縮小する住宅 〜スイスの最新住宅事情とその背景

縮小する住宅 〜スイスの最新住宅事情とその背景

2017-05-09

1980年代以降スイスでは、より広い住宅への需要が高まり、宅地開発や住宅建設が各地で大規模に進められてきました。しかし近年は、むしろ小規模の住宅の需要が増えており、住宅不足が目立つようになってきています。拡大志向から一転し、縮小傾向になった住宅事情の背景では、なにが起きているのでしょう。また、近い未来に、どう続いていくのでしょうか。今回は、このようなスイスの住宅をめぐる新しい状況についてまとめてみます。
広くなる住宅とそれを喜べない人たち
スイスでは1980年から2014年の間に、一人当たりの住宅床面積は、34㎡から45㎡と 1.3倍大きくなりました。 この間、人口が630万人から820万人へとやはり約1.3倍増えているにもかかわらずです。つまり、いかに大規模に住宅建設がこの時期進められたかを如実に物語っていると言えますが、これを後押ししたのは、ほかでもない、より広い住宅に住みたいという人々の強い願いでした。確かに、長い間、広い住宅は、 マイカーを持つこと同様、社会の大多数の人にとって「豊かさ」や「快適」さを示す象徴であり、多くの人々にとって、人生の大きな一つの目標であったといえます。
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しかし最近、このような理想の住宅イメージに変化が現れてきているようです。その端的な例として注目されるのが、2014年のSchweizer Haushalt-Panel (SHP スイスの社会や生活条件の長期変化についての調査研究)結果です。スイスの全世帯数の1割にのぼる35世帯が、自身の住居が大きすぎる、と感じているという結果がでました。特に、80代の人たちは、50代に比べ、住居が広すぎると思う人の割合が4.5倍も多くいます(Delbiaggio, et al., 2017)。
高齢者が特にそう感じるのは、物理的、また精神的な理由があると考えられます。もともと子どもがいた特に住み始めた住宅であれば、子どもたちが独立し家を出ていくと、部屋がいくつも余分になります。また、高齢者は、掃除や庭の手入れなど家の管理をするために必要な体力が低下するため、 若い人以上に同じ住居の広さに対しても、不安や負担を感じることが多くなるでしょう。
小規模な住宅の不足
住居が広すぎると思うのなら、狭い住宅に引っ越せば、問題はなくなるはずです。しかし、実際には転居がいくつかの事情で容易ではないため問題となっている、というのが今のスイスの状況です。
なぜ、狭い住宅に引っ越せないのでしょう。まず端的に、小規模の住宅の絶対数が不足しているためです。クレディスイスの調べでは、スイスでは一人もしくは二人の世帯が240万世帯あるのに対し、1〜3の部屋数の小さな住宅(スイスでは10㎡以上の仕切られた室内空間を「部屋」、6〜10㎡未満の部屋は「半部屋」と定義します)は、160万戸しかありません。
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住宅の需要と供給のミスマッチ
小規模の住宅を特に必要としているのは、単身世帯です。現在、単身の世帯は、スイスの全世帯の35% 、125万人を占めており、32%を占める二人世帯を上回る、最も多い世帯の形です。(ちなみに3から4人の世帯は13%。残る5人以上の世帯はさらにまれです。)
年々増える単身世帯の需要を、新設住宅市場も全く無視してきたわけではありません。過去5年間に1〜2部屋だけの小規模な住宅の建設は、スイスでは2649件立てられており、これは、それ以前の過去5年間と比較すると、3倍以上の戸数になります。しかしそれでも、2000年以降市場に出てきた住宅の69%は、4部屋かそれ以上の部屋数の住宅で、単身世帯に適切な小さな住宅の建設はわずか1割にすぎませんでした。
このような状況の救世主として、これまでの住居よりもさらに小さな、最大30㎡くらいの広さの住宅、通称「ミクロ・アパートメント」(アメリカの「マイクロユニット」と呼ばれるものにほぼ相当するもの)と呼ばれるものが注目されています。 ドイツではすでに普及してきているため、 新しい都市の安価な住居としてスイスでも人気が高まるのでは、と専門家はみていますが、まだ本格的な建設はまだ緒についたばかりで、どの程度スイスで定着するかは予想がつきません。
結局現状としては、単身世代に最適と考えられる1〜2部屋の住宅数は、全住宅の18%にすぎず、単身者は、平均して74〜78㎡という、床面積が広く、高価な住宅に一人で居住している状況です。

小規模な住宅への転居を妨げるほかの問題

住宅の絶対数が足りないこと以外にも、小さい住宅への転居に、障害となっていることがいくつかあります。例えば、スイスの特に都心では賃貸住宅に住んでいる人が多いのですが、長く住んでいた広い住宅に住み続けるほうが、小さい住宅に移るよりも家賃が安くなるという、一見矛盾するような(長く居住する賃借者を本来保護するはずの)賃貸住宅全般にみられる状況が、スムーズな転居を妨げています。
また、競争率の高い品薄物件のなかから、自分に合うものをみつけだし、大きな住居からそこまで引っ越しするまでのプロセス自体が、高齢者には、躊躇されるのに十分な、膨大な労力を伴う作業であることです。
このため、転居を効果的に進めるため、今後は、住宅需要の現状に合わせ、住宅市場だけでなく、住居を移りたい人のためを積極的に支援したり相談できるプラットフォームを充実させること、また、小さい住居に住む人に助成金や税金政策で支援・優遇することなどの対策をとりいれることが効果的だと、専門家たちは指摘しています (Delbiaggio, et. l., 2017)。
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単身世帯は誰?
ところで単身世帯とは、具体的にどんな人が多いのでしょうか。典型的な単身世帯とされるグループは、2つあります。まず一つは、また家族などをもつことがまだ少ない、25歳以下の若い世代です。そしてもう一つは、60歳以上の世代層です。60歳以上の40%以上が現在一人住まいであり、85歳の人に限れば、一人住まいをしているのは7割にものぼります。今後ベビーブーマー世代が高齢化すると、単身世代はさらに増え、2030年には、世帯全体の4割近い、38%を占めると予想されています。
一方、高齢者やパートナーや家族を持たない若年以外で、パートナーや家族がいてもパートナーがいる人でも、別のところに住居をもち、様々な理由で、単身の住宅を求める人も増えてきました。理由は、単身赴任だけでなく、職業上複数の拠点が必要であったり、パートナーがいてもそれぞれの独立した生計と距離感を好むため、など様々ですが、ライフスタイルの変化や、家族構成の変化、ネット環境の変化によりコミュニケーションの可能性の多様化など、現代の社会の様々な要素が、単身化を可能に、あるいはその拍車をかけることにつながっていると言えるでしょう。
卑近な例ですが、わたしの住む集合住宅では、子供と親の4人という伝統的な家族世帯はわたしたちだけで、ほかの住人は様々な暮らし方をしています。別の場所に住むパートナーと週末だけいっしょに過ごす世帯、仕事の関係で二つの住居をもっている世帯、一つの住宅を共同で利用している複数世帯、別荘と自宅を常に行き来する世帯、と一戸一世帯という枠におさまらないケースばかりで、常に誰かが移動していたり、別の場所にいて、日によって集合住宅に住んでいる人数が変動しています。
今後スイスでは、ますます、家族などの人間関係のあり方やの職住の仕方、またライフスタイルが多様になっていくことが予想されるので、それに呼応して、従来の家族構成を念頭においた住宅以外のものの需要が増えることは確かでしょう。そう思うと、人数も構成も、また住み方(ここでは特に自身の住宅に宿泊する頻度の意味)も様々な世帯が入居している私の集合住宅ような状況は、これからますます一般的になっていくということなのかもしれません。
おわりに
日本でも最近、これまでの宅地開発や住宅建設の在り方の見直しを求める野澤氏の『老いる家 崩れる街』が話題になりましたが、スイスと日本の一見、様相がかなり違って見える二国の住宅問題には、意外に共通項が多いようにみえます。
というのも、両国ともに、モビリティーの変化や、高齢化、家族形態の多様化など、先進国全体に共通する新たな社会現象や構造変換が、それぞれの国や地域の住宅の需要を変化させ、そのことによって供給のミスマッチが生じていると捉えられるためです。もしそうであるなら、住宅をめぐる構造や需要の変化への対応という、日本でもスイスでも焦眉のテーマは、国や地域固有の問題であると同時に、お互いに参考にし合えるテーマや対策も少なくないのかもしれません。
次回は、小規模の住宅の供給がまだ十分でない現状において、どのようなほかの解決法がスイスで探られているのかをご紹介しながら、引き続き、先進国で全般に顕著に増加傾向にある単身居住の問題について考えてみたいと思います。
<参考サイト・文献>
——スイスの住宅事情全般と単身世帯の住宅について
Credit Suisse, Schweizer Immobilienmarkt 2017: Mieter gesucht. Credit Suisse veröffentlicht Studie zum Schweizer Immobilienmarkt 2017
Katia Delbiaggio, Gabrielle Wanzenried, Alleine im viel zu grossen Haus, Die Volkswirtschaft, 1-2/2017, S.1-4.
Jeder Zehnte findet seine Wohnung zu gross. Was sich machen liesse, um in der Schweiz der Wohnflächenkonsum zu bremsen, Wirtschaft, NZZ, 9.12.2016, S.27.
Allein zu Hause, Invest Immobilien, NZZ am Sonntag, 19.3.2017, S.45.
Marc Bürgi, Die Schweiz entdeckt die Mikro-Appartements, Trend, Handelszeitung, 15.03.2017.
——その他
野澤千絵『老いる家 崩れる街 -住宅過剰社会の末路』、講談社現代新書、2016年。
藤森克彦『単身増社会の衝撃』、日本経済新聞出版社、2010年。

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
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