ダイヤモンドが将来も輝くために必要なものは? 〜お金で買えないものに寄り添うマーケティング
2018-03-23
「輝きを失うダイヤモンド」
今年早々、こんな新聞の見出しが、目にとびみました(Gallarotti, 2018)。ダイヤモンドと言えば、その輝き同様に高価な価値が不変にあるもの、となんの疑いももたずに考えていましたが、記事を読むと、なるほど、現在ダイヤモンドは厳しい状況下にあることがわかりました。なぜダイヤモンドをめぐる状況が近年、変化しているのでしょう。
今回は、まず、ダイヤモンド業界が現在抱えている状況とその問題についてみてゆき、後半は、ダイヤモンドへの見方や需要が変わった社会の方で、一体なにが起こっているのかについて目をむけてみたいと思います。ただし、社会での変化というのでは、あまりに漠然として扱いにくいので、この問題のキーになっていると思われる、ステイタスやシンボルの変化に話を絞って進めていきたいと思います。このなかで、現代のドイツやヨーロッパ全般において、なにがステイタスとして重視されているかだけでなく、そのようなステイタスはほかのモノやコトとどうつながっており、マーケティングの新しい可能性はどこにあるのかなどについても、探ってみたいと思います。
ダイヤモンド産業の景気
まず最初にダイヤモンドをめぐる現状と今後の見通しについて、アメリカの大手コンサスタント会社ベイン・アンド・カンパニーが昨年暮れに発表したダイヤモンド業界についての昨年のレポートから、概観してみます。
ダイヤモンド業界は、需要が大きい国の経済状況などによって短期的には需要にブレがみられるものの、長期的な見通しとしては、2030年ごろまで世界的な需要はさらに1〜4%増え、一応、安泰という見通しが示されています。ただし中国とインドの中間層の間では確かに需要が伸長しており、これが世界的な需要も押し上げていますが、世界の多くの国ではむしろ需要の伸び悩みがみられます。レポートでは、これを、「ダイヤモンド宝石類の需要の景気後退Slowdown」とし、「ダイアモンド産業が直面している長期的な課題」のなかでも「もっとも焦眉の課題」としています(Linde, et. al, 2017)。
ダイヤモンドの需要が減っている背景として、いくつかの要因が考えられます。『ノイエ・チューリヒャー・ツァイトゥンク』(略してNZZ)の記事では、特に以下のような点を、需要後退の主要因としてあげています(Gallarotti, 2018)。
・若者の宝飾に対する認識の変化
最も大きな要因とされるのは、宝飾全般に対する認識の変化です。とりわけ「若い世代が彼らの親や祖父母と異なる宝飾類への理解がある」と言います。例えば、若い世代ではピアスやタトゥーが高い人気を博していますが、これらは一種の「宝石の代替」的な役割を担っているとします。
また、若い世代は、商品を全般にオンラインで購入することがとりわけ多い世代ですが、オンラインの購入では全般に、(自分の目で確認できない)品質よりも、値段に敏感になる傾向があります。このような購入スタイルや、質や値段についての捉え方は、従来の店頭でのジュエリーの販売方法とは根本的にそりがあわず、そのような販売手法のジュエリーでは、どうしても苦戦してしまうと分析します。
・紛争ダイヤモンドの問題
ダイヤモンドの需要や人気を下げる要因は、宝飾への考え方やファッションの変化だけではありません。一つは、紛争ダイヤモンド(ダイヤモンドの産出国が紛争地域にあってダイヤモンドが紛争の資金源にされること)の問題です。紛争ダイヤモンドを国際的な流通網から駆逐する努力は繰り返しされてきてはいますが、国際社会において制裁手段が徹底できていないため、完全に根絶するのが難しい状況だといいます。
・合成ダイヤモンドとの競合
さらに、近年、合成ダイヤモンド(人工ダイヤモンド)が安価で製造できるようになったことで、ダイヤモンド業界での競争が一層激しくなると考えられます。現在の合成ダイヤモンドの市場規模は小さいものですが、天然ダイヤモンドと合成ダイヤモンドの違いは素人ではほとんど判別不可能であり、合成ダイヤモンドは紛争地域から出自でないことがはっきり証明できるため、今後合成ダイヤモンドが広く出回っていく可能性があります。
・産出国の労働環境や環境問題
NZZでは触れられていませんが、ほかにも産出国での採掘労働者の就労状況、採掘現場周辺の環境問題などが、たびたびメディアで批判的に報じられており、華麗なダイヤモンドには犯罪や紛争への加担や南北問題、といった負のイメージもまたついてまわっているのが実情です。
このようなダイヤモンドについてまわるグレーあるいはダークなイメージが、世界的に環境や社会の公平性について関心や意識が強い人たちの間で、ダイヤモンドを敬遠させていることは十分考えられます。
社会における変化 現在のステイタスとは?
次に視線をダイヤモンドから、社会全体の変化のほうに向けてみます。社会がダイヤモンドへの見方を変化させていったのだとすれば、どんな理由や背景があるということなのでしょうか。
ここで手がかりにしたいのは、2013年にドイツのオンラインの戦略代理店「ディフェレント」が行った、人々が欲しいと思うものについてのアンケート調査の結果です。無作為抽出で約2000人の様々な年齢の人にオンラインで行ったものだそうですが、アンケートの結果は一般に公開されていないため、以下は、情報を提供されその内容について掲載したドイツの大手日刊紙 „Welt am Sonntag”といくつかの関連メディアの報道をもとにしてまとめました。
お金で買えないものを望む人たち
このアンケート調査で注目されるのは、欲しいものはなにかという質問への回答で、上位10に入った回答のうち9つが、お金で購入することにできないものだったことです。
一番多かったのが、自分の時間で、すべての世代で90%の回答者が、欲しいものにあげました。ほかには、無期限労働契約、こどもをもつこと、結婚すること、上手に料理ができること、常に世界情勢についてよくわかっていること、ボランティアで働くこと、健康でいること、多言語をしゃべることといった事項が回答上位に入りました。
一方、アンケートが行われた5年前といえば、スマホが今よりも目新しく感じられたはずですが、スマホを所有すること、という回答はトップ10に入っていません。SNSで多くの人とコンタクトをとるのが望ましいと答えたのも16%にとどまります。むしろ回答者の半分以上が、意識的にスマホやインターネットを使わない時間をもうけることが、他者から距離を置くために重要と答えています。
唯一お金で買えるモノで、上位トップ10に入ったものは、自分が所有する住宅(戸建やマンションなど)で、回答者の80%が欲しいと回答しています(4位)。
全体として、回答者の年齢が高くなればなるほど、また富裕になればなるほど、非物質的なものが重要になり、顕示的(人にみせびらかすため)な消費への意欲がうすれる傾向がみられます。例えば、18歳から29歳の世代では、自宅を購入したいとするのが、全体の比率より高く84%にものぼり、友達に強い印象を与えるようなことをしたいと考えている人は、42%いました。一方、50歳以上で、同じように友達に強い印象を与えるようなことを希望する人の割合は14%にとどまっています。
上位には入りませんでしたが、クラシックなステイタススンボルを望む回答ももちろんありました。例えば回答者の48%が欲しいものとして車をあげています。一方、パソコンやスマホを欲しいと回答したのは回答者の16%、ファッション、時計、宝飾を欲した人たちはさらに少ない割合でした。
現在の状況は?
このアンケートはいまから5年ほど前にドイツで行われたものですが、現在はどうでしょうか。
アンケート調査の責任者イェムリヒ氏は、当時、将来はこのような状況にさらに拍車がかかるだろうとしていますが、わたしの印象としても、このような傾向が現在も強くあるように感じます。お金で買えないものを求めるという傾向は、なにより、ドイツを含め現代のヨーロッパ社会が全体的に、モノが十分にゆきわたった久しい状況にあることと関係が深いでしょう。モノがあふれている時代に、モノをかざしてステイタスを示すことは、難しいと考えられるためです。
さらに近年の、シェアリング・エコノミーの広範な分野での興隆が、このような傾向にさらに追い風をおくっているのかもしれません(「シェアリング・エコノミーを支持する人とその社会的背景 〜ドイツの調査結果からみえるもの」)。自己が所有することに固執せず積極的にシェアする人たちは、モノを所有するという行為自体に、相対的に低い価値や意味しか見出していないことになりますが、このような考え方の人が増えれば増えるほど、あるいは、そのような考え方が社会に認められれば認められるほど、モノに付加されていた社会的な価値は、相対的に低くならざるをえず、モノをめぐる価値体系全体が、地盤沈下を起こしていくように思えます。
お金で買えないステイタスにつながるモノ
ところで、この調査の責任者であるイェームリヒDirk Jehmlich氏は、調査結果に基づき、ほかにも興味深いふたつの指摘をしています。
まず一つ目は、このような新しい、お金で買えないステイタスを求めるトレンドは、必ずしもモノを求めないということに帰結するとは限らないという分析です。一見アンケート結果と矛盾するように思われますが、物質的な需要はなくなるわけでも、非物質的な需要と矛盾するわけでもなく、むしろ、その新しいステイタスを示すシンボル、つまり新しいモノの消費が拡大する可能性がある、という指摘です。
例えば、自分のための時間をもつということ、それは休息をとるためにボートや別荘を買うということにつながるといいます。総じて、「非物質的なシンボルは、それを表明するなにかのプロダクトが必要。そこにマーケティングのチャンスがある」と考えます。
確かに、このようなイェームリヒの説が妥当と思えることは、ほかにもいろいろ考えればありそうです。例えば、有機農業食品のブーム(「デラックスなキッチンにエコな食べ物 〜ドイツの最新の食文化事情と社会の深層心理」)がなぜ起きているのかと考えるとき、環境や健康への高い意識をもつ人が、その思想に合致するモノを求めており、その思想に有機農業がうまく合致したから、と捉えられるかもしれません。
同様に、トヨタのプリウスが高級車であるにもかかわらず欧米でよく売れたのは、プリウスにはほかの車種と異なりハイブリットしかなく、自分がエコに行動するだけでなく(それだけの目的ならもっと安いエコカーでもよかったわけですが)、それをほかの人にも顕示しステイタスを示したい人の気持ちをくすぐったためだという指摘がありますが、これもステイタスを表明するプロダクトであったからこそよく売れたのだ、と捉えることができそうです。
トレンドをつくり出す人たちを指針にしたマーケティング
もう一つイェームリヒ氏は、ある一定の数の人たちが自分たちの意識や考えを社会に広げていく影響力と、その利用可能性について、おもしろい指摘をしています。
調査の結果、多くの人は、人々が経済的に富裕なエリートより、知識や意識が高いエリート層に属したいと願っていることがわかったのですが(ここでいう知識や意識が高いエリート層とは、自分たちの価値規範を擁護する立場をとる人たち全般を指します)、これらの人たちの考えやふるまい、ライフスタイルなどが、ほかの人たちに共感されることが多く、最終的に、単なる意識の高いエリートであるだけでなく、ほかの人や社会を先導する影響力をもっていると考えます。
これらの人たちは、言葉を代えて言えば、「社会の先駆者でありトレンドをつくっていく人」であり、企業にとってはマーケティングの重要な指針となるキーパーソンということになります。このため、企業は、これらの人々の動向をとりわけ重視することで、トレンドに単に乗り遅れないようにするだけでなく、自らがトレンドを先取りする形で展開できる可能性があるとイェームリヒ氏は指摘します。
その一例として、ドイツの国鉄の例をあげています。国鉄は、それまでの褐炭の火力発電源を多く使っていた電車の電力源を、すべて再生エネルギーに切り替えるという、環境意識がとりわけ高いエリートグループに直接アピールする戦略をとったところ、顧客数を大幅に増やすことに成功しました。マーケティング部のレーコプフ氏Manuel Rehkopfはこのことを振り返り、環境意識が高いエリートグループが「とりわけ発言力が強く、その意味でマルチプライヤー(乗算器)」になっていたと言います。
おわりに
そろそろ冒頭のテーマにもどって、まとめてみましょう。ダイヤモンドには、今後どのような道が待っているのでしょうか。ベイン・アンド・カンパニーのレポートでは、ダイヤモンド業界に、これまで以上にマーケティングに力をいれることでなんとか乗り切る道を示しますが、NZZ の記者は、それで事態が好転するとは思えない、とそのような希望的観測に疑問を投げかけています。
しかし、このまま若い人たちの間で宝飾への認識が変化しており宝石類全般への関心が薄れ、他方では環境問題や途上国の社会環境に高い意識をもつエリートたちが、ダイヤモンドのダークな面を問題視し続ければ、これまでダイヤモンドをつけることで期待されていた意味や価値(顕示的な消費価値)が社会で目減りすることは避けられないでしょう。そうなるとこれにリンクし、ダイヤモンドの市場価値が長期的に低下することも避けられなくなるでしょう。
一方、これまでのような意味づけや形でダイヤモンドが社会で人気を得ることがもはやなくても、お金では買えない望まれるものをうまくとらえて新たなモノの需要が生み出されるように、これまでとは異なる文脈から、モノとしてのダイヤモンドの新たな役目ができてくる可能性はあるでしょう。
この点で具体的なヒントになりそうな話を、ダイヤモンドと同様に近年売上の変動が激しい高級時計についての記事で、チューリヒの社会学者アルベルト氏Ernest Albertがしているので、その要点をご紹介します。
近年は、高級時計を購入できるような贅沢ができる人でも、高級だからといって無条件に高級時計は買うことはしない。これらの人も、社会的、エコロジー的、あるいは文化的な価値を重視しているためである。しかし、これを逆からみれば、豪華な時計を売りたければ、これらの価値観をアピールすればいいということになる。例えば、「(スイスの伝統的な時計の産地)ジュラ州の小さなマニュファクチャーでそれが作られたのだとか、この腕時計を購入することで熟練の腕時計職人の職場を確保するのに寄与するだとか、高い価値の原材料を利用している」など、それを所有した人がほかの人にも伝えたくなるような、その時計の価値に沿った話を添える必要がある(Waltersperger, et. Al, 2017)。
ダイヤモンドにも、新たな物語や尊い意味が、もしもしっくりなじんで顧客の心をとらえれば、着実に売上につながるかもしれません。少なくとも、ダイヤモンドを潜在的に欲しいと思ってもいる人(しかもそのためにお金を出せる人)がいるとすれば、そういう人にとっては、そのような物語やトピックが、なにより求められているといえるかもしれません。
もしそうだとすると、ダイヤモンドの背後で人々が伝えたくなる物語や意義を、改めて発掘したり、つくりあげること。それこそが、ダイヤモンド業界にとって今とりわけ大切な課題といえるかもしれません。
<参考文献・サイト>
Gallarotti, Ermes, Damanten verlieren an Glanz. Die härteste Wärhung steht unter Druck. In: NZZ, Wirtschaft, 5.1.2018, S.24.
Linde, Olya an Kudryasheva, Genia et. al, The Global Diamond Industry 2017: The Enduring Story in a Changing World. In: Bain report, December 11, 2017 Bain report.
Michler, Inga, Das perfekte Leben. In: Welt.de, 4.8.2013.
Papasabbas, Lena, und Schldt, Christian, Superdaddys: Vaterschaft als Status. In: Zukunftsinstitut, Neuer Status, neue Lebensstile (02/2016)
Statussymbole: Darauf legen die Deutschen wert. In: Badische Zeitung, 28.2.2014, um 15:20 Uhr
Statussymbole im Wandel: Worauf junge Menschen Wert legen. In: OXMOX, Hamburgs StadtMagazin, 6.7.2014.
Waltersperger, Laurina und Vontobel, Niklaus, Luxusuhren haben ausgeprotzt: Auf das Statussymbol soll nun digitale Technologie folgen. Uhrenindustrie. In: Schweiz am Wochenende, 18.3.2017 um 05:30 Uhr
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
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