「新しい日常」下のヨーロッパの観光業界 〜明暗がはっきり分かれたスイスの夏

「新しい日常」下のヨーロッパの観光業界 〜明暗がはっきり分かれたスイスの夏

2020-09-21

今年の夏は、コロナ危機で休暇どころではない、という状況の国も多かった一方、ヨーロッパでは、ロックダウン直後から、今年の夏季休暇に、どこに人が流れるか、大きな関心をもたれていました。というのも、観光関連産業は、ヨーロッパのどこの国においても、今日、GDPの1から2割を占める重要な産業分野であるためです。

そして迎えた、ウィズ・コロナの「新しい日常」の時代に突入して最初の今年の夏は、観光業にとってどんな夏だったのでしょう。これから観光業界はどんな展開をしていくのでしょう。

今回から3回にわたり、スイス、ルーマニア、スペイン、の三ヶ国をまわりながら、現在の観光業の多様な局面の断面をみていきたいと思います。

三つの国のレポートでは、注目することも、切り口も全く異なります。異なる角度から光をあてることによって、(これまでの観光のあり方への単純な評価や、将来への悲観など)平坦になりがちな議論や、(性急に解答を求めがちな)観光についての展望とは一線を画し、今後の観光のあり方をより豊かに議論するための、材料が提供できれば、と思います。

ちなみに、コロナ禍の観光については、今年の初夏にも若干の考察をしています。今回の考察と合わせてこちらもご覧いただけると、ヨーロッパの観光業界の直面している状況や背景がより、鮮明・立体的にみえてくるかと思います。

ドイツ人の今夏の休暇予定が気になる観光業界 〜ヨーロッパのコロナ危機と観光(1)

コロナ危機を転機に観光が変わる? 〜ヨーロッパのコロナ危機と観光(2)

スイスの今年の夏のバカンス

今年の夏のスイスの観光をみると、ツーリズム全般が大打撃を受けたというのではなく、場所により、大きく明暗を分けたというほうが正確でした。閑古鳥が鳴く場所が多かった一方、一部の地域では、これまで以上に多くの客で賑わっていました。

なにが明暗を分けたのか、以下、これまでのメディアでの報道をもとにしながらまとめてみます。

今年の観光白星組

まず、観光客が、通常とほぼ同じほど、あるいは通常以上に多くなるほど盛況となった地域についてみてみます。

スイス国内では、アルプスの南側に位置するイタリア語圏のティチーノ州と、山間部に位置するグラウビュンデン州がそれに当たりました。どちらの地域も、8月下旬まで、ほとんどどこのホテルも満室で、宿泊の値段まで4〜5%近くあがっているほどでした(Kaufmann, 2020)。

ところで、アルプスの南側に位置するイタリア語圏のティチーノ州と、山間部に位置するグラウビュンデン州には、共通することが二つありました。ひとつは、そこでの観光客の客層です。今年のその二つの地域では、スイス人が、一部は99%と言われるほど(Kaufmann, Jankovsky, 2020)、圧倒的な多数派でした。もう一つは、地理的な特徴です。二つの州は、北部の低地(アルプスの北側)で人口が集中する都市部から、いずれも、最も地理的にも交通アクセスでも、離れている地域であるということです。

今年の観光の勝敗を分けた二つのポイント

今年の夏の動向を分析していくと、この二つの共通する特徴、スイス人と都市部からの地理的な遠さこそが、今年の観光業界の明暗を分けるポイントであったようです。

今年は、スイス国外に他国から入ることへの規制が厳しく、また依然、ほかのヨーロッパ諸国に比べ物価が高いため、スイス国外からスイスに休暇にくる人は非常に限られていました。つまり、スイス人が圧倒的でメインな客層になりました。つまり、スイス人が、来訪するかしないか、という1点が、観光地の明暗を大きく分ける、まず最初のポイントとなりました。

地理的な遠さが、二つ目の盛況だった理由であるというのは、以下のように解釈されます。

これらの地域は、主要都市のスイス人にとっては、遠方に位置し、日帰りではまずいかないころです。もちろん数泊の旅行でいくのには適していますが、数泊で旅行するところといえば、そこにいかなくても、これまでなら、近隣の国でほかにも安くて行ける、魅力的なところが多くありました(スイス国内の物価は隣国よりも割高であるため)。このため、これまではなかなかスイス人が足を運ばない地域となってしまっていました。

同様に、空港や主要都市経由で、外国から訪れる客にとっても、これらの場所は、アクセスが難しい場所であったため、総じて、グラウビュンデン州は、近年、訪問者数が、ほかの伸び悩んでいました。

しかし、今年は、コロナ危機で今年は国内で休暇をすごそうと決め込んだ人が、いままであまり行っていなかったスイスのどこかにいってみようと思ったときに、(ほとんどこれまで訪れなかった場所として)このような地理的な特徴が、逆に注目されることになったようです。これまでほとんどいなかった、若者層が今年、多いのも特徴だそうで、山好きの一定層だけでなく、より幅広い社会の層が普通におとずれるような観光地となっていました。

ただし、ティチーノ州の状況はグラウビュンデン州のそれとは少し違います。主要都市部から遠いことは共通していますが、ティチーノ州は、アルプスの下に位置し、年間を通じて温暖な気候であることで、スイスでよく知られたおり、これまでも、季節を問わず、スイス人の観光客が多いところでした。気候も風景もアルプス北側と大きく異なるティチーノは、アルプスの北側のスイス人にとっては、一種の憧れの「休暇」のイメージを体現しているところだといえます。

まとめると、これまで、スイス(の都市部)の人にとって、遠方として、あまりたずねられてこなかったところ(グラウビュンデン州)、あるいは何度たずねてもエキゾチックに思われる地域(ティチーノ州)が、今年のスイス人の休暇の地として人気が高まったといえるでしょう。スイス人にとって、(国内にあっても)国外旅行の代替的な役割を果たすような場所であった、と解釈することもできるかもしれません。

もちろん、観光の前提として、その地域一帯あるいは国全体の感染状況が比較的落ち着いていたことが、これらの地域に人が行けた大前提としてありました。スイスは、4月にロックダウンが解除されて以降、ナイトクラブ等でクラスターがたびたび形成されてはいるものの、全体として比較的、状況は落ち着いて推移しており、国内の移動への制限はありませんでした。

今年の観光の黒星組の特徴

逆に、今年、観光客が急減して、大打撃を受けた地域も多くありました。それは、都市部と、これまでアジアやアラブ、またヨーロッパ各国からの観光客が多かった地域です。

都市部は、昨年までの30年間、観光客の数がおおむね順調に増加し、ホテルの部屋数だけでなく、民泊の数もコンスタントに増えていました。都市部は、スイスに限らず、ヨーロッパ中でロックダウン直前まで、人気の観光スポットとしての、ゆるがぬ地位にありました(「観光ビジネスと住民の生活 〜アムステルダムではじまった「バランスのとれた都市」への挑戦」)。

しかし今年は、都市のホテルは例年に比べ、70%近くまで売り上げが減っています(Kaufmann, 2020)。近年、純粋な都市観光目的の人が激減しただけでなく、コンサートや祭りなどの大型イベントが全面的に中止となり、ホームオフィス・モードになったためビジネス全般の出張がなくなったこともあり、都市へ赴く人が、全般に減ったためです(Gut, 2020)。

都市部だけではなく、本来、風光明媚な自然環境で観光客の人気スポットになっているところでも、収益が大幅に減っているところが少なくありませんでした。とりわけ大きな打撃を受けたのは、グローバルな観光客を主な対象客として、繁栄してきた観光地です。

これまで、それらの地域は、アジアやアラブなどの国外からの観光客向けの観光キャンペーンに力をいれ、実際に外国からの観光客であふれかえっていましたが、逆に、スイス人の間では、「スイス」を大げさに演出した商業的で、人があふれ落ち着かない観光地というマイナスのイメージが、スイス人のなかに定着していました。

今年は、急遽、スイス人向けのイベントを開催するなどで対応しましたが、遠のいたスイス人の足をすぐにひきつけるのはやはり難しく、シーズンをとおして、昨年までとは比較にならないほど閑散としていました(Kingbacher, 2020)。

これらの地域では、外国からの観光客が来れない上、国内からの旅行客の獲得にも苦戦した結果、客室料金の大幅な値段の下げ幅を引き起こしました。

下の図で青く数字が示されている地域が、これまで遠方の観光客に頼った観光を進めてきた地域です。スイス・トラベル・センターの分析によると、アルプス山間部で景色も素晴らしい地域が多々あるにもかかわらず、この中間地帯のホテルの宿泊料金は、前年比で、7から20%まで値が下がっています(Kaufmann, 2020)。



今年スイスで観光客獲得に苦戦した地域は、ちょうど低地の都市部とさきほど指摘したグラウビュンデン州とティチーノ州の間にはさまれた地域です。先ほどの説明を逆にして読み解いてみると、多くのスイス人(都市部の人)にとっては、日帰りでもいける近場であるゆえ、逆に、長期の夏休みに大挙してあえて、おとずれる対象になりにくかった地域となります。

スイスの異例づくしの夏の観光シーズン

今年のスイスの観光の状況をまとめてみると、以下のような、異例づくしで、これまでと情勢が逆転するかのような結果であったといえます。

・これまで観光客としてスイスで存在感を誇っていた外国人が消え、代わって、(これまで外国に多くでていっていたと思われる)スイス人たちがスイスの観光地の各地に多く出没した。

・これまで多くのスイス人(都市部のスイス人)にとって、地理的に遠く不便に感じられていた地域が、高い人気となり、これまで史上ないほど盛況にみまわれた。これまで少なかった、若者が多いのも、今年の特徴。

・これまで多くの外国からの客を迎え栄えていた観光地が、とりわけ来訪者数激減に苦しんだ。

つまり今年は、観光地が全く予想できなかった、いい意味でも悪い意味でも、驚くような結果だったといえます。また、この結果で悲観することも楽観することもあまり意味がなさそうです。今後もしばらくは、国内、国外の観光客がどう動くか、予想するのは非常に難しく、今年の傾向が、どれくらい長く続くかもまたわからないためです。

総じて、観光という業界の不安定さ、最後の決断のところで他人だのみで、自分たちで制御できない難しさをもつことを、改めて思い知らされた、という感じです。

次回はルーマニアから

次回(「過疎化がもたらした地域再生のチャンス 〜「再自然化」との両立を目指すルーマニアのエコツーリズム」)は、従来の観光に対して明確にノーを示すことで、ほかのツーリズムと差異化させ、商業的なツーリズムに猜疑的な客層の関心を逆に集めるようになった、エコツーリズムという新たなツーリズムのジャンルの最新事例を、ルーマニアからお伝えします。

※ 参考文献については、3回目の最終回で一括して掲載します。

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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