難民と高齢者の需要と供給が結びついて生まれた「IT ガイド」、〜スウェーデンで評判のインテグレーション・プロジェクト
2018-07-15
2015年の難民危機以降、ヨーロッパの移民関連の報道といえば、難民や移民(以下、難民と移民の総称として「移民」という表記を用います)の間からテロリストがでてくることへの不安や、排外主義の強まりなど、移民と国民の間での不協和音的な部分が取り上げるのが定番となっています。
しかし、それらの問題は社会の先鋭的な動きの一部であってもすべてではありません。そのような動きや問題にばかり目を向けていると、移民をめぐる大局的な視点、社会の全体的な潮流への理解が不足する危険があります。実際、社会の大部分のセクター、教育や就労、生活空間などにおいては、日々、地域住民と移民たちは、平穏に共存しています。
ただし移民のインテグレーション(統合)は、自然発酵的に順調に進むとは限りません。むしろそうならないケースもたびたびあったことで、ヨーロッパではそれを教訓にして、今日のインテグレーションのガイドラインができあがってきたといえます。
現在のインテグレーションのガイドラインの特徴は大きくふたつあると思われます。まず、それぞれ異なる社会や文化背景をもった移民たちが、それぞれ既存の社会のなかで役割を担いながら共存していくためには、移民側と受け入れ側両者において、理解と労力が必要で、同時に、一定の時間がかかる、ということをまず、前提としていること。その上で、国から割り振られた難民の受け入れ先などになっている自治体や地域社会が、イントロダクション・プログラムや支援プロジェクトなどを通じて、積極的にインテグレーションに関わるようになったことです。
今回と次回では、ヨーロッパで、近年、自治体が支援する移民のインテグレーション・プロジェクトとして定評を受けている、二つの事例をスウェーデンとスイスからお伝えします。移住先の社会で活路を見出そうとする人々や、それらの人々への社会からの支援を具体的な例を通じてみていくことで、ヨーロッパでの移民をめぐる状況について、時事ニュースで通常知覚するのとは違う見方で、とらえる機会になればと思います。
スウェーデンのITガイド
今回は、スウェーデンの「ITガイド」という制度についてとりあげてみます。「ITガイド」とは、スウェーデンで難民の若者たちがスウェーデン人の高齢者たちにデジタル機器の使い方を有償で教えること、また教える若者スタッフたちのことです。
このプロジェクトは、夏季休暇を利用しなにか仕事がしたい、とティーンエイジャーの難民たちから相談をうけたことからはじまった、とプロジェクト創案者のGunilla Lundbergさんは言います。逆に、なにができるのか、と訪ねてきた若者たちに質問したところ、コンピューターやデジタル機器には強い、と答えたことから、コンピューターに関連する仕事を夏季休暇に必要とする人がどこかにいないか、と思いめぐらし、高齢者を結びつけるプロジェクトの着想にたどりついたといいます。
早速、2010年Örebroという自治体で、難民の若者たちが、土曜日や学校の授業後の時間に、図書館や公共施設のインターネットカフェで、コンピューターやスマートフォンなどの身近なデジタル機器の使い方について高齢者に教えるというITガイドプロジェクトをスタートさせます。
プロジェクトをはじめるとすぐ、難民側と高齢者側の両者においてこのプロジェクトの需要が高いことが判明します。そして、年々、賛同する自治体や支援する団体が増えていきました。2016年には、国内10自治体で、現在は20以上の地方自治体でこのような制度が設けられ、ITガイドの数も2016年の80人 から約200人に増加しています。
ITガイドは、スウェーデン語がある程度できるようになった語学の上級クラスに在籍する17歳から22歳の外国出身の若者たちで、コンピューターや携帯電話、タブレット、ほか電器機器の使い方などのITの知識やチームワーク、また事業の運営についての基本的な知識を学ぶ、30時間の研修プログラムを受講した人がなることができます。
このプロジェクトが、スウェーデン社会全体から評価を得るのにも、時間がかかりませんでした。プロジェクトがスタートして3年後の2013年に、スウェーデンの社会のデジタル参加を奨励する大会で「Digidel」”People’s Favorite”賞を受賞し、2016年には、ベルギーのブリュッセルで開催されたthe Social Innovation Accelerators Network (SIAN) award最終候補にも選ばれました。今年2018年には、スウェーデンの優秀なインテグレーションの活動に毎年与えられている「スウェーデン・ドアオープナー賞」の候補にもなりました。
難民にとっての利点
このように、ITガイドというプロジェクトは、スタートから10年もたたないうちに、インテグレーションの成功プロジェクトとして各地に広がり、社会的にも高い評価もうけるようになったわけですが、ITガイドの優れた特徴を、今一度以下に、まとめてみたいと思います。
まず、難民の若者たちにとって、ITガイドになることは、以下のような利点があります。
●教えることによって、スウェーデン語語の能力(しゃべることと聞くことの両方)を高めることができる
海外に住んでいて、語学学校に通っていたとしても、ほかの外国人とお互いに学んでいる言語を話す練習をすることはできても、語学学校の外で、練習をする機会は、意外と多くありません。
言葉がある程度できるようになれば、いろいろなところで会話する機会も増え、好循環で言葉も上達していきますが、言葉があまりできないうちは、逆にすべてが難しいというのが現状です。このため、言葉を定期的に言葉を使う機会、しかも自分がメインに話す機会があることは、とても貴重です。
●働いた分の収入が得られる
ITガイドは有償の仕事であり、多くの難民たちにとって、スウェーデンではじめて自分で稼ぐ仕事になります。
●高齢者をよろこばすというやりがいが実感できる仕事
自分のする仕事が人の役にたち、実際に目の前で喜ぶ人をみることができる仕事であるという意味で、やりがいを感じやすい仕事といえます。特に、アフガニスタンやシリア(現在、難民として入国する人の二大出身国)からの若者は、文化的にも高齢者を敬ったり大事にする習慣を比較的強くもっていると思われるため、異国においても高齢者を助けることを、金銭や語学の向上というプラグマティックな理由だけでなく、よろこんでする人も多いかもしれません。
●異世代間の交流や同僚のITガイドとのチームワークを通して、社会とのつながりが深まったり、知人のネットワークが広がる
顧客である高齢者との関係だけでなく、横の関係、ほかのガイドスタッフとの関係を通じて、スウェーデン社会により広くつながる可能性があります。例えば、ITガイド制度では、働き始めて1年目は、個別の相談や指導をするITガイドとして働きますが、2年目以降になると、ほかのITガイドのリーダーとしてほかのITガイドの養成や運営についても携わり経験を広げることができるようなプログラムになっていますし、ほかにもチームの同僚たちの間でも活発な交流ができる機会がもうけられています。
高齢者にとっての恩恵、利点
高齢者にとっても、多くの利点や恩恵があります。ITガイドによって、メディア機器やインターネットの知識を得ることができるだけでなく、若者と交流する新たな社交の場が増え、これらの機会や交流を通して、高齢者たちが、自分の世界を大きく広げたり、単調な生活のメリハリをもつことができるでしょう。
また、高齢者自身、そのことを強く意識してはいないかもしれませんが、自身がスウェーデン語をしゃべり、また相手のスウェーデン語を聞いてあげる機会を与えるということで、インテグレーションに実際に大きな貢献をしています。その事実は、高齢者にとっての生きがいやよろこびにもつながるでしょうから、大いに肯定すべき、重要なファクターだと思います。
難民と高齢者の両者が恩恵を得られれるという点に関して、ほかにも、おもしろい指摘もありました。
外国出身の若者は、数年スウェーデン語を集中して学び、一通りスウェーデン語を話せるようになっても、まだ上手にはやくしゃべることができません。他方、高齢者は、ほかの人が早口で説明されてもすぐに理解できませんし、自分自身もそれほど早口でしゃべることができません。このため、両者とも、ほかのスウェーデン人よりもゆっくり話すわけですが、それによって、高齢者、難民の若者たち両者とも大きな恩恵を受けることができるというものです。
スウェーデン人の高齢者にとって、孫やこどもがいれば、IT分野に強い孫やこどもたちから学ぶのが最適のようにも思われますが、なかなかそのような機会が簡単に定期的に必要な時に得られるとは限りません。たとえ、教えてくれるということになっても、スウェーデンの若者ですからしゃべるテンポがはやく、また、わからなかったり何度も同じことを聞くと、身内ではすぐにいらいらしてしまいがちになり、うまく教えてもらえることが意外に少ないといいます。
一方、他人でしかも自分もはやくしゃべることができない外国出身の若者たちは、高齢者に対して、孫やこども、またほかのスウェーデンの若者たちより、理解と忍耐があり、高齢者に教えるという目的において、より適しているといいます。
2016年の集計では、このサービスをうけた高齢者数は1700人のうち98%は、自分の友人にITガイドを勧めたという回答をしています。これは、なにより、高齢者がITガイドに非常に満足していることを表していると数字といえるでしょう。
インテグレーション・プロジェクトとしての自助の支援
このように通常全く接点のない二つの社会グループが出会い同時に恩恵を受けられるということ自体、十分素晴らしいですが、長期的な観点でみると、自立をうながす支援として、大きな効果をあげる可能性あることも、重要でしょう。
社会からただ支援や保護を受けて生活するのでなく、自分で稼ぎたい、自分も社会で役に立ちたい、という願望は、若い移住者にはとりわけ強いと思われますが、できる仕事でかつやりがいのある仕事をみつけるのは、誰にとっても難しいことであり、移民にとってはなおさらです。何世代にもわたって生活保護を受け、ゲットー化した居住区で、将来の展望をもてずに不満をたている移民たちも少なくありません(就労とインテグレーション(社会への統合) 〜 スウェーデンとスイスの比較)。
そんななか、ITガイドという仕事は、収入としては大きな額ではなく、長く続ける仕事でないにしても、異国での自信や充実感やモチベーションなど、お金の額以上の大きなプラスアルファーをもたらすと考えられます。
ITガイドたちへのインタビューをみると、このITガイドをきっかけに、自信や語学、ITのスキルを磨き、自分の次の目標(正規の雇用やより高度な仕事など)をもち、さらなるステップアップを目指す声が多くあり、ITガイドでの経験が、若者の将来のステップアップの道や自信、そのためのモチベーションにもつながっているようにみえます。
以前、協同組合を構想したライファイゼンが、支援のあり方として、慈善的な支援では結局貧農を貧困から救うことにはならず、自助の努力をする人や仕事への支援に重点を移っていったこに触れました(慈善事業から自助の支援へ 〜ライファイゼンの協同組合構想とその未来の可能性)。インテグレーションは、協同組合モデルとは直接関係ありませんが、この事例をみると、主体的な努力やそのモチベーションを大事にし、そこに支援の主軸を置くという、自助の支援という考え方が、インテグレーションでも有望、と解釈できるかもしれません。
次回につづく、インテグレーションの好例
次回は場所をスウェーデンからスイスに移して、引き続き、高い評価を受けているインテグレーションのプロジェクトをご紹介してみたいと思います。今回と同様、ニュースではほとんど触れられることがない、ヨーロッパのインテグレーションの一断面をみていただければと思います。
参考サイト
http://www.it-guide.se/karlskoga/
Oldies online, plan b, ZDF, 17.05.2018
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
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