ブログ記事一覧

スイスの国民投票 〜排外主義的体質の表れであり、それを克服するための道筋にもなるもの(2)

2020-09-14 [EntryURL]

切り口によって見えてくるものが異なる国民投票

前回、スイスの国民投票は、移民に対する規制や国外との関係を問われることがこれまで頻繁にとりあげてきたため、このような国民投票の議案やその結果から、スイスのむきだしの排外主義を示し、また実施する装置であるかのように、理解されたり批判の対象とされることが多かったことを報告しました。

しかし興味深いことに、スイスでは、よりによって、この国民投票こそが、排外主義的な動きを抑制する安全弁の役割を果たしているという解釈と評価が、現在、有力です。一体、どういうことなのか、今回はまずそれを明らかにしていきます。

後半は、3回の記事のまとめとして、カナダとスイスの状況から、ほかの国は、それぞれの移民政策の一助として、なにか学べることはあるのかを考察してみます。

※今回は、移民問題について3回に分けて扱う最後の記事となります。これまでの記事は以下です。

カナダの移民政策とヨーロッパのジレンマ
スイスの国民投票 〜排外主義的体質の表れであり、それを克服するための道筋にもなるもの(1)

スイスの移民をめぐる状況

最初に、現在のスイスの移民をめぐる社会の状況を概観してみます。

スイスでは、中学卒業後、学校の学力だけでなく、それぞれの興味や能力をいかした職業訓練課程が充実しており(詳細は、「スイスの職業教育(1) 〜中卒ではじまり大学に続く一貫した職業教育体系」)、アメリカ、イタリア、スウェーデンと比べても、スイスは、子供の将来の収入が、親の収入にもっとも関係性が低く、低所得者層の子供たちでも、収入が多い仕事につけるチャンスが大きい国です(Chuard et al., 2020)。また、ゲットー化した移民集住地区はなく、移民は、スイス人と混在して主に都市部に居住しているため、移民が地理的にも社会にインテグレーションされやすい環境が整っています。

このような事情を背景に、スイス社会において、物理的にも心理的にも移民や難民が孤立したり、対立が深まっているという見解は、社会で一般的に共有されていません(ただし、移民の中には違う意見の人も一定程度いることは憶測されます)。「なぜほかのヨーロッパの隣国よりもスイスのほうが、インテグレーションがうまくいっているのか」(NZZ, 26.1.2016)と主要紙面で議論されているのも、移民との共存がうまくいっているという理解が、議論の前提として、共有してあるためでしょう(「就労とインテグレーション(社会への統合) 〜 スウェーデンとスイスの比較」)。

難民や移民への暴力や、排斥主義をかかげる勢力の不穏な動き、また逆にスイス社会を敵対視する移民的背景の住民や急進イスラム教徒による暴動やテロ行為なども、現在、非常に小規模に止まります。スイスで公的に把握されている、移民排斥をかかげる右翼過激派が関わった事件の数は、2018年になって、それまでより若干増えましたが、暴力に発展したものに関していえば、スイス全体で、2016年2件、2017年1件、2018年は0件になっています。

左翼過激派と右翼過激派の事件と暴力事件数の近年の推移
出典: Federal Intelligence Service, Schweizerische Eidgenossenschaft, SWITZERLAND’S SECURITY 2019. Situation Report of the Federal Intelligence Service, p.55.



スイスに15年近く暮らしてきたわたし自身も、以前、旧東ドイツの大都市ライプツィヒに暮らしていた経験(身の危険を意識する体験)を踏まえると(「マルチカルチュラルな社会 〜薄氷の上のおもしろさと危うさ」)、外国出身の自分が、現在スイスが享受している不安のない境遇が、大変恵まれたものであり、逆に、今日のヨーロッパにおいて、決して「当たり前」でも、また「常態」である保証もないもの、という気もちが強くあります。

わたし以上に、スイスの住民と移民の平和裡な共存社会を実感しているのは、未来のスイス社会の担い手となる若い世代かもしれません。義務教育課程に就学する生徒に限定すると、すでに、過半数以上が移民的背景をもっており、移民に対する意識も、近年、大きくポジティブに変化しているようです。

若者の考えやライフスタイルを探る国際比較調査『若者バロメーター2018』によると、2010年以後、全体に外国人を、問題が少ない、問題が全くない、あるいは外国人がいるのがむしろメリットだ、と回答した若者の割合は、難民危機となった2015年をのぞき、ゆるやかに増えており、2018年は65%に達しています。

2010年と2018年のデータを端的に比べると、その変化は顕著です。外国人を、問題ないとする人が14から24%に、メリットがあるとするのは7から16%と増え、逆に、非常に大きな問題あるいは大きな問題だとした人が、それぞれ21から12%、25から19%へと減っています。若い世代の外国人とスイス人の関係に限ってみると。その関係を、調和的(ハーモニー)であると答えた人の割合は、2010年の11%から2018年には、3倍の33%になっています(「若者たちの世界観、若者たちからみえてくる現代という時代 〜国際比較調査『若者バロメーター2018』を手がかりに」)。

総じて、スイスでは、主要西側諸国の間でも突出して移民的背景の人の割合が高いにも関わらず、また、ほかのヨーロッパの国に比べ、寛容な人が多いわけでも、外国人排斥主義的な思想の人の割合が全体に少ないというわけでもないと思われるにも関わらず、少なくとも現状を見る限り、移民が比較的平和裡に社会で共存しているように思われます。


スイス国立博物館(チューリヒ)の「移民」に関する展示コーナーの入り口


国民投票というプロセスがもたらすもの

このような状況をつくりだすために、移民のインテグレーションの教育や、移民に利用されやすいサポート・プロジェクトなど、移民自身を対象にした投資は、もちろん非常に重要です。移民の最終的な引受先であるそれぞれの自治体が主体的となったインテグレーションのプロジェクトで、目覚ましい効果をあげているものも少なくありません(例えば、「難民と高齢者の需要と供給が結びついて生まれた「IT ガイド」、〜スウェーデンで評判のインテグレーション・プロジェクト」、「はさみをもった家庭訪問員たち 〜「早期支援」という観点から臨む移民のインテグレーション・プロジェクト」)。

しかし、インテグレーションは移民側の話だけで完結するものではありません。極端に言えば、移民がどんなに努力しインテグレーションされようとしても、社会がそれを受け入れなければインテグレーションにはなりません。つまり、受け入れ側もまた、移民と共存する社会を容認・受容することが必要なわけですが、社会側のインテグレーション力を高めるものとして、注目されるのが、スイス独特の政治制度である国民投票制度です。

国民投票が移民政策にポジティブな効果をもたらしているという見解は、政治学や社会学の学説の一つにとどまるものではなく、むしろ、今日の主要な報道機関でも繰り返される言説で、スイス社会で幅広く共有されています。以下、このような評価を表明している具体的な文章をいくつか引用してみます。

政治学者でベルン大学教授のビュールマンMarc Bühlmannは、国民の間に移民への制御不能になるのではという「不安は実際に存在する」ことを認めた上で、「問題を明るみに出し、それを整理するのが政党の任務」であるとします。そして、実際、「政党が人々の不安をすくいとり、「あなたのために問題に取り組み、あなたの声を代弁する」と訴えかければ、市民は自分たちの不安が真剣に受け止められていると感じる」のだと主張します。このように、スイスの直接民主制が、人々の不安をなかったかのように否定するのではなく、むしろ表面化・組織化させる装置として働き、そのプロセスを追うことで、国民も問題を客観的にとらえることができるようになるとします(Renat, 2020)。

逆に、このような国民投票がないと、政党が不安をすくいあげ、正当に評価することが難しくなるため、「極右政党がここぞとばかりに名乗りを上げ、人々の不安を激しい怒りに変える可能性」につながりやすくなり、ドイツやフランスで、『ドイツのための選択肢(AfD)』や『国民連合』といった極右や排斥主義の動きが社会で目立ち、頻繁に暴力沙汰や衝突も起こしていることは、まさに、スイスと反対の展開になっている事例と考えます(Renat, 2020)。

9月の移民制限を議案にした国民投票を前に、『ゾンターグスツァイトゥンク』新聞に掲載された編集者の意見は、以下のようなものでした。

移民問題をテーマにする国民投票は「そうでもしないと人があまり話したがらない国内の問題を、議論する機会を提供している」。そのような議論が「起こることは、少なくとも、投票結果自体と同じくらい重要だ。そしてこれこそ、われわれの直接民主主義システムの強みなのだ」。「移民問題に関わり、これについて言い争うことは、確かにやっかいだ。いたるところ落とし穴だらけで危険がひそむ。ひとことでもまちがった言葉を使えば、それだけで面目を失いかねない。このため、このことにできれば話したくないと思う人が多いのは、理解できる。しかし、それは破滅的な結果をもたらしかねない。フラストレーションがどんどんたまたっていき、まったく予期せぬ方向に向かうかもしれない。」それゆえ、9月の国民投票は、「不都合でやっかいであっても、討議するための招待状のようなものであり、この機会を、我々は利用すべきだろう」(Bandle, Wer, 2020)

この意見は、政党の機能よりも国民が議論する行為自体に重きを置いている、という点では違いますが、国民投票が、最終的に人々の不満や不安を払拭するのに役立っているという理解では、先ほどのビュールマンと一致します。

スイスの高級紙『ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥンク』(NZZ)でも、「よく考えれば、政党があきもせず、少し違う内容でいつも同じ戦いをすることは、驚くべきことだ。しかしそれは、スイスが、何度も自分でそれを確かめるため、このような対決(論争)をスイスが必要としていたということなのであろう」(Bernet, 2020)と記し、人々が、国の政策を自分なりに消化・理解するのに不可欠のプロセスを国民投票が提供している、という見解を示しています。

このような国民投票をめぐる、スイスで定着している解釈は、とても逆説的です。一見、国民投票は、ポスターやキャンペーンをみると、とても挑発的で、排外主義的な意見を世論に訴える装置となっており、国民を扇動するものであるかのようにみえます。確かに、投票キャンペーン中は、移民排斥の雰囲気が強まる(と感じられる)かもしれません。しかし、そのような排外主義的な感情をその国民投票のキャンペーンをとおし、徹底的に吐き出し、やんややんやと国中で、反対意見を対比させながら、相対化し、(国民が尊重する)国民投票という場でひとつの決着をつけることで、白熱する議論に一旦終止符を打つ。そういったプロセスを繰り返していくことで、最終的に、排外主義的な思想を多くの国民心理に深く定着・普及させるのでなく、むしろ、社会の二極化や対立化の予防に寄与するというのです。

もちろん、国民投票は、一方で、政策に大転向をさせることも可能な重要な政策決定システムであり、政府が、社会のガス抜き効果だけを期待して、気楽に重宝できるような無害な代物、儀礼的な(形だけの)承認制度ではありません。社会がそれまで築き上げてきたものをゼロに置き換えたり混乱に陥れる危険すらあるという意味で、言わば、常に政治に「爆弾」を抱えているような感じすらします。

例えば、今年9月に行われる移民の数の制限の是非を問う国民投票でも、もし制限されるほうに可決されれば、人の移動の自由を互いに保証するEU との関係を180度変更されることになるかもしれず、その社会的な影響がはかりしれないと、危惧する声も少なくありません(もちろん制限推進派は、そんな心配は全く無用だと主張しておりますし、実際のところ、EUが国民投票の結果をどう評価し次の一手にでるかは、現時点では誰にとっても不可知です)。

しかし、逆に、それほど、スイスの政治システムで重要な権限をもつ国民投票であるからこそ、国をあげて真剣な議論が必要となり、普段、目をそらしていた問題やそれを訴える人たちも、脚光があたります。そうした議論や決断のプロセスによって、人々に、不満や無気力さをためこませるのでなく、むしろ、自分たちが決断を下す問題として議案に対する権利意識を強めさせ、逆に、多数決で結果が下されたあかつきには、それを自国の決断として受けいれることを義務と感じ、受け入れやすくなる、ということのようです。

国民投票の非合法勢力や行為を抑制する効果

国民投票は、長期的に、社会に不満をためないための安全弁になっているだけでなく、衝動的な不正行為や非合法な運動に走ることを、未然に排除・抑制するという副次的な効果ももっていると考えられます。

投票で公明正大に勝利するためには、武力や暴言など、人々に不安や不穏を感じさせる発言や行動が結びついていれば、国民の多数派の信任をとりつけることはできません。このため、国民投票に参加するどの勢力も、あくまで、投票キャンペーンという正規の合法的な枠組みのなかだけでしか展開しません。キャンペーン中は、上のポスターのように一部、過激な表現もみられますが、合法の範囲内です。

そして、そのような常軌を逸しない「お行儀のいい」態度は、投票後にも求められます。投票結果で負けに帰しても、投票結果を尊重することは絶対であり、不当だと主張するなど問題外です。もしそんなことをすれば、スイス国民全体を敵にまわすか、未来永劫、人々からの信頼を決定的に失う、あるいはその両方になるためです。それほど、国民投票は、スイス人が、国の政治決定機能の最高峰と信じているものであり、「神聖」で不可侵な域に入っているものです。

このため、国民投票で負けても、その結果を真摯に認めざるをえず、不服であっても、暴力などほかの手段で、ねじふせて主張を通そうではなく、次回の国民投票という合法的な政治手段で今度こそ勝利を手にしようという、合法的なステップへと、むしろ駆られていくことになります。移民制限に関わる国民投票がこれまで何度も内容を少しかえつつ行われてきたのは、スイスの排外主義が、非合法なルートをとおるのではなく、合法なルートを多く通ってきた軌跡・証だ、といえるかもしれません。

つまり、国民投票は、人々を政治行動にうながすだけでなく、不満を抱える人々の非合法な行為を抑制する効果にもなっていると考えられます。

グッケンベルガーは、このような誰もまたなにも排除されず政治に参加でき、逆に言えば、参加したい人は誰でも「ほかの人に聴いてもらいたければ、自分の主張を、他人にもわかるように表明しなければならなくなる」(Guggenberger, 2007, 124.)スイス独特の政治システムが、極右などの政治的な過激派の勢力を押さえる効果にもなっているとしています。実際、前述の通り、極右の過激派の不穏な動きは、スイスでは、ほとんどみあたりません。

ちなみに、グッケンベルガーは、国民投票という制度だけでなく、スイスの強い地方分権主義と、スイス特有の(連邦議会から選ばれた議員の合議体として)組閣するしくみも、同様に、過激派勢力が広がりにくくなる重要な政治的な要素としています。

おわりに 〜カナダとスイスから学べること

移民の受け入れは、近い将来、多くの国で身近で切実な問題となるでしょう。一方、移民受け入れは、社会を移民受け入れに寛容な社会に導くのでなく、むしろ社会で移民への排外主義を強めてしまうという「逆効果(非生産的counterproductive)」を生む、そんな風な(理想主義的でなくリアリズムの)考え方が、現在のヨーロッパでは主流です。

しかし、3回にわたって扱ってきたカナダとスイスの事例は、必ずしもそうではないことを、示していと思います。

今回、二つの国をみただけで、一般化することや、モデルを抽出することはもちろん不可能ですが、少なくとも、この二つの、一見すると、全く違うアプローチや体制にみえる国において、移民を受け入れる社会として共通点がありました。

それは、国民の関心や利益を重視する姿勢を躊躇せず明確に示し、国民がもちうる不安や都合を看過しないことを、移民政策を進める上の前提にしていることです。

カナダでは、自国の利害を移民政策に公然と反映させていることを、隠しても過小に評価してもいませんでした。むしろ、それを移民政策において重要なことと認め、著者は、以下のように記しています。

「おおむね、効果的な公共政策は、集団的な自己の興味を反映させる。つまり、すべての人にとっていいものである(べきだ)。これは、とりわけ、難民や移民について当てはまる。」(Bricker, 2019, p.211)
「もちろんわたしたちは共感もするし、もちろん利他主義的な理由で行動もする。ただし、「なぜ自分はこんな犠牲を払わなくちゃいけないんだ。わたしやわたしの家族にとってこのなかにはなんの意味があるのか」と、自問自答をしはじめる前に、それが正しいことである時にしかできない」 (Ibid., p.210)

スイスでも、移民関連の議案が国民投票にかけられる際、是非をめぐり、きれいごとや、表面的な議論ですまさず、自分たちの利害や不満、エゴや不安に裏打ちされた利点と欠点(と主張されるもの)をそれぞれ並べ立てて激しく議論します。この結果、意見の対立が、国を二分することありますし、投票結果によっては、政策の大きな転換を余儀なくされます。このため、見方によれば、国民投票は、社会が混乱するリスクがきわめて大きい政治制度ですが、人々のエゴや不安を素通りすることができないこと、またそうやって決めた国民の過半数以上に意思を尊重するという(直線民主制の長い伝統のあるスイスの)国民の政治的コンセンサスがうまれます。

つまり、カナダとスイスでは、移民問題、移民の受け入れ方について、受け入れ人数や質だけで議論するのでなく、受け入れ側の社会の事情や問題も含めたテーマとして、タブーをつくらず、不安やエゴもオープンにして吟味・検討することがのぞましく、そのような環境をつくっていくことが大事である。それこそが、最終的に、社会において、移民の受け入れがしやすくなるための重要なキーとなると、これまでの経験から実感している、それがカナダとスイスなのではないかと思います。

ちなみにスイスでは、このような政府が政策を決めても、国民が気に入らなければ、国民投票で打ち消されてしまうという制度があることが、政府や国会にとってもプレッシャーとなっているため、ほかのヨーロッパ諸国に比べ、政策決定には国民にあらかじめかなり配慮し、また政治方針を国民に理解してもらえるように丁寧に説明する習慣が定着している、とチューリヒ大学経済研究所のドルンDavid Dorn 教授はいいます(ドルンは、国際経済が与える国内労働市場や政治への影響を西ヨーロッパとアメリカを対象に幅広く研究する先鋭のスイスの経済学者。「向かっている方向は? 〜グローバル経済と国内政治が織りなすスパイラル」)。

植物の種を、どこかの土壌に植えて育てるには、種をどのくらい、どこに植えるかといったたぐいの問題ももちろん重要ですが、土壌(ここでは移民の受け皿となる社会)自体をほぐすことや、肥料や水も欠かせません。

移民政策を種植え、移民が植物の種だとすると、種が育ちやすくなる土壌とはどんなもので、どうやってそれを作り・維持するのか。その手の内を、具体的にみせてくれているのが、今回のカナダとスイスということになるかもしれません。

参考文献

Bundesamt für Statistik (BfS), Schweizerische Eigdenossenschaft, Bevölkerung nach Migrationsstatus(2020年8月13日閲覧)

Bandle, Rico, «Es sollte Integrationskurse für Schweizer geben» Migrationsforscher Ganda Jey Aratnam über die Begrenzungsinitiative - und weshalb sich die Einwanderung in die Schweiz nicht mehr stoppen lässt. In: Sonntagszeitung, 9.8.2020, S.11-13.

Bandle, Rico, Wer die Einwanderung tabuisiert, schadet dem Land. Bei der Migration sind viele Probleme unglöst. Die Begrenzungsinitiative bietet die Chance, darüber zu diskutieren. In: Sonntagszeitung, 9.8.2020, S.17.

Brunner, Beatrice/Kuhn, Andreas, Immigration, Cultural Distance and Natives’ Attitudes Towards Immigrants: Evidence from Swiss Voting Results. In: KYKLOS ,Vol. 71 – February 2018 – No. 1, pp. 28–58.

Brühlmann, Kevin, Die Eisenjugend ist weiter aktiv. In: Tages-Anzeiger, 12.8.2020, S.17.

Bernet, Luzi, Der 17. Mai wird zur Stunde null in der Europapolitik. In: NZZ am Sonntag, 16.2.2020, S.15.

Bricker, Darrell/ Ibbitson, John, Empty planet. The Shock of Global Population Decline, London 2019. (邦訳 ダリル・ブリッカー Darrell Brickerとジョン・イビットソン John Ibbitson共著『2050年 世界人口大減少』文藝春秋、2020年)

Chuard, Patrick/Grassi, Veronica, Switzer-Land of Opportunity:Intergenerational Income Mobility in the Land of Vocational Education, School of Economics and Political ScienceDepartment of EconomicsUniversity of St.Gallen, July 2020, Discussion Paper no. 2020-11

«Der Aufmarsch von Nazis ist kein grosses Problem» Trotz Hitlergrüssen, Hetzjagden und dem Erstarken der ArD: Deutschland war nie offener und lieberaler, nie waren die Zeiten für Mindeheiten besser, sagt Aladin El-Mafaalani. Interview: Sacha Batthyany. In: NZZ am Sonntag, 16.9.2018, S.21

Friesen, Joe, The Philippines now Canada’s top source of immigrants, The globe and mail, Published March 18, 2011

Guggenberger, Sophie, Direkte Demokratie und politischer Extremismus Das Beispiel der Schweiz. In: Jesse Eckhard /Niedermeier, Hans-Peter (hg.), Politischer Extremismus und Parteien, Berlin 2007, S.107-126.

Hofmann, Daniel, Was die ökonomische Forschung zum Populismus sagt. In: NZZ, 23.07.2020.

Immigration, Refugees and Citizenship Canada (IRCC) , 2019 ANNUAL REPORTto Parliament on Immigration, Refugees and Citizenship, 2020.

Mombelli, Armando, Überfremdungs-Initiativen haben lange Tradition, Swissinfo, 9.2.2014.

OECD (2019), International Migration Outlook 2019, Paris, pp.39-42.

Renat, Kuenzi, スイス流「反移民感情」の消化方法, スイスインフォ、2020/06/05 08:30

Schweizerische Eigdenossenschaft, Chronologie Volksabstimmungen

Stadt Winterthur, Sicherheitsbericht der Stadt Winterthur 2019, 2020.

The big shift - understanding the new Canadian: Darrell Bricker at TEDxToronto, 22.10.2013

Urbanization plays an important role in shifting population rates — Darrell Bricker & John Ibbitson, 17.02.2019

Wie die Einwanderung die Schweiz verändert. Von der Eröffnung des Gotthardtunnels bis zur Personalfreizüzigkeit: In kaum ein Land migrieren anteilsmässig so viele Menschen wie in die Schweiz und Fakten zu einem politischen Dauerbrenner, zusammengestellt von Rico Bandle. In: Sonntagszeitung, 9.8.2020, S.14-15.

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


スイスの国民投票 〜排外主義的体質の表れであり、それを克服するための道筋にもなるもの(1)

2020-09-07 [EntryURL]

前回から続くテーマ。カナダのように移民が受け入れられなくてもほかのなにかいい方法はないのか

人口が縮小している多くの国において、移民をいかに受け入れていくか、あるいは確保していくかは、死活問題となります。前回、ダリル・ブリッカー Darrell Brickerとジョン・イビットソン John Ibbitsonの共著『Empty Planet』(『2050年 世界人口大減少』文藝春秋、2020年)が示す、カナダが、毎年30万人規模の移民を受け入れているにも関わらず、社会で移民問題の摩擦がほとんどないという現状についてみました(「カナダの移民政策とヨーロッパのジレンマ」)。

このような成功例をきくと、ほかの国でも可能か、と期待がふくらみますが、著者は、カナダのようなやり方が、現状では、ほかの国では難しいとします。前回では、この違いについてヨーロッパを例にみてみましたが、それでは、カナダ流が無理でも、なにかほかにも、いい手段やアプローチの方法はないのでしょうか。

今回と次回を使って、このことを探っていきたいと思います。クローズアップしてみていくのは、ヨーロッパの小国スイスです。

スイスを扱うのは、ふたつの理由があります。まず、スイスは、先進国のなかでも移民の割合が多い国ですが、カナダと同様に、社会で移民にまつわる不穏な動きが少なく、近年、比較的、移民との共生がうまくいっているためです。ただし、これまで、すでに、スイスの移民のインテグレーション(社会への統合)について、色々な角度からレポートしたものと異なり、今回は、移民自身や移民についての働きかけではなく、とりわけ、移民の受け皿となる社会そのものを、対象にして考えてみます(これまでの移民のインテグレーションの概観については、「ヨーロッパにおける難民のインテグレーション 〜ドイツ語圏を例に」、「ドイツとスイスの難民 〜支援ではなく労働対策の対象として」、「帰らないで、外国人スタッフたち 〜医療人材不足というグローバルでローカルな問題」)。

二つ目の理由は、そのような受け入れ側である社会で、効果的に機能しているものとして、定評があるユニークな政治的装置(しくみ)があるためです。それは、スイスの国民投票という制度です。国民投票は、あくまで、スイスの政治制度にすぎませんが、これが移民問題にどのように関与し、一定の貢献をしているというのです。どういうことなのか、記事で、順次、明らかにしていきます。

スイス移民的背景を持つ人(外国出身あるいは外国出身の家庭の者)の割合

国民投票についてみていく前に、諸外国に比べ、移民の割合が突出して多いスイスの現状を、概観しておきます。

2018年のOECDの調査によると(OECD, 2019, p.39-42.)、外国で生まれた人の割合は29.0%です。この割合は、OECD加盟37カ国において、60万人の小国ルクセンブルク(47.6%)に次いで高さになっており、(外国出身者が現地の住民と全く接触なく、労働力として家族なしで就業しているアラブの国を除く)西側諸国で、非常に高い割合です(ちなみに、2000年のスイスでは21.9%でした)

このスイスの割合は、ほかのヨーロッパの主要国(ドイツ16。0%、フランス12.5%、イギリス13.8%、スウェーデン18.8%)と比べると、突出しており、自他共に求める主要な移民大国よりも高くなっています(オーストラリア27.7%、ニュージーランド23.3%、アメリカ13.6%)。ちなみに、前回扱ったカナダ(20.8%)よりも、約1割高い割合です。



15歳以上のスイス在住者で、移民的背景をもつ人は、2018年、全体の37.5%であり、複数の国籍をもつ重国籍者は、四人に一人の割合です(通常、移民的背景をもつ人とは、親のどちらかあるいは両方が外国に生まれた人をさしますが、この連邦統計局(BfS)の統計では、本人も両親もスイスで生まれた場合と、両親がともに外国で生まれたスイス人である場合をのぞいた人を除いた、外国の国籍をもつ人と、スイス人に帰化した人を指しています)。

国民投票というしくみ

国民投票という政治制度は、スイスに限ったものではありませんが、施行される回数が多く、国の政治的機能として重要性が非常に高いという意味で、スイスの国民投票は、特異な存在です。このため、スイスの国民投票について、簡単に以下、おさえておきます(詳細は以前にまとめた以下の記事をご参照ください(「牛の角をめぐる国民投票 〜スイスの直接民主制とスイスの政治文化をわかりやすく学ぶ」)。

現在世界のほとんどの民主主義国家では、有権者たちが選んだ代表者(代議員)を議会に送る「間接民主制(代表民主制)」という政治制度を用いていますが、これに対し、直接民主制とは、有権者が、国(あるいは所属する州や地域)の法律や政策決定に直接関与する(参加する)制度です。スイスでは、有権者は一定数の署名を一定期間に集めることで、ある提案を、投票に持ち込むことを指します。国レベルのことを決める投票であれば、国民投票、州レベルや自治体レベルのテーマを投票で決めることは、一般的に住民投票と表されます。

スイスの国民投票は、投票の対象となる内容の違いによって、「イニシアティブ(国民発議)」と「レファレンダム」という二つの種類に分かれます。イニシアティブとは、連邦憲法改正案を提案し、その是非を可決するものです。スイスの有権者で、有権者の10万人の署名を18カ月以内に集めることができれば、誰でもイニシアティブを提案し、国民投票に持ち込むことができます。内容が明らかに「違法」と判断されるようなものはイニシアティブとして成立させることができないことになっていますが、違法性を事前に判断すること自体も難しいため、原則としてイニシアティブとして成立したものは国民投票にかけられることになります。

「レファレンダム」は、すでに存在する法律や憲法に関する異議を申し立てる国民投票です。正確にいうと、この中にも、さらに二種類のものがあります。一つは、連邦議会が通過した法律に異議がある場合に、国民投票に持ち込み、最終的に国民が法律の可否を決めることです。これは、「(随意の)レファレンダム」と言われます。法律の公表日から100日以内に5万人分の署名を集めることができれば、どの法律に対しても可能です。もうひとつは、連邦議会が憲法改正案を承認した場合に行われる国民投票です。憲法を改正する際には必ず国民の承認が必要なため、国民投票が自動的に行われる運びになります。通常これは、「強制的レファレンダム」と言われます。

国民投票にかけられる議案は、まず連邦議会(ちなみにスイスは二院制で、上院にあたる全州議会と下院にあたる国民議会からなります)で賛成するか、反対するか、あるいは対案をつくるかが協議され、採決の結果が連邦議会の公式見解として示されます。国民投票は、連邦議会の公式見解に関係なく、実施されますし、最終的に提案を受け入れるかを決めるのは投票する国民自身であることは確かですが、有権者の判断の助けとして、連邦議会や政府の公式見解の影響力は少なくありません。

ちなみに、国民投票の提案の対象が憲法か、法律かによって、提案の採用条件が異なります。法律に関する国民投票(つまり随意のレファレンダムの場合)では、投票者の過半数の賛成票があれば、それだけで、提案は採用されます。これに対し、憲法に関わるほうの国民投票(つまりイニシアティブと強制レファレンダムの場合)では、国民の過半数が賛成であることかつ、賛成票が多数を占める州が過半数になる必要があります。このような国民投票の機会が、スイスでは年に平均四回あり、毎回平均3から4件の案件が採決され、国民投票の投票率は通常毎、4割から5割です。全く選挙にいったことがないという若者は2割程度にとどまり、自分たちの民主主義制度を守るために投票に行くことを義務と感じている人が、未だに比較的多いようです。

国民投票で吐露される移民への排外的な感情や不安

ところで、移民問題に関するスイスの国民投票については、これまで、ヨーロッパのほかの国では、どちらかというとむしろ、排外主義的で悪いイメージがつきまとっていました(逆に極右勢力からは、賞賛の的とされることがしばしばです)。

例えば、イスラム教寺院のミナレット(塔)の建設禁止を可決した際や(2009年)、移民数の制限案(2014年)が可決された際、スイスの排外主義を如実に示していると、隣国の政治家やメディアは、スイスを痛烈に批判していました。

排外主義的な議案を主にもちこむ国民党のポスターやビデオで、移民や外国を敵対視するようなあからさまで挑発的な表現をよく用いるため、これをもって、スイスの排外主義的な思想のあらわれだと、受け止められることも多かったのだと思われます。



移民の入国や滞在についての規制の強化を訴える国民党ポスターの例



(外国人排斥的な意識を、どう測り、どう判断するかは議論の余地が大いにあるところですが)全般にスイス社会に移民に対する不信感が、根強くあり、それが国民投票の議案ににじみでている、とする見方がほかの国ででてくるのも無理はないと理解できますし、実際に、あながちまちがってはいないでしょう。

1970年から2010年までの国民投票で、移民の管理や規制強化、国籍取得など、移民をどこまで、どのように自国に受け入れるかということテーマにした議案が、27回もだされ(Brunner et al., 2018)、毎回投票のたびに、移民が、国家上の重要な「問題」で、なんらかの規制の対象とすべきという主張が、声高に叫ばれてきたこと(もちろんそれに反対する意見もまた同じように主張されていましたが)。そして、このような移民問題(の規制を国民投票で可決させること)を政党方針の中心におき、関連する議案を国民投票に繰り返して提出してきた国民党が、1990年代から支持者を急増させ、2003 年以降今日までスイスの第1党であること。現在もそのような排外主義的国民投票は過去形になっておらず、今年9月27日に再び、保守・右派の国民党主導のスイスが自律的に外国人移民の受け入れを規制可能にするよう求める国民投票(通称「制限イニシアティブ」)が行われる予定であること。

これらの事実をふまえ、総合的に考えれば、スイスは排外主義的な傾向が根強くあり、そこでの国民投票は、国民の反移民の感情を映し出す、ひとつの鏡となっている、と言えるかと思います。

反転する国民投票のイメージ

しかし、非常に興味深いことに、このような見方とは対照的に、よりによってこの国民投票が、移民政策を安定的に推移させる鍵となっているという、という見方もあり、特にスイスでは、現在、社会で幅広く受容されています。

次回は、スイスで、国民投票の、どこに移民政策についてのプラスの部分を見い出し、どんな効用があるとしているのか、詳しくみていきます。

※ 参考文献は、次回の記事の最後に一括して掲載します。

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


カナダの移民政策とヨーロッパのジレンマ

2020-09-01 [EntryURL]

ダリル・ブリッカー Darrell Brickerとジョン・イビットソン John Ibbitsonの共著 »Empty planet. The Shock of Global Population Decline, London 2019»(邦題『2050年 世界人口大減少』文藝春秋、2020年)によると、カナダは、実際、毎年約30万人以上の移民や難民が入国しているにもかかわらず、移民との社会との摩擦が非常に少なく、移民のインテグレーション(社会への統合)が平和裡に進行しているといいます。

これは、ほかの国の昨今の事情と比較すると、驚異的です。ヨーロッパやアジア、また現在のアメリカをみわたすと、移民の流入を厳しく制限するか、あるいは移民が入ったことで、排外主義的な動きが過敏になり、たびたび不穏な動きがでてくる国があまりに多いためです(「出生率からみる世界(2) 〜白人マイノリティ擁護論と出生率を抑制する最強の手段」)。

カナダは、ほかの国が真似できない、特別な国なのでしょうか。それともほかの国々の未来の姿を先取りしているということなるのでしょうか。このような素朴な疑問を出発点にして、のぞましい移民政策とはどのようなものであるのか、今回から3回の連続記事上で、すこし考えをめぐらしていきたいと思います。

初回である今回は、冒頭の著作や、関連する情報を参照しながら、カナダとヨーロッパの状況を、対比させながら概観します。

次回(「スイスの国民投票 〜排外主義的体質の表れであり、それを克服するための道筋にもなるもの(1)」)と最終回(「スイスの国民投票 〜排外主義的体質の表れであり、それを克服するための道筋にもなるもの(2)」)では、重点をカナダからヨーロッパに移し、(カナダからみると全般的に移民政策がうまくいっていないようにみえる)ヨーロッパにあって、比較的移民政策が現在うまくいっているスイスの、「国民投票」という政治制度に注目してみます。なぜ移民政策のテーマの記事で、政治制度の一つである国民投票をとりあげるのかについては、次回以降に明らかにしていくことにして、この政治制度が、移民の受け皿である社会に与えている効果を考えながら、最終的に、カナダとスイスの移民政策において共通するものを提示してみたいと思います。

※参考文献は、第三回の記事の最後に一括して掲載します。

カナダの自国優先の移民政策

上述の本で、カナダが移民政策で優れている理由・背景とされているものは二つあります。

まず一つ目は、自国の利益を優先した移民政策のあり方です。カナダの永住権を取得する人々のうち、難民出身は、そのうちわずか、1割程度にすぎず、9割、つまり大部分の移民は、教育水準や仕事のスキル、語学力などをポイント制で評価され、カナダという国に貢献する資質をもつと認定された人たちです。つまり、カナダへの移住者の圧倒的多数は、カナダの「全く自分勝手な理由」(Bricker /Ibbitson, 2019, p.210)で入国を許された人たちだといえます。

これは、人道的な見地を移民や難民受け入れで(少なくとも表向きは)重んじてきたヨーロッパの移民政策の伝統とは、大きく異なっていますが、このように移民を経済政策の一手段と位置づけ、カナダ流の合理的・プラグマティックな観点から、移民を自ら選抜することで、自国の都合にマッチングしやすくし、受け入れ側のカナダに、問題や不満がでにくくなる、と著者はいいます。


カナダの国民気質

本書で、もう一つのカナダの移民政策がうまくいく重要な理由・根拠とされているのが、カナダの国民気質です。

近代国家は、共同体としての国内の絆を強めることで、他者を排除する原理をつくりだしましたが、歴史的に世界中からの移民を受け入れてきたカナダでは、そのような国を横断する絆がなく、逆に、現在のカナダ社会でも、もともとの出身地のコミュニティや絆を保たれており、「マルチカルチュラルなごちゃまぜ」(Bricker /Ibbitson, 2019, p.218)の様相です。

そして、「国家としてカナダを凝り固めることができないというまさにそのことが、ポストナショナルな国家としての成功の秘訣となった」(Ibid. p.219.)と、著者たちは言います。つまり、ほかの国に比べ共同体としての求心力はない代わりに、強い国民としての独自の気質をもたないことで、「世界で多様でかつ平和で調和のとれた国」(Ibid. p.219)になったと解釈されています。

カナダの現在の移民をとりまく状況

ここ数十年間、カナダは、主要先進国の間で、最も外国人を受け入れてきて、すでに総人口の20%は外国生まれとなっています。ただし移民が増えていても、犯罪は増えていません。例えば、260万人の人口を抱えるトロントの住人は、半分が外国で生まれていますが、1年で殺人事件件数は60件以下で、世界で8番目位に安全な都市とされます((Ibid. p.208-209))。異文化を背景に背負った人たちによる、寛容で、社会の多文化共存が、成立しているようです。

移民が暮らしやすい状況が作り出されることで、相乗効果がうまれ、カナダはプラスの好循環に入っているようにみえます。

例えば、カナダは、移民を希望する人が行きたいとする国のトップランキングに常に上位に位置する国となっており、そのおかげで、優秀な移民、必要な技能をもつ移民の受け入れも容易にしています。

世界的に不足が深刻で獲得競争が激化している介護などケア分野の仕事に従事する人が多い(「人出が不足するアウトソーシング産業とグローバル・ケア・チェーン」)フィリピン人の移住が非常に多いのはその証左でしょう。

フィリピン人は、1980年代はじめから家の家事やケア分野の就業者としてカナダに移住するようになりましたが、2011年以降は、インドや中国人をおさえ、カナダにくる最大の移民グループとなっています。フィリピンと、インドや中国との人口の差を考えると、これは非常に大きな数といえます。現在、50万人以上のフィリピン出身者がカナダに住んでいます。

総じて、カナダ人より学歴が高く、平均して7歳若い移民たちが、社会や経済の重要な一翼を担っているというのが、現代カナダ社会です。

カナダの新たな永住者のリストでも、フィリピン出身者が、年間5万人以上(2015年)となっています。
出典: Immigration.ca, How the Philippines Ranks First For Immigrants to Canada (Audio), Last Updated on février 12, 2017


すばらしい、では、ヨーロッパで可能か?

このようなカナダの状況をきいて、正直うらやましいと思う国は少なくないのでしょうか。しかし著者は、ほかの国がカナダを真似することは簡単ではない、と釘をさします。なぜでしょう。ほかの国では、何が違い、問題なのでしょう。また、本当にそうだすると、ほかの国は、今後、どのような展望があるのでしょう。

ここからは、本書を一旦離れ、わたしが長く住んできたヨーロッパに視点を移して、考察を続けます。

まず、わたしも、カナダのような移民政策は、ヨーロッパでは難しいだろうとする著者の意見に同意します。

どうして難しいのか、その背景には、様々な文化的・政治的、あるいは長期・短期的要因が複雑に関わっているので、いろいろな脈絡で説明することが可能だと思いますが、近年の移民受け入れの歴史で配慮すべき最大の理由は、移民を受け入れることへの住民の一貫した根強い不信感・抵抗感でしょう。移民が入ってくることで、自分の仕事が奪われたり、あるいは、移民同様に安い賃金での雇用を強要させられるなど、就労条件が悪化することへの危惧。文化や宗教的な摩擦や衝突が増えるのではという不安。それでも政府が強硬に移民枠を押し広げて、受け入れれば、外国出身者への排斥主義が強く刺激されることになり、急進派や過激派の暴走が手に負えなくなるのでは、という悲観的展望もあります。

昨年7月に労働市場に関する報告書『経済スイス』をUBSが発表しましたが、ここでも、いわゆる女性の仕事とよばれるケア分野の就業者が不足している問題に関連した項目で、上記のような問題意識とロジックが前面に表れていました。経済分野の報告書で、客観的な問題としてこのことが扱われていることが、一見に値すると思いますので、以下、そのまま引用してみます。

「これまでは、増える労働力需要を主に女性の就労が増えることでなんとか補っていたが、すでに一部その供給は限界に達しており、今後、女性の就労人数が大きく増員されることは期待できない。」
「これまで必要な労働力としてすでに多くの移民が就労しており、今後も必要な労働力を移民で補うとすると、これまでより3万人多く必要となり年間新たに10万5000人の移民の受け入れが必要となる。」
「しかしこのことは、二つの新たな問題につながる恐れがある。一つは、受け入れの規模が大きくなることで政治的また社会的に移民への抵抗が強まり、かえって人の自由な移動や EU 市場が脅かされる危険がでてくること。このため移民によって労働力を増員するという策は、最初にとるべき選択肢ではない。二つ目は、EUの失業率が低くなってきたため、これまでのようにスイスが高い技術をもつ移民を、長期的に労働力として確保できるか自体がうかがわしい。」(「男性が「女性の仕事」へ進出する時 〜みえない垣根のはずし方(1)」)。

ここでも示されている、移民に対する前面的な不信感や不安は、景気のよしあしに関係せず、また特定の業種の労働力不足の実態ともあまり関係なく、基本的にヨーロッパ全般にみられます。

しかし、そうであるとはいえ、まだ西側ヨーロッパは、排外主義のアップダウンを繰り返しつつも、移民をこれまで、かなり受け入れてきました。これに対し、ヨーロッパの東側では、移民をかたくなに拒む道をたどり、現在、西側よりもより深刻に、危機的状況に直面しています。

冷戦終結以降、東ヨーロッパの国々では、現在までに急速な人口減少を経験してきました。例えば、ポーランドから250万人、ルーマニアからは350万人が流出し、東ヨーロッパ全体では、1990年から今日までで1200から1500万人が西側ヨーロッパの移住するため祖国を去りました。その一方、移民受け入れへの不信感が非常に強く、実際には若干は入ってきていますが、移民との共生をのぞましく思わない傾向が社会に強くみられます。今後も、出生率が低空飛行のまま、依然として、移民を拒みつづけるのであれば、当然の帰結として国家を維持する社会的な基本機能が瓦解していくと、前掲書の著者同様、多くの専門家は予想しています。しかし、人口縮小への危機感こそあっても、移民に対する拒絶反応が依然強く、状況がかわる兆しはまだみえていません(「移動の自由」のジレンマ 〜EUで波紋を広げる新たな移民問題、「東ヨーロッパからみえてくる世界的な潮流(1) 〜 「普通」を目指した国ぐにの理想と直面している現実」、「東ヨーロッパからみえてくる世界的な潮流(2) 〜移民の受け入れ問題と鍵を握る「どこか」派」)。

ちなみに、日本を含めた東アジアの国々が直面している現状も、東ヨーロッパとかなり類似しています(「出生率からみる世界(1) 〜PISA調査や難民危機と表裏一体の出生率」)。

次回に続く

では、そのような移民問題で困難を抱える多くの国では、カナダのようになれないとすれば、どうすればいいのでしょう。ほかになにか有効な手段はないのでしょうか。

この問いにぴったりあう回答ではありませんが、スイスでは、近年、国民投票という制度が、移民政策に貢献するオータナティブの独自のシステムとして、注目されます。もちろん、スイスの移民政策の成功をこれだけに収斂して語ることはできませんが、スイスが現在、ほかのヨーロッパ諸国に比べて、移民問題が少なく政情が安定しているのには、この国民投票が少なからず寄与しているという見方が、スイス社会では、幅広くみられます。

具体的に、国民投票という政治制度が、どのように移民問題に関与しているのか。次回以降は、このことに焦点をしぼりみていきます。ほかの国々にも共通する、移民との向き合い方という問題領域に、新たな切り込み口をみつけていければと思います。

※ 参考文献については、こちらの記事の後に一括して掲載します。

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


報道機関がさぐるポッドキャストの可能性 〜ヨーロッパのジャーナリズムの今(3)

2020-07-30 [EntryURL]

3回にわたって、ヨーロッパのコロナ危機以降のジャーナリズムの状況にみるシリーズの今回は最終回として、最近、ヨーロッパの報道機関がさかんに利用するようになったポッドキャストに焦点をあて、ジャーナリズムにとって、そこでなにが期待できるかについて考えてみたいと思います。

※これまでの2回の記事の内容は以下です。
ジャーナリズム全般のコロナ危機下とその後の状況について:
コロナ危機が報道機関にもたらしたもの

コンテンツで急成長しているポッドキャストについて、伝統的なジャーナリズムが衰退した背景と対比した概観:
デジタル時代に人気の「聴く」メディア

知識や情報提供を意識したポッドキャスト

これまで、人気のポッドキャストの内容といえば、語りや対話、ストーリーテリングなど、レクリエーション的なコンテンツが圧倒的でした。しかし、勉強や情報収集を種目的とするコンテンツで、人気を博すものも、ちらほら最近、でてきました。

例えば、ウィーン出身の歴史学博士の二人Daniel Messner, Richard Hemmer,が、交互に毎週世界のどこかの歴史の話を語る「ツァイトシュプルンクZeitsprung (タイムワープの意味)」という30分から50分の歴史番組は、すでに7月はじめまでに8百万回以上ダウンドーロされています。これは全く独立した個人がやったものとしては、最も成功のヒットになっています(Marti, S.57.)。

学ぶ場としての聴くメディアは、これまでも、ラジオ講座や通信大学講座といった、耳から学ぶ勉強の場は長い伝統がすでにありました。しかし、そのコンテンツが非常に豊富になり、しかも無料か安価で、しかも簡単にダウンロードできて、場所や時間を選ばずに聴くことができるようなったことは、格段、使いやすくなったといえます。

ジャーナリズムのポッドキャスト番組

このような「学ぶ」ポッドキャストの人気に並行し、あるいは一部はそれに先行して、ポッドキャストを、ジャーナリズムのメディアとして使う動きもまた活発になっています。

ヨーロッパで最初に、ポッドキャストに目をつけた報道機関は、もともとラジオやテレビ番組を放送している放送局でした。ドイツ語圏では、特にスイスの公共放送がその可能性をはやくから注目し、多くの放送作品をそのままポッドキャストに流し込み、テレビやラジオなどのチャンネルに並行して、視聴できる体制をつくりました。

現在、ニュース・政治、経済、背景・インタビュー、文化、科学(学問)・デジタル、娯楽・風刺、音楽の7分野で、180以上のテレビとラジオ番組が、すでにポッドキャストで視聴できるようになっており、スイス公共放送の主要な番組が網羅されているといってもいいかもしれません。いつでもどこでもダウンドーロできるため、公共放送のポッドキャストの利用は急速にのびていきます。2009年の段階ですでに年間トータルで2400万回ダウンロードされており、スイスのラジオのニュース番組「時代のエコー(こだま)」(ドイツ語)だけでも、月間25万回ダウンロードされています(「聴覚メディアの最前線 〜ドイツ語圏のラジオ聴取習慣とポッドキャストの可能性」)。

今年はさらに、ポッドキャストの社会での存在感をさらに高めるヒット番組がコロナ危機下のドイツ語圏で、登場しました。ドイツ公共放送局のひとつ北ドイツ放送局(NDR)のキャスターが、世界的なウィルス学者でシャリテ・ベルリン医科大学のドロステン Christian Drosten教授に、質問し回答してもらうという一般視聴者向けの「コロナウィルス・アップデート」という番組です。2月26日から6月23日までに50回配信されました。刻々と変わる、新型コロナウィルスやその感染について最新の情報をドロステンがわかりやすく明確に説明したため、毎回40分から1時間の比較的長いウィルスについてだけの専門番組であったにもかかわらず、またたくまにドイツ中で、大好評となり、7月はじめまでに、6千万回以上がダウンロードされました。

この番組は、6月末、グリム・オンライン・アワードという、ドイツのオンラインメディアにおくられる最も権威がある賞で、情報部門と聴衆賞という二つの賞を受賞しました。すでに受賞時点で、この番組を知らぬ人はドイツ人でいないのではと思われるほど知名度が高いポッドキャスト番組でしたが、この受賞で、ポッドキャストというメディアが、既存のテレビやラジオ、新聞などに劣らない、すぐれたジャーナリズムのツールであることが、改めて承認されたといえるかもしれません。

ちなみに、グリム・オンライン・アワードは、近年記事でとりあげた二つのコンテンツも受賞しているので、それらについても言及しておきます。ひとつは、昨年のリゾのユーチューブビデオ(「ドイツの若者は今世界をどのように見、どんな行動をしているのか 〜ユーチューブのビデオとその波紋から考える」)、もうひとつは、メディアコンテンツではなく、新聞社『ディ・ツァイト』が企画・主催した「ドイツは話す」プロジェクトに贈られたものです「「人は誰とでも対話できるのか 〜プロジェクト「ドイツは話す」からみえてくる希望と課題」)。

新聞社も続々参入

最近2年間で、放送局に続き、新聞社も、相次いでポッドキャストに参入しています。新聞社が配信している内容は、放送局が、もともと番組として放送している内容をそのままポッドキャストに流す場合が多いのとは対照的に、(紙面の文面を単に音声化して読み上げるといったものでなく)ポッドキャストのために、一からつくりあげたコンテンツです。

数分に主要なニュースをコンパクトにまとめたようなものもあれば、記事の裏話、関連するインタビュー、世界各国の通信員に特定のテーマについてきくものなど、ジャンルや形式にこだわらない、自由な形で多様なスタイルであることが特徴です。同じ新聞や雑誌でも、切り口が全く違う複数の番組を並行して配信していることもしばしばです。

ジャーナリストみずからがマイクの前にたって制作されることが多く、語り口も様々です。テレビのニュースキャスターのように中立的な話法もあれば、ラジオのパーソナリティーに近いカジュアルな語り口で、文面化されたジャーナリズムでは聞けないような取材こぼれ話や、率直な意見を話す人もいます。

ポッドキャストの番組の長さや頻度にも「平均的」というものはありません。5分のものもあれば、1時間半のものもあります。テレビやラジオと異なり時間的な制限が特にないため、同じ番組でも、回によって、長さがかなり違うこともあります。番組の頻度も、毎日や毎週、毎月など定期的なものもあれば、不定期、あるいは決まった期間のみというものもあります。

報道機関にとってのメリットとは、収益性は?

さて、このように、報道機関が現在こぞってポッドキャストを配信していることは、なにを意味しているのでしょうか。報道機関側にとっても、やりはじめたばかりで、目的や目標は、まだ鮮明になっていないというのが正直なところかもしれませんが、これだけどこも揃ってはじめているということは、なんらかのメリットを期待しているからと思われます。具体的にどんなことが期待できるでしょうか。

例えば、端的に、ポッドキャストによって収益がでるのでしょうか。ほかのジャーナリズムのデジタルコンテンツと同様に、ポッドキャストも、最初から無料のものとしてスタートしたため、利用者に課金するのは簡単ではないようにみえます。ただし、収益をあげることが全く不可能なわけではなく、現状を観察すると、収益をあげるのに、ふたつの方法があるようです。

ひとつは、ポッドキャスト番組中に広告から得る広告収入です。ただし、いまのところ、(理由は不明ですが)むしろい広告を入れている新聞や雑誌のポッドキャストはむしろ、少数派にとどまっています。

もう一つは、人気番組となることで、特定のプラットフォームと契約を結び、契約料という収益を得るという方法です。これはジャーナリズム分野ではなく、一般的な収益をあげるモデルと定着するかわかりませんが、少なくとも、ポッドキャスト全体では、少しずつ一般化しつつあります。

これを率先して行なっているのがスポティファイです。定額制の音楽配信で急成長しているスポティファイは、昨年2月に、音楽だけでなく、音源のコンテンツ分野全体を網羅する「オーディオ・ファースト」という方針を打ち出しました。音楽だけでなく、ポッドキャストコンテンツの配信にも力をいれることで、「世界のオーディオ・プラットフォームの首位にたつ」(Ek, 2019)ことを目指すとし、スポティファイで聴けるコンテンツを急増させています。2018年、ドイツ語の番組(プログラム)は2000件でしたが、1年後の2019年には12000件になっています(Dettwiler, 2020)。

このような方針にそって、スポティファイは、人気ポッドキャストの独占契約にも意欲的です。例えば、コロナ危機下(ポッドキャストの利用が世界的にさらに増えた時期)、アメリカのコメディアンのローガンJoe Rogan と独占契約をむすんでいます。これによって、ローガンの人気番組で毎月2億回近くダウンロードされている「The Joe Rogan Experience 」は、今後少なくとも年末までは、スポティファイだけで配信することになるといいます。このために、スポティファイが支払ったのは1億ドル以上と推測されています。ドイツ語圏でも、スポティファイと独占契約を交わす人気番組がちらほらでてきました。

週間新聞『ディ・ツァイト Die Zeit』の「セルヴス・グリュッツェ・ハローServus Grüze Hallo」

一方、(直接的な収益につながっているようにみえない)現時点においても、ジャーナリズムのポッドキャストのヘビーユーザーのわたしからすると、ジャーナリズムがポッドキャストをするメリットは明らかにあるように思われます。それは、ポッドキャストが、人々と報道機関との間に強く、親密な関係をとりもつことができる可能性。これまでの文面でのやりとり(記事の掲載やそれについて読者がコメントを送るなど)や、広告、ソーシャルメディアを通すのとはまた一味違う、親密でロイヤルな関係性が築ける可能性です。

一体どういうことなのかを、卑近な例で恐縮ですが、私がいつも聴いているひとつの番組と、これについての私の所感を題材にして、説明してみます。

ドイツの週間新聞『ディ・ツァイト Die Zeit』のポッドキャスト番組の一つで、2018年2月から毎週配信されている「セルヴス・グリュッツェ・ハロー」という番組(7月中旬までに120回配信、毎回45分程度)を2年以上、聴いてきました。

番組タイトルの、セルヴス、グリュッツェ、ハローは、それぞれオーストリア、スイス、ドイツの一般的な挨拶のフレーズです。このタイトルに象徴されているように、この番組では、いつもオーストリア、スイス、ドイツの『ディ・ツァイト』の記者三人が、登場し、三つの国の相違を観察し、議論します(『ディ・ツァイト』は、ドイツの新聞ですが10年ほど前から、オーストリアやスイス版もだされており、リスナーも三ヶ国に広くまたがっています)。とはいえ、まじめトークではなく、毎回、異なる、旬のニュースや一般的なトピックが選ばれ(例えば、年金制度、極右勢力、ウィンナーの食文化など)、軽快なトークでお互い(冗談半分に)比較あるいはけなし合ったり、理解に苦しむことをつっこみあって、説明していきます。

三人の対話や議論から、普段、ナショナルな枠組みの報道では対象になりにくい部分、ドイツ語圏の三ヶ国が似ているのに、どこが違うのかという部分が照らし出され、また、それについて、互いにどう思うか、率直な記者たちの意見も聴くことができることが、番組の真骨頂です。

この番組は、番組の最後にその週のスイスとオーストリア版の記事が簡単や紹介されますが、それ以外は、新聞と直接関係ない内容になっており、視聴も新聞の購買に関係なく(ほかのジャーナリズムのポッドキャストすべてと共通して)無料です。番組中、広告も一切入りません。

その意味では、『ディ・ツァイト』の直接的な収益にはなっていませんが、他方、下手な宣伝よりも、ずっと大きな、新聞のPR効果が、しかも、1カ国だけでなく、これを聴いているであろう3カ国にまたがる広いリスナー層にあるのではと憶測します。

というのも、この番組を聴くと、記者たちが広い知見があり、かつバランスのとれた鋭い機転のきく観察力があること。そしてなにより、お互いの違いを衝突でなく、つねに笑いにかえるような、ユーモアのセンスと陽気さがある人たちであることが、よくわかり、聴いているうちに、記者やその人たちが作る新聞『ディ・ツァイト』に親近感や信頼が湧いてくる人が多くなるように思われるためです。

『ディ・ツァイト』は、この番組を聴かなくても、すでに良質のジャーナリズムとしてドイツ語圏ですでによく知られてはいます(「ジャーナリズムの未来 〜センセーショナリズムと建設的なジャーナリズムの狭間で」)。しかし、だからといって、人々が、この新聞に親しみを感じているとは限らないでしょう。

他方、耳からはいってくるこのようなポッドキャストを通じて、わたしの場合のように、リスナーと記者や新聞への距離がぐっと縮まるような感じを抱く人が続出するのだとしたら、ポッドキャストの配信は、決して、「無益」でも「無駄」でもないでしょう。

ただし、際限なくメディアで情報をできるだけ多く発信することで、できるだけ多くの人とつながっていることが、これからのジャーナリズムの目的ではないでしょう。

スイスのメディア界の重鎮フォイクトHansi Voigtが「メディアの質」が「(読む際の)重要なファクターとなるべき」ことは、今日明らかである(Qualitätssiegel, 2018, 「デジタル時代の情報機関の「質」をめぐる攻防戦 〜「メディアクオリティ評価」と社会」言っているように、ほかのデジタルメディアと競合するためにも、もっともジャーナリズムが重視することは、ジャーナリズムの質にほかなりません。

基本的に、読者とつながっていること自体が目的と化し、それらに時間と労力を費やすことで、ジャーナリズムの質が損なわれることは、本末転倒であり、決して報道機関のためにもならないでしょう。

それは全く正論で、異議はありませんが、そうであっても、メディアコンテンツがあふれる環境で、もしもポッドキャストが、(潜在的な)読者・購読者とつながるチャンネルとして機能を発揮するのであれば、報道各社にとって、大きなチャンスにもなるのではないかと思います。

おわりに

ジャーナリズムは全般に危機的な状況にあるのは残念ながら事実です。しかし、そんななかでもさかんになっている、ジャーナリズムのポッドキャストの多様な切り口の番組の品揃えをみると、まだまだポッドキャストや、ほかの未知のデジタルメディアをジャーナリズムに活かす可能性はつきてはおらず、進化・発展していくのでは、と期待がつのります。

読まずに全部聴くだけで済ますという形の新聞がでてきて、有料販売されることも将来ありえるかもしれません。

ところで、最後に、本論とは離れますが、観察する角度を変えて、ポッドキャストを使う側について思い描いてみると、これもまたとても興味深く感じられます。

近年は、世界中スマホが普及しているところでは、「スマホ中毒(依存症)」といった造語ができたり、そのような現象が問題視されています。それほど、スマホが人々の生活に密着し(一部ではしすぎ)ているわけですが、もしも、ポッドキャストが今後、急速に普及し、スマホと同じとまではいけないまでも、かなりの消費時間を占めるようになったらどうなるでしょう。

ポッドキャストは、基本的になにかをし「ながら」聴くというのが強みですから、スマホ依存症とは異なり、ポッドキャストが聴かれれば聴かれるほど、「ながら」の作業・動作が増えるということになったりするのでしょうか。

(画面を凝視する時間の代わりに)そうじや料理といった家事や、スポーツ、ストレッチ、犬の散歩といった、多様な実世界のアクティビティかける時間がぐんと増えるのでしょうか。少なくともそういったことをするのに、これまでより、億劫でなくなる、ということかもしれません。これらの現象を指し「ポッドキャスト現象(中毒)」のような造語も新たに生まれるのでしょうか。

生活様式もジャーナリズムも、デジタル機器やメディアの進化に合わせて、今後も常に適応し、変化しつづけていくに違いありません。

参考文献

Bandle, Rico, NZZ kündigt Entlassungen an. In: Sonntagszeitung, 3.5.2020, S.5.

Die F.A.Z. treibt ihre Digitalstrategie voran. In: FAZ, 18.7.2020, Nr.165, S.22.

Ek, Daniel, Audio-First, The Path Ahead, Newsroom.spotify.com, February 6, 2019

Fumagalli, Antonio, Zeitungsverbot im Bistrot treibt Verlage in Richtung Abgrund. In: NZZ, 16.5.2020, S.12.

Grimme-Online-Award.de

Geschäftsjahr 2019: „NZZ“ steigert Anzahl deutscher Abonnenten um 50 Prozent, Meedia, 20.03.2020 09:09 UHR

Impressum spricht von «Schönreden» Abbau bei der NZZ, persoenlich.com, 25.6.2020.

Jacobsen, Lenz, Neue Zürcher Zeitung: Die Schweizer dürfen das. Wie sich die “NZZ” in Berlin als Bastion der Nüchternheit inszeniert – selbst im Umgang mit der AfD, 18. März 2020, 16:58 Uhr ZEIT Österreich Nr. 13/2020, 19. März 2020

Kenya, Karla et al., GeschichtspodcastsVergangenheit anders erzählen, Deutschlandfunk Kultur, 31.01.2020

Marti, Michael, «So richtig originelle Sex-Storys fielen uns nicht ein». In: Sonntagszeitung, S.57.

Marti, Michael, Unsere esten beste Freunde. In: Sonntagszeitung, S.53-55, S.54.Medienclub, SRF, News, 15.6.2020.

Podcast “Coronavirus-Update” mit Christian Drosten, ndr.de (2020年7月9日閲覧)

Qualitätssiegel für SRF-Sendungen, Echo der Zeit, SRF, 03.09.2018, 18:00 Uhr

Simon, Felix, Mdien, auf zu neuen Ufern. In: NZZ, 23.5.2020, S.7.

Stellenabbau von ca. 5 Prozent - NZZ-Mediengruppe spart – auch in den Redaktionen Donnerstag, SRF, news, 25.06.2020, 20:24 Uhr

Tobler, Andreas et al., Wer schaut sich das an? In: Sonntagszeitung, 26.4.2020, S.49-50.

Podcast “Zeitsprung” Geschichten aus der Geschichte, Wissenschaftspodcasts.de

Zeitsprung

ドイツの新型コロナウィルス対策(ドロステンのポッドキャストの内容の武市知子さんによる全文和訳)(2020年7月19日閲覧)

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


デジタル時代に人気の「聴く」メディア 〜ヨーロッパのジャーナリズムの今(2)

2020-07-25 [EntryURL]

3回にわたって、ヨーロッパのコロナ危機以降のジャーナリズムの状況にみるシリーズの今回は第二回目です(前回は、ジャーナリズム全般のコロナ危機下とその後の状況についてみました「コロナ危機が報道機関にもたらしたもの」)。この記事と次回では、ジャーナリズムをみる視点をマクロからミクロにうつし、多様なコンテンツで急成長しているポッドキャストの、ジャーナリズムにおける可能性について考えてみたいと思います。

具体的には、次回にポッドキャストが、これまでのジャーナリズムのあり方の、どのような部分を補充、補完するものとして期待されるかを探っていく準備として、今回は、伝統的なジャーナリズムが衰退した理由や、これまでのジャーナリズムのデジタル化の問題をふりかえっておきたいと思います。

伝統的なジャーナリズムの衰退の原因

伝統的なアナログのジャーナリズムは、なぜ衰退しているのでしょう。まず、衰退してきたのは事実ですが、これは、ジャーナリズムを人が必要としなくなった、嫌いになった、重視されなくなったことを意味するのでしょうか。

わたしの考えでは、そうとは言えないと思います。大半の人にとっては、コロナ危機の前も後もも変わらず、ジャーナリズムが重要ではなくなった、不要だと思っている人は少数だと思われます。

もちろん、既存の報道機関の情報に強い猜疑心をもつ人も常に一定数社会におり、コロナ危機中も、まままならない状況への不満や不安な心理を土壌に、陰謀論がソーシャルメディアを席巻し、既存の報道機関に対し、強い非難や攻撃をする人がいました。

他方、前回取り上げたように、コロナ危機の際には、ニュース消費量が急増するという現象があり、そこには、既存の報道機関への厚い信頼が如実にあらわれていたといえます。

それにも関わらず、ではなぜ、既存のジャーナリズムは、衰退の一途をたどっているのでしょう。究極の理由は、ジャーナリズムよりも別のことに人々が時間を好んで費やすようになったことからではないかと考えます。

一番それをわかりやすく示しているのは若者たちの行動様式でしょう。若者たちは、一方で、公共メディア(公共放送や主要な新聞・週刊誌等高い質のジャーナリズム)に不信感や不要だと一様に感じているわけではないようです。2018年スイスで行われた、公共放送の受信料廃止の是非が問われる国民投票では、30歳未満の人の80%以上という圧倒的多数が、それに反対していました(30歳以上の年齢層と比べても、受信料廃止に反対する人の割合は非常に高くなっていました「若者の目につくところに公共放送あり 〜スイスの公共放送の最新戦略」)。

しかしその一方で、同じ若者たちが、もっともジャーナリズムを消費していません。公共メディア(公共放送や主要な新聞・週刊誌等高い質のジャーナリズム)の利用者は、30歳以上は40〜50%、18〜24歳では20%にとどまり、逆にニュースを全然見ない(聞かない)人や週に一度くらいしか見ない人が若者全体の2割を占め、その数は年々増加しています。

また、若者は、ニュースを消費するとすれば、そのソースとして、伝統的なニュースソース(テレビや新聞など)にこだわらず、多様なものを使うのが特徴です。利用されるニュースのソースとして最も多いのは、インターネットのニュースサイトやニュース検索サイトなどのアプリで、5割以上の人に当たります。その次は、印刷されたフリーペーパー(5割弱)、次がラジオやテレビで、それぞれ3割強の人が利用しています。有料の日刊紙や日曜紙などをニュースソースにする人は、これらよりずっと少なく、1割ほどしかいません(「公共メディアの役割 〜フェイクニュースに強い情報インフラ」、「若者たちの世界観、若者たちからみえてくる現代という時代 〜国際比較調査『若者バロメーター2018』を手がかりに」)。

これらのデータをまとめると、若者は、以下のように考えて行動しているように思われます。ニュースや報道機関そのものに不信感を抱いたり、不要だと思っているわけではないが、通常は、ジャーナリズムの消費よりも、ほかの行動や消費を優先したい。

新しい「メディア」

それでは、若者たちが、ジャーナリズムの消費を減らして、普段、優先していることとはなんでしょう。もちろんここでも個人差があり、一概にくくっていえるものではありませんが、最も大きいのは、新しい「メディア」の消費でしょう。ここでいう新しい「メディア」とは、ソーシャルメディアを通じた意見やメッセージの享受や発信、ユーチューブやネットフリックスなどの映像コンテンツの消費など、デジタル通信技術を介した人々の情報受信・発信・交換全般をさすこととします。

伝統的なジャーナリズムの消費は減っていることと、このような広義の新しい「メディア」全般の消費の増加は、完璧な因果関係でこそないにせよ、かなり強い相関関係をもっているように思われます。ここ四半世紀の間に、メディアを利用するための機種(ハード)やアプリケーション(ソフト)が発達し、様々なコンテンツを、どこでもいつでも、しかもインターアクティブに消費できるようになりました。その結果、それらに時間を費やすことが比較的多くなり、その分、相対的に(減ってきた行動はいろいろあると思いますが、その一つとして)旧態然のジャーナリズムの利用する機会や時間の減少にもつながっているのではないかと思われます。

迷走するジャーナリズムのデジタル化

もちろん、このような新しい「メディア」の台頭によるメディア全般の環境の大きな変化のなかで、ジャーナリズムが、なにも変わってこなかったわけではありません。紙媒体へのこだわりが当初は強かったものの、少しずつ、新しい「メディア」を通じてニュース消費に誘導しようとする、ジャーナリズムのデジタル化を、四半世紀をかけて、すすめてきました。

この結果、例えば、ほかのスイスの新聞社に比べ、デジタルコンテンツに早くから力をいれてきた『ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥンクNeue Zürcher Zeitung』では、現在、紙媒体の購読だけをしている人は全購読者の4分の1にまで減っています。NZZ購読者にとって、デジタル媒体が、不可欠で重要なメディアとなっているといえます。

ただし、このようなジャーナリズムのデジタル化においても、依然として、大きな致命的な問題が残されています。全般に、コンテンツの課金システムが未発達なことです。当初、無料でデジタル記事を公開するところが多かったため、今日まで、記事のためにお金を払うというという習慣が人々になかなか定着せず、結局、現在でも、多くの主要メディアが無料で自分たちの記事を公開しています。このような状況全般が、本来無料では成り立たないはずのジャーナリズム全般を、圧迫しています (Simon, 2020)。

つまり、一方で、新しい「メディア」の強烈な量と質におされ、他方で、ジャーナリズムの課金・収益システムの未発達という問題があり、この二つの異なる次元の問題が、同時並行しながら、ジャーナリズムをじわじわと窮地に追い込んできているというのが、ジャーナリズムをめぐる現状であるように思われます。

ポッドキャストという新たなデジタルメディア

このように、ジャーナリズムの五里霧中の葛藤が続いていますが、近年、ヨーロッパの報道機関に共通して新しいひとつの動きがみられます。ポッドキャスト(Podcast)の配信です。最近の2年間で、ドイツ語圏の主要な新聞社は、どこもポッドキャストの配信をはじめており、同じ新聞名で、複数の番組を毎日配信している場合も珍しくありません。ポッドキャストは、じりじり縮小していくジャーナリズムの流れに、風穴をあけるものとなるのでしょうか。この問いについては、次回、積極的に考えていくことにして、まず、ポッドキャスト全般の現状について、以下、みておきます。

ポッドキャストは、日本語版ウィキペディアでは、「インターネット上で音声や動画のデータファイルを公開する方法の1つ」で「インターネットラジオ・インターネットテレビの一種」と定義されています。実際、映像つきのコンテンツも配信可能です。しかし、現状では、「聴く」ことにかなり集中したデジタルメディアであるため、ここでも、音声メディアとしてのポッドキャストについてのみ対象にしていきます。

ポッドキャストは、2005年から一般向けの顧客に配信が開始され、ドイツ語圏でも同年に、最初のポッドキャスト番組が作成されました。しかし、その後すぐには普及はせず、アメリカでコンテンツが充実し、人気が急速に高まってきた、最近10年間の間に、同時並行的に、ドイツ語圏でもブームとなってきました。

ポッドキャストは、基本的に、誰でも家でマイクと録音機能、インターネットがあれば、簡単に番組をつくることができ、Spotify や iTunes などのポッドキャストのポータルサイトへのアップロードも、誰でも無料で簡単にすることができます。聴きたい人もまた、ポッドキャストのポータルサイトから簡単に音源(番組)をダウンロードすることができます。

内容は、ストーリテリングや、レクリエーション的なコンテンツが、主流で、非常に多様なテーマについて、一人語りや二人の語り合いというものが、少なくとも最近までは、多かったようです。

ラジオでつちかわれた「聴く」習慣とポッドキャストの展開

ところで、ヨーロッパ(ドイツ語圏)では、これまでもラジオというメディアをとおして、「聴く」習慣が、かなり定着していました。インターネットが普及する以前の1980年代、90年代において、テレビがない家庭は結構多くありましたが、逆に、ラジオがないという家はほとんどありませんでした。

少し前のデータですが、2014年のシュトゥットガルト新聞によると、ドイツ人の5人に4人がラジオを聞いており、聴取時間は1日平均4時間でした(「聴覚メディアの最前線 〜ドイツ語圏のラジオ聴取習慣とポッドキャストの可能性」)。

ラジオのほうが、テレビよりも消費時間が長いだけでなく、テレビや紙面のコンテンツよりも、ラジオのほうが(なぜか)その内容を信用できるものだと考える人が、今も多くなっています(「公共放送の近い将来 〜消滅?縮小?新しい形?」)。

このようなラジオを聴くという習慣が、ドイツ語圏には土壌としてすでにあったため、ドイツ語圏は、ダウンロードさえすれば(しておけば)いつでもすきなときに簡単に聴けるという、ポッドキャストを「聴く」という新しい習慣が、比較的簡単に定着したのかもしれません。

現在、ドイツ人の21%は、定期的にポッドキャストを聴いており、スイスのドイツ語圏では23%の人が、月に少なくとも1回はポッドキャストを聴いています。利用者は、若い人が圧倒的に多く、スイスの30代以下では、五人に一人が週1回聴いています(Dettwiler, 2020)。

「聞く」に制限するという、逆の発想で利用者を増やすポッドキャスト

ところで、文章や写真だけでなく動画さえも簡単にみられる時代に、なぜ、聴くことに集中したメディアが、いま人気を得ているのでしょう。

その答えは、スイスの日曜新聞の代表格である『ゾンターグスツァイトゥンク』が今年読者2230人(任意)が回答したアンケート調査結果によく表れているように思いますので、このアンケート結果を紹介してみます。

ポッドキャストをどこで利用するかという問いに対し、家で聴くとした人が最も多く(1131人)、公共交通(807人)、料理中(641人)、掃除中(618人)、就寝前にベットで(532人)、車中(518人)、ほか(374人)、仕事や学校中(157人)、読書中(30人)と続いていました(Marti, S.57.)。

これによると、明らかになにかをしながら利用しているという人(「家で利用する」と回答した人以外)は3677人で、全体の該当数(4808人)の76%を占めています(全体の人数が回答者の数の約2。2倍となるため、一人につき平均2.2件、該当すると回答していることになります)。複数回答が可能なこの調査結果だけでは、なにかをしながら聴いている人の割合を正確に割り出すことはできませんが、この調査で、家でも外でも、ポッドキャストは、「ながら」で利用されることが非常に多いことがわかります。

逆に、この「ながら」ができるということ、つまり、ほかのことをしながらでもメディア消費ができるといことが、ポッドキャストが今人気をもっている理由だ、と説明することもできるかもしれません。見る時間がなくても、利用できるという特性ゆえ、利用できる機会がぐっと、見るコンテンツより増えるという理屈です。

健常者に「ながら」ができて使い勝手がだけでなく、もともと視覚より聴覚メディアを好む傾向の人(例えば、高齢者のように視力が弱い人)にとっても、欠かせない重要なデジタルメディアとなりえます(「生活の質を高めるヒアラブル機器 〜日常、スポーツ、健康分野での新たな可能性」)。

最終回につづく

次回(「報道機関がさぐるポッドキャストの可能性」)では、このようなポッドキャストの、ジャーナリズムにとっての可能性ということに焦点をしぼって考えていきたいと思います。

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


コロナ危機が報道機関にもたらしたもの 〜ヨーロッパのジャーナリズムの今(1)

2020-07-19 [EntryURL]

コロナ危機以来、世界的に非常に多くのテーマや問題が生じ、ジャーナリズムは、それらに寄り添い、報道することに終始してきました。その一方、ジャーナリズム業界自体も、ほかの業界同様に、コロナ危機で大きく翻弄されました。コロナ危機は、ジャーナリズム業界にどんな状況をもたらしたのでしょう。あるいは逆に、ジャーナリズム業界からみると、コロナ危機下、社会でどのように扱われ、どんな役割を果たしたのでしょう。

今回から3回にわたって、ヨーロッパを例に、ジャーナリズム業界のコロナ危機による変化と現状について注目していきます。

初回である今回は、ヨーロッパのジャーナリズム業界全般のコロナ危機下とその後の状況を、スイスの主要な新聞『ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥンクNeue Zürcher Zeitung』を例にとりながら、概観してみます。

次回と最終回では、ジャーナリズム業界をみる視点をマクロからミクロに移して、ヨーロッパのジャーナリズム業界で、ここ数年で急速に普及した、ポッドキャストというデジタルメディアについて、注目していきます。まず次回(「デジタル時代に人気の「聴く」メディア」)では、近年の、多様なコンテンツで急成長しているポッドキャスト全般の展開について、伝統的なジャーナリズム業界の衰退していく背景と、対比させながら概観します。

最終回(「報道機関がさぐるポッドキャストの可能性」)では、ジャーナリズムにおけるポッドキャストに焦点をしぼり考えていきます。報道機関のポッドキャストの展開と傾向に注視しながら、ジャーナリズムがポッドキャストに期待できることを、わたしの利用体験をふまえながら、具体的に考察していきます。

※この記事で、ヨーロッパというとき、主にドイツ語圏の国々(ドイツ、スイス、オーストリア)を指します。
※参考文献は、最終回の記事の最後に一括して提示します。

コロナ危機で重視される正確な報道

3月中旬、コロナ危機に伴うロックダウンがヨーロッパで一斉に開始されると、ジャーナリズムをめぐる状況も一転しました。

まず、コロナ危機の国内外の刻々と変わる状況や、それに対応した政府の決定を正確に一刻も早く知りたいという社会の要望が急に高まり、近年、問題となっていたジャーナリズム離れが一気に、一時的に解消されました。

例えば、スイスのドイツ語圏の公共放送の主要ニュース番組「ターゲスシャオTagesschau」は、ヨーロッパの3月のロックダウン直後、連日、100万人以上が視聴されました。ロックダウンから3日目の3月19日の夜は、そのピークで、150万人が視聴しています(Tobler, 2020)。スイスで主要な日刊紙『ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥンクNeue Zürcher Zeitung』(以下略称として、NZZと表記)は、今年3月、オンラインポータルサイトの利用者が870万人に達しています

ドイツの主要日刊紙『フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング Frankurter Allgemein Zeitung』(FAZ)も、2020年6月までのホームページの閲覧数が、4億9000万回と、前年の同じ時期に比べ52%、増加しました。同じ時期のデジタルの有料購読者数も、前年の同時期の数に比べ、78%増えて5万5400人になりました。総じて、FAZを(なんらかの形で)読む人の数は、FAZの歴史において、2020年前期、最大となったと言われます(Die F.A.Z., 2020)。

つまり、いつもニュースを目にほとんど見ない人も含めて、コロナ危機下では、社会の多数派が、公共放送や新聞社などの、主要な報道機関のニュースを視聴・閲覧していたといえます。普段は、公共放送や伝統的な報道機関のニュースをほとんど利用しない人たちでも、前代未聞の変化が起きた時、デマやノイズが多いソーシャルメディア経由よりも、直接、正確な情報源から最新の情報を得ようとする人が、多かったのでしょう(コロナ危機直前までの公共放送の状況と公共放送の一般的な役割についての議論は、「ヨーロッパの公共放送の今 〜世界的に共通する状況とローカルな政界との関係」)。


ロックダウン期の駅前のほとんど自転車がない駐輪場

コロナ危機が及ぼした大打撃

このように、コロナ危機によって、社会の基幹メディアとして機能する公共放送や主要新聞社などのジャーナリズムの真価が改めて広く認識されたことは、ジャーナリズム業界にとって喜ばしいことでしたが、他方、コロナ危機はジャーナリズム業界全体に、大打撃を与えました。

産業・経済界の活動が急速に停滞したことを受けて、ジャーナリズムの広告をとりやめにするところが増え、広告収入が激減したためです。ジャーナリズム業界は、わずかな例外を除いて(一部の左翼系、あるいは完全会員制のオンライン・メディアはもともと広告費に依存度が低いか、あるい広告を全く入れていません)、広告収入に依存する運営形態ですが、ロックダウン以降、現在まで、広告収入が回復するめどがたっていません。スイスのメディア協会は、5月はじめ、今年コロナ危機の影響で広告が半分に減ると概算しています(Brandle, 2020)。ちなみに、ヨーロッパでは公共放送も広告をいれることが一般的であり、同じような問題を抱えています。

追い打ちをかけるように、5月中旬からドイツ語圏で再開された、カフェやレストランで、新聞や雑誌を置くことが禁止されました(Fumagalli, 2020)。飲食店でのメディア配置の禁止は、あくまで暫時的な感染予防の措置ですが、(読まれない新聞や雑誌をとってもいても仕方ないという理由で)購読契約を一旦解約した店が、そのまま戻ってこないこともありえますし、そもそも、再びいつからまたメディアの配置が解禁となるのか、まだ見通しがたたない現状で、伝統的な紙媒体の読者離れがすすむことが危惧されます。

コロナ危機以前からの問題と変革の必然性

このような困難な状況に直面し、スイスでは大手報道機関が次々、社内の改革や解雇に着手する旨を発表しはじめました。なかでもはやかったのは、NZZで、6月25日に、ほかの報道機関に先駆けて、具体的な構造変革計画を公表しました。10%全体の支出を減らすため、マーケティングとロジスティック部の人事を30人減らし、全体の5%のリストラをするというものです。これは、多くの顧客が所望する本質的なものに集中することによって、コストをおさえつつ、報道の質を保つという方針であると、編集長グイエEric Gujerは説明しています。

NZZは、コロナ危機の前から、すでに毎年3〜4百万スイスフラン、収入が減るという状況にありましたが(Blandle, 2020)、経済界とのつながりが強く、多種多様な産業界の広告主を抱えるNZZは、コロナ危機下、とりわけ厳しい状況に陥ったのでしょう。

広告収入と反比例し増えている購読者数

このようなNZZの最新の構造改革計画とその周辺の事情をきくと、NZZは、現在かなりの崖っぷちに立っているという感じに聞こえ、構造改革の構想には、悲壮感すらただよっているように思えてきますが、他方、読者や購読者数の推移をみると違った印象が強まります。

コロナ危機に際しては、これまでスイスで利用者数が最大だった無料のニュースサイト『ツヴァンツィッヒ・ミヌーテン(ドイツ語で「20分」)』を追い越して、スイスで最も読まれるニュースサイトになりました(Brandle, 2020)。

また、NZZ購読者は2019年終わりの時点で、16万6000人で、前年比で7%購読者が増え、現在は、さらに18万7000人に達しています。つまり購読者数は、ここ数年、コロナ危機に左右されず順調に増えているのです。

つまり広告収入は減っていますが、読者や購読料収入は増えていることになります。ただし、前者の大幅な損失を、後者で十分おぎなえていないという構図です。

NZZの方針と展望

ところで、読者や購読者数を増やすことができたのでしょう。

もともと、NZZは、ドイツ語圏でも高い品質の新聞として知られており、メディアクオリティ評価(スイスで2年おきに行われている総合的な質の調査と評価)でも常にトップの座にあります(「メディアの質は、その国の議論の質を左右する 〜スイスではじまった「メディアクオリティ評価」」)。そのような従来からの社会にある厚い信頼があったため、コロナ危機のような非常時に、多くの人に、ニュースソースとして選ばれたのでしょう。

また、ここ近年は、スイス国内の人だけを対象とせず、あえて隣の大国ドイツでのニーズを反映させた記事づくりで、これまでほとんどいなかった、ドイツでの購読者を増加させることに成功してきました。

2017年4月から、ドイツについて特化したメーリングニュースを、新聞とは別に始めたことものが、好評であったのを受けて、ベルリン支部の編集スタッフを徐々に増やし、ドイツに関するニュースの発信を、増やしてきました。その結果、2019年末には、前年より50%多い、2万人の購読者をドイツで獲得しています。2万人は、ドイツの人口からすればわずか0.02%と、非常にわずかですが、NZZのトータル購読者数では、すでに11%を占めます。

今後も、ドイツ人向けのドイツのニュースを充実させるだけでなく、むしろ読者をまきこんで踏み込んで積極的に議論するフォーラム的な役割を果たすことで、ドイツ国内の存在感を強め、読者を増やすことを目指しています (Jacobsen, 2020)。

まとめると、NZZ革は、コンテンツの質は維持したまま(ドイツ人購読者向けにはドイツに関連するニュースを増やすなど構成を変えますが)、オンライン上のコンテンツに力をいれ、また、スイスだけでなく、ドイツに市場を広げるという方針で構造改革を進めようとしているようです。NZZ全体として、2022年には、全体で購読者数を20万人、2030年には40万人の購読者に増やすことを目標にかかげています。

まとめと次回のテーマ

NZZのこのようなモデルは、ほかの新聞社にもぴったりあうとは限りません。外国に進出を目指すという方針は、新聞社としてはむしろ少数派、異例なケースでしょうし、そもそも新聞は、内容も強みも、そして、購読者層も、かなり違い、それだからこそ、共存してきたのでしょうし、今後も、ひとつのモデル、解を求めないことが、重要といえるかもしれません。

その一方、存続の危機にある報道機関が多いという意味では、思い切った変革を進めることは現在共通する課題といえそうです。コロナ以前から、テレビやラジオ、紙媒体の新聞社など、ジャーナリズムは例外なく全般に、近年、視聴者や読者が減っていたため(「若者の目につくところに公共放送あり 〜スイスの公共放送の最新戦略」)、本質的な問題はすでにコロナ危機以前からあったともいえますが、いよいよ「コロナ危機が、すでにはじまっていた構造変革に一層の拍車をかけ」(Simon, 2020)ているといえます。

次回からは、伝統的な報道機関が、現在、情報発信のデジタルメディアとしてさかんに利用するようになったポッドキャストについて具体的にみていき、ジャーナリズム業界での可能性について考えていきます。

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


コロナ危機を転機に観光が変わる? 〜ヨーロッパのコロナ危機と観光(2)

2020-07-01 [EntryURL]

前回(「ドイツ人の今夏の休暇予定が気になる観光業界 〜ヨーロッパのコロナ危機と観光(1)」)に引き続き、今回も、コロナ危機下のヨーロッパの観光業界についてみていきます。今回は、オランダ、オーストリア、スイス、イギリスでの最近の動きとして目を引くものをいくつか具体的にとりあげながら、観光業界の現状について考えてみたいと思います。

コロナ危機をオーバーツーリズムから脱皮するチャンスに

アムステルダム、ヴェネツィア、バルセロナ。これらのヨーロッパの都市は、共通して、コロナ危機直前まで、観光客がおしよせるいわゆる「オーバーツーリズム」に悩まされてきました(「世界屈指の観光地の悩み 〜 町のテーマパーク化とそれを防ぐテーマパーク計画」)。しかしそのような状況は、コロナ危機で急変します。観光客や巨大なクルージング船が忽然と姿を消し、街中のいたるところで、その影響があらわれるようになりました。

アムステルダムの昨年までの状況と現在の状況を簡単に比較してみましょう。

オランダの首都で、87万人の都市アムステルダムでは、近年、観光客の数が毎年急増していました。1年間で訪れた観光客(宿泊した客)は、2015年1500万、2017年1630万、2018年は1900万人です。観光客が連日大量に押しかけるようになった結果、市内は、観光客のための施設(ホテルや民泊施設、みやげや簡易食品販売店)に占拠され、住民の生活必需品を買う店や、住居、就業スペースが街中から姿を消しました。観光客は単に人数が多いだけでなく、オランダで合法のドラックを目当てにした人も多いため、ドラックや飲酒ではめをはずした観光客が街を汚したり騒音の被害を起こすことも日常化していました。一言でまとめると、都市に住んでいる住民にとっては、著しく生活の質は低下したといえます。

それがコロナ危機で一転しました。コロナ危機で飾り窓とよばれる売春地区で売り上げが90%まで低下し、ホテルは昨年3月81%の占有率が、41.2%まで落ち込むなど(Partington, 2020)観光業界は、大打撃を受けました。他方、世界遺産に登録されている古い運河沿いを含む市街地が、ひさしくなかった静寂と趣きを取り戻しました。

大きく様変わりした街の光景を目の当たりにした住民の間では、コロナ危機前のような状態に再びもどりたくない、しかし、コロナ危機がさればまたもとのもくあみで、観光客が増え、再び観光客に街が占拠されてしまうと危機感をもつ人たちが現れ、市内の観光を制限する請願運動がはじまりました。

最終的に2万7000人の署名が集まり、6月半ば、請願書が正式に市に提出されました。この中では、新しいホテルの建築を禁止や、住居の短期滞在者のための貸し出しの禁止あるいは部分的な禁止。また観光客税をさらに引き上げるなどして、市に入る観光客の人数を年間1200万人まで制限することなど、具体的な提案がされています。1万8000人以上の署名をあつめた請願は、住民投票にかけることができるというルールにのっとり、この請願書の内容は、今後、住民投票に問われていくものと思われます。

市の「バランスのとれた都市」構想

一方、このような請願書を待つまでもなく、市もまた、数年前から、独自に、観光を制限する動きをはじめていました。観光に依拠しすぎず、住民にとって職住や必要な生活の質(払える家賃の住居、生活必需品を購入できる店、多様な文化活動など)が担保された都市を目指す構想の一環として、都市観光業を大幅に制限したり、周辺地域に主要な観光機能を移管する政策に取り組み、一部はすでに実行されています(詳細は、「観光ビジネスと住民の生活 〜アムステルダムではじまった「バランスのとれた都市」への挑戦」)。

コロナ危機は、市にとって、このような政策推進をさらに後押しするものとなるかもしれません。例えば、経営が成り立たずに、観光産業の一部が市の中心部から撤退することになれば、その土地や建造物を市が積極的に買いあげ、新たな条件のもとに、改めて貸し出すことで、市内の観光のあり方に、これまでより強い影響を与えることができるでしょう。

今年4月末、Adyen NVというオランダで最も成功しているフィンテック会社を、アムステルダム都市中心部の17000m2の広さの事務所スペースに誘致できたことも、都市にとって、朗報でした。働くことや、生活、観光、買い物、レジャー、学校などいろいろなものが混在することを理想の都市像にかかげている市にとって、また一歩、目指す都市の形に近づいたといえるためです。過去15年間、観光が強くなるとの反比例して、多くの会社がアムステルダムから撤退していきましたが、これからは少しずつ、住んだり働きやすい都市として、魅力を増していくのかもしれません。そうなれば、名実ともに、観光に大きく依存する必要がなくなり、オーバーツーリズムを回避することが、いよいよ現実的になるかもしれません。

市の中心部の短期滞在のための住居の貸し出しを全面禁止に

このような追い風にのって、市は、今年の7月からは、都市中心部の三つの地区(Burgwallen-Oude Zijde, Burgwallen-Nieuwe Zijde, Grachtengordel-Zuid)で、7月1日から、休暇(短期滞在者向け)用の住居の貸し出しを禁止することを、新たに決めました。ほかのアムステルダムの地域でも、7月1日からは休暇(ショートステイ)用の住居の貸し出しには、許可が必要になります。貸し出す家や住居は、実際に誰かが住んでいなくてはならず、最大30泊、最高で4人までにしか貸せないという厳しい条件もつけました。

市によると、市街区全域の賃貸の禁止は、観光客のための住居の貸し出しは、やむをえない理由が公的な関心のなかにある場合のみできるというEUのサービス指針に違反することとなるため、すべての都市域で禁止することはできず、今回は、とりわけ観光業に影響に苦しむ上記の三つの地域に限定して貸し出しを禁止するにいたったといいます。しかし、2年後に再び、アンケート調査を行い、ほかの都市域でも同じような苦情が目立つようならば、同じような禁止措置もありえるとします(Gemeente Amsterdam, 2020)。

市は、昨年までも民泊大手Airbnb と交渉を続け、宿泊を年間30日までに制限するなどの措置をとっていましたが(「ヨーロッパのシェアリング・エコノミーの現状と未来の可能性  〜モビリティと地域生活に普及するシェアリング」)、依然として毎月25000の住居がオンラインで賃貸のオファーがされており、アムステルダム市内の15戸に1戸に相当していました。このため、民泊ビジネスに対し、これまでより厳しい措置に踏み出したといえます。

観光産業以外の職場へ移る転機になる?

コロナ危機以来、観光産業は世界中で、危機的な状況にあります。これは観光関係者にとって、目をそらすことができない厳しい現実です。

「ホテルプラン」というスイスに本社を置く国際的な旅行会社は、6月末、スイスで170人、世界全体では450人の従業員を解雇すると発表しました。スイスや多くのヨーロッパの国々には、危機にあっても企業が、従業員をすぐに解雇しなくてもすむように、操業短縮制度というものがあります。この制度を使うと、被雇用者の労働時間が減っても、失業保険から賃金の8割を補填することができるため、実際に、それを使って従業員の雇用を続けている会社が現在、多くあります。しかしホテルプランは、今回、そのような、非常時の雇用の仕方で従業員を維持し続ける体制をあきらめ、大量解雇という強行な決断を下しました。

このような決断に至った理由として、インタビューでホテルプランの社長は、コロナ危機の影響が、旅行業界においては今後数年にわたり影響を及ぼすであることは明らかであるため、としています。その現実を直視すると、(現在の従業員をすべて維持することは不可能であり)こう判断せざるをえなかったといいます。同時に、解雇される従業員に対しては、「ソーシャルプラン」を作り、再就職を支援し、有能な従業員たちが、新しい就職口をみつけることを心から願っていると付け加えました。

ところかわってイギリスでは、3月末、仕事がなくなったフライトアテンダントに対し、医療施設の看護師らのアシスタントやケアにまわる希望者を募り、5月には本格的に不足する看護スタッフとしてフライントアテンダントの採用を検討していることを公表しました(Coronavirus: NHS, 2020)。緊急の際の対応の訓練が徹底されており、忍耐力もすぐれたフライトアテンダントたちの手腕が、緊張がつづく医療現場で疲弊する医療スタッフたちのサポートとして優れているのでは、と期待されたためです。

この二つの話は、一見全く違う内容ですが、停滞する観光業界において雇用先が失われた、あるいは今度も正常な職場復帰がしばらく難しいと思われる状況の人たちが、次の一歩をいかに踏み出すか、という問題に言及されているという点では共通しています。

簡単な話ではないことはもちろんありませんが、ホテルプラン社長が指摘したように、当面、観光業界に不況がつづくと想定すると、観光業界の人たちにとって、観光業界からの暫時的、あるいは恒久的な転職を検討してみることは、非常に重要であると思われます。

コロナ危機をきっかけに、観光業界で磨いた能力や経験をもった人たちが、続々と社会に輩出されていき、ほかの業界で新たに活躍するようになっていくのかもしれません。

はやくも復活を果たしたショッピングツーリズム

観光が全般に停滞しているのは事実ですが、まったくこれまでと変わらず、早速かなり復活しているツーリズムもあります。

それは、ショッピング・ツーリズムと呼ばれるもので(「スイス人のショッピング・ ツーリズム」)、観光ではなく買い物を主たる目的とする、ツーリズム(人の移動)です。

これは、特に、ユーロ圏に比べ物価が高いスイス人が国境を超えて、隣接する国(ドイツやフランス、イタリア、オーストリア)に、安価な商品をもとめて買い出しにいくことを指します。スイスの物価は隣国に比べてかなり高く、例えば、スイスの肉の値段(平均)は、隣国のEU諸国の肉の値段と比べると、2.3倍も高くなっています。物価が全般に安いドイツと比べるとさらに値段の開きは大きくなり、例えば、スイスでは、年間の肉の消費量が52.1kgで、ドイツの60.1 kgよりも8kgも少ないにもかかわらず、スイス人がスイスで肉を購入するのに支払っているトータルの金額は、ドイツ人のそれに比べ、ほぼ2倍になるといわれます(「数年後の食卓を制するのは、有機畜産肉、植物由来肉、それとも培養肉? 〜新商品がめじろおしの肉関連食品業界」)。

国境が閉鎖されている時期は、スイス人は国内で購入するか、あるいはオンラインで購入するしかありませんでしたが、国境が再開したことで、安い品物を隣国に買い求める人たちが、いっきに国境を越えて隣国に向かっていき、スイスの隣国の国境付近の商店には、早速長蛇の列ができていました。先日、開いたばかりのドイツの国境の街コンスタンツにいって買い物をしてきたという、大きな荷物をひっぱった帰宅途中のスイス人の知人に、路上で会いましたが、その人の話では、わざわざコンスタンツにいったものの、欲しいものの3分の1は、すでに売り切れで買えなかったとのことでした。

スイスの東の国境に接するフォアアールベルクの6月20日のショッピングセンターの様子。大変店内混んでいたにもかかわらず、マスク着用者はほとんどいませんでした。ちなみにスイスでもマスク着用者はいまだ非常に少なく、店内の顧客も従業員も1割未満です(オーストリアでは現在、商店でのマスク着用の義務がなくなっています。「ヨーロッパで最初にロックダウン解除にいどむオーストリア 〜ヨーロッパのコロナ危機と社会の変化(4)」)

コロナにふりまわされる観光地イシュグル

3月上旬に、オーストリアのスキーリゾート、イシュグルで新型コロナウィルスの大規模な新型コロナウィルスのクラスターが発生しました。4月末までに明らかになったドイツの感染者の半分、デンマークでは3分の1、スウェーデンでは5分の1が、イシュグル経由で感染したものとされ、イシュグルは、ヨーロッパにおける新型コロナ感染の拡大の最大の問題地点として、ヨーロッパ人の脳裏に強く焼き付けられました。

現在も、イシュグルや属するチロル州のコロナ危機対応が不適切であったかなど調査が継続されていますが、これに並行して、先日、新たな驚くべき事実が公表されました。

4月21から27日の間に、インスブルック医学大学が、イシュグルの人口の約80%に当たる1473人の住民を対象にした抗体検査を行った結果、42.4%の人に抗体があったというのです。この検査は、任意であり、無作為に選んだ人を対象にして行った調査でないため、データにある程度偏りがあることは確かですが、そうであるにしても、イシュグル在住の8割が受けた結果がこれほど、高い抗体保有率であったことは、人々を驚かせました。世界的にみても、地域でこれほど抗体保有者の割合が高い場所は、これまでないといいます。

そして、この調査の責任者であるウィルス学研究者フォンラエーDorothee von Laerは、イシュグルでは集団免疫にはいたらなかったものの(徹底したソーシャルディスタンスなどの感染予防の措置によって、拡大していた感染は収束しました)、抗体保有者の割合が高いため、「イシュグルでは、一部の人が感染から守られる可能性がある」と指摘しました(Ischgl, 2020)。

つまり、イシュグルは、今年冬は、感染のクラスターをつくったことで、ヨーロッパ中に悪名としてとどろき、イメージは地に落ちましたが、その同じイシュグルが、図らずも、今度は、抗体保有者の非常な高さという、世界中でまだ、どこも到達していない境地に達したことで、完全な集団免疫ではないにせよ、ある程度、感染拡大を防げる状態にいたったことになります。

もちろん、できた抗体は、悪しきクラスター発生とともに生じたものであって、獲得した抗体保有率を手放しでよろこぶことも、ましてそれを観光キャンペーンで大々的に取り上げることも、その後の被害の大きさを考えると、倫理的に難しいでしょう。他方、村の住民の高い抗体保有者率により、観光客の感染の危険が、ほかの地域に比べ、かなりおさえられるであろうことは、地に落ちた観光地イシュグルが再び観光客を呼び戻すための、大きなプラス・ポイントといえるかもしれません。

なにはともあれ、イシュグルは、ヨーロッパのコロナ危機の歴史で、最悪のクラスターを発生させてしまったこと、そしてその後、世界最高レベルの抗体保有率を住民が獲得したという二つの事実によって、忘れさられることがない観光地の名前として残っていくことになりそうです。

おわりに

2回にわたって、ヨーロッパの観光をめぐる現在の状況を、さまざまな角度から観察し、コロナ危機によって引き起こされた観光の明暗をみてきました。

全般に、コロナ感染の第二、第三波が恐れられる現状では、まだ先行き非常に不透明で、観光業界全体から青色吐息がきこえてきそうな状況ですが、その一方で、新たな動きが、観光業界のこれまでの経験や資源を土壌にうまれてきていました。

アムステルダムでは、この不安定なコロナ危機をきっかけに、都市観光のあり方を見直し、新たな仕切り直しをして、住民と共存する観光を目指す方向に拍車がかかってきており、イギリスではフライトアテンダントとして訓練された資質が、全く観光と異なる医療分野というところで注目されるという、これまで考えられなかったような展開がありました。

これまでのやり方に全面ストップがかかってしまった観光業界にとって、立ち止まって、改めて、地域や個人のそれぞれの資源や能力を点検し、これからにいかせるもの、持続可能なものを吟味しながら、ウィズ・コロナの時期やその後の時代の戦略を長期的に構想していく、よい機会となるかもしれません(観光大国オーストリアにおける持続可能な観光の議論については「ツーリズムの未来 〜オーストリアのアルプス・ツーリズムの場合」)。

今後も、ヨーロッパの動向を観察し、新しい動きについて随時、報告していきたいと思います。日本もこれから同じように夏の夏季シーズンにはいり、観光業界の試行錯誤がヨーロッパと同様に続くと思いますが、日本においてもなにか参考になるようなことを発信していけたらと思います。

参考文献

Amsterdammers launch petition to tackle over-tourism, DutchNews.nl, June 16, 2020

Boztas, Senay, Amsterdam new holiday rental rules begin on July 1, DutschNews.nl, June 26, 2020

Boztas, Senay, New future for Amsterdam post-corona tourism with ‘right’ visitors, DutschNews.nl, May 10, 2020.

Coronavirus: NHS may need to hire cabin crew from airlines, BBC, News, 22 May 2020

ENENEUROPEANCOMMISSION, COMMUNICATION FROM THE COMMISSION TO THE EUROPEAN PARLIAMENT, THE COUNCIL, THE EUROPEAN ECONOMIC AND SOCIAL COMMITTEE AND THE COMMITTEE OF THE REGIONSTourism and transport in 2020 and beyond, Brussels, 13.5.2020 COM(2020) 550 final

Gemeente Amsterdam, Persbericht, Datum 25 juni 2020, KenmerkPb-141

HOTELPLAN SUISSE ENTLÄSST 170 MITARBEITENDE UND SCHLIESST 12 FILIALEN, Travel News, 25.6.2020.

Ischgl: Wegbereiter für Herdenimmunität in ganz Österreich?, meinbezirk.at, 26. Juni 2020, 01:17 Uhr

Konsequenz der Coronakrise - Hotelplan baut 170 Stellen in der Schweiz ab, SRF, News, 25.6.2020.

Lahrtz, Stephanie/ Mijnssen, Ivo, Fast die Hälfte der Bürger in Ischgl war mit dem Coronavirus infiziert – warum der Fall weiterhin zu Gehässigkeiten zwischen Deutschland und Österreich führt. In: NZZ, 25.06.2020, 17.26 Uhr

Munsterman, Ruben/ Proper, Ellen/ Bloomberg, With coronavirus in retreat, Amsterdam locals believe they can now reclaim a city center lost to overtourism, Fortune, June 9, 2020 2:30 PM GMT+2

Österreich Werbung: Offensive für Urlaub in Österreich startet, 21.5.2020.

Partington, Miriam, Coronavirus: A fresh start for Amsterdam tourism?, DW, 22.6.2020.

Pascoe, Robin, Move prostitution and keep tourists out of cannabis cafes, Amsterdam locals say, DutchNews.nl, May 25, 2020.

Statista Research Department, Statistiken zum Reiseverhalten der Deutschen, 25.7.2019.

Weis, Theresa,Vorstoß der Bürgermeisterin : Amsterdam will Cannabis für Touristen verbieten. In: FAZ, 18.2.2020.

Wie europäische Länder den Sommertourismus retten wollen, NZZ Wirtschaftsredatkion, 20.5.2020.

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


ドイツ人の今夏の休暇予定が気になる観光業界 〜ヨーロッパのコロナ危機と観光(1)

2020-06-25 [EntryURL]

国境再開とヨーロッパ人の夏季休暇

ヨーロッパではコロナ危機によるロックダウン以来ヨーロッパの各国間の国境が閉鎖されていましたが、6月15日月曜から、ほとんどのEU加盟国とスイスなどの周辺国の間の国境が再び開かれました。3ヶ月ぶりに、人々が制限なく国家間を移動できるようになったことになります。

国境が開かれた最初の週末となる、6月20・21日、わたしも、コロナ危機以来はじめて在住するスイスから国境をまたぎ、隣国オーストリアのフォアアールベルク州を訪ねました。フォアアールベルク州は、スイスやドイツと国境を接しているオーストリアの最西端にある州で、この時期、通常であればヨーロッパ各地からの観光客でにぎわっています。

フォアアールベルク州のような、ヨーロッパ各地の観光・保養地は、今、どんな状況にあるのでしょう。夏の行楽シーズンがこれから本格化しますが、コロナ危機下で、どんな変化があったのでしょう。

今回と次回(「コロナ危機を転機に観光が変わる? 〜ヨーロッパのコロナ危機と観光(2)」)の記事で、コロナ危機下のヨーロッパの観光産業の現状について、その背景や今後の展望をふまえつつ、レポートしてみたいと思います。今回は、ヨーロッパ観光業界の最近の事情をフォアアールベルクを例にして考え、次回は、具体的ないくつかの観光分野の新しい動きに注目していきます。

国境周辺の住民の目の高さからみた国境再開

本題に入る前に、先日まで続いていたヨーロッパの国境閉鎖という緊急事態について振り返って少しふれておきます。

1985年にシェンゲン協定が結ばれて以来、西側を中心とするヨーロッパの国々は、国境検査がなく、自由に人やモノが移動ができるようになりました。それから35年の歳月がたち、自由な行き来は、これらの国々のなかで、「当たり前」のこととなり、実際に、それを前提にした上で、ヨーロッパでは経済活動や生活が成り立っていました。それが、突然、コロナ危機に伴う各地のロックダウン措置として停止させられたのですが、それは、人々にとってどんなことを意味したのでしょう(正確には、生活必需品をはじめとする物資の輸送はトラックや鉄道を使って限定的に継続していましたが、人の移動は全面禁止となりました)。

島国でどこの国との国境も海が境になっている日本からみると、地続きのヨーロッパで国境が全面閉鎖されたという事実がイメージしにくいかもしれませんので、ヨーロッパの国境付近の人々にとって、それがどんなことであったのかを、ロックダウン期のいくつかのエピソードを通し、ラフ・スケッチしてみます(以下のエピソードはいずれもわたしが直接見聞したのではなく、ニュースで報道されていたものです)。

・スイス、ドイツ、フランスの国境の街バーゼルで、国をまたいで敷設されている路面電車は、通常停車するいくつかの駅でドアがあかない、あるいは停車しないようにして、電車をつうじて人が越境できないようにした。

・スイスとドイツの街がつながっているボーデン湖のほとりの小都市コンスタンツ(スイス側の都市名は「クロイツリンゲン」)では、当初、一枚のフェンスで街中の国境が仕切られていたが、それだけでは人と人の距離が十分保てないという理由で、のちに、数メートル間をあけたフェンス二つを設け、街を分断した。

・オーストリアにありながら、オーストリアのほかの地域と行き来できる道路がなく、唯一ある道路がドイツにつながっているという、独特の地形的な特徴をもつオーストリアのフォアアールベルク州のクラインヴァルザータールKleinwalsertalという地域は、ドイツとの国境が閉鎖されたロックダウン時期中、外界と接触できない孤島のような状態になった。

・フランスの国境沿いの町のパン屋に、フランスパンをいつも越境して買いにくる隣町(ドイツ)の常連の客のために、パン屋店主が、国境までパンをもっていき、引き渡すサービスを行なっていた。

これらの大小のエピソードをきくと、逆にいつもはいかにヨーロッパでは、国境に関係なく国境周辺の地域が密接に結びついているのか。そして、その分、コロナ危機の国境閉鎖が、それらの住民にとって、どれほど生活を大きく変化させ、不便を強いるものであったか。そして3ヶ月経てやっと再び開かれた国境が改めて、どんなに感慨深いものとなったか、が少しご想像できるかと思います。

夏季休暇が大問題

このように、国境の閉鎖とその再開は、国境周辺の人々にとって、生活に直結する大事件でしたが、そのような国境付近の人たちの話とは全く別の次元で、目下、ヨーロッパ中で国境再開が話題になっています。

それは、国外への旅行にいつから(国境が開かれ)いけるようになるか、どこにいけるのか、といった夏の休暇にまつわる事項です。これらのテーマが、(少なくともドイツ語圏では)メディアに載らない日はないというほど、現在、よく話題にされます。

コロナ禍の収束の見通しがいまだにたたず、その経済的、社会的な打撃がどれほどになるかも全くわからない状況で、なぜ、今、夏の休暇の話がこれおほどでてくるのか。休暇の話をするとは、いささかのんきすぎはしないか、と、一見、いぶかしく思われる方もおられるかもしれません。少なくともわたしは当初、そのような違和感を感じました。しかし、ヨーロッパ全体を大局的にみると、のんきな話どころではなく、多くのヨーロッパの国にとって、観光は、むしろ、コロナ危機で陥った経済危機を再稼働させる重要なエンジンとしてみられ、重要な政治的な関心のひとつであることがわかります。

というのも、ヨーロッパは多かれ少なかれどこも、観光に非常に依存する産業構造に現在なっているためです。例えば、EU圏で観光関連の就業者は1360万人おり、企業は240万社であり、ヨーロッパ全体の経済規模の約1割が観光観光関連とされます(2016年現在)。ただし国によって観光産業の比重は若干違い、2018年のGDP全体で観光関連産業が占める割合をみると、オーストリアで15.4、スペインで14.6、イタリアで13.2、トルコで12.1、フランスで9.5%となっています。



観光業に依存している国々をみると、ヨーロッパでも特に、今回コロナ禍の被害が多かった国が、偶然にも多く、それゆえ、とりわけ経済立て直しのきっかけとして、今年の夏の観光業界に強い期待をするという構図があるようにみえます。逆に言えば、この夏の観光産業がふるわなければ、さらに経済危機からの脱却の道が困難になるというシナリオがまっているということなのかもしれません。

今年はヨーロッパ人に大きな期待

ところで、ヨーロッパ圏内ではやっと状況が少し落ち着いてきて、夏季休暇シーズン直前のぎりぎりのタイミングで互いの国境を開けられるにいたりましたが、世界に目をむけるとどうでしょう。コロナ感染が深刻に広がりつつある国や、現状は比較的安定していても、収束の見通しより感染の第二、第三波が危惧され、目下、ヨーロッパ旅行を計画するような状況でないようにみえる国が多々あります。

EUとしても(この記事を書いている6月末現在)、7月1日から感染が広がっていないと判断される中国や韓国、日本などの十数ヶ国からの観光を認める予定ですが、これまでヨーロッパ観光の主力の客層であった、ロシアやアメリカなどはまだEU入国を認めない予定です。

このような状況を考えると、遠方からヨーロッパに観光客は例年のように大挙しておとずれるということは、今年の夏はまずないと考えられます。このため、例年にもまして、ヨーロッパ国内の人たちの旅行・観光に期待が集まります。今年は、ヨーロッパ在住者にとっても、遠く余暇にいくのが物理的に難しいため(飛行機のフライト予定に変更やキャンセルが多く事前の計画が難しく、また、長い時、閉め切った機内にとどまることに不安を感じる人も多いこともあり)、代わりに、ヨーロッパ各地の観光地・保養地に多くやってくるのではないか、という希望的観測です。このため各地で、国内や、ほかのヨーロッパの国向けに大々的な観光アピールが展開しています。

ドイツ人のドイツ人のためだけでない今年の夏季休暇

しかし、観光広告合戦がヨーロッパ中で繰り広げられるとはいっても、ヨーロッパ中の人々が今年の夏季休暇を国外でできるわけではないでしょう。コロナ危機以来経済的な打撃が多い国、経済力がもともと低い国の人たちにとっては(もちろん個人差が大きいですが)、国外での夏季休暇は高嶺の花ではないかと思います。

一方、夏季休暇を予定している経済力のある国の人々にとっても、今年は、国外での休暇については、複雑な心境であるように思われます。コロナ感染の動向が今後不安定なのももちろん大きな要因ですが、それだけでなく、コロナ危機が、生活や休暇のあり方が見直すような機運を盛り上げたと思われるためです。

ドイツ人を例に具体的に考えてみます。昨今、ヨーロッパ諸国では、若者たちに間に環境デモがさかんに行われ、環境への意識が、大きく高まっていますが、ドイツはなかでもその動きの中心的な国のひとつです(「ドイツの若者は今世界をどのように見、どんな行動をしているのか 〜ユーチューブのビデオとその波紋から考える」)。このような環境危機への意識の高まりを背景に、飛行機を介すなどする遠距離旅行に対する抵抗感も強まっており、昨年(2019年)の調査では、ドイツ人の4人に1人が、次回はドイツ国内で旅行すると回答していました(Statista, 2019)。

このような土壌の上に、今年はコロナ危機がおき、ロックダウン下で、自宅にとじこもる生活のなかで、健康意識の高まりや地元の農業の重要性への認識から、地域の農家から生鮮食品を買う人が増えました(「非常事態下の自宅での過ごし方とそこにあらわれた人々の行動や価値観の変化 〜ヨーロッパのコロナ危機と社会の変化(5)」)。5月中旬から続くドイツの食肉処理場で起きた大規模な集団感染のスキャンダルは、安い肉に依存する食のあり方をみなおし、持続可能や食文化を問い直す機会になったでしょうし、コロナ禍を契機に、自転車が公共交通や自動車交通に代わるエコな交通手段として改めて評価され、そのための自転車専門レーンを増やするなどして、自転車走行を推進する動きも活発になっています(「コロナ危機を契機に登場したポップアップ自転車専用レーン 〜自転車人気を追い風に「自転車都市」に転換なるか?」)。

つまり、ドイツでは、環境危機意識の昨年からの高まりに加え、コロナ危機を通じて、これまでの生活を改めて見直す風潮が社会全体に、現在、広がっているのではないかと思われます。そうした流れで、今年は、大きな移動をせず、近場でゆったり休暇をすごそう、それが持続可能な生活スタイルとしても好ましいと考える人が、かなりいるのではないかと想像します。

しかし、そんなドイツ人をそっとしておいてはくれない(自国でひっそり休暇を過ごすのでは困るという)ヨーロッパのほかの国の事情というのが、もう一方であります。経済力があってほかの国に旅行にいく余裕のあるドイツ人たちは、こんな危機にこそ、国に閉じこもらず、困窮しているヨーロッパの国にいって、お金を落としてもらいたい、というのが、ドイツ以外の国々の観光業界の本音であり切なる願いであるためです。

実際、ドイツ人の、ヨーロッパの観光業界での存在感は、過小評価できない、かなり大きなものです。ドイツは、人口が8300万人(EU27カ国の総人口4億4700万人の18.5%)と、ほかのヨーロッパの国に比べ圧倒的に大きい国であり、またヨーロッパ随一の経済大国です。しかも、ドイツ人(ドイツ在住の外国籍の人も含むすべての在住者を、以下「ドイツ人」と表記)は、毎年国外で長期休暇を過ごすことでよく知られ、2018年、ドイツ人は5500万人が少なくとも1年に5日間の旅行にいくと回答し、一人平均1020ユーロ旅行に使っています。

経済力もあり旅行好きでヨーロッパ人の五人の一人を占めるほどの多数派であるドイツ人は、嫌が応にも、観光業界の目につきます。このため、ドイツ人を国外へと再びかりたてようとあの手この手の観光キャンペーンが繰り広げられているという状況です。例えば、昨年の国内の宿泊客の37%がドイツ人であったオーストリアでは、5月末、国立観光協会Österreich Werbungに、4000万ユーロ予算を追加し、国内およびドイツでの観光広告やマーケティング強化をはかっています(Österreich Werbung, 2020, Lahrtz, 2020)。

このようなわけで、ドイツ人は、自省的に近郊で休暇しようと思う気持ちと、国外にとびだしたいという気持ちのはざまにあって、この夏の休暇はどこで過ごそうかという、(ぜいたくな)悩みを目下抱えている、という状況のように思われます。それを違う角度からみれば、ドイツ人の旅行行動や目的地の選択が、今年はとりわけ、ヨーロッパ全体の経済問題に直結しており、いやがおうでもドイツ人が影響を与えてしまうという構図があるともいえます。

コロナ禍の観光の強みは「変わらない部分」?

とはいえ、現状では、まだどの辺にどのくらいのドイツ人やほかのヨーロッパ人が最終的に休暇で移動するのかは全く不明であり、まだ状況を見守りどこにいってなにをするかを決めかねている人もかなりいるのかもしれません。コロナ感染の状況次第で、旅行者の移動のうねりがあっというまに変化することもありえるでしょう。

そんな不安を抱えながら、しかしともかく夏季の休暇シーズンが、ヨーロッパ各地の観光地・保養地でスタートしました。

冒頭で触れた、6月下旬にわたしが訪ねた、オーストリアのフォアアールベルク州はそのようなあまたの不安と期待のいりまざったヨーロッパの観光・保養地域の一つです。フォアアールベルクは、ドイツやスイスなど西側ヨーロッパ諸国からの車や公共交通でのアクセスが非常に容易であるという地理的な立地と、アルプス特有の風光明媚な自然環境を活かし、これまで夏季も冬季もヨーロッパのほかの国からの多くの観光客が集まってきていました。オーストリアからの客はむしろ少なく、ドイツ人をはじめ、スイスやオランダ、イギリスなど西ヨーロッパ各国から観光客がよく訪れるのが特徴です(ただし、製造業就業者が全就業者数の半分以上を占める、オーストリアを代表する工業地域でもあります「地域経済・就労のサイクルに組み込まれた大学 〜オーストリアの大学改革構想とフォアアールベルク専門大学の事例」)。

フォアアールベルクの小規模な保養地のひとつブラントBrandを、今回訪れると、ホテルやレストラン、ロープウェイは営業していましたが、ちょうど天候も不順であったこともあり、訪れた週末は、観光客の量はかなり少なく、例年と比べものにならないほど静かでした。

一方、保養地のなかを歩いていて、気づいたことがありました。ホテルやレストランは、もともと、点在する形で集中しておらず、また、山あいの保養地らしいひろびろしたレイアウトのところが多いため、一見、昨年までと、ほとんど変わらぬ様子にみえます。また、ここにくる人は、もともと屋外で過ごすことを目的に来訪するため、ハイキングコース以外にも、屋外で過ごすアトラクション(ダウンヒルなど屋外サイクリングコースと多様な乗り物の貸し出し、フィールドアスレチック、クライミング、テニス、ゴルフ、屋外プール等々)が保養地内外で充実していますが、これらの屋外活動は、もともと人との距離が十分とれやすく、コロナ対策をほとんど必要としないばかりです。

つまり、豊かな自然環境のなかに宿泊施設やアトラクションが点在する小規模な保養地ブラントでは、コロナ禍の影響を最小限にとどまり、これまでとかなり同質の休暇の過ごし方ができそうです。ホテルでなく、貸別荘や貸しアパートに滞在すれば、さらにほかの人との接点は減り、コロナ危機特有の人とのコンタクトで発生するストレスをほとんど感じずに、休暇を堪能することもできるかもしれません。

このような、コロナ禍でも、コロナ危機以前とほとんど変わらない風景とスタイルで、休暇を過ごせること。この(コロナ危機でなければなんでもない当たり前の)事実が、もしかしたら、ブラントの今年の最大の強みとなり、人々を引きつけることになるかもしれません。

宿泊客が、十分互いに距離をとって、屋外での時間をすごせるようにアレンジした、段々畑風に椅子を配置したホテルの庭の風景(フォアアールベルクのブラント)

次回につづく

次回は、いくつか注目される観光に関わるトピックについて具体的に扱ってみたいと思います。
※参考文献は次回の記事の後に一括して表示します。

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


ミッション「若手情報専門家を育てよ」 〜開校20年周年のスイスの情報高等学校

2020-06-20 [EntryURL]

世界的な情報専門家不足と国内事情

スイスでは、情報高等学校Informatikmittelschuleという中等教育課程が、若手の情報専門家の養成の場として、存在感を増しつつあります。今回はその学校についてレポートします(この記事で「情報」とはICT(英語のInformation and Communication Technologyの略)、つまり情報処理や通信技術全般を指すものとします)。

近年、情報関連の専門家の不足に悩む国は多いですが、足りないからといっても、国外から獲得するのは簡単ではありません。主要国はどこも慢性的に情報専門家が足りないので、国際的な争奪戦が激しさを増していますし、たとえマッチする人材が国外にみつかっても、国内で排外的なムードが高まって、国外からの人材の就労が制限されてしまうこともままあります(スイスの例は「スイスのイノベーション環境 〜グローバル・イノベーション・インデックス (GII)一位の国の実像」)。排外的な動きが強まり、そのような国にあえていこうと思う人が減ることも考えられます(排他主義的な行動がたびたび起こるドイツでは、そのことが国外からの人材獲得の際の懸念材料のひとつと考えられいます「ドイツの介護現場のホープ 〜ベトナム人を対象としたドイツの介護人材採用モデ」)。

このため、国外の人材に依存しすぎることがないように、自国で人材を育てていくことが、どこの国でも重要な課題となっており、実際に、若い世代に幅広く情報分野に興味をもってもらう機会をつくろうと、様々な取り組みをしている国も多くなってきました。

例えば、現在、21万5000人の情報専門家がいますが、2024年までにさらに7万5000人が新たに必要になるといわれているスイスでは(ICT Berufsausbildung)、小学校から情報の授業が導入され(「教師は情報授業の生命線 〜 良質の教師を大量に養成するというスイスの焦眉の課題」)、博物館、図書館、高等教育機関などの公的教育機関でも、子供達にプログラミングのおもしろさを教えるイベントや、プログラミングの授業を行うといった、積極的な子供たちへの働きかけが定期的に行われています(「デジタル・リテラシーと図書館 〜スイスの公立図書館最新事情」、「伝統と街祭りをたばねた住民参加型の卒業祭 〜ヴィンタートゥアのフラックヴォッヘ」)。ただし、情報分野の能力は、単に情報専門家人材を育てるという目的だけでなく、情報が理論的思考を促進する効果があると見込まれるため、今後の時代のどんな分野においてもエッセンシャルな能力として、今日の教育現場で位置付けられていることも、情報が重視される理由となっています(「小学生に適切な情報授業の内容とは? 〜20年以上続いてきた情報授業の失敗を繰り返さないために」)。

情報専門家の勉強を本格的にしたい人に対しては、職業教育課程や、高等教育、リカレント教育など(スイスの職業教育(2) 〜継続教育(リカレント教育)ブームと新たに広がる格差)、様々なキャリアの地点やコースで情報分野が学べる機会が提供されています。

今回は、このようなスイスの情報専門家の人材拡充・確保のためのさまざまな取り組みのなかでも、中卒者を対象にした、情報専門家の養成のためにつくられた、スイス独特の中等教育課程を紹介します。

「情報高校 Informatikmittelschule」の概観

この学校は、「情報高等学校」(ドイツ語でInformatikmittelschule で、略名IMS)と呼ばれるスイスで公認されている学校の種類のひとつです(以下、略称として「情報高校」と表記します)。

「学校」といっても、4年間の全課程で学校に通うのは、最初の3年間だけです。最後の1年間は、研修(Praktikum)という形で事業体で働き、それが無事に終了した時点で全課程が修了することになります。

また、最初の3年間の「学校」も、ひとつの学校に通い続けるのでなく、異なる種類の二つの学校(キャンパス)に、並行して通学するという形をとります。週の4日は普通の全日制の学校に通い、残りの1日は、職業専門の学校に通うという具合です。

ここまでの説明だけでは、ぴんとこないかもしれませんが、学校のあり方について、とりあえずここでは、普通の学校と職業教育(情報関連の)を二つ混ぜ合わせたような情報専門家の養成教育機関だと理解していただき、先にすすみたいと思います。

二つの学校とそこでの授業内容

二つの学校に通学しなければならない理由は、それぞれの学校で、違う科目を教えられるためです。まず、全日制の普通の学校キャンパスでは、一般的な科目(言語、数学、自然科学)と、職業に関連する科目として会計学、法律、経済、経営などを主に学びます。授業の内訳は、ヴィンタートゥーアの情報高校の場合、29% 語学(英語、ドイツ語、フランス語)、26% 情報、17%経済と法律、12% 数学と自然科学、9%スポーツ、7% 歴史と国家・社会(Staatskunde)となっています(スイスのほかの情報高校もほとんど同じ割合です)。

これに対し、情報に関する授業の大部分を学ぶところが、もうひとつの学校となります。この学校は、「職業学校」と呼ばれています。職業学校が何かを説明するのに、スイスの職業教育を知る必要があるので、少しだけ情報高校の話からそれて、スイスの中学卒業からはじまる職業教育の概要を説明しておきます。

スイスでは、スイスでは中学を卒業して三人に二人は、日本の高校に相当するような進学校に進まず、具体的な職種に分かれ職業教育をスタートさせます。通常3年から4年の歳月を要する職業訓練課程という課程です(詳細は「スイスの職業教育(1) 〜中卒ではじまり大学に続く一貫した職業教育体系」)。

職業訓練課程では、週のうちの3から4日、(企業や工房などの)事業で実際に働き実業を学び、1から2日その専門の職業に必要な専門知識や基礎学問を学校で学ぶという実業と論理を並行して学ぶ「デュアルシステム(英語ではDual Education)」という形です。週の数日は働きにいき、残りは学校にいって学ぶのですが、そのような職業訓練生が通う学校のことを、職業学校といいます。職業学校は、職業訓練の分野によって(例えば建築分野、看護、流通など)いくつものキャンパスがあります。

さて、再び、情報高等学校に話をもどしましょう。情報高等学校の学生が、週に1日通い、情報関連のことを学ぶ学校というのが、この職業学校です。つまり、情報分野の職業訓練生が通常通う職業学校に、情報高校の生徒も1日通学することで、ほかの情報専門家を目指す職業訓練生たちが学ぶのと同様の内容を(情報分野に特化された職業学校のキャンパスで)学ぶ、ということになります。

習得できる資格と卒業後の進路

4年間の情報高校で学ぶ内容は、上記のように、理論と実業両方にわたっており、盛りだくさんです。3年目には、卒業制作として、上記のような授業のほかに、具体的なアプリケーション開発の課題も課せられます。このため、中学3年の時に入学試験をパスしてこの学校に入学しても、卒業できるのは、(年度によって違いがありますが)クラスの半数かそれを少し上回るほどしかいないという時もあります。ちなみに、情報高校では、ほかのスイスの公立中等教育課程と同じように、この学校でも、学期末の成績が基準に達しないと、二度目で留年、三度目で退学になるシステムがとられています。ギムナジウムとよばれる大学進学を前提とするエリート校での退学者は、3割程度にとどまるため、退学者の割合だけをみると、情報高校のほうが高くなっています。

しかし、逆に言うと、この難関を突破し情報高校の4年間の課程を無事に修了すると、前途が大きく開かれます。まず、アプリケーション開発の情報専門家としての職業基礎教育の修了を認定する連邦認定能力証(Eidgenössisches Fähigkeitszeugnis Informatiker/in)を与えられます(ちなみに、スイス連邦が、連邦認定能力証を発行して、正式に認定している情報専門能力は、アプリケーション開発以外に、システム技術、事業情報科学Betriebsinformatikがあります)。

また、情報高校を卒業すると、高等教育に進むためにスイスで必要な専門大学入学資格(商業(ビジネス)大学入学資格)が付与されます。これにより、高度な技術や能力を身につけたい人にも理想的な就業環境になっています(ちなみに、通常の職業訓練生は、大学入学資格は、別の学校に改めて1年通うか、職業訓練課程に並行してコースに通い、試験をパスしなければ取得できません)。実際、スイスでは、現在、情報専門家の65%が専門大学入学資格を習得しており、キャリアやライフステージに応じて高等教育を修める人が、増える傾向にあります。

学校が設立された経緯と学校のモデル

情報高校は、ちょうど今から20年前の2000年にはじめてつくられました。当時、アプリケーション開発の専門家で、経済や法律にもある程度通じる人材というのがスイス全般に不足しており、そのような人材を養成するための新たな学校が、経済界から強く要望されたことを受け、スイス各地の5箇所に、当初、5年間の限定的な試験的なプロジェクトとして設置されました。

当時から今にいたるまで残っている学校はそのうち2校しかありませんが、そのひとつである、チューリヒ州のヴィンタートゥーア市にあるビュールライン情報高校(IMS, Kantonschule Büelrain Winterthur)は、2007年に正式に恒常的な教育施設として認可され、その後、スイス各地で、情報高校のモデルとして参考にされてきました。

この学校モデルには、二つの以下のような特色があります。

まず、経済や商業の中等教育のキャンパスに付随させる形で設置されていることです。情報学校は、経済・法律系の中等教育である経済ギムナジウムと商業高校のキャンパスに付設されており、情報高校の生徒たちは、同キャンパスで働く専門分野の教師から、経済・法律に関する理論体系を学んでいます(スイスの後期中等教育機関はどこも、商業、経済・法律、理数、言語、芸術、スポーツのなかのいずれかの分野を重点分野としています)。

また情報専門の職業学校を利用することも、大きな特色です。3年間の通学期間の5分の1の時間は、実践的な職業に必要な能力を身に受けるため、職業学校で、通常のデュアルシステムの職業訓練課程の学生と同じ内容を学びます。

全く新しい学校体系をつくり、そのための専門の教師陣を配置する、というのではなく、全日制の経済商業専門の学校と情報の職業学校という異なる二つの学校が、それぞれもつ教育資源を提供しあい、協力しあう体制をしいたことで、生徒たちが、専門性の高い実業と理論の授業をそれぞれの専門の教師から効率よく受けることが可能になったいえるでしょう。

ヴィンタートゥーアのモデルを踏襲した情報学校は、現在、チューリヒ州以外にも、バーセル、ベルリン、ザンクト・ガレン、ルツェルン、バーデンにも設置されており、チューリヒ州で働くアプリケーション開発者の3分の1は、チューリヒ州に現在二つあるこのような情報高校の出身者となっています(Die IMS, S.5)。設立から20年たち、情報高校は、スイスの情報分野に必要な人材を輩出する重要な存在となってきているといえるでしょう。

これからの課題 女性にこそ情報専門分野へ!

教育を職業と直結して考えることが、いちがいにいいとはいえませんし、これからの時代の仕事の仕方はもっと柔軟で、生活とのバランスや個々人の意向が反映されるものになることでしょうから、一概にどれが最良と一般化できるものではありません(このことに関しては、最近も、改めて近年の動向を総括しながら議論しました「女性は、職業選択についていまだ十分真剣に認識していない」? 〜職業選択と学問専攻の過去・現在・未来)。

他方、情報高校が、経済・産業界に要望された人材を養成する学校として立ち上げられ、実際、事業体の即戦力となる人材を輩出してきたこれまでのあゆみを振り返ると、機能する職業教育の真骨頂がわかり、そのような職業教育の、社会で果たす役割の大きさもまた実感されます。

ただ、今回調べてきて、非常に気になったことも、ひとつありました。それは、情報関連全般の専門家に女性がとても少なく(たとえば2017年、スイス統計局の調査Schweizerische Arbeitskräfteerhebung (SAKE)結果によると、情報関係の就労者20万人のうち女性が占める割合は15%にとどまっています)、情報高校も例外でないことです。昨年、ヴィンタートゥーアのビュールライン情報学校に通う生徒数(最後の1年間事業体で働いている生徒を除く3学年の総数)は全部で75人でしたが、そのうち女子生徒は4人しかいませんでした。学年によっては全く女性がいない学年もあります。

しかし、視点を未来に向けると、情報分野こそ、女性が飛躍的に活躍・進出していく可能性を秘め、多いに期待できる職種だと思います。

これまで、「女性に典型的な仕事」と呼ばれてきた、ケア部門などの女性の進出が非常に進んでいる職業には、特徴が二つありました。一つはパートタイムの仕事がしやすいこと、もうひとつは全般に低賃金なことです(「男性が「女性の仕事」へ進出する時 〜みえない垣根のはずし方(2)」)。換言すれば、パートタイムという就業の仕方が、子育てや家事などと両立しやすかったため、女性の職場が進めたのだともいえますが、現在まで、業界全体が低い賃金体系から脱却できず、全般に低い収入に甘んじています。

これに対し、情報関連の仕事はどうでしょう。パートタイムや、フレキシブルな働き方、さらにテレワークもしやすい仕事です。職場にいかなくても仕事のかなりの部分が効率的に処理できることは、コロナ危機下、改めて世界的に証明されました。

パートタイムやフレキシブルな働き方、あるいはテレワークなどが、女性の将来の仕事の可能性をさらに押し広げていく大事なファクターに今後一層なっていくのだとすれば、情報関連の仕事は、まさに、理想的な就労機会のひとつといえるでしょう。さらに、収入の上でも、平均的な職業訓練課程を修了した人たちの収入より情報関連の就業者の収入は、全般に高くなっています。

女性にとって、すぐ目の前にこのような、情報分野の就労のチャンスが現在、広がっているといえますが、このような就労のチャンスを、女性たちは、今後、どのように認知し、実際行動に移していくのでしょうか。男性だけでなく、女性たちの情報分野への今後の、進出や活躍を今後大いに期待したいと思います(もちろん男性たちの活躍もこれまで同様期待しています!)。

参考文献

Ambit group, Die Ambit Group bildet IMS Praktikanten aus (2020年6月12日閲覧)

Bildungsdirektion Kanton Zürich, Informatikmittelschule (Projektabschluss und Umsetzung gemäss Einführungsgesetz zum Bundesgesetz über die Berufsbildung, EG BBG), 27. Aug. 2010.

«Die IMS setzt eine tolle Dynamik in Gang» Das Interview fürten Leander Schickling und Benjamin Pelzmann. In: 4 Blatt, Kantonschule Büelrain Winterthur, Schuljahr 19/20, 4. Quartal, Nr.80, S.4-5.

Erste Abschlüsse an der Informatikmittelschule16.09.2004

ICT Berufsausbildung Schweiz, Die vielfältigen ICT-Berufe im Überblick(2020年6月15日閲覧)

Informatik-Mittelschule geht in Verlängerung. In: NZZ, 30.06.2004

Kanton Zürich Bildungsdirektion Mittelschul- und Berufsbildungsamt, Handelsmittelschule &Informatikmittelschule, Zürich 2018.

Kantonschule Büelrain Winterthur, Portrait Informatikmittelschule(2020年6月15日閲覧)

Lehrplan2017 Vom Erziehungsrat des Kantons St.Gallen erlassen am 21. Juni 2017.Von der Regierung genehmigt am 4. Juli 2017Anpassungen vom Erziehungsrat des Kantons St.Gallen erlassen am 11. September 2019; von der Regierung genehmigt am 24. September 2019

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


ヨーロッパの自転車最前線 〜進む自転車のサブスクリプション化

2020-06-16 [EntryURL]

前回「コロナ危機を契機に登場したポップアップ自転車専用レーン 〜自転車人気を追い風に「自転車都市」に転換なるか?」)に引き続き、今回も、コロナ危機とともにヨーロッパにやってきた空前の自転車ブームについて扱っていきます。

電動自転車の人気

空前のヨーロッパでの自転車ブームは、自転車特需を生み出しているようです。現在進行形の自転車販売状況が一望できるデータがまだ手元にありませんが、現状についての報道(ドイツ語圏のニュース報道)をまとめると、以下のようになります。

・ロックダウン下は、自転車販売店はオンラインショップをのぞき、基本的に修理や必要なパーツの販売に限られており、自転車販売数は不振だったものの、自転車のパーツや関連商品の売り上げ額は、例年の同じ時期よりも数割多くなった。

・ロックダウン緩和後に営業再開した自転車店舗はどこも注文が殺到。ただし、中国を中心とする自転車部品の工場の生産量が減り、出荷にも遅れが生じたため、全般に品薄状態が続いている

・総じて、ロックダウン期間、通常、(春のサイクリングのはじまる時期と重なるため)もっとも繁忙期であったため、営業停止は大きな痛手であったものの、営業再開と同時に、その時期の損失をとりもどして余りあるほど自転車販売が好調。

スイスで販売が特に伸びているのは、電動自転車です。コロナ危機以前から、新規購入自転車の3台に1台は電動自転車というほど、静かなブームとなっていましたが、コロナ危機以降、さらにその人気に拍車がかかっているといいます。なぜ電動自転車なのかについてスイスのトレンド分析番組では、以下のように分析しています(Trend, 2020)。今年は、コロナの影響で国外での夏季休暇が難しいと言われ、国内で休暇を過ごそうという考えている人が多いと考えられる。そのような人たちのなかで、スイスの休暇でも、これまでやってきたハイキングや登山とは少し違う趣向で、(長距離もアップダウンもらくに走行できる)電動自転車でのツーリングを試してみようという人が結構いるのではないか(ちなみに補足ですが、一応6月15日以降シェンゲン協定で結ばれたヨーロッパ圏は国境が開かれ、移動に制約はなくなりました。ただし、国境がオープンになったからといって人々はすぐに国外に積極的にでかけるようになるかは、まだ全くわからない状況です)。

定額長期レンタル自転車 〜マイ自転車でもわずらわしい作業がない

ところで、今日のヨーロッパで自転車を利用したい際、必ずしも購入する必要はありません。レンタルという利用方法が、購入に対する代案として登場したためです。

レンタルときいて今日、真っ先に思い浮かぶのは、シェアリング自転車ではないでしょうか。街中のいたるところにあらかじめ設置されている自転車を、好きなところで乗り捨て、そこまでの走行距離か走行時間の分だけ料金を払うというシステムです。

例えばドイツでは、2017年以降、中国やシンガポールのシェアリング型のレンタル自転車会社が相次いで進出してきたことで、シェアリング自転車のサービスがスタートしました。しかし、シェアリング・エコノミーの一環として導入当初大きく注目された割には、これまで、それほど普及していません。使い方(駐輪が不適切で交通や美観をさまたげたるなど)や自転車の品質(故障が多い)にトラブルが少なからず生じ、また、すぐにシェアリング型の電動キックボードという競合相手もでてきたため、苦戦を強いられています。いくつかの都市では、今も一定の量のレンタル自転車が走行中ですが、すでに撤退したシェアリング自転車会社もあります。

一方、近年、自転車のレンタルの別のタイプで、堅調に市場をひろげているものがあります。サブスクリプション制の長期レンタル型の自転車です。

このサービスは、2014年に設立されたオランダのSwapfietsというスタートアップ企業がはじめました。オランダは世界的にも自転車愛好で知られますが、当時学生だった創業者Steven Uitentuisらは、自分たちで自転車を保有することの便利さだけでもなく不便さも感じていたといいます。自分の自転車は当然ですが壊れれば修理にもっていくか、自分で修理する必要がありますし、鍵をつけていても盗まれることも少なくありません。そして、こういうことが不便だと感じる人たちがほかにもいるのでは、というとこに着目し、定額の自転車の長期のレンタルサービスをスタートしました。

その5年後の現在、Swapfietsは、オランダだけでなく、ドイツ、ベルギーと、デンマークでもサービスを展開しており、2019年11月現在、それら4か国で、17万人以上が利用しています。

Swapfietsの自転車レンタルの概要は以下のような特徴があります(ドイツ、2019年11月現在)(Mast, 2019)。

・定額料金で、保持・利用する。月ごとの契約で、解約はいつでも可能。月額は、ドイツでは毎月20ユーロ弱。都市によっては値段や割引があり、例えば、年間契約で、学生割引があるところでは、17。5ユーロで提供されているところもある。

・オンラインで契約が成立すると48時間以内に自宅前にとどけられる。

・修理が必要な場合は、日中の営業時間にアプリで連絡しその場に来てもらうか、あるいは町のショップに直接持ち込む。市内であれば、基本的に24時間以内に修理をすませてもらうか、代替の自転車と無料で交換してもらうことができる。修理や代替は一切無料。盗まれた場合は、60ユーロを支払うと、新しいものを入手できる。

・自転車の種類は基本的に1種類(ただし現在は、電動自転車も取り扱っている)。一般的な男女兼用の、28インチの機能的なタイプ。前にカゴがつき、電気もついている。前輪だけが青く、独特のデザイン(詳細は参考文献にあるSwapfietsのHPをご参照ください)ギアは7段階で、鍵は二つ。

ドイツでのサービスは、2018年からはじまりましたが、すでに昨年末の時点で4万人以上がこのサービスを利用しています。自転車店舗と違い、オンラインで契約し家の前まで届けるサービスのため、ロックダウン期間も営業を続けることができ、今年3月、4月は、「劇的なブーム」(ドイツのSwapfiets チーフのイルマーAndré Illmerの言、Benecke, 2020)だったといいます。

ちなみに、Swapfietsで、コロナ危機以後ドイツで新規顧客741人を対象にしたアンケート調査をしています。これによると、42%の人は、コロナ危機が自転車にのる転機になったと回答し、45%の人は、自転車が現在、ほかの交通移動手段に比べ、よりよい手段だと回答したといいます(Benecke, 2020)。

定額の長期レンタル自転車が伸長している背景

Swapfietsは、創業からわずか5年で、順調に、利用者数を増やすことができたのは、前輪だけを青くした斬新なデザインの採用やサービスの充実など、マーケティングの手腕ももちろん大きいですが、長期レンタルという利用法の自転車に、潜在的に大きな需要があったことも重要でしょう。Swapfietsの長期レンタルという利用モデルは、ほかの自転車の利用モデルに比べ、どのような特徴があるのか、改めて以下、整理してみます。
1)メンテナンスなどの面倒な手間がいっさいかからない
自転車は、空気やライト、ブレーキなど、定期的にメンテナンスが必要なものがあるほか、パンクなどの思わぬハプニングもつきものです。また、ベルリンでは17分に一台自転車がぬすまれているとも言われ、盗難もめずらしくありません。

基本的に自転車に乗りたいが、これらのトラブルにまきこまれるのがめんどくさい、わずらわしい、と思っている人にとって、長期レンタルは、それらの問題を一気に解消して自転車を利用できる全く新しい可能性を提示しました。

2)自転車は移動手段にすぎず、特にこだわりがないという人にはオッケー
この会社で通常の自転車として扱っているのは、1種類のみです(最近はそれとは別に電動自転車も扱いはじめました)。このため、自転車へのこだわりが強い人、あるいはこの自転車の種類が気に入らない人には不適でしょうが、自転車の種類などにこだわりはない、とりあえず移動のための自転車がほしい、という人には抵抗がなく受け入れられそうです。

3)毎月、定額の支払い
毎月、約20ユーロ弱(年間約240ユーロ)という定額を支払いますが、この額が高いと思うか、安いと思うかは、その人がどう利用したいかによって、かなり違ってくるでしょう。

長期レンタルは定額で、一定の安心感がありますが、使用しなくても常に支払いが生じることはもったいないと感じる人もいるでしょう。これに対し、シェアリング型レンタルは、利用時間や距離数で課金されるため、あまり使わないなら割安といえるかもしれません。自転車を自分で購入する場合は、初期投資にまとまった費用がかかり、故障がでれば、そのたびに出費があります。盗難も多いので保険をかける人も多いでしょう。つまり、不定期で上限が定まらない出費を覚悟しなくてはいけませんが、長年乗り続けるなら、これが一番割安だとする人もいるでしょう。

4)一応「自分の自転車」であることの利便性
自分で自転車を保持することには、ゆるがない大きな利点があります。いつでもすぐに利用できることです。シェアリング型の自転車は、まずアプリでまず、利用可能なものをさがし、そこにとりにいかなくてはなりません。すぐにみつからない場合ももちろんあります。時間と労力がかかります。

長期レンタルの自転車は、自分の自転車ではありませんが、契約期間中はそれに近く、いつでも、即刻で確実に利用できます。自分専用なので利用前に、コロナ感染予防に、念の為消毒するといったケアの心配も必要ありません。

また、シェアリング型の自転車は、匿名性が高い利用の宿命として、使われ方がずさんで、いざ利用しようと思うと、よごれたり壊れたりしたものも少なくありませんが、長期レンタルの場合、契約期間は、保有者はその自転車の管理者です。無料で修理はしてもらえますが、故障が多ければ、自分自身も、サービスセンターに連絡するなど手間ひまがかかるので、結果として、大事に利用しやすく、故障などのトラブルも結果として少なくなると考えられます。

つまり、長期レンタルの方が、シェアリング型のものより、快適に自転車が使いやすい環境が整いやすく、それは、結果として、個人やレンタル会社だけでなく、社会全体においても、資源の無駄遣いを減らすことにも貢献するといえるかもしれません。

自分の自転車とシェアリング自転車のちょうど間に位置する自転車

このように3種類の自転車の利用の仕方の長短を比較してみてみると、定額の長期レンタル自転車は、自分の自転車をもつといろいろめんどくさいことがあるが、自分の手元にいつも自分専用で乗ることができる自転車があるのは便利、という、ちょうど、所有とシェアリングの中間にあるような特徴をもち、自転車所有支持派と、ほとんど利用しない人との間に位置する人々をターゲットにしたサービスであるといえそうです。

総じて、社会全般に、サブスクリプションが大流行りの時代です。面倒なことはなるべくさけ、一括して、サービスだけを享受したい、この傾向が、現在のゆるがないトレンドだとすると、自転車においても例外でなく、このような定額サービスを契約する人たちは、今後も一定程度まで増加するのかもしれません。

おわりに

二回にわたって現在のコロナ危機を契機にしたヨーロッパの自転車ブームについてみてみましたが、このブーム、果たしてどこらへんに着地するのでしょう。社会や生活にどれだけの変化をもたらすのでしょうか。

例えば、自転車交通がメジャー交通として認知され、アムステルダムやコペンハーゲンのように、いたるところに専用レーンがあって当たり前という時代になるでしょうか。あるいは、暫時的な自転車専用レーンは、コロナ収束以降は、もとの車道や車両駐車スペースにもどっていくのでしょうか。はたまた、「自転車に乗ること」が誰にとっても移動手段として当然の選択肢のひとつとして定着し、自転車所有の執着や愛着は全般にうすれていくのでしょうか。また、このようなヨーロッパの動向は、世界のほかの国に、なんらかの影響を及ぼすでしょうか。

コロナの収束がまだみえない現地点では、まだ予測不可能ですが、とりあえず、コロナ危機が続く限り、自転車ブームもすぎ去らないのでしょうから、しばらくブームの着地点ではなく、どこまでブームが進み、社会も一緒に変容していくのか、という進行経過をまずは、引き続き追っていきたいと思います。

参考文献

Anker, Jens, Die Bezirke geben die Planungen für die kommenden Wochen bekannt. Marzahn-Hellersdorf und Reinickendorf ziehen nicht mit. Verkehr in Berlin. In: Morgenpost, 02.06.2020, 12:40

Balmer, Dominik, Corona sorgt für Velo-Boom. In: Tages-Anzeiger, 25.4.2020, S.5.

Benecke, Mirjam, Corona-Krise sorgt für Ansturm auf Fahrrad-Läden, DW, 21.5.2020.

Corona regelt den Verkehr neu, DW, 22.4.2020.

Coronavirus und Verkehrswende Pop-up-Radweg wird zur Farce. In: Tagesspiegel, 22.05.2020, 12:33 Uhr

Fahrrad-Boom im Autoland Italien. In: Südkurier, Rom 29. Mai 2020, 10:30 Uhr

Frist für Pop-up-Radwege wird bis zum Jahresende verlängert, rbb, Abendschau, 29.05.2020,

Mast, Maria, Swapfiets ist das Fahrrad für alle, die keine Verantwortung wollen, aber trotzdem vorankommen. Darum kümmern soll sich jemand anderes. In: Zeitonline, 11. November 2019, 13:02 Uhr

Meyer, Maren, Velo-Boom führt zu Engpässen. In: Tages-Anzeiger, 29.5.2020, S.13.Mobycon, TEMPORÄRE EINRICHTUNG UND ERWEITERUNG VON RADVERKEHRSANLAGEN IN 10 TAGEN MEHR PLATZ FÜRS RAD IN DER STADT(2020年11月6日閲覧)

Nahverkehr in der Corona-Krise Verkehrswende auf der Kippe?, Tagesschau.de, Stand: 03.06.2020 11:41 Uhr

Pop-up-Radweg, Wikipedia (ドイツ語)(2020年6月9日閲覧)

ProVelo.ch, Zum Welt-Velo-Tag: Pro Velo ruft die Städte auf, sofort Velomassnahmen zu ergreifen, 03.06.2020 Medienmitteilung

Piel, Hansjürgen, Beschleunigt durch Corona - Pop-up-Radwege teilen Berlins Straßen neu auf, ZDF, 29.05.2020 13:54 Uh

Swapfiets のHP

Trend, SRF, 5.6.2020,

Weißenborn, Stefan, “Wir stellen jetzt Flächengerechtigkeit her”, Spiegel, 27.05.2020, 20.41 Uhr

Winterer, Andreas, Swapfiets: Das Fahrrad, das nie kaputtgeht – und für wen es sich lohnt, Utopia, 15. Juli 2019.

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


PAGE TOP




MENU

CONTACT
HOME