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経済的豊かさと予防接種率が反比例? 〜ドイツ語圏で多様化する健康観と社会への新たな問い

今回は、この1年の報道を振り返って、テーマを掘り下げる試みの第二弾として、ドイツ語圏の医療分野で、今年印象に残ったテーマについて取り上げてみたいと思います。それは、予防接種にまつわる最近の状況です。

予防接種といえば、日本もふくめ世界中で、それを受けるか否かについて、長期にわたる肯定派と反対派の意見対立が一部でみられることがめずらしくありませんが、ドイツ語圏の現状を鑑みると、恒常的な対立構図で硬直しているというより、新たな社会的な潮流をつくり、同時にこれまでなかった倫理的な問いや課題がでてきているようにみえます。一体どのようなことなのか、その背景となる健康観や医療方法の変化もみながら概観し、現在の問題と今後の展望についてまとめてみていきたいと思います。


予防接種率の低さと経済的豊かさの関係
まず、昨年の『ディ・ツァイト』(ドイツの主要な全国新聞)の記事などを参考にして近年のドイツの子どもたちの予防接種の状況を概観してみます(Zeit Online, 2016)。ドイツの220万人の子どもたちの予防接種歴を調べた結果、多くの州で、子どもたちの予防接種率減っていることがわかりました。例えば、2歳の誕生日までに必要とされる麻疹の2回の予防接種をしている子どもたちは63.1%で、3分の2に達していません。2009年から2012年に生まれた子ども7万3千人以上が麻疹の注射をしていません。

予防接種率は、地域により非常に差が大きくなっています。接種率が低いのが南部で、バイエルン州の比率はなかでも最も低くなっています。バイエルンの三つの郡(Landkreise)Bad Tölz-Wolfratshausen, Garmisch-Partenkirchen と、都市のひとつRosenheimで、2歳までに麻疹の2回の接種を予防接種している子どもの割合は36%から47%と、半数を下回る率です。

バイエルン州は、ドイツでも経済的に豊かな州の一つです。そのバイエルで、接種のワクチンが不足しているわけでも、それを購入するお金のない国でもないのに、なぜこれほど、予防接種率が低いのでしょうか。興味深いことに、現代においては、失業率が低く、健康上の問題も少なく、かつ収入が多い場所ほど、予防注射の接種率が低く、豊かさと接種率には相関関係があると(少なくともドイツでは)いうのが、専門家たちの共通する意見です。

経済が豊かになることで予防接種率を後退するとは、一見、話が矛盾しているように思われますが、少し視界を広げ、健康観全般についての歴史的な変化や社会的背景をみると、理にかなった結果であるようにもみえます。以下、具体的にみてみましょう。

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健康志向の多様な展開
どの国でも社会が経済的に豊かになってくると、貧しい時代に関心が薄いあるいは、欲しくても経済的にも時間的にも余裕がなくスルーしていた分野に、強い関心が向けられるようになっていきます。そして、ステイタスを表す顕示的な消費だけに飽き足らず、食生活や、余暇の過ごし方など、生活の広い分野へと関心が広がっていき、それを洗練させたり、向上させようという動きや消費につながってきます。なかでもとりわけ、どこの国でもまた広くどの世代にも大きな関心ごととして観察されるのが、健康にまつわるモノやコトです。

ヨーロッパでは90年代以降ウェルネスブーム(マッサージからセミナー、食品にいたる幅広い健康や体調を意識した消費生活や余暇の行動様式のこと。詳しくは「ウェルネス ヨーロッパの健康志向の現状と将来」をご参照ください)が一斉を風靡し、最近は、ヨガ・ブームや、菜食志向(「肉なしソーセージ 〜ヴィーガン向け食品とヨーロッパの菜食ブーム」)、また医療ツーリズム(「ヨーロッパに押し寄せる『医療ツーリズム』と『医療ウェルネス』の波 〜ホテル化する医療施設と医療施設化するホテル」)と言ったように、細分化された需要が新たに生み出され、新たな市場が展開してきました。

換言すれば、健康志向は、現代世界の文化や消費市場において、なにより重要なエンジンとなってきたといえるでしょう。

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健康観の多様化と医療制度における適応
健康志向が高まると、世界中から様々な健康に対する情報やそのツールが紹介され、ちまたにでまわるようになります。そして、そのような多様な健康にまつわる説や実践の仕方のなかから、個々人が自分で選ぶことができるようになる、つまり健康観が多様化・個人化することになっていきました。

社会が豊かになり、健康観が多様化・個人化することによって、ヨーロッパでは近代以降、西洋医学によって占有されてきた(少なくとも社会保険が唯一認定し支払いの対象としてきた)医療行為自体についても、もっと幅広い選択肢から選びたいという要望も強まっていきます。

そのような国民に広がる要望を組み上げ、スイスでは、医療行為として認めるものの対象枠を広げる決断に踏み切りました。2009年の国民投票で、代替医療(民間医療)を医療として憲法で正式に認めることになり、2012年以降、実際にホメオパシーや中国伝統医療(針治療など)など代替医療の一部が、基礎健康保険の対象として取り扱われるようになったのです。

スイスで代替医療が健康保険の対象となって5年がたった今年、医師を対象に西洋医学会と代替医療の関係を調べるアンケート調査が行われましたが、その結果をみると、1500人のスイスの医師が回答した調査結果では、日々の西洋医学の医療行為において、すでに、代替医療医療とあからさまな対立ではなく融和、協調的な姿勢が目立っています。

具体的にどういうことかというと、回答した医師、ホメオパシーを処方したことがある医師も、していない医師もそれぞれ6割以上が、ホメオパシーのプラセボ(偽薬)効果を認めており(プラセボ効果とそれを取り入れる方向に関心を寄せる社会や医学界の動きについては、「プラセボ 〜 医学界と社会保険政策で注目される理由」をご参照ください。)、患者の自然治癒力が活性化されることを期待してることがわかりました。そして、西洋医学を学んだ正規の医師の4人に一人が過去1年間に間者に代替医療の代表格であるホメオパシーの薬に該当するレメディと呼ばれる小さな砂糖玉を処方したことがあるとします。さらに、医師の10人に一人は、プラセボ(偽薬)としてでなく、実際のグローブリの効用も信じているという結果もでました(Walter, 2017)。

このような状況に対し、調査を行ったチューリヒ大学の内科医師マルクンStefan Markunは、(代替医療の是非については)「公の場では、議論が二極分解しているが」、実際に患者を前にした臨床の場では「医師たちは、ずっと寛容な態度であることがわかる」とコメントしています(Walter, 2017)。

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個人の健康観が尊重される時代に問われること
このように、代替医療が社会に受け入れられてくることで、西洋医学と代替医療が表面的に対立より協調されてくる面があらわれてきた一方、懸案材料として新たに注目されるようになったのが、前述の予防接種率低下の問題です。

近年、代替医療を信奉する人たちの間で、予防接種を忌避する傾向が強まり、自分の子どもたちに予防接種を受けさせない例が増えてきたわけですが、この結果、感染力が強く重篤な症状になる危険をもつ病気が、流行する危険が高まったと、少なくとも西洋医学界ではいわれます。というのも麻疹を例にあげると、社会の95%以上の人が予防接種を受けていればその人たちが、防壁のような役割を果たし流行を食い止められますが、逆に予防接種を受ける人がそれ以下に減ると、防壁ではなくむしろ感染を介在する役割を果たすことになるためです。

スイスでは、過去(2006年から2009年)に4400人が発症する麻疹の大流行があり、近年も麻疹を発症する人の数は増える傾向にあるというのが、西洋医学の専門家の一般的な意見です。2016年に発症したケースは71件で、前年比で倍でしたが、発症した人の90%は、全くあるいは十分に予防接種を受けていない人でした(以前は、1回の接種で足りるという判断で1回しか受けていない人もいましたが、現在は2回受けることがスタンダードになっています)。発症した人の4分の1は病院で手当てを受け、8%の人は肺炎も併発しています。ちなみに、WHOによると、世界中で1時間に麻疹でなくなる子どもたちは16人いるといいます。

感染症が流行すると、ほかにも解釈が分かれる難しい問題もでてきます。例えば、感染症が流行する際、社会には3種類の人たちがいます。接種を受けたり過去に感染してその免疫能力を有する人、自分あるいは保護者の意志で接種を受けていない人、そして最後に、予防接種を受けるという選択肢がそもそもない人たちです。最後のグループには、健康上の理由で予防接種が受けられない人や、1歳未満の乳児が入ります(麻疹の予防接種は通常1歳以上で、2回に分けて行われます)。この人たちは、自分の意志で感染を防ぐことはできないため、感染のリスクは所属する社会に委ねられていますが、この人たちのリスク管理における責任の所在が不明です。

例えば、感染して重篤な症状に至った場合、責任は誰にあると考えられるのでしょうか。公衆衛生を徹底化しなかった国や社会全体でしょうか、もしくは、その人たちに、感染の防波堤をつくることを拒否した予防接種拒否者の総体でしょうか。それとも、予防接種が受けられなかった人は不運だったとあきらめるべきなのでしょうか。

もっと根幹的な社会の基本姿勢として、予想可能なリスクをもつ人たちのリスクを最小限に減らすために、個々人の健康志向を遂行する自由を制限する(ここで言えば予防接種を受けることが可能な人の予防接種を徹底させる)など、社会の構成員が連帯し、協力的になるべきなのでしょうか、それとも、個々人の健康志向を遂行する自由をより優先すべきなのでしょうか。

さまざまな問題と絡み合っており、現在のヨーロッパにおいて、明快な答えがでにくい複雑な問題ですが、ひとつ、はっきりしているのは、これまで、近代医学に基礎を置き推奨することに疑問を抱かれることがほとんどなかった予防接種を推進する公衆衛生という考え方自体が、現在試練に立たされているということでしょう。

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ヨーロッパ各国の取り組み
ドイツ語圏の国以外のヨーロッパの国々でも、同じような予防接種率低下の傾向がみられますが、国により、それへの対応は異なっています。フランスやイタリアでは、いくつかの予防接種を義務化するという、強硬策を選択しました。フランスではすでにポリオやジフテリアなどの予防接種が義務になっており、風疹や麻疹などの11種類の接種も来年以降義務化の対象になる予定です。イタリアでは義務化を不服とする南チロル州の住民数十人が、隣国のオーストリアへ難民申請をしたといいます。

一方、ドイツ語圏(ドイツ、スイス、オーストリア)では、小児科医師の間では義務化を要望する声がたびたびあがっているものの、予防接種は義務になっていません。ドイツ語圏では、ナチス時代のドイツが国民の健康化に大きく関与し、国民や侵略国の人々を抑圧した苦い経験が強烈で、以来国家が国民の健康に関与することに対し、とりわけ嫌悪感や抵抗感が強く、それが、今も予防接種の義務化に慎重な理由になっていると考えられます。いずれにせよ、近い将来に、イタリアやフランスのような強硬な政策へ進展する気配は、いまのところありません。

ただし、公共セクターがなすすべもなく手をこまねいているわけではありません。啓蒙キャンペーンや相談窓口を設置するなどして、予防接種率をあげるよう取り組んできました。予防接種率の低いバイエルン州でも、過去に、啓蒙キャンペーンなど予防注射の重要性をアピールする活動を繰り返し、この結果過去11年間で、麻疹の予防接種(2回)をした子どもの数は、バイエルン全体で47%から91%まで増加したとされます(Geiger, 2017)。

ただし、キャンペーンや相談窓口に限界があることも事実です。それでもなお、毎年、親たちに、予想接種をすすめる医師や自治体のよびかけがこれからも途絶えることなく続けられることは確かでしょう。


おわりに
このように、ドイツ語圏では、現在、健康観の多様化が、逆に予防接種という公衆衛生の立場からみた国民の健康推進のツールを後退させてしまう、という社会的なジレンマに陥っているようにみえます。そして、今後はさらに、健康観や健康志向が今後も多様化していくとすれば、予防接種だけでなく、ほかにも公衆衛生と齟齬をきたす問題がさらにでてくるのかもしれません。

一方、スイスの医師の間で代替医療の薬を処方するケースが増えていることは、西洋医学と代替医療が互いに衝突し消耗する代わりに、(お互いプラセボかの是非を問わず、ポジティブな効果が期待できるのならよしとする)プラグマティックな視点に立つことで、合意や歩み寄りができる可能性も示しているように思われます。

西洋医学と代替医療は、この先どう関わり合い、人々(一般の人や、西洋医学界、代替医療界)にどんな形で受け入れられていくのでしょうか。また、さらにずっと先の未来に目を向けると、一連の現在の予防接種をめぐる状況や代替医療や西洋医学へのまなざしは、未来人たちにとっては、どんな風に映るのでしょうか。


<参考文献・サイト>
«Die Empfehlung lautet: Impfen!» In: SRF, News, Donnerstag, 31. August 2017, 5:57 Uhr, aktualisiert um 16:01 Uhr

Geiger, Stephanie, Wo die Reichen wohnen, gibt es am meisten Impfgegner. In: NZZ, 24.10.2017, 15:00 Uhr.

Kleinkinder In diesen Teilen Deutschlands wird am seltensten geimpft. In: Welt.de, 09.07.2017.

Masern: Jedes dritte Kleinkind ist nicht geimpft. In: Zeit Online, 27. Oktober 2016, 17:36 Uhr.

ロバート・N・プロクター著宮崎尊訳『健康帝国ナチス』、草思社、2003年。

Walter, Nik, Ausgekügelte medizinische Wahrheit. In: Sonntagszeitung, Wissen, 26.11.2017.

Walter, Nik, „Nützs nüt, so schads nüt" ist ethisch heikel. In: Sonntagszeitung, Standpunkte, 26.11.2017.




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