世界で共感・共有される Emoji

世界で共感・共有される Emoji

2016-01-21

世界最高峰と言われる事典『オクスフォード英語事典』を出版するイギリスのオクスフォード大学出版局は、毎年暮れに「ワードオブザイヤー The Word of The Year 」を発表しています。これまでイギリスなど英語圏を中心とする、その年を一番象徴すると思われるような単語が選ばれてきましたが、昨年2015年は、単語ではなく、 オンライン用の絵文字が選ばれました。今回、ワードオブザイヤーの歴史上はじめて絵文字が選ばれたことで、「ワードオブザイヤー 」というカテゴリーにふさわしいのか、と色々と批判も出たようですが、なにはともあれ、今日、絵文字が文字情報にせまるほど、広く一般的に使われるようになったことを、事典の権威が承認したといえます。
具体的に選ばれたのは絵文字の一つの「 泣き笑い顔 Face with Tears of joy 」 という ものです。オクスフォード大学出版局と共同で2014年10月から翌年1月までの16カ国以上の10億以上の絵文字データを調査したモバイルビジネス会社SwiftKeyに よると、イギリスでは、この絵文字が、前年使用された絵文字の4%にすぎなかったのに対し、2015の調査では、全体の20%を占める一番の人気絵文字であったからだそうです。(ちなみに普通のスマイリーは使用頻度は6位にとどまりました。)
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世界中でも Emoji と呼ばれている絵文字は、世界発の携帯電話によるインターネット接続サービスをはじめたNTTドコモのメール交信サービスのために、1999年に栗田穣崇さんによって生み出されました。その後、日本からアジア、そして世界へと、そのオンライン・コミュニケーションでの利用が爆発的にふえてゆき、この間に絵文字のジャンルも、顔から動物、植物へと広が り、現在、絵文字数は60のカテゴリーに分かれる800以上にのぼっています。
今回は、この日本生まれの絵文字を取り上げながら、世界へ広がっていく文化の特性について、少し考えてみたいと思います。
まず、絵文字の流行の背景について、イギリスやドイツ語圏の専門家の見解を参考にしながらまとめてみます。オンライン・コミュニケーション手段が世界中で一般化し、普及してくるなか、ユーチューブのビデオやスカイプなどの共時的な会話など新たなものも発達してきましたが、依然として、文字メッセージによる交信も強く支持されつづけてきました。しかし、オンラインの文字コミュニケーションは、いくら共時的で便利になったといっても、直接会って行うコミュニケーションや電話と比べると、情報の伝達の仕方に限界がありました。人がお互いに顔を見合わせてコミュニケーションすれば、言葉だけでなく、顔の表情や話し方、声のトーンなどからも聞いている側が情報を入手することができます。電話での対話でも、顔こそみえませんが、話し方や声のトーンから情報を得ることができます。これに対し、文字コミュニケーションは、文字通り、文字とそのニュアンスでしか伝達することができません。
このような文字コミュニケーションにおいて、違う角度から新たな情報を簡単に伝達し、文体の表現を豊かにする助けとなったのがまさに絵文字でした。スティーブ・ジョブズの言葉に「製品をデザインするのはとても難しい。多くの場合、人は形にして見せて貰うまで自分は何が欲しいのかわからないものだ。」というのがありますが、絵文字はまさに、消費者が欲するものをうまく形にできた幸運なパターンだったのでしょう。いったん絵文字というツールが開示されると、急激に絵文字の需要は増えていき、絵文字は今日にいたるまでにメッセージ伝達に不可欠の構成要素として定着してきました。特に、今回の選ばれたのが人の顔の絵文字であったように、顔を 描いた絵文字は、人の気持ちを端的に表現するものとして共感を得られやすいようで、多く利用されています。実際、絵文字を見た人が、ほん とうの笑顔をみたときと脳が同じように反応しているという心理実験の結果もあらわれました。
それぞれの地域で生まれでてくる文化の中にはいろいろなものがあります。その中には、文化には、地域や人種や習慣などの境界を越えられないものもあれば、やすやすとそれらの境界をのり越えて世界的に広がるものもあります。ただし、他の地域で人気がでたとしても、海外の人が同じような意味合いで理解したり、評価しているとは限りません。ものめずらしさやエキゾチックさ、あるいは豊かさを象徴するものとしての付 加価値のために、一時的に注目を集めても、それが長く定着するものとは限らないということはよくあります。最初の数ヶ月、長蛇の列になるほど人気を集める世界各地のマクドナルドやIKEAの国内第一号店の状況は、この端的な例でしょう。日本の寿司も現在は世界的に大変もてはやされていますが、今後長期的にどれだけ地域の食文化として定着するのかは、未知数です。
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一方、特定の地域性をもった文化が世界的に普及していくのと同時に 、 世界各地で物議をかもし、反感を買うこともしばしばあります。アメリカを象徴するようなポップ・カルチャーが共産国やイスラム教徒の国などで禁止や否定される動きは、この半世紀の間、絶えずみられました。
他方、特定の地域性に育まれて発達した文化でも、つくられた土地の特有性を超越して、各地の土地の文化に適合し、あるいはそれぞれの土地の 文脈に沿って独特の融合や展開を経て、世界的に定着していった文化もあります。洋服や自転車、スーパーマーケットからフェイスブックのようなソシアルメディアまで、近代以降の歴史を振り返れば、このような文化的産物は、枚挙にいとまがありません。このような文化は、渡辺靖氏の『沈まぬアメリカ 拡散するソフト・パワーとその真価』の言葉を借りてまとめさせていただくと、「ローカリゼーションやハイブリッド化を容認(200、 1頁)」することで、本来のモデルかもっていた「革新性や希少性は失われ」(201頁) るが、「文化帝国主義」などとして警戒・批判する風潮もほとんどうけず、その起源され「意識されずに浸透してゆく」(202頁) もの、といえるでしょう。
さて、世界的に成功をおさめてきた文化の類型をいくつか考えてみましたが、今回「ワードオブザイヤー 」 に選ばれた絵文字の文化は、果たしてどんな文化だといえるでしょうか。
前述のSwiftkeyの調査からは、国や地域によって使われ る絵文字の傾向が異なることもわかりました。フランスではハートの絵文字が、平均的な国よりも4倍も頻繁に使われ、オーストラリアではビールのジョッキなど、アルコールの絵を好んで使います。カナダではピストルやナイフなどの武器の絵、スペインではパーティーに関係するものがよく使われ、アラブ諸国では花の絵文字がよく使われていました。また人肌の色を多様ななかから選択できるようになるなど、政治的な配慮や地域的な需要に合わせて、新しい絵文字がどんどん増えています。
また、同じ絵文字でも、地域によって異なる意味に置き換えられることもあります。絵文字にある鼻ちょうちんをつくって居眠りしている顔 は、日本では寝ている意味ですが、世界的には「泣いている」顔と捉えられることが多く 、 鼻から息がでているのは日本では「勝利」の意味ですが、欧米では怒りをあわらす文脈で使われていることが多いそうです。つまり、絵文字自体は決まった形ですが、それぞれの地域によって使う頻度や、使い方を変え、地域の要望に応えて新たな絵文字を加えることができます。
さらに、もう一つ重要なのは、絵文字の基本的なデザイン・表現方法が、世界でほぼ共通に理解されえるもので、好感や共感もすぐに得られるようなものであったということでしょう。ツールとしてよくてもデザインの中身が共感・好感を生むものでなければ、これだけ急激にスムーズに世界にユーザーを増やすことは不可能だったでしょう。
これらのことをトータルすると、このような世界各地の地域性を反映した絵文字の利用は、最初にデザインされた時点で、世界展開を視野にいれ ていたのかはわかりませんが、結果として、地域に順応する形で発達したグローバルな文化系統に当たるといえると思います。
ところでここ数年日本は、 官民協力体制で世界に向けて「クールジャパン」戦略を掲げてい ますが、これは文化戦略として世界に対してどのような文化を広めることを目指しているのでしょう? なんらかの現象や物象をみた印象として、「クール」だ、と形容することはできますが、対外的な文化産業プロジェクトが「クール」さを掲げる 時、目指すゴールはどこにあるのでしょうか。
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文化政策は、長期的な視座でみなくては重要な変化や効果が見えてきませんし、具体的な戦略も、これからも模索を続けていくうちに、明確になったり、改変されるようになることもあるでしょうが、さきほど引用した渡辺氏の同本には、国家の文化戦略のレベルでも指針となりそうな 示唆に富む記述があります。「ローカリゼーションやハイブリッド化」を避けるよりも、むしろ容認や奨励するようなオープンな姿勢をとるもののほうが、最終的に「より一層、魅力と正当性と信頼性、すなわちソフト・パワーを増すことにな」(200頁) る、というものです。
日本らしさをアピールしたものや、日本の好感的なイメージを演出する「クール」さとはかけ離れたところで、世界的にその価値が認められた時 にこそ、日本発の文化は、絵文字のようにソフト・パワーを全開にして、世界に進出する文化になっていくのかもしれません。
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参考サイトと文献
—- 2015年の「ワードオブザイヤー The Word of The Year 」について
Oxford Dictionaries Word of the Year 2015 is…”Face with Tears of Joy” (Emoji)
Katy Steinmetz, Oxford’s the word of the year ist this Emoji. In: Times, 16.11.2016.
Das Emoji, 100 Seckunden Wissen, SRF Kultur,19.11.2015.
—- SwiftKey Emoji Report 2015
—- 絵文字の背景や特徴についての言語学者の見解と絵文字についての記事
Parkinson, Hanna Jane, Oxford dictionary names Emoji the word of the year. Here are fiev better options. In: theguardians, 17.11.2015.
Are Emojis words? Science and Language Experts explalin. In: ThinkProgress, 20.11.2015.
Viele Emojis verwenden wir völlig falsch. 20 Minuten, 28.5.2015.
Antje Hildenbrandt, Emojis - Hieroglyphen des digitalen Zeitalters. In: Die Welt, 19.6.2015.
—- 他
渡辺靖『沈まぬアメリカ 拡散するソフト・パワーとその真価』新潮社、2015年
スティーブ・ジョブズ、ウィキクォート日本語版

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
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