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フランスの学校が直面する「表現・言論の自由」 〜フランスの理念、風刺画、学校教育、イスラム教徒(2)

2020-11-15 [EntryURL]

前回(「フランスの学校が直面する「表現・言論の自由」 〜フランスの理念、風刺画、学校教育、イスラム教徒(1)」)最後の部分で、早急に検討や対策を要する二つの問題領域のひとつとして、授業の進め方(授業でそのテーマの扱い方)についてみました。今回は、二つ目の問題領域として、それを教える教師たちをめぐる状況と対策について考えるところから、議論を続けていきます。

「表現・言論の自由」の授業をする教師を守るための「表現・言論の自由」の規制

教室の授業が命がけのものであることを目の当たりにし、教師たちの動揺は、これまで以上に大きくなりました。授業が脅威となり、教師たちが、萎縮してしまい、本来したいような授業ができなくなることを避けるためにはどうすればいいのでしょう。

今回の事件は、「発言の自由」を学ぶための授業を行っていたその教師についての批判的な内容の情報やビデオが、怒った生徒の親などによって作成され、ソーシャルメディアで一週間前から拡散されたことが、事件を最悪の事態に急転させるトリガーとなりました。イスラム過激派の間に教師の名が知られるようになり、秋休みを前に帰路の途にあった教師は、子どもの頃に難民としてフランスに移住してきた18歳の少年の犯罪の犠牲となりました。

ドイツでは、ソーシャルメディア上の人々の身を危険にさらしうる発言や偽情報を厳しく取り締まる法律「ソーシャルネットワークにおける法執行の改善に関する法律」が2017年10月から施行されています。これにより、大手ソーシャルメディアプラットフォーム事業者は、問題があると報告される内容についてただちに審査し、ドイツの刑法で明らかに違法のものは、24時間以内それ以外の違法情報についても、7日以内の削除、あるいはドイツのIPアドレスをもつ人が閲覧できないようにアクセスをブロックすることが義務付けられました。義務を事業者が十分に行っていないと認められた場合、最高5000万ユーロまでの過料が科せられます(「フェイクニュース対策としての法律 〜評価が分れるドイツのネットワーク執行法を参考に」)。

一方、フランスでは、このような法律がありません。フランスでは歴史的に表現・言論の自由を尊重すべきという信条が強く、数年前に、ソーシャルメディアの内容が問題となったときも、最終的に最高裁は、表現の自由を侵害してまで、規制することはない、という判断を下しています。しかし、今回の、ショッキングな事件を契機に、なんらかの規制をすべきかがいよいよ本格的に検討されることになりました。最終的に、フランスがどのような判断をするのかはわかりませんが、近い将来、ドイツのように、フランスでもソーシャルメディアでの「表現の自由」に、なんらかの規制ができるかもしれません。

(教師たちの)「表現の自由」を伝導するというミッション遂行のために、(教師たちという表現者を庇護するため)「表現の自由」を規制するというのは、一見、パラドクスのように響きますが、「表現の自由」の「自由」というものの範疇が変わってきているということかもしれません(人々の安全・保護を優位に考え、危険にさらされるような状況では、「自由」は「自由」たり得ないという風に)。

「風刺画の自由」とは

ところで、風刺画という独特の、表現形態も、ソーシャルメディアの全盛の現代において、新たな状況に直面しており、表現・言論の自由という全般の問題とはまた別に、個別に注視すべき問題領域であるように思われます。風刺画に詳しいルツェルン大学教員ガッサー Christian Gasserが、今回の事件を受けて、フランス風刺画を取り囲む現在の状況をわかりやすく説明していたので、これを要約して紹介してみます (Nach Lehrer-Mord)。

「フランスの風刺画は、200年の歴史をもち、イギリスやドイツのそれに比べても、辛辣で、挑発的で、常に限界を超えるような表現を追求し、人々を唖然とさせ、笑わせてきた。このため、反感やトラブルもつきない。すでに19世紀から、風刺画の対象とされ政治家や経済界の重鎮などVIPが、風刺画を訴える訴訟が多くあり、風刺画を規制する法律が多くつくられてきた。

このように常に、時代のエリートや権力者と対峙する緊張感をもった表現形態だが、フランスでは、風刺画自体を抑圧することは、これまでなかった。むしろ、右派も左派も関係なく歴代の大統領は一貫して、風刺画の自由を尊重してきた。

風刺画は、本来、日刊紙や週刊誌などに掲載されており、それを購入する人たちにのみ、理解・消費されていた。つまり、地域や時代の文脈を知る人たちに、それに基づいて認識され、消費されていた。

しかし、ソーシャルメディアのような拡散を容易にするメディアが強い影響力をもつ今日、そのような新聞や地域的なメディアの文脈からは、完全に切り離された形で、風刺画を消費されることが物理的に可能になった。こうなると、まったく本来風刺画が意図していたこととは別の解釈が成り立つことがあり、誤解も生じやすくなる(ガッサーは、このような「文脈」から切り離された風刺画の消費が、近年のフランスの風刺画をめぐる事件や問題が起こったことの大きな理由と考える)」。

確かに、ソーシャルメディア全体の流れとしても、(10年前にインスタグラムが登場して、またたくまに人気を博したことに象徴されるように)ビジュアル偏重の傾向が強くみられます。風刺画のような題材は、それらにメディアに最適なコンテンツとして拡散され、全く違う解釈の危機にさらされる危険が、日常的になったといえます。これに呼応し、風刺画家は、限られた発行数の出版物上に文脈をもって発表されていた時とは全く異なる、壮大な重圧・脅威に常に耐え、怯えなくてはならなくなったともいえます。

風刺画という文脈のある特殊で辛辣なコンテンツを、今後、デジタル媒体になかで、ほかのものと扱っていいのか、そうでないなら、どう取り扱うべきか。今日、「表現・言論の自由」という大枠のテーマとは別個に、デジタル時代の風刺画という表現形態の利用・消費の仕方について、改めて考察・検討すべきなのかもしれません。

教育現場にたびたびみられる対立

ちなみに、今回の事件は、「表現・言論の自由」についての授業内容がきっかけでしたが、イスラム教徒と学校の間で衝突し、物議をかもすことは、これまでもありました。例えば、イスラム教徒の家庭の子供が、生物学や保健体育、水泳の授業を受けるのを、親が妨害したり苦情を言う、というのは、フランスだけでなく、ほかのヨーロッパの国でもよくあります(ちなみに水泳がイスラム教徒に忌避されるのは、水泳が悪いのでなく、通常の水着が、イスラム教の一部にとって肌の露出が多すぎると考えられているためです。このため、夏になると、学校だけでなく公立プールや海水浴場での水着をめぐる議論が、たびたび繰り広げられます。「ヨーロッパの水着最新事情とそれをめぐる議論」)。

フランスに特化されない問題や、「表現の自由」以外の周辺にある問題の例として、スイスの事例をふたつあげてみます。

スイスでも数年前(2016年)、中学生の男子が女性の教員に対して(宗教的な理由として)握手をしなかったことで大きな問題になりました。握手の挨拶が社会に浸透しているスイスでは、学校の授業の後にも、子供たちが教師に対して行うお別れの挨拶として、握手をするのが一般的です(ただし現在は、例外的にコロナの影響で握手の慣行は一切禁止されています)。それを、宗教を理由に拒絶することが可能かという点が、全国的に注目され、議論の的となりました。

手が触れ合うかいなかというある中学の教室の片隅で起きた出来事が、全国のニュースとなり、国民を巻き込む議論になったことに驚きますが、それほど、握手という行為がスイス人の礼儀として重視されていると逆読みすることも可能でしょう。いずれにせよ、最終的に法務大臣が、それはスイスの学校に通う生徒のする態度として容認されないという明確な態度を示し、州も、授業終了後の教師との握手によるあいさつは就学生徒の義務であり、それを拒絶すれば最高5000スイスフランの罰金を科すという判断を下す、というところまでいって、ようやく議論は下火となりました。(「たかがあいさつ、されどあいさつ 〜スイスのあいさつ習慣からみえる社会、人間関係、そして時代」)。

もちろん、学校の方針に納得しなかったり、苦情を言うのは、イスラム教徒だけではありません。例えば、クリスマス前に公立の学校でクリスマスの歌を歌う習慣については、最近、苦情や批判などトラブルが多く、近年は、学校も、クリスマスで歌を歌うべきか、歌うとすればどの曲に問題がないか、といった風に、選曲に、ナーバスになっています。このようなケースで学校への苦情を言う人が、どんな人物なのかについて学校は公表したがらないため、はっきりはわかっていませんが、イスラム教徒などの異教の宗教信仰者だけでなく、政教分離を重視する人や無神論者も含まれているというのが一般的な推測です(「クリスマスソングとモミの木のないクリスマス? 〜クリスマスをめぐるヨーロッパ人の最近の複雑な心理」)。

ちなみに学校のやり方に、苦情を言うこと自体は、問題ではありません。親が子供の受ける教育について、教師に説明してもらうよう要求するのは、今日親の当然の権利とみなされています(そのやり方や限度は、当然、考慮されるべきでしょうが)。

さらに次回へ続きます

前回と今回を使い、フランスの事件を、事件の背景を周辺の分野やほかのテーマと関連させながら考えてみました。次回は、冒頭で触れた、アマルティ・センの視点を手掛かりにしながら、さらに違う視点から、さらに掘り下げてみたいと思います。

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


フランスの学校が直面する「表現・言論の自由」 〜フランスの理念、風刺画、学校教育、イスラム教徒(1)

2020-11-10 [EntryURL]

今年10月17日、フランスのパリ近郊で、授業で「表現の自由」について教える際、イスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を生徒にみせる機会をつくった歴史教科の中学校教員が殺害され、フランスはもちろん世界を震撼させました。

この事件の翌日、ドイツでは、1998年のノーベル経済学賞者のアマルティア・セン Amartja Senが、世界最大のブックフェアとして知られるフランクフルトのブックフェア期間に毎年授与されている「ドイツ出版協会平和賞」を受賞しました。

全く異なるこの二つのニュースが、前後して、10月中旬、ドイツ語圏で報道されたのですが、きいているうちに、次第に、フランスの事件の理解に、意識しないうちにセンの俯瞰的な視点が混ざり、注視する点や捉え方が、(事件について最初に耳にしたころに比べ)、自分の中で変わっていくような感覚を覚えました。

今回から3回にわたり、この体験をもとに、フランスの事件を、フランスの特殊な問題、状況としてとらえるのでなく、事件の背景や関連するテーマを、ほかの国と共通する問題領域に関連させて、少し考察してみたいと思います。事件を、単なる「敵」がいて、それを「打倒する」とか「どう対象すべきか」という言説ですべて吸収できるような、因果関係のはっきりした事件として捉えるのでなく、むしろ、センの鳥瞰的な視点を借りつつ、事件をどう受け止めるか、捉えるかという点に意識を強くもち、気づいたこと、気になったことを記してみます。このような事件をフランスや世界で減らしていくには、なにが必要なのかを、広い視角から見渡すささやかな機会となればと思います。

次回以降の記事:
第二回 フランスの学校が直面する「表現・言論の自由」 〜フランスの理念、風刺画、学校教育、イスラム教徒(2)

第三回「アマルティ・センの「正義」と3人のこどもたちが切り開く未来」
※ 参考文献は次回の記事の下部に一括して掲載します。

「われわれを決して分断することはできない」

これは、この事件直後のマクロン大統領の発言の一部です。(残忍な暴力でわれわれを脅そうとしても)「われわれのなかに打ち破って入ることはできないし、われわれを決して分断させることはできない。」われわれを不安に陥れようとしても、不安になるのはわたしたちではなく、テロリストの方だ。そう、大統領は発言しました。

このコメントは、少し角度をかえて解釈すると、そうでありたいという思いを固く誓っているように聞こえます。このような力強い言葉で、自分たちの方向性を示し、国民の動揺を少しでも沈めたかったのかもしれません。フランスはこれまでも多くの人が、イスラム過激派のテロの犠牲となってきました。そのたびに、人々は不安に陥りそうになりますが、このような誓いのような言葉をかけあうことで、テロリストに屈しないよう気丈でいられるよう努めてきたのだと思います。

未来研究者ホルクスMatthias Horxは、以前、テロをめぐる人の心理と行動について、わかりやすく以下のように解説していました(以下、「ヨーロッパの大都市のリアル 〜テロへの不安と未来への信頼」からの抜粋)。

「人は、不安になると、その時から、負のスパイラルに足を踏み入れてしまう。一度不安になると、注意力がそれだけにそそがれることによって、冷静な判断を欠くようになるためである。

不安は、さらに憎しみを増幅させるものであるという意味でも大きな問題。憎悪とは、よくみると、違う感情にみえても、不安な気持ちが複雑に入り組んでいる状態にすぎず、自分の不安から逃れるために、憎悪に走るという構図をとることになる。(例えば、イスラム過激派のテロへの恐怖から、イスラム教徒全般を敵視する。あるいはそのような敵視への恐怖から、イスラム教徒はフランスの政治体制を憎悪するといった風に この例えは、筆者による補足)。

つまり住民の生活が不安で覆われると、人はまともな判断ができなくなるばかりか、憎悪をたきつけ、社会が分断されるだけで、なんら生産的な問題の解決にはならない。

不安を抱く代わりにもつべきものとして、もつべきは、冷静さ(落ち着き)だろう。テロに対しては、過剰に反応せず冷静さを保ち、賢明に無視すること。それを可能にするために、不安を増幅するだけの(低質な)メディアの消費を避け、社会に蔓延しているヒステリックな気分から距離を置くことも重要だ。」

こうみると、確かに、フランス大統領の言葉もホルクスの説明も、心に響き、言っていることも、とても分別あるものに聞こえます。イスラム過激派は、非イスラム教徒に、イスラム教徒全般を敵視するよう差し向け、イスラム教徒は、それに耐えきれず穏健派から、自分たちの過激思想になびくようにするように仕向けたいのだろうが、そうはさせない。我々はむしろ結束し、テロリストに分断されることはない。

しかしその一方、そう考え、これまでやってきても、テロが繰り返し起きていることに無力さも感じ、それゆえなおさら、むなしさや腹立たしさを今抱いているフランス人も少ないかもしれません。さらに、フランスでもイスラム教徒たちの間では、大統領の言葉がどう響いているでしょう。非イスラム教とのほかのフランス人に対するのと同じように響いているでしょうか。

イスラム教に目に映るフランス

この事件の起こる一週間ほど前、フランスのある調査結果をききました(Longin, Verlorene)。5年前に襲撃を受けた「シャルリー・エブド」の依頼でフランス人1000人を対象に行われたアンケート調査の結果で、今年9月に発表されたものです(回答者のうち500人がフランス在住のイスラム教徒)。

これによると、自分の信仰を、フランス共和国が掲げる価値よりも重視するとした人の割合は、全体では17%であったのに対し、イスラム教徒では40%でした。25歳以下のイスラム教徒に限れば、その割合は、74%にものぼっていました100
また、イスラム教(の教え)が、フランスの共和国の価値と両立しえないと信じている人は、イスラム教徒全体では29%でしたが、若い人では、45%と半数近くになりました。ちなみに、フランス人全体では、その割合が61%とさらに高くなっています(Remix News, French muslims)。

25歳以下のフランスで育ったイスラム教徒の若者たちの7割以上が、フランス共和国の価値よりも、イスラム教の信条の方を重要と考えている。これは、なにを意味しているのでしょう。

これまで、フランスは、イスラム過激主義のテロがあとをたたない状況にあって、もちろん、これに強い問題意識をもち、国家として重視する価値観をフランス住民すべてに浸透させる、とりわけ未来の世代にフランス的な価値を根付かせるために、義務教育の場での教育内容を重視してきました。今回の事件のきっかけとなった授業のテーマ「言論の自由」も、義務教育の授業で扱われるべき重要なテーマでした。しかしこのようなアンケート調査結果をみると、もしも(国の教育機関である)学校と、イスラム教の教えが、対立するような場面があれば、イスラム教徒の学生の過半数以上が、学校に背く、ということを意味するのでしょうか。

そう考えると、早急に検討や対策を要する問題領域として浮き上がるものが、二つある気がします。一つは、授業の進め方(授業でそのテーマの扱い方)。もう一つは、それを教える教師たちをめぐる状況と対策です。

「表現・言論の自由」というテーマの授業の進め方

今回の事件で、改めて、「表現・言論の自由」の質やその扱い方について、注目が集まっています。

さかのぼって5年前の襲撃事件(今回問題になったモハメッドの風刺画を出版した出版社で過激派に襲撃された事件)直後も、どこまで「表現・言論の自由」(以下、「表現の自由」と表記)を認めるべきかという議論がさかんでした。そこでは、フランスが掲げる「表現の自由」の重要性を改めて説く言説だけでなく、信仰者にとって不快な風刺画を掲載することは、どこまで許容されるべきか。宗教の重要な人物を笑い者扱いする表現は、宗教やそれを信じる人への差別を助長しないか、などの争点が注目されていたように記憶しています。

その後、「表現の自由」の授業は、問題の複雑さも理解した上で、入念に教師たちの間で検討・準備され、授業が行われていたはずでした。例えば、今回亡くなった教師は、5年前の襲撃事件のきっかけとなったモハメットの風刺画を利用しましたが、それを見たくないと思った生徒は見なくていいとして、イスラム教徒の生徒に細心の配慮を払っており、イスラム教を貶めるような意図は全くなかった、というのが一般的な評価です。

しかし、教師自身が周到に配慮したつもりでも、今回、予期せぬ最悪の事件が起きてしまいました。よりによって、教師が、イスラム教徒の生徒たちに、自分で見るか、教室を去るかを、生徒の自主的な判断に委ねるようにしたことが、これまでの調べでは、一人の生徒の親にとりわけ気に入らなかったようです。その親は、事件の数日前に、学校に出向いて不満を訴えているのですが、その時の不満とは、モハメッドの風刺画を生徒に見せたこと自体でなく、むしろ、このように生徒たちの自由に委ねたことであったといいます。

つまり、今後(少なくとも当面)教師は、「表現の自由」を教えるために、具体的にどんな資料を使うのが適切か、という物理的資料の問題だけではなく、これまでより広い問題、生徒をとりまく環境(生徒だけでなく生徒の家庭事情)や相互作用(授業のインターアクティブな進め方とそれへの班の)といったことにも、配慮・留意していくことが必要となってきそうです。

次回は

次回は、教師たちをめぐる状況や、フランスの風刺画という独特の文化の現在置かれている状況、またヨーロッパ全般にみられる、「表現の自由」以外の周辺にある、教育現場のほかの対立について、みていきながら、事件の背景についてさらにさぐっていきます。

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


ヨーロッパ都市のモビリティの近未来(2) 〜自転車、モビリティ・プライシング、全国年間定期制度

2020-11-01 [EntryURL]

前回、コロナ危機以降のヨーロッパでみられる自動車交通への依存を減らそうという機運とその背景について、ご報告しました(「ヨーロッパ都市のモビリティの近未来(1) 〜コロナ危機以降のヨーロッパの交通手段の地殻変動」)。

その一方、これまで交通手段として、道路空間の4分の3にあたる部分の利用を認められており、交通手段としても格別の優遇措置を受けていたともいえる自動車ユーザーにとって、このような方針が気に入るはずがなく、新たな対立の火種ともなっています。

しかし大局的にみると、ヨーロッパの主要な都市ではおおむね、反対意見に対峙しても、自転車専用レーンをはじめ、自動車以外のモビリティを奨励する基本方針を変える様子もみられません。なぜでしょう。

今回は、その具体的な理由や根拠についてみていきながら、近い将来の都市のモビリティについて展望してみたいと思います。

地方自治体の理解と自信

まず、少し話をもどして、そもそも、なぜ、今、地方自治体や国が、自転車交通推進の対策にのりだしたのかと考えてみます。端的に言えば、自動車の優先順位を下げ、かわりに自転車を優先する政策が、長期的に望ましいと単に確信しているからだけでなく、現実に今、多くの都市の住民からも支持されるという自負があるからでしょう。

人々の生活に密着する都市自治体のレベルでは、それがわかりやすく読み取れます。ヨーロッパの主要な都市では現在、公平なモビリティや環境負荷の少ない交通政策の路線を掲げる環境重視政党や左派勢力が、市政の中枢を握っているケースが多くなっており、すでに、持続可能な都市の交通政策を進めていくことのお墨付きを、都市住民からかなりの程度、得ているといえます。その一環として、コロナ禍を機に、自転車走行を奨励する対策を強化することに対しても、住民の多数の支持を得られると見込んでいると考えられます。

長期的な自家用車保有率の推移も、直接的な理由と考えられます。都市部では車の保有率は、若者を中心に、年々低下してきました。現在のドイツ語圏の主要な都市の車保有率は、2世帯に1台かそれ以下です。確かに現在は、一時的に自動車利用が増えていますが、ドイツ交通研究所が4月上旬行われたアンケート調査では現在車を保有しない人で、コロナ禍を機に車を買う予定があると答えた人は6%しかいませんでした(DLR, Wie verändert)。つまり中期的な展望(自家用車保有世代が高齢化し、逆に保有しない世代が増えていくという展望)にたつと、自動車保有者が今後増える見込みは少なく、自動車を優遇する政策に変換したところで、支持者層が増える可能性は希薄だといえます(反対に、政策転換すれば、支持者が減る危険の方が大きいかもしれません)。それよりもむしろ車依存を脱却する路線を続行し、そこでの支持層への恩恵を増やすほうが、現在市政で実権をにぎる政党や市長にとっては、政策としても、明らかに有利で妥当な選択でしょう。

今年の秋の、スイス(チューリヒ)とオーストリア(ウィーン)の投票結果をみると、コロナ危機以後も依然、自治体のグリーン路線(自転車交通を推進する政策)が住民に評価されていることがわかります。今年9月末のチューリヒ市の自転車専用レーンの設置を問う住民投票では、70.5%という圧倒的多数の住民が、10年以内に50kmの自転車専用レーンを整備する案に賛成し、可決されました。10月はじめのウィーンの市議会選挙では、これまで社民党と連立を組んで、自転車走行など環境負荷を減らす市の交通政策を積極的に推進してきた緑の党が、前回(2015年)に比べ得票率を2.7%伸ばし、14.6%となりました。このような住民からの(投票結果という)直接的なフィードバックを得ながら、自治体レベルでは、今後も、着実に、車依存を減らす政策をすすめていくと思われます。


Photo by Karo Pernegger/Grüne Wien. : Hasnerstraße


ウィーンでは、コロナ危機直後に、密をさけて歩行者が移動できるように、暫時的な「シェアードストリート」(英語では「シェアードスペース」、ドイツ語では「出会いゾーン Begegnungszone」ともよばれる)が設置されました。

持続可能な都市のモビリティを求めて

また、そもそも、車利用者や、産業界、運輸業界と、市政が対極的な位置に立ち、まったく歩みよりが不可能、という二項対立に現状を把握すること自体が、現実とずれた偏った理解といけるかもしれません。モータリゼーションは、コロナ危機以前から、渋滞や大気汚染、CO2排出量など、様々な問題を生み出し、未解決のままでした。このため今後、モータリゼーションが加速すれば、当然の帰結として、問題が一層深刻になるであろうことは、誰の目にも明らかです。実際に日々、車のハンドルを握っている人なら、それをいっそう強く感じているかもしれません。そう考えると、誰にとっても、モータリゼーションへの依存を減らすことは、最終的な目標であるといえ、現在、対立する問題があっても、中期的・長期的な視点から、同じ目標のもと、互いに譲歩・協働できる余地も少なくないように思われます。

そうとはいえ、もしも、目下、モータリゼーションに依存する以外に、都市のモビリティを確保するのに、選択肢がなければ、現実問題として、車依存体質を変えるのは、難しいでしょう。しかし、今日、それを回避するのに有望とされる具体的な手段がすでにいくつかあります。オーストリアとスイスでは、実際に、これらを導入する具体的な計画案が、今年の夏に発表されました。実際にこれらがどのくらいの有効性を発揮し定着するかはわかりませんが、このように少なくとも現在、モータリゼーション依存への代替案と期待されるものがあること。それ自体が、モータリゼーション依存に容易に揺り戻されないアンカーのひとつになっていると思われます。

スイスのモビリティ・プライシング計画

具体的にみてみましょう。スイスでは、今年7月、モビリティ・プライシングとよばれるものを、いくつかの小都市で試験的に導入することを決めました。モビリティ・プライシングは、時間帯や需要に応じて通行料金や交通料金を変えるというしくみ全般を指し、ダイナミックプライシングという名称でも呼ばれることもあります。現在までに明らかになっている計画によると、都市に入ってくる車と、公共交通を対象にし、時間帯やルートによって異なる通行料金や交通料金を課される予定です。

時間帯やルートによって異なる課金制度を導入することで、車や人が一定の時間の集中するのが緩和されることが期待されています。自転車専用レーンに反対する人の最も大きな理由は、自転車専用レーンをつくることで自動車のレーンが減り、車の交通が混雑することですので、この制度によって自動車の混雑自体が減れば、自動的に、自転車専用レーンの確保もしやすくなるかもしれません。スイスでは、今年末、この試験的な導入に必要な法改正や整備をはじめる計画です。

オーストリアの公共交通全般を対象にした全国年間定期券制度の導入

オーストリアでは、今年6月、政府は、全国共通の公共交通(鉄道だけでなく公共のバスや路面電車を含む)全てに使える安価な年間定期券(通常「1-2-3-Ticket」)を、来年以降導入することが発表されました。一つの州内部のすべての公共交通の1日の利用代金を、1ユーロとし、2州にまたがる移動には2ユーロ、3州以上はすべて3ユーロにするというもので、全国の公共交通が年間1095ユーロで乗車できるようにするというものです。

公共交通をこのようなしくみを導入して全国的に使いやすいしていくことは、車の量や混雑緩和に直接的に関与するものではありませんが、公共交通と自動車の利用がシーソーのような強い相関関係があることを考えると、間接的に、自動車の利用削減につながると期待されます。

ちなみに、この計画は、これまで全く前例がないところから生まれたわけではありません。例えば、ウィーン市では、2012年以降、市の公共交通がすべてに乗ることができる格安年間定期券(365ユーロ。1日1ユーロの計算)を販売してきました。この結果、都市住民の二人に一人が定期券を所持するほど定着し、その後、公共交通を最重要な移動手段とする人が、1割近く増えました。住民を車から公共交通に移行させる重要なインセンティブになったといえます(「公共交通の共通運賃・運行システム 〜市民の二人に一人が市内公共交通の年間定期券をもつウィーンの交通事情」)。オーストリアのいくつかの州でも、同様の地域の公共交通全般を対象にした年間定期券制度がすでに導入されており、これらの市や州レベルの実績から、公共交通が魅力的になると公共交通に乗り換える人が増えるという強い確信が生まれ、今回、全国的な規模の年間定期券制度に踏み切ったといえます。

まだ、州間や国家と州の間に未解決の問題が残っており、全国共通定期券の導入が、予定通り、すぐ来年に実施されるかはわかりませんが(365-Euro-Ticket)、この構想は、今年1月から政権入りしている緑の党が、長くあたためてきた重要なモビリティ構想のひとつでもあり(「保守政党と環境政党がさぐる新たなヨーロッパ・モデル 〜オーストリアの新政権に注目するヨーロッパの現状と心理」)、近い将来、このような定期券が実現される確実はかなり高いと思われます。

ちなみに、スイスでは、すでに、オーストリアの設定ほど安価ではないものの公共交通すべてを対象にする年間定期券制度がすでに導入されているのですが、現在は、全国定期券への批判的な声も少なくありません。定期券があるゆえ、必要以上の移動が増えることになり、結局、環境負荷を増やし、また公共交通が過密になりやすくなるというのがその理由です。このため、公共交通にもモビリティ・プライシング導入することで、現行の全国の公共交通の年間定期制度を撤廃すべきだとする意見もあります(Ledebur, Gerechtigkeit)。

おわりに

スイスとオーストリアで導入が予定されているこれらの案は、持続可能な都市のモビリティ構想の手段として、コロナ禍になる前から政治家や都市交通学者、経済学者などの間で、有望視され、導入が検討されてきたものであり、コロナ危機によってはじめて生まれたものではありません。他方、コロナ禍で、都市のモビリティ問題が(公共交通の利用が減り、車の利用が増えるという)窮地に陥ったことが、実施(スイスでは試験的な実施)が決定されるまでの検討時間を、決定的に短縮させたのは間違いないでしょう。

コロナ禍は、モビリティの優等生だった公共交通を、突如「不安な」(正確には人々を不安に感じさせる)乗り物に変えてしまいました。将来においてもモビリティとしての公共交通の不動の地位を確信し、その拡充に力を入れてきたヨーロッパの都市にとっては、青天の霹靂であったと思います。交通専門家も、公共交通を中心に置いて未来の都市交通を議論してきました(「交通の未来は自動走行のライドシェアそれとも公共交通? 〜これまでの研究結果をくつがえす新たな未来予想図」)。

とはいえ、その後の半年間に、モビリティをめぐってヨーロッパで起きてきたことは目をみはるものがあります。これまで理想としてかかげられてきても、なかなか実現にはこぎつけなかった、自転車の専用レーンや、歩行者専用道路、シェアードストリートなどが、コロナ危機を理由に、次々と日の目を見ることになりました。モビリティ・プライシングや格安の全国年間定期券も、未来の物語ではなく、突如、現実味を帯びてきました。

ヨーロッパの都市は、コロナ危機をきっかけに、新たな対応や臨時の実践を積み重ねながら、これから、モビリティの質を飛躍的に変容させていくのかもしれません。

参考文献

穂鷹知美「「密」回避を目的とするヨーロッパ都市での暫定的なシェアード・ストリートの設定」『ソトノバ 』2020年8月11日

Carsten, Stefan, Mobilität nach Corona: Sozialer, sauberer, sicherer, Zukunftsinstitut. (2020年9月8日閲覧)

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Fenazzi, Sonia, (翻訳)、憲法改正でスイスの自転車利用者は増えるか、シスインフォ、2018/08/28 09:00

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Minor, Liliane, Kanton investiert Rekordbetrag in Velowege. 72 Millionen Franken In Wallisellen, Wangen-Brüttisellen und Dietlikon erhalten Velopendler zwei komfortable neue Routen. Das Ziel: Der Veloanteil am Verkehr im Glattal soll markant steigen. In; Tages-Anzeiger, 9.9.2020

Nahverkehr in der Corona-Krise Verkehrswende auf der Kippe?, Tagesschau.de, Stand: 03.06.2020 11:41 Uhr

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Petro; Lorenz, Parkplätze abbauen und Solarzellen montieren. Miliarden für den Klimaschutz. Die Stadt Zürich stellt mögliche Rezepte für eine neutrale CO2-Bilanz vor. Laut einem Bericht muss sie sehr viel Geld investieren, um dieses Ziel zu erreichen. In: Tages-Anzeiger, 2.10.2020, S.17, 19.

Stadler, Helmut, Die Schweiz schaltet einen Gang höher. Der Veloboom hat die Städte erfasst - jetzt soll auch der Bund mehr Geld zur Verfügung stellen. In: NZZ, 19.9.2020, S.17.

Die Stadt stellt sich klar hinter das neue Fussballstadion, der Kanton wird mit über 200 Millionen Franken mehr belastet – darüber hat Zürich abgestimmt. In: NZZ, 28.09.2020, 07.51 Uhr

Weik, Regula, Umweltfreisinnige fordern: St. Galler Städte sollen Mobility Pricing testen. In: Tagblatt, 13.07.2020, 09.55 Uhr

Weißenborn, Stefan, “Wir stellen jetzt Flächengerechtigkeit her”, Spiegel, 27.05.2020, 20.41 Uhr

Wolf, Jörg, Auf dem Land ohne Auto – Wie geht das?, Das Erste, W wie Wissen, Stand: 08.10.2020 21:45 Uhr

Wolf, Jörg, Städte fordern: Weniger Autos, mehr Platz, Das Erste, W wie wissen, Stand: 10.10.2020 17:34 Uhr

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


ヨーロッパ都市のモビリティの近未来(1) 〜コロナ危機以降のヨーロッパの交通手段の地殻変動

2020-10-30 [EntryURL]

コロナ危機は、世界中の都市の「高密度」や「にぎわい」を、一夜にして「活気」や「魅力」ではなく「危険」や「もろさ」に読み替え、都市の行動規範を大きく変容させました。移動という行動も例外ではなく、移動自体が厳しく制限されたり、制限が緩和されても、移動中の「ソーシャルディスタンス」(1.5メートルから2メートルお互いの距離をとること)の確保やマスクの着用など、感染防止を心がける規範遵守が、不可避となりました。

ヨーロッパの都市でも、モビリティ(本稿では、「モビリティ」を空間的な移動や移動手段という意味でのみ使っていきます)への規制が強くかかるようになりましたが、その反面、生じた不便を緩和するための対策もまた、3月中旬のロックダウン直後から徐々にでてきました。例えば、移動中の「密」を最小限に抑える目的で、歩行者や自転車、車などすべての移動者が道路全体を使って移動・横断できるようにする「シェアードストリート」(英語では「シェアードスペース」、ドイツ語では「出会いゾーン」とも呼ばれる)の暫時的な設置や(「新たな「日常」を模索するヨーロッパのコロナ対策(1) 〜各地で評判の手法の紹介」)、歩行者専用道路を増やすといった措置が、ヨーロッパの各地の都市でみられます。

今回と次回の記事(「ヨーロッパ都市のモビリティの近未来(2) 〜自転車、モビリティ・プライシング、全国年間定期制度」)では、コロナ危機以降半年間のこのようなヨーロッパの都市のモビリティ(交通手段)の変化を、ふりかえってまとめてみます。これまで起きてきたこと、近い将来の計画、またそれらにみられる問題や新たな方針を観察しながら、ヨーロッパの都市のモビリティ体系が向かっている方向も、かいまみられたらと思います。

ロックダウンで起こったモリビティの地殻変動

ヨーロッパでは広い社会的合意を背景に、高密度に人が集住する都市部では、公共交通がとくに発達してきました(「都市と地方の間で広がるモビリティ格差 〜ヨーロッパのモビリティ理念と現実」)。環境意識の高まりや、都市の人口集中化を背景に、公共交通の利用は、昨年まで年々増加しており、都市住民の3割から4割の人が、公共交通を最重要の交通手段としてあげています。


欧州 13都市のモーダルシェア(主要な利用交通手段の分担率)
出典: Kodukula, Santhosh; Rudolph, Frederic; Jansen, Ulrich; Amon, Eva (2018): Living. Moving. Breathing. Wuppertal: Wuppertal Institute, p.13.


しかし、コロナ禍で、このような状況は暗転します。スイスやドイツでは3月後半の全国公共交通利用者数はそれまでの1割まで減り、その後は徐々に増えてきているものの、スイスでは公立学校の通学が再開した6月下旬でもまだ7割ほどにしか回復していません(Meier, Corona)。

とはいえ、移動しないことは不可能です。このため、ロックダウンを境に、公共交通に代行する形で、とりわけ二つの移動手段の利用が、顕著に増えていきました。自動車と自転車です。

ちなみに、ドイツ交通研究所(DLR)が4月上旬、交通手段を使うことに関する気持ちの調査(無作為抽出、18歳から82歳までの1000人を対象)結果をみると、交通手段の変化は、人々の心理をよく反映していることがわかります。この調査で公共交通を利用することに気持ちがよくない、明らかによくないと回答した人は、合わせて6割以上で(近距離63%、長距離鉄道61%)、車(5%)や自転車(14%)に比べ、公共交通への不快感が非常に強いことがわかります。逆に、気持ちがいい、明らかに気持ちがいいと感じる交通手段にあげられたのは、車が最も多く19%で、自転車が9%、公共交通は近距離交通が1%、長距離0%でした(DLR, Wie verändert)。

岐路にたつ自動車交通

コロナ危機以降自動車の利用が増えてきたとはいえ、自動車交通が増える動きに対して、現在、これまで以上に、ヨーロッパでは、疑問視・問題視する声が大きくなってきています(以下、自動車とは、公共交通手段として使われるものを除いた自動車を指しています)。

自動車は、一般に普及する1950年代以降、優れた移動手段として重宝され、都市計画においても、自動車交通をスムーズに遂行させることに重きが置かれてきました。この結果、車の利用はますます増えましたが、他方、いくら計画的に道路を拡張・強化しても、渋滞はなくならず、車にまつわる環境問題全般も解決ではなくより深刻になるという、悪循環からぬけだすことはできませんでした。

ドイツの交通計画専門家フップファーChristoph Hupfer は、このようなモータリゼーションの現象を、空間の効率的な利用という観点からも問題視します。フップファーによると、自動車は、現在、ドイツの道路空間の4分の3という、大きな部分を占めており、交通手段としてみると、公共交通(バスや電車)や、自転車に比べ、スペースをとりすぎているのだといいます。それを具体的に示したのが以下の写真です。同じ人数を輸送するのに、公共交通や自転車に比べ、自動車は、道路空間を占めるスペースが非常に大きいのがわかります。


フップファーは、車がスペースをとりすぎるだけでなく、移動に使われず止まっている時間が非常に長いことも、問題とします。車が、駐車や停車などで、止まっている時間は、平均すると実に1日24時間のうち23時間にもなるためです。

一方、近年、都市への移住者がとみに増え、中心部の居住やレジャーへの要望が高まっています。つまり、都市中心部の空間は、ますます需要が高まっている貴重なスペースです。

これらを総合して考えると、交通手段としてスペースをとりすぎて、しかも動いているのではなく停止している時間が多すぎる、「非効率」な移動手段である車を極力減らし、都心部の貴重な(現在車専用の道路や駐車スペースとなっている)スペースを、緑地や、座れる場所(カフェの椅子やベンチなど)といったスペースに変更し、多くの人が長い時間利用できる公共空間として利用する方が、都市が魅力的になるとフップファーは考えます(Wolf, Weniger Autos)。

車交通に依存するのは無理だ、車に代わる別の移動手段を柔軟に増やすことで、最終的に、自動車と車道を交通の軸にする現在の都市空間の構造をつくりかえる時期に、現在きているのではないか。こう考えているのはフップファーだけではありません。これまでの車優位の交通のあり方を見直すムードが、現在、ヨーロッパでは都市部を中心に、高まっています。

コロナ危機で、住民の間で自転車利用の需要が大きくなっているのは、このような方向への強い追い風となっています。ロックダウン以降、雨後のたけのこのように、ヨーロッパ各地で暫時的な自転車専用レーンが設置されてきましたし(「コロナ危機を契機に登場したポップアップ自転車専用レーン 〜自転車人気を追い風に「自転車都市」に転換なるか?」)、暫時的な措置に止まらず、今後本格的に、ヨーロッパ各地で、自転車交通が、自動車交通に一部代わる手段として、後押しされていくシナリオが、徐々にみえてきました。

例えば、ドイツでは2021年から、毎年国が、自転車専用レーンの整備に、2500万ユーロを投資することになりました。最初の年である2021年だけは、倍額の5000万ユーロが投資される予定です(Wolf, Auf dem Land)。ちなみに、現在ドイツでは、自転車専用レーンは全国トータルで100kmにもならず、高速道路が12000kmあるのに比べると、非常に貧弱な状態です。

道路スペースをめぐる新たな対立

ただし、都市の道路に新たに自転車専用レーンをつくるということは、車両通行用の道路の一部や駐車スペースを削ることを意味します。このため、自転車専用レーンができることに、車利用者からの反発は避けられず、限られた道路のスペースをめぐり対立の火種はつきません。

ベルリンの暫時的な自転車専用レーンがつくられて1ヶ月半たった5月上旬に、ベルリン在住の1661人を対象にした調査でも、そのことがはっきり読み取れます(IASS, Reaktionen, S.11.)。この調査によると、暫時的自転車レーンに賛成する人の割合は、自転車を主要なモビリティとする人の間では圧倒的に多く、94%であったのに対し、車を主要なモビリティ手段とする人のなかで賛成する人の割合は15%にとどまっていました(ちなみに、公共交通利用者の79%、歩行者の75%も賛成しています)。

ドイツでは、対立がすでに訴訟にも発展しています。今年6月、ベルリンの暫時的自転車専用レーンについて行政裁判所に不服の申し立てがだされ、今年9月上旬に判決が下されています。判決では、極右政党AfD議員の訴えを認め、ベルリンにある8箇所の暫時的自転車専用レーンが、合法と認めるのに足りる十分な前提条件を満たしていないとされ、それらの自転車専用レーンの撤去が要請されました。

住民の間で車に依存しない交通政策への支持が大きい

このように対立が一方で先鋭化しているものの、ベルリンの暫時的自転車専用レーンをめぐる判決がでたすぐあとに市が控訴の意向を示したように、ヨーロッパの主要な都市ではおおむね、反対意見に対峙しても、自転車専用レーンをはじめ、自動車以外のモビリティを奨励する基本方針を変える気配は、現在、全くといっていいほどみられません。

これは、いくつかの理由・根拠があるためで、自動車に依存しないでもする代替案が、現実味が帯びてきたためだと考えられます。どんな理由があり、どんな代替案が考えられているのか、次回の記事で、具体的にみていきたいと思います。
※ 参考文献は、次回の記事のあとに一括して掲載します。

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
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ゴミがでない通販、どこでも返却できる地域共通の持ち帰り用容器 〜「リユース」をテコにしたゴミ削減のしくみ

2020-10-20 [EntryURL]

ウィズ・コロナ時代に新たに問われるゴミ対策

コロナ危機で、人々が家にこもりがちになったことで、世界各地で、家庭からでるゴミの量が急増しています。店頭で購入せずオンラインで購入する機会が増えたこと、また、外食に代わって食品のテイクアウトが増えたことが、その主要な原因とされますが、新たなゴミ削減の対策を講じなければウィズ・コロナの時代、ゴミは増えつづけてしまいます。

今回は、「リユース(再利用)」の効果を最大限活かして、ゴミを減らそうとするヨーロッパの最新の動きについて、レポートします。具体的には、段ボールを使わない配達システムと、持ち帰り用の容器(食器)のリユースのしくみについてみていきます。今年2月にも、「ゴミを減らす」ことをビジネスにとりいれたヨーロッパの動きを連載しましたが、あれから半年余りをへて、ヨーロッパでは、さらにどんな展開となっているのか、最新事情をお楽しみください。

※「ゴミを減らす」をビジネスにするヨーロッパ事情を伝える(今年2月の)連載記事はこちら

(1) 〜食品業界の新たな常識と、そこから生まれるセカンドハンド食品の流通網

(2) 〜ゴミをださないしくみに誘導されて人々が動き出す

ポストで返却可能な包装資材 Kickbag

クリック一つでオーダーし、自宅で受け取る通販市場は、コロナ危機下、飛躍的に拡大しました。その結果、包装に使われていた資材(段ボールの外箱などの梱包材や緩衝材など)で、使用後破棄されるものも急増しました。

正確に言えば、段ボールをはじめとする紙類は、ゴミではなく、リサイクルされるケースが多くなってきましたが、一度の配送に使っただけで、包装・梱包材を、すぐに古紙としてリサイクルにまわすのも、もったいない。もっと効率的に、再利用するルートを作れないか。そんな課題をコロナ危機下、通販業社自身が自らに課し、エレガントに解決する画期的なアイデアをうみだされました。

それは、スイス東部、ザンクト・ガレンで、オンラインショップ「Stadtlandkind」を経営するツィンクTobias Zinggと、オンラインショップ「Stoff&so」を経営するフーバーMariella Huber によるもので、配達過程でゴミが全くでない、新しい包装の形と流通のしくみです。実物は、ぜひ「Kickgag」ホームページ(本記事のあとの「参考文献」にリンクがあります)の画像やビデオをご覧いただきたいのですが、以下、その使いかたとしくみについて簡単に説明します。

まず、通販元は、配送の際に、独特の包装材を利用します。一見なんの変哲もない細長い袋にみえますが、外面に長い、面ファースナー(マジックテープ)がついており、なかに商品を入れたあと、面ファースナーでふたを簡単にとじることができます。とじたふたに当たる部分に、宛先をはることができます。袋の素材は、ペットボトルやプラスチックなどのリサイクル材料を50%使用したものです。

顧客のもとに商品が届いたら、顧客は、商品を取り出したあとの包装袋を、折り線がついているのに従って、小さく折りたたみます(袋にはいくつか大きさがありますが、3回から4回で簡単に折りたたみが完了します)。ここでも、面ファースナーがあるため、ここでもテープは不要です。最後に、折りたたんだ一番上の部分に、(事前にオンラインショップからもらってある)返送用のアドレスシールを所定の場所に貼れば、家で顧客が行うリユースのための作業はすべて終了です。

あとは、それぞれの顧客が、この折りたたんで小さくなった袋を、最寄りの郵便ポストに投函すればおしまいです。折りたたむと普通の郵便のポストとほぼ同じ大きさになるため、手紙と同じように、ポストに投函することができます。郵便局のあいている時間にいって、窓口でそれを引き渡すような面倒なことはいりません。

郵便局は、この空になった袋を、手紙のような通常の郵便物と同様に、宛先にある発送元に届けます(返却の郵送代は無料ではなく、郵送代をだれからどのように回収するかは、郵便局とオンラインショップがあらかじめ合意されています)。

袋を郵便で受け取った発送元は、別の顧客向けにまた、袋の宛名をかえて、袋を再び利用します。現在使われている包装袋は、約30回ほど、利用することができるといいます。

このようなリユース可能な包装材による配達が可能になれば、オンラインショッピングの環境負荷を大幅に減少させるだけでなく、顧客の手間ひまも、郵便ポストにもっていくだけと、最小限になります。段ボールのように、つぶして、ひもでしばってリサイクル場所に持っていく手間ひまが不要となり、家庭のゴミも余計にでません。


スイスの郵便ポストの例

スイスポストとの共同開発

このアイデアを考案した二人は、早速、スイスポスト(スイスの国営郵便事業会社)に相談にいきました。いくら環境やビジネスモデル、またエンドユーザーにも使いやすいものであっても、既存の流通網にうまく入ることができなければ、利用価値がないに等しいためです。

スイスポストのほうでも、これまで、独自に、環境負荷の少ない輸送方法を求めていたため、今回の相談を受けて、すぐに強い関心を示し、袋の開発や試験的な運用計画に全面的に協力することになりました。

現在、6ヶ月の試験期間が早速はじまっており、考案者が所属するオンラインショップが、実際にこの袋を使っての配送をおこなっています。

最終的にスイスポストがこのしくみを採用するかは、実験期間である半年を経過したあとに決まる予定ですが、すでに、非常に大きな反響があるようです。

まず、この二つのショップの顧客の間では、大変このシステムは好評で、ほとんどの顧客が、袋の返却に協力しているとのことです。また、この袋の構想が生まれたあと、袋と同名の会社「Kickbag」も2020年7月に設立されたのですが、その後、この袋について国内外から多くの問い合わせが多くよせられているとのことです。

近い将来、このような新しい包装材と配送のしくみが(少なくとも袋包装で中身が壊れる心配がない布製品などにおいて)、急速に普及するかもしれません。

使い捨てプラスチック製品の禁止が間近にせまるヨーロッパ

次の話題は、食事の容器についてです。ところで、2018年10月末、欧州議会は、使い捨てプラスチック製品の使用を禁止する法案を571対53の賛成多数で可決し、2019年5月には、EU理事会が、海洋汚染などの原因となるプラスチック製品の利用を減らすため、2年をめどに使い捨てプラスチック製品の流通を禁止する国内法を整備することが求める法案を採決しました。

これを受けて、ドイツでは、今年、9月17日、使い捨てプラスチック容器等の利用を禁止する政令案を可決されました。今後、連邦参議院(上院)での審議を経て施行される予定ですが、来年2021年の7月3日以降、持ち帰り(テイクアウト)用途で今日一般的に普及している、使い捨てのプラスチックの容器(皿、コップなど)とカトラリー(フォーク、ナイフ、スプーん、箸)の生産、流通、使用が禁止されることになります。


販売が禁止されるものの例
出典: Die Bundesregierung, Einweg-Plastik wird verboten

リサイクルではなくリユース

このように、来年夏以降、EU では、世界的にも先進的で大胆な使い捨てプラスチック抑制政策がはじまる予定ですが、その対策としては、プラスチック製品を、木製のカトラリーや紙製のストローなどに代替したり、あるいはリサイクルできるものにするという発想にとどまらず、リユース型をもっと増やすのが理想的でしょう。

そして、このような「理想」は、とどかない理想であるだけでなく、数年前からすでに、現実になってきました。「リカップReCup」(飲み物)や「リサークルreCIRCLE」(食べ物の容器)のしくみがそれです。

これについては、これまでも記事で何度か、紹介してきましたが(「食事を持ち帰りにしてもゴミはゼロ 〜スイス全国で始まったテイクアウェイ容器の返却・再利用システム」、「「ゴミを減らす」をビジネスにするヨーロッパの最新事情(2) 〜ゴミをださないしくみに誘導されて人々が動き出す」、「テイクアウトでも使い捨てないカップ 〜ドイツにおける地域ぐるみの新しいごみ削減対策」」)、今回、半年ぶりに、再び調査してみると、これらの動きに、さらに新しい展開がみられました。来年以降は、上記のような使い捨てプラスチック禁止の流れをうけて、使い捨てプラスチックの代替物として、これらが、いっきに主流のひとつのトレンドになっていくのかもしれません。目が離せないこのようなヨーロッパの、容器のリユースのしくみについて、今回は、スイスが本社のスタートアップ会社「リサークルreCIRCLE」を例にとって、最新事情をお伝えします。

リユースを定着させるキーは、利用のしやすさ

「リサークル」は、テイクアウェイ容器の再利用システムを社会に根付かせることを目的に2017年に起業された新しい会社です。

リユースできるいわゆるリターナブル(返却可能)な容器素材はいくらでもこれまでもありましたし、自分で持ち歩くコーヒーカップも近年、ずいぶん店頭で売られるようになりました。

しかし、それでも食器のリユースは、これまで、お持ち帰りの食事文化に浸透してきませんでした。なぜでしょう。「リサークル」は、この理由を追求し、その問題を最小限にするような形やしくみを追求しました。

例えば、ある人が、地域の食品店Aからランチ食を購入するとします。そこで提供される容器が、使い捨て容器とリターナブル(つまりリユースできるもの)から選べるとしたら、その人はどちらを選ぶでしょう。ゴミを減らすためにリターナブルしたほうがいいだろうと思う人は少なくないでしょう。しかしそう考える反面、食後に食器をいつ返せるか、とちょっと考え、それが時間的に難しそう・面倒そうだと思ったら、それを断念して、使い捨て容器を選択してしまう人がどうしても多くなってしまうのではないでしょうか。

しかしもしも、リターナブルの容器を返すのが、面倒でなく、しかも割引もあるなど経済的に魅力があるとすればどうでしょう。リターナブル容器の利用にまわる人が一転して増えるかもしれません。

このように、人々がリターナブルのものを率先して使いたくなるような、しくみづくりが、リターナブルの容器を定着させるのに、とりわけ肝心だ、とリサークル社は考えました。

例えば、(自分が購入した店舗に限らず)オフィスの近いカフェBや駅の近くなどスーパーC店など、返却したいと思った時の、そこからかなり近い便利な場所で返却できるとしたらどうでしょう。帰路や、ちょっとした寄り道だけで返却が可能なら、リターナブル容器を使ってくれる人が増えるのではないか。容器は結構かさばるので、返却することで、自分のゴミ箱の中身が増えないのも魅力です。これは、ゴミ袋が有料化しているスイスでは、経済的でもあります。さらに店が、リターナブルの容器を選択する人に若干割引するようになれば、利用者は一層増えるかもしれません。

リサークル社は、このようにリターナブルの容器を使うことの従来の敷居の高さを検証し、むしろ使うことで魅力が増すよう構想を練りました。そして、たどりついたのが、持ち帰りに使われる容器を限られた店舗でなく、地域一帯広域で共通するものにし、共通の容器のデポジットを食品購入時に顧客に支払ってもらい、返却の時に返金してもらうという構想でした。


リサークル社の持ち帰り用容器
出典: Coop

現在までの順調な展開

このしくみは、提携店は多ければ多いほど、使いやすくなります。逆にいうと、そこがネックでうまく機能しないことも考えられますが、さいわい、スイスでは、このしくみが、順調に軌道にのりつつあるようにみえます。2020年9月上旬現在、スイスでは、大手二大スーパーを含めた1300の飲食店舗がリサークル社の共通の容器を使うパートナーとなっており、リサークル社の推定では、毎日約5万食分の容器が、これらの容器を利用して提供されています(Pfister, Coop.)。

9月半ばからは、チューリヒ工科大学の学食やカフェテリアも提携パートナーに加わり、キャンパスで提供されるほぼすべての食事が、リサークル社の容器を用いてテイクアウェイできることになりました。ちなみに、大学の昨年の調査ではキャンパスで提供されている食事の約5%が、持ち帰りされています(ETH Zürich, Verpackungen)。

リサークル社は、世界最初に、食べ物の容器の広域(地域)のリターナブルの仕組みを構築しただけでなく、その後、ほかの国でも提携パートナーをみつけ、2019年以降、ドイツ、ベルギー、アイルランド、フランスでも同様のサービスがスタートしています。

このようなリターナブルの容器に鼓舞され、2019年2月からは、すべての容器をリサイクル容器にする世界初の食品デリバリー会社(Holy Bowly)もドイツで誕生しました。

リターナブルの容器について

現在リサークル社が扱っている容器は、現在5種類あります。400 ml、600ml、1200ml、1000ml(真ん中に仕切りがあるタイプ)、900mlで、パートナーである店舗は、このなかから、それぞれ自分の店に合うものを選ぶことができます。

すべて、きっちり蓋がついており、蓋は液体もこぼれないようきっちりしまるようになっており、冷凍も電子レンジも、洗浄機も利用が可能です(顧客は、洗う必要はなく、提携パートナー先が一括して洗います)。容器は通常、150から200回の使用ができるとされます。ちなみに、テイクアウェイの人気料理のひとつピザ用の容器についても現在、検討中だといいます。

おわりに

今回とりあげたふたつのリユースの事例は、単に環境負荷を減らすという発想ではなく、社会や地域全体で、幅広くつかってもらうために使いやすさに強くこだわっているのが共通する特徴でした。

そのようなしくみを全くゼロのところから構築するのは、非常に大変です。しかし、リユースは、リサイクルよりもずっと環境負荷も作業工程も少なく、利用できる状態にもどすことができるため、環境対策として、ずっとすぐれています。これから「リユース」を重視した画期的な発想がますます増え、それらが社会で定着していくことが期待されます。

参考文献

・包装資材のリユースについて(Kickbag)
Kickbag ホームページ

Baettig, Livia, Mehrweg-Versandtasche- Der «Kickbag» soll die Karton-Flut bändigen, SRF, News, Samstag, 29.08.2020, 14:29 Uhr
Sieber, Cynthia, Neue umweltschonende Verpackungslösung, St. Galler Nachrichten, 09.09.2020 05:05

Scherrer, Alexandra, Notime und Kickbag – Bewegung in der Zustelllogistik, blog.carpathia.ch, 2. September 2020

PPS Pressedienst, Nachhaltiges Online-Shoppen ohne Verpackungsmüll, 18.08.2020

・容器のリユースについて(reCIRCLE)
ETH Zürich, Verpackungen und Take-away- Geschirr in der ETH-GastronomieBestandsaufnahme und Handlungsempfehlungen zur Reduktion der Umweltbelastungen, Oktober 2019

Hirsbrunner, Andreas, Vier von neun setzen voll auf ökologisches Mehrweg-Geschirr. In: bz Basellandschaftliche Zeitung, 29.5.2019.

Keller, Michael, Von Wegwerf zu Mehrweg, ETH Zürich, 08.09.2020

Morat, Jeannette, reCIRCLE – Mehrwegsystem für Takeaway-Betriebe. In; Stephanie Thiel • Elisabeth Thomé-Kozmiensky • Daniel Goldmann (Hrsg.): Recycling und Rohstoffe – Band 11, Neuruppin 2018, S.79-94.

Pfister, Franziska, Coop verbrannt Plastikbesteck. In Supermärkte und Take-away gibt`s ab sofort nr noch Mehrweggabeln aus Holz. Sie sind nicht gratis. In: NZZ am Sonntag, 13.9.2020, S.25.reCIRCLE(ドイツ)

reCIRCLE(スイス)

reCIRCLE: Takeaway und Lieferung in nachhaltigen Mehrweg-Behältnissen für die Gastronomie, 08.07.2020

Struß, Björn, Mehrwegsystem gegen Plastikmüll, Weser Kurier, 23.09.2020

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
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ヨーロッパの観光大国の行方 〜スペインの場合

2020-10-10 [EntryURL]

これからの時代の観光と観光地を考える

3回の連載記事最後の今回は、視座をぐっとズームアウトし、国というマクロの視座で、観光大国スペインについて考えてみます(これまでの記事は「「新しい日常」下のヨーロッパの観光業界 〜明暗がはっきり分かれたスイスの夏」「過疎化がもたらした地域再生のチャンス 〜「再自然化」との両立を目指すルーマニアのエコツーリズム」)。

今年の夏季休暇シーズンはじめのころにまとめた、レポートの結語で、わたしは、こう書きました(「コロナ危機を転機に観光が変わる? 〜ヨーロッパのコロナ危機と観光(2)」)。

「これまでのやり方に全面ストップがかかってしまった観光業界にとって、立ち止まって、改めて、地域や個人のそれぞれの資源や能力を点検し、これからにいかせるもの、持続可能なものを吟味しながら、ウィズ・コロナの時期やその後の時代の戦略を長期的に構想していく、よい機会となるかもしれません」

こう言い放っていたわたし自身が、最終回となる今回では、スペインを例にして、じゃあ、観光や観光地が具体的にどう変わることができるのか、可能性があるのか、ということを、少し掘り下げてさぐってみたいと思います。

スペインの今

スペインの近況についてまずおさえておきます。スペインは、コロナウィルスの感染者が多く、ヨーロッパでは、イタリアとならび、おおくの犠牲者や経済的な打撃を受けました。しかしその後到来したバカンスシーズンでも、再び、コロナウィルスに悩まされました。

ヨーロッパでもとりわけ観光に依拠する経済構造をもつスペインにとって(昨年まで年間スペインをおとずれる観光客数は8000万人で、2018年のGDP全体で観光関連産業が占める割合は14.6%)、この夏シェンゲン協定内のヨーロッパの国との国境が再び開かれたことで、観光客を呼び込み、コロナ危機の打撃をなんとか緩和したいと考えていました(「ドイツ人の今夏の休暇予定が気になる観光業界 〜ヨーロッパのコロナ危機と観光(1)」)。

しかし、全国的なロックダウンが解除されたあとも、7月上旬には北西部ガリシア州と北東部カタルーニャ州の一部地域で再びロックダウンとなるなど、感染拡大の危険がなかなかコントロールできない状況が続き、8月には、とうとう1日の感染確認者数が3000人と、4月と同様のレベルになってしまいました。

これを受けて、ヨーロッパの国々は、8月中旬からは、スペインを感染危険の高い国に指定する措置にでました。これによって、スペインに観光客は行くことはできるものの、スペインから帰国したのち、自国で10日から14日間の自宅隔離をすることが義務とされました。この決定は、大きな足かせとなり、スペインへの人の足が大幅に遠のくことになりました。

観光客の足が遠のいても、観光以外の産業が強い国であれば、ダメージを負った観光業の救済に、ある程度、まわることもできるでしょう。しかし、スペインの状況は残念ながらその限りではありません。ベーシックインカム(最低所得保障であるベーシックインカムについては「ベーシックインカム 〜ヨーロッパ最大のドラッグストア創業者が構想する未来」。ただし今回のスペインの場合は、低収入の生活困窮者のみに限定したもの)を導入するなど、左派の政府は、人々の救済政策を講じていますが、主力産業である観光が稼働できない限り、人々の強い不安は、なくなりそうにありません。

観光への依存が問題?

しかし、今回は、現在の深刻なスペインの状況についてとうとうと述べるのではなく、もっぱら未来に目を向け、なにを変えていくべきか、何が変えられるのかについて考えてみます。

しばらく、観光業界の低調が余儀なくなると想定される現在、スペインに残された道はなんでしょうか。

手っ取り早く、簡単に考えると、ほかの産業を育て、観光そのものへの依存度を低くすることでしょう。観光に依存度が低くなれば、もしも、(数年前から深刻な問題とされていた)オーバーツーリズムの危険が再び到来した場合も、思い切った規制を実施することが、選択肢としてできます。逆に、ほかに産業がなければ、オーバーツーリズムになっても観光業の拡大にブレーキをかけることは、難しくなるでしょう。

しかし、言うは易し、行うは難し、と言われてしまうとそれまでで、実際、スペインの人もそれが、わかっていれば苦労しない、といいたいところでしょう。

なので、質問の矛先をここで、若干、変えて考えてみます。そもそも、なぜ観光にこれほど依存が強い社会になってしまったのでしょう。ほかに主要な産業があれば、観光だけに頼る必然はないはずだから、ほかにあまり主要な産業がなかったということなのでしょうか。

卵と鶏、どちらが先だったかの議論のようではっきり理由はわかりませんが、明確なのは、観光業界以外に仕事があまりないという事実です。ヨーロッパの諸国で常に、最も高い失業率で、2020年6月のデータでは、15.6%にものぼります。これは、EU全体の平均(7。1%)の2倍以上です。特に若者の失業が深刻で、二人に一人は失業しており、仕事のある人もよりよい就労条件を求めて、ヨーロッパ諸国に移住する人が多い国でもあります。


EUで失業率の比較
最も高いのはスペイン(15.6%)で、EU全体の平均(7。1%)の2倍以上になっている(2020年6月の状況)
出典: https://de.statista.com/statistik/daten/studie/160142/umfrage/arbeitslosenquote-in-den-eu-laendern/


学歴が就職に直結していない

だからといって、決して、国民の教育程度が全般に低いというわけではありません。2018年の、25歳から34歳のスペイン人の大学卒業者は、44%で、ほかのOECD諸国やEU諸国と同様にかなり高い割合になっています(OECD, 2019)つまり、スペインの大学卒業者の割合は低くなく、むしろ高いくらいです。他方、スペインの大学卒業生の失業率は、これまでも15%で全体の失業率と変わらないか、若干、高いほどです。

つまり、高学歴の人が比較的多いにも関わらず、就業につながっていないという現状です。

高学歴でも就職ができない。このジレンマについて、スペイン通のドイツ語圏の人たちが、理由としてあげるものは、一致してます。

それは、スペインの職業教育制度が不十分であるというものです。実業を学べる場所や職業教育制度が充実し、かつ比較的高い価値が置かれているドイツ語圏に比べると、スペインでは、若年層の教育課程で職業教育が軽視される傾向が強く、体系的な商業教育制度も整っていないといいます(ドイツ語圏でもとりわけ職業教育制度が充実しているスイスの職業教育体系については「スイスの職業教育(1) 〜中卒ではじまり大学に続く一貫した職業教育体系」)。

実学より理論を学ぶ傾向は、教育全般にみられ、高等教育で実学を学んで社会にでる人の割合も、ドイツ語圏に比べ少なくなっています。これらのことが折り重なりあい、高学歴は必ずしも就業率を高めることに直接つながっておらず、特に、若い人で、高い失業率になっている。そう、少なくとも、ドイツ語圏では、解釈されるのが定番です。

そして、このような意見にそってでてくる結論は、同じです。観光に依拠しない経済構造にするためには、教育制度を根幹から変えていかなくてはらない、ということになります。

観光にプラスアルファーをそえてつなぐ道

このような主張に対し、真っ向から異論を唱える人は少ないかもしれません。確かに、中卒からの職業訓練課程にはじまり職業教育の体系がしっかりしているドイツ語圏の国々は、ほかのヨーロッパの国々に比べて失業率が大幅に低くなっていますし、堅実なビジョンであるのは確かでしょう。

他方、個人的には、なんとなくすっきりしません。少なくとも、現在の危機的なスペインの状況を考えると、教育改革という長期的な目標だけでなく、即効性に富む取り組みが絶対不可欠に思われます。それは一体どんなことでしょうか。

ここからはスペインの専門家でもなんでもないわたしの個人的な意見ですが、以下、少し考えたことを述べてみます。

結論から先に言うと、スペインという国の資源(モノやコトや人を含む)を最大限にいかした、実現しやすい取り組み・ビジョンが、今こそ、とりわけ重要であるように思われます。

スペインがこれほどまでの観光大国になったということは、多くの人をひきつける、さまざまな観光資源が恵まれた国であるということでしょう。その真価を看過することはもちろん意味がありませんし、それを活用できないのも、経済立て直しに効率的とは思えません。つまり、これまで築き上げてきた観光業をもう少し活用、応用する、観光にプラスアルファーを足す形で、新しい価値やキャピタルを創造していけないでしょうか。

例えば、強い太陽光をふんだんに利用した環境負荷を減らす観光、いかにコロナ禍に強い「密」を忌避する観光地を実現するか、あるいはオーバーツーリズムの避け方など、それぞれの地域の観光にゆかりのある問題やテーマで、世界的において解決が所望されている課題について、観光地である地の利をいかして、実地調査や実験を重ねて、ノウハウを蓄積し、観光に役立つ実践技術を発展させていく。職業教育制度も充実されるなら、まずは、そのような観光関連技術やノウハウを学ぶことができる場所を重点的に充実させるべきではないでしょうか。

それらは、単に、地元の観光地にも直結して役に立つでしょうし、同時に、ほかの、観光が地域にも必要とされるモノやアイデアを生み出していけば、モノや技術の輸出にもつながるでしょう。輸出できる産業になるだけでなく、新たな観光地の在り方を示すモデルが、各地にできれば、スペインの観光の新たなブランディングにもなるかもしれません。

三つの事例から学べるもの

これまでの3回の記事から自分なりにエッセンスを抽出してみます。

効率かリスクか
これまでスイスの観光業界は(商店やレストランから宿泊施設のつくりまで)特定の客層にターゲットをしぼりこむことで、効率的に客に対処をしてきた(例えば、中国人観光客が多いホテルでは中国料理をメインにしたり、高価な奢侈品の店が軒を連ねたり)。しかしこのような体制は多様な客への柔軟性が乏しいため、リスクがあることが、コロナ禍で示された。効率とリスク、どちらをどのくらい重視するべきなのか、が改めて問われているようだ。

アンチ「観光」のツーリズム
ルーマニアの事例は、大々的なマスツーリズムでない、観光の目標点を明示していた。それは、自然と共存できる観光。過疎化地域を活性化させるための観光。そして、なにより過疎化している地域のなかに、「観光資源」としての真価をみいだす観光。ヨーロッパがこれから目指す方向は、コロナ危機の前からぶれず、持続可能な社会の構築だとすると、そのような新しい価値観(持続可能性)が、今後の観光でより大きな位置を占めるようになることが想像される。

観光は必然か。長期的な展望で、失業者対策を
惰性的にこれまでの観光を続けることができないコロナ禍の、スペインの憂鬱ははかりしれない。しかし、観光だけに依存する経済では、これまでもこれからも失業者は減らないのなら、停滞している今こそ、失うことへの恐れも少なく、なにかを変えるチャンスにもなりうるのでは。これまでの観光大国としての地の利をいかし、観光に付随した分野で、新たな技術やノウハウが発達させられないか。

観光とは、そもそも、「いつもと違う場所にでかけていって、だれかに会ったり、風景をみたり、用事をこなす」という非常に幅広い行為であっていいはずです。ルーマニアの突飛な逆転の発想を思うと、これからも観光が、人々の生活の質をあげたり、喜びをひろげる可能性、様々な人々の営みと結びついて多様な様式となる可能性は、まだまだたくさんあるようにも思われます。

いまのコロナ禍は、あとから振り返れば、今までの観光には永久に、あるいは少なくともしばらく別れを告げ、代わりに、新しい観光の形が定着していく、その過渡期にあるのかもしれません。

参考文献

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Imwinkelried, Daniel, Eine Reise mit unbekanntem Ziel. In: NZZ, 18.4.2020, S.17.

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Rewilding Europa, Tag: Bison Hillock

Rewilding Europe, The European Safari Company is ready to rebound with new offers June 22, 2020

Rewilding Europe, youtube

Romania’s largest free-roaming bison population boosted by eight more animals, Rewilding Europe, July 23, 2020

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Staehelin, Konrad/ Gruber, Angelika, Das sind die Gewinner und Verlierer der Toursmuskrise. Zahlen der hundert wichtigsten Ferienorten zeigen: Dieser Sommer ist nicht für alle zum Vergessen. In: Sonntagszeitung, 9.9.2020, S.32.

Tobler, Andreas, «Wehe, man hat keine Lust auf Ferien. Das gibt Ärger» Ueli Maurer fordert uns dazu auf, in diesem Sommer in der Schweiz zu bleiben. Aber wonach suchen wir überhaupt, wenn wir verreisen? Kulturhistoriker Vlentin Groebner gibt Antowrten. In: Sonntagszeitung, 12.7.2020, S.51-2.

Waltersperger, Lairoma. Hüter der Naturidyllen. In: NZZ am Sonntag, 2.8.2020, S.9.Young, Gui-Xi「再自然化(Rewilding)―自然は最善の方法を知っている」Bird Life International Tokyo、2018年12月13日

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


過疎化がもたらした地域再生のチャンス 〜「再自然化」との両立を目指すルーマニアのエコツーリズム

2020-10-01 [EntryURL]

前回(「「新しい日常」下のヨーロッパの観光業界 〜明暗がはっきり分かれたスイスの夏」)に続き、今回も、ヨーロッパの観光の行方について引き続き取り上げてみます。今回は、ルーマニアのエコツーリズムの事例をみていきます。

エコツーリズムとは、厳格な定義があるわけではなく、一般に、積極的に自然と関わる作業や自然観察ツアー、あるいは宿泊関連施設が環境を配慮したものであるなど、環境や持続可能性を重視した旅行全般を指しますが、今回は、特に、地域社会における重要な二つのテーマ、過疎化(という社会問題)と野生生物の生息場所の確保(という環境問題)を解決する手段として取り入れられている旅行形態についてみていきます。

地域生活の質の向上や環境の共存という課題に対して、具体的に、ツーリズムがどう仕掛けられるか、どう機能するか、というテーマを、この事例からさぐってみたいと思います。

「再自然化(原生・野生にもどす)」という新しいエコツーリズムの指針

少し、背景の話からはじめます。ヨーロッパはこれまで、世界的にも非常に人口が密集しているだけでなく、道路や鉄道などの交通網も高密度で発展させてきました。このため、逆に、原生的(ワイルドな)自然(環境)やそこに住む動植物がほとんどなくなっていました(原生やワイルドは、ここでは「手つかず」ではないにせよ、人の手がほとんど入っていない、影響を受けない形で成長、拡大した自然を示すこととします)。

一方、19世紀の産業化以降、都市への人口の集中化や農村の過疎化、また一次産業従事者の高齢化と減少化が進み、人間が手入れしない牧草地や畑、森林地帯が増え、そこに、人の意思とは無関係に、動植物が繁殖するようになり、人の立ち入りが難しくなる場所も増加してきました。

近年は、とりわけ、地方の高齢化や、第一次産業の後継者不足が、これまで以上に加速されて進行しているため、Rewilding Europe協会によると、毎年ヨーロッパ中で、100万ヘクタールの農家や牧畜を家業とする人たちの土地が放棄されていると言われます。

このような地方の過疎化や土地の放棄は、そこに住む住人にとっては、危機的な状況である反面、エコロジーの視点からみると、再び、その土地を人間から自然にもどす大きなチャンスでもあります。

少なくとも、そう考える人がいて、具体的に、「リワイルディングRewilding (再自然化)」と呼ばれる手法をかかげます。これは、「「自然は最善の方法を知っている」という哲学に則って」、「人により劣化した自然の営みを復元することを目的とした」(Young, 2018)自然環境と生態系復元の取り組みです。

逆境を逆手にとった新しい観光コンセプト

さらに、生態学者や生物学者の間で知られる、この「リワイルディングRewilding (再自然化)」(以下「再自然化」と表記)とい自然復元の手法を、観光と結びつけて、それぞれの地方の住民にも恩恵をもたらせるのではないか、というアイデアが現れました。

そして、具体的に、Rewilding Europe協会が、世界自然保護基金(WWF)と協力しながら、ヨーロッパのいくつかの地域 (スウェーデン、ノルウェー、ポルトガルとスペインの国境地域にあるイベリア地方など)で、2010年代から、エコツーリズムの取り組みがはじまりました。

今回は、2014年から、冷戦終結以降とりわけ過疎化が深刻に進んでいる東ヨーロッパの国のひとつルーマニアの過疎地域、南カルパティアSouthern Carpathians(ルーマニア中央部を東西に連なる山脈。トランシルバニア・アルプスの別名)を例としてとりあげてみます。

ルーマニアの「再自然化」とは、野牛が闊歩する新たな風景を作り出すこと

Rewilding Europe協会が進める「再自然化」の手法では、「再自然化」をその地域で進めていく上でキーとなるような重要な特定の動物を野生化させることに重点が置かれます。ルーマニアの南カルパティアにおける「再自然化」では、とりわけ、ヨーロッパバイソンbison (Bison bonasus)と呼ばれる大型の野牛の自然環境(再野生化地区)に放すことを意味します。

ヨーロッパバイソンは、大陸最大の陸に住む哺乳類であり、オスは、体長250〜350cm、肩高1.5~1.8メートルにもなり、森林やステップ(草原?)の間のバランスを保ち、ほかの多様な動植物の生息場所を作り出すという意味で、生物多様性に大きな役割を果たしている動物と評されます(ヨーロッパバイソンの画像やビデオは、参考文献のRewilding Europeのホームページからご覧いただけます)。100年前に野生のヨーロッパバイソンは、絶滅してしまいましたが、その後、ヨーロッパ各地で繁殖活動が行われ、現在は約6500頭まで増えたと言われます。

そして、2000年代からは、オランダなどで動物園から野生に戻すプロジェクトが少しずつ進められてきました。

バイソンの生息に理想的な場所としてRewilding Europe協会と、世界自然保護基金(WWF)がこの地を候補にあげ、村長にこの構想を説得し、そしてその後村長が、村人の説得にも成功したことで、2014年、はじめてバイソンがこの地に連れてこられました。

体は大きいですが、草食動物であり、人に遭遇することがあっても、人が攻撃的な態度を示さなければ、通常は人に攻撃をするようなことはなく、庭の野菜を食いあらされるなどの被害はたびたびあるようですが(その対策を講じれば)、基本的に、危険なく共存しやすい動物だとされます。

2020年7月下旬、新たにドイツの保護区から8頭が連れてこられ、これまで放した57頭と合わせ、現在65頭が、この地域に生息しています。


出典: Rewilding Europe, Bringing back the bison. のサイトの「What we are doing」の写真の一部


この地域独自のエコツーリズム

バイソンを通した「再自然化」と、地元の人々にとってのメリットという二つの相異なる目標を同等に重視し、地域住民の生活の向上や地域活性化の展望を得るための手段として、取り入れられたのが、ここでいう「観光」、すなわちエコツーリスムです。

この地のエコツーリズムの構想は、それは、檻の中のバイソンを観察してすませるような、マスツーリズムとはっきり袂を分かちます。

バイソンの見学は、四人までの小規模のグループで、生息地を3−4時間かけて、生息地を散策するガイドツアーを行います。見るだけでなく(逆に見られる保証もない)、足跡やほかの生息のサイン、全体のエコシステムやバイソンについて細かな説明を受けながら、濃厚な自然観察体験をできるようにします。

バイソンの観察で訪れる人には、見学のほかにも、自転車ツアーやハイキング、キャンプなどのアクティビティができ、滞在先となる地域の宿泊施設では、村で空き家となっている農家の家などで、地元の食文化を体験し、土地の人々やそこの伝統とのつながりをもつ過ごし方をすることになります。

ヨーロッパの自然愛好家では、ヨーロッパバイソンは有名な動物で、それが動物園の檻のなかでなく、自然のなかでみられることに興味をもっている人、潜在的に観光客となる人は少なくないと思われます。特にヨーロッパバイソンは、ヨーロッパで最も大きな動物であり、それが自由に草原や森を闊歩する姿は人を感動させるに十分だからです。

そして最終的には、地域の人々の収入や雇用を増やすだけでなく、若者や起業精神をもった人たちも惹きつけるような地域となることを目指しているといいます。

おわりに

このような「再自然化」とドッキングさせた観光コンセプトを最初に聞いた時、とても驚きました。過疎化という人間の都合(問題)を、野生動物を生息させるチャンスにしようという逆転の発想。さらに、それを、エコツーリズムにして、地域振興に最大限活用しようという、発展的な着想。

過疎化という、衰退し、忘れられ、失われる場所化していくプロセスにあって、その過疎化という現象を、むしろ、最大の強み、「資源」として活かすことで、ほかには簡単に真似ができない特別の観光の魅力をつくりだそうというのです。

これは、過疎化という世界の多くの地方が抱えている共通の大きな深刻なテーマに、まったく新たな角度から希望の光をとりこんだような気がします。人と自然、両方に益となる、という状況はなかなか作り難いものですが、この構想をきくと、それを約束してくれているようにもみえますし、観光という点においても、自信をもって進むことができる道を示しているように思います。

同時に、はたと思います。わたしたちが「観光」で今、コロナ禍や、オーバーツーリズムなど、頭打ちの大きな問題を抱えているようにみえるのは、わたしたちの「観光」の概念が、まだ古くて硬い甲羅でおおわれているからかもしれない、と。

ほかの国同様、ルーマニアでも、現在、コロナ対策として、国外からの渡航をできるだけ控えることが政府によって推奨されているため、「再自然化」のエコツーリズムのガイドツアーも現在、開催されていません。

しかし、ほかの地域で簡単にまねができない、恵まれた自然環境を最大限に活かしたこの独特のエコツーリズムは、きっと人々の関心や公正で持続可能なツーリズムを求める人たちの需要を背景に、再び日の目を見ることになるでしょう(地域によっては、すでに、7月以降、エコーツーリズムの予約が大幅に増えているところもあります Rewilding Europe, The European Safari, 2020)。

次回は、スペインに移動し、マクロな視点から、観光という産業と社会の関係について考えてみます。
※ 参考文献については、3回目の最終回で一括して掲載します。

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


「新しい日常」下のヨーロッパの観光業界 〜明暗がはっきり分かれたスイスの夏

2020-09-21 [EntryURL]

今年の夏は、コロナ危機で休暇どころではない、という状況の国も多かった一方、ヨーロッパでは、ロックダウン直後から、今年の夏季休暇に、どこに人が流れるか、大きな関心をもたれていました。というのも、観光関連産業は、ヨーロッパのどこの国においても、今日、GDPの1から2割を占める重要な産業分野であるためです。

そして迎えた、ウィズ・コロナの「新しい日常」の時代に突入して最初の今年の夏は、観光業にとってどんな夏だったのでしょう。これから観光業界はどんな展開をしていくのでしょう。

今回から3回にわたり、スイス、ルーマニア、スペイン、の三ヶ国をまわりながら、現在の観光業の多様な局面の断面をみていきたいと思います。

三つの国のレポートでは、注目することも、切り口も全く異なります。異なる角度から光をあてることによって、(これまでの観光のあり方への単純な評価や、将来への悲観など)平坦になりがちな議論や、(性急に解答を求めがちな)観光についての展望とは一線を画し、今後の観光のあり方をより豊かに議論するための、材料が提供できれば、と思います。

ちなみに、コロナ禍の観光については、今年の初夏にも若干の考察をしています。今回の考察と合わせてこちらもご覧いただけると、ヨーロッパの観光業界の直面している状況や背景がより、鮮明・立体的にみえてくるかと思います。

ドイツ人の今夏の休暇予定が気になる観光業界 〜ヨーロッパのコロナ危機と観光(1)

コロナ危機を転機に観光が変わる? 〜ヨーロッパのコロナ危機と観光(2)

スイスの今年の夏のバカンス

今年の夏のスイスの観光をみると、ツーリズム全般が大打撃を受けたというのではなく、場所により、大きく明暗を分けたというほうが正確でした。閑古鳥が鳴く場所が多かった一方、一部の地域では、これまで以上に多くの客で賑わっていました。

なにが明暗を分けたのか、以下、これまでのメディアでの報道をもとにしながらまとめてみます。

今年の観光白星組

まず、観光客が、通常とほぼ同じほど、あるいは通常以上に多くなるほど盛況となった地域についてみてみます。

スイス国内では、アルプスの南側に位置するイタリア語圏のティチーノ州と、山間部に位置するグラウビュンデン州がそれに当たりました。どちらの地域も、8月下旬まで、ほとんどどこのホテルも満室で、宿泊の値段まで4〜5%近くあがっているほどでした(Kaufmann, 2020)。

ところで、アルプスの南側に位置するイタリア語圏のティチーノ州と、山間部に位置するグラウビュンデン州には、共通することが二つありました。ひとつは、そこでの観光客の客層です。今年のその二つの地域では、スイス人が、一部は99%と言われるほど(Kaufmann, Jankovsky, 2020)、圧倒的な多数派でした。もう一つは、地理的な特徴です。二つの州は、北部の低地(アルプスの北側)で人口が集中する都市部から、いずれも、最も地理的にも交通アクセスでも、離れている地域であるということです。

今年の観光の勝敗を分けた二つのポイント

今年の夏の動向を分析していくと、この二つの共通する特徴、スイス人と都市部からの地理的な遠さこそが、今年の観光業界の明暗を分けるポイントであったようです。

今年は、スイス国外に他国から入ることへの規制が厳しく、また依然、ほかのヨーロッパ諸国に比べ物価が高いため、スイス国外からスイスに休暇にくる人は非常に限られていました。つまり、スイス人が圧倒的でメインな客層になりました。つまり、スイス人が、来訪するかしないか、という1点が、観光地の明暗を大きく分ける、まず最初のポイントとなりました。

地理的な遠さが、二つ目の盛況だった理由であるというのは、以下のように解釈されます。

これらの地域は、主要都市のスイス人にとっては、遠方に位置し、日帰りではまずいかないころです。もちろん数泊の旅行でいくのには適していますが、数泊で旅行するところといえば、そこにいかなくても、これまでなら、近隣の国でほかにも安くて行ける、魅力的なところが多くありました(スイス国内の物価は隣国よりも割高であるため)。このため、これまではなかなかスイス人が足を運ばない地域となってしまっていました。

同様に、空港や主要都市経由で、外国から訪れる客にとっても、これらの場所は、アクセスが難しい場所であったため、総じて、グラウビュンデン州は、近年、訪問者数が、ほかの伸び悩んでいました。

しかし、今年は、コロナ危機で今年は国内で休暇をすごそうと決め込んだ人が、いままであまり行っていなかったスイスのどこかにいってみようと思ったときに、(ほとんどこれまで訪れなかった場所として)このような地理的な特徴が、逆に注目されることになったようです。これまでほとんどいなかった、若者層が今年、多いのも特徴だそうで、山好きの一定層だけでなく、より幅広い社会の層が普通におとずれるような観光地となっていました。

ただし、ティチーノ州の状況はグラウビュンデン州のそれとは少し違います。主要都市部から遠いことは共通していますが、ティチーノ州は、アルプスの下に位置し、年間を通じて温暖な気候であることで、スイスでよく知られたおり、これまでも、季節を問わず、スイス人の観光客が多いところでした。気候も風景もアルプス北側と大きく異なるティチーノは、アルプスの北側のスイス人にとっては、一種の憧れの「休暇」のイメージを体現しているところだといえます。

まとめると、これまで、スイス(の都市部)の人にとって、遠方として、あまりたずねられてこなかったところ(グラウビュンデン州)、あるいは何度たずねてもエキゾチックに思われる地域(ティチーノ州)が、今年のスイス人の休暇の地として人気が高まったといえるでしょう。スイス人にとって、(国内にあっても)国外旅行の代替的な役割を果たすような場所であった、と解釈することもできるかもしれません。

もちろん、観光の前提として、その地域一帯あるいは国全体の感染状況が比較的落ち着いていたことが、これらの地域に人が行けた大前提としてありました。スイスは、4月にロックダウンが解除されて以降、ナイトクラブ等でクラスターがたびたび形成されてはいるものの、全体として比較的、状況は落ち着いて推移しており、国内の移動への制限はありませんでした。

今年の観光の黒星組の特徴

逆に、今年、観光客が急減して、大打撃を受けた地域も多くありました。それは、都市部と、これまでアジアやアラブ、またヨーロッパ各国からの観光客が多かった地域です。

都市部は、昨年までの30年間、観光客の数がおおむね順調に増加し、ホテルの部屋数だけでなく、民泊の数もコンスタントに増えていました。都市部は、スイスに限らず、ヨーロッパ中でロックダウン直前まで、人気の観光スポットとしての、ゆるがぬ地位にありました(「観光ビジネスと住民の生活 〜アムステルダムではじまった「バランスのとれた都市」への挑戦」)。

しかし今年は、都市のホテルは例年に比べ、70%近くまで売り上げが減っています(Kaufmann, 2020)。近年、純粋な都市観光目的の人が激減しただけでなく、コンサートや祭りなどの大型イベントが全面的に中止となり、ホームオフィス・モードになったためビジネス全般の出張がなくなったこともあり、都市へ赴く人が、全般に減ったためです(Gut, 2020)。

都市部だけではなく、本来、風光明媚な自然環境で観光客の人気スポットになっているところでも、収益が大幅に減っているところが少なくありませんでした。とりわけ大きな打撃を受けたのは、グローバルな観光客を主な対象客として、繁栄してきた観光地です。

これまで、それらの地域は、アジアやアラブなどの国外からの観光客向けの観光キャンペーンに力をいれ、実際に外国からの観光客であふれかえっていましたが、逆に、スイス人の間では、「スイス」を大げさに演出した商業的で、人があふれ落ち着かない観光地というマイナスのイメージが、スイス人のなかに定着していました。

今年は、急遽、スイス人向けのイベントを開催するなどで対応しましたが、遠のいたスイス人の足をすぐにひきつけるのはやはり難しく、シーズンをとおして、昨年までとは比較にならないほど閑散としていました(Kingbacher, 2020)。

これらの地域では、外国からの観光客が来れない上、国内からの旅行客の獲得にも苦戦した結果、客室料金の大幅な値段の下げ幅を引き起こしました。

下の図で青く数字が示されている地域が、これまで遠方の観光客に頼った観光を進めてきた地域です。スイス・トラベル・センターの分析によると、アルプス山間部で景色も素晴らしい地域が多々あるにもかかわらず、この中間地帯のホテルの宿泊料金は、前年比で、7から20%まで値が下がっています(Kaufmann, 2020)。



今年スイスで観光客獲得に苦戦した地域は、ちょうど低地の都市部とさきほど指摘したグラウビュンデン州とティチーノ州の間にはさまれた地域です。先ほどの説明を逆にして読み解いてみると、多くのスイス人(都市部の人)にとっては、日帰りでもいける近場であるゆえ、逆に、長期の夏休みに大挙してあえて、おとずれる対象になりにくかった地域となります。

スイスの異例づくしの夏の観光シーズン

今年のスイスの観光の状況をまとめてみると、以下のような、異例づくしで、これまでと情勢が逆転するかのような結果であったといえます。

・これまで観光客としてスイスで存在感を誇っていた外国人が消え、代わって、(これまで外国に多くでていっていたと思われる)スイス人たちがスイスの観光地の各地に多く出没した。

・これまで多くのスイス人(都市部のスイス人)にとって、地理的に遠く不便に感じられていた地域が、高い人気となり、これまで史上ないほど盛況にみまわれた。これまで少なかった、若者が多いのも、今年の特徴。

・これまで多くの外国からの客を迎え栄えていた観光地が、とりわけ来訪者数激減に苦しんだ。

つまり今年は、観光地が全く予想できなかった、いい意味でも悪い意味でも、驚くような結果だったといえます。また、この結果で悲観することも楽観することもあまり意味がなさそうです。今後もしばらくは、国内、国外の観光客がどう動くか、予想するのは非常に難しく、今年の傾向が、どれくらい長く続くかもまたわからないためです。

総じて、観光という業界の不安定さ、最後の決断のところで他人だのみで、自分たちで制御できない難しさをもつことを、改めて思い知らされた、という感じです。

次回はルーマニアから

次回(「過疎化がもたらした地域再生のチャンス 〜「再自然化」との両立を目指すルーマニアのエコツーリズム」)は、従来の観光に対して明確にノーを示すことで、ほかのツーリズムと差異化させ、商業的なツーリズムに猜疑的な客層の関心を逆に集めるようになった、エコツーリズムという新たなツーリズムのジャンルの最新事例を、ルーマニアからお伝えします。

※ 参考文献については、3回目の最終回で一括して掲載します。

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


スイスの国民投票 〜排外主義的体質の表れであり、それを克服するための道筋にもなるもの(2)

2020-09-14 [EntryURL]

切り口によって見えてくるものが異なる国民投票

前回、スイスの国民投票は、移民に対する規制や国外との関係を問われることがこれまで頻繁にとりあげてきたため、このような国民投票の議案やその結果から、スイスのむきだしの排外主義を示し、また実施する装置であるかのように、理解されたり批判の対象とされることが多かったことを報告しました。

しかし興味深いことに、スイスでは、よりによって、この国民投票こそが、排外主義的な動きを抑制する安全弁の役割を果たしているという解釈と評価が、現在、有力です。一体、どういうことなのか、今回はまずそれを明らかにしていきます。

後半は、3回の記事のまとめとして、カナダとスイスの状況から、ほかの国は、それぞれの移民政策の一助として、なにか学べることはあるのかを考察してみます。

※今回は、移民問題について3回に分けて扱う最後の記事となります。これまでの記事は以下です。

カナダの移民政策とヨーロッパのジレンマ
スイスの国民投票 〜排外主義的体質の表れであり、それを克服するための道筋にもなるもの(1)

スイスの移民をめぐる状況

最初に、現在のスイスの移民をめぐる社会の状況を概観してみます。

スイスでは、中学卒業後、学校の学力だけでなく、それぞれの興味や能力をいかした職業訓練課程が充実しており(詳細は、「スイスの職業教育(1) 〜中卒ではじまり大学に続く一貫した職業教育体系」)、アメリカ、イタリア、スウェーデンと比べても、スイスは、子供の将来の収入が、親の収入にもっとも関係性が低く、低所得者層の子供たちでも、収入が多い仕事につけるチャンスが大きい国です(Chuard et al., 2020)。また、ゲットー化した移民集住地区はなく、移民は、スイス人と混在して主に都市部に居住しているため、移民が地理的にも社会にインテグレーションされやすい環境が整っています。

このような事情を背景に、スイス社会において、物理的にも心理的にも移民や難民が孤立したり、対立が深まっているという見解は、社会で一般的に共有されていません(ただし、移民の中には違う意見の人も一定程度いることは憶測されます)。「なぜほかのヨーロッパの隣国よりもスイスのほうが、インテグレーションがうまくいっているのか」(NZZ, 26.1.2016)と主要紙面で議論されているのも、移民との共存がうまくいっているという理解が、議論の前提として、共有してあるためでしょう(「就労とインテグレーション(社会への統合) 〜 スウェーデンとスイスの比較」)。

難民や移民への暴力や、排斥主義をかかげる勢力の不穏な動き、また逆にスイス社会を敵対視する移民的背景の住民や急進イスラム教徒による暴動やテロ行為なども、現在、非常に小規模に止まります。スイスで公的に把握されている、移民排斥をかかげる右翼過激派が関わった事件の数は、2018年になって、それまでより若干増えましたが、暴力に発展したものに関していえば、スイス全体で、2016年2件、2017年1件、2018年は0件になっています。

左翼過激派と右翼過激派の事件と暴力事件数の近年の推移
出典: Federal Intelligence Service, Schweizerische Eidgenossenschaft, SWITZERLAND’S SECURITY 2019. Situation Report of the Federal Intelligence Service, p.55.



スイスに15年近く暮らしてきたわたし自身も、以前、旧東ドイツの大都市ライプツィヒに暮らしていた経験(身の危険を意識する体験)を踏まえると(「マルチカルチュラルな社会 〜薄氷の上のおもしろさと危うさ」)、外国出身の自分が、現在スイスが享受している不安のない境遇が、大変恵まれたものであり、逆に、今日のヨーロッパにおいて、決して「当たり前」でも、また「常態」である保証もないもの、という気もちが強くあります。

わたし以上に、スイスの住民と移民の平和裡な共存社会を実感しているのは、未来のスイス社会の担い手となる若い世代かもしれません。義務教育課程に就学する生徒に限定すると、すでに、過半数以上が移民的背景をもっており、移民に対する意識も、近年、大きくポジティブに変化しているようです。

若者の考えやライフスタイルを探る国際比較調査『若者バロメーター2018』によると、2010年以後、全体に外国人を、問題が少ない、問題が全くない、あるいは外国人がいるのがむしろメリットだ、と回答した若者の割合は、難民危機となった2015年をのぞき、ゆるやかに増えており、2018年は65%に達しています。

2010年と2018年のデータを端的に比べると、その変化は顕著です。外国人を、問題ないとする人が14から24%に、メリットがあるとするのは7から16%と増え、逆に、非常に大きな問題あるいは大きな問題だとした人が、それぞれ21から12%、25から19%へと減っています。若い世代の外国人とスイス人の関係に限ってみると。その関係を、調和的(ハーモニー)であると答えた人の割合は、2010年の11%から2018年には、3倍の33%になっています(「若者たちの世界観、若者たちからみえてくる現代という時代 〜国際比較調査『若者バロメーター2018』を手がかりに」)。

総じて、スイスでは、主要西側諸国の間でも突出して移民的背景の人の割合が高いにも関わらず、また、ほかのヨーロッパの国に比べ、寛容な人が多いわけでも、外国人排斥主義的な思想の人の割合が全体に少ないというわけでもないと思われるにも関わらず、少なくとも現状を見る限り、移民が比較的平和裡に社会で共存しているように思われます。


スイス国立博物館(チューリヒ)の「移民」に関する展示コーナーの入り口


国民投票というプロセスがもたらすもの

このような状況をつくりだすために、移民のインテグレーションの教育や、移民に利用されやすいサポート・プロジェクトなど、移民自身を対象にした投資は、もちろん非常に重要です。移民の最終的な引受先であるそれぞれの自治体が主体的となったインテグレーションのプロジェクトで、目覚ましい効果をあげているものも少なくありません(例えば、「難民と高齢者の需要と供給が結びついて生まれた「IT ガイド」、〜スウェーデンで評判のインテグレーション・プロジェクト」、「はさみをもった家庭訪問員たち 〜「早期支援」という観点から臨む移民のインテグレーション・プロジェクト」)。

しかし、インテグレーションは移民側の話だけで完結するものではありません。極端に言えば、移民がどんなに努力しインテグレーションされようとしても、社会がそれを受け入れなければインテグレーションにはなりません。つまり、受け入れ側もまた、移民と共存する社会を容認・受容することが必要なわけですが、社会側のインテグレーション力を高めるものとして、注目されるのが、スイス独特の政治制度である国民投票制度です。

国民投票が移民政策にポジティブな効果をもたらしているという見解は、政治学や社会学の学説の一つにとどまるものではなく、むしろ、今日の主要な報道機関でも繰り返される言説で、スイス社会で幅広く共有されています。以下、このような評価を表明している具体的な文章をいくつか引用してみます。

政治学者でベルン大学教授のビュールマンMarc Bühlmannは、国民の間に移民への制御不能になるのではという「不安は実際に存在する」ことを認めた上で、「問題を明るみに出し、それを整理するのが政党の任務」であるとします。そして、実際、「政党が人々の不安をすくいとり、「あなたのために問題に取り組み、あなたの声を代弁する」と訴えかければ、市民は自分たちの不安が真剣に受け止められていると感じる」のだと主張します。このように、スイスの直接民主制が、人々の不安をなかったかのように否定するのではなく、むしろ表面化・組織化させる装置として働き、そのプロセスを追うことで、国民も問題を客観的にとらえることができるようになるとします(Renat, 2020)。

逆に、このような国民投票がないと、政党が不安をすくいあげ、正当に評価することが難しくなるため、「極右政党がここぞとばかりに名乗りを上げ、人々の不安を激しい怒りに変える可能性」につながりやすくなり、ドイツやフランスで、『ドイツのための選択肢(AfD)』や『国民連合』といった極右や排斥主義の動きが社会で目立ち、頻繁に暴力沙汰や衝突も起こしていることは、まさに、スイスと反対の展開になっている事例と考えます(Renat, 2020)。

9月の移民制限を議案にした国民投票を前に、『ゾンターグスツァイトゥンク』新聞に掲載された編集者の意見は、以下のようなものでした。

移民問題をテーマにする国民投票は「そうでもしないと人があまり話したがらない国内の問題を、議論する機会を提供している」。そのような議論が「起こることは、少なくとも、投票結果自体と同じくらい重要だ。そしてこれこそ、われわれの直接民主主義システムの強みなのだ」。「移民問題に関わり、これについて言い争うことは、確かにやっかいだ。いたるところ落とし穴だらけで危険がひそむ。ひとことでもまちがった言葉を使えば、それだけで面目を失いかねない。このため、このことにできれば話したくないと思う人が多いのは、理解できる。しかし、それは破滅的な結果をもたらしかねない。フラストレーションがどんどんたまたっていき、まったく予期せぬ方向に向かうかもしれない。」それゆえ、9月の国民投票は、「不都合でやっかいであっても、討議するための招待状のようなものであり、この機会を、我々は利用すべきだろう」(Bandle, Wer, 2020)

この意見は、政党の機能よりも国民が議論する行為自体に重きを置いている、という点では違いますが、国民投票が、最終的に人々の不満や不安を払拭するのに役立っているという理解では、先ほどのビュールマンと一致します。

スイスの高級紙『ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥンク』(NZZ)でも、「よく考えれば、政党があきもせず、少し違う内容でいつも同じ戦いをすることは、驚くべきことだ。しかしそれは、スイスが、何度も自分でそれを確かめるため、このような対決(論争)をスイスが必要としていたということなのであろう」(Bernet, 2020)と記し、人々が、国の政策を自分なりに消化・理解するのに不可欠のプロセスを国民投票が提供している、という見解を示しています。

このような国民投票をめぐる、スイスで定着している解釈は、とても逆説的です。一見、国民投票は、ポスターやキャンペーンをみると、とても挑発的で、排外主義的な意見を世論に訴える装置となっており、国民を扇動するものであるかのようにみえます。確かに、投票キャンペーン中は、移民排斥の雰囲気が強まる(と感じられる)かもしれません。しかし、そのような排外主義的な感情をその国民投票のキャンペーンをとおし、徹底的に吐き出し、やんややんやと国中で、反対意見を対比させながら、相対化し、(国民が尊重する)国民投票という場でひとつの決着をつけることで、白熱する議論に一旦終止符を打つ。そういったプロセスを繰り返していくことで、最終的に、排外主義的な思想を多くの国民心理に深く定着・普及させるのでなく、むしろ、社会の二極化や対立化の予防に寄与するというのです。

もちろん、国民投票は、一方で、政策に大転向をさせることも可能な重要な政策決定システムであり、政府が、社会のガス抜き効果だけを期待して、気楽に重宝できるような無害な代物、儀礼的な(形だけの)承認制度ではありません。社会がそれまで築き上げてきたものをゼロに置き換えたり混乱に陥れる危険すらあるという意味で、言わば、常に政治に「爆弾」を抱えているような感じすらします。

例えば、今年9月に行われる移民の数の制限の是非を問う国民投票でも、もし制限されるほうに可決されれば、人の移動の自由を互いに保証するEU との関係を180度変更されることになるかもしれず、その社会的な影響がはかりしれないと、危惧する声も少なくありません(もちろん制限推進派は、そんな心配は全く無用だと主張しておりますし、実際のところ、EUが国民投票の結果をどう評価し次の一手にでるかは、現時点では誰にとっても不可知です)。

しかし、逆に、それほど、スイスの政治システムで重要な権限をもつ国民投票であるからこそ、国をあげて真剣な議論が必要となり、普段、目をそらしていた問題やそれを訴える人たちも、脚光があたります。そうした議論や決断のプロセスによって、人々に、不満や無気力さをためこませるのでなく、むしろ、自分たちが決断を下す問題として議案に対する権利意識を強めさせ、逆に、多数決で結果が下されたあかつきには、それを自国の決断として受けいれることを義務と感じ、受け入れやすくなる、ということのようです。

国民投票の非合法勢力や行為を抑制する効果

国民投票は、長期的に、社会に不満をためないための安全弁になっているだけでなく、衝動的な不正行為や非合法な運動に走ることを、未然に排除・抑制するという副次的な効果ももっていると考えられます。

投票で公明正大に勝利するためには、武力や暴言など、人々に不安や不穏を感じさせる発言や行動が結びついていれば、国民の多数派の信任をとりつけることはできません。このため、国民投票に参加するどの勢力も、あくまで、投票キャンペーンという正規の合法的な枠組みのなかだけでしか展開しません。キャンペーン中は、上のポスターのように一部、過激な表現もみられますが、合法の範囲内です。

そして、そのような常軌を逸しない「お行儀のいい」態度は、投票後にも求められます。投票結果で負けに帰しても、投票結果を尊重することは絶対であり、不当だと主張するなど問題外です。もしそんなことをすれば、スイス国民全体を敵にまわすか、未来永劫、人々からの信頼を決定的に失う、あるいはその両方になるためです。それほど、国民投票は、スイス人が、国の政治決定機能の最高峰と信じているものであり、「神聖」で不可侵な域に入っているものです。

このため、国民投票で負けても、その結果を真摯に認めざるをえず、不服であっても、暴力などほかの手段で、ねじふせて主張を通そうではなく、次回の国民投票という合法的な政治手段で今度こそ勝利を手にしようという、合法的なステップへと、むしろ駆られていくことになります。移民制限に関わる国民投票がこれまで何度も内容を少しかえつつ行われてきたのは、スイスの排外主義が、非合法なルートをとおるのではなく、合法なルートを多く通ってきた軌跡・証だ、といえるかもしれません。

つまり、国民投票は、人々を政治行動にうながすだけでなく、不満を抱える人々の非合法な行為を抑制する効果にもなっていると考えられます。

グッケンベルガーは、このような誰もまたなにも排除されず政治に参加でき、逆に言えば、参加したい人は誰でも「ほかの人に聴いてもらいたければ、自分の主張を、他人にもわかるように表明しなければならなくなる」(Guggenberger, 2007, 124.)スイス独特の政治システムが、極右などの政治的な過激派の勢力を押さえる効果にもなっているとしています。実際、前述の通り、極右の過激派の不穏な動きは、スイスでは、ほとんどみあたりません。

ちなみに、グッケンベルガーは、国民投票という制度だけでなく、スイスの強い地方分権主義と、スイス特有の(連邦議会から選ばれた議員の合議体として)組閣するしくみも、同様に、過激派勢力が広がりにくくなる重要な政治的な要素としています。

おわりに 〜カナダとスイスから学べること

移民の受け入れは、近い将来、多くの国で身近で切実な問題となるでしょう。一方、移民受け入れは、社会を移民受け入れに寛容な社会に導くのでなく、むしろ社会で移民への排外主義を強めてしまうという「逆効果(非生産的counterproductive)」を生む、そんな風な(理想主義的でなくリアリズムの)考え方が、現在のヨーロッパでは主流です。

しかし、3回にわたって扱ってきたカナダとスイスの事例は、必ずしもそうではないことを、示していと思います。

今回、二つの国をみただけで、一般化することや、モデルを抽出することはもちろん不可能ですが、少なくとも、この二つの、一見すると、全く違うアプローチや体制にみえる国において、移民を受け入れる社会として共通点がありました。

それは、国民の関心や利益を重視する姿勢を躊躇せず明確に示し、国民がもちうる不安や都合を看過しないことを、移民政策を進める上の前提にしていることです。

カナダでは、自国の利害を移民政策に公然と反映させていることを、隠しても過小に評価してもいませんでした。むしろ、それを移民政策において重要なことと認め、著者は、以下のように記しています。

「おおむね、効果的な公共政策は、集団的な自己の興味を反映させる。つまり、すべての人にとっていいものである(べきだ)。これは、とりわけ、難民や移民について当てはまる。」(Bricker, 2019, p.211)
「もちろんわたしたちは共感もするし、もちろん利他主義的な理由で行動もする。ただし、「なぜ自分はこんな犠牲を払わなくちゃいけないんだ。わたしやわたしの家族にとってこのなかにはなんの意味があるのか」と、自問自答をしはじめる前に、それが正しいことである時にしかできない」 (Ibid., p.210)

スイスでも、移民関連の議案が国民投票にかけられる際、是非をめぐり、きれいごとや、表面的な議論ですまさず、自分たちの利害や不満、エゴや不安に裏打ちされた利点と欠点(と主張されるもの)をそれぞれ並べ立てて激しく議論します。この結果、意見の対立が、国を二分することありますし、投票結果によっては、政策の大きな転換を余儀なくされます。このため、見方によれば、国民投票は、社会が混乱するリスクがきわめて大きい政治制度ですが、人々のエゴや不安を素通りすることができないこと、またそうやって決めた国民の過半数以上に意思を尊重するという(直線民主制の長い伝統のあるスイスの)国民の政治的コンセンサスがうまれます。

つまり、カナダとスイスでは、移民問題、移民の受け入れ方について、受け入れ人数や質だけで議論するのでなく、受け入れ側の社会の事情や問題も含めたテーマとして、タブーをつくらず、不安やエゴもオープンにして吟味・検討することがのぞましく、そのような環境をつくっていくことが大事である。それこそが、最終的に、社会において、移民の受け入れがしやすくなるための重要なキーとなると、これまでの経験から実感している、それがカナダとスイスなのではないかと思います。

ちなみにスイスでは、このような政府が政策を決めても、国民が気に入らなければ、国民投票で打ち消されてしまうという制度があることが、政府や国会にとってもプレッシャーとなっているため、ほかのヨーロッパ諸国に比べ、政策決定には国民にあらかじめかなり配慮し、また政治方針を国民に理解してもらえるように丁寧に説明する習慣が定着している、とチューリヒ大学経済研究所のドルンDavid Dorn 教授はいいます(ドルンは、国際経済が与える国内労働市場や政治への影響を西ヨーロッパとアメリカを対象に幅広く研究する先鋭のスイスの経済学者。「向かっている方向は? 〜グローバル経済と国内政治が織りなすスパイラル」)。

植物の種を、どこかの土壌に植えて育てるには、種をどのくらい、どこに植えるかといったたぐいの問題ももちろん重要ですが、土壌(ここでは移民の受け皿となる社会)自体をほぐすことや、肥料や水も欠かせません。

移民政策を種植え、移民が植物の種だとすると、種が育ちやすくなる土壌とはどんなもので、どうやってそれを作り・維持するのか。その手の内を、具体的にみせてくれているのが、今回のカナダとスイスということになるかもしれません。

参考文献

Bundesamt für Statistik (BfS), Schweizerische Eigdenossenschaft, Bevölkerung nach Migrationsstatus(2020年8月13日閲覧)

Bandle, Rico, «Es sollte Integrationskurse für Schweizer geben» Migrationsforscher Ganda Jey Aratnam über die Begrenzungsinitiative - und weshalb sich die Einwanderung in die Schweiz nicht mehr stoppen lässt. In: Sonntagszeitung, 9.8.2020, S.11-13.

Bandle, Rico, Wer die Einwanderung tabuisiert, schadet dem Land. Bei der Migration sind viele Probleme unglöst. Die Begrenzungsinitiative bietet die Chance, darüber zu diskutieren. In: Sonntagszeitung, 9.8.2020, S.17.

Brunner, Beatrice/Kuhn, Andreas, Immigration, Cultural Distance and Natives’ Attitudes Towards Immigrants: Evidence from Swiss Voting Results. In: KYKLOS ,Vol. 71 – February 2018 – No. 1, pp. 28–58.

Brühlmann, Kevin, Die Eisenjugend ist weiter aktiv. In: Tages-Anzeiger, 12.8.2020, S.17.

Bernet, Luzi, Der 17. Mai wird zur Stunde null in der Europapolitik. In: NZZ am Sonntag, 16.2.2020, S.15.

Bricker, Darrell/ Ibbitson, John, Empty planet. The Shock of Global Population Decline, London 2019. (邦訳 ダリル・ブリッカー Darrell Brickerとジョン・イビットソン John Ibbitson共著『2050年 世界人口大減少』文藝春秋、2020年)

Chuard, Patrick/Grassi, Veronica, Switzer-Land of Opportunity:Intergenerational Income Mobility in the Land of Vocational Education, School of Economics and Political ScienceDepartment of EconomicsUniversity of St.Gallen, July 2020, Discussion Paper no. 2020-11

«Der Aufmarsch von Nazis ist kein grosses Problem» Trotz Hitlergrüssen, Hetzjagden und dem Erstarken der ArD: Deutschland war nie offener und lieberaler, nie waren die Zeiten für Mindeheiten besser, sagt Aladin El-Mafaalani. Interview: Sacha Batthyany. In: NZZ am Sonntag, 16.9.2018, S.21

Friesen, Joe, The Philippines now Canada’s top source of immigrants, The globe and mail, Published March 18, 2011

Guggenberger, Sophie, Direkte Demokratie und politischer Extremismus Das Beispiel der Schweiz. In: Jesse Eckhard /Niedermeier, Hans-Peter (hg.), Politischer Extremismus und Parteien, Berlin 2007, S.107-126.

Hofmann, Daniel, Was die ökonomische Forschung zum Populismus sagt. In: NZZ, 23.07.2020.

Immigration, Refugees and Citizenship Canada (IRCC) , 2019 ANNUAL REPORTto Parliament on Immigration, Refugees and Citizenship, 2020.

Mombelli, Armando, Überfremdungs-Initiativen haben lange Tradition, Swissinfo, 9.2.2014.

OECD (2019), International Migration Outlook 2019, Paris, pp.39-42.

Renat, Kuenzi, スイス流「反移民感情」の消化方法, スイスインフォ、2020/06/05 08:30

Schweizerische Eigdenossenschaft, Chronologie Volksabstimmungen

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The big shift - understanding the new Canadian: Darrell Bricker at TEDxToronto, 22.10.2013

Urbanization plays an important role in shifting population rates — Darrell Bricker & John Ibbitson, 17.02.2019

Wie die Einwanderung die Schweiz verändert. Von der Eröffnung des Gotthardtunnels bis zur Personalfreizüzigkeit: In kaum ein Land migrieren anteilsmässig so viele Menschen wie in die Schweiz und Fakten zu einem politischen Dauerbrenner, zusammengestellt von Rico Bandle. In: Sonntagszeitung, 9.8.2020, S.14-15.

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


スイスの国民投票 〜排外主義的体質の表れであり、それを克服するための道筋にもなるもの(1)

2020-09-07 [EntryURL]

前回から続くテーマ。カナダのように移民が受け入れられなくてもほかのなにかいい方法はないのか

人口が縮小している多くの国において、移民をいかに受け入れていくか、あるいは確保していくかは、死活問題となります。前回、ダリル・ブリッカー Darrell Brickerとジョン・イビットソン John Ibbitsonの共著『Empty Planet』(『2050年 世界人口大減少』文藝春秋、2020年)が示す、カナダが、毎年30万人規模の移民を受け入れているにも関わらず、社会で移民問題の摩擦がほとんどないという現状についてみました(「カナダの移民政策とヨーロッパのジレンマ」)。

このような成功例をきくと、ほかの国でも可能か、と期待がふくらみますが、著者は、カナダのようなやり方が、現状では、ほかの国では難しいとします。前回では、この違いについてヨーロッパを例にみてみましたが、それでは、カナダ流が無理でも、なにかほかにも、いい手段やアプローチの方法はないのでしょうか。

今回と次回を使って、このことを探っていきたいと思います。クローズアップしてみていくのは、ヨーロッパの小国スイスです。

スイスを扱うのは、ふたつの理由があります。まず、スイスは、先進国のなかでも移民の割合が多い国ですが、カナダと同様に、社会で移民にまつわる不穏な動きが少なく、近年、比較的、移民との共生がうまくいっているためです。ただし、これまで、すでに、スイスの移民のインテグレーション(社会への統合)について、色々な角度からレポートしたものと異なり、今回は、移民自身や移民についての働きかけではなく、とりわけ、移民の受け皿となる社会そのものを、対象にして考えてみます(これまでの移民のインテグレーションの概観については、「ヨーロッパにおける難民のインテグレーション 〜ドイツ語圏を例に」、「ドイツとスイスの難民 〜支援ではなく労働対策の対象として」、「帰らないで、外国人スタッフたち 〜医療人材不足というグローバルでローカルな問題」)。

二つ目の理由は、そのような受け入れ側である社会で、効果的に機能しているものとして、定評があるユニークな政治的装置(しくみ)があるためです。それは、スイスの国民投票という制度です。国民投票は、あくまで、スイスの政治制度にすぎませんが、これが移民問題にどのように関与し、一定の貢献をしているというのです。どういうことなのか、記事で、順次、明らかにしていきます。

スイス移民的背景を持つ人(外国出身あるいは外国出身の家庭の者)の割合

国民投票についてみていく前に、諸外国に比べ、移民の割合が突出して多いスイスの現状を、概観しておきます。

2018年のOECDの調査によると(OECD, 2019, p.39-42.)、外国で生まれた人の割合は29.0%です。この割合は、OECD加盟37カ国において、60万人の小国ルクセンブルク(47.6%)に次いで高さになっており、(外国出身者が現地の住民と全く接触なく、労働力として家族なしで就業しているアラブの国を除く)西側諸国で、非常に高い割合です(ちなみに、2000年のスイスでは21.9%でした)

このスイスの割合は、ほかのヨーロッパの主要国(ドイツ16。0%、フランス12.5%、イギリス13.8%、スウェーデン18.8%)と比べると、突出しており、自他共に求める主要な移民大国よりも高くなっています(オーストラリア27.7%、ニュージーランド23.3%、アメリカ13.6%)。ちなみに、前回扱ったカナダ(20.8%)よりも、約1割高い割合です。



15歳以上のスイス在住者で、移民的背景をもつ人は、2018年、全体の37.5%であり、複数の国籍をもつ重国籍者は、四人に一人の割合です(通常、移民的背景をもつ人とは、親のどちらかあるいは両方が外国に生まれた人をさしますが、この連邦統計局(BfS)の統計では、本人も両親もスイスで生まれた場合と、両親がともに外国で生まれたスイス人である場合をのぞいた人を除いた、外国の国籍をもつ人と、スイス人に帰化した人を指しています)。

国民投票というしくみ

国民投票という政治制度は、スイスに限ったものではありませんが、施行される回数が多く、国の政治的機能として重要性が非常に高いという意味で、スイスの国民投票は、特異な存在です。このため、スイスの国民投票について、簡単に以下、おさえておきます(詳細は以前にまとめた以下の記事をご参照ください(「牛の角をめぐる国民投票 〜スイスの直接民主制とスイスの政治文化をわかりやすく学ぶ」)。

現在世界のほとんどの民主主義国家では、有権者たちが選んだ代表者(代議員)を議会に送る「間接民主制(代表民主制)」という政治制度を用いていますが、これに対し、直接民主制とは、有権者が、国(あるいは所属する州や地域)の法律や政策決定に直接関与する(参加する)制度です。スイスでは、有権者は一定数の署名を一定期間に集めることで、ある提案を、投票に持ち込むことを指します。国レベルのことを決める投票であれば、国民投票、州レベルや自治体レベルのテーマを投票で決めることは、一般的に住民投票と表されます。

スイスの国民投票は、投票の対象となる内容の違いによって、「イニシアティブ(国民発議)」と「レファレンダム」という二つの種類に分かれます。イニシアティブとは、連邦憲法改正案を提案し、その是非を可決するものです。スイスの有権者で、有権者の10万人の署名を18カ月以内に集めることができれば、誰でもイニシアティブを提案し、国民投票に持ち込むことができます。内容が明らかに「違法」と判断されるようなものはイニシアティブとして成立させることができないことになっていますが、違法性を事前に判断すること自体も難しいため、原則としてイニシアティブとして成立したものは国民投票にかけられることになります。

「レファレンダム」は、すでに存在する法律や憲法に関する異議を申し立てる国民投票です。正確にいうと、この中にも、さらに二種類のものがあります。一つは、連邦議会が通過した法律に異議がある場合に、国民投票に持ち込み、最終的に国民が法律の可否を決めることです。これは、「(随意の)レファレンダム」と言われます。法律の公表日から100日以内に5万人分の署名を集めることができれば、どの法律に対しても可能です。もうひとつは、連邦議会が憲法改正案を承認した場合に行われる国民投票です。憲法を改正する際には必ず国民の承認が必要なため、国民投票が自動的に行われる運びになります。通常これは、「強制的レファレンダム」と言われます。

国民投票にかけられる議案は、まず連邦議会(ちなみにスイスは二院制で、上院にあたる全州議会と下院にあたる国民議会からなります)で賛成するか、反対するか、あるいは対案をつくるかが協議され、採決の結果が連邦議会の公式見解として示されます。国民投票は、連邦議会の公式見解に関係なく、実施されますし、最終的に提案を受け入れるかを決めるのは投票する国民自身であることは確かですが、有権者の判断の助けとして、連邦議会や政府の公式見解の影響力は少なくありません。

ちなみに、国民投票の提案の対象が憲法か、法律かによって、提案の採用条件が異なります。法律に関する国民投票(つまり随意のレファレンダムの場合)では、投票者の過半数の賛成票があれば、それだけで、提案は採用されます。これに対し、憲法に関わるほうの国民投票(つまりイニシアティブと強制レファレンダムの場合)では、国民の過半数が賛成であることかつ、賛成票が多数を占める州が過半数になる必要があります。このような国民投票の機会が、スイスでは年に平均四回あり、毎回平均3から4件の案件が採決され、国民投票の投票率は通常毎、4割から5割です。全く選挙にいったことがないという若者は2割程度にとどまり、自分たちの民主主義制度を守るために投票に行くことを義務と感じている人が、未だに比較的多いようです。

国民投票で吐露される移民への排外的な感情や不安

ところで、移民問題に関するスイスの国民投票については、これまで、ヨーロッパのほかの国では、どちらかというとむしろ、排外主義的で悪いイメージがつきまとっていました(逆に極右勢力からは、賞賛の的とされることがしばしばです)。

例えば、イスラム教寺院のミナレット(塔)の建設禁止を可決した際や(2009年)、移民数の制限案(2014年)が可決された際、スイスの排外主義を如実に示していると、隣国の政治家やメディアは、スイスを痛烈に批判していました。

排外主義的な議案を主にもちこむ国民党のポスターやビデオで、移民や外国を敵対視するようなあからさまで挑発的な表現をよく用いるため、これをもって、スイスの排外主義的な思想のあらわれだと、受け止められることも多かったのだと思われます。



移民の入国や滞在についての規制の強化を訴える国民党ポスターの例



(外国人排斥的な意識を、どう測り、どう判断するかは議論の余地が大いにあるところですが)全般にスイス社会に移民に対する不信感が、根強くあり、それが国民投票の議案ににじみでている、とする見方がほかの国ででてくるのも無理はないと理解できますし、実際に、あながちまちがってはいないでしょう。

1970年から2010年までの国民投票で、移民の管理や規制強化、国籍取得など、移民をどこまで、どのように自国に受け入れるかということテーマにした議案が、27回もだされ(Brunner et al., 2018)、毎回投票のたびに、移民が、国家上の重要な「問題」で、なんらかの規制の対象とすべきという主張が、声高に叫ばれてきたこと(もちろんそれに反対する意見もまた同じように主張されていましたが)。そして、このような移民問題(の規制を国民投票で可決させること)を政党方針の中心におき、関連する議案を国民投票に繰り返して提出してきた国民党が、1990年代から支持者を急増させ、2003 年以降今日までスイスの第1党であること。現在もそのような排外主義的国民投票は過去形になっておらず、今年9月27日に再び、保守・右派の国民党主導のスイスが自律的に外国人移民の受け入れを規制可能にするよう求める国民投票(通称「制限イニシアティブ」)が行われる予定であること。

これらの事実をふまえ、総合的に考えれば、スイスは排外主義的な傾向が根強くあり、そこでの国民投票は、国民の反移民の感情を映し出す、ひとつの鏡となっている、と言えるかと思います。

反転する国民投票のイメージ

しかし、非常に興味深いことに、このような見方とは対照的に、よりによってこの国民投票が、移民政策を安定的に推移させる鍵となっているという、という見方もあり、特にスイスでは、現在、社会で幅広く受容されています。

次回は、スイスで、国民投票の、どこに移民政策についてのプラスの部分を見い出し、どんな効用があるとしているのか、詳しくみていきます。

※ 参考文献は、次回の記事の最後に一括して掲載します。

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
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