カナダの移民政策とヨーロッパのジレンマ

カナダの移民政策とヨーロッパのジレンマ

2020-09-01

ダリル・ブリッカー Darrell Brickerとジョン・イビットソン John Ibbitsonの共著 »Empty planet. The Shock of Global Population Decline, London 2019»(邦題『2050年 世界人口大減少』文藝春秋、2020年)によると、カナダは、実際、毎年約30万人以上の移民や難民が入国しているにもかかわらず、移民との社会との摩擦が非常に少なく、移民のインテグレーション(社会への統合)が平和裡に進行しているといいます。

これは、ほかの国の昨今の事情と比較すると、驚異的です。ヨーロッパやアジア、また現在のアメリカをみわたすと、移民の流入を厳しく制限するか、あるいは移民が入ったことで、排外主義的な動きが過敏になり、たびたび不穏な動きがでてくる国があまりに多いためです(「出生率からみる世界(2) 〜白人マイノリティ擁護論と出生率を抑制する最強の手段」)。

カナダは、ほかの国が真似できない、特別な国なのでしょうか。それともほかの国々の未来の姿を先取りしているということなるのでしょうか。このような素朴な疑問を出発点にして、のぞましい移民政策とはどのようなものであるのか、今回から3回の連続記事上で、すこし考えをめぐらしていきたいと思います。

初回である今回は、冒頭の著作や、関連する情報を参照しながら、カナダとヨーロッパの状況を、対比させながら概観します。

次回(「スイスの国民投票 〜排外主義的体質の表れであり、それを克服するための道筋にもなるもの(1)」)と最終回(「スイスの国民投票 〜排外主義的体質の表れであり、それを克服するための道筋にもなるもの(2)」)では、重点をカナダからヨーロッパに移し、(カナダからみると全般的に移民政策がうまくいっていないようにみえる)ヨーロッパにあって、比較的移民政策が現在うまくいっているスイスの、「国民投票」という政治制度に注目してみます。なぜ移民政策のテーマの記事で、政治制度の一つである国民投票をとりあげるのかについては、次回以降に明らかにしていくことにして、この政治制度が、移民の受け皿である社会に与えている効果を考えながら、最終的に、カナダとスイスの移民政策において共通するものを提示してみたいと思います。

※参考文献は、第三回の記事の最後に一括して掲載します。

カナダの自国優先の移民政策

上述の本で、カナダが移民政策で優れている理由・背景とされているものは二つあります。

まず一つ目は、自国の利益を優先した移民政策のあり方です。カナダの永住権を取得する人々のうち、難民出身は、そのうちわずか、1割程度にすぎず、9割、つまり大部分の移民は、教育水準や仕事のスキル、語学力などをポイント制で評価され、カナダという国に貢献する資質をもつと認定された人たちです。つまり、カナダへの移住者の圧倒的多数は、カナダの「全く自分勝手な理由」(Bricker /Ibbitson, 2019, p.210)で入国を許された人たちだといえます。

これは、人道的な見地を移民や難民受け入れで(少なくとも表向きは)重んじてきたヨーロッパの移民政策の伝統とは、大きく異なっていますが、このように移民を経済政策の一手段と位置づけ、カナダ流の合理的・プラグマティックな観点から、移民を自ら選抜することで、自国の都合にマッチングしやすくし、受け入れ側のカナダに、問題や不満がでにくくなる、と著者はいいます。


カナダの国民気質

本書で、もう一つのカナダの移民政策がうまくいく重要な理由・根拠とされているのが、カナダの国民気質です。

近代国家は、共同体としての国内の絆を強めることで、他者を排除する原理をつくりだしましたが、歴史的に世界中からの移民を受け入れてきたカナダでは、そのような国を横断する絆がなく、逆に、現在のカナダ社会でも、もともとの出身地のコミュニティや絆を保たれており、「マルチカルチュラルなごちゃまぜ」(Bricker /Ibbitson, 2019, p.218)の様相です。

そして、「国家としてカナダを凝り固めることができないというまさにそのことが、ポストナショナルな国家としての成功の秘訣となった」(Ibid. p.219.)と、著者たちは言います。つまり、ほかの国に比べ共同体としての求心力はない代わりに、強い国民としての独自の気質をもたないことで、「世界で多様でかつ平和で調和のとれた国」(Ibid. p.219)になったと解釈されています。

カナダの現在の移民をとりまく状況

ここ数十年間、カナダは、主要先進国の間で、最も外国人を受け入れてきて、すでに総人口の20%は外国生まれとなっています。ただし移民が増えていても、犯罪は増えていません。例えば、260万人の人口を抱えるトロントの住人は、半分が外国で生まれていますが、1年で殺人事件件数は60件以下で、世界で8番目位に安全な都市とされます((Ibid. p.208-209))。異文化を背景に背負った人たちによる、寛容で、社会の多文化共存が、成立しているようです。

移民が暮らしやすい状況が作り出されることで、相乗効果がうまれ、カナダはプラスの好循環に入っているようにみえます。

例えば、カナダは、移民を希望する人が行きたいとする国のトップランキングに常に上位に位置する国となっており、そのおかげで、優秀な移民、必要な技能をもつ移民の受け入れも容易にしています。

世界的に不足が深刻で獲得競争が激化している介護などケア分野の仕事に従事する人が多い(「人出が不足するアウトソーシング産業とグローバル・ケア・チェーン」)フィリピン人の移住が非常に多いのはその証左でしょう。

フィリピン人は、1980年代はじめから家の家事やケア分野の就業者としてカナダに移住するようになりましたが、2011年以降は、インドや中国人をおさえ、カナダにくる最大の移民グループとなっています。フィリピンと、インドや中国との人口の差を考えると、これは非常に大きな数といえます。現在、50万人以上のフィリピン出身者がカナダに住んでいます。

総じて、カナダ人より学歴が高く、平均して7歳若い移民たちが、社会や経済の重要な一翼を担っているというのが、現代カナダ社会です。

カナダの新たな永住者のリストでも、フィリピン出身者が、年間5万人以上(2015年)となっています。
出典: Immigration.ca, How the Philippines Ranks First For Immigrants to Canada (Audio), Last Updated on février 12, 2017


すばらしい、では、ヨーロッパで可能か?

このようなカナダの状況をきいて、正直うらやましいと思う国は少なくないのでしょうか。しかし著者は、ほかの国がカナダを真似することは簡単ではない、と釘をさします。なぜでしょう。ほかの国では、何が違い、問題なのでしょう。また、本当にそうだすると、ほかの国は、今後、どのような展望があるのでしょう。

ここからは、本書を一旦離れ、わたしが長く住んできたヨーロッパに視点を移して、考察を続けます。

まず、わたしも、カナダのような移民政策は、ヨーロッパでは難しいだろうとする著者の意見に同意します。

どうして難しいのか、その背景には、様々な文化的・政治的、あるいは長期・短期的要因が複雑に関わっているので、いろいろな脈絡で説明することが可能だと思いますが、近年の移民受け入れの歴史で配慮すべき最大の理由は、移民を受け入れることへの住民の一貫した根強い不信感・抵抗感でしょう。移民が入ってくることで、自分の仕事が奪われたり、あるいは、移民同様に安い賃金での雇用を強要させられるなど、就労条件が悪化することへの危惧。文化や宗教的な摩擦や衝突が増えるのではという不安。それでも政府が強硬に移民枠を押し広げて、受け入れれば、外国出身者への排斥主義が強く刺激されることになり、急進派や過激派の暴走が手に負えなくなるのでは、という悲観的展望もあります。

昨年7月に労働市場に関する報告書『経済スイス』をUBSが発表しましたが、ここでも、いわゆる女性の仕事とよばれるケア分野の就業者が不足している問題に関連した項目で、上記のような問題意識とロジックが前面に表れていました。経済分野の報告書で、客観的な問題としてこのことが扱われていることが、一見に値すると思いますので、以下、そのまま引用してみます。

「これまでは、増える労働力需要を主に女性の就労が増えることでなんとか補っていたが、すでに一部その供給は限界に達しており、今後、女性の就労人数が大きく増員されることは期待できない。」
「これまで必要な労働力としてすでに多くの移民が就労しており、今後も必要な労働力を移民で補うとすると、これまでより3万人多く必要となり年間新たに10万5000人の移民の受け入れが必要となる。」
「しかしこのことは、二つの新たな問題につながる恐れがある。一つは、受け入れの規模が大きくなることで政治的また社会的に移民への抵抗が強まり、かえって人の自由な移動や EU 市場が脅かされる危険がでてくること。このため移民によって労働力を増員するという策は、最初にとるべき選択肢ではない。二つ目は、EUの失業率が低くなってきたため、これまでのようにスイスが高い技術をもつ移民を、長期的に労働力として確保できるか自体がうかがわしい。」(「男性が「女性の仕事」へ進出する時 〜みえない垣根のはずし方(1)」)。

ここでも示されている、移民に対する前面的な不信感や不安は、景気のよしあしに関係せず、また特定の業種の労働力不足の実態ともあまり関係なく、基本的にヨーロッパ全般にみられます。

しかし、そうであるとはいえ、まだ西側ヨーロッパは、排外主義のアップダウンを繰り返しつつも、移民をこれまで、かなり受け入れてきました。これに対し、ヨーロッパの東側では、移民をかたくなに拒む道をたどり、現在、西側よりもより深刻に、危機的状況に直面しています。

冷戦終結以降、東ヨーロッパの国々では、現在までに急速な人口減少を経験してきました。例えば、ポーランドから250万人、ルーマニアからは350万人が流出し、東ヨーロッパ全体では、1990年から今日までで1200から1500万人が西側ヨーロッパの移住するため祖国を去りました。その一方、移民受け入れへの不信感が非常に強く、実際には若干は入ってきていますが、移民との共生をのぞましく思わない傾向が社会に強くみられます。今後も、出生率が低空飛行のまま、依然として、移民を拒みつづけるのであれば、当然の帰結として国家を維持する社会的な基本機能が瓦解していくと、前掲書の著者同様、多くの専門家は予想しています。しかし、人口縮小への危機感こそあっても、移民に対する拒絶反応が依然強く、状況がかわる兆しはまだみえていません(「移動の自由」のジレンマ 〜EUで波紋を広げる新たな移民問題、「東ヨーロッパからみえてくる世界的な潮流(1) 〜 「普通」を目指した国ぐにの理想と直面している現実」、「東ヨーロッパからみえてくる世界的な潮流(2) 〜移民の受け入れ問題と鍵を握る「どこか」派」)。

ちなみに、日本を含めた東アジアの国々が直面している現状も、東ヨーロッパとかなり類似しています(「出生率からみる世界(1) 〜PISA調査や難民危機と表裏一体の出生率」)。

次回に続く

では、そのような移民問題で困難を抱える多くの国では、カナダのようになれないとすれば、どうすればいいのでしょう。ほかになにか有効な手段はないのでしょうか。

この問いにぴったりあう回答ではありませんが、スイスでは、近年、国民投票という制度が、移民政策に貢献するオータナティブの独自のシステムとして、注目されます。もちろん、スイスの移民政策の成功をこれだけに収斂して語ることはできませんが、スイスが現在、ほかのヨーロッパ諸国に比べて、移民問題が少なく政情が安定しているのには、この国民投票が少なからず寄与しているという見方が、スイス社会では、幅広くみられます。

具体的に、国民投票という政治制度が、どのように移民問題に関与しているのか。次回以降は、このことに焦点をしぼりみていきます。ほかの国々にも共通する、移民との向き合い方という問題領域に、新たな切り込み口をみつけていければと思います。

※ 参考文献については、こちらの記事の後に一括して掲載します。

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。



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