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ローカルな「体験型」ツーリズムの展開 〜ドイツ語圏のユニークな歴史ガイドツアーと自由な発想のベンチ

前回は、グローバル化が加速しているツーリズムの一潮流に焦点をあててみましたが、今回は、日本でも話題となっている「体験型観光」に近い地元住民を対象にしたローカルなツーリズムについて、ドイツ語圏で広く普及しているユニークな歴史ガイドツアーと、 スイスの都市のクリエイティブなベンチ設置プロジェクトから考えてみたいとおもいます。


都市の新しい歴史ガイドツアー
最初に紹介するのは、都市の歴史ガイドツアーです。従来の都市の歴史ガイドツアーというと、王様や著名人にゆかりのある名所や歴史的な街並みを見てまわりますが、このガイドツアーでは、名所もまわらなければ、著名人も登場しません。従来の歴史書やガイドブックにはほとんど出てこない女性に焦点をあて、それぞれの地域の昔の生活の様子を、浮かびあがらせようというガイドツアーです。

1985年にドイツのケルンで女性史研究者らによってはじめて企画・開催され、それが国内外で大きな反響を呼び、現在では、ドイツとスイス、オーストリア、ベルギー、チェコなどの近隣諸国の50以上の都市で、同様の地域の歴史ガイドツアーが開催されています。スイスでも最初のガイドが始まって25年以上がたち、現在はチューリッヒ、ジュネーブ、ベルン、ヴィンタートゥアなど主要な都市でガイドツアーが行われています。年間約100回つまり、平均すると週に約2回のペースで開催されている計算で、ツアーの動員数(参加者数)は、バーゼルでは、年間約1700人いると報告されています。


生活に密着した歴史がテーマ
しかし、名所も著名人も出てこないこのような歴史ガイドツアーが、なぜそれほど各地で好評なのでしょうか。 人気の理由はいくつか考えられますが、まずなんといっても、ガイドツアーの内容が人を惹きつけているのでしょう。上述のようにガイドツアーでは、歴史を生きた女性にスポットをあて、結婚、保育、老後、女子教育、労働者の生活、貧民層の暮らしや救済組織など、女性が関わった生活全域の多様なテーマを、それぞれの地域的な文脈から読み解いていきます。それによって、 日常生活の様子や常識や苦労など、これまで知らなかった昔の人々の身近な状況について理解が深まります。

そのような前代未踏のテーマのガイドツアーを成立させるためには、これまでの既存研究では不十分なため、ガイドツアーと並行して、多くの新たな史料研究が続けられてきました。今も引き続き若手研究者や学生たちが中心となって史料調査・研究が続けられており、そのおかげでガイドツアーのレパートリー(プログラム数)は幅広く、プログラム数が40もある都市も少なくありません。とはいえ、内容は市の観光局によるスタンダードな歴史ガイドツアーを否定するものでも、重複するものでもないため、通常の歴史ガイドツアーに並行して、むしろ新しい歴史ガイドツアー市場が開拓されたのだといえます。


演劇仕立ての演出
ガイドツアーの演出も、ガイドツアーの人気の秘密といえます。女性ガイドたちは(現在のところガイドはすべて女性)、昔の服装をして登場し、歴史上の人物が実際に現れて話をするような演劇仕立てになっています。良家の妻や老女、若い労働者の娘など、何人も登場する場合、それぞれの役が見分けやすいように、役に応じて上半身だけ着替えで登場したりもします。おかげでただ説明を聞くだけのガイドツアーよりも、ずっとメリハリがあり、昔の出来事や人々の生活を、臨場感をもって体感できます。


いろいろな用途で利用が可能
また、通常のガイドツアーよりも、色々な用途で利用しやすいことも、人気の理由と考えられます。通常のガイドツアーのように、決まった日に集まった人を対象にする一般公開のガイドツアーももちろんありますが、例えば、チューリッヒでは、そのような一般向けのガイドツアーとしての利用は、全体の4分の1にすぎず、むしろガイドツアーの多くは、違う機会や形式で開催されています。以下主要なものをあげてみます。

・企業の見学会やイベント行事として

たいていどこの企業でも、同じ課で働くスタッフ一同がいっしょに、見学会やイベントを楽しむという恒例行事を毎年開催していますが、そこでこのガイドツアーが利用されることが多くあります。

・研修会の内容として

ガイドツアーが関連分野の企業や組織の研修の一環として、利用されることもあります。例えば、教育、老人介護、病院、女性の職場などにまつわるテーマのガイドツアーです。 その際、市内を散策するかわりに、室内会場でのプロジェクタを使った講演会のような形態にすることもできます。

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・歴史授業の一環として

小学校高学年などを対象にした特別のプログラムもあり、自分の住む地域の歴史を学ぶ一環として、たびたび利用されています。

・記念のプレゼントとして

特別な贈り物としてガイドツアーが利用されることも最近増えているようです。物があふれる現代において、特別のプレゼントしたくても、ぴったり合う物をみつけるのは至難の技なため、モノではなく旅行チケットや、音楽会のチケットなど体験型のプレゼントをおくることが流行っていますが、ガイドツアーもそのようなコト体験のプレゼントとして利用されています。特に多いのは、退職や誕生日などの記念の時のようで、単に贈呈するだけでなく、プレゼントする側の同僚や友人がいっしょにガイドツアーに参加することで、贈る側と贈られる側両者両者にとってよい思い出ができることが、好評のようです。


地域に根ざしたガイドツアー
都市の観光案内所にもガイドツアーのパンフレットは一応置かれていますが、参加する人の大部分は、よそから来た観光客ではなく、その地域に住む人たちです。評判が口コミで広がり、一度参加した人がリピーターになるケースも多いようです(プログラムのレパートリーは幅広いため、複数回参加しても、プログラムが異なれば内容の繰り返しにはなりません)。

同じ空間に昔どんな人がどんな風に住んでいたのか、例えば、この小さな建物が長い間孤児院及び病院として使われていたとか、この街の屋内プールは当初、家で入浴できない貧民のために作られ、屋内プールとしてスイスで最初のものであった、などの街の歴史が、よそからの観光客よりも、そこに住む人たちにとってより感慨深く、興味がそそられることであっても、なんの不思議もありません。このガイドツアーは、そのような(自分たちの地域の歴史をもっと知りたいという)潜在的な需要を掘り起こしたのだ、といえるかもしれません。

総じて、このガイドツアーは、ガイドツアーを単なる外からの観光客のための観光資源としてではなく、それぞれの地域の文化的資源としての価値を高めたことで、ヨーロッパに広く定着していったと考えられます。


市内ベンチ設置プロジェクト
もう一つローカルなツーリズムの最新例として、人々の散策を楽しくするためのしかけをご紹介します。スイスの10万人都市、ヴィンタートゥアで、今年5月初めからスタートした旧市街区のベンチ設置プロジェクトです。

どうすれば街を楽しく快適に散策できるか、そのためには何が必要でどのように配置されるべきか、というテーマは、車社会の到来とともに都市の中心部が衰退してくる1970年代以降、世界各地の商店街や観光振興協会だけでなく、都市計画という学問分野でも、長年真剣に議論され、様々なことが試されてきました。その結果、市内の車の走行を禁止や制限(速度や時間帯で)したり、歩道が拡張されるのと同様に、ストリートファーニチャーと呼ばれる街に人を引きつける屋外装置を設置することが、有効な手法として広がっていきました 。ベンチはストリートファーニチャーの重要な一要素であり、その点からみれば、今回のプロジェクトは、決して斬新でも珍しいものではありません。

しかし、ヴィンタートゥアの事例では、製作者にとっても散策者にとっても、ベンチは単に座る場所である以上の意味をもち、街歩きの楽しさも倍増したようにみえます。具体的にみてみましょう。

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まず、ベンチは基本型がありますが、それを購入した人や団体が、着色、インスターレション、改造をすることができ、かなり自由度の高い作品として仕上げることが可能なため、製作者にとっては、メッセージやイメージを表現する手段として魅力的なものとなり、企画段階の目標参加者数(60)よりも多い76の団体と個人が、自己負担でベンチを購入し、製作を担当しました。

ただし、ベンチは同時に公共性の高いため、街の人が選ぶベンチ・コンクール(今後開催の予定)の出品作品にもなります。このため、 ベタな宣伝が目立つき興のないベンチであれば、コンクールで悪い成績を残すだけでなく、都市の美観を損なうものとして市民に不評を買い、会社の評判が落とす危険すらあります(ベンチのサイドには出品者・製作者の名前などが明記されます)。このため、どのベンチも商業主義一色に陥らず、地元の銀行や企業だけではなく、アーティストや普段は市内で目立った存在でない教育や福祉団体なども参画したことによって、最終的に、モチーフも豊かで、ベンチの特性と自由な発想を融合した、個性やしかけが光る高品質のものが出揃いました。

もともと、旧市街にベンチがほとんどなかっただけでなく、ちょうど、プロジェクトがスタートする寸前の4月に市が財政収縮を理由に、市内のベンチの一部40基を撤去することが発表されたため、個性的な76のベンチが街に突如現れると、市民からは大きな反響がありました。座るスペースが増えただけでなく、子どもだけでなく大人でも、思わずベンチがどこにあるのかを探し歩いたり、試しに座ってみたくなるような楽しみが街にできたわけで、昼休みや週末はあいているベンチを探すのが難しいほどよく利用されています。

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だまし絵(立体的に見えるトリックアート)を駆使したベンチ


ベンチの設置によって、これまで以上に街に来る人や、それぞれの人の街に滞在する時間が長くなるとなれば、無論企画した旧市街商店振興協会にとってうれしいだけでなく、予算の関係でベンチをやむなく減らす市にとっても、喜ばしい結果でしょう。

総じて、公費を一切使わず、しかも社会全体に歓迎される街の散策のしかけを達成したこのプロジェクトは、ほかでも参考にできる優良プロジェクトと評価できると思います。ちなみに、ベンチは、夏季の5ヶ月間、旧市街地の各地に配置されたベンチはその後10月初めに、インターネットなどでオークションにかけられ、希望者に売却される予定です。収益はすべて、がん患者の支援団体など社会福祉団体に寄付されます。


ベンチからはじまる都市の変化?
ところで、衰退していく街の中心部に歩行者をよびもどすための一手段としてベンチを配置することは、上述のように1970年代以降世界で一般的になりましたが 、ヨーロッパに限っていえば、それよりも、ずっと以前からとられていた手法です。

歴史的なベンチ配置プロジェクトの意図やその発展の経緯は、それこそ都市の歴史ガイドツアーのテーマにしてもいいような、おもしろい話しなので少しご紹介します。19世紀を通しヨーロッパでは、産業化・都市化が進み、都市の景観が変化していきますが、ドイツではこれに伴い、特に19世紀後半から「美化協会」という団体が各地で設立されました。この協会は、都市の景観を美しく保つことを目指して結成された市民団体で、具体的行っていた主要な活動の一つが、都市でのベンチの設置でした。都市の美しい景観を眺められたり、残すことが大切と思われる景観のある場所に、ベンチを設置していきます。

市民や観光客たちが、街の景観が一望できる場所に設置されたベンチに腰をかけると、自然にそこから見える景色をみて、色々感じたり、気づきます。自分たちの街の景観がどんな風に変わっていっているのか、他の都市と比べてどんな違いがあり、どんなところがとりわけ美しいのか。目立ったり気になる建物があるのことにも改めて気づくかもしれません。総じて、ベンチは単に休憩の場を提供するだけでなく、市民やよそからの観光客にみられる機会を増やすことになり、それが景観への意識を高めるのに少なからず寄与したと考えられます。

美化協会は、観光資源としても都市の景観が重要であることにも早くから注目しており、観光による地域振興にも力をいれるようになっていきます。このため、時代が下っていくと、名前も観光協会と改名されていき、それぞれの地域の観光推進役として発展していきます。

ベンチからはじまり、景観の美化やツーリズムの流れになるという「美化協会」の活動の変遷・発展は、過去の話で現代と直接関係ありませんが、他方、現代においても、街にベンチが配置されていくことから、街の人の意識や街の様子にも変化を生み出していくこともあるかもしれません。少なくとも、ヴィンタートゥアで今夏好評を博しているベンチは、去年世界的に一世を風靡したポケモン・ゴーのようなデジタルツールに依存しなくても、街へ出かけることや、そこで佇むことが、わくわくする楽しいものになりうることを、証明してくれたようにみえます。


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<参考リンク>
------都市の歴史ガイドツアーについて
"MISS MARPLES SCHWESTERN" (MMS) ist ein Netzwerk zur Frauengeschichte vor Ort. (2017年6月25日閲覧)

Kölner Frauen Geschichtsverein, Wir machen die Geschichte von Frauen sichtbar(2017年6月25日閲覧)

Von Frauen für Frauen - 25 Jahre Frauenstadtrundgang in Zürich. In: SRF, 25. 11. 2016.

Femmes Tours(2017年6月25日閲覧)

Frauenstadtrundgang Winterthur(2017年6月25日閲覧)

Nina Kunz, Ein Denkmal für die «Finken-Fränzi», 25 Jahre «Verein Frauenstadtrundgang Zürich». In: NZZ, 24.1.2016.

Julia Konstantinidis, Seit 25 Jahren unverzichtbar. In: Basler Stadtbuch 2015, S.139-141.

------ヴィンタートゥアのベンチ設置プロジェクト
Miin Platz i de Altstadt(2017年6月25日閲覧)

76 neue Sitzbänkli für die Altstadt. In: Der Landbote, 06.04.2017

Nicole Hasler, Die Sitzbank-Aktion hat begonnen, züriost, 06.05.2017.

Winterthur entfernt Sitzbänke aus Spargründen, Tagesanzeiger, 27.3.2017.





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