シェアリング・エコノミーに投げかけられた疑問 〜法制度、就労環境、持続可能性、生活への影響

シェアリング・エコノミーに投げかけられた疑問 〜法制度、就労環境、持続可能性、生活への影響

2017-09-07

前回、ドイツ語圏でのシェアリング・エコノミーの普及について調査結果をもとに概観しましたが(シェアリング・エコノミーを支持する人とその社会的背景 〜ドイツの調査結果からみえるもの)、シェアリングエコノミーの市場規模が大きくなり、生活の様々な分野に普及してくるにつれて、それによって引き起こされる問題点や課題もまた、鮮明になってきました。近年は特に、それらの問題点を取り上げて警鐘をならす報道が目立ってきたように思います。今回はこれらの最近取り沙汰されている、シェアリング・エコノミーにおいて生じつつある主要な問題や危惧される社会の変化について取り上げてみます。
制度的な問題
以前、「民泊ブームがもたらす新しい旅行スタイル? 〜スイスのエアビーアンドビーの展開を例に」で、ドイツ語圏のAirbnbについて扱った際にも取り上げましたが、新しいシェアリングエコノミーの動きに対し、営業法や課税制度など、法制度が整っていないところで起きている問題(あるいはその混沌とした現状を逆手にとって、グレーゾーンでできるだけ利潤をあげようとしている動き)があります。
シェアリング・エコノミーとの競合が深刻化している、ホテル業を例にとると、通常のホテルでは、ドイツ語圏のどこにおいても、火災防火安全対策や規定が義務付けられており、そのための人員も雇用しなくてはいけません。これに対し、民泊先をオファーする個人については、今のところそのような一律の規定はありません。また既存のホテル業者に比べ、民泊で得た利益を申告しなくてはいけないという意識がまだ薄く、納税が徹底して行われているとは言い難い状況です。結果として、宿泊手続きや料金体系だけをみると、既存のホテル業者は民泊先提供者に対し、なかなか太刀打ちができない状況にあり、強い危機感や不公平感を産んでいます。
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就労に伴う問題
マクロな経済の視点にたてば、既存の企業とシェアリング・エコノミーの間の競争が生まれることで、効率や生産性が一層高まると期待されますが、ホテルやタクシー、室内清掃など、シェアリング・エコノミーの市場が急速に拡大しているサービス業分野では、就労状況が全般に著しく悪化するのでは、という危惧もでてきています。シェアリング・エコノミーが今後既存の産業を大きな割合で代替する可能性がある、これらのサービス業分野では、この先、シェアリングエコノミーが広がると、行き着く先は、いつも健康で就業できるということが前提で、いったん体調を崩せば、ほかに代替はいくらでもあるため、切り捨てられるだけ、というような就労環境に陥るのではという不安です。
実際、シェアリング・エコノミーは原則として、みんな個人事業者(フリーランス)であるため、通常の企業に就労する労働者が享受することができる社会保障は一切なく、それをオファーする個々人側がすべてのリスクを自分で負うことになります。就労中の事故や病気のための労災保険もなければ、就業時間の規制もなく、最低賃金も保障されていません。公的な年金も失業保険制度も、労働組合も今のところありません 。
シェアリング・エコノミーはこれまでの就労規則に阻まれない自由な働き方や生き方と解釈することもできでも、労働者が150年来戦い勝ち取ってきた労働者の権利や保護する法律をすべて手放し、無力なフリーランスに押し戻されてもいいのか、とニューヨーク大学のニュースクールの、ショルツTrebor Scholz氏は疑問を呈しています(Die Kommerzialisierung des Teilens, 2016)。
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持続可能性への疑問
シェアすることは従来型の消費に対して環境負荷が少なく、目指す持続可能な社会に近くなるものであるという楽観的な見方にも、果たして本当にそうなのかという疑問の声があがっています。その一人であるベルリンでレンタルショップを経営するニコライ・ヴォルフェルト氏は、いつでもどこでも簡単な操作でかつ安価に消費や利用の可能性が広がったことは、むしろ、消費への欲望を刺激することになり、消費が拡大するのではないか。つまるところシェアリングは、持続可能性にではなく消費拡大にむしろ加担しているのではないか、と批判的な意見を示しています。(Berlin - Von der geteilten zur teilenden Stadt, 2016)
商業主義が生活全体に広がるという危機
シェアリングは過剰な資本主義を終焉させ、資本主義は新たな段階に達しつつある、という一時期広がった思想に対しても異議申し立てがでてきました。シェアリングは過剰な資本主義を終焉させるどころではなく、むしろプライベートの生活全体を徹底的に商業化させるという形で、資本主義社会を徹底化させることになるのではないかという指摘です。
哲学者ハンHan 氏はドイツの主要日刊紙『南ドイツ新聞』に寄せた記事で、プライベートな領域の商業化が進むことで、これまで友人どうしでお金をぬきに行われてきた交換や相互のやりとりは、すべて商業的なサービスの対象と代わっていくことになり、「もはや目的をもたない友情はない。お互いに評価し合う社会では、友情もまた商業化される。よりより評価を保つためにフレンドリーになる」(Han, 2014)、と挑発的な表現をしています。
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消費者に委ねられた問い
これらの列挙された問題点を聞いて、みなさんはどうお考えになられるでしょうか。前回の記事でとりあげた調査結果の段階でバラ色に見えたものが、180度違ってみえてくるような気がします。シェアリング・エコノミー専門家のトレメル氏は、これらの問題をあげた後に読者を突き放して、大手生協誌上で、以下のように言い放っています(スイスでは、3人に一人が生協週刊誌を読んでいるといわれ、影響力の大きいメディアの一つとされています。生協週刊誌についての詳細は「スイスとグローバリゼーション 〜生協週刊誌という生活密着型メディアの役割」をご参照ください)。「Airbnbやウーバーを使えば、それがなにを引き起こすことになるかは驚くには当たらない。有機農業を買うか、それともディスカウントの食品を買うかをわたしたちが選択することで、わたしたちが経済に影響を与えているのと同じことだ」 (Tremel, 2017, S.24.)
つまり、消費者がなにを選択するかによって、就労状況が悪化する社会にもなれば、そうでない社会にもなるのであり、未来は最終的に決断する消費者、つまりわたしたち自身にかかっているとします。つまり、シェアリング・エコノミーを一概に良いだの悪いだのと批判するよりも、それを実際に自分たちがどう利用するかが大事なのであり、それが一人一人に問われているのだということなのかもしれません。
問題意識を抱えながら、次回へ
それでは具体的に、シェアリング・エコノミーの提供者・享受者として、あるいは全体のシステムとして、どんな形が有望なのでしょうか。最終回の次回では、今回指摘された問題点を踏まえながら、いくつかのモデルや構想、実際の動きを取り上げ、シェアリング・エコノミーの前途をさらに考えてみたいと思います。
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<参考リンクと文献>
Olivier Kofler, Sharing Economy - nutzen ist in, besitzen out. In: PwC’s Experience Center. Blog,18.08.2016.
Barbara Höfler, Sharing Economy: Teile und herrsche. In; NZZ am Sonntag, 10.4.2016.
Tobias Haberl, Teile und herrsche. In: Heft 27/2015, Süddeutsche Zeitung.
Berlin - Von der geteilten zur teilenden Stadt, “Die teilende Gesellschaft” (1). Von Dirk Asendorpf, SWR2 Wissen: Radioakademie, Stand, 5.4.2016, 8.30 Uhr
Die Kommerzialisierung des Teilens, “Die teilende Gesellschaft” (4) Die Kommerzialisierung des Teilens, SWR2 Wissen: Radio Akademie, Sendung: Samstag, 28. 5. 2016, 8.30 Uhr
Kulturen des Teilens, “Die teilende Gesellschaft” (10), Von Dirk Asendorpf. Onlinefassung: U. Barwanietz & R. Kölbel, SWR2 Wissen: Radio Akademie, Stand: 7.7.2016, 16.56 Uhr
Nikola Endlich, Prinzipiell einfach mal teilen. In:Taz.archiv(2017年8月23日閲覧)
Byung-Chul Han, Neoliberales Herrschaftssystem Warum heute keine Revolution möglich ist, 3. September 2014, 14:27 Uhr
Luise Tremel, „Die Welt wird immer käuflicher”. In: Migros Magazin, 4, 23.1.2017, S.22.-6.

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
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