余分にある人から欲しい人へ届け! 〜学校閉鎖中のスイスで注目される「デジタル時代の生活に不可欠なもの」
2021-02-10
コロナ禍で学校が閉鎖された教育現場についてみていく連載の2回目として、今回は、スイスの事例を紹介します。
スイスでも、ドイツやほかの多くのヨーロッパ諸国同様、3月半ばから数ヶ月学校閉鎖になります(ただし学校の種類や場所によって若干、時期や期間は異なります)。そこで、ドイツ同様、スイスでも、遠隔授業にむけて解決しなければならない課題が一挙に、でてきました(ドイツについては「学校閉鎖時のドイツの遠隔教育 〜コロナ危機が教育格差をこれ以上広げないために」)。
まず、教える側、教師たちの問題です。教師へのアンケート調査によると、ドイツよりはスイスの方が、若干、遠隔授業の環境が整っていたものの(Schmoll, 2020)、これまで遠隔教育について全く経験がない教師たちのために、それをどう進めるかのコーチングが必要です。従来なら、教師のメディア教育学分野の研修は、教育大学などのメディア教育専門家から受けますが、それだけでは需要に追いつかないため、学校でわかる教員が中心となって教師に研修を行うなどしながら、遠隔授業にのぞむことになりました。
また、家庭での学習に使えるデジタル機器の普及率も問題です。そして、まさにこの点が、今回の話の主人公のシェアTobias Shärの出発点でもありました。
「学校が閉鎖になったが、経済的に困窮している親はどうしているのだろう。ホームスクーリングに必要なデジタル機器を子供達に、果たして与えることができるのだろうか。」(Widmer, 2020)
学校閉鎖というニュースが流れてきて、26歳のスイス人、シェアは、そう疑問に思ったといいます。地方自治が強いスイスでは、都市や地域により、非常に事情が異なり、早期に、学習に必要なデジタル機器がない生徒にすべて貸し出すようなところもありましたし、学校によっては、ロックダウン直後からオンラインの遠隔授業が受けられるところもありました(「突如はじまった、学校の遠隔授業 〜ヨーロッパのコロナ危機と社会の変化(1)」)。しかし、そのような恵まれた環境が整っていない地域も多く、特に移民的背景の子どもたちの割合が高い都市の学校では、一人に一台貸し出すような措置は、理想であっても実行不可能でした。
つまり、遠隔授業の構想とはうらはらに、実際には、ドイツ同様に、スイスでも、生徒の学習に使えるデジタル機器がない(あっても親が使うなどして、子供が使えるものがない)家庭が少なくありませんでした。
「今、困っている人に自分ができることをしよう」
シェア自身は、26歳のIT専門家で、IT学部の大学生でもあり、初等・中等学校教育とは直接なんの関係もありませんし、もちろん自分はデジタル機器も保有しています。他方、シェアは、会社のコンサルタントとして働くなかで、使わなくなったパソコンが多くの家庭にあることもよく知っていました。そのため、デジタル端末がなく必要としている家庭があるなら、家に使わないパソコンがある人に寄付をつのり、それを再配分するのがいいのでは、というアイデアを思いつきます。
そしてすぐに、数日後、ラップトップを必要とする人に、ラップトップを配りました。評判は上々であったため、4月はじめには、「わたしたち(ぼくたち)は勉強をつづける Wir lernen weiter」という名前の協会(団体)を立ち上げ、100台以上を配りました。これが地方紙の目に留まり、4月中旬記事に取り上げられたのをきっかけに(Schambron, 2020)、ほかの全国紙やオンラインの最大ニュースサイトなどでも、次第に活動が取り上げられるようになり、シェアの活動は、スイス中でかなり知られるようになっていきます。
社会の反響が大きくなると、仕事量もシェアひとりでは、こなしきれない量となったため、8人のボランティアスタッフが活動に加わり、現在は九人体制で働いています。ちなみにシェアは、毎週約25時間、この活動のために無償で働いているといいます。
ラップトップのリユースのしくみ
具体的にどのようなしくみなのか、概観してみましょう。
まず、ラップトップを寄付したい人は、「わたしたち(ぼくたち)は勉強をつづける」協会のホームページ上の応募フォーマットで、寄付したラップトップの状態などについて簡単に情報を入力します(以下、この協会を、設立者の名前をとって「シェア協会」と表記します)。まだ十分利用が可能と判断されるものは、協会におくってもらい、集まったラップトップは、順次、点検し、リユースできる状態に準備します(この詳細については、次の項目で触れます)。
ちなみにスイスの主要なマスメディアで活動が取り上げられてきたことや、12月にはスイス最大の救済組織カリタスの賞も受賞していることから、寄付も今のところ多く集まるようで、約750台のラップトップが、現在、ストックとして保管されています。
シェア協会から無料で中古のラップトップを入手したい人は、シェア協会に連絡します。それには、具体的に二つの方法があります。まず、直接、シェア協会へ申請するという方法があります。協会のホームページ上に、簡単な申請フォーマットがあり、それにそって申請するというのが一般的な申請の仕方です。そこでは、なぜラップトップが必要なのか、(子供がいる場合は)こどもの学年など、情報を入力します。これによって、ラップトップが申請者すべてにわたらないときは、優先順位をつけていきます。
もうひとつの方法は、協会が直接、申請の窓口になって審査するのではなく、そのような要望のある住民が住む自治体が、申請を一括して、シェア協会にするというものです。つまり、自治体が、協会と個々人の間の仲介役になって、申請をすすめる方法です。
活動の初期の段階では、最初の方法だけで配っていましたが、最近は、パートナーとなり仲介する自治体が増えているため、パートナーとなっている自治体に住んでいる人がラップトップを希望する場合は、原則として、自治体を通して申し込むことになっています。逆にいうと、自分の居住する自治体がパートナーとなっていない場合のみ、個別に、シェア協会に直接、申請します。
このような方法で、昨年末までに、1100台の(どこかの家庭に眠っていた)ラップトップが、新たな家庭に届けられました。ちなみに、シェアはインタビューで、これまで、希望した人たちに対して、ほとんど断ることなく、配ることができていると答えています。
自治体がパートナーとして協力
自治体がシェア協会と個人の間に入るようになったのは、シェア協会の方に、強い意向と働きかけがあったためです。
シェアは、早い時点から、ボランティア活動を、より多くの人に、知ってもらい、活用してもらうためには、より効率的なしくみをつくることも重要と考えるようになります。そして、貧困家庭や失業者の支援にあたっている自治体や、救済組織などのほかの社会福祉団体との協力関係をもつことが、ベストという結論に至ります。そして早速、10月はじめから、これらの組織や団体に積極的にアクセスし、協力関係を求めていきました。
その際、シェア協会から1台ラップトップを配るかわりに、一台につき(郵送代も含めて)150スイスフラン(日本円で1万7600円程度)の費用を自治体が負担することも提案しました。150スイスフランという額について、シェアは、ラップトップを保管したり、必要な作業(消去やインストール)を行うため、自宅より大きなスペースが必要になったこともあり、シェア協会運営に最低限かかる費用をカバーするために妥当な手数料だとします。
シェアは、スイス全国すべての自治体に問い合わせ、この活動への協力を求めたそうで、その結果、シェアからの提案に賛同し、スイス全体で150の自治体が、現在までに、パートナー関係を結んでいるといいます。
受け渡されるまでの具体的な準備作業
寄付されたラップトップを受け渡すまでに行われる具体的な処理について、以下、簡単に紹介します。
ラップトップの準備は、なかにあるデータを消去し、そのあと無料で利用可能な、事務作業や勉強に必要な主要なものをインストールすることになります。1月はじめには、それまでの設備をさらに拡充することで、75台を同時に処理できるようになっています。
マイクロソフトが、貧困家庭の救済目的でのソフトの無料提供を認めないため、OSには、ウィンドウズの代用として無料で使えるOSがインストールされています。当初は、LibreOfficeでしたが、現在採用されているのは、Zorin OS です。マイクロソフトのオフィスと互換性もあるこのOSを使うと、インターネットがみられるだけでなく、テキストも書け、表やプレゼンテーションも作成できます。ほかにもスカイプやズームなど、業務や勉強に主要なソフトもインストールしています(Widmer, 2020)。
これら基本的なソフトだけが入った状態で、配達され、あとは、受取人が自分自身で対処することになります。そのために、自分で欲しいものをどうやったらダウンロードできるかなど、取り扱い方法について説明した4ページの説明書が、ラップトップといっしょに送付されます。ラップトップの使い方をいちいち説明する時間がボランティアたちにとれないためこのような手段がとられていますが、説明書を使わなくても、わからないことは、今日、ネット上で調べることも簡単にできるため、このような簡単な受け渡しだけで、とくに問題は生じていないといいます (Schambron, 2020)。
簡単に支援できるしくみを実現
シェア協会の活動を概観したところで、社会全体からみた、シェア協会の功績・意義について、2点から、まとめてみます。
まず、シェア協会のロゴでは「あなたにとっては不要な家電(廃品)。ほかの人にとっては新しいスタート。二つを区別して。わたしたちといっしょにやりましょう!」とうたわれていますが、このロゴが示すとおり、ある人には不要なものを、必要とする人につなげる、それをなしとげたのが、この協会の、重要な功績でしょう。このおかげで、はじめて、モノをつうじて簡単に、つながっていなかった人たちに支援することが可能になりました。
以前、とりあげた、コロナ禍で買い物できなくなった人を地域の人が助けやすくする仲介サービス(「買い物難民を救え! 〜コロナ危機で返り咲いた「ソーシャル・ショッピング」プロジェクト」)や、フードウェイストを減らすためのアプリサービスが急展開する状況(「ゴミを減らす」をビジネスにするヨーロッパの最新事情(1) 〜食品業界の新たな常識と、そこから生まれるセカンドハンド食品の流通網 )にも共通しますが、関心や需要が潜在的にあるところに、それをつなげるしくみを構築すること。そのことによって、新たな望ましいモノや情報、人の流れが生まれてきます。
これは同時に、一旦、需要と供給がぴったりあう、このような「つながる」しくみができれば、かなりの低予算で、複雑なプロセスもふまず迅速に、必要な人々に届けることが可能となるということを、難しい理論や説明一切ぬきにして、目の前で実証してくれているともいえます。
デジタル社会のエッセンシャルな要素という認識を高める
「使っていないラップトップを、ずっと家にうもれさせておくなんて、残念だ。なぜなら、それを使うことでほかの人たちが、デジタル世界にアクセスすることを可能にするからだ。貧しいからといって、デジタル世界やそれを通じた教育の場を享受できないなんてことが、あっていいはずがない」(Schambron, 2020)。シェアは、こう、機会あるごとにメディアで訴えてきました。
ラップトップ、たかが一台、されど一台。ラップトップのようなデジタル機器がないと、現代の生活はいちじるしく制限されます。遠隔授業で重要なだけでなく、求職中の人にとってネット上で、適切な情報を取得したり、スキルを習得することも不可欠です。つまり、ほかの人と全く同じように、失業中の人や、家庭にデジタル端末がない貧困家庭の生徒にとっても、それを手にできるかいなかは、現代社会において、将来が大きく変わるほど決定的に重要です。このことは、見方を変えれば、デジタル機器を貧しい家庭に提供することに投資をすることが、社会全体にとっても、(失業者を減らしたり、学業レベルを上げるのに)有効性が高く、効果のいい投資でもあるともいえます。
しかし、スイスでは、これまで自治体の困窮する人や失業者を支援で、デジタル機器は軽視されており、シェア協会ができるまで、無料でデジタル機器を困窮する人たちが簡単に手にできるような支援もありませんでした。しかし、シェア自身は、活動を通し、今はボランティアの活動だが、行なっている内容は、人々の福祉に深く関わるものであり、社会のエッセンシャルな機能を担っているという、意識を強くもつようになっていきます。
スイスにおいて、今後、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利として、デジタル機器の保有やインターネットへのアクセスがすべての人に保障されるべきだ、という社会的な合意が形成されていくのだとすれば、シェアの活動や発言は、まぎれもなく、それに一石を投じたものだったと、いえるでしょう。このことが、シェアの活動の、二つ目の、大きな社会的な意義だと思います。
ちなみに、シェアは、活動をより拡充していくため、全国の自治体とパートナー関係をもつだけでなく、ほかの社会のネットワークや組織とも協力関係をもつことにも積極的です。
例えば、昨年、自由緑の党 Grünliberalという政党に入党し、政党のもつ既存のネットワークを活用し、活動をさらに広げていきたいとします。この党は、従来の緑の党や自由党と一線を画し、環境と経済の両立を理想にかかげる(ドイツやオーストリアにはない)新しい政党で(2004年チューリヒで設立)、人々のチャンスを平等にするための現実的・プラグマティックな視点を重視するこの政党の政策に、シェアは共感したといいます。
また、地域や学校ぐるみの支援という観点にも関心をもち、昨年夏からは、地域の教育委員会 Schulrat Muriにもなりました。さらに、今年秋には、地元の市町村参事会員選挙 Gemeinratswahl Merenschwanにも立候補する予定だそうです。
おわりに
シェア協会の冒頭の短いビデオで、シェアは、このような活動をはじめた理由が簡潔に述べています(順不同)。
「わたしたちは、利己主義が、公然と値打ちのあるもの、追求に値するものだとする社会に生きています。そこでよく忘れてしまうのが、わたしたちがどのくらいのものをすでに持っているかです。」
「人を助けること、それはわたしにとって重要です。なぜなら、わたしのように状況が良くない人が大勢いることを知っているからです。もしわたしが、ほかの人よりいい局面にいるのなら、その人たちを支援するのが義務だと思うのです」
「わたしの専門分野では、比較的簡単にほかの人を助けることができます」
自分がもっているもの、使えるもの(リソースや能力)を使って、ほかの人を助けることができる。それは、特別なことでもないし、難しいことでもない。それを、これまでのたった9ヶ月の間に自らの行動で、シェアは、示してくれているように思います。
次回は、ヨーロッッパからアフリカに移り、学校閉鎖期のルワンダの挑戦について、紹介していきます。
参考文献
Caritas, «Wir lernen weiter» gewinnt den youngCaritas-Award 2020, 7.12.2020.
Er ist auf den Geschmack gekommen. In: Der Freiämter, Di, 22. Dez. 2020.
Schmoll, Heike, Corona-Krise – Lernen mit Hindernissen, SWR2 Wissen: Aula, So, 31.5.2020 8:30 Uhr
「Wir lernen weiter (わたしたち(ぼくたち)は勉強をつづける) 」 ホームページ
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
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