コロナ危機を転機に観光が変わる? 〜ヨーロッパのコロナ危機と観光(2)
2020-07-01
前回(「ドイツ人の今夏の休暇予定が気になる観光業界 〜ヨーロッパのコロナ危機と観光(1)」)に引き続き、今回も、コロナ危機下のヨーロッパの観光業界についてみていきます。今回は、オランダ、オーストリア、スイス、イギリスでの最近の動きとして目を引くものをいくつか具体的にとりあげながら、観光業界の現状について考えてみたいと思います。
コロナ危機をオーバーツーリズムから脱皮するチャンスに
アムステルダム、ヴェネツィア、バルセロナ。これらのヨーロッパの都市は、共通して、コロナ危機直前まで、観光客がおしよせるいわゆる「オーバーツーリズム」に悩まされてきました(「世界屈指の観光地の悩み 〜 町のテーマパーク化とそれを防ぐテーマパーク計画」)。しかしそのような状況は、コロナ危機で急変します。観光客や巨大なクルージング船が忽然と姿を消し、街中のいたるところで、その影響があらわれるようになりました。
アムステルダムの昨年までの状況と現在の状況を簡単に比較してみましょう。
オランダの首都で、87万人の都市アムステルダムでは、近年、観光客の数が毎年急増していました。1年間で訪れた観光客(宿泊した客)は、2015年1500万、2017年1630万、2018年は1900万人です。観光客が連日大量に押しかけるようになった結果、市内は、観光客のための施設(ホテルや民泊施設、みやげや簡易食品販売店)に占拠され、住民の生活必需品を買う店や、住居、就業スペースが街中から姿を消しました。観光客は単に人数が多いだけでなく、オランダで合法のドラックを目当てにした人も多いため、ドラックや飲酒ではめをはずした観光客が街を汚したり騒音の被害を起こすことも日常化していました。一言でまとめると、都市に住んでいる住民にとっては、著しく生活の質は低下したといえます。
それがコロナ危機で一転しました。コロナ危機で飾り窓とよばれる売春地区で売り上げが90%まで低下し、ホテルは昨年3月81%の占有率が、41.2%まで落ち込むなど(Partington, 2020)観光業界は、大打撃を受けました。他方、世界遺産に登録されている古い運河沿いを含む市街地が、ひさしくなかった静寂と趣きを取り戻しました。
大きく様変わりした街の光景を目の当たりにした住民の間では、コロナ危機前のような状態に再びもどりたくない、しかし、コロナ危機がさればまたもとのもくあみで、観光客が増え、再び観光客に街が占拠されてしまうと危機感をもつ人たちが現れ、市内の観光を制限する請願運動がはじまりました。
最終的に2万7000人の署名が集まり、6月半ば、請願書が正式に市に提出されました。この中では、新しいホテルの建築を禁止や、住居の短期滞在者のための貸し出しの禁止あるいは部分的な禁止。また観光客税をさらに引き上げるなどして、市に入る観光客の人数を年間1200万人まで制限することなど、具体的な提案がされています。1万8000人以上の署名をあつめた請願は、住民投票にかけることができるというルールにのっとり、この請願書の内容は、今後、住民投票に問われていくものと思われます。
市の「バランスのとれた都市」構想
一方、このような請願書を待つまでもなく、市もまた、数年前から、独自に、観光を制限する動きをはじめていました。観光に依拠しすぎず、住民にとって職住や必要な生活の質(払える家賃の住居、生活必需品を購入できる店、多様な文化活動など)が担保された都市を目指す構想の一環として、都市観光業を大幅に制限したり、周辺地域に主要な観光機能を移管する政策に取り組み、一部はすでに実行されています(詳細は、「観光ビジネスと住民の生活 〜アムステルダムではじまった「バランスのとれた都市」への挑戦」)。
コロナ危機は、市にとって、このような政策推進をさらに後押しするものとなるかもしれません。例えば、経営が成り立たずに、観光産業の一部が市の中心部から撤退することになれば、その土地や建造物を市が積極的に買いあげ、新たな条件のもとに、改めて貸し出すことで、市内の観光のあり方に、これまでより強い影響を与えることができるでしょう。
今年4月末、Adyen NVというオランダで最も成功しているフィンテック会社を、アムステルダム都市中心部の17000m2の広さの事務所スペースに誘致できたことも、都市にとって、朗報でした。働くことや、生活、観光、買い物、レジャー、学校などいろいろなものが混在することを理想の都市像にかかげている市にとって、また一歩、目指す都市の形に近づいたといえるためです。過去15年間、観光が強くなるとの反比例して、多くの会社がアムステルダムから撤退していきましたが、これからは少しずつ、住んだり働きやすい都市として、魅力を増していくのかもしれません。そうなれば、名実ともに、観光に大きく依存する必要がなくなり、オーバーツーリズムを回避することが、いよいよ現実的になるかもしれません。
市の中心部の短期滞在のための住居の貸し出しを全面禁止に
このような追い風にのって、市は、今年の7月からは、都市中心部の三つの地区(Burgwallen-Oude Zijde, Burgwallen-Nieuwe Zijde, Grachtengordel-Zuid)で、7月1日から、休暇(短期滞在者向け)用の住居の貸し出しを禁止することを、新たに決めました。ほかのアムステルダムの地域でも、7月1日からは休暇(ショートステイ)用の住居の貸し出しには、許可が必要になります。貸し出す家や住居は、実際に誰かが住んでいなくてはならず、最大30泊、最高で4人までにしか貸せないという厳しい条件もつけました。
市によると、市街区全域の賃貸の禁止は、観光客のための住居の貸し出しは、やむをえない理由が公的な関心のなかにある場合のみできるというEUのサービス指針に違反することとなるため、すべての都市域で禁止することはできず、今回は、とりわけ観光業に影響に苦しむ上記の三つの地域に限定して貸し出しを禁止するにいたったといいます。しかし、2年後に再び、アンケート調査を行い、ほかの都市域でも同じような苦情が目立つようならば、同じような禁止措置もありえるとします(Gemeente Amsterdam, 2020)。
市は、昨年までも民泊大手Airbnb と交渉を続け、宿泊を年間30日までに制限するなどの措置をとっていましたが(「ヨーロッパのシェアリング・エコノミーの現状と未来の可能性 〜モビリティと地域生活に普及するシェアリング」)、依然として毎月25000の住居がオンラインで賃貸のオファーがされており、アムステルダム市内の15戸に1戸に相当していました。このため、民泊ビジネスに対し、これまでより厳しい措置に踏み出したといえます。
観光産業以外の職場へ移る転機になる?
コロナ危機以来、観光産業は世界中で、危機的な状況にあります。これは観光関係者にとって、目をそらすことができない厳しい現実です。
「ホテルプラン」というスイスに本社を置く国際的な旅行会社は、6月末、スイスで170人、世界全体では450人の従業員を解雇すると発表しました。スイスや多くのヨーロッパの国々には、危機にあっても企業が、従業員をすぐに解雇しなくてもすむように、操業短縮制度というものがあります。この制度を使うと、被雇用者の労働時間が減っても、失業保険から賃金の8割を補填することができるため、実際に、それを使って従業員の雇用を続けている会社が現在、多くあります。しかしホテルプランは、今回、そのような、非常時の雇用の仕方で従業員を維持し続ける体制をあきらめ、大量解雇という強行な決断を下しました。
このような決断に至った理由として、インタビューでホテルプランの社長は、コロナ危機の影響が、旅行業界においては今後数年にわたり影響を及ぼすであることは明らかであるため、としています。その現実を直視すると、(現在の従業員をすべて維持することは不可能であり)こう判断せざるをえなかったといいます。同時に、解雇される従業員に対しては、「ソーシャルプラン」を作り、再就職を支援し、有能な従業員たちが、新しい就職口をみつけることを心から願っていると付け加えました。
ところかわってイギリスでは、3月末、仕事がなくなったフライトアテンダントに対し、医療施設の看護師らのアシスタントやケアにまわる希望者を募り、5月には本格的に不足する看護スタッフとしてフライントアテンダントの採用を検討していることを公表しました(Coronavirus: NHS, 2020)。緊急の際の対応の訓練が徹底されており、忍耐力もすぐれたフライトアテンダントたちの手腕が、緊張がつづく医療現場で疲弊する医療スタッフたちのサポートとして優れているのでは、と期待されたためです。
この二つの話は、一見全く違う内容ですが、停滞する観光業界において雇用先が失われた、あるいは今度も正常な職場復帰がしばらく難しいと思われる状況の人たちが、次の一歩をいかに踏み出すか、という問題に言及されているという点では共通しています。
簡単な話ではないことはもちろんありませんが、ホテルプラン社長が指摘したように、当面、観光業界に不況がつづくと想定すると、観光業界の人たちにとって、観光業界からの暫時的、あるいは恒久的な転職を検討してみることは、非常に重要であると思われます。
コロナ危機をきっかけに、観光業界で磨いた能力や経験をもった人たちが、続々と社会に輩出されていき、ほかの業界で新たに活躍するようになっていくのかもしれません。
はやくも復活を果たしたショッピングツーリズム
観光が全般に停滞しているのは事実ですが、まったくこれまでと変わらず、早速かなり復活しているツーリズムもあります。
それは、ショッピング・ツーリズムと呼ばれるもので(「スイス人のショッピング・ ツーリズム」)、観光ではなく買い物を主たる目的とする、ツーリズム(人の移動)です。
これは、特に、ユーロ圏に比べ物価が高いスイス人が国境を超えて、隣接する国(ドイツやフランス、イタリア、オーストリア)に、安価な商品をもとめて買い出しにいくことを指します。スイスの物価は隣国に比べてかなり高く、例えば、スイスの肉の値段(平均)は、隣国のEU諸国の肉の値段と比べると、2.3倍も高くなっています。物価が全般に安いドイツと比べるとさらに値段の開きは大きくなり、例えば、スイスでは、年間の肉の消費量が52.1kgで、ドイツの60.1 kgよりも8kgも少ないにもかかわらず、スイス人がスイスで肉を購入するのに支払っているトータルの金額は、ドイツ人のそれに比べ、ほぼ2倍になるといわれます(「数年後の食卓を制するのは、有機畜産肉、植物由来肉、それとも培養肉? 〜新商品がめじろおしの肉関連食品業界」)。
国境が閉鎖されている時期は、スイス人は国内で購入するか、あるいはオンラインで購入するしかありませんでしたが、国境が再開したことで、安い品物を隣国に買い求める人たちが、いっきに国境を越えて隣国に向かっていき、スイスの隣国の国境付近の商店には、早速長蛇の列ができていました。先日、開いたばかりのドイツの国境の街コンスタンツにいって買い物をしてきたという、大きな荷物をひっぱった帰宅途中のスイス人の知人に、路上で会いましたが、その人の話では、わざわざコンスタンツにいったものの、欲しいものの3分の1は、すでに売り切れで買えなかったとのことでした。
スイスの東の国境に接するフォアアールベルクの6月20日のショッピングセンターの様子。大変店内混んでいたにもかかわらず、マスク着用者はほとんどいませんでした。ちなみにスイスでもマスク着用者はいまだ非常に少なく、店内の顧客も従業員も1割未満です(オーストリアでは現在、商店でのマスク着用の義務がなくなっています。「ヨーロッパで最初にロックダウン解除にいどむオーストリア 〜ヨーロッパのコロナ危機と社会の変化(4)」)
コロナにふりまわされる観光地イシュグル
3月上旬に、オーストリアのスキーリゾート、イシュグルで新型コロナウィルスの大規模な新型コロナウィルスのクラスターが発生しました。4月末までに明らかになったドイツの感染者の半分、デンマークでは3分の1、スウェーデンでは5分の1が、イシュグル経由で感染したものとされ、イシュグルは、ヨーロッパにおける新型コロナ感染の拡大の最大の問題地点として、ヨーロッパ人の脳裏に強く焼き付けられました。
現在も、イシュグルや属するチロル州のコロナ危機対応が不適切であったかなど調査が継続されていますが、これに並行して、先日、新たな驚くべき事実が公表されました。
4月21から27日の間に、インスブルック医学大学が、イシュグルの人口の約80%に当たる1473人の住民を対象にした抗体検査を行った結果、42.4%の人に抗体があったというのです。この検査は、任意であり、無作為に選んだ人を対象にして行った調査でないため、データにある程度偏りがあることは確かですが、そうであるにしても、イシュグル在住の8割が受けた結果がこれほど、高い抗体保有率であったことは、人々を驚かせました。世界的にみても、地域でこれほど抗体保有者の割合が高い場所は、これまでないといいます。
そして、この調査の責任者であるウィルス学研究者フォンラエーDorothee von Laerは、イシュグルでは集団免疫にはいたらなかったものの(徹底したソーシャルディスタンスなどの感染予防の措置によって、拡大していた感染は収束しました)、抗体保有者の割合が高いため、「イシュグルでは、一部の人が感染から守られる可能性がある」と指摘しました(Ischgl, 2020)。
つまり、イシュグルは、今年冬は、感染のクラスターをつくったことで、ヨーロッパ中に悪名としてとどろき、イメージは地に落ちましたが、その同じイシュグルが、図らずも、今度は、抗体保有者の非常な高さという、世界中でまだ、どこも到達していない境地に達したことで、完全な集団免疫ではないにせよ、ある程度、感染拡大を防げる状態にいたったことになります。
もちろん、できた抗体は、悪しきクラスター発生とともに生じたものであって、獲得した抗体保有率を手放しでよろこぶことも、ましてそれを観光キャンペーンで大々的に取り上げることも、その後の被害の大きさを考えると、倫理的に難しいでしょう。他方、村の住民の高い抗体保有者率により、観光客の感染の危険が、ほかの地域に比べ、かなりおさえられるであろうことは、地に落ちた観光地イシュグルが再び観光客を呼び戻すための、大きなプラス・ポイントといえるかもしれません。
なにはともあれ、イシュグルは、ヨーロッパのコロナ危機の歴史で、最悪のクラスターを発生させてしまったこと、そしてその後、世界最高レベルの抗体保有率を住民が獲得したという二つの事実によって、忘れさられることがない観光地の名前として残っていくことになりそうです。
おわりに
2回にわたって、ヨーロッパの観光をめぐる現在の状況を、さまざまな角度から観察し、コロナ危機によって引き起こされた観光の明暗をみてきました。
全般に、コロナ感染の第二、第三波が恐れられる現状では、まだ先行き非常に不透明で、観光業界全体から青色吐息がきこえてきそうな状況ですが、その一方で、新たな動きが、観光業界のこれまでの経験や資源を土壌にうまれてきていました。
アムステルダムでは、この不安定なコロナ危機をきっかけに、都市観光のあり方を見直し、新たな仕切り直しをして、住民と共存する観光を目指す方向に拍車がかかってきており、イギリスではフライトアテンダントとして訓練された資質が、全く観光と異なる医療分野というところで注目されるという、これまで考えられなかったような展開がありました。
これまでのやり方に全面ストップがかかってしまった観光業界にとって、立ち止まって、改めて、地域や個人のそれぞれの資源や能力を点検し、これからにいかせるもの、持続可能なものを吟味しながら、ウィズ・コロナの時期やその後の時代の戦略を長期的に構想していく、よい機会となるかもしれません(観光大国オーストリアにおける持続可能な観光の議論については「ツーリズムの未来 〜オーストリアのアルプス・ツーリズムの場合」)。
今後も、ヨーロッパの動向を観察し、新しい動きについて随時、報告していきたいと思います。日本もこれから同じように夏の夏季シーズンにはいり、観光業界の試行錯誤がヨーロッパと同様に続くと思いますが、日本においてもなにか参考になるようなことを発信していけたらと思います。
参考文献
Amsterdammers launch petition to tackle over-tourism, DutchNews.nl, June 16, 2020
Boztas, Senay, Amsterdam new holiday rental rules begin on July 1, DutschNews.nl, June 26, 2020
Coronavirus: NHS may need to hire cabin crew from airlines, BBC, News, 22 May 2020
Gemeente Amsterdam, Persbericht, Datum 25 juni 2020, KenmerkPb-141
HOTELPLAN SUISSE ENTLÄSST 170 MITARBEITENDE UND SCHLIESST 12 FILIALEN, Travel News, 25.6.2020.
Ischgl: Wegbereiter für Herdenimmunität in ganz Österreich?, meinbezirk.at, 26. Juni 2020, 01:17 Uhr
Konsequenz der Coronakrise - Hotelplan baut 170 Stellen in der Schweiz ab, SRF, News, 25.6.2020.
Österreich Werbung: Offensive für Urlaub in Österreich startet, 21.5.2020.
Partington, Miriam, Coronavirus: A fresh start for Amsterdam tourism?, DW, 22.6.2020.
Statista Research Department, Statistiken zum Reiseverhalten der Deutschen, 25.7.2019.
Wie europäische Länder den Sommertourismus retten wollen, NZZ Wirtschaftsredatkion, 20.5.2020.
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
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