デジタル化により都市空間はどう変化する? 〜バーチャルと現実が錯綜する「スマートシティ」の未来

デジタル化により都市空間はどう変化する? 〜バーチャルと現実が錯綜する「スマートシティ」の未来

2018-03-01

都市空間はデジタル化に伴い大きく変容している、とチューリヒ工科大学の都市計画専門家のクリスティアンセKees Christiaanseはいいます。デジタル化のよる都市空間の変化と聞いてわたしの中で端的にイメージされるのは、オンラインショピングが増えることで既存の小売業が打撃を受け、シャッター通りが増えるというような、どちらかというと都市に活気がなくなり廃れるイメージでした。しかし、クリスティアンセによると、変化は非常に多様であり、都市に新たな息吹を吹き込むと指摘します。
具体的にどのようなことを意味するのでょうか。今回は、スイス国営ラジオ局でのクリスティアンセへのインタビュー (Blick in die Feuilletons, 2018)と、スイス提唱されている「スマートシティ」構想をみていきながら、未来の都市の形について少し考えをめぐらしてみたいと思います。
バーチャルと現実の錯綜から生まれる都市空間
クリスティアンセはデジタル化によって都市の公共空間が空洞化するという説は、正しくないとします(以下、クリスティアンセのインタビュー内容で、キーワードなど断片的な言及にとどまった部分は、わたしの理解で言葉や解釈を補充しながらまとめました)。
確かにデジタル化によって情報のとりかた、モノやコトの選び方、コミュニケーションのありかた、さらに都市の文化のあり方は変化します。例えば、公共交通のチケットの購入、タクシーや自転車のライドシェアリング、目的地までのナビ情報や近隣のサービス情報などの新たなデジタルネットワークは、単に移動や輸送を便利にするだけでなく、何を選択し、どう動くかという自分の判断自体にも大きな影響を与えます。
一方、デジタル媒体でコンタクトをとった人たちが、現実に出会う場所を求めるようになり、都心部のホテル、映画館、外食産業などの公共空間がその要望を果たすために必要になると言います。
就労や生活空間としても都市は変化する、とクリスティアンセは言います。例えば、増加しているクラウドワーカーなどの「アトム化」した人々(一般に個人事業主と言われるひとを指すと思われます)の一部が、都心に共同オフィスを構えたり、シェアオフィスを積極的に利用するようになるといった、新しい職場の形やその需要が増えてくると考えます。そして、これらの新しい形で都心で働く人たちが、交通や環境面でも状況が改善された都心に一部住み着くことで、都市の人々の生活空間も新たに展開、あるいは充実していくと考えられます。
総じて、クリスティアンセは、デジタル化により、今後も都市に人々の需要の受け皿として新たに編成され、存続・発展する可能性をみています。
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小売業と外食産業からの検証
このようなクリスティアンセの指摘は、どのくらい都市の現在の状況と一致しているのでしょうか。都市の多様な局面の一断面にすぎませんが、少なくとも近年のスイスやドイツの小売業や外食産業業界の状況は、クリスティアンセの説にそった展開であるように思われます。
確かに、都市部の小売業界は、現在オンラインショッピングの増加で大きな打撃を受けています。スイスでは2017年のオンラインショッピング額は、前年比で10%伸張しており、とりわけ外国を拠点とするオンラインショッピング産業は23%もの成長を果たしています(Internet-Einkäufe, 2018)。このような数字をみると、従来から存続する都市の零細の小売業者が大きな打撃を受けているように思われます。
他方、著名なザンクトガレン大学の営業マネジメント研究機関 IRM-HSGによる、スイス、ドイツ、オーストリアの2900人の消費者を対象にした昨年の調査(Online-Shops, 2017)では、オンラインショップだけを経営している業者よりも、オンラインショップと現実の店舗の両者を所有する業者の方が、より多くの人に利用されていることがわかりました。現実の小売店舗をもつことは、個人的な顧客とのつながりを強化することにつながり、オンラインショッピングで完全に代替できないものであるためと考えられます。このため、従来の店舗は、クロス・チャンネル商法(さまざまなツールを用いて顧客とつながる商法)を駆使することにより(それを怠ればまた別の話ですが)、将来もオンラインショップに完全に代替されることはなく、生き延びる、という結論が、この調査では導かれています。
以前扱った、外食産業の市場の近年の顕著な拡大傾向も、人の集まる都市のような空間に新たな需要の兆しのようにみえます。ドイツでは過去10年間堅調に拡大しており、この先も2021年には615億ユーロにまで達すると予測されており、外食産業のなかでは、増えているのが規定の場所や形にこだわらないテイクアウェイ(すぐに食べられる形になっている食料や食事を店から持ち出して食する形態)の形が増えています(「ドイツの外食産業に吹く新しい風 〜理想の食生活をもとめて」)。
テイクアウェイは、人と集って食したり、一人ですきま時間に簡単に済ませるなど、とりわけ自由度が高い食事の仕方であるため、テイクアウェイが広がれば、食に結びついた新しい都市空間や食と合わせた複合的な用途の空間が新たに形成される可能性があるでしょう。通行や日常品の購買よりもその場の滞留時間が長い食事という行為の人々の流れや利用のされ方が、都市の公共空間にうまくつなげがれば、都市全体の新たな活気を生むことになるかもしれません。
交通からみたヨーロッパの都市の変化
ところで、クリスティアンセが都市の現在の変容を指摘しているといっても、都市が変化すること自体は決して特別なことではありません。むしろ、ヨーロッパでは19世紀以降、産業化や科学技術の進展、それに伴う人口変化ととともに、その構造や規模、また人々の就労や生活形態はめまぐるしく変化してきました。
近年のひとつの例として、1960年代まで車社会に対応し車交通を優先させる都市構造や開発が推進されてきましたが、その後にそれを部分的に覆すような交通分野の変化があります。1960年末から車交通による弊害(大気汚染、騒音、交通事故、渋滞、都市中心部の衰退など)が社会で広く認識されるようになり、それに伴い、都市中心部での車交通を制限あるいは排除する新しい手法が各地で試されるようになっていきました。そして、今日のヨーロッパの主要な都市において、この手法は非常に一般的なものとなっています。これに伴い都市の交通網の在り方や道路構造も変わってきました。車に代わり都心の主要なモビリティとして自転車交通を強化・整備する動きが、全ヨーロッパでみられます(「カーゴバイクが行き交う日常風景 〜ヨーロッパの「自転車都市」を支えるインフラとイノベーション」)。
近年は、交通手段のどれかを締め出すという原理ではなく、それぞれの特徴と利点がある交通手段である車、自転車、歩行者が共存するためのしくみも重視されています。1996年からスイスからはじまった「出会いゾーン Begenungszone」はその好例です(「ヨーロッパの信号と未来の交差点 〜ご当地信号から信号いらずの「出会いゾーン」まで」)。
それまで交通量が多く、交通手段も多様な地区には、専用道路を配置したり、信号で交通を制御し、分化・分類する形で安全な交通を目指していましたが、これでは安全であっても慢性的な渋滞が引き起こされるという問題が残りました。これに対し、車、自転車、歩行者など、すべての移動者が同時並行して横断・交通できる「出会いゾーン」は、すべての交通者にとってスムーズでしかも安全な移動が可能になるという評価と理解が広がっており、出会いゾーンを設置する自治体がスイスで全国的に増えてきました。
このように、変化すること自体は都市にとって決して特別なことではありませんが、「デジタル化」が都市の変化の公式の主要な変数となるというのは、これまでにない現代や近未来の都市におけるひとつの大きな特徴だといえるでしょう。
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ヴィンタートゥア市の「スマートシティ」構想
次に、実際に行政側・自治体側は、デジタル化をどう利用して、どんな新しいしくみを目指そうとしているのかを、ヴィンタートゥア市の「スマート・シティ」プロジェクトを例にみてみます。
「スマートシティ」とは、数年前からスイス各地で唱えられている、エネルギー効率や節電を促進するためにデジタルツールやネットワークを積極的に利用する都市の包括的なシステム構想です。「インフラシステム(交通、エネルギー、コミュニケーションなど)をインテリジェントに結びつけることによってエネルギー消費を最低限に抑え」、「居住空間やモビリティー、インフラなどの供給、行政をネットワーク化し、同時に新しい情報やコミュニケーション・テクノロジーを導入し、相乗効果の潜在的可能性を最大限に活用」することで、最終的に「住民に高い生活の質を提供する」ことを目指しています(ちなみに、ここでの「インテリジェント」とは、ITだけを指すのではなく、ほかの同様のメカニズムも指します)。
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ヴィンタートゥア市では、昨年11月には市長や関連分野の市議会議員が揃い、
一般住民を招いたスマートシティ構想の説明会と討論会を開催されました。

スマートシティ構想の具体的な内容は、多岐の分野の技術やプロジェクトから成ります。
はやくからスマートシティ構想推進をかかげ取り組んできた都市のひとつであるヴィンタートゥア市では、人や交通量によって照明の強さを変化させる屋外照明や、交通の必要に応じて個々の信号を個別に操作するための遠隔制御システムなど、すでにいくつかのインテリジェントシステムがインフラ分野を実現しています(インテリジェント照明についての詳細は「明るい未来を開くカギは「暗さ」? 〜ヨーロッパの屋外照明をめぐる新しい展」をご参照ください)。
これまで自治体が手がけてきた上下水道や電気の供給などのインフラ事業と異なり、効率的にまたスピードアップして実現するため、企業や住民、研究機関などのさまざまなパートナーとの協力関係を結び開発・実現を目指すプロジェクトが多いのも、スマートシティ構想の特徴です。共同開発中の市内の駐車場を簡単に探せ、スマホで直接支払いもできるアプリや、交通量も観測する太陽光発電のスマート型道路照明、屋根付き伝統バイクのシェアリングシステムなどが、現在、実際の導入を検討されています。
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おわりに
バーチャルな世界が今後、ますます重要となり、費やす時間も情報も関心をもたれるコンテンツも大方こちらに移行してしまうと想定すると、その分現実の世界で人が集うことが減り、都市の活気が失われるのではと危惧していましたが、今回、クリスティアンセの指摘をきっかけに、新たな都市の変化や兆しと合わせながら考えてみると、確かに都市空間が新たに編成されつつある具体的な姿が少し見えた気がします。
都市が今後、新たな時代に適応し、バーチャルと物理的な形を混ぜ合わせたどんな人々の集住する新たな形になっていくのでしょう。環境危機や高齢化など、今後も都市にさまざまな難題がおとずれることが想定されますが、それでも都市がそれらの外的要因に適応しながら進化・展開していく姿を今後も期待と希望をこめて見守っていきたいと思います。
<参考文献・サイト>
Blick in die Feuilletons mit Kees Christiaanse. In: Kultur Kompakt, SRF, 9.1.2018, 11:29 Uhr.
Internet-Einkäufe im Ausland legen überdurchschnittlich zu. In: NZZ, 20.2.2018, 10:49.
Öffentliche Beleuchtung: Neue Technologien bewähren sich. In: Winterthurer Zeitung, 21.2.2018, S.3.
Online-Shops können Ladengeschäfte nicht ersetzen. IRM-HSG mit Studie zu Handelstrends. In: alma 3/2017, S.7.
スイスの「スマートシティ」公式サイト
Winterthur auf dem Sprung zur Smart City.In: Züriost, 17.11.2017.

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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