世界屈指の観光地の悩み 〜 町のテーマパーク化とそれを防ぐテーマパーク計画
2016-09-15
観光地の苦悩
観光業は、最先端の技術や大規模な開発費用がなくてもすぐに始められ、煙突なしのクリーンな産業でもあるため、世界中いたるところで地域振興の中心的な柱になっています 。その一方、国内外にあまたとある観光地間の争いはさらに熾烈になっており、よっぽどの名所や特別な何かがない限り、集客は容易ではありません。
日々宣伝にあけくれて苦戦している大方の観光地にとって、圧倒的な知名度を誇り、宣伝しなくても連日人が押し寄せるような観光地と聞けば、憧憬の的以外の何物でもないでしょう。しかし、世界有数の観光地のなかには、観光客が多すぎることに頭を抱えているところもあります。バルセロナ、ヴェネツィア、ロンドンなどです。例えば人口160万の、スペイン第二の都市バルセロナには、年間3千万人が訪れています。世界的に有名なバルセロナの教会サグラダファミリアだけでも1千万人で、 1992年のバルセロナでのオリンピッック開催以降、観光客数は増加の一途をたどっています。
観光客が多くて、なぜ頭を抱えなくてはならないのかというと、生活に関わる様々な点で、深刻な弊害がでるためです。家賃や物価が上昇し、 過剰な交通量でいたるところが渋滞、公共交通手段もいつも満員です。ほかの公共施設やインフラなど、公共財全般も、利用過多のため機能不全になったり質が低下します。昔から住んでいる人が都市を離れていき、地縁は薄れ、コミュニティーは衰退します。都市計画の概念でいうところの、都市の居住者にとってのアメニティー (生活のしやすさ、快適さ)全般が著しく低下することになります。
もちろん、観光産業は地域経済を潤しているため、観光産業を否定することはできません。160万人の都市バルセロナでも、12万人が観光産業に就業しており、観光はひさしく都市の主要な産業となっています。しかし、居住者が上記のような生活事情で、町から姿を消していけば、歴史的な建造物などが残ったとしても、そこは生活空間としての都市ではなくなります。イタリアのピサ大学で社会学と観光人類学を講義する Duccio Canestrini 氏は、このように過度な観光地化のために変質する都市の状況を「テーマパーク化」と表現します。
テーマパーク化を避け、 地域全体の活性化につながるような観光産業にするにはどうしたらいいのでしょうか。南ドイツ新聞の先月8月のインタビュー記事で、Canestrini氏は、実際にヨーロッパで検討あるいは実現された対策や構想をいくつかあげています。そこには、世界的な観光のトレンドをおさえつつ、地域性を活かそうという発想がみられ、2020年の東京オリンピック・パラリンピックを前に、海外からの観光客の受け入れ準備が進んでいる日本の方が読んでも、参考になるかと思いますので、今回はそれらの案について、世界的動向やスイスの例などを補足しながら、紹介してみたいと思います。
訪問制限
まず一つ目は、なんらかの形での都市への来訪者の人数の制限です。建造物の入場を制限するケースはたびたびありますが、この対象を都市全体に広げるものです。
人口約26万のイタリアの都市ヴェネツィアには年間3千万人以上の観光客が訪れますが、 そのうち260万人ほどしかヴェネツィアに宿泊しておらず、圧倒的多数が日帰り観光客と推測されます。日帰り観光客の中には、飲食や購買などでお金を都市に落としていく人ももちろんいますが、 無料のテーマパークのように都市を訪問・利用するだけで、ほとんどお金を落とさない旅客もいます。このような観光客が増えると、都市にとっては恩恵よりも混雑や負担が大きくなり、都市側には不満がつのるようです。特に、問題となっているのが、近年世界的に人気が高く、マス・ツーリズムとして定着してきたクルーズ客船の旅客です。例えばドイツでは、クルーズ客船を舞台にしたドラマの人気も影響し、1998年30万6千人だった客船乗客数は、2015年には181万人にまで増えています。客船の大型化も進んでおり、今日の大型船は5千から6千の乗客を収容できます。クルーズ客船で訪れる旅客は、大挙して都市の訪問客が押し寄せるものの、飲食と宿泊が客船で提供されているため、 都市に落としていく金額が少ないとされます。
このため、バルセロナやヴェネツィアは、具体的に市域や都市の中心部のシンボリックな空間への訪問の制限を検討中です。制限を実施した都市はまだありませんが、どちらの都市でも市長が実施への決意を表明しています。
テーマパークに観光客をひきつける
一方、観光客を制限するのではなく、特定の箇所に訪問が過剰に集中しないように、別のところへ移動させる方法で、受け入れる案も検討されています。 ただし、ほかのところへ移動させるといっても、ただで観光客が「ほか」に向かうはずがありませんから、「ほか」の魅力をアピールする、あるいは新たにつくりださなくてはなりません。その際にキーワードとしてでているのが、おもしろいことに、また「テーマパーク」です。例えば、やはり過剰な観光客数に苦慮するフィレンツェは、空港近くに町にそっくりの、新しい「テーマパーク」を建設して、観光客の一部をそちらで受け入れるという壮大な構想があるといいます。
わざわざヨーロッパにきて、偽物のテーマパークに行くような人が実際でてくるのかと、このような案をいぶかしく思われる方も多いかと思いますが、世界的な動向をみると、突飛な発想というより、むしろ、近年の観光のトレンドをとらえた動きともいえます。
世界的なテーマパーク・ブーム
というのも、テーマパークは、世界的に空前のブームだからです。世界最大級のテーマパーク25箇所で、2006年から2015年の10年間で訪問客の数は26.3 %増加しており、去年一年間で4億2千万人が訪問しています。2015年、ディズニーグループは売上が前年比で7% 増加しましたが、これは特にテーマパークによるところが大きいといいます。テーマパークだけで162億USドルをあげています。
特に、近年めざましい成長をみせ注目されるのが、今年6月に上海にオープンしたディズニーランドに象徴されるような、アジアでのテーマパークの人気です。中間層が急増している中国では、2015年の1年間で中国では、21のレジャーランド(遊園地)がオープンし、さらに20箇所が今建設中です。レジャーランドの中でもテーマパークは人気で、現在中国内で、 789箇所あります。2011年から2016年の5年間の間で、中国のテーマパークの売り上げは毎年平均10.2 % 増加しました。
複製されたものへの愛着
ところで、テーマパークの中身をみてみると、どこかの建物や風景などをそっくり真似する複製文化と切っても切れない親密な関係にあります。日本でも、欧米の街並みを再現したテーマパークが高い人気を長年維持していることからもわかるように、テーマパークのなかの複製された建造物や風景全般は、 否定・非難の対象というより、本物でないことは承知の上で、エキゾチックなアトラクションとして、肯定的に受容されているといえます。
Duccio Canestrini氏は、このような傾向に注目し、「アジア人は、ヨーロッパ人ほど本物であることにこだわらず、複製を広範囲で受け入れる」と捉えます。つまり、見かけが同じで、使い勝手がよければ、本物でなくても受け入れるという複製やテーマパークへの親和性は、アジア人の間で特に強いと理解しているようです。そしてヨーロッパでは、このような海外(特にアジア)からの旅行客の傾向に目をつけ、新たにテーマパークを建設することで、一部の観光地の過剰な訪問客数を緩和させるための切り札にもなりうるのでは、と期待をよせているようです。
アジア人が果たして本当に本物かをあまり気にせず、複製物に親和性が強いのか、と議論をはじめたら長くなりそうですので、この先の議論は文化論の専門家にまかせることにして、ここでは、とりあえずテーマパークのプラグマチックな特徴に注目してみましょう。テーマパークは、本当には生活していない場所であり、そこで居住者と交流したり、現実の生活を見学、体験することはできません。他方、住民がいませんから、観光客の需要を最優先・最適化してサービスを提供することができます。このため、手っ取り早く名所の見学や体験を一通りしたいという人たちの中では、ある程度潜在的な需要があるでしょう。さらに、 交通が便利で本物の町を訪ねるよりずっと時間が節約できるとか、治安面で安全性が高い(窃盗や詐欺などを常に警戒しないで闊歩できる)とか、高齢者や子連れにやさしいバリアフリーの街並みなど、本物の都市にはない特典がいくつかつけば、立ち寄りたいと思う旅行客の数は、さらにぐっと増えることも考えられます。
また、オリジナル作品を保護するため精巧な複製を作成し、複製を博物館で展示するという手法はヨーロッパでもすでに広く普及しているため、町そのものをそっくり複製し公開する という発想を、価値あるものの複製を作成し公開するという考えの延長・応用として捉えれば、 都市の側としても複製をつくることに対して、抵抗が少ないのかもしれません。
いずれにせよ、このような発想を実現した新たな観光地が今年誕生しました。南仏の ショーヴェChauvet洞窟の複製です。この洞窟には人類最古の絵画と言われる洞窟画がありますが、絵画を保護するため、洞窟そのものは非公開です。しかしこの近くに、精巧に複製した洞窟が今年4月からオープンしました。まだオープンして日が浅いので成功か否かの評価は難しいですが、少なくとも評判はいまのところ上々で盛況とのことです。
スイスのハイジのテーマパーク構想
観光客が多すぎるという理由ではありませんが、オリジナルの世界を再現した、体験型のテーマパークを作って観光客を呼び込もうという話は、ちょうどスイスでも持ち上がっています。世界的に有名なヨハンナ・シュピリの『アルプスの少女ハイジ』の原作のモデルとなったのはマイエンフェルトというところですが、そことは別の地域であるザンクトガレン州のスキー場の一角であるFlumserbergに、ホテルと山岳鉄道会社が1億スイスフラン以上かけて、ハイジの世界を体験できる12のテーマに分かれた建物の集合施設を作る計画です。
原作の舞台となった場所とは異なる場所とはいえ、 スイスののどかな放牧地は、一般の旅行客にとっては、同じような風光明媚な風景に映り、「ハイジの世界」として旅行客にアピールすることはそれほど難しくないかもしれません。現在、原作のモデルとなった地域との間の合意や出資者の問題があり、正式にいつ実現するかははっきりしていませんが、もしも実現したとすると、20万人の新たな訪問者がくると見込まれています。
おわりに
本物の都市と、すべてが複製や虚構で本当の生活がないテーマパーク。一見相反するようにみえ、観光地とテーマパークを並列して補完させあう関係は、最初聞くと、あまりに突飛な気がします。一方、もし本当にテーマパークが建設され、これまで都市がすべてになってきたいくつかの機能を代わりに担ってもらうことができ、観光地の負担が減少すれば、多少の観光業界の経済的な損失を合わせてもあまりある貴重な、居住者自身のアメニティーという都市の大切な要素をとりもどすことができるでしょうし、それによって、そこを訪れる観光客にとっても、本来の町の生活をより多く体験、感じる機会が増えることになるでしょう。
そう思うと、経済的な条件や立地条件など厳しい条件は多々ありますが、名所そっくりのテーマパークという壮大な構想は、過剰な観光客に対する対策として、意外に建設的で、長期的には都市へ恩恵をもたらす案なのかもしれません。
////
参考サイト
——Duccio Canestriniへのインタビュー
Silke Wichert, Wir müssen draußen bleiben, Süddeutsche Zeitung Magazin, 19. 8.2016.
——観光客の制限の検討について
Romina Spina, Anstehen für Venedig?, Besucherquoten für die Lagunenstadt, NZZ, 28.7.2015.
https://blendle.com/i/suddeutsche-zeitung-magazin/wir-mussen-draussen-bleiben/bnl-szmagazin-20160819-59686
Cornelia Derichsweiler, Barcelona will kein zweites Venedig sein, Massentourismus wird zum Politikum, NZZ, 26.4.2016.
“Venedig ist zum Albtraum geworden”, Massentourismus, Die Welt, 17.7.2015.
——世界的なテーマパーク・ブームについて
Julie Zaugg, Micky Maus im Reich der Mitte, Swissquote, Nr.4 Sept. 2016, S. 60-65.
——スイスのハイジの世界を体験できる集合施設の構想について
Christoph Zweili, Marion Loher, Ein Heidi Klon furs St. Gallerland, Tagblatt, 11.3.2016.
Wie das Heidi ins Sarganserland kam, Tagblatt, 5.3.2016.
5. März 2016, 15:49 Uhr
Janique Weder, St.Gallen baut seine eigene Heidi-Alp, Tagblatt Online, 15.3.2016.
Christoph Zweili, Heidimythos neu interpretieren, Tagblatt, 15.3.2016.
Sascha Zürcher, Konkurrenz für das Heidiland, Echo der Zeit, 1.4. 2016
——他
Barbara Gisi, Schweizer Tourismus im Jahr 2040 -Ein Essay, swissfuture, 01/2015, S.3-5.
Robert Zimmermann, Auf Lustfahrt, Geschichte, NZZ am Sonntag Stil, 28.8.2016, S.18-21.
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。