ドイツの外食産業に吹く新しい風 〜理想の食生活をもとめて
2018-01-25
時間をかけずにおいしくしかも健康的で、環境や社会面でも問題がないものを食べたい、しかもできるだけ安価で。前々回(「世界中で消費される元祖インスタント食品 〜19世紀の労働者の食生活を改善するためのマギー(魔法?!)のスープ」)と前回(「便利な化学調味料から料理ブームへ 〜スイスの食に対する要望の歴史的変化」)で扱ってきた、現代ヨーロッパにおける食に対する要望を、端的に表現すれば、このようになるでしょう。
しかしこれらの要望を全部クリアするのはかなりの難問です。おいしいものが食べたくても料理や買い物をする時間がなければ、「不健康」なできあいの食品に依存したり、外食やケータリングなどの高価な手段にたよりがちになりますし、食事を安くすませようとすると、環境や生産者の社会環境という観点で望ましくない食品も多いためです。
とはいえ、1日3回お腹はすくので、なにかを選び食べなくてはいけない、そんな理想と現実の間で、ドイツ語圏で現在活気を帯びて発展中のようにみえるものが外食産業にあります。今回は、主にドイツの外食産業の最近の動向に注目しながら、そこで実現されているものや、これからの食文化の可能性について考えてみたいと思います 。
ちなみに、ここでいう外食産業とはドイツ語のGastronomie に該当するもので、世界的な統計資料分析サイトのStatisikaの定義にならい、レストランやカフェはもちろん、バー、ディスコ、軽食の立食スペース、ケータリングまで、その場あるいはすぐに飲食できるものを提供する飲食サービスや産業全般をさすこととします。
外食産業界に吹く新しい風
ドイツの外食産業の市場規模は、過去10年間堅調に拡大してきました。2016年のドイツの外食産業の総売上げは521億ユーロで、ドイツの接客産業界(ホテルやほかのサービス業などを含む)全体の売り上げの半分以上を占めています。Statistaは、この先も市場は拡大傾向が続き、2021年には615億ユーロにまで達すると予測しています(Statista, 2017)。
ここで、いくつか注目されることがあります。一つ目は、外食産業と聞いて思い浮かぶ定番である、レストランやカフェといった飲食店以外での飲食物の販売・消費が、とりわけ増えていることです。商業分野の学術研究機関EHI Retail Institute(ケルン)の昨年12月の報告によると、 2017年の一年間にドイツ全国で2万5千ヶ所ある食料品を販売する店舗で、52億ユーロの飲食関連の売り上げがあったとされます。さらに全国480ヶ所あるショッピングセンターでの飲食関係の売り上げは20億ユーロ、5000ヶ所あるガソリンスタンドでは10億ユーロ、洋服店など繊維関連の量販店10店舗では5000万ユーロ、飲食コーナーをもつ全国100ヶ所の本屋での売り上げは500万ユーロあり、総計すると、これら小売業界全体の飲食関連の売り上げは、90億ユーロに達しています。
EHIの研究員ホーマンOlaf Hohmannは、小売業界で飲食サービスを提供することが増えていることについて、「立ち寄る回数を増やし、店内の滞在時間を長引かせ、またできるだけ快適な環境を作り出すため」と分析しています。これに加え、オンラインショップの攻勢で全般に売り上げが伸び悩んでいる小売業が、新たな活路としてオンラインショップの影響が最も少ないと思われる外食産業に目をつけた、ということもあるのではないかと思います。いずれにせよ、今後も小売業界が今後外食産業に参入していく流れは、変わらないように思われます。
「テイクアウェイ」という飲食物の消費形態
次に注目されるのは、それら小売業者で販売される飲食物の消費形態です。従来の飲食店のようにゆったりしたスペースが設けられそこで座って消費されるのではなく、簡易立食スペースでの消費や持ち出される形が圧倒的に多いことです。ドイツ全体で33000ヶ所あるスーパー、工具店、洋服や家具、本屋などのすぐに食べられる飲食物を販売する小売業者の総売り上げは上記のようにトータルで52億ユーロでしたが、そのうちの50億ユーロが店内の簡易飲食スペース(パン屋やコンビニストアで購買したものをただちに飲食できる店頭スペース)での飲食や、店外へ持ち出しての飲食です。
これら、その場で購入してすぐに消費される形の飲食物の購買・消費を、レストランなどでじっくり座して食べるものやケータリングと区別して、「テイクアウェイ」とひとくくりで呼ぶことにします。
テイクアウェイの増加傾向は、ドイツだけでなく、スイスの都心でも同様にみられます。テイクアウェイの食品を扱う店や、そのスペースが年々増えており、種類も多様になってきています。
昨年スイスのひとつの高校(ギムナジウム)で行われた昼ごはんについてのアンケートでは、一週間のうち一回も学食を利用しないというのが9割にのぼり、その代わりに圧倒的に多いのがテイクアウェイという結果でした。この高校が街中にある学校で、昼休みにキャンパスをでてほかの商店から持ち帰ることが容易であるということもありますが、普通のレストランよりも安く時間もかからず気楽で、しかもバラエティが豊富なテイクアウェイが、とくに若者にとって大きな魅力になっているのかもしれません。近年、参入する企業が増え、食品の種類も値段も選択肢が増えてくることで、テイクアウェイのメリットも相乗的に増えてきていると考えられます。
テイクアウェイ文化を牽引する寿司文化
ところで、テイクアウェイと聞くとみなさんはどんな食品を思うかべるでしょうか。ドイツ語圏のテイクアウェイのクラシック食品といえば、ハンバーガー類のメニュー(ポテトやジュース付きのセット)、ケバブ(トルコ風サンドイッチ)、ピザ、ウィンナーパンなどがあげられますが、これらの食品には共通点があります。高カロリー、塩分過多、化学調味料を使ったソース、野菜や果物が乏しくビタミン不足、赤肉多用など、今日の健康的な食品観に照らし合わせると、どう贔屓目にみても「健康的」とは言い難いものが多いことです。このため簡単にすぐ食べられ、比較的安価であっても、連日テイクアウェイの食品で済ませることには、抵抗感が強い人が多いと思われます。
一方、このような「不健康」の食品の問題点とイメージを払拭する、新しいテイクアウェイ食品がここ10年ほどの間に広くでまわるようになってきました。それは、寿司です。寿司といっても、ヨーロッパででまわっているのは、巻き寿司とせいぜい数種類の握り寿司(寿司ほどメジャーではないですがおにぎり類も最近たびたびみかけます)のたぐいで、種類はまだ少なく、質も店舗によって異なりますが、これらの寿司関連食品は、これまでのテクアウェイ食品とは決定的に異なる点がいくつかあります。
基本的にオイルフリーか控えめで、塩分も自分で醤油の使用量として調整できるため全体に控えめにすることができ、砂糖は入っていても微量で、うまみ強化剤もほとんど添加されていないことです。近年は、枝豆が添えられたり、菜食主義者やヴィーガンの人にも食べられる野菜の寿司も発達してきており、野菜感覚に近いビタミン豊富なものもあります。これぞまさに、今のヨーロッパで非常にハードルが高い「健康的な」食品のお墨付きがもらえる希少なテイクアウェイ食品(もちろん品質が本当にいいものかは個々の検証が必要でしょうが、全般的な見方として)といえるでしょう 。
数年前にベルリンを訪れた時、ある目抜き通りでは、一件置きに店頭で寿司を扱っているのではと思えるほど、寿司を扱う店が立ち並び、ほかのファストフードに比べて、寿司の存在感が非常に大きかったのに驚いたことがありました。その時は、こんなに寿司ばっかりだったらいくらなんでも飽きられるのも早いのではないのではないか、と勝手に憶測しましたが、いまのところそのような兆候はみられず、寿司は、後ろめたさの残らずに購入できる「健康的」なテイクアウェイ食品の代表格として、特にドイツ語圏の都会ではどこでも、テイクアウェイ業界を牽引しているようにみえます。
外食産業が集客のコアとなった大手家具店
昨年、大手家具店舗IKEAが、外食産業界への本格的な進出を検討しているというニュースが流れましたが、ここにも、現在の食生活のトレンドとリンクした外食産業の新たな可能性があるように思います。
IKEAがドイツで調査したところ、年間1億人にのぼるという国内家具店訪問者の5人に二人が、店内で食事をしていたり、スウェーデンショップと呼ばれる食品販売コーナーで食品を購買しており、また、IKEAの来訪者の3割は、家具をみるためでなく食事をとる目的でIKEAに来訪しているということが明らかになり、この意外な事実が本格的な参入を検討する直接的なきっかけになったようです。
実際の飲食関連の売り上げ状況も、このアンケート内容をを裏付ける結果になっています。IKEAの食品関連部門(レストランとショップ)の総売上は、依然会社全体の売り上げの5%に過ぎませんが、家具分野の販売が不振であるのに対し、食品関連部門は、2016年は、前年比で8%売り上げが増えており、2億2100万ユーロにのぼりました。IKEAレストランでは年間、メインディッシュが、1500万皿販売されており、つまり、どんな家具売り場の家具や雑貨よりも、ミートボースののった皿の販売件数が多いということになります。
ドイツの外食産業全体のなかでも、IKEAの売り上げ規模はすでに、大きな存在感を示しています。ドイツのシステム外食産業(全国あるいは世界中で規格化された同一の食事を提供する外食産業のこと)の上位ランクで、すでにIKEAの(家具店に付随した)レストランは8位にランクしており、ドイツ国内の商業施設内の外食産業 Handelsgastronomie( デパートのレストランやショッピングセンターのような多目的商業施設のフードコートなど)だけに限定すれば、すでに押しも押されぬ一番の売り上げ規模となっています。
外食産業として期待されるコンセプト
ところでIKEAが外食産業に本格的に参入することになれば、これらの既存の大手外食チェーンと競合することになりますが、新規戦略として、既存の外食産業との間で差異化し、付加価値を上乗せするにはどんな方向性が考えられるでしょうか。
先ほど言及した、システム外食産業のトップを占める10社の名前を具体的にみてみると、バーガーキング、マクドナルド、ヤム(ピッザハットと KFC)、サブウェイ、ノードゼー(北ドイツを拠点とする魚のフライなど魚をメインにしたサンドイッチのファストフード店)、ルフトハンザや高速サービスエリアの飲食店などが入っています。
最後の2社のメニューは具体的にイメージしにくいのですが、それ以外の大手外食産業の会社名から想像されるメニューを、現代人が食に求めている要素(おいしさ、安さ、すぐに食べられるか、健康的か、社会や環境への配慮など)から評価してみるとどうでしょう。おいしさ、安さ、すぐに食べられる、という3要素に重心が置かれていて、後ろの2要素はまだ十分とは言えない気がします。少なくともこの2要素について、そのように一般の人が実感できるような、大々的にアピールを行っている会社は見当たりません。
そうだとすると、逆にこれらの要素を重視した飲食サービスにすれば、IKEAにとっては、他社との違いをわかりやすくアピールできる強力なポイントになるかもしれません。同時に、そのような方向性は、これまでのIKEAの歩みをふまえると、合対立するというより、むしろ親和性が強い方向性のようにみえます。IKEAは、数十年来、世界中に販売網を広げるなか、安価なだけでなくスタイリッシュな家具や生活スタイルを人々に提供することで、カルト的な支持を特に若い世代から受けてきただけでなく、最近は環境問題や難民支援など、社会的な貢献にも積極的に関わるようになりました。
これまで培ってきた強いポジティブなブランド力に加え、外食産業としても環境や社会面で安心できる食材を使い、家族連れでも立ち寄りやすい レストランをもしも展開できるとすれば、既存の外食産業に勝るとも劣らない魅力を発揮できるかもしれません。逆に、そこがあいまいなままであれば、ほかのシステム外食業との差異化は難しく、外食産業界での大きな進展は期待できないのではないかと思います。
おわりに
3回の記事を通して、簡単で、おいしく、安く、健康的で環境や社会への責任もとっている、ということが今日人々の食文化においての強い関心ごととなっており、これらの項目を制覇することができることが、目下、熾烈な競争を重ねている食産業で勝ち残るための王道、という一応の道筋はみえてきたように思います。
ただし、ここでさらに二つの素朴な疑問が浮かびます。
まず、19世紀から人々が求めてきた食品への夢、簡単に食べられて(調理も一切しないでよいことも含まれます)、おいしく、安く、健康的で環境負荷も少ない、という夢は、果たして本当に実現可能なのでしょうか。
また、もしもそれがかなったとして、それで、人は果たして満足するのでしょうか。それとも、それらの願いが叶うころには、さらなる食への新たな夢や理想が生まれており、それを求める飽くなき食品の工夫や開発がさらに続いていくのでしょうか。
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<参考リンク>
Der Handel bittet zu Tisch. EHI-Whitepaper: Handelsgastronomie in Deutschland
Einzelhandel bedrängt die Gastronomie. In: Allgemeine Hotel- und Gastronomie Zeitung, 15.12.2017.
Gnirke, Kristina, Ikeas Geschäft mit dem Essen. Wenn Köttbullar selbst Billy übertrumpft. In: Spiegel Online,Samstag, 19.08.2017 21:07 Uhr
Kommt Ikea bald mit Restaurants in die Städte? In: Basler Zeitung, 25.10.2017.
Köttbullar für Möbel-Muffel. In: Süddeutschland, Gastronomie, 27. November 2017, 10:22 Uhr
Peggy Fuhrmann, Haltbare Lebensmittel Schonende Wege der Konservierung. In: SWR2, Wissen, Stand: 8.12.2017, 10.28 Uhr.
Prognostizierte Umsatzentwicklung in der Gastronomie in Deutschland in den Jahren von 2007 bis 2021 (in Milliarden Euro), Statista, 2017.
Statistiken zur Gastronomie in Deutschland(2017年12月28日閲覧)
Studie: Einzelhandel setzt immer stärker auf Gastronomie. In: Welt.de, Veröffentlicht am 11.12.2017
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
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