過疎化がもたらした地域再生のチャンス 〜「再自然化」との両立を目指すルーマニアのエコツーリズム

過疎化がもたらした地域再生のチャンス 〜「再自然化」との両立を目指すルーマニアのエコツーリズム

2020-10-01

前回(「「新しい日常」下のヨーロッパの観光業界 〜明暗がはっきり分かれたスイスの夏」)に続き、今回も、ヨーロッパの観光の行方について引き続き取り上げてみます。今回は、ルーマニアのエコツーリズムの事例をみていきます。

エコツーリズムとは、厳格な定義があるわけではなく、一般に、積極的に自然と関わる作業や自然観察ツアー、あるいは宿泊関連施設が環境を配慮したものであるなど、環境や持続可能性を重視した旅行全般を指しますが、今回は、特に、地域社会における重要な二つのテーマ、過疎化(という社会問題)と野生生物の生息場所の確保(という環境問題)を解決する手段として取り入れられている旅行形態についてみていきます。

地域生活の質の向上や環境の共存という課題に対して、具体的に、ツーリズムがどう仕掛けられるか、どう機能するか、というテーマを、この事例からさぐってみたいと思います。

「再自然化(原生・野生にもどす)」という新しいエコツーリズムの指針

少し、背景の話からはじめます。ヨーロッパはこれまで、世界的にも非常に人口が密集しているだけでなく、道路や鉄道などの交通網も高密度で発展させてきました。このため、逆に、原生的(ワイルドな)自然(環境)やそこに住む動植物がほとんどなくなっていました(原生やワイルドは、ここでは「手つかず」ではないにせよ、人の手がほとんど入っていない、影響を受けない形で成長、拡大した自然を示すこととします)。

一方、19世紀の産業化以降、都市への人口の集中化や農村の過疎化、また一次産業従事者の高齢化と減少化が進み、人間が手入れしない牧草地や畑、森林地帯が増え、そこに、人の意思とは無関係に、動植物が繁殖するようになり、人の立ち入りが難しくなる場所も増加してきました。

近年は、とりわけ、地方の高齢化や、第一次産業の後継者不足が、これまで以上に加速されて進行しているため、Rewilding Europe協会によると、毎年ヨーロッパ中で、100万ヘクタールの農家や牧畜を家業とする人たちの土地が放棄されていると言われます。

このような地方の過疎化や土地の放棄は、そこに住む住人にとっては、危機的な状況である反面、エコロジーの視点からみると、再び、その土地を人間から自然にもどす大きなチャンスでもあります。

少なくとも、そう考える人がいて、具体的に、「リワイルディングRewilding (再自然化)」と呼ばれる手法をかかげます。これは、「「自然は最善の方法を知っている」という哲学に則って」、「人により劣化した自然の営みを復元することを目的とした」(Young, 2018)自然環境と生態系復元の取り組みです。

逆境を逆手にとった新しい観光コンセプト

さらに、生態学者や生物学者の間で知られる、この「リワイルディングRewilding (再自然化)」(以下「再自然化」と表記)とい自然復元の手法を、観光と結びつけて、それぞれの地方の住民にも恩恵をもたらせるのではないか、というアイデアが現れました。

そして、具体的に、Rewilding Europe協会が、世界自然保護基金(WWF)と協力しながら、ヨーロッパのいくつかの地域 (スウェーデン、ノルウェー、ポルトガルとスペインの国境地域にあるイベリア地方など)で、2010年代から、エコツーリズムの取り組みがはじまりました。

今回は、2014年から、冷戦終結以降とりわけ過疎化が深刻に進んでいる東ヨーロッパの国のひとつルーマニアの過疎地域、南カルパティアSouthern Carpathians(ルーマニア中央部を東西に連なる山脈。トランシルバニア・アルプスの別名)を例としてとりあげてみます。

ルーマニアの「再自然化」とは、野牛が闊歩する新たな風景を作り出すこと

Rewilding Europe協会が進める「再自然化」の手法では、「再自然化」をその地域で進めていく上でキーとなるような重要な特定の動物を野生化させることに重点が置かれます。ルーマニアの南カルパティアにおける「再自然化」では、とりわけ、ヨーロッパバイソンbison (Bison bonasus)と呼ばれる大型の野牛の自然環境(再野生化地区)に放すことを意味します。

ヨーロッパバイソンは、大陸最大の陸に住む哺乳類であり、オスは、体長250〜350cm、肩高1.5~1.8メートルにもなり、森林やステップ(草原?)の間のバランスを保ち、ほかの多様な動植物の生息場所を作り出すという意味で、生物多様性に大きな役割を果たしている動物と評されます(ヨーロッパバイソンの画像やビデオは、参考文献のRewilding Europeのホームページからご覧いただけます)。100年前に野生のヨーロッパバイソンは、絶滅してしまいましたが、その後、ヨーロッパ各地で繁殖活動が行われ、現在は約6500頭まで増えたと言われます。

そして、2000年代からは、オランダなどで動物園から野生に戻すプロジェクトが少しずつ進められてきました。

バイソンの生息に理想的な場所としてRewilding Europe協会と、世界自然保護基金(WWF)がこの地を候補にあげ、村長にこの構想を説得し、そしてその後村長が、村人の説得にも成功したことで、2014年、はじめてバイソンがこの地に連れてこられました。

体は大きいですが、草食動物であり、人に遭遇することがあっても、人が攻撃的な態度を示さなければ、通常は人に攻撃をするようなことはなく、庭の野菜を食いあらされるなどの被害はたびたびあるようですが(その対策を講じれば)、基本的に、危険なく共存しやすい動物だとされます。

2020年7月下旬、新たにドイツの保護区から8頭が連れてこられ、これまで放した57頭と合わせ、現在65頭が、この地域に生息しています。


出典: Rewilding Europe, Bringing back the bison. のサイトの「What we are doing」の写真の一部


この地域独自のエコツーリズム

バイソンを通した「再自然化」と、地元の人々にとってのメリットという二つの相異なる目標を同等に重視し、地域住民の生活の向上や地域活性化の展望を得るための手段として、取り入れられたのが、ここでいう「観光」、すなわちエコツーリスムです。

この地のエコツーリズムの構想は、それは、檻の中のバイソンを観察してすませるような、マスツーリズムとはっきり袂を分かちます。

バイソンの見学は、四人までの小規模のグループで、生息地を3−4時間かけて、生息地を散策するガイドツアーを行います。見るだけでなく(逆に見られる保証もない)、足跡やほかの生息のサイン、全体のエコシステムやバイソンについて細かな説明を受けながら、濃厚な自然観察体験をできるようにします。

バイソンの観察で訪れる人には、見学のほかにも、自転車ツアーやハイキング、キャンプなどのアクティビティができ、滞在先となる地域の宿泊施設では、村で空き家となっている農家の家などで、地元の食文化を体験し、土地の人々やそこの伝統とのつながりをもつ過ごし方をすることになります。

ヨーロッパの自然愛好家では、ヨーロッパバイソンは有名な動物で、それが動物園の檻のなかでなく、自然のなかでみられることに興味をもっている人、潜在的に観光客となる人は少なくないと思われます。特にヨーロッパバイソンは、ヨーロッパで最も大きな動物であり、それが自由に草原や森を闊歩する姿は人を感動させるに十分だからです。

そして最終的には、地域の人々の収入や雇用を増やすだけでなく、若者や起業精神をもった人たちも惹きつけるような地域となることを目指しているといいます。

おわりに

このような「再自然化」とドッキングさせた観光コンセプトを最初に聞いた時、とても驚きました。過疎化という人間の都合(問題)を、野生動物を生息させるチャンスにしようという逆転の発想。さらに、それを、エコツーリズムにして、地域振興に最大限活用しようという、発展的な着想。

過疎化という、衰退し、忘れられ、失われる場所化していくプロセスにあって、その過疎化という現象を、むしろ、最大の強み、「資源」として活かすことで、ほかには簡単に真似ができない特別の観光の魅力をつくりだそうというのです。

これは、過疎化という世界の多くの地方が抱えている共通の大きな深刻なテーマに、まったく新たな角度から希望の光をとりこんだような気がします。人と自然、両方に益となる、という状況はなかなか作り難いものですが、この構想をきくと、それを約束してくれているようにもみえますし、観光という点においても、自信をもって進むことができる道を示しているように思います。

同時に、はたと思います。わたしたちが「観光」で今、コロナ禍や、オーバーツーリズムなど、頭打ちの大きな問題を抱えているようにみえるのは、わたしたちの「観光」の概念が、まだ古くて硬い甲羅でおおわれているからかもしれない、と。

ほかの国同様、ルーマニアでも、現在、コロナ対策として、国外からの渡航をできるだけ控えることが政府によって推奨されているため、「再自然化」のエコツーリズムのガイドツアーも現在、開催されていません。

しかし、ほかの地域で簡単にまねができない、恵まれた自然環境を最大限に活かしたこの独特のエコツーリズムは、きっと人々の関心や公正で持続可能なツーリズムを求める人たちの需要を背景に、再び日の目を見ることになるでしょう(地域によっては、すでに、7月以降、エコーツーリズムの予約が大幅に増えているところもあります Rewilding Europe, The European Safari, 2020)。

次回は、スペインに移動し、マクロな視点から、観光という産業と社会の関係について考えてみます。
※ 参考文献については、3回目の最終回で一括して掲載します。

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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