シェアリング・エコノミーが活かされる社会とは 〜ドイツ語圏での議論を土台に

シェアリング・エコノミーが活かされる社会とは 〜ドイツ語圏での議論を土台に

2017-09-20

前回、シェアリング・エコノミーの普及によって表面化してきた問題や、懸案についてご紹介しました(「シェアリング・エコノミーに投げかけられた疑問 〜法制度、就労環境、持続可能性、生活への影響」)が、今後、シェアリング・エコノミーが社会全体に広がっていくのだとすれば、どのような形が望ましいのでしょう。「シェアリング・エコノミー」という題名のドキュメント番組を作成したヒッセンは、シェアリング・エコノミーの目標について、「シェアリング・エコノミー事業が行われている地域がそれぞれ、地域的にシェアリングエコノミーの恩恵を受けられる」ということではないか、とします(Hissen, 2015)。それは、「持続可能という意味でも、社会的という意味でも、また同時に利益や税収という経済的な意味においても」恩恵を受けるということであり、地域全体に還元される経済・社会活動という位置づけになると思われます。
ヒッセンのこの発言は、至極真っ当で、将来への指針を示しているように聞こえますが、具体的に個々人や会社だけでなく地域全体が恩恵を受けられるような、持続可能な社会、しかも経済的に成り立つシェアリング・エコノミーのしくみとは、どのようなものでしょう。シェアリング・エコノミーについての連載最後となる今回は、これまでの議論を踏まえて、ヒントやキーになるように思われる構想や試みを、ドイツ語圏を中心にして、いくつかピックアップしてご紹介していきたいと思います。
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持続可能な社会を目指す一環としてのレンタルショップ
まず、具体的に自ら目指す形を試している事例をご紹介しましょう。前回の記事で、シェアリングがもつ潜在的な拡大消費傾向を批判するニコライ・ヴォルフェルト氏の意見を紹介しましたが、氏はベルリンで「ライラ」というレンタルショップを営んでいます。持続可能な消費を実現するために資源やエネルギーの消費を減らしても、生活水準を下げないようにするにはどうすればいいか。このような思索の末生まれた「ライラ」は、借りるものに対し対価を支払う通常のレンタルショップとはかなりシステムが違います。
今年開店5周年を迎えた店は週に3回夕方、ヴォルフェルト氏を含む10数人のボランティアによって営まれています。約900人いると言われる会員は、毎月1から3ユーロの間で、自分が決めた額を支払います。それとは別に会員はおのおの、ほかの人に貸せるものを店に持ち込みます。ひとつ持ち込めば、店のものを最高で3つまで借りられます。借りられる期間は、その都度店員と話し合って決めますが、ほかの人が借りやすいように、なるべく使い終わったらすぐに返すことを原則としています。会員が支払う会費は、店の賃貸料と運営費にあてられています。店は、貧困層に様々な製品を利用できる機会も提供しており、地域的なつながりやお互いのコミュニケーションも活性化にもつながっているとされます 。
店のホームページをみると、店の在り方をオープンソースのビジネスモデルと位置づけ、ほかの地域でも同じような店舗が展開されていくことにも協力的な姿勢を示しています。実際、すでに同様の店がドイツ国内に10店舗以上開店しており、イギリスにも広がっているとされます。
評価機構で信頼を担保する
ところで、ものをシェアしたり賃借するには、人の好意や善意だけでなく、サービスを提供する側と利用する側がお互いに対して信頼できる基盤があることが前提ですが、信頼を維持するためには、どのようなしくみが必要なのでしょうか。
サービス提供者について、独立した評価機構がそれぞれの団体の運営の仕方や活動内容を評価することは、ひとつの有力なしくみでしょう。様々な経済活動で取り入れられているような、個々のサービスを受けた個人が評価するだけではみえてこない、あるいは客観的な評価が難しいい部分にも目を向けるためです。ただし、その第三者機関自体の知名度や信憑性が低かったり、あるいは機関はしっかりしていても、評価の審査に多大なコストや時間がかかるとなると、敷居が高くなり、シェアリングのサービスの提供者の増加にはつながりません。世界最初に、「シェアリング・シティー」と自ら名乗った韓国のソウル市では、このような問題を最小限に減らすため、市が率先して、それぞれの組織の目的や活動内容を審査し、望ましいシェアリングエコノミーの活動をしているとみなされるものだけを認証することで、市民が安心して利用しやすいように努めています。
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ソウル市庁舎

規模や地域を限定する
お互いを信頼しやすくするシステムをつくるために、あえて規模や地域を制限することも有効かもしれません。シェアリングの様々な現象について12回に分けて特集したドイツのラジオ番組では、「ダンバー数」というものに注目、紹介しています(Kultur des Teilens, 2016.)。
ダンバー数とは、イギリスの人類学者ダンバー Robin Dunbar が提唱したもので、歴史的な村落や世界各地の集落の大きさを研究調査した結果、人がお互いを知り、信頼できる人のコミュニティーの最大人数は、世界的に普遍的に約150人(100から250人の間)だとしたものです。これ以上の人数になると「グループの団結と安定を維持するためには、より拘束性のある規則や法規や強制的なノルマが必要になる」と考えました(「ダンバー数」『ウィキペディア』)。
インターネットを通じたバーチャルなコミュニティーにおいては、これまでの組織やグループと異なりますが、ネットワークでつながる人々を、規模や地域など、なんらかの形で限定することで、お互いを認知しやすくなることは確かでしょう。その結果、コミュニケーションが円滑になるだけでなく、お互いに身勝手なことをすることへの抑制となり、信頼がおける関係が維持しやすくなることも考えられます。
経済的・社会的に公正であることと規制緩和の間の落とし所をさがす
シェアリング・エコノミー全般に関しては、EUにおいてもスイスにおいても原則としてシェアリング・エコノミーの市場価値を認め、規制には全般的に慎重な姿勢です。一方、EUにおいては営業形態や課税などの詳細な制度や規定は各国に委ねており、今後は徐々に、国や地方自治体レベルで、実際の状況や問題を検証しながら、地域や分野によって規制ができてくることは必至でしょう。目下のところ、ホテル業界やタクシー業界など既存の業者との公平な競争のための課税などの新しい制度づくりや、シェアリング・エコノミーが提供するサービスの安全確保や社会保障の問題が、各地で議論、一部では実現されています(民泊に関する最近の事例は、「民泊ブームがもたらす新しい旅行スタイル? 〜スイスのエアビーアンドビーの展開を例に」をご参照ください)
従来の人間関係(やりとり)を補充するシェアリング
前回の記事で、ドイツでは社会学者たちの間で、人に何かをすることが善意ではなくサービスの対象となってしまうことで、人間関係全体が商業主義的になってしまうのではないかという危惧がでていることを紹介しました。これについてはどう対処すべきなでしょうか。
社会学者たちの指摘を文面通り理解する前に、少し整理してみたいのですが、商業主義的な関係、つまりサービスのやりとりは、そもそも善意でつながる関係の対極にあるものなのでしょうか。少し話がそれますが、今年初め、アマゾンの荷物が多くてヤマト運輸が窮地に陥っていることがメディアで取りざたされた時のことを思い出してみます。この時は、国民の間ではヤマト運輸を同情する声が多く、日経の読者向けのアンケートでは回答者3800人余りのうちの8割が、深刻化する人手不足対策として、宅配便の引き受けを抑える検討に入ったことに対し「賛成」しました(木村、日経、2017年)。宅配が減ることにより自分が将来被るであろう不便さだけを人々が憂慮していたのなら、8割という圧倒的な賛成票はありえなかったでしょう。もちろん、配達量の多さのあまり宅配会社が廃業してしまってはもっと困る・不便なため、という合理的な思考が、そこに入っていたことも確かでしょうが、商業主義的であることがただちに、利害だけでお互いを捉え、信頼や共感する気持ちがなくなるとはいえないことは一概に言えず、一営利企業と利用者の間にも、信頼や同情、共感する気持ちが根付くことが可能でということを、このアンケート結果は、如実に物語っているように思われます。
歴史を紐解けば、人がしてくれた行為に見合うお礼をするという風習は、貨幣が登場するずっと以前 から、そして世界のどこにでもありました。このことは、貰いっ放しでもあげっぱなしでもなく、なんらかのギブ・アンド・テイクの形が、健全で信頼関係を築くための安定的で有力な手段であったことを示しています。
一方、はっきりしたギブ・アンド・テイクという打算的な関係でなくても、どんな関係においても、なんらかの効果や報酬を期待することと純粋な好意や善意との線引きをするのは難しいものです。そう考えると、シェアリング・エコノミーの弊害や危険性に注視することはもちろん大切ですが、単なる否定論に陥らず、むしろ「商業的」かいかんによらず、相互に信頼や満足できる関係であるかに重心を置いた考察も重要ではないかと思われます。
シェアリング・エコノミーの到来とともに訪れる「商業化する」未来の人間関係の在り方を新しい関係の一部として認め、不足する部分や問題点がでてくれば、その都度それを補完するシステムや関係を志向するという、シェアリング・エコノミー容認論は、今後、大いに議論・構想される余地があるのではないかと思います。
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おわりに
ベルリンの新しい形のレンタルショップ「ライラ」や、世界初の「シェアリング・シティー」と自ら宣言して、時代に合ったシェアリング・エコノミーを形作ろうと模索する韓国のソウル市。二つの動きに共通しているのは、それぞれのコンセプトを専有し特権的な地位に安住しようというのではなく、みずから積極的にアイデアやノウハウを外部と共有しながら、世界的に広げていこうというオープンな態度です。人や世界を信頼するこのような態度こそ、「シェアリング」の核心部分であり、望ましい展開へと後押しする推進力といえるかもしれません。
<参考サイト>
Jörg-Daniel Hissen, Sharing Economy - der Weg in eine neue Konsumkultur?. In: Arte, 30. September 2015.
Elisabeth Schwiontek, Nutzen statt besitzen: Einblicke in die deutsche Sharing-Szene. Sternchenthemen, Schulen. Partner der Zukunft (2017年8月23日閲覧)
ベルリンのレンタルショップ「ライラLeila」のホームページ
「共有都市(Sharing City)・ソウル」プロジェクト、SEOUL Seoul Metroplitan Government2017年1月2日
キャット・ジョンソン「次なるシェアリングシティを目指すソウル」『Our World国連大学ウェッブマガジン』2013年08月16日
Kulturen des Teilens, Aus der 12-teiligen Reihe: “Die teilende Gesellschaft” (10), Von Dirk Asendorpf. Onlinefassung: U. Barwanietz & R. Kölbel, SWR2 Wissen: Radio Akademie, Stand: 7.7.2016, 16.56 Uhr
「ダンバー数」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』2017年8月11日 (金) 18:04 UTC
Bundesrat verabschiedet Bericht zu Rahmenbedingungen der digitalen Wirtschaft, Bundesrat, Das Portal der Schweizer Regierung, Bern, 11.01.2017
René Höltschi, Teilen als Chance, EU-Leitlinien für die Sharing-Economy. In NZZ, 2.6.2016,
Pierre Goudin, European Added Value Unit, The Cost of Non Europe in the Sharing Economy. Economic, Social and Legal Challenges and Opportunities, January 2016
上瀬 剛「シェアリングエコノミーがもたらす政策課題(EUに学ぶ)」『情報未来』No.51(2016年7月号)
Marco Metzler, Das Uber-Modell ist nicht AHV-tauglich. In: NZZ am Sonntag, 8.5.2016, 12:07
Rasoul Jalali, Es geht um mehr als um Taxis und Uber. In: NZZ, Gastkommentar, 7.9.2016.
木村恭子「ヤマトの宅配総量抑制『賛成』約8割 」第311回解説 『日本経済新聞』(Web版)、2017年3月2日

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
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