就労とインテグレーション(社会への統合) 〜 スウェーデンとスイスの比較
2016-09-23
スウェーデンの状況
スウェーデン、と聞いてどんなことを連想されるでしょうか。女性が働く環境がよく整っている国、15年後にすべての決済をキャッシュレス化するというほど IT技術が普及している社会、ファッションや家具、児童文学など多様な分野での世界トップクラスのブランド力、あるいは色とりどりの家が並ぶ落ち着いた街の風景等々、世界中どこでも、スウェーデンにまつわるイメージやメッセージは、 たいてい肯定的なものなのではないかと思います。
それだけに、近年、スウェーデンでたびたび暴動が起きており、今年の夏だけで十数の都市で、車300台が放火されたというニュースを聞くと驚きます。端から見ると、豊かで、福祉が行き届いているようにみえる国で、一体なにが起こっており、その理由は何なのか、と他の国で同様なことが起きたというニュースだったらあまり気にならないかもしれないことが、スウェーデンとなると、気になり、引っかかります。今回はそのようなスウェーデンの状況をスイスと比較しながら、背後にある、移民や難民の受け入れの取り組みの問題やその課題について考えてみたいと思います。(移民や難民側からみた同様の問題については、以下の記事にまとめてありますので、興味のある方はご参照ください。 「ヨーロッパにおける難民のインテグレーション 〜ドイツ語圏を例に」)
スウェーデンの移民・難民の受け入れ
スウェーデンは昨年一年間だけでも、アフガニスタンやイラク、シリアなどか来た16万3千人が難民申請をしており、住民一人当たりに換算すると、ほかのEU 諸国よりも多くの難民を近年、受け入れてきました。 難民や移民の受け入れに並行して、インテグレーション(社会への統合)のための手厚いプログラムの導入にもはやくから熱心でした。現在、難民のためにも、語学と職業訓練、実習を組み込んだ2年間の支援プログラムが用意されています。プログラムの受講は義務ではありませんが、受講することと引き換えに社会福祉手当が受けられるため、受講する難民の割合は高いといいます。
このように手厚い移民支援を早くから行うことで、移民や難民の社会へのインテグレーションも順調に進んでいくはずでした。しかし現在、これまでのインテグレーション政策の成果についての国内外での認識は、むしろ違っているようです。
近年は、外国からの移民や難民が住む大都市の近郊の集合住宅地区で暴動が断続的に起きており、収束の気配がありません。また、政府の移民調査委員会(Delmi)によると、1997年から99年に移民としてスウェーデンにきた人々のうち、2年後に就労したのは30%で、10年後にも65%にとどまります。難民のためのプログラムも受講1年後に就業したのは、男性は28%、女性にいたっては19%だけです。
多額を投じてインテグレーションのプログラムを国が推進しているのにうまくいかないとすると、なにが原因なのでしょう? これまでの研究調査や報道をまとめると、暴動の背景として、主に二つのことが指摘されています。
居住区のゲットー化
まず、外国人とスウェーデン人の居住地の分化の問題です。近年の暴動のほとんどは、外国人が密集する集住している地域でおきています。
1960、70年代にスウェーデンの中間層のために、大都市近郊に大規模に集合住宅が建てられましたが、次第にそこからスウェーデン人は引越していき、それに代わって外国人がそこに集住するようになりました。このような傾向は年々強まり、現在は外国人が極度に集中する地区ができあがってきました。頻繁な暴動でニュースでもたびたび名前がでる、スウェーデンの南部の国内3番目の大都市マルメ近郊の集合住宅の並ぶ地区ローセンゴードは、その典型です。地区の外国人の割合は90%以上にのぼっています。マルメ自体が、外国人の割合は44%で、国全体の割合よりも2倍多く外国人がいる都市ですが、わずか3kmしか離れていないローセンゴードでは、さらにその2倍の密度で外国人が住んでおり、事実上スウェーデン人がほとんどいない地域になっています。
ブリュッセル近郊のモーレンベーク地区も、外国人が密集して集住していたところでしたが、外国人が地域的に集中し、いわゆる「ゲットー化」してしまうとどこでも、外と交流も、それによって得られるはずの仕事やほかの社会生活上の機会も大幅に減ります。その結果が語学習得の遅れや失業などの悪循環をさらに招き、結果として様々な不満が紛糾し、暴動などの暴力的な形として現れる傾向が強くなります。
労働市場への統合の難しさ
しかし、住む場所よりも社会構造の根幹に関わる問題で、さらに複雑で解決するのが難しいと思われるのが、移民や難民たちの就労問題です。上述のように労働市場への統合が、国の期待するようには、進んでいません。 移民や難民の言語習得や就労を支援するプログラムは、他国によりも充実しているはずなのに、なぜ、うまくいかないのでしょう。
そもそも労働市場に参入しようにも、スウェーデンの労働市場では、移民や難民がすぐに就業できるような雇用先が極めて少ないという指摘があります。高度な技術産業大国であるスウェーデンの労働市場では、難民や移民がすぐ手にできるような単純労働者の参入できる市場は小さく、就労のためには高度な専門的スキルとスウェーデン語の語学力が不可欠とされます。概算では、移民がつけるようなスキルの要らない仕事は労働市場全体の5%にしかならないといいます。高度な専門的なスキルと語学力の欠如というないないづくしのダブルパンチで、外国人たちにとっては市場への参入がきわめて難しい状況のようです。
外国人の労働市場の就労の難しさは、しかし今にはじまったことではありません。先ほどとりあげたスウェーデンの南に位置する都市マルメでは、1980年代の産業界の不況で、失業率がいっきに高くなりましたが、当時から外国人とスウェーデン人にはすでに大きな差がありました。スウェーデン人は5%にとどまっていたのに対し、マルメの外国人の失業率は20%以上でした。その後も労働市場に統合されず、外国人の間では生活保護などの公的扶助を受ける生活が、親からこどもに継承されるケースが増加しています。
一方、国全体のスケールでみると、スウェーデンは経済成長率4%と、ヨーロッパ諸国のなかではダントツの経済成長率をほこっており、国民の大半はその恩恵を多かれ少なかれ受けています。このため多くの国民にとって、労働市場に統合されず社会からも疎外された人々や郊外の出来事は、自分に関係ない人や遠くの出来事のように感じられ、無視される傾向が強く、事態の収束にはなかなかつながりませんでした。それどころか、暴動が国内の極右勢力を刺激しており、外国人への反発が今後も強まることも予想され、予断を許さない状況です。
スイスの職業教育制度とその実績
一方、スイスは、国の規模も外国人の占める割合もスウェーデンと比較的に似ていますが(スウェーデンの人口は990万人、スイスは830万人。外国人の占める割合はスウェーデンが2割弱 、スイスは約25%)、このようなスウェーデンの状況とは、 ずいぶん異なっています。ゲットー化した外国人集住地区もなければ、移民・難民絡みの暴動や不穏な動きも、今のところありません。もちろん、感情的に外国人に嫌悪感を覚える人が少ないわけでも、右翼勢力が特に弱いわけでもありませんが、スイス社会で移民や難民が孤立したり、対立が深まっている、といった印象は、多くの人に共有されておらず、メディアでも見当たりません。今年1月にスイスの主要日刊新聞NZZ (Neue Züricher Zeitung) に掲載された記事の副題に「なぜほかのヨーロッパの隣国よりもスイスのほうが、インテグレーションがうまくいっているのか。今のところは」(NZZ, 26.1.2016)というものがありましたが、この副題にあるような理解が、スイスでは現在一般的だといえます。
スイスがインテグレーションでスウェーデンやほかのヨーロッパ諸国よりもうまくいっている主要な理由として、スイスでは、就労面での外国人のインテグレーションが、かなり進んでいることがよくあげられます。そのためには、国の経済全体が堅調であることがもちろん重要ですが、同様に、移民や難民が労働市場に入っていきやすい職業訓練制度も決定的な役割を果たしていると言われます。
職業訓練制度というスイス全体にみられるユニークな制度の詳細については、改めて取り上げる予定ですので、 ここでは概観を説明するだけにすることにしますが、職種によって若干異なりますが、3〜4年の間、週に3、4日職場で仕事を学び、1日か2日だけ学校に通うという就業と教育を並行して行う実業教育制度を主にさします。ドイツ語圏で長い伝統をもつ仕事の見習い制度にルーツをもつものです。
これは、難民や移民のために設置したものではなく、スイスに住む住民全体のためのもので、義務教育期間修了(中学卒業)とともに、生徒全体の約6割以上がこの実業教育課程に進み、仕事を学んでいきます。課程を通じて実践的で専門性の高い仕事と知識をえられるため、その後の就職も容易になります。結果として、スイスの25歳未満の失業率は、2015年現在3.3-7.5%と、資料によって数値は若干異なりますが、EU諸国の平均25歳未満の失業率21.1%に比べると、3分の1以下という、圧倒的に低い数値に抑えられています。
出典: Wo die Jungen arbeitslos sind, Tagesanzeiger, 22.7.2015.
一人一人の子どもが、自分にあった職種の受け入れ先をみつけることは決して簡単ではありませんが、移民や難民の子供たちも、学校や就職支援センターから全面的に細かな支援を数年にわたって受けることができ、中学校あるいはその後1年間の(まだ職業訓練先が見つからない生徒のための)準備期間が修了するまでに、大多数の子どもたちが、なんらかの職業訓練生としての受け入れ先をみつけて、労働市場への最初の一歩を踏み出していきます。
進学校のエリートを対象にしたインターンのような職業訓練制度を導入している国はいくつかありますが、スイスのように社会全体に広く開かれた雇用促進システム は、ドイツ語圏以外ではヨーロッパでもめずらしいものです。イギリス、フランス、スウェーデンや南欧などにもほとんどありません。例えば、スウェーデンでは、職業訓練は公立進学校の一部などで行うことができますが、逆にいえば、進学校にいける成績がまずなくては、職業訓練の恩恵にもあずかれないということになります。また制度としての伝統が長いドイツでも、訓練生の受け入れ先の不足や、高学歴志向におされて、スイスほどにドイツでは職業訓練制度は現在さかんに利用されていないといいます。
職業訓練制度の対象となるのは主として青年層だけですが、外国出身の若者たちが、若いうちに失業の身となって社会から疎外化されるのではなく、就業して社会の主体的な担い手となっていくことで、ゆっくりしかし確実に、社会全体のインテグレーションが深化するという、好循環につながっているといえます。
次世代が受け継ぎ、深化させるインテグレーション
このようなインテグレーションの実績は、日常の生活ですぐ目につくことではありませんが、ふとした機会に、それを実感するようなことがあります。スイスで現在最も読まれている日刊フリーペーパー『20分(20 Minute)』の今年6月のひとつの記事でも、そんな実感がとりあげられています。
アルバニア対スイスのサッカーの国際試合が開催された際、スイスが勝利に終わったのですが、その夜チューリッヒの街頭では一切不穏な動きはなく、平和裡におわった、という通常では記事にならないような「何もなかった」ことを報道した記事です。むしろ記事では、「アルバニア人のインテグレーションは成功した」という見出しのとおり、スイスでのアルバニア人の社会でのインテグレーションがすすんでいるということに注目していました。2000年ごろ大勢のアルバニア人が難民としてわたってきたころに、セルビアやクロアチア、あるいはトルコ対スイスの試合があると、パブリックビューイングでも緊張が走ったことと比較しながら、スイスのアルバニア人とその周囲の関係が現在かなりよくなっていると報じられ、ここでもアルバニア人が労働市場に参入できたことが大きかったというコメントがのせられています。
アルバニア系移民に限らず、スイスと外国という二つの文化のなかで育った移民の若い世代は、労働力としてだけでなく、文化的な溝を埋め、国内の異なる文化に橋をかけるという意味でも、社会のインテグレーションに大きな役割を担っているといえるでしょう。
私事になりますが、わたしも今年、小学校のPTAの仕事のなかで、似たような感慨を得る機会がありました。初夏に、自分の子どもが通う、チューリッヒ近郊のごくごく普通の市立小学校で、設立40周年のお祝いに、児童の親たちである約200家族が、お国自慢の料理を持ち寄った時のことです。参加家族の国籍を数え上げててみると合計47カ国にものぼりましたが、企画から当日の受付、食事会の間にいたるまで混乱も一切なく、みんなでわいわい飲食を共にして、大盛況のうちに無事に会が終了しました。食事会をしたことで、スイスでは、外国人が増えているだけでなく、ますます多様・多彩になっていて、しかし、それに気づかないほど、移民や難民にまつわる摩擦や問題も少なく、 同じ地区に居住していたのだという事実に、改めて気づかされました。
ただし、先述の新聞記事の副題に「(少なくとも)今のところは」と断りがあるように、今がよくても、これからもインテグレーションが順調にうまくいく保障はありません。現在のスイス各地の多国籍の学校で一緒に学んだスイスと外国籍の子どもたちが、将来労働市場に参入していく時にも、これまで同様に、社会に広く門戸が開かれた労働市場や就労システムが維持されているかが、重要な鍵となってくるでしょう。
また、このようなスイスの現在の事例は、将来のスイスにおいての具体的なノウハウや自信につながるだけでなく、国境をこえて、インテグレーションが難航している国々、あるいは今後インテグレーションが今以上に重要になってくる国々においても、示唆に富む一例になっていくのではないかと思われます。
参考文献・サイト
——スウェーデンのインテグレーションをめぐる状況について
Niels Anner, Ausser Kontrolle, Hintergrund Schweden, NZZ am Sonntag, 28.8.2016.
Helmut Steuer, Flüchtlingskrise Schweden ist jetzt ein Land im Schockzustand, Welt N24, 19.2.2016.
渡辺博明 「スウェーデンの移民暴動に関する報道をどう見るべきか」、シノドス、2013年7月4日。
——EU諸国およびスイスの青少年の失業率について
Europäische Union: Jugendarbeitslosenquoten in den Mitgliedsstaaten im Juli 2016, Das Statista, Statistik-Portal
Jugendarbeitslosikeit, Schweizerische Eidgenossenschaft, Statistik Schweiz.
Wo die Jungen arbeitslos sind, Tagesanzeiger, 22.7.2015.
——スイスのインテグレーションをめぐる状況について
Martin Beglinger, Lob der Mehrheitsgesellschaft, Warum die Integration in der Schweiz besser funktioniert als in vielen europäischen Nachbarländern. Bis jetzt, NZZ, 26.1.2016.
D. Pomper, Die Interation der Albaner ist ein Erfolg, Party statt Prügel, 20 Minuten, 13.6.2016.
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
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