ヨーロッパ都市のモビリティの近未来(1) 〜コロナ危機以降のヨーロッパの交通手段の地殻変動

ヨーロッパ都市のモビリティの近未来(1) 〜コロナ危機以降のヨーロッパの交通手段の地殻変動

2020-10-30

コロナ危機は、世界中の都市の「高密度」や「にぎわい」を、一夜にして「活気」や「魅力」ではなく「危険」や「もろさ」に読み替え、都市の行動規範を大きく変容させました。移動という行動も例外ではなく、移動自体が厳しく制限されたり、制限が緩和されても、移動中の「ソーシャルディスタンス」(1.5メートルから2メートルお互いの距離をとること)の確保やマスクの着用など、感染防止を心がける規範遵守が、不可避となりました。

ヨーロッパの都市でも、モビリティ(本稿では、「モビリティ」を空間的な移動や移動手段という意味でのみ使っていきます)への規制が強くかかるようになりましたが、その反面、生じた不便を緩和するための対策もまた、3月中旬のロックダウン直後から徐々にでてきました。例えば、移動中の「密」を最小限に抑える目的で、歩行者や自転車、車などすべての移動者が道路全体を使って移動・横断できるようにする「シェアードストリート」(英語では「シェアードスペース」、ドイツ語では「出会いゾーン」とも呼ばれる)の暫時的な設置や(「新たな「日常」を模索するヨーロッパのコロナ対策(1) 〜各地で評判の手法の紹介」)、歩行者専用道路を増やすといった措置が、ヨーロッパの各地の都市でみられます。

今回と次回の記事(「ヨーロッパ都市のモビリティの近未来(2) 〜自転車、モビリティ・プライシング、全国年間定期制度」)では、コロナ危機以降半年間のこのようなヨーロッパの都市のモビリティ(交通手段)の変化を、ふりかえってまとめてみます。これまで起きてきたこと、近い将来の計画、またそれらにみられる問題や新たな方針を観察しながら、ヨーロッパの都市のモビリティ体系が向かっている方向も、かいまみられたらと思います。

ロックダウンで起こったモリビティの地殻変動

ヨーロッパでは広い社会的合意を背景に、高密度に人が集住する都市部では、公共交通がとくに発達してきました(「都市と地方の間で広がるモビリティ格差 〜ヨーロッパのモビリティ理念と現実」)。環境意識の高まりや、都市の人口集中化を背景に、公共交通の利用は、昨年まで年々増加しており、都市住民の3割から4割の人が、公共交通を最重要の交通手段としてあげています。


欧州 13都市のモーダルシェア(主要な利用交通手段の分担率)
出典: Kodukula, Santhosh; Rudolph, Frederic; Jansen, Ulrich; Amon, Eva (2018): Living. Moving. Breathing. Wuppertal: Wuppertal Institute, p.13.


しかし、コロナ禍で、このような状況は暗転します。スイスやドイツでは3月後半の全国公共交通利用者数はそれまでの1割まで減り、その後は徐々に増えてきているものの、スイスでは公立学校の通学が再開した6月下旬でもまだ7割ほどにしか回復していません(Meier, Corona)。

とはいえ、移動しないことは不可能です。このため、ロックダウンを境に、公共交通に代行する形で、とりわけ二つの移動手段の利用が、顕著に増えていきました。自動車と自転車です。

ちなみに、ドイツ交通研究所(DLR)が4月上旬、交通手段を使うことに関する気持ちの調査(無作為抽出、18歳から82歳までの1000人を対象)結果をみると、交通手段の変化は、人々の心理をよく反映していることがわかります。この調査で公共交通を利用することに気持ちがよくない、明らかによくないと回答した人は、合わせて6割以上で(近距離63%、長距離鉄道61%)、車(5%)や自転車(14%)に比べ、公共交通への不快感が非常に強いことがわかります。逆に、気持ちがいい、明らかに気持ちがいいと感じる交通手段にあげられたのは、車が最も多く19%で、自転車が9%、公共交通は近距離交通が1%、長距離0%でした(DLR, Wie verändert)。

岐路にたつ自動車交通

コロナ危機以降自動車の利用が増えてきたとはいえ、自動車交通が増える動きに対して、現在、これまで以上に、ヨーロッパでは、疑問視・問題視する声が大きくなってきています(以下、自動車とは、公共交通手段として使われるものを除いた自動車を指しています)。

自動車は、一般に普及する1950年代以降、優れた移動手段として重宝され、都市計画においても、自動車交通をスムーズに遂行させることに重きが置かれてきました。この結果、車の利用はますます増えましたが、他方、いくら計画的に道路を拡張・強化しても、渋滞はなくならず、車にまつわる環境問題全般も解決ではなくより深刻になるという、悪循環からぬけだすことはできませんでした。

ドイツの交通計画専門家フップファーChristoph Hupfer は、このようなモータリゼーションの現象を、空間の効率的な利用という観点からも問題視します。フップファーによると、自動車は、現在、ドイツの道路空間の4分の3という、大きな部分を占めており、交通手段としてみると、公共交通(バスや電車)や、自転車に比べ、スペースをとりすぎているのだといいます。それを具体的に示したのが以下の写真です。同じ人数を輸送するのに、公共交通や自転車に比べ、自動車は、道路空間を占めるスペースが非常に大きいのがわかります。


フップファーは、車がスペースをとりすぎるだけでなく、移動に使われず止まっている時間が非常に長いことも、問題とします。車が、駐車や停車などで、止まっている時間は、平均すると実に1日24時間のうち23時間にもなるためです。

一方、近年、都市への移住者がとみに増え、中心部の居住やレジャーへの要望が高まっています。つまり、都市中心部の空間は、ますます需要が高まっている貴重なスペースです。

これらを総合して考えると、交通手段としてスペースをとりすぎて、しかも動いているのではなく停止している時間が多すぎる、「非効率」な移動手段である車を極力減らし、都心部の貴重な(現在車専用の道路や駐車スペースとなっている)スペースを、緑地や、座れる場所(カフェの椅子やベンチなど)といったスペースに変更し、多くの人が長い時間利用できる公共空間として利用する方が、都市が魅力的になるとフップファーは考えます(Wolf, Weniger Autos)。

車交通に依存するのは無理だ、車に代わる別の移動手段を柔軟に増やすことで、最終的に、自動車と車道を交通の軸にする現在の都市空間の構造をつくりかえる時期に、現在きているのではないか。こう考えているのはフップファーだけではありません。これまでの車優位の交通のあり方を見直すムードが、現在、ヨーロッパでは都市部を中心に、高まっています。

コロナ危機で、住民の間で自転車利用の需要が大きくなっているのは、このような方向への強い追い風となっています。ロックダウン以降、雨後のたけのこのように、ヨーロッパ各地で暫時的な自転車専用レーンが設置されてきましたし(「コロナ危機を契機に登場したポップアップ自転車専用レーン 〜自転車人気を追い風に「自転車都市」に転換なるか?」)、暫時的な措置に止まらず、今後本格的に、ヨーロッパ各地で、自転車交通が、自動車交通に一部代わる手段として、後押しされていくシナリオが、徐々にみえてきました。

例えば、ドイツでは2021年から、毎年国が、自転車専用レーンの整備に、2500万ユーロを投資することになりました。最初の年である2021年だけは、倍額の5000万ユーロが投資される予定です(Wolf, Auf dem Land)。ちなみに、現在ドイツでは、自転車専用レーンは全国トータルで100kmにもならず、高速道路が12000kmあるのに比べると、非常に貧弱な状態です。

道路スペースをめぐる新たな対立

ただし、都市の道路に新たに自転車専用レーンをつくるということは、車両通行用の道路の一部や駐車スペースを削ることを意味します。このため、自転車専用レーンができることに、車利用者からの反発は避けられず、限られた道路のスペースをめぐり対立の火種はつきません。

ベルリンの暫時的な自転車専用レーンがつくられて1ヶ月半たった5月上旬に、ベルリン在住の1661人を対象にした調査でも、そのことがはっきり読み取れます(IASS, Reaktionen, S.11.)。この調査によると、暫時的自転車レーンに賛成する人の割合は、自転車を主要なモビリティとする人の間では圧倒的に多く、94%であったのに対し、車を主要なモビリティ手段とする人のなかで賛成する人の割合は15%にとどまっていました(ちなみに、公共交通利用者の79%、歩行者の75%も賛成しています)。

ドイツでは、対立がすでに訴訟にも発展しています。今年6月、ベルリンの暫時的自転車専用レーンについて行政裁判所に不服の申し立てがだされ、今年9月上旬に判決が下されています。判決では、極右政党AfD議員の訴えを認め、ベルリンにある8箇所の暫時的自転車専用レーンが、合法と認めるのに足りる十分な前提条件を満たしていないとされ、それらの自転車専用レーンの撤去が要請されました。

住民の間で車に依存しない交通政策への支持が大きい

このように対立が一方で先鋭化しているものの、ベルリンの暫時的自転車専用レーンをめぐる判決がでたすぐあとに市が控訴の意向を示したように、ヨーロッパの主要な都市ではおおむね、反対意見に対峙しても、自転車専用レーンをはじめ、自動車以外のモビリティを奨励する基本方針を変える気配は、現在、全くといっていいほどみられません。

これは、いくつかの理由・根拠があるためで、自動車に依存しないでもする代替案が、現実味が帯びてきたためだと考えられます。どんな理由があり、どんな代替案が考えられているのか、次回の記事で、具体的にみていきたいと思います。
※ 参考文献は、次回の記事のあとに一括して掲載します。

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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