スイスで考えるペットと共存する社会のしくみ 〜飼い主、ペット、近隣の住民それぞれに課せられる義務と役割

スイスで考えるペットと共存する社会のしくみ 〜飼い主、ペット、近隣の住民それぞれに課せられる義務と役割

2018-01-02

「体内にマイクロチップを埋め込む」と聞くと、少なくとも2018年を迎えたばかりの現時点では、得も言われぬ恐怖感を覚える人が多いのではないかと思います。しかしスイスでは、すでに10年前から、マイクロチップの体内埋め込みがすでに一部で義務化されています。ただし、人間が対象ではなく、飼い犬を対象としたものです。
スイスでは、マイクロチップの埋め込みだけでなく、ほかにも日本にはないペットをめぐる法律や制度があります。これらの法や制度をよくみると、単に動物の愛護や保護の観点で進められたのでなく、もっと広く社会全体を視野にいれて、飼い主とペット、近所のほかの住人が、できるだけお互い摩擦や問題がなく共存するためのしくみであることがわかります。戌年最初の記事となる今回は、具体的に犬や猫などのペットについてどのような法律や制度があり、実際にどのようにそれらがどう機能しているのかについて、自身の実体験もふまえて、レポートしてみたいと思います。
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スイスでは3世帯に1世帯がなんらかの動物を飼育しています。最も多いのは魚で、水槽で飼育する魚が230万匹、それに続いて、池で飼育される魚が210万匹います。次に多いのは猫で160万匹でさらに犬52万1000匹と続きます。猫の数は、日本では昨年2017年に調査依頼はじめて犬の数を上まりましたが、スイスではすでに現在犬の3倍近い数になっており、近年の犬の飼育が減少や猫が増加傾向を鑑みると、猫と犬のペット数の差は今後さらに大きくなると考えられています。
このようにスイスでペットとして魚に続いて、高い人気を博している猫ですが、一方で消息不明になる猫も少なくありません。スイスでは1年で平均、1万5千匹の猫が消息不明になっていると言われ、これは35分に一匹の割合です。
飼い猫がいなくなったら、どうしたらいいでしょう。張り紙をしたり、近所に訊いてまわるというのが、どこでもみられる常套手段でしょう。しかし、それは、この方法が効率的に捜索できるからではなく、ほかにとくに手立てがないから、というのが実情ではないかと思います。第一、いざ探すと言っても、そもそも飼い猫がどんなところを通常の行動範囲にしているのか知らず、どこを探せばいいのか見当がつかないという飼い主も多いのではないかと思います。
そこで、もっと効率的に探すことはできないか、そんな期待をこめてはじまったのが、マイクロチップの体内への埋め込みです。
マイクロチップ埋め込みをめぐる近年の動き
現在、猫や犬などの小動物に埋め込まれるマイクロチップは、長さ11〜14mm、直径約2mmで、細長い米粒ひとつほどの大きさです。注射器に似た機械で、瞬時に、喉の左横あたりの皮膚下に簡単に埋め込むことができます。すぐに終わるだけでなく、痛みもほとんどないため、とくに麻酔などは必要ありません。埋め込みは獣医が行い、約90スイスフラン(日本円で約1万円弱)の費用は、飼い主が負担します。一度埋め込めば、一生使うことができます。
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マイクロチップには、すべてのペットが個別に確認できる国際基準に沿った15桁の数字からなる情報が入れられます。例えば、出生国が3桁の数字で表記されることになっており、ペットの出生国がスイスである場合は756となります。内容を読みこむための機械は、医者、動物保護センター、警察などに常備されています。マイクロチップにGDP機能などほかの機能は搭載されていません。
スイスでは2007年1月1日から、すべての飼い犬を対象に生後遅くても3ヶ月以内に、マイクロチップの埋め込みが義務化され、同時に、そのデータを全国の統括的データバンクへ登録することが義務化されました。
一方、猫のほうは、マイクロチップが義務化されていないため、それほど普及していません。2011年に新たにマイクロチップをいれたのは4万5千匹で、この年までに、マイクロチップが入っている猫の総数は、24万匹にとどまっています。これは飼い猫全体の2割以下の割合に当たります。
ちなみに、スイスの犬への義務化に先んじて、2004年7月から、EU圏外から圏内に入る犬や猫などのペットは、マイクロチップを体内に埋め込むことが義務化されています。
マイクロチップの効用
体内のマイクロチップが義務化され、実際にどのような変化があったでしょうか。まず、迷い犬の個体確認が非常に容易になりました。2011年では、3000匹の犬、がマイクロチップのおかげでみつかり飼い主に返されています。
また、そのような物理的な効用だけでなく、飼い主の精神面においても、大きな効用が指摘されるようになりました。それは、一言で言えば、飼い主の飼い主としての自覚を高めるという効用です。
例えば、マイクロチップの埋め込みが義務化されることで、犬を捨てる人が大幅に減りました。捨てたいと考える潜在的な人数は、これまでと同じようにいたとしても、捨てられた犬から捨てた持ち主を探索することが簡単になったため、捨てることを思いとどまる、あるいは捨てずにすむ手段(動物保護センターに預けるなど)をとる人が増えたためだと考えられます。
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ほかにも、飼い主が犬をいじめたり、世話を怠ったり、あるいは犬が噛みついた場合も、飼い主を見つけ出すのがずっと容易になったため、これらの問題やトラブルを抑制する効果があると言われます。
犬のマイクロチップが義務化されて10年の間に起きたこのようなポジティブな効果に注目し、猫にもマイクロチップの埋め込みを義務化させるべきと考える人も、徐々に増えてきているようです。飼い猫にも義務化の枠を広げるべきかという議論もたびたびメディアに登場します。
猫の生態研究者ターナーDennis C. Tunner も、避妊同様マイクロチップの埋め込みに賛成する一人であり、避妊手術とマイクロチップは、持ち主にとって、「責任をもって猫を飼う」ことの一環と位置づけています(Roshard, 2014)。
全国ペット捜索ネットワーク
消息不明のペット探しにおいて、マイクロチップの埋め込みとセットになって、有力な手段となっているものがもう一つあります。それは、全国的なペット捜索ネットワークの存在です。
スイスでは2004年4月から施行された法律 (Art. 720a, Abs. 2 ZGB) によって、すべての州で、飼い主からはぐれたと思われる動物を住民がみつけた場合、届け出をすることが義務とされ、同時に、それぞれの州で、それを統括する部署をそれぞれ設置することも義務付けられました。
これを受けて、2001年からNPO団体が運営している全国的な捜索届けと発見届けのポータルサイト 「スイス動物届けでセンター」が、正式な全国的な情報統括センターとして、 利用されるようになりました。
具体的な捜索の流れをみてみましょう。まず、ペットが見当たらなくなったら、飼い主が届け出をします。写真ととともにペットの性別や種類などの情報と飼い主の連絡先(電話とメール)を入力します。
一方、スイスのどこかで迷子のペットと疑われる動物を誰かが発見した場合は、発見届けを出します。発見届けにはできるだけ詳しい動物の情報、例えば、発見の場所や日時や動物の特徴、動物の写真を、発見者の電話や連絡先とともに入力します。住民が、迷子と思われるペットを見つけても届けず放置していると、罰則や罰金を受けることもあります。
入力された情報はすぐにポータルサイトで公開され、飼い主は、気になる届け出を出した人に、直接連絡することができます。この全国的な捜索ポータルサイトに出される届け出件数は、年間でトータルで2万件で、訪れる人数は120万人にのぼるといいます。ちなみに、2011年、猫発見の届け出は、700件でした。
体験レポート
先日わたしも自身も、自宅に猫が迷い込んできたため、このサイトを利用することになりました。発見届けを出した当日から、猫を探す人から直接電話での問い合わせを受けたり、マッチング・レポート(発見届けの情報と捜索届けを付き合わせて、合致すると思われる場合に、送られてくる報告メール)が届いたりして、ポータルサイトが使い勝手がよく、実際に市民たちに利用されている様子を、かいまみた気がしました。
ちなみに、うちの迷い猫は数日後に姿を消したので、その時点で入力情報もすべて消去しましたが、念のため、動物保護センターと獣医に問い合わせたところ、猫が引き続き居着くような場合は、ネットでの捜索活動に平行して、マイクロチップが体内に入っているかを調べるため、獣医に連れていくことを勧められました。マイクロチップ内容を調べるだけなら、予約も費用も不要で、飛び込みでやってもらえるとのことでした。
迷いこんだ猫や犬を自分自身が飼いたいと希望する時も、マイクロチップが入ってるかを、獣医のところで必ず確認しなくてはいけません。もしもマイクロチップの情報で持ち主がいることがわかれば持ち主に返還しなければいけませんが、謝礼として、ペットの値段の約1割の謝礼を飼い主に要求することができます。発見届を出して2ヶ月たっても持ち主が見つからない場合も、正式に自分のペットとして飼うことができます。
マイクロチップは、迷いペットの持ち主を探すのに便利なだけでなく、本当の持ち主を見極めるのにも、非常に便利だと、スイス国営ラジオのインタビューで動物に関する法律専門家フライStefanie Freiは話してます(Schnyder u. Kressbach, Interview, 2017)。
どういうことかというと、猫などの小動物は、場合によっては柄や大きさだけでは、見分けがつきにくいため、複数の人が、自分が飼猫い主だと主張する場面がたびたびあります。そのような場合、感情的に議論をしていても埒があきませんが、マイクロチップをみればだれが飼い主かが一目瞭然なので、すぐに問題が解決します。言って見れば、マイクロチップスは、現代のペットにとっての、(二人の母親と名乗る女性のどちらが本物の母親かを、子ども引っ張らせて見極めたという逸話のある)大岡越前の役割も果たすということのようです。
おわりに
スイスの事例をみると、ペットをめぐる体内マイクロチップと全国的な捜索ネットワークの整備というインフラが、補完・補強しあい、スイスのペットの生活環境をより安全で確かなものにしていることは、疑いなさそうです。
一方、飼い主にとってはどうでしょうか。これまで以上に飼育者に自覚と責任意識を要求されることになるという意味では、厳しいともいえますが、飼い主としての責任を一方的に要求するだけでなく、ペットが消息不明になるという多くの飼い主にとって自分だけでは解決し難しい難しい状況において、有力な助けを提供しているともいえます。つまり、飼い主の希望や権利を、最小限のトラブルで最大限守ろうという、システムだとも解釈できるでしょう。
社会全体に視野を広げると、飼い主だけでなく周辺の住人も巻き込んで、一般の住民にも発見届けを義務化させるなど、住民と飼い主のそれぞれの役割や立場を明確にさせることで、社会で人とペットが共存しやすくなるようにした制度ではないかと思います。特に最近、動物に対する苦情(例えば大型犬が小型犬や人を噛んだというような苦情)が増えているように、スイスでは動物やその飼い主に対する目も厳しくなってきているため(Häuptli, 2017)、全般に飼い主や住民の責任と役割を明確化する制度は、争いや問題を未然に防いだり最小限にするための不可欠なしくみといえるのではないかと思います。
飼うことが任意のペットのことで、どこまで法的な枠組みをつくるのか、また公的にお金と手間をかけるのか、という想定や理解は、国や地域によりかなり異なるでしょうが、ペット対策を統合した生活環境整備は、ペットを飼うことがめずらしくない社会全般において、今後、一層重要になってくるのではないかと思われます。
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<参考文献とリンク>
Häuptli, Lukas, Hunderte Verurteilungen wegen Hunden. In: NZZ aom Sonntag, 25.11.2017.
スイス動物届け出センター(Schweizerische Tiermeldezentrale  略してSTMZ)
Stäubli, Chantal, Fremde Katze gefunden - wie geh ich vor? In: Watson, 18.4.2017.
Roshard, Carmen, Dieser Chip ist nicht für die Katz. In: Tagesanzeiger, 5.11.2014.
Schnyder, Martina und Kressbach, Maria, Chippen für die Katz Trotz Mikrochip: Vermisst gemeldetes Büsi stirbt im Heim. In: Kassensurz, Aktualisiert am Dienstag, 17. Oktober 2017, 22:45 Uhr.
Schnyder, Martina und Kressbach, Maria, Interview: Macht ein Chip-Obligatorium für Katzen Sinn? In: Kassensturz, SRF, 18.10.2017.
Würden Sie als Juristin der Stiftung «Tier im Recht» ein Chip-Obligatorium für Katzen begrüssen?
Verwöhnte Hunde. In: NZZ am Sonntag, Gesellschaft, 9.11.2017.
STS-MERKBLATT. Mikrochip, Kennzeichung und Resistrierung, Findetiere. (2017年11月27日閲覧)

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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