3Dのボディースキャニングは服飾品オンラインショップの革命? 〜ヨーロッパのネット通販王手Zalandoが切り札として注目する技術
オンラインで服を買ったら、サイズがあわなかった。こんな経験を、洋服や靴など服飾品を注文した際に、経験した人はかなりいるのではないでしょうか。最近は、返品を容易にできるよういろいろな工夫をしている業者も増えていますが、それでも、サイズが合わない不安や、そうなった時に返品することの面倒さや後ろめたさを思うと、服飾品のオンラインの購買は敷居が高いという人も少なくないのではないでしょうか。
服飾品のオンラインショッピングは、このような「不自由さ」がつきまとうのが宿命で、オンラインショッピングの限界だ、とわたしもこれまで思い込んでいましたが、今年10月半ば、このような自分のなかにあった「常識」が覆され、視界が一転して開かれるようなニュースをききました。
ヨーロッパの服飾オンラインショッピングの最大大手のひとつ、ザランドZalando (ドイツ語では「ツァランド」ですが、今回は英語の発音に基づいて表記します)が、3Dのボディースキャニングの高い技術をほこるスイスのスタートアップの会社フィジョンFision を買収し、今後、この技術を取り入れ、適切なサイズ選びに画期的な、新たなサービスを、18から24月後に、展開する意向だというものです。
世界を見渡すと、立体的なボディスキャニング(3D Bodyscanning)の技術は、昨今、各地で競って開発されてきており、ザランドだけの関心ごとではもちろんありません。日本でも、3Dのボディスキャニングというアプローチとは少し違いますが、ZOZOスーツや、バーチャル試着ソフト「バーチャサイズ」が、話題になったり、すでに一部のオンラインショッピングで実用化されてきました。
このように世界中で凌ぎを削ってすすめられている、最先端の立体的なボディスキャニングの技術の可能性について、今回は、ヨーロッパの服飾オンラインショッピング業界をリードするザランドの最新ニュースをもとに、考えてみたいと思います。
ザランドZalandoについて
まず、日本ではあまりなじみがないかと思いますので、ザランドについて簡単にご紹介します。ザランドは、2008年秋、金融危機が起こる数日前のドイツ、ベルリンで設立されました。
インターネットで靴や装飾品を含む、服飾品をネット販売する会社ですが、当初、顧客の手元に到着してから100日間、費用無料で返品できることを、かかげていたことから、急速に顧客を増やし、急ピッチで、ヨーロッパ各地に進出していきました。13年たった現在においては、扱うブランドは2500以上、顧客数は3400万人、ヨーロッパの17カ国で事業展開するという、おしもおされぬ、ヨーロッパ最大級の服飾関係品のオンラインショップ事業者となっています。
ザランドの事業が展開されている国。2018年チェコとアイルランドでも取引が開始され、現在17カ国にサービスが展開している
出典: https://corporate.zalando.com/de/unternehmen/unsere-geschichte-von-der-wg-zur-se
現在は、100日でなく30日に短期化されましたが、返品は無料で行えます。支払いは後払いで、しかもヨーロッパそれぞれの国の勝手を考慮し、支払いは20通り以上の方法があり、顧客サービスは、13カ国語で行なっています。
従業員は、全部で約14000人いますが(出身国は130カ国以上)、IT専門家が多いことがひとつの特徴です。ザランドで働いたIT専門家は、これまでで2000人以上にのぼり、人材は、世界中から集められているといいます。
今年のコロナ危機は、売れ行きに大きな影響を与えました。3月ヨーロッパ中が相次いでロックダウンになると、ザランドの需要は全般に、いったん後退しました。しかし、ロックダウン状態が数週間続くうちに、次第に、お店に行けない代わりにインターネットで購入しようとする人が増えたことで、状況が好転していき、好調な状態がその後も続いています。ロックダウンを機に、店頭からオンラインに購買スタイルを変更した顧客の少なくない部分が、引き続き、オンラインで購入しているからとみられます。
10月上旬の発表によると、第三四半期(7月−9月)のGMV(Gross Merchandise Value、流通総取扱額)は、前年の同じ時期に比べ28−31%増、売り上げは20−23%増、EBIT(Earnings Before Interest and Taxes、イービット、利払い及び税金引前利益)は、1億から1億3000万ユーロに達しました。
これを受けて、ザランドは、今年のGMVの増加率も、25−27%に上方修正し(7月半ばの発表では、20-25%と予想していたのに対し)、年間売り上げも20−22%増加に変更しました(7月半ばの予想では、15―20%増)。EBITは、3億7500万ユーロから4億2500万ユーロの間になると見込まれています(7月は2億5000ユーロから2億ユーロ)。
現在の状況と課題
上述のように、ザランドでは、当初の100日を30日に短期化はしたものの、無料で返品できる体制をしいています。返品は、届けられた返信用のシートを宛先に貼り付けて、ザランドが提携している指定の受付先(例えば郵便局)にもっていくだけですみ、手続きとしても非常に簡単です。
これが、ザランドが、これほど急速に急成長できた重要な理由のひとつ、強みであるわけですが、これは同時に、ザランドにとっても、また環境にとっても、大きな弊害をもたらしています。ザランドによると、返品される商品は、実に全体の約半分にものぼるといわれ、返品のコストや手間ヒマ、また環境負荷は大きく、ショッピングスタイルとして、非効率さが目立ちます。
このため、返品を受け取る一貫した体制を維持しつつも、同時に、返品率を減らすための取り組みもつづけてきました。改善の余地が大きい、重要な課題が、間違ったサイズの注文を減らすことです。現在、服や靴のサイズの定義は、製造メーカーによってかなり異なり、統一されていません。これでは、どのメーカーのどのサイズがぴったり合うのか、オンラインショッピングの顧客にはよくわかりません。
このため、これまで、ザランドは、過去の販売データや、顧客のフィードバック、メーカーからの情報などを総合して、顧客に適切なサイズをすすめるサービスをスタートさせました。現在扱っている商品のほぼ半分は、このようなサービスの利用が可能となっています。このサービスの効果は着実にではじめているようで、返品率は減る傾向にあるといいます。
しかし、依然、半分の商品が返品されているのが実情であるため、これだけでは無理で、さらなる工夫やサービスが必要であることは明らかです。この、今、ザランドにとって不足し、強く所望されているものを、もっているのがスイスの会社フィジョンでした。
スタートアップ企業、フィジョンFisionについて
フィジョンは、2015年チューリヒ工科大学のエンジニアたちによってチューリヒ設立されました。
フィジョンを立ち上げ、現在CEOをつとめているメツラー Ferdinand Metzlerの、起業のきっかけは香港での体験にありました。学生時代に、半年間交換留学生として香港に滞在した際に、アパレル業界の問題を目の当たりにする機会をえたのだと言います。高い返品率、統一規格がないサイズの表示方法、消費者の経験や知識の不足がそれです。
このため、香港からスイスにもどってきてまもなくして、エンジニアで小さいチームをつくり、これらの問題点を解決すべく開発をはじめました。そして、人工知能、コンピューター・ビジョン、機械学習、と3Dジオメトリ処理(3次元的に配置された座標を、2次元平面上の座標に変換する処理)の技術を駆使することで、3Dのボディースキャニングおよび、(そのデータをもとにした)アバターが服をバーチャルに試着する姿を表す立体画像処理において、画期的な技術を完成させました。
このボディスキャンの技術をもとに会社を立ち上げると、まもなく、世界各地のメディアでも大きく注目されるようになり、ヒューゴ・ボスのようなファッションブランドのアパレルメーカーから、スイス国鉄や郵便事業者まで、様々な企業と提携、協力関係をもつようになります。現在は、約30人が働く会社に成長しています。
この会社には、設立当初から、大きな目標が二つありました。二つオンラインショッピングをより快適にすることと、無駄な輸送や破棄されるものを減らすことです。フィジョンが目指す目標は、ザランドが求めるものと合致していたため、今回、合併されることが合意されました。ザランドとフィジョン両者にとって「ウィン・ウィン」であると、関係者たちはいいます。
3Dのボディースキャニングアプリ「Meepl(メープル)」とバーチャル試着
フィジョンの開発した3Dのボディースキャニング技術は、現在、アプリケーションとして、無料でダウンロードできます。
具体的な方法は、Meeplのホームページを直接ご覧いただく、あるいはアプリをダウンロードして自分で試してみると一番わかりやすいと思いますが、以下、簡単に説明してみます。
まず、男性か女性かを選択し、身長を入力します(計測において、自分で入力が必要なのはこの二項目のみです)。
その後、スマホを、全身が映るような位置に置き、その前に立ちます(体にぴったりして、背景なるべく異なる服をきるのが、正確な計測をするためのこつです)。スマホの前で、全部で2枚の写真をとります。最初の写真は、両足、両手の高さを指定のポジションに置いた、正面を向いてとるもの。もう一つは、横向きの立ち姿勢からとります。いずれも、音声の指示に従ってすすめられます。
測定はこれでおしまいです。約30秒の処理時間をおえると、測定結果がでます。測定されるのは、胸囲、ウェスト、腰まわり、腕の長さ、足全体の長さと、大腿部(ひざからももの付け根までの部分)です。
Meeplのボディースキャニングの測定実施例
(ここから先は、わたし自身は試していませんが、会社の説明によると)この自分の体の測定データをもとにして作られたアバターが、バーチャルな試着室で、服を試着する技術もすでに、実用化されているといいます。現在、バーチャルな試着が可能なのは、フィジョンと提携するオンラインショップの服です。その服のデータをQRコードで読み込み、自分の測定データと合わせることで、自分と同じ体型のアバターがその服を着るとどうみえるかを、第三者的に画面でみることができます。
広がるバーチャル試着市場
これだけきくと、非常に画期的な技術です。オンラインショップであっても、自分が試着する体験に一歩大きく近づくことになり、オンラインショップの歴史に新たな1ページが開かれるような思いがします。
逆にいうと、このような技術が実現可能になる時、それを使うサービスを提供している会社と、していない会社では、顧客満足度に大きな差がでるということかもしれません。
先日発表されたValuates Reportsによると、バーチャル試着の世界的な市場規模は、2019年は300万ドルでしたが、2025年には650万ドルに拡大するといいます(Valuates Reports, Virtual)。これまでも、オンラインショッピングで体のサイズに合うものをみつけることは、業界で大きな課題とされ、今回紹介したようなデジタル技術の開発にとり組まれたきましたが、コロナ危機が、このような流れを、さらに加速させる効果があったとみれます。
おわりに 〜バーチャル試着の開発で最後に必要なのは、住みやすい環境?
ところで、ザランドは、今回合併が決まったフィジョンが拠点を置くスイスのチューリヒに、新たに150人を雇用したいとしています。ザランドは、すでにスイスに三つの拠点がありますが、なぜさらにスイスの雇用強化を目指すのでしょう。本拠地のあるドイツ、ベルリンではないのでしょう。
スイスは確かにザランドにとって、急成長中の(2019年のスイスでの売り上げは、前年比で17%増加)、ドイツに次ぐ大きな市場です。しかし、市場としてスイスに関心が強いだけでなく、チューリヒを拠点として関心をもつのは、ザランドの担当者自身も認めているように、もっと違う理由からのようです。その理由とは、優秀な人材の獲得です。ザランドにとって、優秀なIT専門家をいかに獲得するかが、今後事業の展開のスピードや質を決定的に左右する大きな要因とみているようです。
特に、お目当ては、フィジョンの会社スタッフの母校であるチューリヒ工科大学の人材です。ただし、工学系の優秀な人材を輩出するので有名なこの大学の卒業生に、強い関心をもっているのは、ザランドだけではありません。すでに、グーグルやディズニースタジオも、同じ理由でチューリヒに、アメリカ国外では最大の拠点を置いています(「スイスのイノベーション環境 〜グローバル・イノベーション・インデックス (GII)一位の国の実像」)。グーグル社は、すでに2004年にからチューリッヒに拠点をおいており、2017年の計画では、世界から優秀な学生が集まってくるチューリッヒ工科大学からの卒業生を中心に毎年200人規模で新しい人材を入れ、2021年までに5000人にスタッフを増員する計画でした。
また、近年、キャリアを最優先にするのでなく、パートナーの仕事や子供の教育などの家族への配慮も重視し、ヨーロッパでは、国外の長期滞在をのぞまない人材も増えているとされ、特に優秀な技術者や研究者など、高いポジションにある人ほど、その傾向が強いとされます(「「スイス・メイド」や「メイド・イン・ジャーマニー」の復活 〜ヨーロッパの街角に現れるハイテク工場」)。この現象を逆に解釈すると、国外に拠点を移さずヨーロッパにとどめると、豊富な人材を確保しやすいということになり、その点でもチューリヒは、有利と考えられます。最大の都市チューリヒは、健康的な生活環境に恵まれ(大気汚染や渋滞など環境問題が少ないだけでなく、アメニティが高まる自然環境などが身近にあることや、すごしやすい気候、自然災害が少ないことなども含まれます)、排外主義の勢力や社会や宗教の対立などの問題が比較的少なく、治安も上々です(「スイスの国民投票 〜排外主義的体質の表れであり、それを克服するための道筋にもなるもの(2)」)。このため、誰にも比較的住みやすく、人材が揃い場所といえるでしょう。
今年はコロナ危機で、ハイテク企業ではとくにホームオフィスを奨励しているため、今後の長期的展望において不明な点もあります。また、優秀な人材や物理的に良好な居住関係もまた、人工知能や、バーチャルな環境で代替され、必要となる時が、もしかしたらいつか、来るのかもしれません。しかし、少なくとも、現在のザランドにとっては、優秀な人材を確保できかつ物理的に良好な居住環境のある地域を拠点にすることに迷いはなく、競合の先をゆく技術を手にする近道と考えているようにみえます。
企業が、バーチャル技術を組み入れ、進化していこうとするほど、それを可能にする専門的な人的資源が必要であり、そのために、その人材が長く就労してくれるためには、物理的に良好な居住環境が必要。このように考えていくと、今、求められているものは、最先端の技術だけでなく、むしろそういったものとは無縁で、リアルで有限な物理的な場所とつながったもの、といえるかもしれません。
今後数年で、世界的に大きく進展しそうな、バーチャル試着技術とその市場の動き。ヨーロッパの様子をさらに観察していきたいと思います。
参考文献
Dimitropoulos, Stav, Why are clothing sizes so erratic and can they be fixed?. BBC, 24.8.2020.
Meyer, Maren, Zalando setzt auf perfekte Passform - und schafft über 100 Stellen. In: Tages-Anzeiger, 17.10.2020, S.13.
Was das Beispiel Zalando lehrt. In: NZZ, 10.10.2020, S.31.
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
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