ティッシュから考える環境問題 〜125年前にドイツで生まれ、世界中で愛される生活必需品の将来
2019-02-25 [EntryURL]
デジタルメディアが発達し、社会のペーパーレス化が進んでいるように思われますが、ドイツでは、ドイツの国内製紙工場の売り上げをみると、1990年に86万トン、2000年では105万トン、2016年では153万トン(Eine Saubere Sache)と、うなぎのぼりに増加しています。なかでも消費が急増している分野として注目されるのが、ティッシュペーパーやトイレットペーパーなど、衛生用品と呼ばれる紙原料の分野です。
なぜ、この分野の紙消費が増加し、消費が増えることでどんな影響があり、そして、どんな対策が提案されているのでしょう。今回は、ティッシュの消費を中心に、ドイツの衛生ペーパー(使い捨ての衛生用品として使用されている、トイレットペーパーや、タオルペーパー、紙ナプキン、ティッシュなど、使い捨ての紙を原料にした衛生用品として使われる紙類のことを、ここでは一括して「衛生ペーパー」と表記します)全般をめぐる状況を概観してみたいと思います。
そして、安価で入手できて、普段、ためらいも少なく大量に消耗しているティッシュから、消費者として環境負荷を減らすため、具体的にどんな選択の余地があるのかを、一望できたらと思います。
ドイツで生まれたティッシュ
今日、風邪や花粉症の季節に必需品となっているティッシュは、19世紀末にドイツの紙工場で生まれました。南ドイツのシュヴァーベン地方、ゲッピンゲンで、紙工場を経営していたクルムGottlob Krumが、鼻をかむ用途に薄い紙にグリセリンを染み込ませた柔らかく柔軟性のある紙を開発し1894年に特許をとったのが、今日のティッシュの原型、最初のものとされます。
クルムは、早速、使用後ただちに破棄する(当時は病原菌の伝播を防ぐために燃やすことを推奨)ことで、当時鼻をかむのに主流であったハンカチなどの布よりも衛生的であり、感染も広がらないことを売り文句に、この新しい紙を使った鼻をかむスタイルを普及させようとします。しかし、一度使ったものを破棄する、という「使い捨て」の発想は、当時の人々には受け入れ難く、結局、商品として日の目を見ることはありませんでした (Haas, 2013)。
ティッシュが一般的になるのは、その後30年以上もたった、1920年代以降です。アメリカで1924年にクリネックスが、ティッシュを販売しはじめたのを皮切りに、ドイツでも1929年はじめからティッシュの製造がはじまり、次第に、使い捨てティッシュで鼻をかむ習慣が、人々の生活のなかに定着していきました。
ちなみに、ドイツで1929年から製造されているティッシュ「テンポ」は、ドイツ語圏では、今日まで最も有名なティッシュのブランドであり、ティッシュの代名詞とも言える存在です。
増え続けるティッシュやトイレットペーパーの使用量
ドイツでは、ティッシュ等の衛生ペーパーの消費が年々、増え続けています。一人当たりの消費量は、現在、19kg、2000年に比べ、今日25%も使用量が増えています。この数値は、ヨーロッパの平均重量を上回る数値です。
なぜ、ドイツでは衛生ペーパーの消費が増えているのでしょう。社会が高齢化し感染などが増加していることや、軽くて便利で安い紙資材の衛生ペーパーを、これまで以上に様々な用途で利用する機会が増えていることなどが、通常、理由としてあげられています。
パルプ材産出国の現状
消費量が増えていることで、様々な形で環境への負荷が生じます。製造・消費国での、生産のためのエネルギーの増加や漂白剤などの有害物質の排出の増加なども憂慮される問題ですが、とりわけ直接的で広範・長期的な問題が危惧されるのは、原材料であるパルプ材生産国での問題です。
パルプ供給の視点からみて現在もっとも有望視されているユーカリの大規模なモノ・カルチャー(一種類に限定した農作物の栽培)・プランテーションが増え続けることで、ジャングルや森林地帯が伐採されているだけでなく、プランテーションに隣接するほかの樹木やまたプランテーション周辺の住民たちの生活を脅かします。ユーカリは、ほかの樹木に比べ成長が速い分、大量の水分を必要とし、結果として、周辺の土壌を極度に乾燥させたり、下水の水位を低下させるためです。
現在、世界的なパルプ供給地である、ブラジル、ウルグアイなど中南米で、このような問題が集中して起きていますが、近年はモザンビークなどアフリカでも、モノ・カルチャーのプランテーションが大規模に建設されるようになってきており、将来、問題が世界的に広がる可能性があります。
消費者としてできること
このようにティッシュ消費をめぐるグローバルな状況は深刻ですが、消費者として、状況緩和のために、なにかできることはあるでしょうか。次にこのことについて、みていきます。
結論から先に言うと、できることはあります。最もてっとり早いもの消費を減らすことでしょう。しかし、それがなかなか難しいのが、衛生ペーパーの問題点です。無駄に使わないよう心がけることはできますが、実際に、鼻炎や風邪の時に、鼻をかむのをがまんすることができるでしょうか。それを断念するのは現実的ではありません。
一方、これまでと同量の消費をしても、環境負荷を減らせる道もあります。ドイツの環境省の公式サイト (Umwelt Bundesamt)で、消費者に推奨されていることを、具体的にみてみましょう。
・布製などで代替することで、紙を原材料とする衛生ペーパーの消費量を減らす
まず、ひとつ目は、紙素材をなるべくほかのものに代替することです(Papiertaschentücher)。具体的な代替物として提案されているのは、布製です。そこでは、ペーパータオルやナプキンだけでなく、ティッシュも布製に代替する案が提案されています。トータルのエネルギー量などを換算しても、ハンカチ使用のほうが、紙のティッシュよりはエコだといいます。
布製のティッシュとは、つまり鼻かみ専用ハンカチのようなもので、現在のような使い捨てティッシュが普及する前に、ヨーロッパやほかの国々でも非常に一般的であったものです。実際に多くはありませんが販売もされています。使用後、60度で洗濯(ドイツの洗濯機は30、40、60、95度といった温度設定できるタイプのものが広く普及しています)すれば、衛生上も全く問題ないといいます。
確かに、布素材は、材質によっては、紙のものよりずっとやわらかく、鼻にもよさそうで、一見、魅力的です。しかし、風邪や花粉の季節には、膨大な量のハンカチが必要になりますし、洗濯回数も頻繁にならざるをえません。
便利な使い捨てティッシュの便利さに慣れきってしまっているから最初それを億劫に思うだけで、慣れてしまえば、これらも大して面倒くさく感じられなくなるのかもしれませんが、紙から布にティッシュを変えるという最初の一歩を踏み出すためには、消費者に強い決断力が必要かもしれません。
・古紙を再利用したものを選ぶ
ドイツの環境省が推奨するもう一つのものは、環境によりいい商品を選ぶというものです。選ぶということは、つまり、いくつか選択肢があるということを意味しますが、具体的にどんな選択肢があるのでしょう。
例えばティッシュの場合では、大きく分けて、2種類のものがでまわっています。伐採した樹木から直接得たセルロース(繊維素、木材から抽出した繊維(パルプ)の主成分)を使って生産されたティッシュと、古紙のリサイクル原料で作られたティッシュです。この二つのなかの一つを選ぶとすれば、古紙からつくられたティッシュのほうが圧倒的に優良な選択肢ということになります。古紙からティッシュなどの衛生ペーパーを作る場合、新たにセルロースを必要としない(このため環境やその森林の周辺の住民の環境にいい)というだけでなく、新しい木から紙をつくるより生産に必要なエネルギーが、6割少なくてすみ、水の使用量も7割少なくて済むからです。
一方、古紙を再利用したものでないティッシュを選ぶ場合でも、その中でよりよいものを選ぶことが可能です。FSC やPEFCという認証マークがついているもの、あるいは全くついていないものです。
この3種類のなかで最も優良なのはFSC マークのついたものです。これは、Forest Stewardship Councilの略で、エコロジカルな森の機能を保つ栽培方法で作られた樹木からできていることを示します。これは危機的な状況にある植物や動物を保護するだけでなく、近隣住民や雇用者の権利も尊重する体制であることを意味します。
これに対し、PEFC(Programme for the Endorsement of Forest Certification)の認証は、森所有者や木材産業関連者に支持されているものですが、個々の検査を実施しないで、この認証が受けられるため、どれほど信頼性が高いのかわからないものです(Eine Saubere Sache)。しかし、そうであっても、なにもマークがついていないよりは、一応良いと考えられます。
マークが一切ついていないものは、乱開発で伐採したものや雇用者を搾取している可能性もあり、それらを購入することで、そのようなシステムを後押ししていることになります。
細かい認証マークの違いを知らないでも、わかりすく見分けがつき、最良のものをすぐに見つけられるように、ドイツ政府では、独自に認証マークもつけています。「ブルー・エンジェル」マークです。これは衛生ペーパーに限らず、様々な種類の商品を対象につけられているもので、衛生ペーパーに関して言うと、ブルー・エンジェルは、100%古紙から生成し、生産にエネルギーや水の使用が少なく、有害物質が少ないことを意味し、環境を考えて一番いい選択肢のものを選ぶなら最適ということになります。
ブルー・エンジェル印
伸び悩むリサイクルペーパーという現実
このように何が選択肢として賢明かが、国民にわかりやく提示されていることは、大事なことですが、実際に消費者がそのような選択肢をとるかは、また別の問題です。現実には、消費者はどんな行動をとっているのでしょう。
古紙を使った衛生ペーパーの割合は、2000年74%であったのに、2016年には46%まで落ち込んでいます(Eine Saubere Sachen, 2018)ティッシュペーパーのリサイクル紙の割合はなかでも低く、2012年11月から2013年10月までの調査で、ティッシュの売上げは全体の1%にしかすぎません(20 Papiertaschentücher, 2015)
なぜ、古紙の再利用がすすまず、むしろ後退すらしているのでしょう。この理由について、生産者や流通業者側は、消費者の需要自体が少ないからだといいます(Debatte, 2018)。生産者や流通業者によると、これまで以上に衛生ペーパーへの、消費者の要求が高くなってきていることをあげます。例えばティッシュはやぶれない丈夫であること、トイレットペーパーはよりやわらないことが求められるようになったとされます。他方、ここ20年の間、技術的にはほとんど進展がなく、その結果、より丈夫にしたり、多く重ねたティッシュやトイレットペーパーが増えているようです。実際に今日店頭にいくと、ティッシュが二重のものはうしろ少なく、3重、4重という表示のものが多くなっています。その一方、低価格で得られる高品質の古紙は限られているのに、消費者は高価な代価を払う準備がなく、今でも値段が安いものが主流だといいます(Papier-Hygieneartikel)。
つまり、安価で高品質の新たなパルプ材を原材料とする生産・流通・購買の産業構造があり、そこから逸脱して環境負荷の少ない衛生ペーパーの販売数を増やすことが、容易でないということのようです。
打開策をもとめて協議会が開催
2018年はじめ、このような衛生ペーパーをめぐる状況を包括的に話し合うため、「衛生ペーパー 〜サステイナビリティへの道」というテーマの協議会が開催されました (Debatte, 2018)。ここでは衛生ペーパー生産者、パルプ資材専門家、流通業者、環境保護運動など、様々な立場の人が一堂に会し、二日間話し合われました。
ここで改めて明らかになったのは、それぞれの分野の代表者たちは、持続可能な衛生ペーパーの消費のために、なにが必要かという問題の理解やそこで目標と考えられているものが大きく異なっているという現実でした。例えば、流通および産業界は、経済的な採算を重視するのに対し、環境保護スタッフは、グローバルな森の破壊を防ぐために大幅な衛生ペーパーの削減をより重要な課題と考えています(Debatte, 2018)。
一方で、誰もが、今日の産業・消費構造の在り方で、増え続ける需要を満たすことはできないし、何か変化させていなかくてはいけないという点では合意しています。ここを出発点にして、今後も、関連業界の人たちを中心に、お互いの意見や立場を理解するため意見交換や議論をこれからも重ねていき、衛生ペーパーの産業・消費構造を環境負荷を減らす方向にずらしていく、建設的な方向性をさぐっていくことが期待されます。
啓蒙キャンペーン
一方、そのような衛生ペーパーに関わる対立する業者や立場の間の協議を続けるのとは別に、すぐに取り組むことができる、あるいは取り組むべき課題も、二つあると思います。
まずひとつは、広く国民に向けた啓蒙キャンペーンです。生産者や流通業者側は、リサイクル紙の衛生ペーパーは、消費者の需要が少ないため、普及しないと主張します。もしも本当に国民の多くが、再生紙の衛生ペーパーを所望しないというのが現状ならば、消費者に、環境に負荷の少ないものを選ぶよう、わかりやすく説得し、納得してもらうことが決定的に重要でしょう。
具体的にどんなキャンペーンが有効なのか、誰がどのような形や規模で、また予算と頻度で、活動すべきか、という問題に関してスイスの生活協同組合の週刊誌は参考になる点が多いように思われます。
スイスは大手二大小売業者が、いずれも生協という、非常にめずらしい国なのですが、その二つの生協は、どちらも、毎週週刊誌を発行しています。毎回100ページにおよぶ雑誌で、スイスでもっとも発行数の多い週刊誌となっています(「スイスとグローバリゼーション 〜生協週刊誌という生活密着型メディアの役割」)
その雑誌では、様々な社会や文化の旬な話題が取り上げられ、自分たちが目指す環境負荷の少ない社会を実現するために役に立つ情報やそれに関連する商品についても、頻繁に掲載しています(穂鷹2010)。
例えば、スイスでは、フェアートレード商品の一人当たりの購入が世界でも最も多い国ですが(「バナナでつながっている世界 〜フェアートレードとバナナ危機」)、これは、もともとスイス人にフェアトレードの意識が高いといった話ではもちろんなく、生協のこのような雑誌などを通した啓蒙キャンペーンが消費者行動に大きく影響を与えた結果だと考えられます。
ドイツにおいても、衛生ペーパーの年々増える消費量や再生紙利用率低下など焦眉の問題を明確に示し、同時に、消費者が貢献できる余地を多分にあることをアピールすれば、消費者の行動もかなり変化が期待できるのではないかと考えます。
待たれる新型「ティッシュ」
啓蒙キャンペーンで消費者に訴えるだけでなく、衛生ペーパー生産・開発分野で、これまでの衛生ペーパーの発想にこだわらない新しい素材や形を追求することも、パルプ材供給が限界に達しているようにみえる今日、焦眉の課題かと思います。
ちょうど125年前に、使い捨てティッシュのアイデアがドイツで生まれました。それまでの布製とは全く違う、紙製の使い捨てという斬新な発想は、開発後すぐに日の目をみたわけではありませんでしたが、その後、20世紀を通じ世界中に着実に普及し、現在ゆるぎない地位を築きました。
そして、今日また、これまでのティッシュの素材や技術にこだわらず、環境負荷が圧倒的に少ない21世紀型の新しいティッシュの形、生産の工程、あるいはその消費のスタイルを生み出すことは、できないでしょうか。例えば、パルプ材に含まれるセルロースを必要としない、なにか別のものを原料にしたティッシュ。周辺の水資源を枯渇させないプランテーションのありかたや、エネルギーや水の消費を大幅に削減できる生産方式。資源をもっと節約した形で消費できる、ティッシュの形状や消費の仕方。ティッシュをめぐる状況や環境をめぐって、なにか新しい形や工夫をすることが、真剣にいま求められているのではないでしょうか。
「どんな危機も、新しい可能性をつくりだす」これは、スイスのカシスIgnazio Cassis外務大臣の言葉(Meine Diplomaten, 2019)ですが、衛生ペーパーをめぐる現在の状況が深刻な危機であるならば、新しい可能性が開かれるのも間近かもしれません。少なくともそう願わずにはいられません。
参考文献・サイト
Eine Saubere Sache? unser Hygienepapier-Konsum und seine Folgen, 2018(2019年1月27日閲覧)
Fachkongress Hygienepapier – Wege zu mehr Nachhaltigkeit, denkhausbremen, 21.2.2018.(2019年1月28日閲覧)
穂鷹知美「スイスの生協の消費者をまきこんだ環境キャンペーン」、環境メールニュース、2010年05月13日
Papiertaschentücher, Hygienepapiere, Umwelt Bundesamt, 07.01.2016
Visual Story zu Hygienepapier: „Eine saubere Sache?“, denkhausbremen, 3.7.2019.
20 Papiertaschentücher im Test. Auf gute Besserung! In: Öko Test, 9.1.2015.
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
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