期休暇を過ごすことでよく知られ、2018年、ドイツ人は5500万人が少なくとも1年に5日間の旅行にいくと回答し、一人平均1020ユーロ旅行に使っています。

経済力もあり旅行好きでヨーロッパ人の五人の一人を占めるほどの多数派であるドイツ人は、嫌が応にも、観光業界の目につきます。このため、ドイツ人を国外へと再びかりたてようとあの手この手の観光キャンペーンが繰り広げられているという状況です。例えば、昨年の国内の宿泊客の37%がドイツ人であったオーストリアでは、5月末、国立観光協会Österreich Werbungに、4000万ユーロ予算を追加し、国内およびドイツでの観光広告やマーケティング強化をはかっています(Österreich Werbung, 2020, Lahrtz, 2020)。

このようなわけで、ドイツ人は、自省的に近郊で休暇しようと思う気持ちと、国外にとびだしたいという気持ちのはざまにあって、この夏の休暇はどこで過ごそうかという、(ぜいたくな)悩みを目下抱えている、という状況のように思われます。それを違う角度からみれば、ドイツ人の旅行行動や目的地の選択が、今年はとりわけ、ヨーロッパ全体の経済問題に直結しており、いやがおうでもドイツ人が影響を与えてしまうという構図があるともいえます。

コロナ禍の観光の強みは「変わらない部分」?

とはいえ、現状では、まだどの辺にどのくらいのドイツ人やほかのヨーロッパ人が最終的に休暇で移動するのかは全く不明であり、まだ状況を見守りどこにいってなにをするかを決めかねている人もかなりいるのかもしれません。コロナ感染の状況次第で、旅行者の移動のうねりがあっというまに変化することもありえるでしょう。

そんな不安を抱えながら、しかしともかく夏季の休暇シーズンが、ヨーロッパ各地の観光地・保養地でスタートしました。

冒頭で触れた、6月下旬にわたしが訪ねた、オーストリアのフォアアールベルク州はそのようなあまたの不安と期待のいりまざったヨーロッパの観光・保養地域の一つです。フォアアールベルクは、ドイツやスイスなど西側ヨーロッパ諸国からの車や公共交通でのアクセスが非常に容易であるという地理的な立地と、アルプス特有の風光明媚な自然環境を活かし、これまで夏季も冬季もヨーロッパのほかの国からの多くの観光客が集まってきていました。オーストリアからの客はむしろ少なく、ドイツ人をはじめ、スイスやオランダ、イギリスなど西ヨーロッパ各国から観光客がよく訪れるのが特徴です(ただし、製造業就業者が全就業者数の半分以上を占める、オーストリアを代表する工業地域でもあります「地域経済・就労のサイクルに組み込まれた大学 〜オーストリアの大学改革構想とフォアアールベルク専門大学の事例」)。

フォアアールベルクの小規模な保養地のひとつブラントBrandを、今回訪れると、ホテルやレストラン、ロープウェイは営業していましたが、ちょうど天候も不順であったこともあり、訪れた週末は、観光客の量はかなり少なく、例年と比べものにならないほど静かでした。

一方、保養地のなかを歩いていて、気づいたことがありました。ホテルやレストランは、もともと、点在する形で集中しておらず、また、山あいの保養地らしいひろびろしたレイアウトのところが多いため、一見、昨年までと、ほとんど変わらぬ様子にみえます。また、ここにくる人は、もともと屋外で過ごすことを目的に来訪するため、ハイキングコース以外にも、屋外で過ごすアトラクション(ダウンヒルなど屋外サイクリングコースと多様な乗り物の貸し出し、フィールドアスレチック、クライミング、テニス、ゴルフ、屋外プール等々)が保養地内外で充実していますが、これらの屋外活動は、もともと人との距離が十分とれやすく、コロナ対策をほとんど必要としないばかりです。

つまり、豊かな自然環境のなかに宿泊施設やアトラクションが点在する小規模な保養地ブラントでは、コロナ禍の影響を最小限にとどまり、これまでとかなり同質の休暇の過ごし方ができそうです。ホテルでなく、貸別荘や貸しアパートに滞在すれば、さらにほかの人との接点は減り、コロナ危機特有の人とのコンタクトで発生するストレスをほとんど感じずに、休暇を堪能することもできるかもしれません。

このような、コロナ禍でも、コロナ危機以前とほとんど変わらない風景とスタイルで、休暇を過ごせること。この(コロナ危機でなければなんでもない当たり前の)事実が、もしかしたら、ブラントの今年の最大の強みとなり、人々を引きつけることになるかもしれません。

宿泊客が、十分互いに距離をとって、屋外での時間をすごせるようにアレンジした、段々畑風に椅子を配置したホテルの庭の風景(フォアアールベルクのブラント)

次回につづく

次回は、いくつか注目される観光に関わるトピックについて具体的に扱ってみたいと思います。
※参考文献は次回の記事の後に一括して表示します。

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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