フランスのキャリアママとスイスのミスター大黒柱の共通点 〜ヨーロッパの男女の就労に関する期待と本音
2017-06-02
フランスの母親とスイスの父親には、子をもつヨーロッパ人という以外、一見なんの接点もないように思われますが、意外な共通点があるようです。両者は共に、ほかのヨーロッパ諸国に比べてフルタイム勤務の割合が高く、同時にフルタイム勤務の実情と社会が期待するものの間に微妙なギャップがあり、しかもそれを公言しにくい雰囲気が社会全体にあるようなのです(ちなみに、この記事での「パートタイム勤務」とは、時間給で不規則に働くものではなく、年次休暇や病気休暇も法律で保障されている規則的な就業形態を主にさすものとします)。
母親も父親も、子どもを心配なく預けて働けることができ、男性だけでなく、女性もキャリアをつんで管理職など高いポジションに多く就く社会こそ、目指すべき未来の姿なのだと、ヨーロッパでも日本でも声高に叫ばれており、そういった理解が、現代の国際社会でのコモンセンスだと思っている方も多いのではないかと思います。
しかし、そうであるならば、男性も女性もフルタイムで勤務することでなんの社会とのギャップがあり、しかもそれが公言しにくいとは、一体どういうことなのでしょう。今回は、それぞれの就労状況とそれに対する社会での理解を整理してみていきながら、現実と理想が乖離する背景やそれが公言されにくい諸事情について、考えてみたいと思います。
フランスの母親の働き方
フランスの女性の仕事と家庭を両立させる働きぶりは、高い出生率と並び、ヨーロッパでも世界でも誉れ高く、模範的な例としてよくとりあげられます。
優良な働き方を表す数値として、よく引き合いにだされるのが高い母親のフルタイム勤務率です。現在、フランスで働く母親の3分の2がフルタイム勤務であり、6歳以下の幼児をもつ母親でも6割がフルタイム勤務をしています。この割合は、北米やいくつかのアジア諸国ではめずらしい数字ではありませんが、ヨーロッパにおいては突出しており、特に隣の大国ドイツと比較するとその差は歴然としています。ドイツでは、就業する母親の半分以上がパートタイム勤務で、6歳以下の子どもがいるドイツの母親のフルタイム勤務率は3割以下です。
フランスとドイツのこのような母親の働き方の大きな違いは、どこからくるのでしょう。この問題には、就労上の法律・制度の違いや住宅付近の十分な保育施設の有無、企業文化の違いなど、様々な要因が関わっていますが、メンタルな違いも大きいとされます。それを裏付ける最近のデータがあります。ドイツでは子どもの保育施設の供給が進んだ結果、2006年から2013年までに保育施設に預けられる2歳以下の子どもの数は2倍に増加しているのですが、2015年でも6歳以下の子どもをもつ母親(20歳から49歳)のパートタイム勤務が7割以上と依然として高い割合で、母親のフルタイム勤務率はほとんどあがっていません。
具体的に現在のフランスとドイツの親の世代では子育てに対してどのような考え方の違いがあるのでしょう。ドイツ語圏では幼いうちはなるべく母親や近しい者が保育したほうがいいという考えが社会で今も根強く、子どもを保育施設に預ける親でも、週日5日すべてを施設に預けるのではなく、預ける日数や時間をなるべく減らそうとする人が多数派です。一方、フランスでは、子どもを預けることへの抵抗は(かってはありましたが)現在は少なく、むしろ、仕事をしないで子どもを家でみていることへの社会からの暗黙の批判的なプレッシャーの方が、女性に強く感じられるようです。子どもを自分でみていることは、「仕事をしている」とはみなされずに社会的に低い評価しかされず、外で仕事をしてはじめて、能力のある人と認められる傾向が強いとされます。
このような違いは、母親に対する言葉の表現にも見え隠れしています。ドイツ語圏では、自分で子どもの世話をみない母親について、「からす母さん」(生物学的にみると、からすはかなり子どもの面倒をよくみる母親だということですが)という批判的な表現がありますが、このような表現はフランス語には見当たらないといいます。
理想化されるキャリアマザー像への異議
これまでヨーロッパでも日本でも、フランスの母親の働き方は賞賛され、女性の社会進出のお手本のようにとらえられてきましたが、最近、雲行きが少し変わってきたようです。
今年フランスとドイツで放映された特集 「スーパーマザーとキャリアマザー。危機にあるフランスの成功モデル」では、そのようなフランスの変化を全面的にとりあげていました。(この番組は、前回紹介した仏独共同文化放送局アルテの「Re:」という番組の一回分にあたります。この放送局や番組については「仏独共同の文化放送局アルテと『ヨーロッパ』という視点 〜 EU共通の未来の文化基盤を考える」もご参照ください)
番組では、子どもを小さい時から第三者に預けるという習慣に疑問をもつ母親、子どもを育てながら仕事をしていく上でよりよい職場環境を優先し、フランスではなく国境を接するドイツで仕事をすることを選んだシングルマザー、4人の子どもの母親でバーンアウトしたキャリアウーマン、また子どもと親が時間をもっと共有すべきだと考える小児科医などが登場し、これまで模範とされてきたキャリアマザー像に疑問を投げかけていました。バーンアウトした女性は、キャリアママを務めるのは本当に大変なことなのに、それを公言するのは、社会での一種のタブーになっている、とも語っていました。
ドイツでのフランス女性の取り上げられ方
確かに、この女性がいうように、女性のキャリア志向に否定的な意見を公言するのは、一種のタブーになっているきらいがあるのかもしれません。少なくとも大方のドイツ語圏のメディアでは、フランスの女性の働くモデルを賞賛・神聖視する記事が圧倒的で、疑問を呈するものはほとんどありません。
このようなドイツ語圏での状況は、独自の文脈も強く関連しています。ドイツ語圏では、女性の社会進出がフランスやスカンジナビアなどのヨーロッパ諸国より「遅れている」という理解が少なくとも表面上は一般的で、「進んだ」お手本をこれらの国に求めるという、大ざっぱな構図が存在しています。このため、今の(まだお手本に近づいていない)段階で、お手本の国の女性の問題を検証したり、がたがた議論するよりも、まずは、フランスに「理想とする目標」の役を演じてもらいたい、そしてそこに近づくためドイツをともかく前進させたい、そんな前のめりの姿勢が、まず、あるように感じられます。
それに歩調を合わせるように、メディアにも力学的な作用が働いているように思われます。フランスの女性のキャリアを肯定することで、「リベラルなメディア」というお墨付きを社会から得られやすくなる一方、批判的な記事を掲載すれば、フェミニストに槍玉にあげられたり、「封建的」や「家父長的」などのレッテルが貼られるリスクが高まる、という目にはみえない力学的作用です。
そうとはいえ、賞賛したり肯定的な側面をみるだけでは、フランス女性の就業の一面を描写しているのにすぎず、キャリアを達成した母親たちの今の要望やほかの問題は、わからずじまいです。実際に、フランスでは近年、パートタイムを望む女性が増えてきており(Siems, 2016)、もちろん、経済的な理由でフルタイム勤務を今後も希望する人も多いでしょうが、従来ドイツに比べ非常にパートタイム勤務の雇用先が少ないフランスの労働市場にも、今後変化がでてくるかもしれません。これに並行して、メディアの報道も、賞賛一辺倒ではなく、フランス女性の働き方の長所と短所を公平に扱い、より現実を直視する論調に、変化していくかもしれません。
スイスのMr. 大黒柱
さて、ところ変わって、スイスの父親はどのように働いているのでしょう。2011年のプロ・ファミリアの調査では、男性の10人に9人が、可能ならパートタイム勤務がしたいという回答をしています。一方、昨年10月の調査結果では、子どものいるスイスの男性の9割近い87%が、フルタイム勤務をしています。パートタイム勤務の希望と実際の勤務形態の間にあるこの大きなギャップは、どこからくるのでしょう。
ひとつの大きな理由は、会社側、特に中小企業における消極的な姿勢です。中小企業は、スイス全会社の99%にあたり、全雇用の3分の2を占めていますが、パートタイム勤務が増えることによる費用や事務作業の増加が、零細企業にとってはかなりの負担になるためです。
一方、大企業においては、事情が大きく異なり、むしろ会社のイメージをあげるために、保育施設の設置や自宅勤務体制の整備などと並行して、パートタイム勤務も奨励しているところが多くみられます。しかしそのような環境や条件が整っていても、大企業でもパートタイム勤務はそれほど多くありません。例えば、UBS銀行での男性従業員のパートタイム勤務は8%、製薬・ヘルスケア企業のロッシュでは5%、食品会社ネスレでは1.8%、3万2千人の従業員を抱える世界最大の人材派遣会社Adecco にあっては、 0%です。
全般に、パートタイムの雇用先が少ないわけではありません。スイスはヨーロッパでも有数のパートタイム大国と呼ばれるほど、パートタイム勤務の割合は高くなっています(全就労者の36%)。ただし、その圧倒的多数は女性で、男性ではありません。(スイスで普及しているパートタイム勤務の詳細については、「スイス人の就労最前線 〜パートタイム勤務の人気と社会への影響」)をご覧ください)
本音が隠れるアンケートの回答
こうみていくと、雇用環境が男性のパートタイム勤務願望を抑圧している、という簡単な構図では理解できません。ではほかに、どのような理由が考えられるでしょう。昨年調査を行ったヘルマン氏は、興味深い指摘をしています。
今日のスイスにおいて、パートタイムは、「理想」像として「男性に、社会的に(注射のように)接種されて」おり、パートタイムがしたいと「言うことが、今日期待されて」いる。このため、アンケートで個人の見解が問われれば、その期待にそった模範的な回答が返ってくるが、本人の本心と、必ずしも一致していないのではないか、というのです。つまり、本音がアンケートに反映されていないだけで、男性のなかには今も、これまでとあまり変わらず、家族の大黒柱として働くことに強い生きがいをもっており、その気持ちが、子どものために仕事の時間を減らしたいという希望よりも強い人がかなりいるのかもしれないとい言います。(von Ah, S.22)。
確かに、仕事でも家事でも男女が平等公平である社会であるために、男性も仕事だけではなく家事や育児をすべきだという考え方が一斉を風靡するようになり、その一環としてスイスでも20年来、「新しい父親」の働き方として、パートタイム勤務を奨励・もてはやす傾向が強くなってきました。一方、スイスではこれまで、女性のフルタイム勤務率に続き、男性のパートタイム勤務率においても、ほかのヨーロッパ諸国に「遅れ」をとっている国という構図があります。オランダの男性就労者の22%、スウェーデンでは12%がパートタイム勤務しているのに対し、スイスのパートタイム勤務の男性は10.9%(2015年)です(ちなみに、ドイツにおいてはさらに低く9%(2016年)です)。このため、ヘルマン氏の言うように、仕事を減らして子どもの面倒をみるよりも、フルタイムでバリバリ働きたい、そんな気持ちがあっても公言はしにくい目にみえない心理的なバリアが、社会に存在しているのかもしれません。
ヘルマン氏の指摘を聞いて、さもありなん、とうなずきたくなる経験を数年前にわたし自身もしました。勤めている遊具のレンタル施設「ルドテーク」が、 週日に加え土曜も開館することになり、それをローカル雑誌上で広報する記事を担当した時のことです(ルドテークについての詳細は、「スイスの遊具レンタル施設」をご覧ください)。見出しを「ようこそお父さんたち!」として、週日働いているお父さんたちでも、これからは土曜に立ち寄ることができます、という内容を盛り込んだのですが、この部分に、文章校正担当の同僚からストップがかかり、文章が書き換えられました。修正後の文章を読んで、父親がフルタイム勤務であることを当然視あるいはそのような傾向を助長するようなタイトルや内容が、(実際がどうであるかとは関係なく)男女平等を目指す社会で、公的な性格が強い団体が掲載する記事としては適切ではない、という理解が、校正者にあったことがわかりました。社会の現実とは別に、スイスにおいて暗黙にしかし歴然とした社会的な公式見解があることを、その時はじめて実感しました。
ただし、男性の働き方が徐々に変わってきていることも事実です。スイスの男性のパートタイム勤務者は2010年から2015年までの5年で7.3%から10.9%に確実に増えています。若く新しい世代がこれから父親となっていく今後に、さらに、男性のパートタイム勤務割合が増えることは十分考えられます。
おわりに
今日、就労のあり方や男女の仕事の分担については、ワーク・ライフ・バランスや一生現役説、イクメンなど様々な考え方が、時流にのって世界をかけめぐっています。それらの考えが社会でいざ目指す目標と掲げられると、今回みたように、現実と理想に乖離が生じたり、本音と建前の間にずれやねじれがでてくるものなのかもしれません。
参考文献・リンク
——フランスの母親の就労について
Re: Supermutter & Karrierefrau, Frankreichs Erfolgsmodell in der Krise, arte, Deutsche Erstausstrahlung, 17.03.2017.
——スイスの父親の就労について
Manuela von Ah, Mythos Teilzeit, Gewellschaft Väter, Wir eltern. In: Für Mütter und Väter in der Schweiz, 6/2017, S.20-29.
Statistisches Bundesamt: Neun Prozent der Männer arbeiten in Teilzeit, ZEIT ONLINE, 1.11.2016.
——その他
Beschäftigungsstatistik, Eurostat Statistics Explained, Daten von August 2015.
Eltern, die Teilzeit arbeiten, Detatis, statistisches Budesamt, Indikatoren (2017年5月28日閲覧)
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
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