報道機関がさぐるポッドキャストの可能性 〜ヨーロッパのジャーナリズムの今(3)
2020-07-30
3回にわたって、ヨーロッパのコロナ危機以降のジャーナリズムの状況にみるシリーズの今回は最終回として、最近、ヨーロッパの報道機関がさかんに利用するようになったポッドキャストに焦点をあて、ジャーナリズムにとって、そこでなにが期待できるかについて考えてみたいと思います。
※これまでの2回の記事の内容は以下です。
ジャーナリズム全般のコロナ危機下とその後の状況について:
「コロナ危機が報道機関にもたらしたもの」
コンテンツで急成長しているポッドキャストについて、伝統的なジャーナリズムが衰退した背景と対比した概観:
「デジタル時代に人気の「聴く」メディア」
知識や情報提供を意識したポッドキャスト
これまで、人気のポッドキャストの内容といえば、語りや対話、ストーリーテリングなど、レクリエーション的なコンテンツが圧倒的でした。しかし、勉強や情報収集を種目的とするコンテンツで、人気を博すものも、ちらほら最近、でてきました。
例えば、ウィーン出身の歴史学博士の二人Daniel Messner, Richard Hemmer,が、交互に毎週世界のどこかの歴史の話を語る「ツァイトシュプルンクZeitsprung (タイムワープの意味)」という30分から50分の歴史番組は、すでに7月はじめまでに8百万回以上ダウンドーロされています。これは全く独立した個人がやったものとしては、最も成功のヒットになっています(Marti, S.57.)。
学ぶ場としての聴くメディアは、これまでも、ラジオ講座や通信大学講座といった、耳から学ぶ勉強の場は長い伝統がすでにありました。しかし、そのコンテンツが非常に豊富になり、しかも無料か安価で、しかも簡単にダウンロードできて、場所や時間を選ばずに聴くことができるようなったことは、格段、使いやすくなったといえます。
ジャーナリズムのポッドキャスト番組
このような「学ぶ」ポッドキャストの人気に並行し、あるいは一部はそれに先行して、ポッドキャストを、ジャーナリズムのメディアとして使う動きもまた活発になっています。
ヨーロッパで最初に、ポッドキャストに目をつけた報道機関は、もともとラジオやテレビ番組を放送している放送局でした。ドイツ語圏では、特にスイスの公共放送がその可能性をはやくから注目し、多くの放送作品をそのままポッドキャストに流し込み、テレビやラジオなどのチャンネルに並行して、視聴できる体制をつくりました。
現在、ニュース・政治、経済、背景・インタビュー、文化、科学(学問)・デジタル、娯楽・風刺、音楽の7分野で、180以上のテレビとラジオ番組が、すでにポッドキャストで視聴できるようになっており、スイス公共放送の主要な番組が網羅されているといってもいいかもしれません。いつでもどこでもダウンドーロできるため、公共放送のポッドキャストの利用は急速にのびていきます。2009年の段階ですでに年間トータルで2400万回ダウンロードされており、スイスのラジオのニュース番組「時代のエコー(こだま)」(ドイツ語)だけでも、月間25万回ダウンロードされています(「聴覚メディアの最前線 〜ドイツ語圏のラジオ聴取習慣とポッドキャストの可能性」)。
今年はさらに、ポッドキャストの社会での存在感をさらに高めるヒット番組がコロナ危機下のドイツ語圏で、登場しました。ドイツ公共放送局のひとつ北ドイツ放送局(NDR)のキャスターが、世界的なウィルス学者でシャリテ・ベルリン医科大学のドロステン Christian Drosten教授に、質問し回答してもらうという一般視聴者向けの「コロナウィルス・アップデート」という番組です。2月26日から6月23日までに50回配信されました。刻々と変わる、新型コロナウィルスやその感染について最新の情報をドロステンがわかりやすく明確に説明したため、毎回40分から1時間の比較的長いウィルスについてだけの専門番組であったにもかかわらず、またたくまにドイツ中で、大好評となり、7月はじめまでに、6千万回以上がダウンロードされました。
この番組は、6月末、グリム・オンライン・アワードという、ドイツのオンラインメディアにおくられる最も権威がある賞で、情報部門と聴衆賞という二つの賞を受賞しました。すでに受賞時点で、この番組を知らぬ人はドイツ人でいないのではと思われるほど知名度が高いポッドキャスト番組でしたが、この受賞で、ポッドキャストというメディアが、既存のテレビやラジオ、新聞などに劣らない、すぐれたジャーナリズムのツールであることが、改めて承認されたといえるかもしれません。
ちなみに、グリム・オンライン・アワードは、近年記事でとりあげた二つのコンテンツも受賞しているので、それらについても言及しておきます。ひとつは、昨年のリゾのユーチューブビデオ(「ドイツの若者は今世界をどのように見、どんな行動をしているのか 〜ユーチューブのビデオとその波紋から考える」)、もうひとつは、メディアコンテンツではなく、新聞社『ディ・ツァイト』が企画・主催した「ドイツは話す」プロジェクトに贈られたものです「「人は誰とでも対話できるのか 〜プロジェクト「ドイツは話す」からみえてくる希望と課題」)。
新聞社も続々参入
最近2年間で、放送局に続き、新聞社も、相次いでポッドキャストに参入しています。新聞社が配信している内容は、放送局が、もともと番組として放送している内容をそのままポッドキャストに流す場合が多いのとは対照的に、(紙面の文面を単に音声化して読み上げるといったものでなく)ポッドキャストのために、一からつくりあげたコンテンツです。
数分に主要なニュースをコンパクトにまとめたようなものもあれば、記事の裏話、関連するインタビュー、世界各国の通信員に特定のテーマについてきくものなど、ジャンルや形式にこだわらない、自由な形で多様なスタイルであることが特徴です。同じ新聞や雑誌でも、切り口が全く違う複数の番組を並行して配信していることもしばしばです。
ジャーナリストみずからがマイクの前にたって制作されることが多く、語り口も様々です。テレビのニュースキャスターのように中立的な話法もあれば、ラジオのパーソナリティーに近いカジュアルな語り口で、文面化されたジャーナリズムでは聞けないような取材こぼれ話や、率直な意見を話す人もいます。
ポッドキャストの番組の長さや頻度にも「平均的」というものはありません。5分のものもあれば、1時間半のものもあります。テレビやラジオと異なり時間的な制限が特にないため、同じ番組でも、回によって、長さがかなり違うこともあります。番組の頻度も、毎日や毎週、毎月など定期的なものもあれば、不定期、あるいは決まった期間のみというものもあります。
報道機関にとってのメリットとは、収益性は?
さて、このように、報道機関が現在こぞってポッドキャストを配信していることは、なにを意味しているのでしょうか。報道機関側にとっても、やりはじめたばかりで、目的や目標は、まだ鮮明になっていないというのが正直なところかもしれませんが、これだけどこも揃ってはじめているということは、なんらかのメリットを期待しているからと思われます。具体的にどんなことが期待できるでしょうか。
例えば、端的に、ポッドキャストによって収益がでるのでしょうか。ほかのジャーナリズムのデジタルコンテンツと同様に、ポッドキャストも、最初から無料のものとしてスタートしたため、利用者に課金するのは簡単ではないようにみえます。ただし、収益をあげることが全く不可能なわけではなく、現状を観察すると、収益をあげるのに、ふたつの方法があるようです。
ひとつは、ポッドキャスト番組中に広告から得る広告収入です。ただし、いまのところ、(理由は不明ですが)むしろい広告を入れている新聞や雑誌のポッドキャストはむしろ、少数派にとどまっています。
もう一つは、人気番組となることで、特定のプラットフォームと契約を結び、契約料という収益を得るという方法です。これはジャーナリズム分野ではなく、一般的な収益をあげるモデルと定着するかわかりませんが、少なくとも、ポッドキャスト全体では、少しずつ一般化しつつあります。
これを率先して行なっているのがスポティファイです。定額制の音楽配信で急成長しているスポティファイは、昨年2月に、音楽だけでなく、音源のコンテンツ分野全体を網羅する「オーディオ・ファースト」という方針を打ち出しました。音楽だけでなく、ポッドキャストコンテンツの配信にも力をいれることで、「世界のオーディオ・プラットフォームの首位にたつ」(Ek, 2019)ことを目指すとし、スポティファイで聴けるコンテンツを急増させています。2018年、ドイツ語の番組(プログラム)は2000件でしたが、1年後の2019年には12000件になっています(Dettwiler, 2020)。
このような方針にそって、スポティファイは、人気ポッドキャストの独占契約にも意欲的です。例えば、コロナ危機下(ポッドキャストの利用が世界的にさらに増えた時期)、アメリカのコメディアンのローガンJoe Rogan と独占契約をむすんでいます。これによって、ローガンの人気番組で毎月2億回近くダウンロードされている「The Joe Rogan Experience 」は、今後少なくとも年末までは、スポティファイだけで配信することになるといいます。このために、スポティファイが支払ったのは1億ドル以上と推測されています。ドイツ語圏でも、スポティファイと独占契約を交わす人気番組がちらほらでてきました。
週間新聞『ディ・ツァイト Die Zeit』の「セルヴス・グリュッツェ・ハローServus Grüze Hallo」
一方、(直接的な収益につながっているようにみえない)現時点においても、ジャーナリズムのポッドキャストのヘビーユーザーのわたしからすると、ジャーナリズムがポッドキャストをするメリットは明らかにあるように思われます。それは、ポッドキャストが、人々と報道機関との間に強く、親密な関係をとりもつことができる可能性。これまでの文面でのやりとり(記事の掲載やそれについて読者がコメントを送るなど)や、広告、ソーシャルメディアを通すのとはまた一味違う、親密でロイヤルな関係性が築ける可能性です。
一体どういうことなのかを、卑近な例で恐縮ですが、私がいつも聴いているひとつの番組と、これについての私の所感を題材にして、説明してみます。
ドイツの週間新聞『ディ・ツァイト Die Zeit』のポッドキャスト番組の一つで、2018年2月から毎週配信されている「セルヴス・グリュッツェ・ハロー」という番組(7月中旬までに120回配信、毎回45分程度)を2年以上、聴いてきました。
番組タイトルの、セルヴス、グリュッツェ、ハローは、それぞれオーストリア、スイス、ドイツの一般的な挨拶のフレーズです。このタイトルに象徴されているように、この番組では、いつもオーストリア、スイス、ドイツの『ディ・ツァイト』の記者三人が、登場し、三つの国の相違を観察し、議論します(『ディ・ツァイト』は、ドイツの新聞ですが10年ほど前から、オーストリアやスイス版もだされており、リスナーも三ヶ国に広くまたがっています)。とはいえ、まじめトークではなく、毎回、異なる、旬のニュースや一般的なトピックが選ばれ(例えば、年金制度、極右勢力、ウィンナーの食文化など)、軽快なトークでお互い(冗談半分に)比較あるいはけなし合ったり、理解に苦しむことをつっこみあって、説明していきます。
三人の対話や議論から、普段、ナショナルな枠組みの報道では対象になりにくい部分、ドイツ語圏の三ヶ国が似ているのに、どこが違うのかという部分が照らし出され、また、それについて、互いにどう思うか、率直な記者たちの意見も聴くことができることが、番組の真骨頂です。
この番組は、番組の最後にその週のスイスとオーストリア版の記事が簡単や紹介されますが、それ以外は、新聞と直接関係ない内容になっており、視聴も新聞の購買に関係なく(ほかのジャーナリズムのポッドキャストすべてと共通して)無料です。番組中、広告も一切入りません。
その意味では、『ディ・ツァイト』の直接的な収益にはなっていませんが、他方、下手な宣伝よりも、ずっと大きな、新聞のPR効果が、しかも、1カ国だけでなく、これを聴いているであろう3カ国にまたがる広いリスナー層にあるのではと憶測します。
というのも、この番組を聴くと、記者たちが広い知見があり、かつバランスのとれた鋭い機転のきく観察力があること。そしてなにより、お互いの違いを衝突でなく、つねに笑いにかえるような、ユーモアのセンスと陽気さがある人たちであることが、よくわかり、聴いているうちに、記者やその人たちが作る新聞『ディ・ツァイト』に親近感や信頼が湧いてくる人が多くなるように思われるためです。
『ディ・ツァイト』は、この番組を聴かなくても、すでに良質のジャーナリズムとしてドイツ語圏ですでによく知られてはいます(「ジャーナリズムの未来 〜センセーショナリズムと建設的なジャーナリズムの狭間で」)。しかし、だからといって、人々が、この新聞に親しみを感じているとは限らないでしょう。
他方、耳からはいってくるこのようなポッドキャストを通じて、わたしの場合のように、リスナーと記者や新聞への距離がぐっと縮まるような感じを抱く人が続出するのだとしたら、ポッドキャストの配信は、決して、「無益」でも「無駄」でもないでしょう。
ただし、際限なくメディアで情報をできるだけ多く発信することで、できるだけ多くの人とつながっていることが、これからのジャーナリズムの目的ではないでしょう。
スイスのメディア界の重鎮フォイクトHansi Voigtが「メディアの質」が「(読む際の)重要なファクターとなるべき」ことは、今日明らかである(Qualitätssiegel, 2018, 「デジタル時代の情報機関の「質」をめぐる攻防戦 〜「メディアクオリティ評価」と社会」言っているように、ほかのデジタルメディアと競合するためにも、もっともジャーナリズムが重視することは、ジャーナリズムの質にほかなりません。
基本的に、読者とつながっていること自体が目的と化し、それらに時間と労力を費やすことで、ジャーナリズムの質が損なわれることは、本末転倒であり、決して報道機関のためにもならないでしょう。
それは全く正論で、異議はありませんが、そうであっても、メディアコンテンツがあふれる環境で、もしもポッドキャストが、(潜在的な)読者・購読者とつながるチャンネルとして機能を発揮するのであれば、報道各社にとって、大きなチャンスにもなるのではないかと思います。
おわりに
ジャーナリズムは全般に危機的な状況にあるのは残念ながら事実です。しかし、そんななかでもさかんになっている、ジャーナリズムのポッドキャストの多様な切り口の番組の品揃えをみると、まだまだポッドキャストや、ほかの未知のデジタルメディアをジャーナリズムに活かす可能性はつきてはおらず、進化・発展していくのでは、と期待がつのります。
読まずに全部聴くだけで済ますという形の新聞がでてきて、有料販売されることも将来ありえるかもしれません。
ところで、最後に、本論とは離れますが、観察する角度を変えて、ポッドキャストを使う側について思い描いてみると、これもまたとても興味深く感じられます。
近年は、世界中スマホが普及しているところでは、「スマホ中毒(依存症)」といった造語ができたり、そのような現象が問題視されています。それほど、スマホが人々の生活に密着し(一部ではしすぎ)ているわけですが、もしも、ポッドキャストが今後、急速に普及し、スマホと同じとまではいけないまでも、かなりの消費時間を占めるようになったらどうなるでしょう。
ポッドキャストは、基本的になにかをし「ながら」聴くというのが強みですから、スマホ依存症とは異なり、ポッドキャストが聴かれれば聴かれるほど、「ながら」の作業・動作が増えるということになったりするのでしょうか。
(画面を凝視する時間の代わりに)そうじや料理といった家事や、スポーツ、ストレッチ、犬の散歩といった、多様な実世界のアクティビティかける時間がぐんと増えるのでしょうか。少なくともそういったことをするのに、これまでより、億劫でなくなる、ということかもしれません。これらの現象を指し「ポッドキャスト現象(中毒)」のような造語も新たに生まれるのでしょうか。
生活様式もジャーナリズムも、デジタル機器やメディアの進化に合わせて、今後も常に適応し、変化しつづけていくに違いありません。
参考文献
Bandle, Rico, NZZ kündigt Entlassungen an. In: Sonntagszeitung, 3.5.2020, S.5.
Die F.A.Z. treibt ihre Digitalstrategie voran. In: FAZ, 18.7.2020, Nr.165, S.22.
Ek, Daniel, Audio-First, The Path Ahead, Newsroom.spotify.com, February 6, 2019
Fumagalli, Antonio, Zeitungsverbot im Bistrot treibt Verlage in Richtung Abgrund. In: NZZ, 16.5.2020, S.12.
Impressum spricht von «Schönreden» Abbau bei der NZZ, persoenlich.com, 25.6.2020.
Marti, Michael, «So richtig originelle Sex-Storys fielen uns nicht ein». In: Sonntagszeitung, S.57.
Podcast “Coronavirus-Update” mit Christian Drosten, ndr.de (2020年7月9日閲覧)
Qualitätssiegel für SRF-Sendungen, Echo der Zeit, SRF, 03.09.2018, 18:00 Uhr
Simon, Felix, Mdien, auf zu neuen Ufern. In: NZZ, 23.5.2020, S.7.
Tobler, Andreas et al., Wer schaut sich das an? In: Sonntagszeitung, 26.4.2020, S.49-50.
Podcast “Zeitsprung” Geschichten aus der Geschichte, Wissenschaftspodcasts.de
ドイツの新型コロナウィルス対策(ドロステンのポッドキャストの内容の武市知子さんによる全文和訳)(2020年7月19日閲覧)
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
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